あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    2024年09月

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    2024ねん 9がつ 20にち(きんよーび、晴れ)

    急遽転勤することになりました、たぶん( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    今回の考古学・歴史ニュースは兵舎と兵士個人の遺物が出たよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    いや~相変わらず、エジプトはいいよな~って思う記事です( -д-)ノ


    さて、今回の舞台はエジプト北西部、アレクサンドリアです。

    アレクサンドリアから南方約90km地点に今回見つかった遺跡があります。




    arukemaya_z049



    上に挙げた画像は今回出土した青銅の剣です。

    黄金の剣に見えますが、青銅って銅と錫(スズ)の合金なのですが、その比率によって光沢というか色調が異なります。

    日本の古墳時代で有名な三角縁神獣鏡も風化して緑青(ロクショウ)が発達するので緑色ですけど、本来は多くのものが銀色っぽく綺麗ですし、先に述べた合金の割合によっては本来金ぴか風であったと思われるものもあるのです。

    なので上の金ぴか剣も、青銅の剣です。



    この剣には「ラムセス2世」の名が刻まれている点で凄い発見です。

    ラムセス2世と言えばあのアブシンベル神殿を建造したファラオとして有名です。

    新王国時代のファラオで、治世は1279-1213 BCEと2番目に長く王座に君臨し、非常に安定した王国を統治していました。



    まぁ普通はこのラムセス2世の銘がある金ぴか剣に着目するのですが、、、







    私の場合はこっちですね( -д-)ノ

    上に挙げた画像が今回見つかった古代エジプト軍の兵舎址です。



    壁の基礎部が残ってるので間取りが分かります。

    これが凄いことですヾ(´ω`=´ω`)ノ




    マヤ文明研究で私が数理的なモデルを作ることが比較的容易な理由も建造物サイズが分かり易いからです。

    だからこうした事例が他の文明であるととても嬉しく感じます。









    そしてそれぞれの部屋からは様々な遺物が出土するわけです。

    魚や陸棲動物の骨が入った陶器や調理に使われた竈(カマド)といった兵士の暮らしぶりが分かる遺物も出ています。

    倉庫も見つかっていますが、外部からの補給だけではもたないでしょうから、自給自足のためか狩猟道具も見つかっています。



    他に兵舎らしく戦争で使われた武器も見つかっています。

    更には個人のアクセサリー、象牙製の化粧品塗布器具、古代エジプトで使われていた半貴石のネックレス、半分欠けた青銅の指輪も出土しています。

    また上に挙げた画像のようなエジプトの神々を表す様々なスカラベも出ています。

    兵士にとってのお守りだったのかも知れませんね。




    こうした建造物の情報と出土遺物の組み合わせが分かる事例はとても重要です。

    地道な分析を通して、古代の人々、今回の事例だと古代エジプト軍の兵士たちのリアルな生活が分かってくるわけなのです(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!






    おわりに

    アブシンベル神殿ってやっぱり有名で、テレビとかで一度は見たことがあるんじゃないでしょうか?

    今回上に挙げた画像を見つけて驚いたんですけど、砂漠の中にあるのかと思ってましたが、、、、


    海(?)に面してるんですね!

    調べてみたら「ナセル湖」っていう湖だそうです。

    知らなかった・・・( ・Д・)



    この北にアスワンがあるので、色々と良くも悪くも有名なアスワン・ハイ・ダムがあるんですね。



    個人的にはファミコンの「虹のシルクロード」ってゲームが想い出深くて、その中に「アスワンの都」って出てくるんですよね。

    まぁ知らないでしょうが!( ・Д・)




    何はともあれ、

    やぱ死ぬまでに一度はエジプト行きたい!( ・Д・)



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    2024ねん 9がつ 19にち(げつよーび、晴れ)

    個人研究室出て以来、久々にスキャナー使ったら設定に30分かかったヽ(TдT)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    スキャン_20240919 - コピー

    ↑スキャンした!えらい!( ・Д・)(TR21, FIGURE 96bより一部加工)


    今回の考古学・歴史ニュースは古代マヤ社会の底辺?貴族の生活とは!?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ

    前回の愚痴&予告では昨日に記事を投稿予定だったのですが、、、

    睡眠不足の結果、爆睡してて時間取れませんでした~( -д-)ノ



    ってことで前回の続きとして建造物グループ3H-1のお話をやってこうと思います。



    私の研究ではマウンドサイズ(マウンドの広がりの底面積)を基準に建造物のカテゴリー分類を行っています。

    上に挙げた図面から建造物グループ4H-1に含まれる建造物マウンドは計8基あり、その底面積の合計は665.4㎡と概算できます。


    【小さいサイズ】グループ単位の冪分布【最終版2022.10.23】
    【小さいサイズ】グループ単位の冪分布_両対数表示【最終版2022.10.23】
    ↑ティカルにおける建造物グループの合計マウンドサイズの分布(今泉和也、作成)


    ティカルの中心部(9㎢)の範囲にはおよそ500基の建造物グループがあります。

    今回の建造物グループ3H-1はその周縁部、ティカル中心部16㎢の範囲にあるものなので、ちょっと僻地感はありますが、ティカル自体がもっともっと広がりがあるので、まぁ中心部やや郊外って感じです!

    今後面倒なので3H-1って略記しますが、この大きさは順位的にどれくらいかというと、、、



    102位!( ・Д・)


    結構大きいのです。

    まぁ前回お話したShrine(シュライン/仏壇・神棚的な個人神殿)を有しているグループなので当然と言えば当然です。


    【小さいサイズ】ティカルの9階層03a
    ↑建造物グループのカテゴリー分類(今泉和也、作成)



    現段階で建造物グループは9分類しているんですが、、、

    まぁこれ以上はひとまず増える予定はないのですが、、、

    個人神殿持ってるレベルはレベル7相当なので下級貴族判定なんですよね。




    王族・貴族などのエリートクラス/アッパークラスは農民層が支えなければならないので上位10%程度に落ち着くのですが、

    先ほど述べたように3H-1は102位だから上位20%なんですよね( -д-)ノ

    で、サイズ的には3H-1はレベル4相当なんですよ。



    他人のデータ使い始めたらもう簡単に私の理論が崩壊の危機にあるので、調整が必要になっていて震えています。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン




    建造物グループのグルーピングが彼らと私で異なるので、3H-1の周辺に別の建造物があるのかな~って地図確認したら、なんとティカルの全体マップではエリア3Hの範囲にそもそも建造物ないんですよね。

    どうなってんだよ!( ・Д・)

    そして3H-1の図面は上に挙げたように存在するけれど、周辺環境とか立地に関する測量図がない!

    わけがわかりません!( ・Д・)



    これだから他人のデータ使うのやなんだよ!!!( ・Д・)( ・Д・)( ・Д・)


    3H-1の位置
    ↑ひどいもんだ( ・Д・)(TR21 見開き画像を一部撮影、転載)


    見てよ!

    地図上では季節的湿地帯が100%のなんの建造物もないエリアに3H-1があることになっている。

    何が何だか分かりませんわ(゚Д゚)ゴルァ!!


    まぁ怒ってても解決しないので、外れにある拠点と考えればサイズ順位とカテゴリーレベルの不相関性は説明できるので何とかなりそう、、、

    ということで出土遺物の種別に関してみていきたいと思います( -д-)ノ




    発掘調査成果と出土遺物


    あ~、これ、初期の大規模調査時に作った滑走路の攪乱受けてるエリアだ・・・

    かなり広範囲にぶっ壊してるね、これ。

    だからこれはエラー扱いでいいや、って悲しい気持ちなたけど、しゃーないのでデータ化します、一応!( -д-)ノ



    結論から言って、遺物に関するデータはほぼない。

    何の報告書に書いているのかの記述もない!

    これだからアメリカの報告書は嫌いだぜ( ・Д・)



    で、分かることだけ記述すると、、、


    Plat.3H-1-2

    str.3H-3
    ↑セクション図(TR21のFIGUREより転載)



    この2枚の図面を見て分かるのが、石材使ってるってこと!

    そして重層建築してるってこと!

    そして漆喰床面があるってこと!



    そしてお墓が1基(Bu.133)がありますね~。

    墓壙の中にでかいレキが見て取れます。





    Bu.133の石蓋_G.3H-1

    ↑平面図(TR21のFIGUREより転載)


    この図面ではお墓の上に石棺(?)の蓋がありますね。

    石棺構造ではなくて、蓋石だけがある感じです。


    Bu.133_G.3H-1
    ↑墓の様子(TR21のFIGUREより転載)


    お墓は伸展葬で、頭部付近に浅皿形の土器が1点のみ副葬されていますね。


    その他の情報はない!( ・Д・)

    図面から頑張って読み取ってこれだけ!



