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歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

2018ねん 7がつ 24にち(かよーび、晴れ)

いい天気である。

綺麗な青空を見るは何日ぶりだろうか。

だがこうなると、蒸し暑さではなく、ふつーに暑い!

結果、やはり、そーめんばっか食べておる( ・Д・)

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今回のタイトルで使用した「指輪物語」とは、J・R・R・トールキンの『指輪物語』のことです。2001年に映画化されて2003年まで三部作として公開され、日本でもとても話題になった作品だと思います。

さてこの指輪物語に登場するのが「力の指輪」です。全部で20個ある指輪の総称です。魔王みたいな存在のサウロンの持つ指輪が「一つの指輪」、エルフが持つのが「三つの指輪」、ドワーフが持つのが「七つの指輪」、人間の王が持つのが「九つの指輪」で、合計20個になります。

RPGみたいにちょっと力が強くなるというわけではなく、この作品中の「力の指輪」自体は所有者を極めて長寿するといった神秘的な力を有しています。しかし指輪の所有者はサウロンの支配下に陥ってしまうという「呪いの指輪」でもあるんですね。

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さて、ここで本題に入りましょう。ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)はユダヤ系のオーストリアの精神医学者で、19世紀後半~20世紀前半に活躍し、精神分析学の創始者と言われています。その弟子であるユングと共に、倫理や世界史の勉強の中で聞いたことがあるかも知れません。

このフロイトは、実は「精神分析学の秘密結社」を結成していたのです! その際に愛弟子たちに授けたという印章指輪の内の6点が、中東エルサレムのイスラエル博物館で開かれる展覧会にて初めて一堂に会し、公開されることになりました。

展覧会の名前は「フロイト・オブ・ザ・リングス(Freud of the Rings)」で、まさにロード・オブ・ザ・リングとかけているわけですね( ・Д・)

フロイトは神経学、心理学、分析精神学の専門ですが、神話学や人類学、考古学にも非常に深い造形を示していたことで知られています。特に世界中の古代文明の遺物を収集しており、彼の膨大な考古学コレクションは現在、ロンドンにあるフロイト博物館で見ることができます。

さて、今回の展覧会の発端は、イスラエル博物館の学芸員助手が、「Freud Nike(フロイト・ニケ)」と書かれた小さな段ボール箱の中から金の指輪1個を見つけたことでした。この辺りも「指輪物語」の最初のシーンを彷彿とさせますよね。

さて、指輪に刻まれた「ニケ」はギリシャの勝利の女神の名です。学芸員らの調査の結果、その指輪はフロイトが弟子のエバ・ローゼンフェルド(Eva Rosenfeld)に贈り、後にローゼンフェルドがイスラエル博物館に寄贈したものだと分かったそうです。

さらなる調査で、フロイトが最も身近に置き後継者とみなしていたスイス生まれの弟子カール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung)と1912年に決別した(ユングはその後、分析心理学を創始する)ことが、このフロイトの「指輪物語」の背景にあると推測できるとのこと。

どういうことかと言うと、最愛弟子であるユングとの関係断絶をきっかけに、フロイトは精神分析学者の秘密結社を設立したのです。そしてフロイトの学説を信奉し、フロイト自身に対しても献身的だった創設メンバー5人に印章指輪を1個ずつ贈ったのだそうです。


指輪にはめ込まれた石はフロイトが世界中から直接収集した膨大な古代遺物から選ばれており、それぞれに神話の主題が彫りこまれているというかなりの作り込みようです。各指輪の刻印は、フロイトの学説の要素と、指輪を贈られた相手とフロイトとの関係を示唆している可能性があるようです。

最終的にフロイトはこのような印章指輪を少なくとも20個は贈っていたようです。贈られた人の中には、フロイトが恩義を感じていた精神分析学者たちや、フロイトが精神分析を行い好意を抱いた人々らも含まれていたのだとか。

さて、J・R・R・トールキンの『指輪物語』でサウロンが造った指輪の数は20個です(サウロンの技術でエルフが造ったものを含む)。そしてサウロンが指輪の所有者を支配下に置いたように、フロイトの印章指輪を受け取った人たちもフロイトを信奉し、献身的だったということで・・・・・・


