歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

2018年12月

2018ねん 12がつ 29にち(どよーび、激しく雪)

なんだかんだ忙しい年末だった。

お酒を飲み過ぎて、身体も調子悪い( ・Д・)

というか仕事終わってないやつある……

のんびり年越しながら終わらせるか( -д-)ノ

皆さん、良いお年を!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


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だんご2018


こんにちは、「歩け、マヤ」管理人のtheDANGOsanです。

今回は2018年の締めとして、今年の重要な考古学的発見について個人的に10例を選択し、勝手にランキング付けしたいと思います。

紹介する発見の内、当サイトで今年紹介していないものも多数あることがよく分かってしまいますが、まぁ年明けてから頑張って記事にしますね!( -д-)ノ


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第1位:4400年前の古代エジプトの完全な保存状態の墓


エジプトのカイロ南方にある古代都市サッカラの共同墓地で15日、4400年前の墓が発見された。

 エジプト考古最高評議会のムスタファ・ワジリ事務局長は記者団に、墓は荒らされておらず手付かずの状態とし、「過去数十年来例を見ない」発見だと述べた。

 墓は、エジプト第5王朝(紀元前2500─2350年ごろ)の第3代ネフェリルカラー王時代のもので、全長10メートル、幅3メートル、深さ約3メートル。

 ワジリ事務局長は、13日の発掘で墓が現れた際、内部に5つの縦穴が見つかり、このうちの1本は「墓の主の棺または石棺に通じているはずだ」と述べた。

 墓の壁にはヒエログリフやファラオの彫刻の装飾が施されており、ワジリ事務局長は、これらの彫刻と、ほぼ完全な保存状態という点でこの墓は特異だと指摘した。また、来月からさらに発掘作業が行われる予定で、新たな発見

エジプト、カイロの南方に位置する古代都市サッカラにおいて重要な考古学的発見がありました。同遺跡の共同墓地において4400年前の墓がほぼ完全な状態で検出されたのです!

一般的には古さとか出土したモノの美しさとかに焦点が当たりがちですが、考古学的には保存状態が重要かなと思い、1位にしてみました。

実際には墓というだけで重要ですし、一括遺物として副葬品が豊富だと嬉しいなって思うので、保存状態も重要ではないかも知れません。

ただ研究目的だけではなく、観光といった文化財活用の側面からは保存状態は重要ですし、歴史的価値としても重要でしょう!と判断しました( -д-)ノ

発見された墓はエジプト第5王朝(紀元前2500-2350)のネフェリルカラー王(Neferirkare)に仕えた「ワフティー(Wahtye)」という高位聖職者のものだと分かっているそうです。

墓は盗掘の痕跡がなく、壁面はワフティーと母、妻ら家族を描いた壁画やワフティーとその家族の彫像24体によって色鮮やかに飾られています。

今後の更なる調査によって新発見が期待されるとのことですが、これから如何にしてこの遺構を保存していくのか、どのように公開していくのか、これからも大きな問題とニュースを提供しそうな予感がしますね。願わくは人類遺産としてのこの鮮やかな色彩や見事な彫刻が失われませんように( ・Д・)





第2位:農耕開始前の世界最古のパン!


ヨルダン、首都アンマンから北東130kmに位置するナトゥフ文化の遺跡から、最古のパンの欠片が発見されました!その古さは1万4400年前です。

重要な点は、これまで「パン食文化」は農耕文化と関連して考えられてきた”常識”を覆すことになるかも知れないという点です。


↓詳しくはこちらでどうぞ……ちゃんと記事にしてたぞヾ(´ω`=´ω`)ノ↓

【パンが好き!】どうやら人類はパン食べたさに農耕を開始したようです( -д-)ノ 1万4400年前、ヨルダンで世界最古のパンが食べられていた!【考古学】






第3位:7万3000年前、世界最古の彩文の発見
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↑石片に施された赤色彩文によるクロスハッチ状の痕跡(「BIGLOBEニュース」よりの記事内画像より転載;credit: Proceedings of the National Academy of Sciences)


南アフリカ南部、ケープタウンから東に290kmに位置するブロンボス海岸洞窟で人類が描いたものとして世界最古の彩文技術の痕跡が発見されたのです。

この海岸洞窟一帯は10万年前に狩猟採取民が暮らしていた場所で、彼らは貝製のビーズや石器などにも彩文を施していた痕跡が認められるそうです。

古代の絵画と言えば、フランスのラスコーや、スペインのアルタミラが有名ですが、いずれも2万年~1万4000年前の後期旧石器時代に相当するもので、いわゆる「新人(現代型人類、ホモ・サピエンス)」であるクロマニョン人に描かれたものと考えられています。

