あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    2019年01月

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    2019ねん 1がつ 31にち(もくよーび、晴れ)

    以前、急にいか飯が食べたくなって、

    イカを買ってきて作ったことがある。

    なんか、たま~に食べたくなるんだよな~(´・ω・`)


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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    ↑美味しそうな『いか飯』!ヾ(´ω`=´ω`)ノ(「北海道の道の駅」より画像を転載)



    【目次】
    1. はじめに
    2. いか飯といか飯土器の紹介
    3. 「いか飯土器」のモチーフがいか飯であるかどうかの検討
    4. おわりに ~「鐸形土製品」としての「イカ形土製品」に対する実際の評価~



    1.はじめに
    さて、今回の考古学・歴史ニュースは、「北海道南部、森町で出土したイカ飯土器を紹介するよ!」です。





    最近ですね、寝れない夜にYoutubeで色々観るのが趣味になっているのですが、所謂「オカルトもの」とか「疑似科学」ものがけっこう好きで観ているのです。


    歴史とか考古学の成果に対して「攻撃的」な内容でない限り、基本的にぼーっと観てるわけです。




    例えば、「宇宙人がピラミッドを造った!」は・・・ ⇒ そんなわけあるか!( ・Д・)

    ってなりますが、

    「ロズウェルにUFOが落ちて宇宙人が回収された!」なら・・・ ⇒ いいんじゃない?( ・Д・)(←同じ表情に見えるが心は仏のように穏やかである)


    って感じで観ているわけです(観てると更に寝れなくなるのでラジオ的に音を流している感じです)。


    (回し者じゃないですけど紹介しておきます。特に「History Channel」面白いですよ。古代の宇宙人シリーズ!時々、睡眠障害ぽいですが良く眠れます。)




    ・・・・・・まぁそれでふと思ったんですよね、この所謂トンデモ説を提唱する人たちは何故そういう風に物事を捉えるのかって。



    ①不思議な説を提唱することで有名になりたい(承認欲求を満たしている)。

    ②そのような行為によって得られる経済的報酬を期待している。

    ③フィクションと明記ないし明言していない点で違いはあるが、実際に当事者は虚構であることを本当は理解している上でエンターティナーに徹しており、歴史小説家のような役割を担っている。

    ④アホである( ・Д・)



    カップラーメンが出来上がるまでに思い付いた「彼らの行動の理由」はこれくらいですね。

    (まぁもちろん④はふざけてるだけですけど(m´・ω・`)m ゴメン…)






    前置きが長くなってしまいましたが、先に述べた③は面白い理由だと思うし、当サイトの記事は論文じゃなくて飽くまでもブログ記事だし、私も何か面白いこと言ってみようかと思い立ったわけですよ!



    そこで『4000年前、縄文人が「いか飯」を食べていた説』を提唱することにしました!( ・´ー・`)ドヤ



    (同業者の方はですね、「あ~ストレスあるんだろうな~」くらいで優しい気持ちと生温かい眼で見守ってくださるよう宜しくお願い致します( -д-)ノ)


    まぁプライドもありますのであまりいい加減なこと言ってられませんから、最後に一般的な解釈もちゃんと紹介します(*・ω・)ノ




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    2.いか飯といか飯土器の紹介
    ここまでに「いか飯」の写真を2枚挙げまして、上にイカ型土製品の写真を挙げました。


    お気付きの方もいると思いますがタイトルや見出しに「土器」と使っているのはその方が一般的に分かりやすいかな~(あるいは記事タイトルとして目を惹くかな)程度の理由しかありません


    が、本論では「いか飯土器」を使い続けることにします。

    また最後の部分で、敢えて「土器」として呼称を誤用し続けた本当の理由を述べますね(*・ω・)ノ)




    ということで、この「いか飯土器」本当は「土製品」です。


    内部は中空ですけども、「器」じゃないんですね。まぁ逆さまにしたらコップにはなるかな!

    置けないけどね( ・Д・)




    ところで・・・・・・どうでしょうか?


    見た目は完全にイカですよね!(私はイカれてませんよ( ・Д・))


    もうね、『縄文人は「いか飯」食べてたんですよ!』


    具体的に比較してみましょう!




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    ↑森町のいかめしと、いか飯土器を比べてみたの図(credit: 「歩け、マヤ」/ Project D.)


    もうそっくりですよ!


    「いか飯」の化石かと思うくらいですね!



    これは間違いなく、縄文人は4000年前に「いか飯」食べてましたよ!




    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    さて、この出土品について紹介しますと、


    出土地点は北海道茅部郡、森町にある鷲ノ木遺跡です。

    ストーンサークルでも有名な遺跡です。



    遺物の年代は、縄文時代後期前半で今から約4000年前のものです。

    またこのいか飯土器は森町でしか出土していません。







    ではそもそも「いか飯」とは何か?


    烏賊飯(いかめし)は、イカの中にを入れて炊き上げた日本の料理。北海道渡島地方の郷土料理。

    函館本線森駅の駅弁調製業者だった阿部弁当店(現在のいかめし阿部商店)が、第二次世界大戦中の1941年(昭和16年)、戦時体制による食糧統制で米が不足していたため、当時豊漁だったスルメイカを用い、を節約しても満足感がある料理として考案した
    (wikiより転載)




    つまるところ、


    ①「いか飯」は20世紀に森町で作られたものなのです。

    ②でも4000年前に「いか飯土器」が森町で出土している。

    ③出土遺跡にはストーンサークルがある。



    ハイ、勘の良い方はもうおわかりでしょう。

    「いか飯土器」は『オーパーツ』なんですね!(繰り返します、私はイカれてません(゚∀゚)アヒャヒャ)



    つまり、「20世紀の森町に住んでいた、とある人物が極度の空腹状態で食べた『いか飯』のあまりの美味しさに超絶感動した結果、時空間に歪みが生じて4000年前の森町にタイムスリップしたのです。この時の痕跡が今、鷲ノ木遺跡のストーンサークルとして確認することができます。」


    「その人物はお腹を空かせた当時の縄文人を目の当たりにして、戦時下の極限の空腹時の自分と重ね合わせ、未来の食べ物である『いか飯』を伝授することにしたのです。」


    「『いか飯』は飢餓を救った偉大な存在として崇められ、唯一神として1個体だけ製作されました。この御神体が出土した「いか飯土器」です。その後、生活技術の発達に伴って食糧事情が改善され、「いか飯信仰」は忘れ去られてしまったのですヽ(TдT)ノ」




    ・・・・・・ちなみに当時の唯一神の名前は「イカメ神(いかめしん)」です。


    あるいは正式には「烏賊飯乃神旨過尊(いかめしのかみうまかと)」だということがチャネリングで分かっています。




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    3.「イカ飯土器」のモチーフがイカ飯であるかどうかの検討
    さて、当然ある批判としてぱっと次の項目が考えられます。


    ①米がないから作れない。

    ②縄文人もイカを食べており、これはイカを模したものである。



    まず一点目ですが、記録として残っている北海道における米作りの始まりは1692年です。



    少し遡って1604年には松前藩が蝦夷地の支配を強めていく頃ですが、米がとれないので「加賀百万石」みたいな石高で藩の経済力を示すことができませんでした。


    そのため「無高の藩」と呼ばれていました。

    このことからもやはりお米は縄文時代にはなかったことがはっきりと分かりますね。



    しかしながらですね、縄文時代後期にはアワ・キビ・ヒエ・ソバといった雑穀類の栽培が始まっていたようですから、当時の古代イカ飯は雑穀類を詰めたものだったと考えられるのです!(*・ω・)ノ



    2点目にイカ漁の開始時期ですが、イカ漁は本州で開始されて江戸時代中期に北海道に伝わったと言われています。


    つまり縄文時代後期ではイカを獲っていない可能性が高いです。

    もしイカを獲っていたとすると、その技術は残るはずですから。


    つまりこれはタイムスリップした森町人が未来に与える影響が少ないよう独りでイカ漁を密かに行ったと考えられます。





    また偶然に獲れたイカを模している可能性もありますが、「イカ飯土器」は胴部が膨らんでいますよね? これは雑穀を中に詰めた様子を表現しているのです。


    説明しましょう!


