歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

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「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

2018ねん 10がつ 16にち(かよーび)

眠りの質を向上したいと強く思う。

悪夢ばかり見るし、

眠りが浅いのか短い間隔で起きてしまう。

何だか寝た気がしないのだ(ρ゚∩゚) グスン

いい枕でも買ってみようかな!( -д-)ノ

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↑大仙陵古墳の鳥瞰写真(「コトバンク」より画像を転載)

さて、今回の考古学・歴史ニュースは、宮内庁と大阪府堺市との協力体制で、仁徳天皇陵とされている大仙陵古墳の発掘調査を行うことになった!ということです。

ところで先に宣言しておきますが、私は別に宮内庁が嫌いとかそういうことはありませんので( -д-)ノ国と歴史、考古学って密接に結びついているな~と一部関心し、一部悲しんでいるだけです!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

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以前に【考古学】モモの種で邪馬台国論争が終結!?ほんとかな?って考えてみたよ( -д-)ノ【炭素年代測定】というテーマの際に少し触れましたが、宮内庁が陵墓として指定している古墳の発掘は認められていません。

宮内庁曰く、「皇室の祖先の墓であり、静安と尊厳が必要」という立場から、陵墓への部外者による立ち入りや発掘調査をして厳しく制限してきた経緯があります。一方で最低限の調査が必要な場合は、宮内庁書陵部に属する専門家が担当し、その現場説明会にも限られた僅かな人間にしか公開されてきませんでした。

まぁ当然ですが、日本における神聖な領域ですから、保護することが重要なので、陵墓の調査というのは超閉鎖的なものだったのです。もちろん陵墓に指定されていない『普通の』古墳の発掘調査等々に関しては許可を取れば実施可能です。

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俯瞰した写真からわかるように、この大仙陵古墳は 墳丘長525m、高さ35.8mの日本最大規模の古墳であり、非常に大きいわけです。今回宮内庁が堺市と協力して発掘調査に臨む箇所は上図の通りで僅かな範囲になります。墳丘を二重に取り囲む堤のうち、内側の第1堤の一部を掘ることになります。

縮尺の関係もあり僅かな範囲に見えますが、図中に見える3本のトレンチ(発掘調査や遺跡の性質を判断するために掘られる溝)は幅約2m、長さ約30mということでかなり大きなものになります。

私の経験では幅2mってけっこう大変!30mという長さも未経験ですね。掘る深さにもよるでしょうがかなりの労力のいる規模の大木な調査になりそうです。
宮内庁と堺市は15日、同市堺区にある日本最大の前方後円墳「大山(だいせん)古墳」(仁徳天皇陵)について、今月下旬から共同で発掘すると発表した。古墳保存のための基礎調査だが、歴代天皇や皇族の陵墓の発掘に宮内庁が外部機関を受け入れるのは初めて。宮内庁は「周辺遺跡の知見を持つ堺市との連携は適切な保存につながる。天皇陵の保全管理に地元の協力は不可欠」とする。

2018年10月下旬から発掘調査は開始されるそうで、本当にもうすぐですね。期間は12月上旬までだそうです。

それにしても何故、第16代仁徳天皇の陵に治定されているこの大仙陵古墳を掘ることにしたのか、しかも堺市と協力体制で……?

大仙陵古墳は「百舌鳥・古市(もず・ふるいち)古墳群」の一つです。実はこの百舌鳥・古市古墳群は来年の世界文化遺産登録を目指している遺跡群であり、 登録されるには歴史的な意味付けも重要なポイントになりますし、もし登録されれば今後大仙陵古墳も含めて観光地としてたくさんの人々が来ますから保全が重要になってきます。

宮内庁書陵部の担当者によれば「堺市には周辺の古墳・遺跡の発掘調査などで知見がある。陵墓を一層適切に管理していくには、そうした地元の協力が欠かせないと判断した」とのことで、まぁ世界文化遺産登録後の管理の関係上、協力していきたいということでしょうね。

実際にはこれまで堺市と宮内庁が同じ古墳で同時に調査を行った事例は、平成20年10月~21年3月の御廟山(ごびょうやま)古墳、24年9月~25年3月のニサンザイ古墳と過去2回あるのです。