今回の発見は10万年前ですから、ちょうどホモ・サピエンスによる「出アフリカ」期のものとなります。私たち人類の芸術の起源、彩文技術の古さを伺い知ることができるという点で重大な発見でしょう。





第4位:三国志の英雄、曹操の遺体を発見!
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↑曹操の墓が検出された地点(「BIGLOBEニュース」の記事内画像より転載;;credit:Henan Provincial Institute of Cultural Heritage and Archaeology)


第4位の考古学的発見と評価したのは曹操の遺体の発見です。曹操の墓自体は2009年に検出されていたのですが、本人の遺体は発見できずにいたのです。

大きな霊廟で発見された遺体は60代の成人男性のものであると同定されており、おそらくは曹操のものだろうと考えられているそうです。霊廟自体はサイズ的には立派なのですが、本当に本人かどうかの特定は困難なようですね。

伝承では曹操は盗掘者によって死後の眠りが妨げられることを嫌い、ダミーの墓を71基も作ったそうです。埋蔵金のようですね、ダミー作るなんて( -д-)ノ

ま、とは言え、本物の墓はその作りや副葬品に関して最も豪華であることが予想されます。ダミーも同じように絢爛としているならば、曹操は三国志の世界で多くを屠った人物だけではなく現代の考古学者キラーでもありますね( ・Д・)

魏の英雄である曹操の特定がなされ、その霊廟が公開されるとなれば私達日本人にとっても一大観光地となりそうな、文化財活用の点で第4位認定です!









第5位:バイキング時代の「青歯王」の財宝を発見!
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↑出土した銀製品(「AFP BBNews」の記事内画像より転載)


この大発見はドイツ北部のリューゲン(Ruegen)島にて、教員と13歳の少年による発見が契機となっている点で興味深いです。

この2人は発掘が趣味だったようで金属探知機で財宝探しをしていた中、銀製品を発見したそうです。個人的趣味で金属探知機使うあたりがすごいな~って思いますねΣ(・ω・ノ)ノ

この2人の発見を受けて考古学調査が実施された結果、デンマークにキリスト教をもたらした10世紀の伝説的な王ハーラル1世(ハーラル・ブロタン;Harald Bluetooth;青歯王)にゆかりがあるとみられる品々が大量に発掘されたそうです。

これまで歴史資料で語られてきたハーラル1世を物質文化の側面から描き出す上で貴重な発見だろうと思います。

約600枚の硬貨や北欧神話の戦トールにまつわる金づち(所謂「トール・ハンマー」)も出土したということで、何やら面白そうなので記事として取り上げますね(*・ω・)ノ

 





第6位:2000年前の古代の船が完全な保存状態で発見される!
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これは黒海においてなされた発見で、保存状態が極めて良好な古代船が20隻も発見されたのです。

上に挙げた図のように、最も保存状態の良いものはマストがまだ立っているという状況なのですね。この海域は酸素が乏しいようでそのため腐食が進まなかったようです。低温・低酸素が遺物や依存体の保存状態に大きく影響するのです。

トーロンマンのような泥炭湿地で人の超リアルなミイラが保存されるようなものです。トーロンマンもその内紹介しなきゃね( -д-)ノ


↓詳しくはこちらでどうぞ……ちゃんと記事にしてたぞヾ(´ω`=´ω`)ノ↓







第7位:古代の悲劇!火山弾が頭部に直撃した事例が発見される!


これはあまりに見事に頭に巨石がヒットしてて、個人的には2018年で最も面白い発見でしたΣ(・ω・ノ)ノ

この発見が考古学的に重要な発見かどうかは正直よく分かりませんが、やはりポンペイは考古遺跡として凄いな~と思いましたし、遺物や遺構の関係や出土コンテクストの解釈について改めて深く考えさせられる契機になったと思います。

↓ポンペイに関するネタはいくつか書いてますので紹介しておきますね↓








第8位:ナチスの新型Uボートが海底にめちゃ突き刺さってた!
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↑海底にめちゃ刺さってるよの図( ・Д・)(「BIGLOBEニュース」よりの記事内画像より転載;credit: Nature)


ナチスのUボートと言えば有名ですね。第二次世界大戦中1165隻が建造されたUボートは連合国側海軍を7割も損失させたと言われています。そのようなUボートの中でもナチスの科学技術のすべてが注ぎ込まれたとされるのがUボートXXI型です。

記録ではなんと118隻も製造されたそうですが、実際には2隻のみが就航したそうです。この内の1隻が発見されたのです!

