あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

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    2026ねん 2がつ 19にち(もくよーび、晴れ)

    何度考えても今年の研究計画は狂ってやがる!( ・Д・)

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    今回の考古学・歴史ニュースは格差を建物で測ってみた!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに


    ティカル(グアテマラ)って聞くと、まず巨大な神殿を想像するよね。王の権力、儀礼、天を突く石の建物。たしかにそれはティカルの顔。

    でも、都市の本体はそこだけじゃない。今回は、もっと地味で、でも文明の本音が出る場所――住居群の話をする( ・Д・)





    🏘️都市の主役は、神殿より「住居の森」

    ティカルには、巨大建築の周りに無数の住居群が広がっている。
    考古学ではよく「建造物グループ」と呼ばれる単位があって、複数の建物が中庭を囲むようにまとまっている。いわば生活のかたまりが、森みたいに広がってる感じ。


    で、この住居の森を眺めると、だいたい分かってしまう。
    文明って、きれいごとより先に格差が出る。




    📏建物の大きさは「経済力の痕跡」になる

    建築は、夢や信仰だけじゃ建たない。
    必要なのは現実の力――人手と資材と、維持の負担だ。



    だから建物の規模は、そのまま
    どれくらい労働や資源を動員できたか
    の痕跡として扱える。


    ここで言う経済力は、お金というより
    動員できる力の大きさ
    と思ってくれればOK。




    📊やったことは単純。ランキングを作る

    私は「建造物グループの総面積」を計算して、大きい順に並べた。
    そして1位から501位までのランキングを作った。


    これを、考古学的な経済指標ランキングと呼ぶ。
    名前は強そうだけど、やってること自体は素直で、直感とも合うはず。





    🧠ポイントは、社会を先に区切らないこと

    ここが今回の肝。

    社会を語るとき、つい
    上流・中流・下層
    みたいに最初から階層で区切りたくなる。

    でも建物の大きさって、ほんとは連続量なんだよね。
    境界がない。

    どこからが上流で、どこからが平民か、地面の上には線が引いてない。

    だから最初から箱に入れると、格差の形そのものが見えなくなる。

    今回やりたいのは、格差を先に決めつけることじゃなくて、連続のまま格差の形を観察すること。

    格差は、まず形として現れる。
    名前はあとからつければいい。




    🔜次回予告:その分布、冪則だけで語れるのか?

    ランキングの世界では、上位が極端に大きくて下位がずらっと並ぶから、よく冪則(パレート)で説明されがち。
    でも、見た目のそれっぽさは危険。


    次回からは、このティカルのランキング分布が
    冪則だけで説明できるのか
    それとも別の形が必要なのか
    をモデル比較で確かめていく。




    ※この記事で紹介した考え方は、MME(物質文化マクロ生態学)の初の実証論文の一部です。データと解析コードは Zenodo に公開してあります。







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    2025ねん 2がつ 16にち(げつよーび、くもり)

    お金大事だなって最近気づいた!( ・Д・)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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    ↑これがみつかった頭蓋骨!( ・Д・)(「Sciences Avenir」の記事内画像より転載;credit: Hesham Sallam



    今回の考古学・歴史ニュースは古代エジプトの森の王、ほぼ完全な頭蓋骨が出たことで、絶滅の理由に近づけるのか?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    🐺 主役は「ヒアエノドン」という古代の頂点捕食者

    ヒアエノドン(Hyaenodont)は、ざっくり言うと

    猫っぽい鋭い歯
    犬っぽい体格
    でも猫でも犬でもない

    みたいな、古代の肉食獣グループ。

    そして今回の化石は、その中でも「Hyainailourinae(ヒアエノドン亜科)」と呼ばれる系統の、かなり決定的な標本らしい。

    発見された頭蓋骨は「ほぼ完全」。ここが重要。

    肉食獣の化石って、だいたい歯だけ、とか、頭蓋骨の欠片だけ、とかになりがちだからね。




    🐈 名前が強い。「バステトドン」

    この新しい(もしくは再整理された)種は、研究チームによって

    バステトドン・シルトス(Bastetodon syrtos)

    と呼ばれている。


    バステトは、古代エジプトの猫頭の女神。
    つまり「バステトの歯」みたいな名前。

    牙の威圧感と、エジプトの神話パワーを合体させた、強い命名だ。

    そして研究者が言ったひと言が、今回のキャッチコピーになった。

    「率直に言って、バステトドンは古代エジプトの森の王だった」

    これだよ。優勝。




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    ↑バステト神、ちょっと欲しいな!( ・Д・)(「Can激安店」の記事内画像より転載;注意:商品紹介ページに飛ぶよ!例によって回し者じゃないよ!( -д-)ノ)



    🦷 頭蓋骨がほぼ完全だと、何が分かるのか

    頭蓋骨がそろうと、世界が変わる。

    歯だけだと「肉食っぽいね」で終わる。
    でも頭蓋骨があると、具体的にこういうことが推定できる。

    • どのくらい強く噛めたか(顎の筋肉の付き方)

    • 脳のサイズ感

    • 嗅覚の強さ(鼻腔や骨の構造)

    • 目の位置から、どんな狩りをしていたか

    • どの系統に近いか(分類と進化の再整理)

    今回の標本は、そういう情報を一気に持ってくるタイプ。

    だから「森の王」という言葉も、雰囲気じゃなくて、割と科学的に言える可能性がある。




    🌴 3000万年前のエジプトは、砂漠じゃなかった

    いま頭蓋骨が見つかった場所は砂漠。

    でも当時は、緑の濃い熱帯雨林〜湿地っぽい環境だったと考えられている。
    そこに、

    初期のゾウっぽい動物
    初期のカバっぽい動物
    霊長類(古代のサルや、その周辺)

