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歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

2020ねん 7がつ 4にち(どよーび、曇り)

二週間ぶりの休日を堪能した結果、仕事も何もしなかった( ・Д・)

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今回の考古学・歴史ニュースは「マヤ文明、水に含まれる毒で滅んだ説が浮上!( ・Д・)」ってお話です(*・ω・)ノ


珍しくガチで専門領域の話題ですね。

この発掘調査はすっごい昔に行われたものなのです。

なのでようやく理化学分析にかけたか……って感じです。


とりあえず紹介していきますね!(*・ω・)ノ


arukemaya914
↑私も何度もお世話になってるティカルレポートの地図(「Gigazine」の記事内画像より転載;明らかに論文等が引用元でしょう)



マヤ文明が崩壊した理由や、大都市ティカルが放棄された理由には諸説あります。

干ばつによる飢饉とか、戦争の激化とか、異民族の侵入とか、森林を切りすぎて農業できなくなったとか、、、

現在のマヤ考古学では『複合的な理由で滅んだ』ってことになってます。



まぁ私は『一種の逃げ』だと思ってますけどね。

他の研究者と喧嘩したくないし、どれか一つに絞るのも難しい。

だからみんな認めちゃえ!みたいな感じです( ・Д・)



私の印象ではナラティブな研究者は自分の世界に引きこもって戦わないですからね( -д-)ノ

まぁさすがにそろそろ各要因の有機的関係について整理・分析をした論文がアメリカから出てくるかなと予想しています。


さて、今回の舞台であるグアテマラの世界複合遺産、ティカルの中心部には全部で13基の貯水池があります。

今回の論文で扱ったのは、中でも本当に中心部にある大きな貯水池4基で、それらを選んで発掘、サンプリング、分析を行っています。



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↑以前コロナウィルとして使ったけど、毒だと思って!



分析結果として、有毒なシアノバクテリアのDNAや水銀が検出されました。

なので貯水池の水は飲用には適さなかったと結論付けています。




まぁこの結果自体は、「あーそーですか( ・Д・)」って感じです。

原文にしっかり当たってから批判したいのですが、昔の貯水池の調査報告読んだ記憶の下、今ぱっと思いつくのは……

それらの毒が堆積したのはいつ?( -д-)ノ

ってことですね。



ティカルの貯水池はいずれも現在干上がっていて機能していません。

また発掘調査では貯水池の底に3~5mの堆積物があって、先古典期から古典期後期まで(BCE1000-CE1000)の土器資料が層になって出てきているようです。


あれ、層位発掘できるじゃん!とか思うのですが、彼らはやってませんね。

土器編年に関する報告はありません( ・Д・)


話はそれましたが、層になってるなら毒が検出された時期がどこのタイミングなのかが分かるはずです。

一方で、中米の強いスコールによって神殿を覆っていた水銀朱から水銀が流れて貯水池に溜まったことになってますけども、それって古くから溜まり続けてないですか?って思います。

まぁ許容量を超えたのが古典期後期と言うつもりなのかも知れませんが……


シアノバクテリアが繁茂する、つまり藻類が繁茂する水を普段は飲まないけど、干ばつ時に喉が渇いて飲んで滅びたってこと?

海で遭難して、喉乾いて、ダメだと知ってて海水飲んで死んだみたいな?



とりあえず原文に当たりますけど、続報に期待ですね。

……ほんと、アメリカ人って一般受けする論文書くの得意だなって思います( ・Д・)





おわりに

さて、この手のニュースでありがちなのが、『マヤ文明滅亡の原因は……』ってやつですね。

当記事では『ティカルが放棄された理由』にしてあります。

まぁ主要都市とは言え、一都市におけるケーススタディが文明全体に適用できるわけないので、誇張が過ぎます。( ・Д・)



・・・・・・いやー、でもなんだか面白い気がしてきましたよ!

神殿造って、外壁を漆喰や朱で覆うのなんて昔からやってるわけで、貯水池には昔から流れ込んでて、それを飲んでた可能性もあるわけで……

なんでいきなり古典期後期末にダメになっちゃったの???Σ(・ω・ノ)ノ



少しだけの前進、ひとつ分かると、次の疑問がわいてくる・・・・・・


研究ってそんなもん!( ・Д・)

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2020ねん 6がつ 24にち(すいよーび、曇り)

明日、調査で遠出するし、山とか登るのに雨っぽい( ・Д・)

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今回の考古学・歴史ニュースは「メキシコのカサス・グランデス文化って知名度低いけど、なかなか面白いよ!( ・Д・)」ってお話です(*・ω・)ノ


上に挙げたのは前回に引き続きフアポカ遺跡です。

タイトルにある「絶壁に住んだ人々」ってのはこのフアポカ遺跡の人々のことです。

CE1000~1400頃まで居住していたようです。

さて、とりあえずフアポカ遺跡の写真をお見せしますね!