    上に挙げたイカの種類ではケンサキイカとかカギイカが、元々でっぷりとした体形をしていますが、これらは北海道では捕れません。


    現在北海道南部で捕っているのはスルメイカ、ヤリイカといった細長い形のイカなのです。


    つまり偶然にイカが捕れても、形態が異なるのです。




    それでも偶然に獲れたイカを一部強調した作ったんだと言う方もいるかも知れません。


    先に挙げた同時代の土偶(ハート形土偶)では、人間はかなり各部を強調されて作られており、あまり写実的ではないことが分かります。


    他にも遮光器土偶とか色々ありますけどどれもあまり写実的ではありません・








    でも動物を模した場合はこのように写実的なのです。


    つまり、偶然に獲れたイカを模して作ったとしたら、強調した形態にはならないのです。


    よってやはり「いか飯土器」はイカの中に雑穀米を詰めた古代の「いか飯」である蓋然性が高いのです!ヾ(´ω`=´ω`)ノ




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    4.おわりに ~「鐸形土製品」としての「イカ形土製品」に対する実際の評価~
    無駄に長くなりましたが、最後に実際の考古学的評価のお話をして締めたいと思います。


    上に挙げましたように、実際には「イカ形土製品」は「鐸形(たくがた)土製品」の内の一つになります。


    この「鐸形土製品」は縄文時代後期前半に北海道南部から東北地方で造られた祭祀・儀礼の道具です。


    イカ形土製品というのは鐸形土製品を特殊化したものであり、頭部が三角形で他の鐸形土製品よりも大きく際だっています。


    写真を見ると、どれも丸みを帯びた卵型ですよね。これがイカの胴体部分になります。

    左の2点を見ると上部にくびれを持った後に、方形ないし三角形状に展開しています。


    まぁつまるところ、この「鐸形土製品」の上部が三角形に発達したバリエーションが、現代の私たちには「イカ」のように見えるってことなのですね( -д-)ノ




    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    あとですね、前半に述べた「いか飯土器」と呼び続けた理由は、本来の「イカ形土製品」という言葉を使ってしまうことによる弊害を避けたのです。


    万が一私の「唯一神イカメシン信仰論」がですね、何らかの理由で一部抜粋されて拡散された時に、「いか飯土器」と使っていれば、見る人が見れば分かるかなというのもありますし、


    まぁ端的には、『私の中でのフィクションとノンフィクションの境を、使用する呼称によって明確に分離した』ということです(*・ω・)ノ


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    ↑やっぱりこれ、「いか飯」だな.。゚+.(・∀・)゚+.゚(credit: 「歩け、マヤ」/ Project D.)


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    ・・・・・・いや~、ほんとに楽しかったです!

    書きながら、イカれてんな~(゚∀゚)アヒャヒャって、何度も笑いました。


    読んで頂いた皆様もそれなりに楽しめたのではないかなと期待しております(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!




    さて、オカルトや疑似科学が何故根強く存在するのかを扱うのは社会学や心理学の領域でしょうか。


    「急速に発達した科学に対する内在する不安・不信感が表出している」という説明や、

    「誰にも受け入れられない不思議な自己体験を肯定してくれるカルト的存在」という説明も目にしたことがあります。



    しかしながら実際にやってみると面白かったので、

    考古学にも通じる「考えることの楽しさ」、あるいは「自身の考えを発表し受入れらる喜び」をより身近に体験できる分野なのかなと、私は感じましたね。


    特に後者のような性質があるのであれば、歴史小説家と異なり「フィクション」であると明記・明言しない理由も分かります。

    別段、オカルトや疑似科学をお勧めしているわけではありませんが、「考えることの楽しさ」を知るきっかけになればいいな~なんて思います(。・ω・)ノ゙

    ↓『いか飯』食べたくなった人はぽちっとな!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ↓

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    2019ねん 1がつ 31にち(もくよーび、晴れ)

    最近よく眠れてる。

    夢もさほど見ないというかすぐ忘れる!

    でも昼間眠い!( ・Д・)


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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    今回紹介する考古学・歴史ニュースは「フィンランド、バルト海で最古のビールの痕跡が見つかったよ!」というものです!


    北欧フィンランドオーランド諸島沖合いで発見された沈没船から世界最古とされる1800年代のシャンパンが見つかったそうです。

    それが上に挙げた写真ですね。


    1800年代ということで、これまで紹介してきた紀元前の話からすると、すごく最近の話じゃないかと思われるかも知れません。


    何が凄いかというと、写真をよく見てください。


    栓がされたままです。


    つまり中身が保存されているのです。


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    ↓『お酒の考古学』のバックナンバーです(*・ω・)ノ
    ↑~イラク編~にミスがあったので一部修正を行い、また別のデータを追記として加えました!ヾ(´ω`=´ω`)ノ



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    ↑これが沈没船、私にはヘリコプターの残骸のように見える( -д-)ノ(「oceana」の記事内画像より転載;credit: AFP BB News)



    そして更に調査を進めると同じ沈没船の別の箱から世界最古と見られるビールが発見されたそうです。

    何故ビールと分かったかというと、引き揚げ中に水圧の変化で割れてしまったボトルからシャンパンとは異なる褐色の液体が出てきたことでビールと判明しました。


    割れちゃったのですね。悲しい、もったいない(´・ω・`)


    でも全部じゃないようです。生き残りがこれ↓↓↓



    液体の状態で飲用可能と思われるそうで、そのようなビールとしては世界最古なのです。


    バルト海の冷たい水の中で200年間キンキンに冷やされ続けてきたビール・・・ほんとに飲める?Σ(・ω・ノ)ノ




    先に述べた世界最古のシャンパンはオークションで売られたそうです。


    シャンパンは実際に飲める状態だったそうですよ!



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    ↑引き上げられたビールのボトル①(「ねとらぼ」の記事内画像より転載)




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    ↑引き上げられたビールのボトル②、気圧差で栓が抜けないように止めていると思われる(「IRORIO」の記事内画像より転載;credit: Augusto Mendes, Ålands Landskapsregering)


    ちなみに最古のビールの方は内部を確認したところ、なんとバクテリアが生きていたそうです!

    フィンランドの研究施設VTTが成分を分析して突き止めた原料からオリジナルレシピを作成して、地ビール醸造所スタルハーゲンと協力して200年前のビールの復刻版として販売しているそうです!


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    培養したバクテリアを用いて発酵させたのかな?

    買えるようだから、探して飲んでみたいですね!

    フィンランドのビールということですが、探して見つけたら追記しますね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

    ↓楽しめる古代(?)のビール!いいね!(・∀・)↓

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    2019ねん 1がつ 30にち(すいよーび、晴れ)

    頑張って夜食の誘惑に打ち勝った!

    2日目の徹夜の結果、体重が落ちた!

    昼は好きなもの食べる!夜は炭水化物抜く!

    これが私のダイエット方法である。

    ・・・・・・ビールはおやつに入りません( ・Д・)



    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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    今回紹介する考古学・歴史ニュースは「中国で最古のビールの痕跡が見つかったよ!」というものです!