    さっきも書きましたけど、小神殿があるのでレベル7相当。

    マウンド規模的にはレベル4相当。

    重層建築と漆喰床面、石材使用があるのでレベル4以上。

    墓の副葬品的にはレベル4~5程度。

    墓の構造としてレベル5~6程度。



    どうせ理論値とは異なる結果になるとは思ってたけど、しょっぱなからコレか( ・Д・)って感じですね( -д-)ノ



    あ、時期的には古典期前期~後期(250-800 CE)だそうです。

    最大で6段階の時期細分が可能だそうです。



    次回は墓の土器が何なのかをチェックして、出土遺物情報がどこにあるのか探索して、、、

    見つからなかったらとりあえず次の建造物グループのデータに移行します!




    おわりに

    うーん、このグループの人々は私の理論上、日本のイメージだと下級武士的な生活をしてるはずなんだけど、内容見てると豊かな工人集団レベルかな。

    江戸だと建築系の職人さんとかそういう感じ。

    武士は食わねど高楊枝的に下級エリートと上級中間層(工人集団・商人等)が経済レベルでは重なる部分があるから、、、

    古代マヤのレベルでも既にそういうことが起きてるのかも知れませんね。

    いや~複雑だけれども、、、まぁ面白いよね!




    何はともあれ、

    やぱ分かり易い報告書って大事!( ・Д・)



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    首と腰治ってきた!ヾ(´ω`=´ω`)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    arukemaya_z045
    ↑ケルト系民族のイメージ!( ・Д・)(「???」の記事内画像より転載;なんだかリンク先がおかしくなっているので明記しません( -д-)ノ)


    今回の考古学・歴史ニュースは古代ケルトの兜がポーランド北部で出土したよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    今回の舞台はポーランド北部マゾフシェ地方のウィサ・グーラ遺跡です。


    ケルトと聞くとなんだか神秘的なイメージがありますよね。

    ゲームやアニメなどの作品でケルト神話が題材にされているケースもありますし、RPGのBGMでもケルト民族調の音楽が使用されていたりして、、、

    ケルトって何?って本当に具体的なことは何も知らないのに、名前は知ってるし、なんとなくイメージも掴めるんですよね。

    不思議なものです( -д-)ノ



    さて、ケルトとはそもそも古代ローマで「未知の人」を指す言葉です。

    ケルトは民族かというとそうでもなく、全体として民族意識はないそうです。

    なのでケルト語を話す集団を「ケルト系」としてくくっているだけで、文化的にはケルト系小集団として多様な状態にあります。





    arukemaya_z044



    さて、今回の記事ではケルト由来の兜がポーランド北部で出土したことが問題になっているので、地理情報を提示しますね。

    まずは上に挙げたケルト系集団の分布図です。

    青色が1500 BCE - 1000 BCEにおける分布です。

    ピンク色がそれ以降、400 BCEまでにケルト系集団が拡大した分布になります。



    見ての通りヨーロッパに広がる集団なのですが、文化的にはケルト系としておおよそまとめられるのですが、後のヨーロッパ史における戦争の歴史/侵略・征服の歴史によって使用言語が変わったり、文化・風習が変化して現在の多様なヨーロッパの人々に変質しています。

    他方で、もちろん現在でもケルト系言語を話し、ドルイド(司祭)を中心とした多神教の自然崇拝を行うケルト系文化を継承している人々もヨーロッパ各地に広がっています。


    さて、上に挙げた分布図でポーランドがどこかというと、、、




    arukemaya_z043




    上に挙げた2枚の画像の内、1枚目がポーランドの位置です。

    今回の遺跡があるポーランドのマゾフシェ県の位置が2枚目の画像の赤色の位置です。

    ケルト系集団の分布との位置関係を捉えると以下の図のようになります。




    arukemaya_z045

    ↑今回の発見位置(先の画像を一部加工)



    作ってから、申し訳ないなと感じたのですが、面倒なので修正しませんでした( ・Д・)

    そう、赤色で塗ったので見にくい!ヽ(TдT)ノ




    マゾフシェ県の位置をおおよその地点で示したものですが、ケルト系集団の分布の北限より北に位置しているんですよね。

    だからここで見つかったケルト系の兜は新発見ということになるのです。

    まぁ今回の発見だけでケルト系集団の分布図が変わるとは思いませんが、今後この地域での発掘調査を通して再考されることは間違いないでしょう!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!









