あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    2025年09月

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    2025ねん 9がつ 30にち(かよーび、晴れ)

    助成金の動画審査用の動画作成が時間かかり過ぎて死ぬ!( -д-)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースはみんな海潜ってて楽しそう!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    🌊発見のきっかけ:沈む港、沈む寺院、海底の構造

    最近、エジプトのアレクサンドリア近郊、タポシリス・マグナ(Taposiris Magna) の寺院遺跡周辺で、沈んだ港(海底港)や、海に飲み込まれた構造物が見つかったという発表があった。これが「クレオパトラの墓が海底にあるのではないか?」という期待を再燃させてる。

    この港跡からは、柱列、磨かれた床、アンフォラ(壺型貯蔵器)、錨の破片など、海中遺構としては明らかな人工構造と器物痕跡が多数確認されているとのこと。

    これまでクレオパトラの墓の有力候補として、タポシリス・マグナ寺院が挙がっていたこと、その寺院はオシリス信仰と関係が深いとされていたことも、この海底構造発見をより物語性のあるものにしてる。


    また、既に寺院地下には長大なトンネル(全長約 1,305 m)が見つかっていて、このトンネルが海側構造や海との接点とつながっている可能性が指摘されてる。





    arukemaya_y199


    arukemaya_y198


    arukemaya_y192
    ↑海潜って色々見つけてるの図!( ・Д・)(「FOX NEWS」の記事内画像より転載)



    🏛️タポシリス・マグナとは?そしてクレオパトラとのリンク

    • 位置・性格:タポシリス・マグナはアレクサンドリア西方、海沿いにあった寺院複合で、プトレマイオス朝時代から使われていた。

    • 信仰儀礼との結びつき:この寺院はオシリス/イシス信仰と結びつく場所と考えられており、女神崇拝と冥界信仰の象徴性が強い。クレオパトラ自身がイシスと自己同一化する政治宗教的演出をとったことから、彼女の墓をこのような神聖空間に置きたがった可能性を支持する側がいる。

    • 過去の発掘成果:これまで、寺院周辺ではコイン、碑文、像片、イスィス像片など、プトレマイオス時代~ローマ期の遺物が見つかっていて、クレオパトラ期の関連性を指摘する論者もいた。

    だから「寺院+沈んだ港+トンネル構造」がそろえば、彼女の墓が寺院地下 or 海側接点部にあっても不思議ではない、というロマン的仮説が今動いてるわけ。






    🧱トンネルと地下構造:秘密の通路とその謎

    このトンネルは、2022年あたりに発見が発表されたもので、長さ約 1,305 m(およそ 1.3km)、地下約 13 m の深さに位置する構造という点が驚きを呼んだ。

    報道ではこのトンネルが「ジオメトリックな奇跡(geometric miracle)」と呼ばれており、その規模・正確な構造が、普通の排水路や灌漑施設を超えた目的性を持った可能性を示す、という声もある。

    さらに、このトンネルの一部はすでに水没しており、海中との接続部分があるのではないか、つまりトンネル→港→海というルートがクレオパトラ(あるいはその埋葬室)を寺院外海側へつなぐ可能性を示す仮説も話題になってる。

    ただし、このトンネルが本当に墓へ通じるものか、あるいは単なる排水通路なのか、あるいは後世拡張されたものか、という反論・疑問も当然ある。




    arukemaya_y195


    arukemaya_y197
    ↑問題はこんな風に寺院には海方向へ向かう長大な地下トンネルがある!( ・Д・)(「Smithonian Magazine」の記事内画像より転載)



    🗿海底遺構群:港、柱列、床、アンフォラたち

    海に沈んだ港構造の証拠として、報道が伝えている遺物・構造のポイントを列挙しておく:

    • 柱の列、石材ブロック、磨かれた床面構造(人工舗装された床)など。

    • アンフォラ(壺型貯蔵器)や船舶関連器材破片。

    • 錨(アンカー)断片、係船用構造物の残骸。

    • 人骨・遺骸断片、土器破片を含む人工層。報道では「水没区画から人工構造・人骨・陶器が大量に出た」とする記述もある。

    これらの遺構・遺物の分布と層序を詳細に分析することが、墓との関係を論じる鍵になるだろう。






    🤔可能性と批判視点:どこまで信じていい?