    個人的には中国のビールってよく知らないので、

    ……青島(チンタオ)ビールくらいかな?


    なので、現在の中国のビール生産の歴史を概観してから、今回の考古学ニュースに入っていきたいと思います(*・ω・)ノ




    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    ↓『お酒の考古学』のバックナンバーです(*・ω・)ノ
    ↑~イラク編~にミスがあったので一部修正を行い、また別のデータを追記として加えました!ヾ(´ω`=´ω`)ノ

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    中国のお酒は多数種類があますが、大きく分けると 黄酒、白酒、果酒の3種があります。これが基本となる3種のお酒です。

    これに加えて、強精補と酒薬味酒があります。



    強精補酒(チャンチンプーチュウ)は、 白酒・黄酒・果酒に動物や昆虫、人参などを浸漬した混成酒です。

    薬味酒(ヤオウェイチュウ)は、白酒・黄酒・果酒に香味付けした混成酒です。



    基本となるお酒の一つ、黄酒(ホワンチュウ)は穀物を麹(こうじ)で糖化して醸造する酒のことです。

    黄酒に分類される有名なお酒には紹興酒(しょうこうしゅ)や老酒(ラオチュウ)があります。

    日本でも紹興酒はひとつのお酒として飲み放題プランに含まれていたりしますが、本場では製法により紹興酒は4種に分類できるそうです。



    白酒(パイチュウ)は穀物を原料とする蒸留酒です。

    日本では聞いたことないですけど(私だけ?)茅台(マオタイ)や汾酒(フェンチュウ)がこの白酒の代表的お酒だそうで、宴席で行う乾杯に用いられるそうです。


    最後の果酒( クアチュウ)はブドウ以外の果実から造る甘口のお酒です。

    白葡萄酒に金木犀の花を浸して作った香りのよいお酒「桂花陳酒」は楊貴妃が自分のために作らせたという伝説があるそうです。




    さて何故ここで中国のお酒の紹介をしたかというと、中国産の伝統的なお酒にビールが含まれていないということを言いたかったのです( -д-)ノ


    ということでここからようやくビールの話になりますが、中国で最初のビール会社の製品は『ハルビンビール』です(一つ前の写真を参照)。


    黒竜江省のハルビン市に造られた工場とその製品なのでハルビンビールです。

    サッポロビールみたいなものでしょうか、由来は地名ということです(*・ω・)ノ



    このハルビンビールの会社は1900年にロシア人が設立した中国最古のビール会社です。


    1937年には大日本麦酒(現在のサッポロビール、アサヒビール、エビズビールの前身)も関係してビールの生産が行われていました。



    一方で上に挙げた写真の青島(チンタオ)ビールは日本でも有名ですね。

    現在中国で消費率1位なのだそうです。


    山東省の青島市に造られたためにこれも地名から青島ビールと名付けられており、この会社は1903年にドイツ人の投資家によって設立されました。

    名前は「ゲルマンビール会社 青島株式会社」!

    思いっきりドイツビールなんですね。


    第一次世界大戦後には大日本麦酒が青島ビールの経営を行い、第二次世界大戦の日本の敗北によって中国経営になります。



    まぁつまるところ、近現代史においては中国におけるビール生産はロシア・ドイツ・日本の影響下で始まり、成長したという歴史を有しています。


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    さて、そのようなお酒とビールの歴史を有する中国ですが、中国で最古のビールが醸造された証拠が発見されたそうです。


    場所は陝西省西安市の米家崖(ミーチアヤー)遺跡にて5000年前にビールの醸造が行われていた痕跡として発表されています。

    これは中国における最古の酒造りの証拠であり、古代中国人が5000年前よりビールを飲み始めた可能性があることを意味するそうです。




    米家崖遺跡にある2つの貯蔵穴と思われる遺構から、酒造りに使われた器物(上に挙げた茶飲みみたいな土器;サイズ不明)が出土しました。


    土器の帰属年代は紀元前3400-2900年で、内部の残留物の科学分析によりビール醸造に関する証拠としてキビやオオムギ、ハトムギ、塊茎(かいけい)植物を発酵させた成分が検出されたそうです。


    今回検出されたオオムギは中国における最古のオオムギの痕跡であり、西洋由来のオオムギと中国由来のキビ、ハトムギ、塊茎作物を使ったビール製法は、中国と西洋の伝統的な要素が融合していると評価しています。


    この研究成果により、これまでオオムギが中国に渡ったと思われる時期を1000年早める可能性があり、またオオムギは当初ビールの原料として利用された後に一般的な農作物になったと推測されるとのことです。


    またこの米家崖遺跡からは上に挙げたようなビールの醸造に使われたと思われる『ろ過や保存用の道具』が見つかっていることからも、この時期・この地域においてビール作り(あるいはアルコール作り)が行われていた蓋然性が高いと評価しています。



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    やはりこれまでに紹介した他の事例と同様に、最古のビールの再現が行わたようです。


    分析結果からは、太古の中国人は主にキビ・アワや大麦などの穀物や、アジア原産のイネ科植物であるジュズダマ、ヤマモモやユリ根が含まれていることが判明しましたが、正確なレシピは不明です。



    再現実験では、麦・アワ・大麦種子を材料として用いられました。

    穀物類を水洗いすることで発芽させるという「麦芽製造」を行い、発芽した穀物と砕いた大麦種子を水に浸し、それをオーブンに入れて、65度で1時間加熱し「糖化」を促します。その後容器をラップで密封し、室温で1週間発酵させたそうです。


     
    最古のビールの味は発酵した穀物の酸味と塊茎作物の甘みがあったと推測されていました。

    実際に「再現された5000年前の中国最古のビール」も酸っぱい匂いが強いものの、味わいは現代の苦みの効いたビールよりも甘くてフルーティーだったそうです




    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    さて、世の中には世界のビールを揃えたダイニングバーとありますよね。

    世界中の各種の最古のビール(再現)とワイルドな食べ物(マンガ肉?)を揃えたダイニングバーなんてどうですか?

    開いたら、来てくれますか!!?( ・Д・)


    ……あ、個人で作ったお酒を販売したら違法かヽ(TдT)ノ

    どこかのビール会社とコラボせねば!(/TДT)/

    ↓ビールは美味しいよね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

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    2019ねん 1がつ 29にち(かよーび、晴れ)

    ダイエットと激務の両立は難しい!

    見事にリバウンドした!( ・Д・)


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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    今回紹介する考古学・歴史ニュースは「エジプトで最古のビールの痕跡が見つかったよ!」というものです!


    というか、色々見つかり過ぎてます!

    さすがエジプト!(羨ましい( -д-)ノ)



    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    ↓『お酒の考古学』のバックナンバーです(*・ω・)ノ
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    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・








    今回の発見はエジプト南部に位置するテル・エル・ファルカ(Tell el Farkha)が舞台となります。


    この地域はエジプト南部で唯一のビール生産施設が発見された場所です。



    見つかったのは、ビール醸造施設の基礎部分、ナイフ・土器・まな板といった各種の道具類、ヒトのミイラ、スルーギの骨、ビール作りの様子を表現した土製ミニチュアなどです。


    一部の出土品や遺構の様子をさくっと紹介しますね!(*・ω・)ノ


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    arukemaya_0003








    上に挙げた土製のミニチュアが凄い遺物ですね。

    共伴して出土した赤い色の土器とは少々形態が異なりますが、左側で2人の人物が土器の中に手を入れて何やら混ぜ混ぜしてますね。

    右側では栓のされたボトルが並んでいますが、ビールの瓶詰の作業を行っているのでしょうか(*^・ェ・)ノ



    他の事例でも、こういった日常的な作業などの様子を表現したミニチュアはいくつか出土しているようです。

    古代エジプトって本当に色々残ってて凄いな~って思います( -д-)ノ



    さて、もうひとつ今回検出された特別な発見はスルーギの骨です!