近年、北海におけるマッピングプロジェクトが推進されていますが、この内北海とスカゲラク海峡に沈んでいる難破船の位置をマップ化するというプロジェクトの作業中に、デンマークの最北端に位置するスカーゲンから北方17kmのところで発見されました。

いや、それにしても見事に海底に突き刺さってるね!( ・Д・)





第9位:900年前の十字軍時代の隠し金貨が発見される!


イスラエルの古代都市カイサリアで900年前の十字軍時代の金貨が発見されました。どうやらこの金貨とても貴重なもののようです。

金貨24枚は深さ1.5メートルの井戸の側壁にあったそうで、出土状況から考えると所有者が慌てて金貨を隠したと推測されています。

出土地である古代都市カイサリアは歴史記録では1101年5月に十字軍の指導者の1人で、後に初代エルサレム王となったボードゥアン1世の軍勢によって陥落しました。

結果、住人のほぼ全員が殺されるか、奴隷にされるかしたとのことで、十字軍が到着する直前に逃げた裕福な家族のものだったのではないかと推測されているとのことです。





第10位:新しいナスカの地上絵が発見される!


クモ、ハチドリ、サルといった動物や幾何学模様が描かれたナスカの地上絵は有名ですが、新しく地上絵が発見されたそうです。その数50点。

多いよね( ・Д・) 飛行機出来て、地上絵発見されてからかなり経ってるのにね。今度南米の研究者に聞いてみようかな……失礼かな……

ミステリーサークルってあるじゃないですか? ナスカの地上絵って新しく造られたってことはないんですか?って訊いてみたい。

ナスカの地上絵ってその製作年代が紀元前500年~西暦200年まで遡れるそうです。ナスカ文化とその前段階の文化の歴史的産物という判断なんでしょうけどね。具体的に地上絵自体の製作年代を特定する技術なんてあるんですかね。

ナスカ平原の乾燥地帯における比較的暗色を呈する表層土を取り払い、下面の明るい土壌を露出することで描かれるこの図形っていつでも描けるし、その年代ってどうやって推定しているのだろうかと不思議に思います。

まぁ日本の山形大学の坂井正人のグループが次々と新発見を繰り返してますしね。考古学界における権力構造という闇に触れるのも怖いので、酔った勢いで訊いておきますわ( ・Д・) きっと……





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おわりに

うむ、2018年の考古学的発見10選を紹介しておいて、考古学・歴史ニュースである「歩け、マヤ」で紹介したのは僅か3例……年明け頑張りますね( -д-)ノ

参考にした他サイトさんではランキングを10位から1位の方向で書いてましたね。まぁなんだかんだ長い文章の最後の方しか印象として残らないって研究ありますしね。

私、その手の心理学実験に出たことあります。何故か報酬として超小型のホチキスをもらいました( -д-)ノ(いや、今思うとほんと何故?500円でいいからくださいな( ・Д・))

そもそも最初にいいやつ持ってくると後半読む気失うかも知れませんしね。私も来年末はそうしてみようかな~?

まぁこのサイト好きな方はきっと、「軽い内容⇒真面目な内容⇒ふざけた内容」の構成が好きなんだろうなって思うから、1位~10位の順でもこうしてさして意味のないおわりにを読んでいることでしょう!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

↓皆さん、良いお年を~ヾ(´ω`=´ω`)ノ↓

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2018ねん 12がつ 19にち(すいよーび、晴れ)

最近、やけに充実している。

思いっきり働いた後の酒が美味いなと思う。

晩方に飲みながら記事を書くのではなく、

頑張って書き終えてから飲むようにすべきということか!( ・Д・)


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↑ハロウィン用の「こだわり」ケーキ(「Pouch」さんのの記事内画像より転載)


さて、今回のテーマは「古代人の脳みそ」です!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

全然、最新のニュースじゃないんですけど、面白いので取り上げてみました!( -д-)ノ


それにしてもそんなもの残るんですね~、びっくりですわ。考古学では人類、ないし人類活動の痕跡として残らないものが大多数と言われる中、脳みそまで残るのなら時間・空間を無視すれば何でも残り得る気がしてきますね~( -д-)ノ


さて、この古代人の脳みそですが、調べてみると意外に多く見つかっているみたいですね。残り具合が不明ですがおよそ10件くらい報告されているようです。頭蓋骨内側における僅かな残存で良いならば、ざっと200件くらいあるようですね(つд⊂)ゴシゴシ


意外にたくさんの事例があるとは言え、完全な形あるいは大部分が残っている事例は本当に稀なのです、当然ですけど!( ・Д・)

そんなレアな脳みそがなんと日本でも確認されていますので紹介しますね!どんどんグロくなるのでご注意を!(*^・ェ・)ノ





事例:鳥取県、青谷上寺地遺跡出土例、3例
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↑脳みその出土状況(「鳥取キス天国のブログ」さんの記事内画像を加工)

見事に頭、ぱっかーん!してますけど、ほんとにこんな出土状況だったのですかね? まぁ『脳みそ詰まってますよ!( ・Д・)』ってアピールかも知れません。

下の画像が現在博物館で保存している状態で、氷冷保存しているそうです。通常は公開していない模様ですね。なんだか、脳みそヤラれてそうですけど、この保存方法大丈夫なのでしょうかね?ヽ(TдT)ノ

更に下にある画像が『フレッシュ』な頃の脳みその画像になります!心して見て下さいね!

