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歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

2020年03月

2020ねん 3がつ 15にち(どよーび、晴れ)

午後から夕方まで、半日使えば2記事書けるのね。

むしろ1本3時間ちかくかかってる???( ・Д・)


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今回の考古学・歴史ニュースは「九州最大の弥生時代のお墓が文化財労六されたけど、市長がぶっ壊したよ!」ってお話です(*・ω・)ノ


まぁちょっと語弊のある書き方してますけど(わざとですけど( -д-)ノ)、内容はざっとこんな感じです!

場所は福岡県、北九州市の城野遺跡です。

城野遺跡は付近の重留遺跡などの遺跡と本来一つの集合単位であり、弥生時代における当該地域の拠点的な一大集落だったと推定されています。

福岡県教育委員会は県文化財保護審議会の答申に基づき、この城野遺跡を県史跡に指定しました。


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城野遺跡の重要性

先に述べたように、この地域における一大集落だったわけですが他にも重要なポイントがあります。

①弥生時代終末期のものとされる方形周溝墓(東西約16メートル、南北約23メートル)が発見されていること

これは九州における弥生時代の最大級の埋葬遺構です。

②このお墓から2基の箱式石棺が出土したこと(上の画像を参照)

この地域の有力者に関係する人物が埋葬されたと考えられています。

おそらく有力者の子供二人が病気等の原因で若くして亡くなり、手厚く葬られたのだと推測されています。

石棺の内部は大量の朱(赤色塗料;血液や力の象徴として世界各地で用いられてきた)で充填されており、被葬者らが如何に大切に扱われていたが分かります。

③九州で2例目となる玉作り工房の跡が見つかったこと。

玉作りだけに限りませんが、工房の跡という遺構自体がとても貴重です。

それに加えて、管玉等の玉製品は「奢侈品(しゃしひん;高価な物!)」であるため、当時の共同体単位の社会組織が複雑化し国家へと至る過程や階層性の発達、所有の発生と発達、職能の多様化など多くの学術的テーマに関して非常に重要な発見です。

こうした点で城野遺跡は、かの有名な邪馬台国と同年代に帰属する「クニ」の実態を知る上で重要と評価されているのですヾ(´ω`=´ω`)ノ



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↑復元された埋葬儀礼の様子(「城野遺跡公園を実現する会」の記事内画像より転載)



だけど市長が遺跡を売り払ってぶっ壊したよ!


この城野遺跡の発掘調査と発見は2009年に行われたものなのです。

先に述べたように、城野遺跡と本来一つであったと考えられる重留遺跡は国の重要文化財に指定されている祭祀用の広形銅矛が出土した遺跡でもあります。

なので北九州市で初となる一大遺跡公園の実現が市民らによって望まれました。

また遺跡群の重要性から、日本考古学会からも遺跡保護の要請がありました。

しかしながら北九州市市長の『北橋健治は遺跡の土地を民間に売却』したのです。

城野遺跡の広大な範囲の内、工事によって東区域は全壊して全て失われました。

最大級のお墓を含む西区域もほぼ全壊状態で、おまけにお墓の一部まで壊しました。






悲惨なものですね( -д-)ノ

以下に挙げたのが、以前の大阪市における事例ですけど、これとは大違いですよ。

よくここまで壊せたなと(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?

文化財保護とか活用とか知らないんでしょうね。

調査実施等で文化財保護法自体はクリアしているから、その後売ろうが破壊しようが法律的に問題なし……法律家って悪用しか考えてないよね( ・Д・)

所謂「先進国」とは思えない行政による文化財破壊、恥ですね。

ヨーロッパとかこういうのに超敏感だから叩かれますね( -д-)ノ

まぁいつ終わるか分からぬ沼のような不況の日本だから、目先の利益に飛びつくのも分かるが・・・・・・

果たしてそれで良いのか???


