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あるけまや -考古学・歴史ニュース-

あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

2021ねん 6がつ 1にち(かよーび、晴れ)

次の給料日まであと20日!( -д-)ノ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




今回の(考古学・歴史)ニュースは「更新してなかったのに、何故か、ガーンと稼げたよ!?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ

前回の報告にも書きましたけど、まぁ知っての通り、5月はお休みしてました。

GWと資料調査と闇期で・・・ヽ(TдT)ノ

調査から戻って、報告書や論文で忙殺されていたから、実質サボってたのは4日くらいだと思うんですけどね。

なので比較的さくっと復活して2本の記事を書いただけの5月でしたが、なんとまぁ不思議なことが起きましたよってお話です。。。オオーw(*゚o゚*)w

・・・・・・ではとりあえず定期報告として表を提示していきますね!



2021年5月まで表
表1.2021年5月までの各属性の変化



ほんとに2本しか書いてないんですよ。

しかも内、1本は今回のような定期報告。

だから実質、考古学・歴史ニュースとしては1本のみなんですよね( -д-)ノ

なのに・・・・

PV数もUU数も収益もおかしなことになってますΣ(・ω・ノ)ノ


さて、グラフにしますと、、、


2021年5月までグラフ
図1.2021年5月までの各属性の変化


見てください、この跳ね上がり方!( ・Д・)

がーん!!!って一気に上がってますよね。

PV数もガーン!UU数もガーン!収益もガーン!

記事本数だけ下方向にガーン!( ̄▽ ̄;)!!ガーン



しかもこの1300円って過去最高収益なんですよ。

こんな風に月1000円もらえるならもっと頑張れるのになぁなんて(´・ω・`)


「Google Adsense」の収益振り込みって8000円からなんですよ。

で、8000円超えると翌月末に自動で振り込まれます。

過去のデータを調べてみたところ、ブログを始めて3か月目の始めにAdsenseの審査をパスして、

スタートからみてちょうど24か月、2年で最初の振り込み(8000円Over)だったのです。

今回2回目なのですが、前回の振り込みから15か月でクリアしてますね。

これを機に頑張って継続して、月1000円平均稼いで、次は8か月強というか1年以内にクリアするのを目標にしたいな~なんて思います。

4月は書いてたけども、本当5月はやってなかったので、根気強く支えてくださる考古学・歴史大好きな皆さんのおかげです。

ありがとうございます、頑張ります(*_ _)ペコリ




↑こちらもちゃっかり宣伝。。。今はズブの素人だけど、たくさんやってれば上手になるかな?( ・Д・)


おわりに

とりあえずチャンネル登録者数1000人いかないとYouTubeは収益にもならんので是非登録してくださいね!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ

まだ下手くそで恥ずかしいので見なくてもいいんで、むしろ見ないで、、、登録だけお願いします( -д-)ノ

今後は平日は記事書いて、週末はYouTube動画作ろうと思ってます。

動画は手作り感半端ないけどご愛嬌ってことで許してください(´・ω・`)

パワポで動画作るとどうしても学会発表とか講義っぽくなるし、顔出ししてある程度の動きないと動画としてつまらんな~って思うので、今後は顔出していこうかなって思います。


どうせマヤ文明の考古学者なんて検索で則バレなんだから!( ・Д・)



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2021ねん 5がつ 31にち(げつよーび、晴れ)

切り詰めた生活を送ってた結果、最近、ご飯が美味しい.。゚+.(・∀・)゚+.゚

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今回の考古学・歴史ニュースは「約3000年前の縄文時代のクルミでいっぱいのかごが公開されてるよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は福島県、南相馬市の鷺内遺跡です。

「さぎうち」って読みます。

この鷺内遺跡で、上に挙げた写真に見られる依存体が発見されました。

なんだかテカテカしてて、ボコボコしてますけど、籠にみっちりとクルミが入っている状態です。

入っているのは3.5cm台のオニグルミで、約700個入っています。

上の写真で見るとなんだか大きく見えますが、竹や笹を割いて編み込んで作られた籠のサイズは長軸33cm、短軸20cmのサイズです。

時期は縄文時代晩期に属すると考えられ、約3000年前の資料ということになります。

見つかったのは2018年度の調査時で、最初に挙げた写真はその際に1日限りの一般公開をした際のものです。




これが防腐処理が完了した状態の資料です。

不思議なテカリが消えて、何だか生々しさが増加した気がしますね(*^・ェ・)ノ

この写真は教育委員会(考古学関係者の主な就職先です)提供とあるので、考古学関係者や学芸員などの博物館職員らが撮影したものでしょうから、展示用のケースを外した状態で撮影されていて、とても綺麗に撮れています。