あ、この日本の事例はすごいことに三体の頭蓋骨から三つの脳みそが検出されていることなんです!二つは男性、一つは女性のものらしいです!1例でも凄いのにね!Σ(・ω・ノ)ノ





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↑弥生人女性の脳みそ!(「とりネット」の記事内画像より転載)



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↑弥生時代後期に相当するそうです。これは男性のもののようですね(「Naverまとめ」の記事内画像より転載)


上のこの画像の脳みそは、絶対まだむにむにと柔らかなレベルですよね!Σ(・ω・ノ)ノ

よく腐敗しないなぁ……?q|゚Д゚|p



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どうでしたか?古代人の脳みそ!( ・Д・)

現在の科学技術では不可能ですけども、SFとかに登場するように脳みそに電気的な刺激を加えることでその人が持っている記憶を垣間見ることができる時代が来たら、面白いですよね。

そんな科学技術が開発されて、発掘調査の精度も上がってバンバン古代人の脳みそが検出されるようになったら、考古学者要らなくなるかもね!!!( ・Д・)ギャー!(そんな日のためにもブログがんばろーっと(´・ω・`))

↓頭を軽く指圧することは脳みそにも良いそうです。とりあえず押してみましょう( -д-)ノ↓

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2018ねん 12がつ 17にち(げつよーび、雪)

一週間ほど出張やなんやらで忙殺されてました。

頑張って更新しますね~(*・ω・)ノ

いや~、大した内容じゃなくても、

記事にするとなるとけっこう手間暇かかるものですね……( -д-)ノ


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【目次】
  1. はじめに
  2. 日本の事例 -相沢忠洋と岩宿遺跡-
  3. マヤの事例 -アルベルト・ルスとパレンケ遺跡-
  4. おわりに -「偉大な」考古学者になる方法-


1.はじめに
研究者に限らず、何かしらの道で「偉大な」存在として賞賛されることは人々に共通する一つの夢・願望のように思えます。

私は考古学の道を往く者ですから、「偉大な」考古学者としていつの日か脚光を浴びたいなと思うわけですが、そもそも「偉大な」考古学者とは如何なる存在でしょうか?

後輩と話していると日本考古学の中でも色々な考古学者の名前が挙がりました。試しに『偉大な考古学者』で検索してみたら、弥生時代の提唱者である中山平次郎、アメリカ考古学における土器分類の基礎を築き、マヤ地域における「テオティワカンの影響」を発見したアルフレッド・キダーが出てきました。

他にはギリシア神話の伝説の都市トロイアを発見したハインリヒ・シュリーマン、クレタ島のクノッソス遺跡を発掘し線文字A・Bの粘土板を発見したアーサー・エヴァンズ、中国の兵馬俑を発見した趙康民が出てきました。

一口に考古学と言っても、対象とする様々な時期や地域によって、それぞれ大きな成果を残した考古学者がいますから、たくさんの「偉大な」考古学者がいるのは当然ですね。

ここで全員を挙げてるとキリがありませんので、日本考古学における代表例と中米、マヤ文明考古学における代表例として独断と偏見にて1名ずつ以下に取り上げることにします( -д-)ノ




2.日本の事例 -相沢忠洋と岩宿遺跡-

現在では教科書でも当たり前のように日本に旧石器時代があったとして書かれてます。

しかしこれは比較的新しいことで、20世紀半ば、つまり第二次世界大戦の終了くらいの時期までは日本の歴史は縄文時代から始まっていたのです。

火山灰が多量に堆積することで形成されている関東ローム層の時代では激しい噴火活動のため人間が生活できる自然環境ではなかったと考えられていたのです。

つまり関東ローム層は「無遺物層」であり、人類活動の痕跡が見られない「非文化層」と考えられていました。真良信夫(なおらのぶお)らによって旧石器の発見が報告されることもありましたが、当時は強い批判を受けていたのです。

このような中、相沢忠洋は1946年に岩宿(現在群馬県に所在する遺跡)に見られた関東ローム層の露頭断面から、石器・細石器に酷似した石片を発見しました。しかしそれらの資料が旧石器と断定するまでには至らず、確実な旧石器を採取するための発掘を独自に続けていました。