    スルーギとは何かと言うと、「イヌ」だそうです。

    モロッコ原産のサイトハウンド犬種であり、アラビアン・グレイハウンドとも呼ばれるそうです。


    約2000~3000年前から存在していた犬種で、狩猟に使われていたのだとか。


    原産地の特定は出来ているものの、その後の現在までの過程についてはよく分かっていないそうです。








    さて、古代エジプト人はオシリス神が彼らにビールを作る知識を与えたと信じていたので、ビールは宗教に関連する飲料でした。

    そのため古代エジプト人は神へビールを捧げる祭りを催しており、それは「酔いの祭り」と呼ばれていたそうです。



    しかしビールは宗教儀礼にのみ関わる特別な飲み物ではなく、2歳程度の子供でさえも飲んでいるくらいビールは古代エジプト人にとって毎日の食事の一部でした。


    恐らく一日を通して食事として飲まれたであろう古代エジプトビールは、現在の嗜好品としてのビールよりも低いアルコール含有量であったと推測されます。

    古代エジプトビールは高い栄養価を持ち、非常に甘いものだったようです。







    イラク編でも書きましたが、古代エジプトでもビールは労働の対価として用いられました。

    碑文資料において古代エジプトにおける肉体労働者が毎日の給料の一部としてビールを飲んでいたという証拠があるそうです。


    またビールは薬としても使われ、胃の病気、咳、便秘を治療する効果があると考えられていました。

    時期は新しくなりますがドイツなどのヨーロッパでは退院時の強壮剤としてビールやアルコール飲料が用いられた事例があります。


    病は気からとも言いますし、飲んで元気になれるのかも知れません……病み上がりに無理するなという意見もありそうですが( ・Д・)

    古代エジプトの碑文からは原料としてビールを使う100以上の薬用レシピが発見されているそうです。



    古代エジプトビールの製造プロセスの一部は何世紀にもわたって比較的同じままでいたようですが、レシピはいくらか変化していることが確認されています。


    古代エジプトではホップを発見していなかったそうで、調理したパンを水に浸してから加熱して瓶に入れて発酵させることによってビールを製造していたと考えられています。




    このような穀物を水中で発酵させるプロセスは非常に簡単なので、穀物を栽培し始めた世界中の異なる文化によって別々にその技術が発見された可能性があります。

    そのためビールは多くの文化によって長い歴史を通して楽しまれてきたのです(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!



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    古代エジプトのビールは度数が弱いと書きましたが、実際には様々な種類のビールがありました。

    もちろんアルコール度数のより強いビールもありましたが、特別な機会に飲まれたようで、日常的なものではなかったようです。



    他の古代エジプトビールのレシピには、加熱瓶で発酵させるために残った発酵小麦と大麦が含まれているものがありました。

    古代エジプト人は、ビールに香りに甘さと深みを加えるためにハーブを加えたり、醸造期間を延ばしたりと工夫していたようです。



    しかしながらビールが多種あれど、階層ごとに飲めるものが決まっていたようですヽ(TдT)ノ

    当然ファラオなど王族には最高のビールが提供されていましたが、一般の人は自宅で作っていたようです。



    古代エジプト社会がより大きくそしてより複雑になるにつれて、ビールの醸造は女性によって家庭で行われる日常的な活動から、男性によって行われるより大規模な専業的生産へと変化しました。


    最初に書いたようにビールは古代エジプトにとって宗教に関わる儀礼品の性格をも有していましたから、裕福な人々のための埋葬品の一部として扱われていました。


    例えば、あの有名なツタンカーメンの墓では『ミードに似た蜂蜜ビール』を含んだ水差しが副葬されていました。


    ・・・・・・蜂蜜ビール、、、さすがファラオ、美味しそうだね!!!( ・Д・)



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    ちなみに先に述べたビールを神に捧げる「酔いの祭り」の際に提供されるビールの品質は日常的なビールよりも高かったそうです。


    またその神聖な祭りが成功したかどうかは、「酔いの祭り」が終わった時にどれだけのビールが消費されたか、そして出席者がどれほど酔っていたかによって判断できたと言われています。



    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    私も個人的に古代のビールを再現して「酔いの祭り」したいな!


    てか、日本のお祭りのビールは品質変わらんし、量少ないし、そこまで冷たくないし、何より高い!

    古代エジプトを見習って欲しいものだよ!( ・Д・)

    ↓ビールは美味しいよね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

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    2019ねん 1がつ 28にち(げつよーび、雪)

    散歩するだけでもいい運動になるかも知れない。

    というより、普段があまりに運動不足なのだ( ・Д・)

    気分転換にもなるし、てくてく歩くことにする!(*・ω・)ノ


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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    今回紹介する考古学・歴史ニュースは「イラクで最古のビールの痕跡が見つかったよ!」というものです!


    遥か以前、お酒について記事にしました。


    ↓メソアメリカ地域における古代~現代のお酒のお話


    昔過ぎるので、読み返してみると、現在と記事の書き方が違うんですよね……

    可能な範囲で加筆・修正しておきました( -д-)ノ


    (今のスタイルは最近変えたばかりのものなので、直さなきゃならない記事が100記事くらいあるだろうな~ヽ(TдT)ノ)



    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    さて、『最古』って言葉が一般的にはとても重要で、これがあるかないかでニュースになるかどうかを左右すると思います。


    だから『最古』にこだわる人(研究者すら)も出てくるわけですが、『ビール』も世界的にファンが多いようで、調べると『最古のビール』ってたくさん出てくるんですよ


    (おかしい話ですが(TДT)……様々な基準で最古なのだと思います)


    というわけで、「最古のビールシリーズ」として色々紹介していきたいなと思っております!ヾ(´ω`=´ω`)ノ


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    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    今回紹介するのは「イラク編」ということで、2500年前の古代メソポタミアやバビロニア帝国の時代に遡るイラクの遺跡でビールの痕跡が検出されました。

     
    出土したのは土器3点で、上に挙げた状況で確認されました。


    共伴する遺物として「発酵飲料」を示すと考えられる回転式スタンプが出土したため(共伴していませんでした。これは最古のビールに関する描写で紀元前4000年のものです( -д-)ノ)



    「ガスクロマトグラフィ」という科学的手法を用いて出土土器の分析を行いました。


    結果として、出土した土器の中から古代のビールに含まれていたと考えられる大麦の残留物と発酵の痕跡を検出することができたということです。



    これまで同地域では4000年前のメソポタミアの醸造所の址といった、ビールの存在を示唆する間接的な証拠としての遺構・遺物が見つかっていました。



    しかし今回の「発酵した大麦の化合物」は決定的な痕跡の発見であり、ビールの存在を示す「最古の直接証拠」として重要視されています。



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    ↑回転式のスタンプ。粘土板に押し付けると文様が分かる。壺からストローで何か飲んでる!(「COSMOS」の記事内画像より転載;英文; credit: Courtesy of the Oriental Institute of the University of Chicago)



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    ↑分析対象となった土器、それぞれ先の写真のどこにあるか分かりますか?(・∀・)つ(「Dayly Sabah History」の記事内画像より転載;英文)




    中世ドイツではビールは「液体状のパン」とか「飲むパン」と呼ばれ、栄養価の高い特別な飲料物として重宝されていました。



    古代より主食のパンは肉体を、赤ワインは血液を象徴する事例は多く見受けられます。マヤでも主食のトウモロコシから人間が作られていますからね。

      

    つまり普遍的に主食となる作物は肉体を構成ないし維持する上で重要なものとして捉えられたのですね、例え液体になってもね!( -д-)ノ




    ・・・・・・まぁ昔からこの手の発見には『付き物』だと思いますが、研究者らは今回検出された残留物の分析結果に一致するビールの醸造を行おうとしています




    厳密に古代のビールの味が本来どうであったかは不明なのでいくらでも調整利くし、味がどうあれみんな興味本位で買いますよね。

    味がそれなりに良ければ地元の人たちには受け入れられそうだし、観光客にもウケるでしょう!