    こういう発見はロマンをかき立てるけど、慎重視点も不可欠だから、異論・懸念点も整理しておくよ。

    1. 港遺構=墓関係構造ではない可能性
       港構造は交易・物流施設として普通に存在した可能性がある。墓・埋葬施設とは別機能と解釈する筋も強い。

    2. トンネルの用途不明性
       トンネルが墓へつながるとする説は魅力的だけど、実際には灌漑・水路・換気路など他用途の可能性も否定できない。

    3. 層位ずれ・後世攪乱
       海岸線変動、地盤沈下、津波・侵食などで構造や遺物が移動・破壊された可能性が高い。海底遺構は保存状態が環境に強く左右される。

    4. 墓遺構との証拠の分断
       いくら港構造やトンネルがあっても、そこに明確に墓室・棺・副葬品が見つからなければ「墓」と確定できない。

    5. 過去の報道誇張・仮説飛躍
       マスコミ報道では「クレオパトラの墓かもしれない」とセンセーショナルに出るけど、学界では慎重な解釈・対案検討が基本。報道と研究の距離を見ないと誤解を生む。


    arukemaya_y193
    ↑右下の寺院の地下トンネルがカラフル部分の海側に続いてる図!( ・Д・)(「FOX NEWS」の記事内画像より転載)


    ✨物語を膨らませる妄想モード:海底に眠る王妃

    想像してみて。クレオパトラとマルク・アントニウス、彼らを守る儀礼者たち、そして水没の悲劇。潮の流れに飲まれながらも、棺と副葬品は寺院地下とトンネルを通じて海側へとつながる秘密の回廊を目指したかもしれない。


    歴史の荒波を超えて、今、水中探査隊たちの光が沈黙の廟所を照らす。


    港の石材、磨かれた床、アンフォラの破片、柱の断片――それらがかつての繁栄と沈没のドラマを物語る断片。それらを糸口に、クレオパトラ最後の眠りの地を紐解こうという夢は、単なるロマンではなく、歴史と考古学の挑戦だ。



    arukemaya_y196
    ↑クレオパトラっぽい?アラバスター製の小像頭部!( ・Д・)(「Smithonian Magazine」の記事内画像より転載)



    おわりに

    マヤ研究でも洞窟探検したり、セノーテとか地下河川をダイビングしたりする研究者がいるけど楽しいのかな?

    水中考古学全般に言えることだけど、ダイビング楽しいのかな?

    仕事で発掘してると、たま~にいいモノ出てテンション上がるくらいで、、、

    墓見つけた時とかさ!( ・Д・)



    でも基本は「スン」ってなってるから、、、

    やぱ仕事になると毎日潜るのもつらいんだろうか。

    外国人はハッピーそう!(偏見( -д-)ノ)



    発見至上主義的なトレジャーハンター考古学は嫌いだが、これはなんだかハリウッド映画になるようなレベルだから許せる気がするw




    何はともあれ、

    やぱダイビングいいな!( ・Д・)



    ↓マヤ遺跡の調査速報等をアップしてます!↓
    ↓祝!登録者数1000人突破!↓
    ↓逃避行動で実験考古学キャンプとかゲーム実況もやってるよ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    2025ねん 9がつ 29にち(げつよーび、くもり)

    激務な上にToDo借金ばかりで死ぬ!( -д-)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースはよくある最古系だけど、今回は130万年くらい更新したぜ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ




    🔍新発見の概要:スラウェシ島・カリオ遺跡の石器

    2025年、科学誌 Nature に発表された論文で、インドネシア・スラウェシ島南部の カリオ(Calio)遺跡 において、約 104 万年から最大 148 万年前 の剥片(はくへん)石器が確認されたという報告が注目を集めた。


    この石器群は、これまでスラウェシ島で確認されていた最古の石器記録(約 19 万年前)をはるかに凌ぐものであり、ホミニン(原人類)がこの島に極めて昔から存在していた可能性を強く示唆する。


    報道では「ホビット(Homo floresiensis)あるいはその近縁・未確認種が製作したかもしれない」といった可能性も語られており、研究者たちはこれまでの人類拡散モデルを揺さぶる発見と捉えている。






    🧩考古学的アプローチ:どうやって年代を出したか?