とまぁ、ほんとに面白い一致だなぁと思います。まぁ全ての指輪が見つかっているわけではありませんので、「少なくとも20個」というあたりがどこまで信憑性があるのかは分かりませんね。展覧会として「指輪物語」にかけてますから、学芸員たちも敢えて「20」という数字を選択している可能性も否めないかな~とも思います( -д-)ノ

↓ここを押すとサウロンの支配下に入るよ~ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ↓

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2018ねん 7がつ 21にち(どよーび、曇り)

暑さには強いはずだが、

最近食欲がない。

そーめん旨い!

やっぱ鰻とか食べないと元気いっぱいにならないのだろうか?

いや、そーめん、ひやむぎが旨いからいいのだ!( ・Д・)

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↑神殿の基壇部。テントが見える部分が調査している箇所(「AFP BB News」の記事内画像より一部加工; Credit: AFP PHOTO / RONALDO SCHEMIDT )

なんだかここ数年、世界的に大きな地震が多いなぁと思うのは私だけでしょうか。メキシコ中部では2017年9月19日の正午過ぎに、マグニチュード7.1の大地震が起きました。この地震と二次被害によりメキシコ市を中心として369人の死亡が確認されました。

マグニチュードはアメリカの地震学者チャールズ・リヒターが考案した、地震が発するエネルギーの大きさを対数で表した指標値のことです。M7レベルの大地震の頻度は、地球全体で1年に15回、内1~2回は日本周辺で起きているそうです。

さて、このメキシコ中部に大きな打撃を与えた地震でしたが、他方で考古学調査の現場では興味深い発見につながったそうです。

首都であるメキシコシティーの南方に位置するモレロス州のクエルナバカは「常春の都」のひとつとして有名です。この街にはテオパンソルコ(Teopanzolco)という遺跡があります。

上に挙げた写真のように遺跡内には古代アステカ文明のピラミッドの基壇があります。本来はピラミッドの最上部には、もともと雨の神であるトラロックの神殿と、太陽と戦争をつかさどる神「ウィツィロポチトリ」の神殿があったのです。


この上部構造である二つの神殿は地震で壊れたわけではありません。スペイン征服期・植民地期に異端として破壊されたケースが多いのです。スペインはカトリック国で当時は布教活動に熱心でしたので。

ということで、残されていた下部構造としての神殿の基壇部分の内部から、雨の神であるトラロックを祭った神殿の遺構が新たに見つかったのです。

この地域にはアステカ人の一派である、トラウイカ(Tlahuica)族が栄えていました。どうやらこの雨の神「トラロック」の神殿を建造したのはそのトラウイカ族のようです。


メキシコ国立人類学歴史学研究所(INAH)の報告によれば、大地震によってピラミッドの中心構造が相当な変容を被ったとのことです。つまり地震の影響で、いずれの神殿も床が沈んで屈曲し、安定性を欠いた状態となったのだとか。

 

このため、INAHがレーダー探知機を用いてピラミッドの構造を調査したところ、外側に見えていた神殿基壇の内部に、トラロックの神殿の遺構が見つかったのです。マヤ文明の神殿もそうですがメソアメリカ地域の神殿は入れ子状の神殿構造になっているのです(マトリョーシカ人形みたいな感じです)。


今回神殿基壇内部で見つかった古い神殿は西暦1150年頃に建造されたものと推定されています。奥行き約6メートル、幅約4メートルのサイズということです。


どこをどの程度掘り進めたかはよく分かりませんが、トラウイカ文化期に相当する土器片や香炉も発見されたそうです。見つかった神殿がトラウイカが造ったと考えているようですから、神殿自体ないしその基壇を多少なりとも掘った結果だと思います。


地震の影響で歪んでいるようですから、ちょっと危ないですね。十分に補強しつつ掘り進めて、データ取って、次の地震に備える意味でもしっかりと遺跡・遺構の保全がなされることを期待します……メキシコという国は観光に力入れているので、遺跡保全にちゃんと資金出るんですよね。うらやましい!( ・Д・)