ついに1949年には相沢は岩宿の関東ローム層中から明らかに人工品と認められる黒曜石製の槍先形石器(尖頭器)を発見しましたが、当時の学者は相手にしませんでした。


最終的に相沢の発見を重要視した明治大学の杉原荘介、芹沢長介、岡本勇によって岩宿の調査が行われ、他の旧石器群の再発見によって日本における旧石器の存在が確認されました。


この成果によって、縄文時代に先行する土器や石鏃を伴わない石器文化の存在が認められ、日本列島の人類史の始まりを一挙に万をもって数えられる更新世に遡らせたのです。

ちなみに相沢忠洋は自説を学者に受け入れてもらうために東京で説明して回ったのですが、群馬県桐生市から東京まで、およそ120kmの距離を自転車で日帰り移動していたそうで、その情熱の強さを伺い知れますね。

相沢忠洋記念館は群馬県桐生市にありまして、岩宿遺跡・岩宿博物館は群馬県みどり市にあります。日本の旧石器時代を初めて認めることになった歴史的な土地ですから、良ければ訪れてみてくださいね(。・ω・)ノ゙



3.マヤの事例 -アルベルト・ルスとパレンケ遺跡-
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さて、マヤ地域にはピラミッドがありますが、20世紀前半まではピラミッドは神殿だと思われていました。つまり内部には何もないと思われていたのです。

当時、エジプトのピラミッドは王の墓と考えられており(今では違います)、マヤ地域におけるピラミッドは機能が異なる(はずだ)から墓ではないと特に根拠もなく批判されていました。

19世紀から疑似科学、疑似歴史が始まり、1882年にアメリカの政治家イグネイシャス・ロヨーラ・ドネリーが書いた『アトランティス―大洪水前の世界』によって超古代文明が一大ブームとなっていました。

アトランティスの説では、生き残ったアトランティス人が大西洋を挟んで両側の地域、つまりエジプトとマヤに技術や知識を伝えたために類似したピラミッドが建設されたと考えていました。

このオカルト説の批判のためにも、エジプトのピラミッドとマヤのピラミッドは違うんだと言いたかったのかも知れませんね。

アルベルト・ルスは1945年にメキシコにあるパレンケ遺跡の発掘を開始し、1948年に碑文の神殿の下に隠されていたキニチ・ハナーブ・パカル1世(パカル大王)の墓の入口を発見しました。ピラミッド内部へと続く階段を埋める土砂を取り除いていき、ついに1952年にパカル大王の棺と遺体を発見したのです。

これにより、マヤ地域におけるピラミッドは王の墓であることが分かったのです。ちなみにマヤのピラミッドは神殿ピラミッドでもあります。ピラミッドは王の墓であり、かつ上部に神殿を載せるための基壇でもあるわけです。

祖先崇拝が根強く、墓域を形成することなく死者と共に生きたマヤ人にとって、王の墓の直上に作られた神殿での儀礼行為には特別な意味があったのでしょう。

……ちなみ上に挙げた2枚目の画像は宇宙船に乗る姿を表現したものだとオカルトで扱われるパカル王の石棺の蓋に見られる図像です。スマホで見てる方は横にして見てください。左向きのロケットを操縦する人の姿のように見えませんか?

この記事では「本来の見方」として図を縦に配置しています。これはパカル王が世界樹(上方の十字の図形)の下にある地下世界(下方の頭蓋骨;オカルトではロケット噴射と捉えている)に向かって落ちていく様子を描いたものと解釈されています。



4.おわりに -「偉大な」考古学者になる方法-
具体的な事例は2つしか挙げていませんが、二人に共通して見られる特徴から「偉大な」考古学者になる方法が見えてきました。それは以下の3点になります。

  1. 大発見をする!
  2. その大発見によって歴史観が大きく変化する!
  3. 世界の考古学や各文化に関する概説書に名前を残す!

この3点が揃って初めて「偉大な」考古学者になれる気がします。例えばマヤ地域ではピラミッドを掘れば王墓の発見は容易ですし、名前も残りやすいでしょう。

重要な考古学的発見が考古学者として名をはせる上でひとつの要点になっていることは疑い得ませんが、それだけでは足りないのです。

学会におけるいくつかある大きな研究テーマの内のひとつを取り上げ、その中での自分の研究の立ち位置を明確にする必要があるでしょう。大テーマに対する一部の貢献として自己の調査の意義を有さないのであれば、それはほぼほぼ盗掘なのかも知れません。