福島県南相馬市鹿島区の鷺内(さぎうち)遺跡で出土した、縄文時代晩期(約3千年前)ごろのクルミ入り編みかごが16日、市内で一般公開された。全国でも出土例のないクルミでいっぱいの編みかごに、多くの考古学ファンからは「当時の食糧保存法が分かり、縄文人の暮らしがとても身近に感じられた」などの声が聞かれた。

 編みかごの公開は原町区にある文化財整理室であった。午前10時の開場とともに市内外からのファンらが室内に入り、竹やササ類を切り裂いて編み込んだ縦33センチ、横20センチの編みかごに興味深そうに見入った。

日本は山が多いだけではなく河川も多いので水に恵まれた土地柄だと思います。

なので水分の関係上、こうした珍しい植物依存体の検出事例はけっこう多い方だと思うのですが、さすがにこれだけ保存状態の良い事例は他にはありませんヾ(´ω`=´ω`)ノ

このクルミの詰まった籠は当時の地表面から穴を掘って埋めていたようで、その穴の中には水が湧いていて常に水分が供給される状態でした。

ですから保存状態がとても良かったのです。

保存のために食料を土器などに入れて埋める事例は世界各地で見られるので、クルミを籠ごと埋めたのは良いとして、、、昔から水が湧くようなところに埋めていたのでしょうか?

そういう保存方法だったのでしょうか?( ・Д・)




おわりに

今回は防腐処理などの保存処理が終わったということで1日限りの展示というわけではないのですが、それでも「特別展」として期間限定(2021.5.15-6.13)の展示だそうです。

近くにお住まいの方は是非、この機会に見に行くといいと思います。

神社仏閣の御開帳とは違って、考古資料の特別展って定期的なものではないので、次いつ見れるか分からないですからね(´・ω・`)


・・・古代の食べ物の研究も面白そうとは前々から思ってるんですけど、土器が専門だから土器からのアプローチしか考えてなくて・・・

保存方法に関する知識全然ないなぁって今回感じました。

とっても保存状態の良い事例ですから、この鷺内遺跡の報告書を読めば、この事例に関する当時のクルミの保存方法について書いてある気がしますね。

今度探してみます( -д-)ノ

何はともあれ、、、

オニグルミって食べれるの!?( ・Д・)



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2021ねん 5がつ 27にち(もくよーび、雨)

ずっと雨はやだねぇヽ(TдT)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースは砂浜から保存状態の良い古代ローマ期の遺構が検出されたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はスペイン、アンダルシア地方にあるカーニョス・デ・メカの海岸です。

上に挙げた写真はイギリスのバースにある浴場なのですが、これは古代ローマ期の浴場施設で、且つ現在も使われているものだそうです。

当然世界遺産登録されているのですが、周りの街並みも風情があって綺麗でしょう?

ちなみにバースは街全体が世界遺産だそうですΣ(・ω・ノ)ノ

さて、イギリスにおけるこの事例、当然、現在までに何かしらの改修工事は行われているでしょうが、古代ローマ期の公衆浴場のイメージとして参考までに挙げてみました(*・ω・)ノ




さて、こちらが今回、スペイン南部の海岸で見つかった古代ローマ時代の複合浴場施設です。

時期は今から約2000年前のものだそうです。

壁が綺麗に残ってますね(*・ω・)ノ

何が「複合」してるのかは不明ですが、試掘の結果、おおよそ1ヘクタールに建造物遺構が広がっていると予測されていることから、まぁそれだけデカければ浴場施設だけではなく、複合的な施設だろうと見当を付けているのかも知れません。

この一番綺麗に残っている壁は約3.9mあるそうです。

紅白ポールが、、、これ何センのポールなのだろう・・・

目がチカチカして数え間違えてるかも知れませんが、赤と白の部分がそれぞれ10cmの規格になっているので、200cm(2m)のポールだと思います。

5mのバカボーとかスタッフあれば上部までしっかり測れそうですが、まぁ撮影用のスケールとして置いてるんだろうし、実際私のプロジェクトも長いやつは高いから持ってないし、まぁ海外の現場なんてそんなもんでしょうヽ(TдT)ノ


arukemaya1532




ポール入りの写真だと、確かに高い壁だなと思いますし、海岸の砂にどうやって埋まってたのだろうとか思っちゃいますけど、上に挙げた画像をみると分かりますね。

海岸の山側に砂丘状の巨大な堆積があって、その中に埋もれていたのですね。

人が立っている位置から、4~5m掘っていることになります。

現在までのところ、この浴場施設は古代末期(3~8世紀)に放棄され、砂に埋もれたと推測されています。

先ほど述べたように、遺跡の広さは1ヘクタールと推測されています。

つまり10000㎡ですから、分かりやすく正方形で考えると100m四方になります。

単純に考えて100×100mもの範囲の中で、まだこれだけしか調査が進んでいない状態なので、今後の成果に期待できそうですねヾ(´ω`=´ω`)ノ

砂に包まれて色々な遺物もしっかり保存されていそうですしね(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!




