歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

2018ねん 5がつ 6にち(にちよーび、晴れ)

地元に帰ったら、何か美味しいものを食べたい気がする。

しかしながらダイエットする予定なのである。

とりあえず5kg落としたい。

夏までに腹筋をバッキバキにしたい。

そう願いながら、何をどこで食べようかググる管理人であった…

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↑復元された縄文土器によるイボキサゴスープの調理の様子(産経ニュースより一部加工)

さて、今回は縄文時代の食文化についてのお話です。

土器の製作実験自体は大学の考古学研究室でやっています。もちろん全ての大学ではありませんが。また実験考古学としては石器が有名なのですが、土器を実際に製作してアレコレすることで卒業論文にするという事例も見たことがあります。なので昔の土器を実際に作ってみるというのはそこまでレアなことではないのです。

研究室によっては、実際に調査現場で採取された粘土から水簸(すいひ)を行って混和材(砂や繊維類等)を混ぜてと素地・生地作りから行うこともありますし、大学構内に窯を造設するようなところさえあります。

一方で、調理実験となると大学ではそこまで一般的ではないかも知れません。焼成実験の時に併せて昼食用に煮炊きをする程度でしょうか。むしろ遺跡公園や博物館などが主催する体験型イベントとしての方が古代の調理法や食べ物に関する実験的な活動が多く行われているように感じます。

今回紹介するのは、「加曾利貝塚」です。この遺跡では約7000年前の住居址が発見されており、約5000年前から3000年前まで大きな貝塚が作られました。ちなみにこの遺跡の貝塚の大きさは世界最大規模なのです!

また縄文中期後半(加曾利E式)や縄文後期後半(加曾利B式)の時期を代表する土器が出土しており、標準遺跡(あるいは標識遺跡)として学史的にも有名かつ重要な遺跡です。

この加曾利貝塚で「縄文春祭り」が開催されています。古代の食文化を再現した、あるいは現代風にアレンジしたものとして「いのしし肉のフランクフルト」や「どんぐりビスコッティ」、そして「イボキサゴのスープ」などが提供されています。

ちなみにイボキナゴって分かりますか?
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↑イボキサゴの写真(ぼうずコンニャクの市場魚介類図鑑より転載)

上の写真のような小さくカラフルな貝です。イボキサゴは加曾利貝塚で多く発見されている貝で、現在でも北は北海道、南は九州と全国的に生息しています。縄文時代には東京湾にも多く生息し、縄文人の貴重な食料でした。

しかし東京湾の埋め立てで姿を消し、平成7年に木更津市の干潟で発見されました。今も木更津市や周辺で採れるようですが一般にはほとんど流通していないものだそうです。

しかしながら味はすごく良いのだそうで、サザエに似ているんだとか!

そして、なんとこの縄文グルメが、千葉市のポートタワーの脇にある、レストラン「ポルトイタリアーナ」にてフルコース料理として提供されることになりました。このメニューにはイボキサゴがたっぷりと使われるそうです。

中でもオリーブオイルベースのパスタの名前が「KAIZUKKA(カイズッカ)」! カボチャや、アサリなどのイボキサゴ以外のの貝類も使われて豪華に彩りだそうです。ちなみにズッカはイタリア語でカボチャなんだそうです。洒落た名前です。

ということで、実験考古学や大学教育の一部が、一般の方が参加できるイベントとなり、そして現代の私たちの食生活に影響を与えるという素敵な事例の紹介でした( ・Д・)

食文化についての考古学的研究はなかなかに難しい側面がありますが、このような事例を見聞きすると頑張りたいなとエネルギーをもらえる気がしますね!

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2018ねん 5がつ 5にち(どよーび、めちゃ晴れ)

天気があまりにいいので買い物ついでにお散歩した。

スーパーで今日が「こどもの日」だと知った。

なので、奮発してミニ手巻き寿司セットを買った。

あくまでおつまみとしてである。当然お酒も買った。

今日は「男の子の節句」と信じて疑わないのである(。・ω・)ノ゙


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↑日本最大級の環濠集落跡である吉野ヶ里遺跡の弥生時代の集落の復元

【目次】
  1. 佐賀県、吉野ヶ里歴史公園にて親子で楽しめるイベントが開催されるよ!
  2. 海外からみた日本考古学の世界の特徴
  3. おわりに


1.佐賀県、吉野ヶ里歴史公園にて親子で楽しめるイベントが開催されるよ!