    おわりに

    「文化」って一般語として使いますけど専門用語としては超難しいと思ってます。

    専門によって定義が異なり、更に各分野の研究者によっても異なります。



    考古学でももちろん「文化」の意味は異なるのですが、あまりにも他分野とは異なるので「考古学的文化」と記述することがあります。

    (私はいつもそのように書き分けています( -д-)ノ)



    で、簡単に言うと、『考古学的文化とはモノの組み合わせのこと』です。

    この場合のモノとは「特定の時期における遺物・遺構のこと」です。

    だから古代ケルト系集団の分布とは考古学的には特定の期間に帰属する彼らの残した遺物・遺構の組み合わせのことってことになります。



    今回、分布範囲外のウィサ・グーラ遺跡において上に挙げた古ケルト系の青銅製の兜が出土したことは新たに判明した事実です。

    問題となるのは組み合わせです。

    兜の時期は400 BCE頃となっていますが、この古ケルト系集団の最大範囲の外でこの兜が見つかったとして、、、



    何かしらの要因、つまり経済的に搬入されたとか、略奪された持ち込まれたとか、モノの出土には色々な要因が考えられます。

    つまり兜単体で出土したのか、古ケルト系集団が有する物質文化の組み合わせとして出土したのか、、、

    組み合わせとして出土したとしてもどれだけの量なのか、単一ならばたまたま一人のケルト人が流れ着いただけかも知れません。

    つまり組み合わせとしての出土量に加えて、分布範囲外としてのウィサ・グーラ遺跡の周辺域において、どの程度の古ケルト系集団に特徴的な考古学的文化の分布があるのかも問題になってきます。



    だから今回の発見は重要な新発見だけれど、古ケルト系集団の分布を見直すために、考古学的な手続きとしての道程はとても長いのです。




    やっぱ考古学は一回性実験という名の穴掘りが必要だから時間かかるよね( ・Д・)

    いつもながら続報に期待です!ヾ(´ω`=´ω`)ノ





    何はともあれ、

    やぱ新発見ってなんだかいいね!( ・Д・)



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    無駄に忙しい( -д-)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    WIN_20240907_18_58_55_Pro
    ↑やらなきゃな本(「あるけまや」管理人撮影)




    さて、「研究者日記(?)」です。

    睡眠時間1時間削って研究者日記続ければ、研究も進んでいいな~って思ってましたが、、、

    が、、、!( ・Д・)



    なんだかアルバイトが骨折しただの、熱出ただの、、、

    上からはアルバイトの時間数削って利益出せだの、、、



    そんなこんなで私の勤務時間が毎日11時間、休憩という名のブログ書く時間と出勤時間で、14時間消えてるんですよね~。

    8時間寝ても2時間残る計算だけど、食事とかの生活面の時間あるし、客が帰らんから勤務時間更に超過するから、実際には何も残らんのね~(ノд・。) グスン

    買い物にすら行く時間ないものヽ(TдT)ノ



    ってかふつうのひとはどうやって過ごしてるんだろう。

    働いて寝てを繰り返すだけで、一向に前に進めないって私には辛いんだけれども(´・ω・`)

    まぁでも通勤時に数学の本(今は複素関数)読んでるから、少しずつ前には進んでる気がする。

    そしてブログも記事を投稿できなかったにしても、少しは書き進めてるから、それはそれで進んでる気がする。



    でもやっぱ圧倒的に時間足りないんですよね~。

    シフト自分で決めれるようになったら、確実に自分の時間確保するように調整しますわ( -д-)ノ




    今はまだ我慢の時!か・・・( ・Д・)

    ってことで、前回の続きのマヤ関連の”まともな”研究者日記は18日(水)の予定です!

    そして愚痴をきいてくれてありがとう!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!



    何はともあれ、


    とりま休みまで頑張りますか~い!( ・Д・)

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    2024ねん 9がつ 14にち(どよーび、晴れ)

    お尻の付け根痛いの治らん、、、坐骨神経痛?( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    今回の考古学・歴史ニュースはイースター島の文明は滅んでなかったかも!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    イースター島って現地名がラパ・ヌイ島なんですけども、モアイ像を造ってた文明ってラパ・ヌイ文明でいいんですかね?

    てか、イースター島はイギリスの呼称で、島の正式名称はスペイン語でパスクア島だそうです。

    知らないことで一杯です( -д-)ノ




    てか、そもそも文明なんでしょうかね?( ・Д・)

    最盛期というか、、、文明崩壊説によれば、モアイ像が造られなくなった18世紀までに人口が1~2万人にまで急激に増加して文明崩壊!って感じです。

    都市構造は確認されていないけれど、、、

    人口はどのように推定したのだろう……

    が、もし1万人超えているなら人口的には文明/初期国家レベルと言って良いでしょう。




    そして文字がある!