↓お風呂関係の記事です(。・ω・)ノ゙


↑古代フェニキアのお風呂(*・ω・)ノ


おわりに

映画のテルマエ・ロマエを見ていてもそうですが、2000年も前から古代ローマ人は温泉好き・お風呂好きだったと聞くと、何だか日本人として親近感が湧きますね。

都市には必ずと言ってもいいほど公衆浴場があり、貴族やお金持ちは個人宅用の浴場を持っていました。

古代ローマ人は毎日1時間程度、長いと一日中浴場にいたそうです。

まぁずっと湯船に浸かっているわけではないでしょうが( ・Д・)

のぼせますものね(´・ω・`)

金持ちは有料の浴場を経営していて、一部の貴族たちに対しては無料で使わせることで浴場を政治的に利用していたこともあったそうです。

古代ローマ人にとって温泉というか入浴という行為は本当に重要だったんだなと思わせるエピソードです(*・ω・)ノ


私も温泉好きなんですけどね、、、

歳取ると長く入ってられなくない!?( ・Д・)



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2021ねん 5がつ 26にち(すいよーび、晴れ)

人生色々だね( -д-)ノ

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今回の(考古学・歴史)ニュースはよーやく、生き返ったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ

Twitterには書きましたけど、問題の解決には至ってないのですが、まぁこのままサボってても仕方ないなと、、、

久しぶりにコメントも頂いたりして、頑張ろうかなと重い腰を上げてみたのでした( -д-)ノ

5月半ば過ぎまで北海道出張だったので、その期間は仕方ないとしても、帰ってきてから10日ほどサボってました。

申し訳ない!

そうこうしてる内に、考古学ニュースは溜まって来たし、更新してないのに何故か収益は増えてるし、、、人生色々あるけど、うん、頑張りますね!ヾ(´ω`=´ω`)ノ

・・・・・・ではとりあえず定期報告として表を提示していきますね!




2021年4月まで表

表1.2021年4月までの各属性の変化



思ったより書いてることに自分で驚きましたΣ(・ω・ノ)ノ

17本か、まぁ土日は休みにしてた期間なので出張前まではちゃんと書いてましたね。

偉い、自分!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

さて、グラフにしますと、、、


2021年4月までグラフ
図1.2021年4月までの各属性の変化


なんとも言えないグラフですね・・・

最近思うのは、どうやらどんな更新の仕方をしても3000PV達するかな?くらいには見て頂けているのだなってことですね。

問題は如何に増やすかですが、やっぱり更新継続しなきゃなんですよねヽ(TдT)ノ

分かっちゃいるけど、難しい!

前回の4本から増えて17本も書いたのに収益は下がるし、モチベーションも下がりますよね( p_q)エ-ン( p_q)エ-ン

でも見てくれている人たちが少なからずいるのだから、頑張らねば!

頑張りまっす!(*^・ェ・)ノ


2020調査チーム
↑第3次調査のメンバー...…くだらない話しながら一緒にビール飲みたいや( ・Д・)(歩け、マヤ管理人撮影)


おわりに

もうすぐ6月の報告になりますけど、先に話しておくと、全然更新してなかったのに、5月はPV数や収益もガッと増えてるんですよ。

4月意外に頑張ってた分のおかげなのでしょうかね?