ゴールデンウイークの家族向けイベントの舞台は、佐賀県にある吉野ヶ里歴史公園です。吉野ヶ里遺跡は日本最大級の環濠集落跡として知られている弥生時代の遺跡です。


その広がりはおよそ50ヘクタールという非常に大規模な集落跡です。集落を囲むV字状環濠の総延長は約2.5kmもあるんです!1990年に国史跡、1991年に特別史跡に指定されており、現在の歴史公園は国営となっています。


そんな吉野ヶ里歴史公園でイベントが開催されます。様々な手作り品の作家たちが出店する「弥生の丘マルシェ」が今年も開催されます。今年で第5回となる同イベントは今後も続くでしょうから、今年の機会を逃した方は是非、次のゴールデンウイークに足を運んでみてはいかがでしょうか?


もちろん吉野ヶ里遺跡の方の見学もお忘れなく!

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↑↓今年で5回目となるGW中に開催されるイベント(吉野ヶ里歴史公園の公式サイト、イベント情報より一部加工)

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どうやら「神埼そうめんまつり」が有名なようです。計1万食を提供するのだとか。値段は300円とお手頃です(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!



2.海外からみた日本考古学の世界の特徴

さて、今回も例によって、イベントや歴史公園の回し者ではないので(常に何かの回し者ではありません。ニュースに飢えているだけです)、この記事を書いた理由は現在の考古学遺跡あるいはより広く、文化遺産の活用の実践例として紹介したかったからです。


加えて、今回紹介したい論考があります。細谷葵1996「理論なき考古学ー日本考古学を理解するために」です!


原文は英文ですがネット上で日本語版も英語版も読めますし、今回取り上げる箇所以外にも、海外の考古学と日本の考古学を比較した非常に興味深い論考ですので気になる方は是非読んでみてくださいね(http://www.okayama-u.ac.jp/user/arch/news/whatnew/hosoyaj.html)。


さて、この論考の中で彼女が指摘していることの一つに、考古学とマスコミの関係があります。日本人は自らの起源について高い関心を持っており、話題性の高い遺跡が調査されて報道されると、たちまち多数の見学者が詰めかけて、遺跡が観光地化してしまうというのです。その実例が三内丸山遺跡や、今回のニュースで取り扱った吉野ヶ里遺跡であるわけです。


私たち考古学者や歴史研究者にとって、多くの人に遺跡や歴史、調査に興味をもってもらえるのは嬉しいことです。しかしながら遺跡が一種のアトラクションとして村・町おこしに貢献する可能性が周知となるために、遺跡をより話題性と魅力のあるものにすべく、研究成果への影響も持ち始めるのです。


その結果、縄文・弥生の大規模な村落遺跡に伴う塔の高さについての推定値が、まるで競争のように高くなっていく現象が見受けられるのです。


さらにマスコミの注目度が調査研究の予算にも関係してきます。埋蔵文化財調査に対して使える予算は慢性的に不足しており、学問的見地からの評価は方針上否定されているため、結局マスコミが取り上げて多数の見学者が集まって注目度が高くなった遺跡に対して、行政機関も予算を多くつけやすくなるのだそうです。


研究予算に関係してくるとなると、各研究者も話題性の高いデータを珍重する向きにならざるを得ないため、調査研究の対象や目的に偏向性を生み出す理由となり、結果提出されるデータにも研究計画の初期段階における取捨選択的によるバイアスが生じる原因となるわけです。


この日本考古学とマスコミの関係と関連する諸問題の根は深いでしょう。私たち研究者はどうあるべきなのか、綺麗ごとを言うのは簡単ですけど、実践は難しいですね。もう職業倫理の問題かも知れません。日本は世界でもトップクラスの考古学者数を誇る国ですから、職業倫理について討論する機会が必要なのだと思います。



3.おわりに

お金がないと研究ができない!稼いだお金を使って研究することもありますけど、実際に懐を痛めても研究をしている研究者をほとんど知りませんね。まぁ皆さん家族がありますしね。

お金が絡んでくると、本当に現実的になってしまう。悲しいものです。考古学者も人の子、社会の子、国の子なんだなとつくづく思ってしまいます。

…ところで、海外で研究している場合もやはりインパクトは大事なわけです。「歩け、マヤ」でよく紹介しているナショナルジオグラフィックの考古学的発見は、ナショナルジオグラフィックから研究助成を受けている考古学者の成果なわけです。

確かあの会社は、マヤの都市の位置と星座の位置の関係について自説を述べた15歳のカナダ人少年に、補助の考古学者を付けて調査を支援するはずです。少年の希望額は1000万円!