↓金はかかるけど、これがこの先大事だと思うよ!(*^・ェ・)ノ

↑是非、見てみて!遺跡が出ても、こんな方法・取り組みがあるのです(*・ω・)ノ


特に海外で低学歴な人々を見て思うのは、未来を見通す力がなく、目先の欲に走る傾向にあるな~ってこと。

高学歴でも欲には勝てないか、、、高学歴だからこそ自己顕示欲の塊か、、、

まぁきっとこの北橋市長も民間業者もがっつり繋がってるよね……

世の中、金だね!( ・Д・)

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2020ねん 3がつ 15にち(どよーび、晴れ)

やぁみんな!盛大に愚痴って元気になったから少し真面目に書くよ!ハハッ!ヽ(TдT)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースは「カナダの考古学者が犬の散歩中にめちゃ古い遺物を発見したよ!」ってお話です(*・ω・)ノ



カムループスってどこ?


今回の発見があったのはカナダのカムループスです。

上に挙げた写真に見られるように、カナダというか世界的に絶景として有名な場所らしいです。

全然知りませんでしたが、確かに綺麗ですよね(*・ω・)ノ

(コーヒーのCMに出てきそう、知らんけど( -д-)ノ)




このカムループス、夏は最高気温が40度にもなり、最低気温は-37度を記録しているそうです。

この数値は特別暑い場所と、山頂のような特別寒いところを比較した数値ではなくて、、、

「カムループス空港」で記録した値だそうです。

とんでもない寒暖差のある地域ですねΣ(・ω・ノ)ノ

まぁでも基本的には過ごしやすいらしいですよ……


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散歩中に古い石槍を発見


カムループスの考古学者であるジョアンヌ・ハモンドは先日、愛犬と共にトンプソン川のほとりを散歩している際に、6000年~9,000年前の石槍を発見しました!Σ(・ω・ノ)ノ

彼女はこのカムループスのトムソン河北岸地域を考古学遺跡エリアとして登録・保存しようと活動しているそうです。

街の中心部から10km以内に256もの遺跡が点在しているそうで、散歩していると毎年1、2点の遺物を発見するそうです。

彼女の言う通り、未開発地域では踏査によって遺物を発見する確率は高いと思います。

しかし彼女は考古学者ですし、このエリアが大事!って主張したいこともあり、下向いて探しながら歩いてる感がありますね( -д-)ノ






さて、彼女が発見した槍先はこのカムループス地域で最も古い遺物の1つだそうですです。

彼女は、これまでの研究と炭素年代測定により、この槍先が使用された期間を推定したそうです。

この槍先はカムループス地域で独特の形態を有しており、当該地域では一般的に大きくて堅牢な形態をしているものは古い傾向があるそうです。

使用方法としては「アトラトル」、つまり「テコの原理を利用した投槍器」を使って槍の先端として投げたようです。

この地域では狩猟対象はヘラジカ、シカ、ヒツジなどの大型動物だったと推定しています。





このアトラトル、古代メキシコ、アステカでも使われていました!

というか、アトラトルってそもそもアステカの言語、ナワトル語です。

マヤでもテオティワカンとの接触後に使用されていたと考えられています。

一般的ではなかったようですけどね。

だってジャングル内だとより遠くに投げても樹にぶつかるだけやん?( ・Д・)





最後に……

このハモンドさんは、『このエリアでは簡単に遺物が拾えちゃうけど、考古学的価値(地点などの一次情報)が失われるからやめて!放っておいて!』と言ってるそうです。

ん? この記事見たら、みんな明日から下向いて散歩するやん!( ・Д・)



・・・・・・てか、型式分類で帰属時期を推定するのは良いとして、、、

表面採集なのに、どうやってカーボン・デイティング(炭素年代測定)したの???(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?

ってか9000年前の遺物が地表面でぽろぽろ拾えるって、既に一次情報怪しくない!?( ・Д・)

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2020ねん 3がつ 15にち(どよーび、晴れ)

やぁみんな!飛行機に乗り遅れた管理人だよ!ハハッ!ヽ(TдT)ノ


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今回の考古学・歴史ニュースは「グアテマラ、タカリク・アバフ遺跡でマヤ文字の原型みたいなのが見つかったよ!