しかしこの2例では墳丘が宮内庁所管、濠と堤の部分が堺市などの所管だったのです。『いい所』掘るのはやはり宮内庁だったわけですね。

世界文化遺産登録という国を代表する遺跡として登録し、基本的な管理は任せるわけですから、これまでのように『掘るのは私達!保全はあなたがた!』みたいには言えないとの判断でしょう。

このような陵墓の発掘調査に同庁以外の関係者が参加するのは初めての事例なんですが、堺市側の参加人数は市職員の学芸員1人です。


大山古墳は全長約500メートルで、三重の濠(ほり)が巡る。宮内庁は仁徳天皇の墓として管理するが、学術的には未確定。調査は10月下旬~12月上旬、埴輪(はにわ)列などがあったと考えられる最も内側の堤(幅約30メートル)に幅2メートルの調査区を3カ所設け、堺市の学芸員1人も発掘や報告書作成に加わる。宮内庁陵墓課は、今後も堤の別の部分や墳丘の裾などを発掘し、濠の水で浸食されている古墳の保存計画を作る。

 宮内庁は全国の陵墓への立ち入りを「静安と尊厳を保持するため」として原則認めず、単独で調査してきた。考古学界は陵墓の公開と保全を訴えており、宮内庁は2008年から、日本考古学協会など考古・歴史学の16団体に限定的な立ち入り観察を認めた。16年3月には地元自治体や研究者に協力を求める方針に転換し、徐々に公開度を高めてきた。今回、一般向けの現地説明会はないが、速報展や講演会の開催を検討しているという。

 宮内庁の陵墓管理委員会で委員を務める白石太一郎・大阪府立近つ飛鳥博物館名誉館長は「古墳全体を保存活用する上で地元や研究者の協力は欠かせず、今回の共同発掘は重要な一歩だ。陵墓の公開に向けても歓迎できる」と評価した。堺市は大山古墳を含む百舌鳥・古市古墳群の来年の世界文化遺産登録を目指している。【矢追健介】

宮内庁と堺市は15日、同市堺区にある日本最大の前方後円墳「大山(だいせん)古墳」(仁徳天皇陵)について、今月下旬から共同で発掘すると発表した。古墳保存のための基礎調査だが、歴代天皇や皇族の陵墓の発掘に宮内庁が外部機関を受け入れるのは初めて。宮内庁は「周辺遺跡の知見を持つ堺市との連携は適切な保存につながる。天皇陵の保全管理に地元の協力は不可欠」とする。
宮内庁と堺市は15日、同市堺区にある日本最大の前方後円墳「大山(だいせん)古墳」(仁徳天皇陵)について、今月下旬から共同で発掘すると発表した。古墳保存のための基礎調査だが、歴代天皇や皇族の陵墓の発掘に宮内庁が外部機関を受け入れるのは初めて。宮内庁は「周辺遺跡の知見を持つ堺市との連携は適切な保存につながる。天皇陵の保全管理に地元の協力は不可欠」とする。
宮内庁と堺市は15日、同市堺区にある日本最大の前方後円墳「大山(だいせん)古墳」(仁徳天皇陵)について、今月下旬から共同で発掘すると発表した。古墳保存のための基礎調査だが、歴代天皇や皇族の陵墓の発掘に宮内庁が外部機関を受け入れるのは初めて。宮内庁は「周辺遺跡の知見を持つ堺市との連携は適切な保存につながる。天皇陵の保全管理に地元の協力は不可欠」とする。
宮内庁と堺市は15日、同市堺区にある日本最大の前方後円墳「大山(だいせん)古墳」(仁徳天皇陵)について、今月下旬から共同で発掘すると発表した。古墳保存のための基礎調査だが、歴代天皇や皇族の陵墓の発掘に宮内庁が外部機関を受け入れるのは初めて。宮内庁は「周辺遺跡の知見を持つ堺市との連携は適切な保存につながる。天皇陵の保全管理に地元の協力は不可欠」とする。
まぁ結局、『形だけ』ってことでしょうね。確かに前例のない試みで、あたかも宮内庁の歩み寄りがあったかに見えますけど、きっとそんなことはなく一時的なことと思います。「世界文化遺産」というブランドの力ですね。