    ロンゴロンゴ文字!

    モアイというモニュメントも造ってるし、墳墓も造ってる。




    どうやら文明と言って良さそうです(*・ω・)ノ


    arukemaya_z039
    ↑これがロンゴロンゴ文字( ・Д・)(「EARTH」の記事内画像より転載)


    さて、文明が滅んだ! / 滅んでなかった!、みたいな論争はなかなか終わらないものです。

    例えばマヤ文明でも、マヤがテオティワカンに征服されていた! / されてなかった!って論争もなかなか終わりません( -д-)ノ


    まぁそんなこんなで、ラパ・ヌイ文明が18世紀の間に崩壊したという説が一般的です。

    モアイ像を立てて喜んでいる内に、人口が爆発的に増加し、森林破壊とそれによる土壌破壊によりモアイ像を倒し合う闘争が生じ、結果として滅んだという説です。

    所謂「自然破壊原因説」ですね(*^・ェ・)ノ



    他方で1772年以降の西洋人との接触が要因で文明が滅んだって説もあるんですよね。

    彼らの船に潜り込んでいたネズミの食害によって森林がやられたっていう説です。

    簡単に調べてみたところ、人口の推定には根拠ないみたいだし、人骨には暴力の痕跡がほぼないらしいし、、、

    「西洋人接触原因説」が強そうですね(*・ω・)ノ




    今回の研究は、遺伝学の研究で1670~1950年に島に住んでいた15人の遺骨のゲノムを調べました。

    そうして劇的な人口減少を意味する遺伝的多様性の低下を示す特徴を探したがそうした現象は確認できなかった、というものです。




    人口が多かっただろうと予測されているとは言え、保存状態の良い人骨はそんなにないんでしょうね。

    その期間で15人分ってデータとしてやや少ないなと感じてしまいます。



    文明崩壊か、、、

    考古学的にも、形質人類学的にも、遺伝学的にも証拠がないなら、やっぱりネズミのせいでないのかなと思ってしまいますが、今後の調査・研究成果に期待ですね!






    おわりに


    イースター島ってそんなに大きくないイメージだけれど、、、

    どれくらい発掘が進んでいるのでしょう?




    どれくらいの、発掘調査という名の一回性の実験を行う”余白”が残っているのでしょう?

    他の地域は全然分からないけど、文明崩壊のケースって少ないから大事にしたいですねヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ





    何はともあれ、

    文明崩壊って大体自然破壊説を唱えたがり!( ・Д・)



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    今日13日の金曜日だね~( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    今回の考古学・歴史ニュースは石棒1000本以上は出過ぎ感あるよね!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    今回の舞台は岐阜県、飛騨市の塩屋金清神社遺跡です。

    石棒と言えば、前にも記事を書いたことがあるんですよね、、、



    ↓ふざけてる感あるなぁ( ・Д・)



    ↑でもそういう記事の方が人気なんだよなぁ( ・Д・)


    さて、今回の元記事見てると、新たに一気に1000本もの石棒が見つかったのかなと思ったら違いました( -д-)ノ

    塩屋金清神社遺跡でこれまでに1056本見つかってるよって記事です。



    まぁ石棒は縄文時代の遺跡から稀に出土して、出ても数本(数個体)です。

    大小のバリエーションも幅広いのでめちゃ小さいのものも含まれます。

    そう考えると1000本Overは異常なんですよね。



    以前の記事でも飛騨市の飛騨みやがわ考古民俗館が石棒のデジタルデータを公開することに関して書きましたし、、、

    彼らは1日1石棒ってことでインスタ投稿もしてるようですが、、、




    『なんとかして多量にある石棒を使って売り出したい!( ・Д・)』




    っていう強い想いを感じるのですが、、、

    何だか空回ってる気がしますヽ(TдT)ノ



    もっと新しい時代であれば、これだけ出た場合には遺物の生産地として推定されるのでしょうが、縄文時代だと、、、

    ”異常に石棒大好きだった人々”って解釈になりますよね( ・Д・)


    どうしたらいいんでしょうね???( -д-)ノ





    おわりに

    世の中って何事においても不平等ですが、考古学においてもそうですよ。

    いつも私は「黄金いいなぁ」とか言ってるじゃないですか!( ・Д・)



    そう、海外考古学で言えば古代エジプトやインカ文明はズルいですよね。

    金製品は出るわ、遺物の残りはいいわ、観光地として目を見張る有名遺跡があるわで、何でも持ってやがる(ノ`Д´)ノ



    日本考古学だと、やっぱり人気あるのは古墳時代ですよね。

    古墳そのものや様々な埴輪がズルい!