でも最近の研究者って古いって言いたいだけで定義とかいい加減なやつばっかだね!( ・Д・)」ってお話です(*・ω・)ノ


不幸が3重に重なり、飛行機を逃した私は昼からお酒を飲みつつ仕事して心なしか荒ぶっております( -д-)ノ

……中庭のプール脇で仕事してるのですが、黒ビキニの綺麗なお姉さんが焼いてる姿に気付き、すさんだ心が少し癒された気がした今日この頃です( ・Д・)

しかしがら今回は愚痴たっぷり、口悪く書きますのでご容赦ください(゚д゚)、ペッ




タカリク・アバフ遺跡ってどこ? 何なの?

昔、こういう感じの地図をゼミで出したら、「これじゃどこか分からん!(゚皿゚メ)」ってよく指導教員に言われたものです……

メキシコ入ってるし分かるだろ!メキシコはUSAの南だ!!!

私の専門マヤだし、当然中米だよ!

他地域やったことねーだろ!

覚えろよ!ハゲ!(指導教員はハゲていない。むしろハゲろ(#`皿´) ムキーーーー!)


ってよく思ってましたね( -д-)ノ




……ブログタイトルとは異なり、実際にはけっこう専門分野を敢えて避けつつ(マヤ文明ばっかになっちゃうから)記事を書いてますけど、

「歩け、マヤ」の熱心な読者はもうこの『ユカタン半島』の地図は見慣れたと思うので、北アメリカを含んだ地図はいちいち提示しませんよ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


というわけで、タカリク・アバフ遺跡は、グアテマラ南西部、エル・アシンタルにある先コロンブス期の遺跡です(*・ω・)ノ


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最初に挙げた写真や上の2枚の写真のようにタカリク・アバフ遺跡は石碑や石彫がごろごろしている遺跡です。

かつて一度だけ行ったことがあります。

誰もいなくて、のんびりできます。

つまり観光整備がテキトーなので、どうしてもマイクロバスでの移動になるので行ったり帰ったりするのが怖いですけどね( ・Д・)




石彫は動物を象形したものが多く、どれも可愛げがあるので写真撮影にはもってこいですよ!(・∀・)つ

この遺跡はもともとアバフ・タカリクと呼ばれていて、日本の古い文献にもそのように記載されている事例があります。

最近と言っても15年くらいでしょうか、かなり前にタカリク・アバフになったんですよ。

植民地期以降のマヤ語に由来した名称なのですが、名詞と修飾語の語順が正しく直された(元々はスペイン語からキチェ語への変換だった;西語では名詞+形容詞)結果です。

この遺跡は『人頭像』で有名なメキシコ湾岸のオルメカ文明の系譜にあり、かつ後にマヤ文化へと変遷した興味深い遺跡なのです。




発見された石碑・マヤ文字(?)に関して



今回のこの遺跡で見つかった石碑は約2000年前の石碑です

古代マヤ文明で用いられた所謂「マヤ文字」の初期の文字が見つかったのです。

見つかった「石碑87」は2018年に発見されてはいたのですが、初期の文字であるため、古典期(CE250-900)における一般的に知られているマヤ文字とは異なります。

そのため発見後、解読が進められ、今回の発表へと至ったわけです( -д-)ノ

……なんかこの手の『最古』系のマヤ文字のやつ、タカリク・アバフ遺跡で聞いたことあるなと、デジャブ的に感じてたのですが、これが理由ですね!

ちなみに石碑の推定時期はCE100年頃のものと考えられているようです。




どうしても「古い!」と言いたい研究者できない研究者の叫び

この石碑の解読は全部終了したわけではありません。

しかしこの文字列の中には『支配者』の存在とその『称号』の証しが示されているそうです。

研究者にとってお金(助成金)獲ってくることが大事なのは身に染みて分かっていますが、「古い!」って言いたいだけの人多いと感じますね。

というか、『掘ったら何か出るのは当たり前』なのに、ひたすらただの強行なアピールを行う研究者が多いなって気がします。

『国家』、『文明』、『支配者』、どれも危険・地雷ワードですよ!