    がいた。

    その上に、バステトドン。

    要するに、森の中で大型獲物も狙える、頂点捕食者が成立していた。




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    ↑頭蓋骨を下から見た様子!( ・Д・)(「National Geographic」の記事内画像より転載;Al-Ashqar et al. 2025



    💀 で、肝心。「絶滅の原因に迫れるのか?」

    ここが今回の話の核心。

    ヒアエノドンの仲間は、かつて広範囲にいたのに、約2500万年前あたりで姿を消していく。
    その理由は昔から議論されてきた。

    ただ、絶滅理由ってだいたい単体じゃない。

    今回の「ほぼ完全な頭蓋骨」が何をしてくれるかというと、

    絶滅の直接原因を一発で言い当てる

    というより、

    • どんな性能の捕食者だったのか

    • どの系統がいつ分岐していたのか

    • どの地域で繁栄していたのか

    を精密化して、

    絶滅が起きたタイミングの環境変化や、他の肉食獣との入れ替わりと、ちゃんと照合できるようにする

    という方向。

    つまり、パズルのピースが増えるタイプのブレイクスルーだ。




    🧨 何が彼らを追い詰めた可能性がある?

    研究や一般向け解説でよく挙がる候補はだいたいこの辺。

    • 気候変動で森が減った(乾燥化・環境の入れ替わり)

    • 獲物のラインナップが変わった

    • 猫・犬の祖先側(いわゆる食肉目)が台頭してきた

    • 生態系の再編で、頂点の席が入れ替わった

    ポイントは、ヒアエノドン側は「強いのに消えた」というところ。

    強い捕食者が消えるときって、だいたい
    強さの種類が時代に合わなくなる。

    森の王が、森ごと消える。
    そういうパターンはあり得る。




    🔥 小さな結論:この頭蓋骨は「絶滅の謎を解く鍵」になり得る

    この発見の面白さは、

    新種だ!すごい!

    だけじゃない。

    • 頂点捕食者の設計図が一気に分かる

    • どこで、いつ、どう強かったかが具体化する

    • だから、絶滅の議論が雑な推測から一段進む

    ってところ。

    森の王は、王のまま死んだのか。
    それとも王座を奪われたのか。
    そもそも森がなくなったのか。

    このへん、今後の追加発見とセットで、かなり面白くなりそうだ。




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    ↑こんなお顔だったらしい!( ・Д・)(「News Week」の記事内画像より転載;credit: Ahmad Morsi




    おわりに

    今回、考古学じゃないんですよね。だって「3000万年前」だもの・・・

    でも「古代エジプトの森の王」って響きが良くて記事にしてみました。

    ところで私は犬派なのですが、猫も可愛いよね。なんだかんだどっちも好き!



    なにはともあれ・・・・・・

    犬と猫を合わせたような生き物なら王だね!( ・Д・)







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    もう就活に時間そんなに取られないかも!( ・Д・)
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    ↑これが問題の発見物!( ・Д・)(「Live Science」の記事内画像より転載;credit: Archaeological Museum Frankfurt)



    今回の考古学・歴史ニュースはヨーロッパののキリスト教史を書き換えるかもしれない小さな遺物( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    📰はじめに


    今回の考古学・歴史ニュースは、

    「ドイツで見つかった銀の護符が、ヨーロッパのキリスト教史を塗り替える可能性がある」

    という、ちょっと物騒でロマンのある話だ( ・Д・)

    小さい。
    地味。
    でも、中身が強い。

    そういうタイプの発見である。



    🪙 見つかったのは「銀の小さな筒」

    発見されたのは、ドイツ西部での発掘調査中。
    ローマ帝国時代の墓から、小さな銀製の護符(アミュレット)が出土した。

    一見すると、ただの装身具。

    だがこの護符は、中が空洞になっていて、
    中には極薄の銀板が巻かれた状態で入っていた

    そしてその銀板には、
    きわめて細かい文字が刻まれていた。

    問題は、その内容だ。




    ✝️ そこに書かれていたのは「キリスト」

    文字はラテン語。

    そしてそこには、
    明確に「キリスト」の名が刻まれていた。

    しかも内容は、

    • キリストへの信仰告白

    • 守護を願う祈り

    • 神の名への言及

    つまりこれは、

    はっきりとしたキリスト教的信仰を示す文書だった。




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    ↑CTスキャンで文字が読める!( ・Д・)(「Live Science」の記事内画像より転載;credit: Leibniz Institute for Archaeology in Mainz (LEIZA)



    ちなみに内容は以下の通り。


    (聖ティトゥスの名において?)
    聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな!
    神の子イエス・キリストの名において!
    この世界の主は、
    あらゆる攻撃(/災厄?)に対して
    (力強く?)抗い、
    神は(?)
    幸福(安寧)への道を開く。
    この救い(?)の手段が、
    主イエス・キリスト、神の子の御心に
    自らを委ねるこの人を
    守ってくださいますように。
    イエス・キリストの前に、
    天にある者、地にある者、
    そして地の下にある者の
    すべての膝はかがみ、
    すべての舌は
    (イエス・キリストを)告白する。



    🕰️ 何がそんなに重要なのか?