マヤ地域にはいろいろな国がありますので、事情は異なりますが、半年から1年は調査できる金額です。最も物価の高いメキシコでもきっと3か月は問題なさそうです。しかしながら彼の調査予定期間は2週間(内容は発掘ではなく自説を擁護するための遺跡発見を目的とした踏査)と述べてましたので、お抱えカメラマン等を引き連れての大名調査になりそうですね。

とまぁ嫉妬はこれくらいにしておいて(本気でうらやましい(ρ゚∩゚) グスン)、海外でも話題性は非常に大事なのです。そしてそれがお金の流れに関係し、世界的に限られた資金が特定の調査研究に充てられるわけです。

私たち考古学者や歴史学者が人類史の謎を明らかにする「すごろくゲーム」をしているとします。一年が1ターン相当でサイコロ次第で、マスを進んでどんどん明らかにしていくわけです。マスコミ効果による「重課金」は本当に我々に「5や6」の目を出させているのでしょうか?

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2018ねん 5がつ 3にち(もくよーび、やや雨)
最近体調がすこぶる悪い。

というか変わった皮膚炎にかかったり、

それが目に飛び火したりと辛い。

健康が一番!

お酒を生贄(酒断ち)にしたら、厄が払えるだろうか。

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↑ミイラ化した生贄、左が子供、右がリャマの子供(ヤフーニュースより転載;元画像:Nacional Giographic 日本版, PHOTOGRAPH BY GABRIEL PRIETO )


【目次】

  1. 史上最大規模!超大量の生贄を発見!
  2. アンデスにおけるミイラの作り方
  3. おわりに


1.史上最大規模!超大量の生贄を発見!

ペルー北部沿岸地域で、史上最大規模の超大量の生贄が発見されました!発見された遺跡は、チムー王国に属するラス・リャマスという遺跡です。


チムー王国は西暦850-1470年頃にペルー北部沿岸地域を支配しており、最盛期には1000kmもの海岸線域をその領域下としていました。このチムー王国の首都、チャン・チャン近くに位置するラス・リャマス遺跡の、太平洋を見下ろす断崖の上でこの大規模儀礼の痕跡が発見されました。


これまでの事例では生贄は成人が主でしたが、このラス・リャマスで生贄になったのは子供でした。その数140人強!また子供のリャマ(ラクダ科の動物で見た目はアルパカに似ています)が200頭強も生贄にされました!


見つかった儀礼の痕跡は単一の泥の層から発見されたため、恐らく一度の儀礼でこの大規模な生贄が捧げられたと考えられています。また泥の層は様々な痕跡が残りやすい環境にあるため、サンダルを履いた成人、犬、素足の子ども、リャマの子の足跡が残っていました。また脚が4本ある生贄(恐らくリャマ)が抵抗して足を踏ん張りながら引きずられていった跡と思われる痕跡も残っていました。


これらの痕跡から研究者チームは儀式の過程を復元しており、子どもとリャマの集団は断崖の北端と南端から連れてこられて、遺跡の中心に集まり、そこで殺害されて埋葬されたようです。


またペルーの海岸地域は基本的に乾燥しているため、儀礼の痕跡に関連する泥の層は激しい雨や洪水によって生じた可能性があります。つまり生贄の儀式が行われた当時、この地域はエルニーニョによる異常気象によって海水温が上昇して近海では魚が獲れなくなっていた状況が推測できます。また大雨や洪水によってチムー王国内の農業用運河が破壊されてしまったのかも知れません。


多量の生贄と共に出土した布製品等を対象にした炭素年代測定によって儀礼が実施された時期は西暦1400-1450年であると推定されています。チムー王国はラス・リャマスの集団生贄の儀式からわずか数十年後(1470年頃)にインカ帝国の侵攻を許し、その支配下に入ることから、非常に危機的な状況にあったことが推測されます。


異常気象によって生業・経済基盤が崩されたことで、国を救うべく、人類史上に稀に見る大規模の、しかも子供の生贄儀礼が行われたようです。



2.アンデスにおけるミイラの作り方
さて、生贄の風習も世界各地で見られるのですが、ミイラを作る文化も散見されます。中でもエジプトが最も有名ですね。他にも中国や日本でも見られます。