そう考えるとやはり頑張った成果はひと月遅れでやってくるものなのかも知れませんね(*・ω・)ノ

記事はサボった5月でしたが、9時~5時で研究室に行ってコンスタントに仕事することには慣れたので自分的には良い月だったかなと思います。

でもブログも何もしないと晩が暇!( -д-)ノ

だから家に帰ってから、肩ひじ張らずのんびりと記事書いたり、Youtuve動画作ったりしようかなって思います。

またよろしくお願いしますね(*^・ェ・)ノ


……ところで納豆ご飯に卵入れると旨いね!( ・Д・)



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2021ねん 4がつ 29にち(すいよーび、晴れ)

最近、記事を夜寝る前に書くようになってる( -д-)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースは「世界の井戸マスターにもなろう!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はチェコ、オストロフの町の近郊です。

3連続で井戸についてお伝えしておりますが、今回は『世界編』です(*・ω・)ノ

日本では弥生時代の井戸が最古でしたので、古くとも今からおよそ2500年程度前ということになります。

一方で世界で最も古い井戸は、アメリカのニューメキシコ州にあるクローヴィス文化期の遺跡で見つかっています。

時期はなんと今から1万3500年前です。Σ(・ω・ノ)ノ

クローヴィスはニューメキシコ州にある町の名前ですが、当サイトでもアメリカ大陸に関連する記事で良く出てくる、「クローヴィス尖頭器」や「クローヴィス・ファースト仮説」の名前の由来になっています。

古いだけあって、直径60cm、深さ1.4mのサイズの素掘りの井戸です。

これが世界最古の井戸の事例になります(・∀・)つ




今回メインで紹介するのはチェコの事例ですが、サムネイル画像や上に挙げた写真に映る黒っぽい四角い塊が問題の井戸です。

見て分かるようにこれは木製の井戸です。

保存状態が良いので、材木はオークの木であると判明しており、年輪も残ってることから、今から約7000年前に造られた井戸であると推測されています。

さっきの事例よりも新しいじゃないかと思うかもしれませんが、、、

これまでに見つかった「木製の構造物」として世界最古の事例になるのですヾ(´ω`=´ω`)ノ


arukemaya1527


高速道路の建設現場で見つかったのですが、重機で掘っててよく見つかるなぁと感心しますねΣ(・ω・ノ)ノ

ショベル使ってても遺物や遺構に当たる感覚があるそうです、本当にスゴイ( ・Д・)

見つかった井戸の近くに水が溜まっているように、この井戸は水分を多く含んだ土層に覆われていたために腐敗せずに残ったようです。

年輪が綺麗に残ってることから、正確には紀元前5256年頃に伐採された木であると分かっています。

ポールが立っている写真も含め、ここで挙げた写真は全てまだ井戸を全部出し切っている状態の写真ではないようです。

記録では井戸の高さは約140cmあるそうです。

写真だと125cmくらいしかないように見えますもんね(*^・ェ・)ノ

木製の枠は80cmの正方形で、こうした構造物としての形状と木材の表面に残る石器・骨角器の道具の痕跡から、加工や接合に先進的な技術が用いられていたと推測されています。



↓日本の巨大な井戸の検出事例(*^・ェ・)ノ


↑日本の最古の井戸のお話(*・ω・)ノ



おわりに

このチェコの事例は約7000年前ですから新石器時代初期に相当するのですが、ここ数年の間に他に2例も見つかっているそうです。

チェコすごいですね!

でもこうした高い技術力で作られ、保存状態も良好な物は今回紹介した事例のみになります。

・・・3連続で「井戸」ばかりだったけども、、、

これで世界の井戸マスターになれる!( ・Д・)



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2021ねん 4がつ 27にち(かよーび、晴れ)

4コマ漫画でマヤ文明知識を普及させたい(・∀・)つ

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今回の考古学・歴史ニュースは日本の井戸の歴史について考古学で分かってることを調べてみたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は三重県、松坂市の古轡通りB遺跡と、岡山県、岡山市の鹿田遺跡です。

今回はニュースではなく、考古学調査で見つかった井戸について紹介します。


ところで、日本における縄文時代ってとても特徴的で面白いと思うのですが、、、

世界史的な見方をすると縄文時代は中石器時代~新石器時代に相当します。

でも竪穴住居に定住しているんですよね( ・Д・)

人間に限った話ではないですけども、やはり私たちの生活に「水」は不可欠であり、海水じゃダメなわけです。

なのでヒトは古くから河川の水や湧き水を利用して生きてきました。

縄文時代の人々も水を容易に利用できるように河川の傍に集落を作る傾向にありました。

そのせいか縄文人は「井戸」を使っていませんでした。


日本における井戸の使用開始は弥生時代と考えられています。

初めは湧水部を掘ることで穴を大きくして湧き出る水の量を増やそうとしたようです。

弥生時代と言えば農耕の本格的な開始ですから、農業には多量の水が必要なわけで井戸の使用開始と重なるのも納得ですね(*・ω・)ノ

では実際に、発掘調査で検出された井戸を時系列順に見ていきましょう!