    ヨーロッパにキリスト教が広まったのは、
    4世紀以降、ローマ帝国公認後とされるのが一般的な理解だ。

    もちろん、それ以前にも信者はいた。

    でも、

    • 明確な信仰文書

    • 個人が身につけていた護符

    • 地方都市レベルでの出土

    という条件が揃う例は、かなり少ない。


    今回の護符は、

    3世紀の段階で、すでに個人信仰として根付いていた可能性

    を示唆している。


    これはキリスト教の広がりが想定より早かったことを意味するかもしれない。




    📜 国家宗教になる前のキリスト教

    私たちはつい、

    キリスト教=ローマ帝国公認後の大宗教

    と考えてしまう。


    だがこの護符はまだ迫害もあり得た時代に、
    個人が密かに信仰を身につけていた可能性を示す。


    つまりこれは、

    「制度化された宗教」ではなく
    「個人の信仰」の証拠だ。


    そして、個人信仰の痕跡は大聖堂よりも小さな護符に残る。



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    ↑こんな現場!深いね!( ・Д・)(「ATI」の記事内画像より転載;credit: Stadt Frankfurt am Main/Youtube



    🧠 小さな遺物が、歴史を揺らす理由

    この銀の護符は、

    • 建物でもない

    • 大規模な遺跡でもない

    • 豪華な宝物でもない

    それでも重要なのは、

    時間の前倒しが起きている可能性があるからだ。


    もし3世紀に、
    すでに地方都市でキリスト信仰が実践されていたなら、

    • 宣教のスピード

    • 信仰ネットワーク

    • ローマ帝国との関係

    これらの再評価が必要になる。


    歴史は、
    巨大な建造物で変わることもあるけど、
    時に掌サイズの金属片で動く。




    🔮 これは「塗り替え」か、それとも「補強」か

    もちろん、
    1点の出土品だけで歴史が完全に覆るわけではない。

    でも、

    「公認前にも、確実に信仰は存在していた」

    という証拠が増えるたびに、
    ヨーロッパ宗教史のグラデーションは細かくなる。

    黒か白かではなく、
    もっと滑らかに。


    この銀の護符は、

    派手ではないけれど、
    静かに歴史の境界線を押し広げる存在だ。




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    ↑別の角度から!( ・Д・)(「ATI」の記事内画像より転載;credit: Stadt Frankfurt


    おわりに

    発掘ニュースは、
    大きな黄金や巨大な遺構ばかりが注目されがちだ。

    でも今回のように、

    小さくて、
    目立たなくて、
    しかし中身が強い遺物は、

    あとからじわじわ効いてくる。

    ドイツで見つかったこの銀の護符。

    もしかすると数年後、

    「欧州キリスト教史の転換点のひとつ」

    として教科書に載るかもしれない。

    歴史は、ときどき
    ポケットサイズでやってくる。




    なにはともあれ・・・・・・

    私実は1/3キリスト教!( ・Д・)







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    就活に時間削られるぜ!( ・Д・)
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    ↑これがサイズウェルB!現在稼働してるやつ!( ・Д・)


    今回の考古学・歴史ニュースはイギリスの『サイズウェルC計画』、実はとんでもない発掘プロジェクトだった( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    ↓前の「サイズウェルC計画」に関する記事だよ(*・ω・)ノ




    📰はじめに


    ――墳丘墓だけじゃない、サイズウェルC計画の正体

    前回の記事では、
    イギリス・サフォーク州で見つかった
    「王侯級エリートの墳丘墓」について紹介した。


    でも、あのニュースを追っていくと、
    どうも違和感がある。

    ……これ、
    「たまたま良い墓が見つかった」
    って規模じゃないぞ?

    調べてみると、
    どうやらサイズウェルC計画そのものが、
    考古学的にかなり異常なスケールらしい。

    今回はその話。




    🏗️ サイズウェルC計画は、どれくらいデカいのか


    サイズウェルC計画は、
    イギリス政府が進める国家級の原子力発電所建設プロジェクトだ。


    場所は、すでに既存の原発(サイズウェルA・B)があるエリアの近く。
    つまり「エネルギー拠点」としては昔から重要視されてきた土地だ。

    そして、カッコいい名前の「サイズウェルC」とはそもそも三番目の原子力発電所ってことなのだ。


    さて、発電所そのものだけでなく、

    • 建設用地

    • アクセス道路

    • 資材置き場

    • 周辺インフラ

    まで含めると、
    とにかく範囲が広い。

    この「範囲が広い」という一点だけで、
    考古学的には嫌な予感しかしない。

    なぜなら、

    広く削る
    =広く調べる
    =今まで誰も触ってこなかった場所に手を入れる

    ということだから。




    ⛏️ 事前調査が「普通の調査」で終わらなかった理由


    サイズウェルC計画では、
    当然のように事前考古学調査が行われた。

    でも結果は、
    「ちょっと記録して終わり」
    では済まなかった。

    次から次へと出てくる。

    • 先史時代の活動痕跡

    • 青銅器時代の遺構

    • 鉄器時代から初期中世の墓域

    • 中世の生活痕跡

    しかも、それぞれが
    点ではなく、面で出てくる。

    これはつまり、

    この土地が
    「一時的に使われた場所」ではなく、
    何千年も繰り返し使われてきた場所
    だったということ。



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    ↑サイズウェルBの遠景、周辺環境はこんな感じ!( ・Д・)