また文化というわけではないですが、メキシコにも事例がありますし、世界で最も美しいミイラとされるイタリアのロザリア・ロンバルドも有名です。世界のミイラや生贄についてはまた別の機会に整理して記事にしたいと思いますので、乞うご期待!(*・ω・)ノ

さて、ミイラは基本的に自然にできません。ミイラとは生物の死体が極度に乾燥することで腐敗分解を抑えることで出来上がります。砂漠等の極端に高温で乾燥した地域で脱水症状で亡くなれば、自然とミイラ化するケースもあります。メキシコのグアナファトも乾燥気候と土壌の成分によって天然のミイラが出来上がる事例ですが、このような自然発生的なミイラは稀なのです。

余談ですが、中米等の抗生物質がその辺の薬局で処方箋なしで買えてしまう国では、お金持ちが具合悪くなる度に多量に抗生物質を摂取するため、死後腐敗せずにミイラ化する事例が確認されています。

とまぁ普通は生物が死亡すると細菌の働きにより腐敗しやがて分解されます。この時死体が含む水分が少なくなればなるほど細菌活動が低下します。ミイラ作りの基本は乾燥です。その他、脳や内臓といった腐敗しやすい部位の除去や防腐剤の塗布といった方法が組み合わせて用いられます。

さて、アンデス地方のミイラの作り方は少し変わっています。死者の内臓と筋肉を摘出した後に、火力を使って体内の水分を乾燥させます。屈葬のような膝を折らせた格好(体育座りみたいな感じ)にして布を巻き付け、籠に入れた上からさらに布を巻きつけます。布を巻き付ける辺りはエジプトのミイラのイメージそのものですね。

アンデス地方では紀元前2世紀頃からミイラ作りが行われていました。13世紀にクスコ王国(後のインカ帝国)が成立した後もミイラ作りの文化は続きました。16世紀以降のスペイン植民地期の文献資料によると、インカ帝国ではミイラを住居内に安置し、生前と変わらず食事を供えて話しかけることで死者への愛情を示したといいます。

単に何か叶えたい願いがあるとか贖罪の意味で生贄にしたわけではないようですね。アンデス文明に限らず人類史におけるミイラ作りが有する文化的・宗教的意味は興味深いですね。勉強しておきます(。・ω・)ノ゙


3.おわりに
さて、生贄と言えば、旧約聖書に出てくる贖罪のヤギ!私だけでしょうか?(誤変換で食材の山羊って...まぁジンギスカンはヘルシーで美味しいですけどね)

この贖罪の日に捧げるヤギが「スケープゴート」の語源になっています。以下は、スケープゴートを比喩的に使う時の意味です。

 不満や憎悪、責任を、直接的原因となるもの及び人に向けるのではなく、他の対象に転嫁することで、それらの解消や収拾を図るといった場合のその不満、憎悪、責任を転嫁された対象を指す。

 簡単な使われ方として、事態を取りまとめるために無実の罪を着せられた「身代わり」や、無実の罪が晴れた場合の「冤罪」などが存在する。

 政治の一つの手法として使われる意味合いとしては、方針や主義に不利益とされる小規模な集団や社会的に弱い立場の人間をスケープゴートとして排除するなどして、社会的な支持や統合を目的とするといったものもある。              (wikiより転載)
とまぁ生贄の儀式はなくなりましたが、現代社会でも似たようなことをしてるのかも知れません。ニュースでよく叩かれる芸能人にせよ、政治家にせよ、あるいは私たち一般の人々の何気ない日常生活の中でも「責任転嫁」は潜んでいます。

そもそも人を生贄に捧げるのは、人が神に最高の重要な品だからです。人を殺すのは残酷だからヤギにしようって言ったのはキリスト教ですね。人類史において生贄の歴史はたくさんありますが、何なら残酷で、何ならいいってことはないと思います。もちろん法治国家として重要だから人を捧げよう!とはなりませんが。

日常的な「責任転嫁」にせよ、芸能界や政界における「スケープゴート」にせよ、人は直接的に死なずとも社会的に死ぬあるいは決して少なくないダメージを負うでしょうし、結果追い込まれて人が死んでしまうしまうかも知れません。

非科学的とは言え国のため、人のためを願った古代の儀式ではなく、現代人としての知識・常識を有した上で一個人や一グループのために他者を生贄として利用することこそが本当に非人道的なことではないでしょうか? 今回の大きな考古学的発見が、単なる知的好奇心を充足するだけではなく、現代版の生贄儀礼に目を向けてみる契機となれば幸いです。


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