arukemaya1521
↑弥生時代後期の井戸(「岡山大学 埋蔵文化財調査センター報第 4号 1990」p.3の写真6より転載)

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↑弥生時代後期後半の井戸(「岡山大学 埋蔵文化財調査センター報第 4号 1990」p.2の写真2より転載)

arukemaya1518
↑古墳時代の井戸(「三重県埋文センター通信 みえ no.28 1999」p.1の写真を転載)

arukemaya1520
↑12世紀前半の井戸(「岡山大学 埋蔵文化財調査センター報第 4号 1990」p.2の写真3より転載)


井戸の検出状況の写真を並べましたが、弥生時代と古墳時代の井戸にはいずれも土器が入ってますね。

これは井戸の廃棄の際に儀礼を行ったためです。

鹿田遺跡では弥生時代の井戸だけで27基も見つかっているのですが、つまりそれだけ水が枯れやすかったのでしょう。

井戸を廃棄する際に、「枯渇してしまった水の復活」を願って土器を奉納したのだと考えられています。

こうした奉納品は井戸の底から完形の土器として綺麗に出土することもありますが、写真のように割れてしまっている事例も多いです。

でも接合してみると完形に戻ることから、壊れた土器を適当に捨てたわけではないと推測しています(*^・ェ・)ノ


弥生時代の井戸は素掘りの井戸で、岩盤の固いしっかりしたところを直接掘って井戸を作ります。

この時点では井戸の廃棄に伴って、壺や甕、高坏、鉢といった多種の器種を奉納し、またその数量も多いのです。

弥生時代の終わりから古墳時代になると井戸の木枠や矢板が登場します。

これは柔らかい岩盤を掘った際に、壁面が崩れてこないように支えるために使用するものです。

上の3枚目の古墳時代の井戸は平面形状が円形ですが、これは大きな樹を刳り貫いて木枠として使用した事例です。

この時期には奉納品は甕が主体となり、1点のみが奉納されるケースが多くなります。

共用で使う井戸に対する集団的な井戸祭祀から、個人による井戸祭祀へと移り変わっていったと推測されています。

その後、古代の時期には木組みの井戸が一般的となり、奉納品は斎串(いぐし;木製のまじない札)が選ばれます。

中世では石組み井戸が主体となり、奉納品は色々なものが捧げられるようになります。

古来より水神が大好きと言われる馬を1頭丸々捧げた事例もあるのですΣ(・ω・ノ)ノ


↓前回の井戸のニュース記事!(*・ω・)ノ


↑水と馬を関係づける風習は古くからあるのですヾ(´ω`=´ω`)ノ


おわりに

長々と井戸の技術的な変遷と、廃棄儀礼の変遷を簡単に書き連ねましたが、、、

うん、個人的にはとても勉強になった!( ・Д・)

世の中、知らないことばかりですね( -д-)ノ

とにかくこれで私も皆さんも「井戸の歴史マスター(日本編)」ですね!

良かった、良かった・・・


ところで、最初に井戸の底を見下ろした写真を挙げて、貞子出そうって書きましたが、

怖いのはダメ!( ・Д・)



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2021ねん 4がつ 26にち(げつよーび、晴れ)

実は最近4コマ漫画を描くべく、絵の練習をしている(・∀・)つ

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今回の考古学・歴史ニュースは井戸の歴史って古いのね!?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は高知県、安芸市の瓜尻遺跡です。

遺跡のすぐ傍にある地元の中学校の新校舎を建設するために、2019年より試掘調査が行われてきました。

試掘段階で古墳時代から中世の文化層が広がっていることが確認されました。

そのため拡張して調査が実施された結果、これまでに古代寺院や律令制度期の役所、船着き場など貴重で重要な遺構が多数発見されました。

どうやらこの一帯は豪族の拠点だったようです(*・ω・)ノ






さて、今回紹介するのは『最大級の井戸』

ちなみに時期はおよそ1700年前です。

上に挙げた写真の内、下の2枚が井戸の写真です。

2枚目は検出段階と思いますが、何だか分かりにくいし、サイズも小さく見えます。

もしかしたら井戸が2基以上、複数確認されている可能性もありますが、スケールが置かれていないんでサイズ感が掴めません( -д-)ノ

3枚目はスケール代わりに遺構内に人が入っているのでその大きさが分かりますね!