    🧭 なぜ、この場所は使われ続けたのか


    サイズウェルC周辺の地形を見ていると、
    だんだん理由が分かってくる。

    • 海に近い

    • 平坦で使いやすい

    • 視界が開けている

    • 内陸と海岸をつなぐ位置

    要するに、
    人間が好む条件が揃いすぎている。

    だから、

    • 先史時代の人も

    • 中世の人も

    • 近代の人も

    みんな、同じ場所を選んだ。

    時代ごとに用途は違うけど、
    「ここは使える」という判断だけは、
    ずっと一致している。




    👑 墳丘墓は「異常」ではなく「結果」

    前回の記事で紹介した
    11基の墳丘墓と王侯級エリートの墓。

    あれも、
    この流れの中で見ると理解しやすい。

    いきなり偉い人が現れたわけじゃない。

    この土地が、

    • 長く使われ

    • 記憶され

    • 特別視され

    てきた結果として、
    「ここに葬る」という選択がなされた。

    墳丘墓は原因じゃなくて、
    積み重なった重要性の結果だった。




    🏛️ 現代の巨大計画が、過去を全部あぶり出す

    皮肉な話だけど、
    これほどの発掘成果が出たのは、

    サイズウェルC計画が
    あまりにも巨大だったからだ。

    • 小規模開発なら調べなかった場所

    • 農地のまま放置されていた場所

    • 誰も掘らなかった地面

    そこを、
    国家規模の計画が一気に開いた。

    その結果、
    時間がまとめて露出した。

    サイズウェルC計画は、
    発電所建設であると同時に、
    巨大な時間断面の露頭でもある。




    🔮 「当たり続ける」のではなく「見えているだけ」


    サイズウェルC計画が特別なのは、
    歴史が多いからじゃない。

    • 調査範囲が広い

    • 記録が丁寧

    • 情報公開が比較的多い

    つまり、

    本来なら埋もれたままだった過去が、
    たまたま見えているだけ

    とも言える。

    別の場所でも、
    同じ規模で、同じ精度で掘れば、
    似たことは起きるはずだ。

    ただ、そこまでやる計画が
    なかなか存在しないだけ。




    ↓前の「サイズウェルC計画」に関する記事だよ(*・ω・)ノ



    おわりに

    ――「サイズウェルC計画」は発電所以上のもの

    前回は、
    「王侯級エリートの墓」という
    分かりやすい成果を紹介した。

    でも本当に面白いのは、
    その背景にある、

    なぜ、ここで
    これほど多くの歴史が出るのか

    という問いだ。

    サイズウェルC計画は、
    エネルギーを生み出す施設を建てる計画であり、
    同時に、
    イングランド東部の時間を一気に可視化する装置
    にもなっている。



    掘れば必ず何か出る。
    でも、

    それを
    「ただの遺構」で終わらせず、
    「土地の履歴」として読めるかどうか。

    そこが、プロの仕事なんだと思う。




    なにはともあれ・・・・・・

    「サイズウェルC計画」……やぱ名前がカッコいい!( ・Д・)







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    昨日は東京、雪すごかったね!( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    20160527164100
    ↑アインシュタイン級になりたいね!( ・Д・)




    今回の(考古学・歴史)ニュース(?)は12月1月は死んでたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    まぁ普通に死んでましたね。理由とかは最後に書きます!(*^・ェ・)ノ

    そのせいでってだけじゃないんですけど、経過報告忘れてました。

    新しい月になった瞬間は覚えていて、やらなきゃ~ってなるんですけど、アドセンスの結果がアメリカ時間で出るので日本と1日強ずれるんですよね。

    そのギャップの間に忘れがちです( ・Д・)



    ってことで、とりあえず定期報告として表を提示していきますね!





    2026年1月末表

    表1.2026年1月までの各属性の変化


    もう新年にもなったので新しい段ができました!

    今年はMME理論の基礎実証の年なので輝かしい年になれ~!って気持ちを込めて、帯の色は黄色にしてみました~ヾ(´ω`=´ω`)ノ



    12月1月は心折れてたにも拘わらず良さげな記事数ですが、これ英文版が入ってるので、実際には半分なんですよね。

    で、海外版の方はまだまだ認知されていないので、PVも伸びず、記事数の割りにさして貢献していないって感じです。






    さて、グラフ表示で見てみると、、、



    2026年1月末グラフ

    図1.2026年1月までの各属性の変化



    記事数は過去最高記録から落ち込んだけども日本語で月10本は書いてるのでまぁまぁかなって感じです。

    平日20本は書きたいんですけどね。

    まぁこれまで通りのんびりやっていきますわ(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!






    ↓これ難しいやつ





    ↑これ、新しく始めたけど、やぱ時間ない!




    ↑こちらもちゃっかり宣伝。。。今はズブの素人だけど、たくさんやってれば上手になるかな?( ・Д・)




    おわりに

    いやー、ほんと12月1月は心死んで、酒浴びて散財して、また自己嫌悪で心死んで、ブログやめようかなとXで漏らしてしまうくらいだったんですよ。

    その割にはまぁまぁ書いてて良かったかなとは思います。



    で、病んでた理由は、、、『不安』!


    ちょうどクリスマスにMMEの根幹理論論文を3本公開したんですけど、その直前が死ぬほど病んでたんですよね。

    世界に向けて、他分野に向けての論文だったから、認めてもらえなかったらどうしようかなって不安に圧し潰されました。

    マヤ考古学やってて、国際学会にも出て、スペイン語で論文書いたり発表もして、マヤ考古学を主導しているのがアメリカってのもあって、『世界で闘ってる感』はあったんですよね。

    今思うと『幻想』でした。



    私はプロセス考古学者を自認していますから、やはり記述だけの考古学じゃ不満で、『理論なき考古学』からの脱出を図りたかったんですよね。

    そのためには考古学発の分野横断型の数的理論を作って、異分野の研究者を先に味方につけてから、文献史学と考古学分野に理論応用しに帰ってくるという作戦で闘うことにしたんです。

    まぁ結果、理論嫌い・数理嫌いな日本考古学者の世界で当然周りは敵ばかりとなり、辛い思いもしましたが、今ではこれで良かったんだなと思っています。

    今は『ちゃんと』世界で闘えています!ヾ(´ω`=´ω`)ノ




    何はともあれ、


    今めちゃ回復期!( ・Д・)



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    2026ねん 2がつ 6にち(きんよーび、晴れ)

    ちゃんと禁酒始めた、えらい!( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    arukemaya_y508



    今回の考古学・歴史ニュースは歴史は本当に「少しずつ」進むのか?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに

    歴史は、なだらかに続いている。
    昨日の延長線上に今日があり、
    今日の積み重ねが明日になる。


    ──私たちは、そう教えられてきた。

    でも、考古学と長期史を本気で眺めると、
    この前提は、だんだん怪しくなってくる。


    今回は、
    MME(物質文化マクロ生態学)
    レジームシフト史観 を使って、

    歴史は本当に「少しずつ」進むのか?