掘ったら何か出るし、そこから何か分かるのは当たり前です。上に掲げた3点の内、2番目の「歴史観が変わる」ような発見や研究が最も重要なのでしょう。

この歴史観を変えるような業績とは、例示した二者のように今まで言われていた定説を覆すだけではなく、これまでの解釈・理解を一気に推し進め、当時の社会像をより具体的に鮮やかに描き出すことも含まれるでしょう。

むしろこれこそが通常研究者が目指すべき到達点であり、その目標の達成ためには地道な基礎研究の積み重ねといった並々ならぬ努力が必要であることを過去の偉人達は暗に示しているのではないでしょうか。

……あ、真面目に書き過ぎたや
……偉大な考古学者目指してが~んばろ~っと( ・Д・)

↓押すと「偉大な」人間に一歩近づ……く、こともあるようです(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

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2018ねん 12がつ 8にち(どよーび、晴れ)

咳が止まらんと思ったら喘息気味のようだ。

なんか唇痛いと思ったらヘルペスのようだ。

ストレスと疲労って怖いね。

身体から危険信号、出まくりだ~!!( ・Д・)


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【目次】
  1. はじめに
  2. 世界五分前仮説とは?
  3. 世界五分前仮説の真意
  4. オムファロス仮説に対する知識の体系、科学の有効性
  5. おわりに ー論理展開の艶やかさー


1.はじめに
さて、今回お話するのは「世界五分前仮説」についてです。

いつもの考古学・歴史ニュースと違って、と~って~も個人的・主観的な解釈・意見で構成されてるのでエッセーに当たるのでしょうか。

エッセー書いたことないし、よく分からんのですが、まぁエッセーの定義は「自由な形式で意見や感想を述べた文章のこと」らしいので、普段とは違う!( ・Д・)ということでよろしくお願い致します。

……まぁいつも自由に書いてるか!( ・Д・) でも今回は特に専門外の内容だよってことです!

あと宗教に関わるテーマになりますので、あくまで一個人、一科学者の見解として大目に見てくださいね。熱心な信者の方は是非、汝が隣人を愛する気持ちでお願いします(・∀・)つ


あ、ちなみにちょいと長くなります(`・ω・´)キリッ


単純に「世界五分前仮説」の概要を知りたい方は前半部だけ読んでくださいね!( -д-)ノ




2.世界五分前仮説とは?
世界五分前仮説とはバートランド・ラッセルによって提唱された思考実験の一例です。ラッセルはイギリスの哲学者、論理学者、数学者であり、1950年にノーベル文学賞を受賞しています。

また11人のトップ科学者らが連名にて、アメリカとソ連の水爆実験競争という世界情勢に対して提示された核兵器廃絶と科学技術の平和利用を訴えた宣言文であるラッセル=アインシュタイン宣言の起草者でもあります。

さて、ラッセルの唱えた世界五分前仮説とは、一言で言えば「世界は五分前に創られた」という仮説です。

この仮説は反証不可能です。何をどう言おうとも、「神がそのようにして創られた」の一言で完封してしまいます。

このフレーズはとても大事ですので覚えておいてくださいね(*・ω・)ノ



試しに反論してみましょう。例えば、私たちには5分前の記憶があります。5分前、そしてそれよりずっと前から私はこの記事の文章を書いていました。その記録はこうしてデータとして保存されています。

でも「神がそのようにして創られた」のです、5分前に。つまり私には生まれ育った記憶がありますが、その記憶を持った状態で5分前に創造されたのです。

私がかれこれ小一時間書いたこの記事も、そのような書きかけの状態で、PCやネット上にデータを記録した状態で創造されたのです(神様、せめて書き終えた状態で創造してください!( ・Д・))。

もっと遡れば、私達人類には歴史がありますし、先史時代に石器や土器などの人類活動の痕跡がありますが、そのような状態になるように、私達が今後も石器や土器を発見できるような状態で「神は5分前にこの世界を創られた」のです。

白亜紀のティラノサウルスの化石を始めとして古代の生物の痕跡も見つかっており、今後も発見されるでしょうが、「そのようにして神は創られた」のです。



どうでしょうか? 何とも酷い、意地悪な仮説に思えます。でも実際に反証することができません。「神はそのようにして創られた」、この一言があまりに万能なのです。




3.世界五分前仮説の真意
さて、ノーベル文学賞まで受賞した当時の最も優秀な科学者のひとりであるラッセルは、うしてこのような仮説を打ち出したのでしょうか?