井戸の掘削のための足場を含めると直径9.5mのサイズの井戸なのですΣ(・ω・ノ)ノ

もちろん国内最大級の井戸の発見ということになります。

これだけ大きい井戸ですから、日常生活用という意味合いよりも儀礼的な意味合いが強かった可能性が指摘されています。

中学校は予定通り建設されるそうですが、これだけ重要な遺構が集まった遺跡なので、国指定史跡になる可能性があります。

もしかしたら学校の地下に素敵な博物館が建設されるような形で史跡化されるかも知れませんね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


↓この学校の下もこうなると素敵ヾ(´ω`=´ω`)ノ


↑頑張ってる自治体を紹介しがちだけど、一方で酷い市長もいるのだ( ・Д・)



おわりに ~日本最古の井戸?~

さて、おまけで日本最古の井戸を紹介します(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

鹿児島県、指宿(いぶすき)市にある玉乃井という井戸です。

神話によれば、山幸彦が水汲みにきた豊玉姫(龍神の娘)と出会うエピソードがあり、それがこの井戸だったということです。

なので「神代」からある井戸、つまり「日本最古の井戸」として観光スポットになっています。


・・・現存している井戸としてはスゴイけど、、、

実際にいつのものなのだろう?( ・Д・)



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2021ねん 4がつ 23にち(きんよーび、晴れ)

毎日TKG食べてる(*^・ェ・)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースはどーきーを探せ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は埼玉県、北本市のデーノタメ遺跡です。

普段、記事とか考古学情報調べてたら、考古学の専門が撮っている記録用あるいはスナップ写真か、遺跡説明会時の写真ばかりなのです。

当たり前なのですが( ・Д・)

でも今回の記事を調べてたら、出土してから間もない写真を見つけたので「ドーキーを探せ!」を開催することにしました。

今後もそのような写真を見つけたらやります(*・ω・)ノ

あと調査時にそういう状況になったら意識的に撮影しますv( ̄∇ ̄)v

さて、問題は以下の2問!

ドーキー(土器)はどこか分かりますか?

答え合わせは「おわりに」で!


arukemaya1508

arukemaya1507



記録用の写真を撮る時には「クリーニング」といって、壁を垂直に立てたり(垂直になるように壁面を削るの意味)、落ち葉拾ったり、細かな根を切ったりします。

その際にレキ(石のこと)や土器などの遺物も分かりやすくきっちりとその形状が分かるようにします。

そうこうしてると、けっこう乾くんです。

乾き過ぎると困るので水を撒いたりします。

丁度良い状態でも、土器などの遺物と土は乾く速度が異なるので遺物はやはりはっきりと分かります。

でも問題として上に挙げた写真の土器はまだ十分に湿っていて、ちょっと分かりにくい状態です。

上の発掘現場の写真を見て分かるように、この現場はそもそも水分を多く含む土壌だからこそ、こういった問題になるような写真が撮れたのですね(*・ω・)ノ

考古学あるあるですが、発掘調査未経験だと土器や石器などの遺物が土から出ても分からないことが多く、経験を積むと簡単に判別できるようになります。

・・・「ドーキーを探せ」、流行ればいいのに( -д-)ノ



arukemaya1511



このデータノメ遺跡は関東最大の環状集落です。

でも、ここまでに調査現場の写真を2枚挙げましたが、”環状集落”感がないですよね( -д-)ノ

なので遺跡全体の模式図を表示しました。

この遺跡は縄文時代における3つの環状集落が残っている遺跡であることが分かります。

また上に挙げたように貴重な遺物も出ています。

そのため北本市はこのデータノメ遺跡を国指定史跡として保存・活用しようと尽力しているそうです。

どのような史跡になって、どのように活用していくのか、今後が楽しみな遺跡です(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!




おわりに ~情報と流行の伝播の仕方&解答~

ヒトに限らず動物にとって水は生きていく上で不可欠です。

なので人類が集落や都市を築く場所は水辺であることが多いのです。

時期にもよるのですが、上に挙げた地図のように河川沿いに集落がいくつも発達する傾向があります。

一方で海岸沿いにも集落が発達します。

漁業は生業として重要ですし、塩も得ることができますから。

なので、河川に沿って上流~下流・海岸間では古くから交流があったことが分かっています。

製塩するにも大量の燃料用の木材が必要ですから、上流の山間部に住む人々が運んだと考えられています。

だから、河川に沿って上下に集落間関係が構築されるのは分かるんだけど、「横方向」にはどうやって情報や流行が伝わるのだろう?って時折疑問に思います。

古代の情報や流行の伝播の方法について明らかにできれば面白そうですよね?(*・ω・)ノ



・・・さて、最後に解答です。

問1の答えは左にあるのが土器!

