2019ねん 1がつ 20にち(にちよーび、晴れ)
この週末は充実していなかったな……

まぁ今日はこれから少し頑張るか

そして明日からまた頑張ろう!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


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↑右足も見つかるといいね!(*・ω・)ノ(「産経新聞」の記事内画像を一部加工;credit: 山形大学付属博物館)


今回の考古学・歴史ニュースは、「縄文晩期の結髪土偶が90年越しで接合された!」です!


最初に考古学用語を簡単に説明しますと・・・・・・発掘調査では様々な遺構・遺物が出土します。墓といった埋葬遺構や儀礼行為の痕跡の一種である埋納遺構からは当時の形を保った遺物が出土する場合があります。これを「完形資料」と呼びます。


一方で多くの場合、考古資料は何等かの理由(過去の人為的な理由、遺跡生成過程における人為的・自然的理由)によって破損します。

つまりバラバラの破片として出土します。これが「破片資料」です。このバラバラの破片を元の状態にすべく、くっ付けていくことを「接合」と呼びます。


あと、これは共通用語なのか不明ですが、完形ではないが本来の形を推測するには十分な残りの遺物「半完形資料」と呼ぶこともあるようです(論文中で使用したことがないため、定義の確認を行っておりませんヽ(TдT)ノ)。

まぁ土器で言えば、口縁部から底部まで(上部から下部まで)一通り揃っており、且つ残存した口縁部が口径を計算するために十分である(例えば4分の1程度)場合は「半完形」といったところでしょうか。


今回のニュースでは上に挙げた写真から分かるように、土偶の上半身部分と左足が接合しましたので、元々の残存量から破片とは思えませんが厳密には破片資料である土偶(上半身)が半完形の状態にまで接合したと言えるでしょう。


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↑同じく縄文晩期に属する遮光器土偶(「東京国立博物館」の資料カタログより転載)

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さて、問題の土偶は頭部が髪を結ったような形をしていることから「結髪土偶」と呼ばれている資料で山形県で出土したものです。


時期は縄文時代晩期(約3500~2400年前)であり、主に東北地方で見つかっている遮光器土偶の後に出土する資料として知られています。上に写真を上げましたが、遮光器土偶は広く知られていますね。


この結髪土偶は山形県寒河江市の石田遺跡で発見され、大正14年までに地主であった安達又三郎氏が上半身部と脚部を所蔵していました。


その後、各資料は寄贈され、結髪土偶(上半身部)は現在の山形大学付属博物館が所蔵し、脚部は寒河江市が所蔵していました。


郡山女子大学短期大学部の会田容弘教授は、結髪土偶の上半身と脚部双方を確認し、断面の状態や腰の刺突文が左脚部分に続いていることから、双方は一体のものではないかと推論しました。


実際に確認したところ、脚部が上半身の一部と判明し、脚部が正式に山形大学付属博物館に寄贈されました。こうして結髪土偶の出土以来、約90年ぶりの接合となったのです。


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今回の接合によって頭部から脚部まで繋がりましたので、厳密な意味で半完形資料となったと考えられます。

土偶の研究・分類をする上で脚部形態も重要な要素ですので、今回の発見は非常に意義深いものであると思います。

まだ右足が欠損していますが、左足と同じ形態と考えて良いため、研究上は特に問題になりません。

しかしせっかくですからね、右足も見つかってくっついて完全な接合資料になるといいですね。

結髪土偶自身にとってはおよそ3000年以上ぶりの完全体となるわけですから(。・ω・)ノ゙(美術的価値も上がります( -д-)ノ

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