    縄文時代も人気ですが、現代社会と比べて「循環型社会だった~」とか「平和な社会だった~」といった”縄文時代の生活に戻れ的な怪しい運動”で人気なだけで、、、

    頑張っても中期の火焔土器とか土偶が人気なくらいでしょうね(*・ω・)ノ



    つまるところ、石棒だと”弱い”!( ・Д・)



    なんとかしたい気持ちは痛いほどわかるのですが、1000人の地下アイドル抱えてても、1人の1000年に1度のアイドルに完敗する世界だから、、、

    もうコアなファンを獲得するしかないと思うんですよね。

    そのためにはやはり「石棒の歴史」を明らかにすること、

    「石棒」をテーマにした新たな研究を展開すること、

    これに尽きると思うんですよね。

    関心を持ってもらうにはやはりドラマチックなストーリー性が必要です( -д-)ノ



    私も人気度・認知度がイマイチな古代マヤ文明を盛り上げていくために研究と、成果のアニメーションとしての分かり易い社会還元とを頑張っていきたいと考えています。

    飛騨市の活動も陰ながら応援しているので、共に頑張りたいと思う所存ですヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ



    何はともあれ、

    やぱ奴らずりぃよな!( ・Д・)



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    さて、心機一転がんばりますかーい!ヾ(´ω`=´ω`)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    今回の考古学・歴史ニュースは可愛いおもちゃが出たよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ

    今回の舞台はアイスランドのフィヨルドセイスフィヨルズル遺跡です。




    セイスフィヨルズルはアイスランドの東岸域にある村の名前で、フィヨルド(も同名となっています。

    地理で勉強した記憶があるかなと思いますが、フィヨルドは氷河で浸食されて形成された複雑な入り江です。

    フィヨルドセイスフィヨルズル村はこのフィヨルドの最も奥側に位置する村としても知られています。




    このフィヨルドは古ノルド語でヴィークと呼んでいたため、元々ヴァイキングとは「フィヨルドの人々」の意味です。

    そうしたヴァイキングはヴァイキング時代(CE 800-1050)の約250年間に西ヨーロッパ沿海部を侵略したスカンディナヴィア、バルト海沿岸地域の武装集団です。

    ヴァイキングは海賊としての略奪集団としてのイメージがありますが、本来は交易集団です。




    交易集団だけど武装集団じゃないかと思われるかも知れませんが、昔の交易活動は山賊・海賊の襲撃といった危険性が大きいので交易民が武装しているのは普通のことです。

    しかしながら海賊のイメージも間違ってはいません。



    というのも広域交易集団としてヴァイキングが成功したわけですが、、、

    複雑な入り江、氷河のある海域、こうした地域に居住したヴァイキングは航海技術に優れていたのは当然です。



    交易で成功して経済力がある、そして高い航海技術=高い海戦技術、、、

    こうなるとより多くの富を求めて周辺に侵略活動を始めるのが”ヒトの世の常”なのです( ・Д・)





    縄文時代とか古い時期だと考古学者はとりあえず”儀礼品”と判定しがちですが、、、

    さすがにこの時期だと”子供のおもちゃ”という判定のようです。



    何の動物なのかはよく分かっておらず、クマ、ブタ、イヌなどが考えられるそうです。

    これ単体でぬいぐるみのようなものかも知れないし、ゲームの駒かも知れないということです。





    おわりに

    アイスランドではこれまでにヴァイキングに関係する遺物がほとんど見つかっていないそうです。

    遺物・遺構が豊富に出土する遺跡を見つけて、今後の地道なデータ収集が重要になってきますね。

    そうした考古学者による努力の上で、いつかヴァイキングの子供たちの中で流行ったボードゲームなどが明らかになると面白いなと思います(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!