「どうだ、すごいだろ?( ・´ー・`)ドヤ」と自分の優秀さを誇示したかったのでしょうか。


もちろん違うと思います。


検索でパッと出てくる世界五分前仮説は先に述べた部分の説明に終始している傾向がありますので、天才が考えた無敵の仮説のような印象を受けます




しかしながらこの仮説の特徴は、反証不可能であること、だけではなく、実証不可能であることなのです。

なので理論ではなく仮説です。世界が5分前に創造されたことは本当かも知れないし、そうでないかも知れません。

ラッセルが述べたいことの一つは、世界が5分前に創られたかどうか分からない、つまり過去が実在するかどうか分からないということです。ある種の過去の否定なのです。



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ところで、ラッセルが創造されたタイミングを5分前に設定したことは、さすがだなと思います。これは現在ではいけないのだと私は考えます。

日本の哲学者で「世界はたった今創造された」と述べている方がいるようですが、門外漢ながら賛同しかねます。

ラッセルは懐疑主義の立場です。懐疑主義と言えば、「コギト・エルゴ・スム(我思う、故に我あり)」で有名なデカルトです。

デカルトは身の回りの全てを疑った結果、疑っている自分自身の存在を疑うことはできないと考えました。この思考する存在である「私」は現在の私であるのです。

ラッセルは過去を否定する必要があったので「今」に近すぎてはいけなく、かつその存在が曖昧となってしまうような「遠い過去」であってもいけなかったのでしょう。

その丁度良いタイミングが5分前だったのだと思います。



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さて、世界五分前仮説によって5分前という比較的明瞭な記憶の残る過去の実在性が揺らぐ中、現在の私たちには記憶があります。

それは自己の体験に基づく経験知であり、過去の研究成果から成る書籍等から得た知識の塊です。仮に過去が存在しなくとも、現在の私達の中には知識体系が存在します。

つまり知識とは過去の存在・非存在とは無関係であり、論理的に独立的な存在であると考えるわけです。



結果として、

「そうした知識は、たとえ過去が存在しなかったとしても、理論的にはいまこうであるのと同じであるような現在の内容へと完全に分析可能なのである 」 — ラッセル "The Analysis of Mind" (1971) pp-159-160: 竹尾 『心の分析』 (1993)

という結論に至るのです。つまりラッセルの世界五分前仮説とは、敢えて過去の存在を曖昧にすることで、現在の私たちが有する知識の体系、ひいてはこれまでに積み重ねてきた科学的成果及びその知識の有効性を示しているのだと思います。




4.オムファロス仮説に対する知識の体系、科学の有効性
さて、ここで登場するのがオムファロス仮説です。これはフィリップ・ヘンリー・ゴスにより提唱された、世界の年齢(約46億年前)に関する自然科学と聖書における天地創造の時期との矛盾を解決するためにそのような古い状態で初めから創造されたのだ、という神学における創造論を支持する仮説です。


お気付きでしょうか、このオムファロス仮説の論理は世界五分前仮説とそっくりですね。ただ世界創造のタイミングが異なるだけなのです。


神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。(中略)神は言われた。「地は、それぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ。」そのようになった。(新共同訳 旧約聖書; 創世記1-3)

ラッセルが用いた「神がそのようにして創られた」という表現も聖書から来ていることが上の引用から読み取れると思います。



彼の残した記述から、ラッセルは優秀な科学者であると同時に、「無神論者」であったことが知られています。

科学的成果・知識が示す地球46憶年の歴史と、聖書が示す天地創造による創造論、この二者の対立は歴史的に古くからあるわけです。


近現代までに急速に発達してきた科学的な知識と聖書記述との間における様々な矛盾をオムファロス仮説は一挙に解決したように思えますが、ラッセルは類似の世界五分前仮説を用いることによって過去の存在を曖昧にし、科学の有効性を示しました。

そればかりではなく、世界五分前仮説は反証不可能であると同時に実証不可能であることを示し、間接的にオムファロス仮説を批判しているのです。




5.おわりに ー論理展開の艶やかさー
科学と宗教の対立は長い歴史があります。考古学的な立場から見れば、私個人としては科学も宗教も人工物です。科学的知識とその有効性が広く強く認識されるようになって以来、世界の説明原理としての役割はそれまでの宗教に対して科学が取って替わっただけなのだと思います。

一方で宗教の有効性は消えてはいません。例えば人が死んだらどうなるのか、私も念仏を唱えてもらうことで亡き人が仏になるんだと聞き、その悲しみを拭い去る助力となったように思います(。・ω・)ノ゙

これが科学だったら、人は死んだらどうなるか?に対して、「どうもなりません。最終的には肉体は全て分解されます。魂や天国の存在は証明されていません。」とか、ある意味で心なく反応するでしょう( -д-)ノ


1859年に『種の起源』を発表することで少なくとも結果的に「神を殺しにかかった」チャールズ・ダーウィンですが、その100年後にラッセルは多くの人々の目を惹く美しい仮説を提唱し、直接的に攻撃することなく鮮やかな論理展開をもって「再び神を殺しにかかった」ように思えるのは私だけでしょうか。