    この発見には、複数の現代的解析手法が使われており、信憑性を支える要素が幾つもある:

    • 古地磁気法(palaeomagnetic dating):堆積層の磁気記録を用いて、その地層がいつの時代に堆積したかを推定。石器が含まれる砂岩層の磁気特性を分析。

    • U系列/電子スピン共鳴(US-ESR)法:遺物近傍の化石歯(動物の歯)などの年代を測る技術で、間接的にその層の年代を裏づけ。

    • 層序と付帯化石:石器と同じ層あるいは上下層から見つかった動物歯骨・堆積物の年代を対比。報告では、石器より上層で見つかったブタの骨等の年代がこの層の年代を補強する証拠とされている。

    これらを複合した結果、「少なくとも 104 万年、最大 148 万年」というレンジが提示されたわけ。





    arukemaya_y189
    ↑背景黒だとかっこいいよね!( ・Д・)(「BBC Science Focus」の記事内画像より転載)




    🧠「ホビット」可能性と種の謎:どのホミニンか?

    この発見報道では、「ホビット(Homo floresiensis)」という語がキャッチーに使われてるけど、実際には慎重な線引きが必要だ。以下、注目すべきポイント。

    • Homo floresiensis(フローレス原人) は、フローレス島で見つかった小柄なヒト族。既知の年代では約 100 万年以下、あるいはもっと後世の時期に存在していたという研究が主流。

    • カリオ石器発見は、スラウェシ島における 直接的化石ホミニン の発見を伴っていない。石器のみの出土で、ホミニン本体の骨はまだ見つかっていないという点が、慎重な議論を呼んでいる。

    • 研究者は「ホビットそのものか、それに近い未発見のホミニンか、あるいはホビット系統前段階の原人かもしれない」として、現段階では断定を避けている。

    • 興味深い点として、フローレス島での石器出土(約 102 万年前)との比較がある。フローレス原人の文化的・技術的起源とスラウェシの初期ホミニンの石器文化との関連性が議論されている。

    ゆえに「ホビットが作った可能性も」という報道文言は、ロマンとしては刺激的だけど、学問的には「可能な仮説の一つ」であり、他の代替仮説を排除する段階ではない。






    🌊“南太平洋の島”という表現の注意点:スラウェシは南太平洋か?

    報道タイトルで「南太平洋の島」と言われることがあるが、地理学的に誤解を招く要素がある。スラウェシ島はインドネシア・東南アジアに属し、厳密には 西太平洋/東南アジア島嶼域 に位置する。太平洋南部のポリネシア・大洋州諸島とは異なる地域。


    ただし、ヒトの海を越えた拡散や島嶼域移動を論じる際に、「海を渡る文化拡散・ホミニン拡散」という文脈で「太平洋島嶼類似性」を比喩的に使う報道がある点は注意すべき。






    🧭意義と波及:この発見が意味するもの

    この発見が抱えるインパクトと、今後の議論テーマを挙げてみる:

    • ホミニン拡散モデルの再考
       もし 148 万年前という年代が確実だとすれば、ホミニンの島嶼移動・海洋横断能力を従来考えられていたよりも早期に見直す必要がある。

    • ホビット起源仮説の支持要素
       スラウェシ → フローレス の連関仮説を支持する材料となる可能性。「ホビットはスラウェシから来たのでは?」という仮説を、石器文化の先行例として補強できるかもしれない。