    なんでもお金の話にするのは良くないけどね、いいな~、イラク!( -д-)ノ(←心の声がダダ洩れる)

    マヤ文明にも古代のビールあれば、作って売れるのに!!!( ・Д・)





    【追記;2019.1.29】
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    上に述べたピンク文字部が修正箇所です。メソポタミアにおけるビールに関する最古の描写が6000年前(紀元前4000年)の回転式スタンプなのです( -д-)ノ

    共伴してなかったですし、ごめんなさい(m´・ω・`)m ゴメン…

    うかつに一般の記事の記述を信じてしまいましたが、帰属時期が全然違うということに気付きました( -д-)ノ



    さて、上に挙げたのが楔形文字で古代のビールの配分(レシピ)を記録した粘土板です。

    紀元前3100-3000年頃のものと推定されています。


    シュメール人社会ではビールは中心的な役割を果たしており、ビールという言葉は宗教、医学、神話に関連した多くの文脈で見られることが分かっています。

    というのもメソポタミアでは多数の粘土板が見つかっています。調査初期に粘土板の図書館が発見されてます。



    その記述によればメソポタミアの労働者に対する賃金がビールで支払われることもあったとのことです。

    ちなみに労働の対価をお酒で支払うという行為は古代エジプトや古代ギリシアでも行われていました。




    さて、この粘土板は『醸造、繁殖および収穫の女神であるニンカシ(Ninkasi)』に捧げられた詩の一部であり、そこに古代ビールのレシピが書かれていたのです。


    さて、先に紹介した古代ビールの他の事例として、このレシピを用いた完全な古代シュメールビール』の再現が行われたそうです。



    この古代シュメールビールの再現は販売目的ではないため、非常に強いこだわりをもって作られました。

    材料としてレシピにあるコリアンダー、カルダモン、イチジク、デーツ、ザクロなどの古代シュメール人が使用していた食材を使用するだけでなく、イラクで発掘された遺物を模した木のスプーンと粘土の容器のみを使用して同じプロセスに従うことを目指しました。



    そのために現代ではあり得ませんが、醸造所の屋根の上で大麦を麦芽化することを試験的に行って成功し、また活性酵母としてレンガのような「ビールパン」を使用しました。


    完成した古代シュメールビールは生きたバクテリアでいっぱいの暖かくてやや酸っぱいビールだったそうです( -д-)ノ




    ・・・・・・というか材料にイチジクとザクロ入ってるからフルーティなビールになりそうですよね!

    そしてビールにコリアンダー(パクチー)使うのか!!!

    シュメール人とは仲良くなれんかもね( ・Д・)

    ↓ビールは美味しいよね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

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    019ねん 1がつ 27にち(にちよーび、晴れ)

    久しぶりに「アナザーエデン」(スマホのゲーム)をやってみた。

    1人用王道RPGと銘打つだけあってレベル上げしなきゃならん。

    そんな折、リアルの私のレベル上げをしたいと思った、今日この頃( ・Д・)



    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースは、「福井洞窟遺跡の魅力を届ける博物館ができるよ!」ってお話です。


    長崎県ではなくて「佐世保市」では国内最多の31カ所の洞穴遺跡が見つかっています。「市」のレベルで物凄い数です!Σ(・ω・ノ)ノ

    中でも長崎県、佐世保市吉井町には国指定史跡である「福井洞窟」があります。



    旧石器時代から縄文時代にかけて人々が生活した痕跡が残る遺跡として知られ、狩猟道具の細石刃や、石鏃(せきぞく;石製矢尻の意)等の遺物が約7万点も出土しています。

    旧石器時代の洞窟遺跡として国内で初めて炉跡(焚火の痕跡)が検出されたことでも有名です。


    主にこの福井洞窟遺跡での出土品の展示や、遺跡の価値を解説するガイダンス機能を備えた複合施設を建設する予定で、年末(12月)までに完成するそうです。

    音声ガイダンス機能は2021年春からのスタートとなるそうです。


    この複合施設は何が複合化というと、吉井地区の公民館と市役所支所も併設する計画とのことで、約6億8千万円で建設するそうですΣヾ( ̄0 ̄;ノ



    お金かけてるだけあり、展示スペースは約600㎡で、目玉として実際の発掘現場から剥ぎ取った約6mの地層を設置するそうです。

    また出土した遺物の内、選抜された約500点の資料を展示し、検出された最古の炉跡等の複製品や当時の人々の暮らしを再現したジオラマを展示するそうです。


    近年の博物館によく見られますが、子どもが遺跡の発掘について勉強する体験室や、同博物館から福井洞窟までのルートや見どころを案内する情報コーナーも設置するそうです






    さて、福井洞窟遺跡は考古学史上でも非常に重要な遺跡になります。


    雪山とかで遭難した時(まぁ実際になかなか遭難しないのでドラマとかのシーンで)、洞窟を利用して一時的に避難したりすると思います。


    洞窟は屋根がありますからね、昔の人も天然の住居ないし、何等かの活動の場として利用していたのです。



    洞窟というのは天井が結構崩落してくるもので、そのため比較的に地層が発達しやすいのです。

    つまり考古学でいうところの層序を細かく認定しやすいので、細かな時間的な変化に関する情報を得やすい状況にあります。




    そのような洞窟遺跡のひとつである福井洞窟遺跡では、


    ①多数に分類された各層位から多種多様な細石核が出土し、日本全土で旧石器時代末期に流行した細石器の製造法の変遷が確認された。この福井洞窟遺跡の細石核を基準として、細石器の編年が可能となった。


    ②石器の石材としてサヌカイトの使用から黒曜石の使用へと変化する過程が分かった。


    最下層から出土したサヌカイト製の大型石器が炭素年代測定法によって31,900年以上前と推定された。


    ④最古の土器が出土した(発見当時)。この福井洞窟遺跡での発見まで土器は縄文時代草創期に属する土器資料が最古のものであり、日本で初めて発掘された旧石器時代の土器(旧石器時代の終わりが遡ることになった)である。この発見を契機として土器製作の歴史を遡る調査研究が盛んになった。


    ということが判明しました。

    そのため福井洞窟遺跡は日本考古学史上、数々の重要な契機を与えた大事な遺跡であるのですヾ(´ω`=´ω`)ノ



    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    新しい博物館となるととりあえず行きたくなりますけども、実は近年出土した遺物の保管場所に困り、廃棄する動きも出ていますヽ(TдT)ノ

    そのような現状を踏まえると、新設の博物館のような建物の地下に大きな所蔵施設を作って地域の資料の集成と保管をしてもらいたいな~とも思いますね( -д-)ノ

    ↓当サイトも目指せ、日本一(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

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    2019ねん 1がつ 25にち(きんよーび、雪)

    研究環境を整えたい。

    今の希望はただそれだけである( -д-)ノ


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    【目次】
    1. はじめに -文系/人文科学の区分が大好きな日本-
    2. お金かかるよ、考古学(特に海外!)
    3. 私が欲しい物とその金額と理由
    4. 学術系クラウドファンディングの現実(/TДT)/
    5. おわりに


    1.はじめに -文系/人文科学の区分が大好きな日本-
    今回は「クラウドファンディングと考古学」というテーマでお話したいと思います!