    この、歴史観そのものを揺さぶる問いに踏み込む。




    🪜 連続史観という「常識」

    まず、私たちが慣れ親しんでいる考え方から。

    連続史観では、歴史はこう説明される。

    • 技術は徐々に改良され

    • 制度は少しずつ洗練され

    • 社会は段階的に進化する

    王朝交代も革命も、
    本当は「小さな変化の積み重ね」にすぎない。

    この見方は、
    安心感があるし、説明もしやすい。

    でも──
    考古学のデータは、しばしばこの説明に逆らう。




    🏺 地層は「ゆっくり」語らない

    遺跡の地層を思い浮かべてほしい。

    • 建築様式が突然変わる

    • 財の種類が一気に入れ替わる

    • 分布の厚みが不連続に変化する

    もちろん、
    その背後に緩やかな準備期間があることは多い。

    だが重要なのは、ここだ。

    記録に残る変化は、
    ある点で「まとめて起きた」ように見える

    考古学が扱うのは、
    連続過程の結果として現れる非連続な痕跡 だ。




    📊 MMEが疑う「なだらかな歴史」

    MMEの視点では、
    歴史の主体は人間の意思ではなく、

    財の分布構造 だ。

    分布は、

    • 少しずつ歪み

    • じわじわ集積し

    • ある閾値を越えた瞬間に

    形そのものを変える

    ここが決定的に重要。

    変化の入力は連続でも、
    出力は非連続になりうる

    歴史が「突然」変わるのは、
    偶然でも例外でもない。

    構造的に、そうなる




    ⚡ レジームシフト史観の立場

    レジームシフト史観は、
    連続史観を真っ向から否定する。

    • 歴史は常に連続ではない

    • ある時点で、支配ルールが切り替わる

    • 切り替え後は、以前の論理が通用しない

    これは革命や崩壊だけの話ではない。

    • 経済のルール

    • 財の価値

    • 社会的制約

    それらが同時に変わる瞬間、
    歴史は「別のモード」に入る。





    🧠 なぜ「少しずつ進む」と錯覚するのか

    それでも私たちは、
    歴史を連続だと信じたがる。

    理由は単純だ。

    • 人は変化の途中に生きている

    • 境界をまたぐ瞬間を体験できない

    • 後から線でつなぎたくなる

    結果として、

    本当は段差だったものを、
    なだらかな坂として語り直す

    連続史観は、
    後付けの物語 として成立している側面がある。





    🔍 MMEが見ているのは「傾き」ではなく「断層」

    MMEが追うのは、

    • 成長のスピード

    • 改良の方向

    • 進歩の勾配

    ではない。

    見るのは、

    • 分布の歪み

    • 境界点の移動

    • レジームの切り替わり

    だから、問いも変わる。

    歴史はどう進んだか?
    ではなく
    いつ、別の構造に入ったか


    🌍 現代史にも当てはまる問い

    この問いは、
    古代史だけの話じゃない。

    • 冷戦終結

    • デジタル化

    • グローバル経済の成立

    これらは「少しずつ」の結果だったのか?
    それとも、

    ある時点で、
    ルールが一気に切り替わったのか?

    MMEとレジームシフト史観は、
    後者を強く示唆する。




    ✍️ おわりに(次回予告)

    歴史は、
    常になだらかに進むわけではない。

    • 水面下では連続的でも

    • 表に出るときは非連続

    • 境界を越えた瞬間、別の論理が支配する

    次回は、
    「連続的な変化だけで、王朝交代は説明できるのか?」
    という、さらに踏み込んだ対立軸に進む。

    あるけまやの歴史観は、
    ここから、理論戦争ゾーンに突入する。




    ※この記事で紹介した考え方は、考古学理論として整理した研究プレプリントとして公開しています。
    文明変化を「進歩」ではなく「状態の切り替え」として捉え直したい方は、こちらも参考にしてください。







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    2025ねん 2がつ 3にち(かよーび、晴れ)

    気付いたらもう2月だ!忙しくて目が回る~!( ・Д・)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    arukemaya_y501
    ↑インパクトあるね!ぱっと見ホラーだけど!( ・Д・)(「Medievalists.ner」の記事内画像より転載;credit: Oxford Cotswold Archaeology)


    今回の考古学・歴史ニュースはイギリス・サフォーク州で「王侯級エリート」の墓が見つかった話( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに

    ――イギリス・サフォーク州で「王侯級エリート」の墓が見つかった話

    イギリスのサフォーク州で進められている「サイズウェルC計画」という発掘プロジェクトから、これはちょっと見逃せないニュースが飛び込んできた。


    発電所建設に先立つ考古学調査で、
    墳丘墓(ふんきゅうぼ)が、合計11基も検出されたというのだ。


    しかもそのうちの1基は、
    明らかに“王侯級エリート”のものと考えられている。


    これは当たりだ。



    🏗️ きっかけは、いつもの「工事前調査」

    今回の発見は、いわゆるレスキュー考古学によるものだ。

    大規模インフラを建設する前に、
    「念のため地面を調べておこう」という、あの調査。


    正直に言うと、
    特別なものは何も出ないことの方が圧倒的に多い。

    でも、たまにこういうことが起きる。

    何もないはずの場所から、
    地域の歴史そのものがごっそり出てくる。

    サイズウェルC計画は、
    まさにその“当たり回”だった。



    arukemaya_y502
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    ↑中世のオーブンとコプトボウル!( ・Д・)(「Medievalists.ner」の記事内画像より転載;credit: Oxford Cotswold Archaeology)


