2019ねん 3がつ 24にち(にちよーび、晴れ)

法事やらなんやらで御朱印もらいに行けなかった。

せっかくの習慣を無くさぬよう、

近日中に時間を見つけて参拝します!(*・ω・)ノ


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↑遺跡の全景、広さが分かる(「読売新聞」の記事内画像より一部加工)


今回の考古学・歴史ニュースは『徳島県、加茂宮ノ前遺跡で約4000年前の水銀朱の一大生産拠点が見つかったよ!』ってことです(*・ω・)ノ

場所は徳島県、阿南市加茂町の加茂宮ノ前遺跡です。

徳島県では他にも「朱」をかけた遺物が多く出土する遺跡や、「辰砂」の採掘址と思われる遺構を有する遺跡が見つかっています。

「朱」というのは「朱色」という表現もあるように、簡単に言うと「赤色」の顔料のことです。

赤色顔料としての朱の原料は主に、辰砂とベンガラです。

辰砂は中国の辰州で多く生産されたことからその名が付けられており、硫化水銀から成る鉱物です。

辰砂からは水銀を精製することができるため、辰砂を原料とした朱を水銀朱(有害)と呼びます。

一方でベンガラは酸化第二鉄を主成分とする顔料(無害)で、色調は鉄の赤錆の色のイメージです。

赤色は「血液の色」であることから、「生命力を表す色」として、古くから世界各地で重宝されてきました。

加茂宮ノ前遺跡は約4000年前の縄文時代後期に帰属する遺跡で、朱の付着した石臼や石杵が300点以上出土し、水銀朱の原料である辰砂原石も大量に出土しました。

そのため古代の祭祀などに使われた赤色顔料である水銀朱を生産した一大拠点であったと考えられています。

日本における朱の生産地としては最古級、最大級であり、朱の関連遺物の出土量も最多の遺跡です。


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最初に挙げた写真で分かるように加茂宮ノ前遺跡はかなり広いです。

その調査面積は約1万平方mに及ぶそうですΣ(・ω・ノ)ノ

これまで当該遺跡では、弥生時代中期から鎌倉時代にかけての遺構が発見されていました。

今回の発見で縄文時代後期に相当する祭祀に使っていたとみられる石を円形に配置した遺構14基や竪穴住居跡2基が見つかりました。

このような縄文時代後期の居住域と祭祀の遺構がまとまって確認できたのは西日本で初めての事例とのことですヾ(´ω`=´ω`)ノ



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この加茂宮ノ前遺跡では水銀朱の製造に使われた石杵と石臼だけで300点以上が出土しました。

石臼の大きいものは直径約30cm、石杵では直径約10cmのサイズだそうです。

また原料である辰砂原石や、水銀朱が施された耳飾り、土器などの関連遺物が700点以上出土し、合計1000点以上の「朱」に関連する遺物が出土したことになります。

原料として使用された辰砂原石は遺跡から約5km離れた若杉山周辺から採取された可能性が高いと推定されています。

また出土した土器の模様には九州の土器に類似した特徴が見られることから、当時から地域交流をしていた可能性が指摘されています。

加茂宮ノ前遺跡における今回の発見は、西日本における縄文時代の集落構造の解明に繋がる重要な発見であり、また水銀朱の一大生産地として古くより遠方の他地域との交易を行っていた可能性を示す重要な発見でもあります。


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さて、最後に徳島新聞による現地説明会の様子を撮影した動画へのリンクを載せておきます。


いいですね、これ!


現地説明会に参加した気分になれます(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!



↑加茂宮ノ前遺跡での現地説明会の様子(「徳島新聞動画TPV」の動画)

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