    IT化が進んだ現代社会では「人文科学なんて要らない!」なんて風潮もあり、何かと辛いニュースもちらほらと目にするようになりました。


    この前見たのは、「人文科学は今まで楽に研究してきたのだ!」というものです。


    『図書館』という巨大な組織に支えられて、「研究費なんて要らないレベルで研究できる最高の環境を整えられてきたのだ!」というのがその主たる主張でした。



    まぁ確かに一理ある!


    理系は研究史をさほど重要視しないって聞きますからね~。

    医学史は医者の卵が効率的に勉強する上で重要と唱えられてから、実際にそれをやってきたのは文系だしね!

    (そう考えると人文科学、役に立ってんじゃん!縁の下の力持ちだよ(/TДT)/



    確かに図書館の役割は人文科学系の学問にとっての重要度は高いし、図書館の維持に莫大なお金がかかっているのも理解する!


    だけど、何故に文系とか人文科学としてひとくくりにするの?(TДT)


    考古学はお金かかるよ!ヽ(TдT)ノ


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    2.お金かかるよ、考古学(特に海外!)
    今回はほんとどれだけお金かかるかを暴露したいなと思います( -д-)ノ


    研究を続けていると先輩、後輩が様々な理由で研究者の世界から離脱していくわけですね。

    まぁ基本的にはお金だと思います。専門で就職できても忙殺されて時間が取れないというのが実態のようですね。


    それでもやはり悲しいものです。寂しいものです・゚・(ノД`;)・゚・



    そんな大事なお金と時間の問題ですが、私のケースをご紹介します。


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    初めてマヤ文明の地に赴いたのが大学4年の春か夏でした。

    23の時だったな~(*・ω・)ノ


    私の大学の考古学研究室では4年は卒業論文に従事するために、3年までに卒業に必要な全単位(卒業論文を除く)を修得しておくことが暗黙の了解でした。

    だから3年の内に行きたかったんですけどね、参加するプロジェクトの事情によりタイミングが悪く、4年に持ち越しました。



    その先生に言われた航空券を買い、現地に行きました。


    往復24万円でした(ヒューストン経由、グアテマラ行き)。



    学生時代は塾講師のアルバイトをしてました。


    海外行くために夏季講習(?)とか一番忙しい時期にお休みもらってましたね。

    今思い返すと本当にありがたいことでした(〃・д・) -д-))ペコリン



    現在は某大学の某教授がホンジュラス、コパン遺跡で実施するプロジェクトに参加しましたが、参加費用を払う必要がありました。


    名目は「遺跡の保存・修復等のため」です。


    1000ドル(米ドル)、約12万円でした。



    滞在場所(ホームステイ先)も紹介してもらったところで、月6万円くらいだったかな~


    (何か思い出してるだけで涙ちょちょぎれるヽ(TдT)ノ、てか文体が崩れてきたw まぁいいか、今回くらい、思い出話だし( ・Д・))


    もちろん上に述べた額以外に、グアテマラからホンジュラスへの移動費、グアテマラ内での移動費(博物館見学)、ティカル遺跡への移動・入場・宿泊費と、全日程の食費がかかりました。



    けっこう高いのが海外旅行保険!

    期間長いと簡単に10万円超えるんですよ。なので慣れてきてから、入るの辞めました。大学には内緒ですw


    まぁトータル60万くらいかな~。まぁ10年パスポート取得にも16000円とかかかってましたね




    まぁ複数回慣れてなんだかんだ安く済ませられるようになっても毎年2回行って、80~100万円近くにはなってたように思います。


    慣れてくると滞在期間が延びるのでこんなもん。だって航空券高いからたくさん居た方がお得なので(´・ω・`)







    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    博士課程になり、日本学術振興会の特別研究員(DC2)に採用されていた時期の助成金が月20万円でした。


    税金が引かれるので、月16万円くらいです。


    グアテマラ、ティカル遺跡で調査を行っていたので、法律上共同ディレクターとして現地考古学者を雇用する必要があり、月1000ドル(手数料込で12万円超えた)でした。


    実際に2か月の発掘調査・ラボ作業を行うのに、許可等の書類処理の問題を含めて半年以上月12万円を払い続けました。



    実際の調査の間は、発掘作業員さんを2人雇って月5万円(1ヶ月)、二カ月分の車両レンタル&ガソリン代(15万円)かかりましたね。


    あとは発掘調査やラボ作業に必要な機材等を揃えるのにお金かかりましたね。トータル5万円くらいかな。

    けっこう色々借りたりして節約しました。無償で貸してくれてありがとう!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ

    特にトータルステーション!あれ、借りるとバカ高いから!( ・Д・)



    もちろん別途、私の渡航費、移動費、滞在費はかかります(この辺りは頂いた研究費でまかないました)。


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    以上、私が地球の裏側まで行って、調査する時の必要経費ですね。


    今まで自分で払った分だけでも500万円は超えてるのだろうか。

    まぁお金かかるんですよ!海外の考古学( ・Д・)


    ティカル遺跡はマヤ文明で最も有名な遺跡ですからね。ビッグネーム過ぎてまぁ多少はしゃーなし!( ・Д・)







    3.私が欲しい物とその金額と理由
    考古学はお金がかかるって話から急に飛びますけど、私が今欲しいのは「蛍光X線分析装置」です。ハンドヘルドタイプのやつですね。


    (どのような研究をこれまでしてきて、具体的に何故これが欲しいのかについては次回にします(*・ω・)ノ)



    これがいくらするかというと、定価で700万円超えるのです。


    最新の技術を使った研究をしたくても、これじゃあ若手用の研究費じゃ逆立ちしても足りない!

    ちなみに中古品だと250万円(税込み270万円)です。増税すると300万円かな( ・Д・)

    この分析装置は何ができるかというと、ざっくり言うと対象試料の化学組成が分かるのです。


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    最近は某先生のおかげかマヤ文明に関する概説書も増えてきましたが、その中で古代マヤ文明に関してこれまでに具体的に様々なことが分かっていることが記載されています。

    しかし考古学な研究成果の下積みがあるとは言え、現行のマヤ文明観の華々しい部分の多くは碑文研究成果によるものです。


    マヤの碑文は当時の経済に関する記述がほとんどないため、往時の経済の理解については考古学研究に期待されるわけですが、これが如何せん進んでいないのです!



    簡単に言うと、蛍光X線分析による土器の分析、つまり胎土分析によって数多ある『土器の出所』を判定し、土器経済(土器の生産と流通)について明らかにしたい!ってことです。



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    4.学術系クラウドファンディングの現実(/TДT)/
    ということで、今脳内にある研究をするために(分析装置を使った新しい方法論も考えてある!( ・´ー・`)ドヤァ)、流行りのクラウドファンディングもいいなと思ったわけです。


    『学術用』のクラウドファンディングのサービスも展開していて、今や外部研究費の獲得方法の一つとして確立しつつある状況と言えます。


    税金対策として活用できるならば更に発展しそうですが、まだ法整備の方が追い付いていないですね( -д-)ノ




    さて、クラウドファンディングで100万円以上とか1000万円集めたとか話を聞くわけですよ!