    ⛰️ 墳丘墓が11基並ぶ、という異常さ

    墳丘墓は、ただの墓じゃない。

    • 土を盛る

    • 目立つ形にする

    • 景観の中で存在感を出す

    つまり、「見せる墓」だ。


    時間も労力もかかる。
    誰でも、どこでも作れるものじゃない。

    それが11基も同じ場所に集中している


    これはもう偶然じゃない。

    ここは、特別な人たちが、特別に葬られるための墓域だった可能性が高い。


    墓が語っているのは、
    個人の死ではなく、社会の構造だ。



    👑 1基だけ、明らかに“格”が違う

    11基の墳丘墓の中で、
    研究者たちの目を引いたものがある。

    • サイズが大きい

    • 構造が複雑

    • 位置が中心的

    考古学では、
    墓にかけられた手間は、
    ほぼそのまま社会的地位を反映する。


    つまりこれは、

    「この人は、
    ほかとは別格だった」

    と、土そのものが主張しているような墓だ。


    研究者たちは、この人物を王侯級エリートとみている。

    王かもしれない。
    あるいは地域を支配した首長、
    軍事と政治を握った人物かもしれない。


    いずれにせよ、
    その土地で一番偉かった人間の一人だった可能性は高い。




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    ↑馬のお墓!( ・Д・)(「Medievalists.ner」の記事内画像より転載;credit: Oxford Cotswold Archaeology)



    ⚔️ 墓が語るのは「支配の記憶」

    この時代のイングランドでは、

    • 武力

    • 血統

    • 支配

    は、きれいに分かれていない。

    強い者が偉く、
    偉い者が土地を支配する。


    だから墓もまた、
    単なる埋葬施設ではなく、

    「この土地は、誰のものだったか」を示す記念碑になる。


    遠くから見えるように造られた墳丘墓は、
    生きている人々に向けたメッセージだった。



    🧠 なぜ、同じ場所に偉い人が集まるのか

    こうした発見を見るたびに思う。

    重要な場所は、
    何度も重要になる。

    王侯級の人物が葬られ、
    時代が下って、
    現代では国家規模の発電所が建てられようとしている。


    用途は違っても、
    「ここは重要だ」という感覚だけは、
    不思議と引き継がれている。



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    ↑マチルダと刻まれた鉛製のアクセサリーと中世のヴェネツィアガラスでできたカメオ!( ・Д・)(「Medievalists.ner」の記事内画像より転載;credit: Oxford Cotswold Archaeology)


    🏛️ 現代の工事が、古代の権力を掘り起こす

    もしサイズウェルC計画がなければ、
    これらの墳丘墓は、

    • 調べられず

    • 記録されず

    • 静かに削られていた

    かもしれない。


    皮肉だけど、
    現代の巨大インフラが、古代の権力構造を可視化した形だ。

    考古学では、よくある話。



    🔮 地面の下には、まだ語られていない歴史がある

    今回見つかった11基の墳丘墓は、
    氷山の一角かもしれない。

    サフォークの地面の下には、
    まだ名前も知られていない
    “偉かった人たち”の記憶が眠っている。

    掘られるのを、
    何百年も待ちながら。






    おわりに


    これ何だか凄い大きなプロジェクトみたいですね。てかプロジェクト名が「サイズウェルC計画」って全然意味分らんネーミングセンスに感じる一方で、なんだかかっこいいよね!

    最近、面白い記事もないし、次回はこのプロジェクトについて掘り下げてみようかな!(*^・ェ・)ノ




    なにはともあれ・・・・・・

    掘れば必ず何か出るもんだよ、

    それを大きな成果に見せるのがプロだ!( ・Д・)







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    2025ねん 1がつ 29にち(もくよーび、晴れ)

    禁酒だ、禁酒だ!( ・Д・)←100回目

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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    今回の考古学・歴史ニュースは崩壊は失敗なのか、それとも必然なのか?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに

    「文明が崩壊した」
    この言葉には、どこか失敗愚かさの響きがまとわりつく。

    うまくやれなかった
    判断を誤った
    だから滅びた

    ──本当にそうだろうか?

    今回は、MME(物質文化マクロ生態学)
    レジームシフト史観 の視点から、
    この問いを真正面からひっくり返してみたい。



    🤔 私たちは「崩壊=失敗」と思いすぎている

    崩壊を失敗とみなす考え方は、
    じつはとても現代的だ。

    • 国家は永続すべき

    • 成長は続くべき

    • 問題は解決されるべき

    この前提があるから、

    崩壊=マネジメントの失敗

    という評価が自然に出てくる。

    でも、考古学が扱うスケールは、
    国家運営の成否より、ずっと長い。




    🧠 MMEが見る文明は「目的をもたない」

    MMEの立場を一言で言うなら、こうなる。

    文明は、うまくやろうとして存在しているわけではない

    文明は、

    • 財が生まれ

    • 配られ

    • 集積し

    • 変形していく

    その結果として成長し、
    その結果として崩れる。

    ここに、

    • 意図

    • 反省

    • 成功/失敗

    といった価値判断は、原理的には存在しない。




    📊 分布は「行き過ぎる」性質をもつ

    MMEで文明を捉えるとき、
    中核にあるのは 財の分布 だ。

    多くの文明では、

    • 初期:分布は比較的なだらか

    • 成長期:上位が厚くなる

    • 成熟期:奢侈財が爆発的に増える

    ここで重要なのは、

    分布は「ほどほど」で止まらない

    という点。

    分布は、

    • 集積できるなら集積する

    • 複雑化できるなら複雑化する

    限界まで進もうとする

    崩壊は、
    この動きが「やりすぎた」結果として現れる。




    ⚖️ レジームシフト史観の答え

    レジームシフト史観では、
    文明の崩壊はこう位置づけられる。

    • 失敗ではない

    • 成功の終着点でもない

    • 構造が次に移るための切り替え

    水が沸騰するのと同じだ。

    • 沸騰前の水は「失敗」か?

    • 氷は「水として未完成」か?