こんなニュースひとつで(それが事実ならば)現在の我々が有する古代マヤ文明観、ひっくり返りますよ。

でも彼らは深くは考えない。

それぞれの用語の定義を考えず、「ただの言葉」として使ってます。




考古学や人類学の難しさは、専門用語と一般的な用語が概ね同じ単語であることなんですよね。

つい先日Twitterで見かけましたが、「所謂、理系の専門用語は難しく、その内容が文字から推定できない」って。

でも「文系の用語は超簡単」って。

これ超有名な事例ですけど、じゃあ考古学で言う「文化」って、その文字・言葉から想像できるでしょうけど、その想像と実際の中身全然違うと思いますよ( ・Д・)

「文化」ならまだ可愛いけど、「国家」や「文明」はめちゃくちゃ難しい(と、少なくとも私はそう思う)。

ちゃんと定義を確認して、あるいは再定義して、私はこのように使うと明言して研究している人は世界でもあまりいないですね、少なくとも今生きている人では( -д-)ノ




結論とおわりに

朝起きてから16時間待ちで、ビールもしこたま入れてるのでこんな内容になりましたが、まぁたまにはいいでしょう!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

このニュースに関してはまだ国内ではあまり周知されておらず、確認できた記事も少なかったです。

でもどれも『マヤ文明初期の文字』って書いてますね。

マヤ文明って比較的有名ですからね。

タカリク・アバフ遺跡の古代文字って書いても誰も分からないですからね( -д-)ノ

その辺りは理解できるとは言え、、、




どこからが「マヤ文字」ですか?

どこからが「マヤ文明」ですか?

「文明」って何ですか?

「支配者」って具体的には何を意味しますか?

国家形成を考える上で最重要な問題なのに、誰も何も言わない。

皆、口を閉ざしたまま、陰で(懇親会や個々の集まりで)悪く言うだけ。

だって言ったら、誰しも容易く「古い事例だ!」って言えなくなるし、ガチ喧嘩だからね!( -д-)ノ

……確信犯やん( ・Д・)

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帰国し始める前に記事をもう一本書いておこうかと(*・ω・)ノ


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今回の考古学・歴史ニュースは「北海道、洞爺湖の湖底に謎の木が立ってるよ!」ってお話です(*・ω・)ノ


何故、今、湖底の大木がニュースなのか?

考古学ではないけれど、大地の歴史ということで( -д-)ノ

また、知り合いがジオパーク関連で働いているので応援も兼ねまして、、、

この話題は特別新しくはなく、地元の人は昔から知ってるらしいですね。

まぁ札幌民の私は全然知りませんでした。

資料調査で何度も洞爺湖の周りを車で走りましたけど当然噂を聞くことも直接目にする機会もないわけで、まぁ多くの人にとってはニュースということです(*^・ェ・)ノ

どうやら調査としてしっかりと確認されたのは2009年頃のようです。




その上で何で今更なのかというと、洞爺湖有珠山ジオパークとして頑張ってるからですね。

このジオパークは洞爺湖及び有珠山を中心とし、伊達市、豊浦町、壮瞥町、洞爺湖町に広がるもので、2009年にユネスコに認定されました。

ちょうどその時の調査でこの湖底に佇む大木の状態が確認されたわけです。

20~50年周期で噴火を繰り返す有珠山に対して防災のために火山マイスター制度を導入したりと頑張っているので、今一度注目して欲しい!という意味合いで、この湖底の大木が地元の新聞記事に掲載されたわけです。






大木は何故、水深30mの湖底に立っているのか?