    • 技術文化の連続性・断絶
       この石器文化と後世フローレス島や他島の技術文化との関連性を探ることで、文化の継承・拡散過程を可視化できる可能性。

    • 未発見化石への期待
       石器のみでは種の同定に限界があるため、この発見を契機として、本体化石・ホミニン骨格出土への期待が高まる。

    • 地質・海面変動との関連
       発見年代が古いということは、過去の海面低下や地質変動がどのように島をつなげたか、あるいは海を跨いだ移動ルートがどうあったかを再検討するきっかけになる。



    arukemaya_y190




    おわりに

    今回は最大で130万年も最古記録を更新って話なんですけど、まぁちょっとズルい感じもします。

    これまでの最古が20万年前くらいというのは化石人骨の証拠なのに対して、今回の150万年前は石器ですから、遺物の残り易さに差がありますよね。

    これだけ古いとヒトが作った石器かどうかの議論も再燃するのかなって気がしてましたが、上の写真を見る感じでは石器製作工程が決まってそうなのでサルじゃないなって気がします。

    オルドヴァイよりもティアドロップの作られた時期のような整形感を感じるなってだけですけどね~。

    時期的にもちょうどその中間な感じもします!



    何はともあれ、

    やぱなんだかんだ最古っていいな!( ・Д・)



    ↓マヤ遺跡の調査速報等をアップしてます!↓
    ↓祝!登録者数1000人突破!↓
    ↓逃避行動で実験考古学キャンプとかゲーム実況もやってるよ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    2025ねん 9がつ 26にち(きんよーび、晴れ)

    今日は発掘現場で送別会あるんだけどお金ないから出費つらいぜ!( -д-)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





    今回の考古学・歴史ニュースは「埴輪に鳥のアップリケが付いてるぜ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    🔍発見の構図:松江・八幡鹿島山古墳で“鳥が舞う”朝顔形埴輪

    松江市の 八幡鹿島山古墳 で、古墳時代中期(5世紀前半あたりとされる)に作られた 朝顔形埴輪 に、翼を大きく広げて滑空する鳥の装飾が付いたものが発見されたと市が発表した。これは 国内初 の事例とされている。


    この鳥形装飾、口縁部(朝顔の「縁」のところ)に取り付けられていたもので、ほぼ完全な状態で、縦 14.3 センチ・横 13.9 センチ・高さ 5 センチ、尾部の造形などから「タカ」可能性が高いとされている。また、線刻で複雑な文様も刻まれていたとのこと。


    この発見は「これまで知られていない装飾的な意匠」が埴輪に付加されうるという点で、古墳時代の埴輪研究にとって画期の一歩になりそうだ。






    🧱朝顔形埴輪とは何?── 伝統と変化のフォルム

    朝顔形埴輪は、円筒埴輪が上部で口縁を広げ、朝顔のようなシルエットを持つ形態を指す。その起源・発展には次のような論点がある:


    • 円筒埴輪が器台の役割を兼ねた形(壺や器を載せるなど)から発展 → 朝顔形の拡がり部分が装飾性を帯びていったという流れが指摘される。

    • 多くは無装飾で、文様や穿孔(透孔)を施す例はあるが、鳥の装飾という具象モチーフを加える例は極めて稀。

    • 出土例:例えば埼玉・さきたまの朝顔形埴輪など、典型的な形状例はある。

    今回の発見は、朝顔形埴輪という枠を越えて「装飾付き具象モチーフ併設型埴輪」の可能性を示唆するものになる。




    arukemaya_y185

    arukemaya_y187
    ↑朝顔形埴輪ってこんな感じ!( ・Д・)(「明治大学博物館」「本庄早稲田の杜ミュージアム」の画像を転載)





    🔄近似事例・比較視点:鳥形埴輪との接点

    装飾付き朝顔形埴輪という具体例が極めて少ない中、以下の類例情報を押さえておくと文脈が見えてくる:

    • 鳥形埴輪そのもの:日本各地で鳥をモチーフにした埴輪(飛翔・止まる鳥など)が出土している例もある。MIHO MUSEUM の「埴輪 鳥」もその一例。

    • 翼を広げた鳥形装飾の報道:松江市の出土例が「国内初・翼を広げ滑空する鳥の装飾付き埴輪」としてニュースになっている。

    • 埴輪列や形態変化:朝顔形埴輪は多くの場合無装飾型が中心。よって装飾付き形態の発現時期・地域差を探ることが重要。

    • 他地域の象徴動物モチーフ:古墳時代には馬や鹿、鳥などがしばしば陪葬品や埴輪モチーフに使われており、鳥形モチーフには象徴性(霊的・導き手・守護など)があった可能性。