    違う。

    ただ、状態が変わっただけ。

    文明も同じ。




    🏺 崩壊とは「過去を壊すこと」ではない

    よくある誤解がある。

    崩壊すると、昔の素朴な社会に戻る

    これは、考古学的にはほぼ起きない。

    崩壊後の社会は、

    • 財の種類が違う

    • 分布の法則が違う

    • 社会的制約が違う

    つまり、

    崩壊後は「前より単純」ではなく
    別の構造に再配置された社会

    MME的に言えば、
    分布レジームが切り替わった 状態だ。




    🔄 「崩壊しない文明」は存在しうるのか?

    ここで、核心的な問いが出てくる。

    では、崩壊しない文明は可能なのか?

    MMEとレジームシフト史観の答えは、かなり冷淡だ。

    • 分布が成長する限り

    • 複雑化が進む限り

    • 集積が起きる限り

    どこかで切り替えは起こる


    それは、

    • 戦争かもしれない

    • 経済崩壊かもしれない

    • 静かな再編かもしれない

    形は違っても、
    「構造の断絶」は避けられない。



    🌍 現代文明への、少し怖い視点

    この話は、過去の文明だけのものじゃない。

    現代社会もまた、

    • 分布上位が極端に厚く

    • 財の意味が分化しすぎ

    • 社会的制約が複雑化している

    MMEは、ここでこう問いかける。

    いま起きている問題は、
    失敗の兆候なのか?
    それとも、必然的な切り替え前夜なのか?

    答えは出さない。
    ただ、分布の形だけを示す。




    ✍️ おわりに

    崩壊は、
    誰かの無能の証明でも、
    文明の敗北宣言でもない。

    それは、

    • 成長した構造が

    • その形を保てなくなり

    • 別のレジームへ移る

    自然な帰結 かもしれない。


    MMEが投げかける新たな文明観は、
    崩壊すら、観察対象にしていく。






    ※この記事で紹介した考え方は、考古学理論として整理した研究プレプリントとして公開しています。
    文明変化を「進歩」ではなく「状態の切り替え」として捉え直したい方は、こちらも参考にしてください。







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    2025ねん 1がつ 28にち(すいよーび、晴れ)

    たくさん寝てるのに朝からなんかずっと眠いんですけど!( ・Д・)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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    ↑なんかこういう現場写真好き!( ・Д・)(「Smithonian Magazine」の記事内画像より転載;credit: Denis Gliksman / INRAP


    今回の考古学・歴史ニュースは考古学者が遺体を特定、300年来の謎がほどけた話( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに


    2019年の火災で世界を震わせた、フランス・パリのノートルダム大聖堂。
    再建工事に向けた調査のなかで、2022年、床下から複数の人骨と鉛製の棺が発見された。


    この発見自体は当時もニュースになったが、その後の分析によって、長らく正体不明だった人物の身元が、かなり具体的に判明してきた


    しかも、その人物は――
    300年以上前から「ここに眠っているはずなのに、見つからなかった人物」だった可能性が高い。




    🪦 ノートルダムの床下で何が見つかったのか

    見つかったのは、大聖堂の中心部にあたる場所に埋められていた鉛の棺。
    鉛は高価で加工も難しく、主に高位の人物の埋葬に用いられていた。

    同時に発見された別の棺は、銘文などから17世紀の高位聖職者アントワーヌ・ド・ラ・ポルトだと比較的早く特定された。

    だが、もう一体の遺体には名前を示すものがなかった。


    それにもかかわらず、

    • 埋葬位置は特等席

    • 棺は鉛製

    • 丁重な扱い

    この条件がそろっている。

    そこで研究者たちは、この人物を仮に
    「騎士(ホースマン)」と呼び、詳細な分析を進めることになった。



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    ↑からっぽですね!( ・Д・)(「Smithonian Magazine」の記事内画像より転載;credit: Denis Gliksman / INRAP


    🐎 なぜ「騎士」だと分かったのか?

    剣も鎧も出てきていない。それなのに、なぜ「騎士」なのか。

    決め手になったのは、骨の特徴だった。

    • 骨盤

    • 大腿骨

    • 股関節まわり

    これらに、長年にわたって馬に乗り続けた人に特有の変形が見られた。

    つまりこの人物は、

    日常的に馬に乗る
    → それもかなりの頻度で
    → 若い頃から続けていた

    可能性が高い。

    さらに、骨には重い病気の痕跡も残っていた。結核に由来する病変、そして慢性的な炎症。

    歴史資料と照らし合わせると、ここで一人の人物が浮かび上がってくる。




    🕵️ 300年来の行方不明者がいた

    16世紀フランス・ルネサンス期の詩人
    ジョアシャン・デュ・ベレー

    彼は、亡くなった後にノートルダム大聖堂へ埋葬されたと記録されている。
    ところが18世紀以降、墓の所在が分からなくなり、「どこに眠っているのか分からない人物」になっていた。

    研究チームは、

    • 死亡時の年齢

    • 病気の記録

    • 生活様式(騎乗)

    • 埋葬の格式

    これらがデュ・ベレーの史料とよく一致すると指摘している。

    現時点では100%の断定ではないが、「最有力候補」であることはほぼ間違いない、という評価だ。




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    ↑彼がデュ・ベレーらしい!( ・Д・)(「Smithonian Magazine」の記事内画像より転載)