    で、実際に調べてみると、『学術用』のクラウドファンディングの相場は50万円程度だそうです。


    ただし達成率(会社による)は80%程度なので、科研費の採択率よりずっといいですね!


    まぁただ、私の目標額には遠く及ばない!( ・Д・)

    そして達成率が高いのは『寄付型』ではなく、『購入型』と呼ばれるもの。

    つまり何らかの対価を用意しなくてはなりません。


    世の中甘くないってことですねヽ(TдT)ノ



    5.おわりに
    と、いうことで、まぁなかなか現実は厳しいですけどね、何とかやっていくしかない!

    堅実に貯金して自分で買うかなとも……

    この基礎研究だけでもライフワークになるからね!(。・ω・)ノ゙


    次回クラウドファンディングや私の研究について詳しく紹介していこうと思います。

    どうかお付き合いくださいヾ(´ω`=´ω`)ノ

    ↓安心してください!ここをぽちっとしてもお金はかかりません(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

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    2019ねん 1がつ 25にち(きんよーび、雪)

    なんかずっと胃(?)が痛い。

    お酒かと思っていたが、

    どうやら何食べても飲んでも、直後は痛い。

    ということは肝臓ではなく、やはり胃がやられてるのだろう!( -д-)ノ


    ・・・・・・・・・・・・



    みなさん、こんにちは。「歩け、マヤ」管理人のだんごです。


    毎月初めに、「ブログ運営のリアルな経過報告」を記事にしてきましたが、2018年も終わり、2019年になったということで、「年次報告」もやっていこうと思い至り記事にしました。


    さらっと簡単に運営費と収入を提示して、「あ~こんなもんか~」って実感して頂けると幸いです(*・ω・)ノ


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    ということで、まずは運営費!


    ブログ運営は「副業の中でもローリスク」と言われています。



    まぁこれは単に初期投資が少ないから、に起因する評価でしょう!

    ブログを始めるに際して必要な経費は主に下記の通りです。


    【主な費用】
    • ドメイン取得料金
    • サーバー利用料金
    • パソコン購入費(及びその他の電子機器)
    • インターネット回線料金
    • 記事作成に関わるアプリケーション、ウェブサービスの購入・利用費用

    この内、パソコン関係は院生クラスなら皆大体持ってるかなと思います。


    考古学では図版等の資料もデジタル化が進んで長い年月が流れていますから、ないと何かと不便ですよね。

    ちなみに私の場合は専門上、海外に調査に出かけますから、ノートパソコンは必須です。

    となると、主に「研究者・大学院生への専門ブログ運営のススメ」として書いていることもあり、パソコンに関わる経費はブログ運営費から除外していいかなと思います( -д-)ノ



    私個人は記事作成に関して、有料のアプリやサイトは利用していませんので無料です!

    サーバーも「ライブドアブログ」を利用しているので無料です!ただしライブドアによる広告がオートで付きます。




    となると私の場合のブログ運営費は・・・・・・



    • ドメイン取得料金 = 1000円くらい/年
    • インターネット回線料金 = 5500円/月


    になります。




    【ドメイン料金について】
    使っているドメインは「お名前ドットコム」で、初年度(2018年)は960円くらいでした。税込みで1037円です!

    ちなみに今年2019年からは3年契約で3840円(税込4147円)です。


    1年あたり1383円くらいになります( -д-)ノ(小数点以下繰り上げています)





    【インターネット回線料金】
    契約しているのは「フレッツ光」で、電話回線も混ざってるので明細は不明ですが、おおよそ5500円/月なので、年間66000円です。


    契約会社や内容によってかなり差の出るところですね。調べたところ、年間48000円くらいの契約もあるようです。


    66000円は正直大きい額ですが、ブログ運営してもしなくても契約してますので、実質直接的な経費にはならないように思います( -д-)ノ




    2018年12月まで表
    ↑可愛い数字でしょ?カワ(・∀・)イイ!!


    【収入と2018年の収支】
    さて、上に挙げましたように2018年の3月から12月までのブログ運営によるグーグルアドセンス収入は1300円です!( ・Д・)


    もっと額がデカかったら自慢できるんですけどね。可愛い数字ですね(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!



    先ほどまで確認してきたように、私の場合は実質的にブログ運営のためだけに掛かっている経費はドメイン料金のみなのです。

    ということは、1037円/12ヶ月×10ヶ月(3~12月)= 865円です!


    つまり、10か月働いて435円の収益です!



    ・・・・・・まぁ当サイトの熱心な読者の方はお気付きですが、約一か月放置したこともあり、丸二か月放置したこともありで、そのような中でプラス収支であるわけです。

    ありがたいことです(´・∀・`)ノ


    今年からはドメイン料金が増加して1年あたり1383円となりますが、2018年と同様であればトントンといったところですね。

    月ごとの報告でもありますように、読者の方(UV数)も増加傾向にありますし、月間総PV数や収益も増加傾向にありますので、何とかなるのではないかなと思っております。

    とりあえずコンスタントに月1000円の収益目指して、まったりと頑張って行きたいです!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


    ・・・・・・あ、結論として、やはり他の副業に比べてブログ運営はコスト少ないですね。特にパソコン、ネット環境にある人にとっては!

    これから「ブログを始めようかな~」って方は参考にしてみてくださいヾ(´ω`=´ω`)ノ

    ↓Twitterのフォロワー数ももうそろ300達成!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

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    2019ねん 1がつ 21にち(げつよーび、晴れ)

    批判的な文章はやはり書いてて楽しくない!

    批判される方はもっと不快だろう( ・Д・)

    なるべく楽しくワクワクするような浪漫溢れる話題を提供したい。

    それが考古学や歴史の基本的な醍醐味だろう(。・ω・)ノ゙


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    さて、今回紹介する考古学・歴史ニュースは「ナスカにはバンド・オブ・ホールズと呼ばれる変わった穴ぼこ群があるよ!」ってことです。


    ナスカと言えば地上絵ですね!


    下に挙げておきましたが、コンドル、サル、ハチドリ、クモ、ヒトみたいな図像とか有名ですね。

    全部で700以上の地上絵があるそうで、近年も山形大学の調査団によって多くの新しい地上絵が発見されています。


    地上絵の大きさも様々ですが、およそ50~200mあるそうです。絵にしてはやはり大きいですね!




    というわけで、地上絵で有名なナスカですが、具体的な位置としては南米のペルーにあります。

    乾燥した盆地状の高原において、地表面の岩石・土砂類を取り除いて下部の異なる色調の層を露出させることで地上絵を描いています。


    こういった地上絵は、紀元前200年~西暦800年に栄えたナスカ文化によって製作されたと考えられています。


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    今回紹介するバンド・オブ・ホールズもペルーのナスカ高原に見られる遺構です。


    バンド・オブ・ホールズに関する報告は1933年、飛行士のロバート・シップピーがナショナルジオグラフィックで航空写真を発表したのが最初です。

    1955年には初期の調査がなされ、現在まで数度の発掘調査が行われており、様々なことが分かっていますが、何故か日本ではあまり知られていません( -д-)ノ



    最初に挙げた写真で分かるように、穴ぼこがたくさん列を成しているのが分かると思います。そのためスペイン語でMonte Sierpe(蛇の山)またはCerro Viruela(天然痘の丘)としても知られています。


    穴がこれだけ密集してると気持ち悪いですからね、「天然痘の丘」という名称も納得できます(´・ω・`)



    バンド・オブ・ホールズは正確にはナスカ高原のピスコ渓谷に見られます。穴は全部で約5,000〜6000程度あるそうで、それぞれの穴のサイズは人ひとりが入れるような規模です。