ちなみに堺市側として参加する担当者は「調査の成果を共有できることはもちろん、陵墓の劣化がどのように進み、どのように保全していったらいいのかといった宮内庁のノウハウを知られることの意義は大きい」と述べているそうです。

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さて、これまでなかなか明るみに出なかった宮内庁書陵部の実力、是非公開してもらいたいものですね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

……実際そんなことしたら村八分にされてしまうでしょうけど。1人だから即バレるし!一方で黙ってれば専門家として出世コースでしょうね。近い将来、気付けばこの職員さんも宮内庁書陵部に所属になっていたりして( -д-)ノなんてね……

まぁ、面白い成果が出ることを一ファンとして期待しております(*・ω・)ノ

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2018ねん 10がつ 15にち(げつよーび)

ラーメンを食べに行く時間もなかったので

自宅でラーメンを作ってみた。

鍋の残りにラーメンを入れた状態と同じ味になった……

やはり店の味とは違う(´・ω・`)

それはさておき、気付けばめっきり寒くなったものだ。

鍋が旨い季節である(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


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さて今回紹介するのは、奈良県の天理市にある黒塚古墳から出土した三角縁神獣鏡の理化学分析結果についてです。この黒塚古墳は3世紀後半の古墳で、1997~1998年に行われた発掘調査によって33面の鏡が出土しました。これは一つの古墳からの出土数としては全国最多の事例なのです。



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新聞でも話題となり、記事では32面とありますが、最終的に33面の三角縁神獣鏡が発見されました。竪穴式石室は長軸8.2m、短軸1.2mで、遺体の周辺に鏡や刀剣等の武具といった副葬品が配置されていました。出土した三角縁神獣鏡はその文様や銘文から、33面の全てが中国から輸入された舶載鏡(はくさいきょう)と考えられてきました。

多量の三角縁神獣鏡の発見から20年という歳月を経て、今回、京都市の泉屋博古館(せんおくはっこかん)が大型放射光施設「スプリング8」にて蛍光X線分析を行い、鏡の素材に含まれる成分を調べました。

結果として鏡に含まれる錫(すず)、銀、アンチモンの3元素の組成数値を調べ、グラフ化したところ、紀元前1世紀~3世紀に相当する古代中国の前漢後期~三国時代に鋳造された鏡の組成数値と近似することがわかりました。

また黒塚古墳から出土した画文帯神獣鏡1面についても、その化学組成が上記の古代中国鏡とほぼ一致することが分かったのです。

そのため黒塚古墳で出土した三角縁神獣鏡や画文帯神獣鏡と、前漢後期~三国時代の古代中国鏡が、同じ原材料で作られている可能性が高まったのです。つまりやはり黒塚古墳出土の古代鏡は中国製だった可能性が高いのです。

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さて、元々、文様や銘文から鏡が中国産と考えられていたのに、成分分析を行ってやっぱり中国産でしたというのは、理化学的な手法によっても証明されましたという意味はあっても、それほど大事なことなの?と思われるかも知れません。

ではこういった研究が何故重要なのかを説明しますと……

三角縁神獣鏡は卑弥呼が中国から得た鏡であるとする説があるのです。日本史の教科書にも出てくる邪馬台国の女王、卑弥呼は魏に遣使していたとされており、中国の歴史書である「三国志」や「魏志倭人伝」には239年(景初3年)魏の皇帝が卑弥呼に銅鏡百枚を下賜したとする記述があることから、三角縁神獣鏡がその鏡であるとする説があります。

この三角縁神獣鏡は日本各地の古墳から出土していることから、ヤマト王権が卑弥呼に下賜された古代鏡を各地の豪族に与えたとする古代政権成立過程が提唱されています。

以上の説では、三角縁神獣鏡=中国産になるわけですね。まぁ魏の皇帝が卑弥呼にあげた銅鏡が三角縁神獣鏡であれば、かつヤマト王権がその内の少なくとも数枚を引き継いでいたらですけども。

一方で、三角縁神獣鏡=日本産の説があるわけです。何故か?三角縁神獣鏡は中国で一枚も見つかっていないからです!