    何はともあれ、

    やぱ可愛いは正義!( ・Д・)



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    2024ねん 9がつ 9にち(げつよーび、晴れ)

    申請書で死んでた&今は身体あちこち痛い、そして超眠い( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    arukemaya_z030
    ↑宇宙ステーションの中!( ・Д・)(「GIZMODE」の記事内画像より転載;Walsh et al. 2024 中の写真)


    今回の考古学・歴史ニュースは宇宙ステーションで考古学してみた!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    「なんとかの考古学」ってたくさんありますよね。

    『考古学』って言葉の響きが浪漫を感じさせるのか、みんなやけに付けたがる。

    そしてその中身は考古学と関係ないことが多い。



    今回の「宇宙ステーションで考古学」というのもそういう系統かなって思ってましたけどちょっと違いました( -д-)ノ



    上に挙げた写真が宇宙ステーションの内部の写真です。

    宇宙ステーションの中の6つの区画を対象に、それぞれで撮影された写真を基に、空間の使い方を考古学手法として推定するといった内容でした。



    SQuARE(Sampling Quadrangle Assemblages Research Experiment)という名前の考古学調査なわけですが、用語の中にアセンブリッジが入っているんですよね。

    だからイメージとして、宇宙ステーション内にある方形の6つの区画のそれぞれを地域単位として取り扱い、写真から分かる財の種別とその組み合わせ(アセンブリッジ)を明らかにし、その上でそれぞれのアセンブリッジを比較することで区画ごとの用途(使われ方)の違いを推定するという方法だと思われます。


    そう考えるとほんとに考古学なんですよね( ・Д・)

    しかも現役の宇宙ステーション内部にいる人に聞き取り調査をしてもらうわけではないし、考古学者自体は地球にいるわけで、、、

    写真記録だけで勝負するってところがちょっと面白いなって思いました(*^・ェ・)ノ



    arukemaya_z031
    ↑宇宙ステーション( ・Д・)(「JAXA」のサイト内画像より転載)




    おわりに

    理論研究の発展形として現代社会の研究しようと思ってたけど、統計データとかアンケート調査によるデータ収集を考えていたし、実践していたのですが、、、


    新しい時期って写真で考古学できるんだなってのが目から鱗でした( ・Д・)

    デジタルデータって消えちゃうのも早いからどうやって一般的な個人データも含めてアーカイブ化できるかが問題となりそうだけれど、、、

    でも現代だと、ほんとここ数年で、写真よりも動画が流行ってるよね!


    ってことはさ、「写真考古学」みたいなものも誕生するし、その内「動画考古学」も誕生するよ、きっと!ヾ(´ω`=´ω`)ノ





    何はともあれ、

    もしかして名付け親になれる!?( ・Д・)



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    2024ねん 9がつ 7にち(どよーび、晴れ)

    首ぐきってなって痛い( -д-)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    WIN_20240907_18_58_55_Pro
    ↑今回借りた本(「あるけまや」管理人撮影)




    さて、「研究者日記(?)」です。

    まぁ今回から暫くはちゃんと研究者日記になる予定です!




    というのも、海外の報告書って読みにくいんですよね~。

    分業制が凄いから、知りたい情報が色んなページやら報告書やらに分かれていて、まとまってないのよ。

    本当に面倒くさい!



    ってことで今からちょうど一カ月くらい、10月4日が返却期限なので、1週間に1冊ペースで読んでいけばOKってことになります。


    まぁ無理だろうね!( ・Д・)



    ただ読むんじゃなくてデータ抽出して入力して整理して、、、ってことになるので、まぁ半分終わればいいかなって考えております( -д-)ノ

    ってか10月頭は誕生日か、、、

    せめてその辺りは働きたくない!ヽ(TдT)ノ



    建造物グループ3H
    ↑今回扱う建造物グループ(「あるけまや」管理人撮影;今度スキャンします( -д-)ノ)



    ってことで内容に入っていきたいと思います!

    今回取り扱うのはティカル・レポート(以下TRと略記)No.21に載っている、建造物グループ3H-1です!



    ちなみにこのTR No.21のタイトルの副題が「Groups with Shrines」なのです。

    ティカルにて大規模調査したペンシルベニア大学によると、公共性の強い巨大な神殿が「Temples」であって、住居に伴う個人神殿(?;超でかい神棚とか仏壇をイメージするといいかも)は「Shrines」と表現しています。


    上に挙げた建造物グループ3H-1では、建造物1~8までの8基の建造物マウンドで構成されていて、建造物1~6にプラザ(中庭)があって、建造物7~8と建造物1~6の間に別のプラザが形成されています。

    だからプラザ数は2



    そしてマヤの住居と”思しき”建造物(用途は不明だから)は基本的に長方形なのだけれど、テンプルやシュライン、つまり神殿は正方形に近いのです。

    なのでこの中で神殿は建造物7ってことになります!