    比較を通じて、「この松江例が孤立例か、ある系譜の一端か」を議論できる土壌が出てくる。






    🧪発掘・解析の視点:どこに注目してるか

    この発見で注目されている研究・検証視点を整理しておこう:

    • 装飾部材の接合痕・継ぎ目観察
       鳥装飾が本体にどう取り付けられていたか(接合部分、接合粘土痕、接着土痕など)が鍵。

    • 線刻文様・彫り込み手法分析
       装飾の線刻の深さ、彫法、文様パターンから製作者の技術・流派を推測できる。

    • 粘土組成・土質分析
       朝顔形部分と鳥装飾部分で粘土の性質(含水率・粒度・成分など)が一致するか、別素材併用かを化学的に見る。

    • 層位・出土状況の関係
       発見された層位と周囲の出土物(副葬品・器物破片など)を総合して、制作時期や使用時期を絞り込む。

    • 類例比較・地域的分布調査
       他の古墳で未記録の装飾付き埴輪がないか、古報・未発表遺構報告を洗い直す。

    • 象徴解釈との結びつけ
       鳥モチーフが持つ意味(霊鳥・守護・来訪者象徴など)を、出土古墳の傾向や被葬者推定と絡めて議論。



    arukemaya_y188
    ↑これ見つかったこ!( ・Д・)(「山陰中央新報」の記事内画像を一部雑に加工)


    💬意味と波紋:古墳文化・王権との関係を問う

    この発見にはさまざまな含意がある。いくつか考えられる論点を並べてみる:

    1. ヤマト王権との結びつき
       松江市という位置から、当地豪族が大和政権と関係を持っていた可能性が、こうした先進的・装飾的埴輪制作を通じて浮かぶという論点。報道ではこの点も注目されてる。

    2. 地方独自性 vs 形式継承
       装飾付き形態の出現は、地方の工房が意欲的に造形を試みた可能性を示唆する。中央の形式に従うだけでなく、地域性を発揮する方向性を見る手がかりになる。

    3. 守護象徴としての鳥モチーフ
       翼を広げて滑空する鳥=空を制する存在、霊界と現世を媒介する象徴とした意味づけは古代世界でよく見られるテーマ。そうした象徴性を埴輪という静物に込めた試みと解釈できる。

    4. 意匠進化のタイミング
       無装飾型朝顔形から装飾付き型への変遷タイミングを把握することは、埴輪文化進化の年次軸を補強する可能性がある。

    5. 普及と希少性のはざま
       この例が“記念碑的例外”なのか、他にも潜在例があるかを探すことによって、装飾付き埴輪の普及度・方向性を議論できる。






    おわりに

    今回の鳥も可愛いよね。

    てか動物系は大体可愛い!



    でもできればまんまるにデフォルメされていると尚良い!

    が、今回は復元図がめちゃ可愛いので良き!



    動物系遺物ばっか集めた「動物の考古学」もいいね~ヾ(´ω`=´ω`)ノ





    何はともあれ、

    やぱ鳥はまんまるおでぶがいいな!( ・Д・)



    ↓マヤ遺跡の調査速報等をアップしてます!↓
    ↓祝!登録者数1000人突破!↓
    ↓逃避行動で実験考古学キャンプとかゲーム実況もやってるよ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    2025ねん 9がつ 25にち(もくよーび、晴れ)

    やりたいことたくさんある~!、、、が少しずつ研究借金減らしてるからいつか余裕できる!( -д-)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースは「なんかちいさくてかわいいやつがたくさん出た!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ




    🏺新発見!トルコ西部遺跡で4500年前の「炉を囲む小偶像」列隊

    トルコ西部、クタヒヤ県タヴサンル高地、タブサンル・ヒュユク(Tavşanlı Höyük) 遺跡で、なんと 約4500年前 のヒト型偶像(人をかたどった小像)が炉(囲炉裏・炉床想定)を囲むように並べられて出土した。


    トルコ文化観光省によれば、出てきた偶像は 大理石、骨、粘土 の素材で、未完成品も混じるとのこと。
    特筆すべきは「7体が炉を取り囲むように配置されていた」点。これが意図的な儀礼配置だった可能性が高いと、発掘側は見ている。


    この発見は、従来の「偶像は単体で捧げられるもの」「屋外に置かれることが多い」という通念を揺さぶる手がかりになるかもしれない。炉という生活空間の中心に祈りの存在を据えたという解釈は、日常の中の儀礼・信仰を透かし見るようなロマンを含んでる。





    🔎発掘現場と文脈:Tavşanlı Höyükってどこ?