他にも根拠はいくつかありますので紹介しますと、


①日本国内では三角縁神獣鏡が540枚以上見つかっているため国内における大量生産が窺えること

②卑弥呼が得た鏡の総数である100枚を超えて存在すること

③卑弥呼の時代である邪馬台国時代に相当する3世紀の墳墓からは一枚も出土していないこと

④中国で既に改元され、存在しないはずの年号の事例が1例あること(島根県雲南市加茂町大字神原・神原神社古墳出土の鏡に景初3年の銘、しかし魏の皇帝は景初3年1月1日に崩御している)


とまぁ、三角縁神獣鏡は古代日本におけるミステリーの一つと言えるでしょうね。中国製説、日本製説、日本における中国系渡来人製説、日本における中国鏡の倣製鏡説と色々ありますが、みなさんはどこ産だと思いますか?

三角縁神獣鏡は博物館等の展示でも見られることも多い資料です(レプリカのことも多々あります)。次に博物館を訪れる際には是非、三角縁神獣鏡をまじまじと見て「メイド イン~」か思いをはせてみるのも良いかと思います(*・ω・)ノ
 
↓左を押したら「日本製」、右を押したら「中国製」の説に一票……( ・´ー・`)ドヤ!??↓

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2018ねん 10がつ 13にち

時間ができると趣味に走ってしまう……

気分転換になるからね~…

でもブログ放置は良くないね!( ・Д・)

せめて週末更新します(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

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みなさん、こんにちは。「歩け、マヤ」管理人のだんごです。

すみません、何度も…はい、またもや一か月放置しました!

ほんとにちょうど先月の13日に更新してるのでジャスト一か月です!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

まぁ開き直ってみると、ブログ運営の実情を紹介する他サイトさんってめちゃくちゃ「俺スゲー!」ってサイトが多いですよね。

これだけテキトーなサイトは他にないでしょう。

これだけいい加減な運営で、恥ずかしい内容を晒すサイトはないでしょう。

……でもまぁ実際、プロとしてやってないなら、

実際、こんなもんじゃないですか?(笑)

私のようにズボラな性格でもこんな感じになる!ってのを皆さんに知って頂けると幸いです。

さて、そんな私の9月の結果がコレ!↓↓↓

表1. 2018年9月までの各数値の推移
2018年9月まで表


ほんと何もしてないのに、月間PV数が1000を維持しております。

しかしながらライブドアブログのランキングが、

☆(ランク1)に戻りました!!!

まぁ一本しか書いてないんだから当然ですね( ・Д・)

一日一記事が目標とか最初はやる気満々だったのに……まぁ本業に関係して11月末までは多忙なのでなかなかに時間は取れないんですけど、週末の更新くらいでやっていきたい!と思っております( -д-)ノ

どんどん目標が下がっていく…(1日1記事⇒2日で1記事⇒週末更新Σ(゚д゚;))

さて、いつもながら各数値の推移をグラフ化しましたので、個別に見ていきましょう。

2018年9月まで


PV数はやや減りましたが、1000 Overですね。嬉しい限りです。

一方でUU数は好調に上がり続けていますね(・∀・)つ

先月もありましたが、どこかで紹介されてるみたいですね……

相変わらずどこなのか全く分からないんですけども、今月も1日だけ160PVの日があるんですよねΣ(・ω・ノ)ノ

ありがたいことです。いやー、ほんと書かなきゃ、明日は日曜ですし、久々に「らーめんの考古学」でも書きますかね。

まぁあまり人気ある記事じゃないんですけど、どこからかネタを引っ張ってくる必要がないのがポイントですね。

というか最近、外でラーメン食べてないな~ヽ(TдT)ノ


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さて、収益はほぼ何もしてない割に124円でした。投稿した記事数がガンガンに減ってとうとう1本!

まぁ月に一度のこの「ブログ運営の実態」を書いている以上、これよりは減らないでしょう!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

このペースだと、いつ100記事に到達することやら……

まぁ何事も継続は力なりですよね。時間作って頑張りたいと思います!(。・ω・)ノ゙

↓久々だよね、押してくれぃ!それ、ぽちっとな!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカ-マ!!!↓

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