↓やや悪ふざけしながらも、ここの一言を考えることが密かな楽しみである( -д-)ノ↓
↓ってことで、とりあえず押しといて!( ・Д・)( ・Д・)( ・Д・)↓

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2018ねん 7がつ 18にち(すいよーび、曇り)

最近、アボガドを生ハムで巻いて食べることにハマっておる。

海外ではアボガド安いから、

よくわさび醤油付けて、おつまみにしてたなぁ。

あ~、マグロ&アボガド丼つくろーっと!(・∀・)つ

私のテンションは食べ物で変わると最近気づいた( -д-)ノ

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今回紹介するのは「毒の付いた本」です!しかも大学図書館に所蔵されていたそうです。毒が付着していたことは後から分かったようで、本当に危険ですよね!

舞台はデンマーク、南デンマーク大学図書館です。同大学の教員が16世紀~17世紀の3冊の歴史書を分析しようとしていました。

実際に分析したかったのは本の中身じゃなくて、カバーの方でした。カバーは古い他の羊皮紙製の印刷物を再利用して作られたもので、そこにはラテン語の文章が隠さていたのです。

しかしカバーとして再利用した際に塗布されたグリーンの塗料があまり厚く、読むには邪魔であったのです。

そこでまず蛍光X線分析(micro-XRF)を用い、緑の塗料の化学組成を明らかにすることにしました。蛍光X線分析は考古学でもお馴染み方法ですね。石器や土器の胎土を対象とした産地同定分析に用いられることで知られています。

私も粘土を対象に一度分析したことがありますが、非破壊の分析ですし、分析が比較的早いのでなかなかに優秀な分析法だと思います。簡単に言うと、試料にX線を照射すると、試料に含まれる元素に応じて発生した蛍光X 線を分光素子で分光し、測定するものです。

機器によって多少の差異はあるようですが20元素(Na, Mg等と化合物)と4微量元素(Rb,Srなど)といった試料の化学組成を明らかにできます。

このような手法による分析結果として、本についていた緑色の塗料には高濃度のヒ素が含まれていることが判明しました。

カバーから検出されたヒ素入りの塗料は、パリスグリーン(花緑青)と呼ばれる人工顔料であることが分かりました。様々な緑色を出せることから、19世紀には絵の具や建築用塗料として利用されていました。

後に触れると皮膚が炎症を起こす事例が多く確認され、ヒ素に由来する強い毒性があることがわかりました。そのためヒ素は殺鼠剤、殺虫剤、農薬としても盛んに用いられ、羊皮紙にパリスグリーンが使用された理由も、書物を虫やネズミなどの被害から守るためだったと思われます。

ヒ素は生物に対する強い毒性があることだけではなく、強い発がん性(最も高いグループ1に分類)を有することで知られています。

ヒ素は13世紀には知られていて、15~16世紀には暗殺用の毒として使われていました。無味無臭かつ無色、そして入手が容易だったのが主な理由ですね。このように古くから危険性が周知されていますからね、19世紀段階で塗料に混ぜ込むなよ!って思いますけどね( ・Д・)
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最初の見出しに挙げた写真のように、古い本ってなんか素敵じゃないですか? 昔、いいホテルに泊まるのが趣味で、大統領の住居だったホテルとか元総督府のホテル、元修道院のホテルに泊まってみたことあるんですけど、古く趣ある調度品に目を奪われたものです。

その時思ったんですけど、古い本ってインテリアになるな~って。それで海外の古書市で、めちゃ古い本買ってみたことあるんですよ。内容、読めないのに( ・Д・)

まぁもちろんそんなに古い本が混ざってることはないと思いますけど、混ざってても値が張るので買えない! 小さな国だとけっこう掘り出し物もあって面白いんですけどね。

これからは本の古さと装丁に気を遣ってみようかなと思います。古本触ったあとに、その辺で手づかみで何か食べたら、大変なことになるかも知れませんしねヽ(TдT)ノ

古い本や絵画には今回と同様の危険性がありますので皆さまもご注意ください!( -д-)ノ

↓安心して下さい。このボタンにヒ素は付着しておりません(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

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