右にあるのは縄文のような文様にも見えるけども、クルミです!(*^・ェ・)ノ

問2はたくさんのクルミが出土している状況ですが、、、

ちょっと怪しいなって思う小破片が2点ほどありますが、まぁとりあえず下部の赤っぽいやつは土器の口縁部だと思います(*^・ェ・)ノ


分かりました?



ところで、ねぇ、、、

・・・縄文ってクルミの文様でない!?( ・Д・)


↑歩けマヤ管理人(2021.4.24)(・∀・)つ


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2021ねん 4がつ 22にち(もくよーび、晴れ)

今月はけっこう頑張ってます(・∀・)つ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



今回の考古学・歴史ニュースはオウムやインコのミイラが見つかったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は南米、チリ、アタカマ砂漠です。

上に挙げた地図で見と取れるようにチリの北部のほとんどを広大な砂漠が占めています。

これがアタカマ砂漠で、「世界で最も乾燥した砂漠」としても知られています。

一方で星がとても綺麗に見えるため、観測拠点として多くの天文学者が訪れる地域でもあります。


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上に挙げた写真の中に花が咲いているものがありましたが、このアタカマ砂漠にも他の砂漠と同様にオアシスがあります。

どこの砂漠でもそうですが、オアシスに人が集まり交易の要所として機能します。

今回の記事はそうしたチリの古代文明が利用したオアシス遺跡での発見のお話です(。・ω・)ノ゙




さて、当然ですがアタカマ砂漠にはインコやオウムは生息していません。

コンゴウインコなど色鮮やかな鳥たちは熱帯のジャングルに住んでるイメージです。

今回のケースでは直線距離でおよそ500kmも離れたアマゾン地方に生息しているオウムやインコを、アンデス山脈を越えて遥々このアタカマ砂漠まで連れてきたことが分かりました。

時期はCE1100-1450頃で、オウムやインコはオアシス遺跡の有力者の権力の象徴として機能しました。

遠隔地由来の簡単に手に入らないオウムやインコはペットとして飼育された他、権威を示す頭飾りの材料としてその綺麗な羽が用いられました。

この鳥のミイラの調査に当たったのはペンシルベニア州立大学の研究チームですが、オウムやインコが死後にミイラにされていることを明らかにしました。

また口を大きく開けていたり、飛んでいるかのように翼を広げた状態のミイラが見つかっています。

そのことから研究チームは、オウムが人の言葉を真似る能力に関係した儀礼の一部だった可能性があると解釈しています。



・・・このアタカマ砂漠のオアシス遺跡における文化(11~14世紀)がどのようなものだったのか知らないので何とも言えませんが、、、

素人質問で大変恐縮ではございますが、、、


そんな儀礼あるんですかね?( ・Д・)


剥製の起源って古代エジプトとかで2000BCEとかだから古いですけど、そちらもミイラです。

剥製標本の技術が高くなるのは日本だと明治期です。

江戸時代でもミイラ状にする技術はありました。

なのでアタカマ砂漠におけるこの時期のミイラ作りって、乾燥気候と夜の寒さを利用した所謂フリーズドライ(冷凍乾燥)法で剥製標本を作っているような感覚なのじゃないかなと思いますけどね。

希少なオウムやインコだからこそ、死後も剥製として飾っておくことに価値があったので、まるで生きているかのように口を大きく開けた状態にしたり、翼を広げた状態にしたのではないでしょうか?


↓動物のミイラ関係の記事を挙げてみた(*・ω・)ノ




↑最後のだけ動物と関係ない!みんな好きかと思って・・・( ・Д・)





おわりに

上に挙げた写真はコンゴウインコの一種です。

とても綺麗ですよね。

確かにこれで羽飾り作ったら映えますねΣ(・ω・ノ)ノ

古代マヤ文明でもコンゴウインコやケツァル鳥の羽が奢侈品あるいは威信財として重要視され、頭飾りなどの装飾品を製作する上で重宝されていました。

元記事に「定期的に羽を毟り取っていた」と書かれていて、一瞬可哀想だなと思ってしまいましたが、、、

この可哀想という感覚は倫理的に間違っていないかもしれませんが、声を大にして言うには難し過ぎる問題だと思います。

現代社会でも有力者・お金持ちは高価な物や所謂贅沢品を消費し誇示することが一種のステータスとして機能しています。

そう、モノは変わったかもしれないけど、本質的に私たち人類社会の在り方は遥か昔から全然変わっていないのです( -д-)ノ

ブランド物の代表格はバッグとか財布とかでその多くは皮革製ですし、原材料を得るために動物を殺してるわけですからね。


そう、我々は何も変わってないよ!( ・Д・)