    具体的にはそれぞれの穴には隆起した縁があり、直径約1メートル、深さ50〜100 cmです。この穴が幅が14〜21メートル(平均幅は約19メートル)で列を成しています。


    このバンド・オブ・ホールズの列はピスコ渓谷の端から始まり、起伏のある地形上に南北方向に約1.5 kmも伸びているのです。







    このバンド・オブ・ホールズの目的については「墓坑説」や「貯蔵穴説」があります。

    上に挙げた写真だと浅く見えますけど、先ほど述べたように深さは最大で1m近くになります。


    1953年のフォン・ハーゲン(Victor Wolfgang von Hagen )、1984年のハイスロップ(John Hyslop)らの記述では、それぞれの穴は石で囲われているとのことです。

    写真で見ると一見、砂地を掘っただけに見えますけど、きちんとした石組みの構造を有しているんです。



    最新の調査研究による仮説は、これらの穴がインカ帝国時代(西暦1438-1533年)に造られた貯蔵穴群であるというものです。

    どうやらインカ帝国への貢ぎ物としての農作物を貯蔵したのではないかと考えられているようで、穴の内部から得たサンプルを基に、花粉や植物珪酸体(プラント・オパール)の検出によって証明しようと現在試みられています。



    ・・・・・・それにしても何故にこんなに密集体形なのでしょう?

    何故にこんなに長いのでしょう? 大きな貯蔵穴をいくつか作るのではダメだったのでしょうか・・・( ・Д・)


    詳しくは分かりませんが、乾燥気候ならではの独特の貯蔵方法なのかも知れませんね。

    どのような目的で造られたのか?貯蔵穴なら、何故こんなに長く多いのか?皆さんも考えてみては如何でしょうか?(*・ω・)ノ

    ↓巨大なモグラ叩きゲームの痕跡である説に一票!( -д-)ノ↓

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    2019ねん 1がつ 21にち

    心がすさんでいるのだろうか……

    今日の記事は心の問題のせいにしよう!( -д-)ノ


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    さて、今回の考古学・歴史ニュース(?)は「今何で密かに縄文文化が流行ってるのか?」です。


    ・・・・・・今回は批判的な内容になるのでご了承下さい。いつもある程度ふざけるようにしてるんですけどね。まぁ面白くなるように頑張ります( -д-)ノ


    というか、振り返ってみるとニュース記事以外はいつも批判的な内容を書いてますね(/TДT)/


    今回は考古学研究者を批判対象にしてるので緊張しますけど、まぁやけに多い縄文ブームが気になったので記事にしてみました。


    怒られるのが怖いので「なる早」で締めたいなと思っておりますヽ(TдT)ノ



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    最近やけに、縄文とか古墳ブームが一部で来てるな~と思うのです。

    展覧会もちらほらと催されていますし、それとは無関係に個人店やグループ、企業で古代文明関係のグッズもけっこう販売されています。


    まぁそういった流れは、考古学者として嬉しいことです。多くの一般の方に興味を持ってもらえる良い機会となるのですから。



    ・・・・・・他方で、私が気になるのは、「縄文時代は平和だった」、「縄文時代の人間関係は良かった」、「縄文時代の就労時間は一日4時間だった」とかそういうことを発信する人がいるってことですね。


    まぁ一般の人がそういうことを言ってもそこまで気にしないんですけど、科研費取ってる研究者がそういうこと言うのはどうなの?って思ってしまったわけです( -д-)ノ

    (ヤバイかな、この記事……何かあったら速攻消します( ・Д・))



    ほんとはリンクも貼ろうかと思いましたが、ロクに調べもせずにビール飲みながら書いてる程度で痛烈な批判をするのは宜しくないので、やめました(TДT)


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    さて、その研究の結論は要約すると以下のようになります。


    ①縄文の思想は優れている

    ②それは一部現代日本にも引き継がれており、特に海辺の人々においてである

    ③だから海辺の町では自殺率が低い

    ④その思想とは自由意志の尊重、他人に強制されない社会構造、売買ではなく贈与行為の尊重、平等な分配行為

    ⑤対する一般現代社会は、勤勉さ、克己心、忍耐強さを美徳とし、そのために自殺率が高い


    ・・・まぁ一言で批判すると、「これが考古学成果か?」ってことです。

    本人は考古学研究者であり、こう考えるには考古学的な根拠があると言っていますが、、、

    私の知っている考古学はそこまで個人の心に踏み込むことができないし、

    自殺した縄文人あるいは他の古代人の検出例を知らないし、

    該当する時期の総人口に対する古代人の自殺率も知りません。



    また人類学研究で現代日本における億万長者の多くが漁業関係者であることが分かっています。知り合いのホタテやらウニやら養殖やってる社長とか凄い稼いでますよ。


    でもめちゃくちゃ部下とか周りに奢るそうです。これは上に述べた贈与行為に相当しますけど、これって特別な地域で一部に見られる「互酬性」だと思います。


    たくさん財をなした人が狭いコミュニティでそれを溜め込むと問題が生じる。だから分配する。それによって立場を維持する。だからこれは決して平等な分配ではありません


    知人の漁業組合の人で船主も何も関係なく、平等に利益を分配するなんて話は聞いたことがないです。


    つまり海浜部で見られる互酬性と思しき『平等な贈与・分配行為』は人類社会に共通する構造的な問題であって、「縄文の思想」として特別に評価できるのでしょうか?


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    一方で、これはまた別の人ですけど、「縄文時代の勤労時間が4時間程度であるので素晴らしい!」みたない文章も意味が分かりません。


    民族例で現代においても狩猟採集民の基本的な労働時間は短いということが遥か昔から指摘されてますからね(*・ω・)ノ


    現代でも釣りだけやって生きてれば4時間で何とかなるかも知れませんよ。

    個人的に漁をすることは禁止ですけど、釣りはOKですからね。その分ハンデはありますけど。


    現代では土地の問題とか諸問題がありますけど、狩猟採集で生きていきたいなら、たぶんできますよ。禁猟期間という制限もありますけど、当時の人々も知恵として取り尽くさないようにしていたと考えられますから。


    「現代社会の労働時間は長い!おかしい!」って本気で思うなら、スマホもPCも捨てて狩猟採集してみなさいよと思います。そしてそういう文章を書く人に限って、ネット上に文章上げてがっつり稼いでるでしょ?って思いますヽ(TдT)ノ


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    まぁということで、不満をぶちまけてみました(・ε・)ムー


    何故、こういう「縄文回顧」的な言説が語られるのでしょうか?


    恐らくは現代社会人が抱える不満をぶちまけてるのでしょう。つまり現代社会と対比して縄文社会をターゲットとして利用し「理想社会」として描き上げ現代社会が抱える問題や矛盾へのアンチテーゼとして機能させているのでしょう。


    しかしながらあくまで我々は現代社会に生きています。そして縄文時代の暮らしは単純に労働時間の長さだけで計れるような「楽な暮らし」ではなかったでしょう。



    ……私も年を重ねるごとに、人々に新たな発見によるインパクトを与えたり、人々の知的欲求心を満たす以外に、考古学という研究分野いかにして現代社会により直接的に貢献できるかを考えるようになりました。


    今回紹介した2例は、確かに過去と現在を結んでいるかに見えます。でも果たしてこういう形が考古学が現代社会に貢献するってことなのでしょうか?

    ・・・・・・・非常に個人的意見ですが、私は違うと思うのです( -д-)ノ

    ↓やっぱり明るい内容がいいね(´・ω・`)↓

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