    🧪 考古学は「確率」を積み上げる学問

    ここが重要なところ。

    考古学の身元特定は、ドラマのように「DNA一致!解決!」とはいかない。

    • 年代

    • 病理

    • 生活痕

    • 文献記録

    これらを一つずつ重ねて、最も矛盾の少ない人物像に近づいていく

    だからこそ今回の発見は、「完全解決」ではなく、
    300年越しの歴史ミステリーが、ようやく輪郭を持ち始めた瞬間とも言える。




    🏛️ ノートルダム大聖堂は「墓でもあった」

    ノートルダム大聖堂は、祈りの場であると同時に、長いあいだ埋葬の特等席でもあった。

    高位聖職者、貴族、重要人物――彼らは大聖堂の床下に眠り、時代の変化のなかで忘れられていった。


    2019年の火災は悲劇だった。

    だが、その後の修復工事がなければ、この人物は今も「名もなき遺体」のままだったかもしれない。



    🔮 火災が呼び起こした、もう一つの歴史

    建物は壊れた。
    だが同時に、眠っていた記憶が掘り起こされた

    文明の遺跡は、壊れたときにだけ語り始めることがある。

    ノートルダムの床下で起きたのは、
    まさにそんな出来事だった。



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    ↑現代の考古学って感じですね~!( ・Д・)(「Smithonian Magazine」の記事内画像より転載;credit: Denis Gliksman / INRAP




    おわりに

    この前、共同研究会に行ったら、古王朝やってるヒエログリフ読めないエジプト考古学者に対してヒエログリフ読める新しい時期やってるエジプトロジストがバカにしてるって聞いた。マヤニストって表現もあるんだけど、うちらは別にマヤ文字読めるか読めないかで差別はないんだけどな。やっぱり文献史データ量が豊富だから傲慢になるのかな?

    やってる時期が違うわけだし、そもそも専門も違う気がするんだけれど、歴史時代だって歴史考古学のような文献使う人がメジャーにしてもその中でガチガチの考古学者がいてもいい気がするけれど違うのだろうか・・・変なとこで差別してないで仲良く研究すりゃあいいのに、よっぽど暇なんだなと思ってしまうぜ!( ・Д・)←一番バカにしてるw



    なにはともあれ・・・・・・

    歴史と接続する考古学っていいよね!( ・Д・)







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    2025ねん 1がつ 20にち(かよーび、晴れ)

    なかなか全快しない!( ・Д・)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    arukemaya_y494
    ↑昔からいたずら書きはあるのね!( ・Д・)


    今回の考古学・歴史ニュースは恋の告白から闘技場のスケッチまで、2000年前の声が聞こえてきた( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに

    古代ローマの都市ポンペイ。
    79年のヴェスヴィオ火山噴火で一瞬にして埋没したこの街は、
    200年以上にわたる発掘で数多くの遺物を世に出してきた。

    でも、この1月――
    新たな落書き群がデジタル技術で鮮明に見つかったと発表された。




    🪶 見つかったのは、普通の人の“声”

    ポンペイの壁に刻まれた落書きは以前から有名だったけれど、
    今回の発見は 約80点もの新たな書き込み
    しかもこれまで目視ではほとんど見えなかった、
    かすれた文字や痕跡の細い線まで鮮明に読み取れたのがポイント。


    この発見を可能にしたのは、
    「Reflectance Transformation Imaging(RTI)」というデジタル撮影法。

    古い壁面のごく浅い刻みでも、
    光の当て方を変えることで、
    人の目では見えない線まで写し出すことができるようになった。




    💌 告白、落書き、そして「生きた声」

    新たに読み取られた落書きには、以下のような内容が含まれる:

    • グラディエーターの戦いのスケッチ

    • 恋人への部分的なラブレター

    • 日常の愚痴や悪口

    といったもの。


    例えば、

    「エラトは…を愛している」
    という断片的な恋文は、
    2000年前の人々が感情を文字にした最古級の痕跡の一つと言える。

    これらは王様や政治家の記録ではなく、
    庶民の〝生の言葉〟そのものだ。



    🔎 壁は「史料の宝庫」

    この発見は、
    単に文字が増えただけじゃない。

    • 日常生活のリアルな断片

    • 社会への不満や戯れ言

    • 個人の想いと人間関係

    が、文字として刻まれた現実の“声”として残されたという点で画期的だ。

    普段の発掘では、文字資料は噴火や土砂の下敷きで傷んでいたり、
    発掘後の保存処理で見落とされたりすることも多い。


    でも今回のRTI技術は、
    壁面に残った薄い刻みを“再び浮き彫りにする”ことに成功したのだ。




    arukemaya_y495
    ↑いたずら書きの例


    🕰️ ポンペイという“時間カプセル”

    ポンペイは、
    一瞬にして埋没したおかげで
    「一時点で止まった社会」を丸ごと保存している。

    これは考古学にとって、
    まるで 一冊まるごとのタイムカプセル

    新たな落書きの発見は、
    そのタイムカプセルから
    より多くの“当時の声”を取り出すことに成功した瞬間だ。



    📜 文字は「人々の歴史」

    こうした落書きは、
    たとえ短い言葉でも、
    歴史を書き換えるほどの力を持つ。

    それはなぜか?


    なぜなら、
    人々が普段どんなことを考え、何を感じていたかは、
    征服者や国家の史料には現れないから。


    ポンペイの壁は、
    当時の庶民の存在証明であり、
    聞こえないはずの声をよみがえらせる装置
    なんだ。




    🔮 「古代の声」は未来へのヒント

    今回の発見は、
    単に文字をひとつ増やしただけじゃない。

    • 古代の日常

    • 心の動き

    • 社会の空気

    これらが文字として残る瞬間を捉えた。

    この積み重ねが、私たちの歴史理解を
    一歩だけ、確実に前に進めてくれる。


    そして、これからの考古学は
    単なる“遺物”だけでなく、
    人々の言葉と感情の痕跡を追う方向へと進んでいる。




    おわりに

    マヤにもいたずら書きあるわ。重層建築になってる神殿の中の壁面とかに描かれているようだけど、、、ティカルの報告書にもあるんだけどさ、位置がいまいちわからん。貴族住居の床面とかにも描かれるんだけど新しいものなのかどうかの区別が付かん。ティカル放棄後にやられたものかも知れないよね。まぁでも興味深くはある!


    なにはともあれ・・・・・・

    昔も今も人は成長しないぜ!( ・Д・)







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