上に挙げた図はジオパークの公式サイトからの転載ですが、絵面が可愛いので採用しました(*・ω・)ノ

この図では有珠山の山体崩壊のことを説明しているので、海側に流れ込んでいます。

何度も噴火している有珠山の一部は、同じように湖側にも土砂として流れ込んでいるのです。

今回の記事にある高さ10mの大木はこうした火山活動の一部として土砂とともにスライドするような形で湖底まで運ばれたのです。

なので湖底には他にもこのような樹々が見つかっています。

ただ少なくとも100年も経過した中で直立しているのはこの大木のみです。

大きいのでよっぽど根がしっかりしているのでしょうね!(*^・ェ・)ノ




おわりに

ジオパークでは今後しっかりとした調査を行い、いつ、どれくらいの規模でどのようなことが起きたのかを明らかにしていくようです。

万人にとって特別新しいニュースではありませんでしたが、、

どんなところにでも歴史はあり、現在のどんなことにもそれなりの理由があるのだなと感じて頂ければ幸いです。

過去と現在は繋がっていて、決して無関係ではないのですから(*・ω・)ノ レキシ,ダイジ!

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渡航開始前の最終日……のんびりできない( ・Д・)


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今回の考古学・歴史ニュースは「エジプト文明はねこを盾にされて戦争に負けたよ!」ってお話です(*・ω・)ノ


ネコ大好き、古代エジプト人

前回ティカル遺跡に現れたジャガーの子供のニュースがありましたが、ライオンやらトラやらネコ科動物はたくさんいます。

その中でも私たちがペットにしているのはイエネコ(Felis silvestris catus)です。

このイエネコの祖先がヤマネコなわけですが、西アジアのリビアヤマネコを起源とすると考えられています。

ネコとの共生の歴史はより古いのですが、家畜化されたのは
約3700年前のエジプトと推定されています。

古代エジプト人は穀物をネズミの害などから守るためにネコを利用し、やがて家畜化したのです。


この辺りの流れは他の地域と変わりありません。


しかし古代エジプトでは家畜化開始期であるおよそ紀元前2000年前頃から、ペットとしてだけではなく、ネコを崇拝し、信仰の対象としても扱っていきます。





上に挙げたのは「神々の記」で描かれるネコの神様、バステトです。

以前にも「神々の記」は紹介したことありました↓↓↓


 





上のリンクが『神々の記』関連で、下のリンクは「バステト神」を祭る神殿からライオンとか猫のミイラが出たよ!ってお話です。

下のリンクでバステト神について語ってますので今回は割愛させて頂きますが、つまるところ、古代エジプト人はネコを神格化してしまうほど、ネコ好きだったのです(*^・ェ・)ノ


非道なる所業、許すまじ、カンビュセス2世( ・Д・)

今回のメインテーマは、「ねこを盾にされたので戦争に負けちゃったよ」ってことなのですが、実際のお話なのです( ・Д・)

BCE525年のペルシウムの戦いでは、アケメネス朝ペルシア第2代王カンビュセス2世と、古代エジプト第26王朝ファラオ、プサメティコス3世が戦いました。

しかしカンビュセス2世が、兵士に「ネコの絵を描いた盾」を持たせました。

あるいは一部、本当に盾にネコを括り付けたそうですが、こちらは史実かどうか不明です。

エジプトの兵士たちは「絵」なのに、猫の絵の盾をもつ敵兵を攻撃できず退散してしまいます。

カンビュセス2世はプサメティコス3世を捕虜とし、聖なる動物のために国を犠牲にしたエジプト人を軽蔑し、エジプト人たちの顔に猫を投げつけたそうです。

少なくとも何らかの効果を期待して卑怯な手段を取ったくせにね!( -д-)ノ

後にプサメティコス3世は処刑され、エジプト第26王朝は断絶してしまいます。

本当に戦争とは非情なるものです。

例え、可愛いネコを盾にしようとも、勝てば官軍負ければ賊軍、世の中間違ってるぜ( ・Д・)




ちなみにこれがカンビュセス世のご尊顔!

わっるい顔してるわ~、許すまじ( ・Д・)

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