↓昔、押した!?きっと嘘ですよ、それ!( ・Д・)↓

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2018ねん 12がつ 6にち(もくよーび、曇り)

ダイエットつらいわ~

私はどうやら忙し過ぎるとストレスで飲み食いしまくってしまう模様……

そして、気付けば過去最大体重!( ̄▽ ̄;)!!ガーン

とりあえず3キロ落とすぞ~!( -д-)ノ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ブログだんご
↑こんな風に盛大な右肩上がりに成長したいよ~!( ・Д・)


さて、なんだかんだ年末なので、今年のブログの成長率について考えてみたいと思います。

いつもは月初めに前月のPV数等のデータを提示して、具体的にこんな感じですよ~って言うだけなんですけどね。まぁ実態を知らせる意味ではそれでいいかなと思ってます。

今回はブログの書き方?ブログでの稼ぎ方?でよく言われている100記事書き溜めてからスタートといった記事数と収入の関係について具体的に当サイトのデータを使って考えてみたいと思います。



ちなみにこの記事がですね、99本目です!

・・・・・・つまるところ先人達によれば、当サイト「歩け、マヤ」はスタート地点に立ってすらおりません!( ・Д・)

まぁ大した収入でもないし、そんなものかも知れませんね( -д-)ノ





さて、当サイトで普段提示しているデータには欠陥があると思うわけです。それは……本記事のようなブログ関連の記事は考古学・歴史ニュースを見に来ている大多数の方は興味ないようですので(数字的にそのようです)、

実際に書いた本数とちゃんと読んでもらえている記事数(当サイトのテーマに沿った記事数)の間には
差があるわけです!



このことを踏まえて、月ごとの考古学・歴史ニュースの記事数と収益の関係を見ていきたいと思います!( ・´ー・`)ドヤ


 表1.当サイトの月ごとの各数値
2018年11月まで分析
   図1.収益と累計記事本数の関係


ん~、考古学・歴史ニュースに絞ると77記事しかないんですね、どれだけごまかしごまかしやってきたかがバレますね!( -д-)ノ

今回注目した一つのデータは累計記事数でありまして、どうやらブログ作りと収益に関して最初の波は50記事を目安に訪れるようですね。


・・・・・・というか予想に反して見た目綺麗な結果にならんかった!考古学・歴史ニュース記事が100本超えた時に再度やってみる必要がありそうですね。

なにはともあれ、50記事を超えたあたりから急速に収益が安定するようで(大した額じゃないですけどね)、サボっても収益の急速な低下は見られなくなります。



ブログの書き方サイトでは100記事でスタート、稼ぎたいなら外注して200~300記事を一気に投入すれば良いみたいに書かれてますけど、やはりトータル記事数は重要なのでしょうね。


ところで外注っていくらかかるのでしょう?


今回のこの何気ない、頭も使ってない記事は上の文章までで1062文字です。ネットでサクッと検索して出てくる価格は1文字=0.7円程度、つまり743円!



外注記事をとりあえず300本ぶち込んだら月10万稼げるというサイトがあったけど、仮に1記事の文字数を平均3000字として、×0.7×300すると……


63万円!( ・Д・)


長期的に見たら回収できるんでしょうけども、誰でもブログで稼げる簡単な方法として紹介されましたけど、むちゃくちゃですね。ブログの世界も資本主義かぁ( -д-)ノって感じです。

ほんとに月10万いくならいいですけど、そこも怪しいねヽ(TдT)ノ

まぁ当サイトではのんびりやっていきますよ!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もうひとつ気になるデータは記事当たりの単価ですね。

最初の頃は文章構成に統一性もありませんでしたが、せっせと書いていたわけですよ、高いモチベーションと共に!(/TДT)/

でも最初はグーグルアドセンスの予想収益は2か月で4円とかだったはず。実際はもちろん0円でしたね。

そう思うと先月の1本で197円は出来過ぎとしても、最初の頃に比べればなかなかに記事当たりの価値が高まってる気がして嬉しいです!

あ、でも外注した場合のコストに負けてますね、うん、頑張りますね(ρ゚∩゚) グスン


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局何が言いたいかと言うと、思ったより綺麗な結果出なかった!( ・Д・)

だけど分かったことは2つ!

ブログを育てる上で簡単な方法はない!(金に物言わせることは可能な模様!)

ブログの成長率は「記事の累計本数」・「記事の更新頻度」・「記事の質」で決まる模様!……まぁ頑張って地道に書けってことですね!(*・ω・)ノ

↓押す?押してみる?一回でいいんだよ?(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

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