2019ねん 3がつ 26にち(かよーび、曇り)

あ~、やること多い!

油断するとすぐに溜まる!

一個ずつ着実に終わらせていかねば( ・Д・)


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↑若杉山遺跡で見つかった最古の坑道の入り口(「KYODOニュース」の画像より転載)


今回の考古学・歴史ニュースは『徳島県で国内最古の辰砂の採掘坑道が見つかったよ&水銀朱が美しく残る土器片が重要文化財指定になったよ!』ってことです(*・ω・)ノ

前回ですね、徳島県における「朱」の生産址について紹介しました。



どうも徳島県は日本の「朱」の歴史に関して重要な土地のようですね!ヾ(´ω`=´ω`)ノ


さて、今回見つかった坑道は徳島県阿南市に所在する若杉山遺跡です。

上に挙げた写真で分かるように、かなり入り口が狭いです。


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↑坑道の内部もかなり狭い(「産経フォト」の記事内画像より転載)




坑道の内部もかなり狭いです。

坑道の高さが約70~90cmだそうです。

下底部に土砂の堆積が少しありますが、それをよけたとしてもかなり天井が低いです。

奥で3方向に分岐しつつ、それぞれ掘り進められ、奥行きは約13mです。

坑道の内部の岩壁には人為的に掘られた形跡が見られるそうです。

屈んだ姿勢で石材を用いて掘り進んでいったわけですから、かなりの労力だったことでしょう( -д-)ノ


これまでに日本最古とされた坑道は、8世紀頃の奈良時代に始まった山口県美祢市の長登銅山だったとのことです。

今回の若杉山遺跡の坑道内からは石杵や弥生土器片が出土しています。

この土器片が弥生時代の後半、CE1-300頃のものと同定されたため、日本における最古の坑道の事例として少なくとも500年遡ることになったわけです。

徳島県は縄文時代後期より、重要な赤色顔料である水銀朱の生産・交易に関わる土地であったと考えられています。

若杉山は「辰砂」を産出する地点であることから、古い時期にはこの周辺で採取された「辰砂」を、新しい時期には今回の坑道等から採掘された「辰砂」を原料として用いていたのだと思われます。








また徳島県の矢野遺跡から出土した縄文時代後期初頭(約4千年前)のを中心とした土製仮面や土器資料(計160点)が重要文化財に指定されることになりました。

中国・四国地方で縄文時代の遺物が重要文化財指定を受けるのは初めてだそうです。

そして注目して欲しいのはやはり、鮮やかな赤色顔料が残る土器片(3点の土器片の写真の右上)です。

今後、徳島県で、あるいは「朱」の交易先で、見事な赤色に染まった完形土器資料が見つかるといいですね。

小破片でこの美しさ&重要文化財指定ならば、完形資料ならば国宝級でしょう!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

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