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さて、日本語では「カサス・グランデス文化」について調べてもほとんど情報がないのです。

スペイン語で調べるとチラホラと……

でもそのほとんどが、カサス・グランデス文化の中心地、パキメ遺跡に関するものです。




記事の見出し画像に用いたこの画像がパキメ遺跡です。

カサス・グランデス文化のカサスは「Casa(家)」の複数形+形容詞である「grande(大きい)」の複数形からなる言葉です。

上に挙げた写真のような光景を最初に見たスペイン人はきっと「大きい家」って思ったのでしょうね。

実際には「アパートメント式住居」などという呼称が用いられていて、一軒の大きな家なわけではありません。



また前回もお話したようにカサス・グランデス文化はチワワ州に位置しますが、同文化はカサス・グランデス川によって形成された渓谷に位置しています。

中心的な存在であるこのパキメ遺跡を始めとして多くの遺跡は川の近くの開けた平地部に立地しています。

なので渓谷の断崖に造られたフアポカ遺跡のような事例は珍しいのです。

恐らくフアポカ遺跡は渓谷を見渡す見張り台のような役割を果たしていたのでしょう。


arukemaya912



 
カサス・グランデス文化を中心として、後古典期(CE1000-1500)の文化は総じて、こうした土器・土製品が特徴的です。

白っぽい羊毛色(薄いベージュ…ないし汚れた白( ・Д・))を下地(化粧土;スリップ)として、その上に黒色と赤色の塗料で彩文してます

マヤ地域の方でも似たような感じになります。

特に南部側では。

分かりやすい特徴ですので、是非覚えてみてください(*・ω・)ノ




おわりに

「マヤ土器入門」として時期別の簡単な土器の見分け方を示すのも良いかも知れませんね。

ほんと、書きたい記事もたくさんあるし、企画は止まってるし、、、

Youtubeも止まってるし、、、

でも日々の仕事と、論文優先だし!( ・Д・)( ・Д・)( ・Д・)


いつものことですが、優しい気持ちで気長にお待ちくださいますようお願致しますっ!( ・Д・)

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2020ねん 6がつ 21にち(にちよーび、晴れ)

フリースペースにブログ書きに行ったら、PCの充電なくてただの散歩になった( ・Д・)

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今回の考古学・歴史ニュースは「メキシコにはたくさんの文化遺産があるんだよ!( ・Д・)」ってお話です(*・ω・)ノ


当サイトでは以前より、メキシコは国を挙げて考古学調査と古代遺跡の観光地化に力を注いでいるんだよ!ってお話をしてきたかと思います。


というのも、、、


メキシコの古代文明と言えば、恐らく最も有名なのは『アステカ文明』ですね。

1521年にコルテス率いるスペインのコンキスタドール達によって陥落した首都テノチティトランは現在のメキシコの首都であるメキシコシティの地下に眠っています。


次いで有名なのはきっとユカタン半島北端に位置するチチェン・イツァ遺跡ですね。

当サイトの管理するYoutubeチャンネルでもトップ画に使ってる「エル・カスティーヨ(城塞と呼ばれる神殿)」で有名な遺跡です。

こちらのチチェン・イツァに関してはマヤ文明、あるいはトルテカ文明に帰属する遺跡です。

このようにメキシコはたくさんの古代文明、古代遺跡が存在する国のひとつなのです。

なのでエジプトのように古代遺跡を中心とした観光業に力を入れています。

またエジプトのようにメキシコの北部には特に乾燥地帯がかなり広がっていますので、遺物や遺構の残りが良いというのも文化遺産活用が活発な国が有する共通点だと思います。





今回紹介するのはメキシコ北部、チワワに所在するフアポカ遺跡です。

チワワはその名の通り、あの日本でも大人気な小型犬のチワワのふるさとです(*・ω・)ノ

フアポカ遺跡はカサス・グランデス文化に属しています。

この文化は8世紀頃に生じ、その頃は狩猟採集生活が続いていました。

大きく発展し、人口も増加したのが13世紀から14世紀にかけての頃と考えられています。

このフアポカ遺跡はカサス・グランデス文化の中心地ではありませんが、断崖絶壁に造られた住居で有名です。



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メソアメリカ諸文化はかなり類似点が多いです。

恐らく長距離交易 を通じて様々な情報が行き交ったのでしょう。

建造物の壁面に見られる『T字型の窓』も類似点のひとつです。



これは古代マヤ文明の古典期(CE250-1000)に帰属する建造物壁面にも多く見られるものです。
 
例えば、私の調査しているグアテマラの世界複合遺産、ティカルでも見られます。

マヤ文明研究においては「T字」は「イク(風の意味)」を表していると考えられています。

恐らく、古代マヤの宗教観における創造神・最高神であるククルカン(ケツァルコアトル)が、雨雲を呼ぶ風の神としての性格でも崇められたため「T字」が多用されたのだと思います。

(これ私の意見、というか感想……直感?(笑) ちょっと宗教関連疎いので近いうちに先行研究を調べておきますね( -д-)ノ)

実際にこの「T字」文様は土器の図像等(彩文・刻文)にもよく現れます(*^・ェ・)ノ


 

おわりに

次回、また他のフアポカ遺跡の写真を紹介したいなと思います。

以前、カサス・グランデス文化関連について少し調べたことがあるので、カサス・グランデス文化とフアポカ遺跡について次回はもう少しだけ詳し目に記述できればと思います。


ところでちょっと行きにくいけど、こういうホテルとかいいですよね(・∀・)つ

そう言えば洞窟ホテルってどこかにあったような……



世界には様々な遺跡や博物館があります。

是非、色々と周ってみたいものです……


お金と時間に余裕があったらねっ!( ・Д・)

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