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2021ねん 4がつ 21にち(すいよーび、晴れ)

引っ越しで金欠・・・二か月くらい頑張って生きなきゃ( -д-)ノ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



今回の考古学・歴史ニュースは「岡山初!古墳から煙突が出たよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は岡山県、津山市、高尾北ヤシキ古墳です。

この遺跡では近くの国道の改築工事に伴って、2020年より緊急調査が行われています。

高尾北ヤシキ古墳は「佐良山古墳群」の一つであり、直径約13mの円墳です。

上に挙げた写真が発掘現場の遠景ですが、大きな切株が「座布団」状に残されていて、そのすぐ左側に石列が見られます。


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近寄って角度を変えて見てみると、上に挙げた写真のような感じになります。

玄室の壁面を構成する石列が綺麗に残っていますね!(・∀・)つ

この円墳の築造年代は6世紀と考えられており、けっこう立派な横穴式石室が墳丘の中心に設置されています。

サイズは残存長6.5m、最大幅1.7m、最大高1.9mです。



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そして今回目玉がこれ!

『煙突』ですヾ(´ω`=´ω`)ノ

考古学用語としては「筒形土製品」と呼んでいます。

出土時点で割れていた部分は綺麗に接合されていますね。

古墳時代と言えば、カマドの伝来です。

この煙突はカマドに備え付けられていたものを模倣して作っていたもので、煤などの付着はなく使用痕跡はありませんでした。

カマドという新技術の伝来と関係して儀礼的な意味合いでお墓に入れられたものだと考えられます。

煙突はこれまでに韓国はもちろんのこと、近畿地方で多く見つかっています。

しかし岡山県で発見されるのは今回が初めてで、カマド技術や製鉄技術といった当時の朝鮮半島との関係が伺えます。


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↑石室を出した時の写真(「岡山県教育委員会」の報道発表資料より転載;図番号等は画像に記載)


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↑棺の横に煙突とその他の副葬品が見られる(「岡山県教育委員会」の報道発表資料より転載;図番号等は画像に記載)


ニュースの画像だとちょっと何だかなって感じだったので、「概報(概報の概報みたいな簡易なもの)」に当たってみたところ、見やすい写真を見つけましたので紹介しますねヾ(´ω`=´ω`)ノ

上に挙げた写真が石室の検出時の写真と、陶棺と副葬品の位置関係を示した平面図的な写真になります。

綺麗で見やすい写真ですね!

そしてこんな風に綺麗に出土するのですね。

掘るの大変そうだけど、出してみたい(*^・ェ・)ノ

ちなみに副葬品もかなり豪華で、須恵器、土師器、鉄製の鏃(鉄鏃;てつぞく)、馬具、ガラス製装身具が見つかっていますΣ(・ω・ノ)ノ



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↑展開図的な写真(「岡山県教育委員会」の報道発表資料より転載;図番号等は画像に記載)


そしてこれが出土した「煙突」こと筒形土製品の展開図的な写真です。

これだと中が空洞であることや、厚みの程度がよく分かりますね(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

また正しい置き方が三角コーンみたいな感じであることが分かります。

尖底土器みたいに尖った方を下にはしません( -д-)ノ

この「煙突」がどのように使われたかについては、下の図がとても分かりやすくて良きです(。・ω・)ノ゙

まぁこの復元図ではカマド(高温焼成による土器作り用の窯)の煙突ではなく、住居の中の炉(これはこれでカマドだが)の煙突として描いていますが使い方は同じです。


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↑遠くから見るとこんな感じ( ・Д・)(「岡山県教育委員会」の報道発表資料より転載;図番号等は画像に記載)


おわりに

世界中で色々な考古学的発見が起きてるなと思いますが、国内でも大発見がある地域って少し偏りがあるかな~って気がしますね。

岡山県の考古学ニュースはそんなにないので、こうしたレアな発見があるとちょっと嬉しいです。

地方でかつ小さな遺跡だと、せっかくの良い発見もなかなか良い記事になってないなと思います。

考古学の専門の記者の不在も理由にあるでしょうが、写真も文章も明らかに少ないのですヽ(TдT)ノ

是非、そういったニュースを当サイトで取り上げて、少し詳しく紹介出来たらなと思います(。・ω・)ノ゙


・・・ところで、私、このニュースのタイトルをチラッと見た瞬間、、、

古墳に煙突立ってるのかと思った!( ・Д・)



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