    高さがあって、階段も付いているのでそれが判断基準になります。



    測量図を見慣れていないと、建造物3と4も正方形っぽくて階段付いてるじゃん!ってなりますが、これはひとつの長方形基壇を二つに分割しているもので階段が付いてるのできっと母屋みたいな一番立派な建物です。

    掘らなきゃわからないけれど、基本的にこうしたメインの建造物は石材で造られていて、中にベッド(腰を掛けて客の接待する時にも使われている)があります。

    メインの建造物なので、重層建築が進むとかなりの高さになるのですが、やっぱり神殿よりは高さが足りない感じがします。。。

    この辺りが「感覚の考古学」とか揶揄されてしまう所以なのでしょうが、、、



    まぁ私が神殿付きの住居群をいくつか掘った暁にはちゃんと数的に分類しますので首を長くしてお待ちいただければと思います!( ・Д・)



    って、あれ、出勤時間だ!

    今日は「公共神殿・個人神殿の違い、建造物の諸特徴」のお勉強ということで筆を置きたいと思います!

    書けたら明日続き書きます!

    科研費とJSTの申請書も書かなきゃだけど、、、



    何はともあれ、


    何事も頑張りますか~い!( ・Д・)

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    2024ねん 9がつ 6にち(きんよーび、晴れ)

    食欲爆発中!( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    今回の考古学・歴史ニュースは「謎のピクト人の指輪を考古学大好きなアマチュアが発見したよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    アマチュアか、、、スコットランドだし、また金属探知機系かな~って思ってたら違いました( -д-)ノ


    アバディーン大学卒業の元エンジニアが母校が行っている発掘調査に参加して、見事、貴重な指輪を掘り当てた!というものでした。

    それなら出土状況などの記録もしっかりしてていいですね(*^・ェ・)ノ



    さて、ピクト人は古代ローマ帝国期にスコットランドに住んでいた集団です。

    当時のスコットランドはカレドニアと呼ばれており、ピクト人に関する記述は多くはありません。

    そのため「謎のピクト人」などと呼ばれています。



    ”謎”なだけあって、ピクト人はピクト語を話していたと思われますが記録が少ないせいでよく分かっていません。

    「ガリア戦記」にて有名なユリウス・カエサルが、ピクト人は身体に青い入れ墨を入れていると書いています。

    ピクト人はコーカソイド系ですので、白い肌に青い入れ墨は目立ったでしょうね。




    8世紀にスコットランドに併合されることで歴史から姿を消しましたが、それまでこのカレドニアにおいて、特にハイランド地方を中心に発展していた集団で、文献史学者によると7つの王国が存在したそうです。


    1世紀にローマ軍と戦ったことで歴史上にその名を登場させましたが、本当によく分かっておらず、考古学者の地道な発掘調査によって現在までに少しずつ彼らの文化が分かってきています。





    今回発見されたのが上に挙げた指輪です。

    こんなのが出たらテンション爆上げ間違いないですね(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!



    さて、ピクト人の指輪はこれまでに発見例がほとんどないそうです。

    そして見つかった事例はいずれも保管目的で埋めたものと推定されています。

    お宝ですから、併合時などに際して強者側に盗られないように隠したのでしょうね( -д-)ノ



    この指輪が見つかったのは「普通の住居」の床あたりらしいです。

    情報が少ないので床直(床面直上)検出なのか、床下に埋めて隠した状態であったのかは分かりません。

    まぁこれまでの事例でいくと、恐らくは後者なのでしょう。




    財の社会不均衡分布の観点から考えると、、、

    何の変哲もない民家であってもこうした指輪を所有できるというのはピクト人とその王国が高度に発展していて豊かであったことを伺わせます。


    ”謎のピクト人”、続報に期待です(*・ω・)ノ






    おわりに


    さて、「ガリア戦記」にはピクト人は刺青を入れることで戦場で威嚇していたと記述があるそうですが、上に挙げた石彫に見られるような幾何学模様を刺青としていたのかも知れませんね。

    この石彫がいつのものか不明ですが、マヤ文明と比べると、王国の割りに単純なモチーフの浅彫りだなと感じてしまいます( -д-)ノ

    もしかしたらピクト人の文化の中でも古い時期の石彫かも知れませんね。




    そして最初に挙げた画像の下に書いた通り、、、

    「金属製の指輪を素手で掴むんだね!( ・Д・)」




    マヤ文明は基本的に金属出ないんで良く分かりませんけども、

    (後古典期なら出るが、私の専門は古典期なので!( -д-)ノ)



    手袋しなくていいのかな? とか思っちゃいますね( ・Д・)





    何はともあれ、

    やぱお宝見つけたい!( ・Д・)



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