    • 遺跡名:Tavşanlı Höyük(タヴサンル・ヒュユク)

    • 所在:トルコ西部、クタヒヤ県近辺

    • 時代:青銅器時代初期あたり、約 4500 年前(紀元前約 2500年ごろ)に相当

    • 出土物:偶像(大理石・骨・粘土)、未成形・素焼きの粘土器、炉床構造の遺構など


    遺跡は暮らしと宗教空間が混在する複合用途地区と考えられており、発掘は限定的な範囲ながら宗教・経済・工房の手がかりを含む材料が混在しているとの発表もある。


    この配置の発表により、炉周囲という「炉=聖なる炉床」的な空間が、当時信仰儀礼における中心的舞台だった可能性が議論されている。




    arukemaya_y184
    ↑こんな遺跡!丘陵みたいに残ってるのかな?( ・Д・)(「Finestresull'Arte」の記事内画像を転載)



    ⚖️偶像を囲む炉:どういう意図か?

    この「炉を囲む」配置には、少なくとも以下のような仮説・意味が考えられる:


    1. 祖霊・先祖崇拝
       炉は“家”の中心であり、生活と密接な場所。そこに先祖や守護霊を配し、生活と信仰を重ねる意義を持たせた可能性。

    2. 炉火(火神・火の儀礼性)との関係
       火は清浄・変化・再生を象徴する要素として、炉を中心に儀礼が行われたという構造。

    3. 小偶像群像+炉=象徴的物語の演出
       7体という数字も意図的で、各偶像が物語や象徴性を持っていた可能性。未完成像も混じる点から「制作と祈りが並行した場」であったとも考えられる。

    4. 住居兼儀礼空間
       この遺構は生活の場と宗教空間が重なったもので、この炉配置が“日常と儀礼の融合”を示している可能性もある。


    発掘側も「未完成品があることは、ここが偶像制作現場と信仰・祈祷の場が重なっていたことを示す証拠になりうる」とコメントをしている。






    🧩比較事例・先行類例:似たモチーフを探す旅

    こうした炉を中心にした偶像配置という類例は、他地域・他時代でほとんど知られていないからこそ、この発見が注目されてる。だが、関連するものを比べてみると、ヒントはある:


    • 近代以前の炉祭祀:ケルト圏やバルカン、ローマ期・中東でも炉祭祀(炉前での祈祷・供犠)は記録されており、炉近傍に聖なる像あるいは聖所標識を置く習俗が断片的に確認されることがある。

    • 小像群像・列像配置の信仰遺構:シュメール・メソポタミアやエジプト近東などでは、女神像や守護神像の「並べられた配置」が寺院内外で見られるが、生活炉との結びつきは希。

    • 炉床発見例 in 他遺跡:時に炉遺構が“祭祀炉”として解釈されるケースもあるが、そこに小像が組み込まれた形はあまり報告されていない。

    この新発見は、炉祭祀や信仰像配置のあり方に「もっと身近で生活と混ざった構造」を想定させる可能性を示す点で斬新だ。




    arukemaya_y182

    ↑小さくて可愛すぎて私ならトバシちゃう!(気付かずに捨てちゃうこと)( ・Д・)(「Anatolian Archaeology」の記事内画像を転載)





    🧪発掘方法・解析視点:どこを見ているか

    発掘および研究で注目されている技術・観点を見ておこう:


    • 配置観察と空間解析
       偶像同士、および偶像と炉との距離関係・向き関係を精密に測定することで、意図的な配置かどうかを検証。

    • 材質・制作段階の分析
       大理石・骨・粘土での素材差、未完成像の存在、ツール痕・削り跡・研磨痕などから制作過程の断片を復元。

    • 層序・層位との関連
       偶像と炉を取り囲む堆積層(灰・炭・土砂など)の関係を上下層で分析し、儀式/通常使用の時間差を見極め。

    • 顕微鏡分析・残留物分析
       偶像表面や炉床・周辺地域に残された炭化物・顔料・有機残留物を化学分析して、燃焼物や供物成分を割り出す。

    • 比較地域同期性の調査
       周辺の遺跡・時代層で同様の偶像列像配置がないか、文献・発掘報告を照合。

    これらを統合することで、「この炉偶像列像配置が偶然なのか、信仰意図的なのか」を議論できるようになるし、信仰構造・住居構造の再構成へとつながる。






    🤔課題と慎重視点――証拠と解釈の間で

    もちろん、考古学には常に慎重さが必要で、この発見にも議論の余地は多い:


    • 偶像7体という数はところによって壊れたり消失した可能性があるから、もともはもっと多かったかもしれない。

    • 偶像の配置がたまたま炉近傍にあった可能性、あるいは後世の移動・撹乱も排除しきれない。

    • 未完成品の混在は「制作途中の放棄」など単純な理由かもしれず、それを即「祈祷場兼制作場」と結び付けるには慎重な補証が要る。

    • 炉と偶像の時間的重なり(炉使用と偶像配置の同期性)を示す層位・年代の精密測定が不可欠。

    こうした注意を前提に、今回の発見は確実に議論を刺激するタイプのものだ。






    おわりに


    想像してみて――

    夜、炉の火が静かに燃える。家人は小さな偶像を前に香を焚き、水や穀物を捧げる。偶像たちは静かに囲み、火と語らう。風が吹けば影が揺れ、偶像の輪が炎に揺らぐ。


    「今日は収穫を感謝しよう」「子らと家を守ってくれ」――そんな言葉が、何千年も前の火のまわりで交わされていたかもしれない。


    この炉と偶像は、ただの遺物じゃない。日常と信仰が入り混じる小宇宙。私たちが見ているのは、過去の祈りと生活の交錯点だ。





    ……ってことで、最近アナトリア考古学も面白いな~と思ってるんですけども、、、


    やぱ乾燥地域は残りもいいしね~(・∀・)つ


    まぁそんなこんなで今回のちいさくてかわいい遺物は青銅器時代のものなんですね~。


    ぱっと見、旧石器かな~なんて思いましたが。


    まぁでも可愛くていいですよね。




    マヤにも小さい偶像ありますけれど、造形がリアルなので、シルバニアファミリー感ありますね。


    それはそれでいいんですけど、


    今回のような抽象度のものも可愛いなって思うんですよね。




    あ、最後に言い訳程度に、、、わたしちいかわ大好きです。


    押しははちわれ!


    以前、Xで考古学を広めるためのちいかわパクリ漫画描いてたレベルですからね!


    まぁ途切れましたけど、それもその内再開します!





    何はともあれ、

    やぱ小さくて可愛いものは正義!( ・Д・)



    ↓マヤ遺跡の調査速報等をアップしてます!↓
    ↓祝!登録者数1000人突破!↓
    ↓逃避行動で実験考古学キャンプとかゲーム実況もやってるよ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    2025ねん 9がつ 24にち(すいよーび、晴れ)

    これ昨日の分!( -д-)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースは古代ローマ期の屋台って何売ってたんだろうね!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ

    🧭はじめに

    想像してみて。


    石畳の路地、空腹な商人、あるいは塩漬けガルムの香りに誘われて串を頬張る市井の人々。安価で素早く腹を満たす――それが古代にもあった。


    現代のファストフードと同じく、ここには経済、流通、習慣、味覚の交差点がある。遺物は静かだけど、街の喧噪と人の胃袋の物語を語り続けているのだ。




    🕳️発見の舞台 — セスポット(廃棄穴)って何者?

    ローマ都市の地下にはごみや排水をためる「セスポット(cesspit)」があり、そこは古代の日常ゴミ箱そのもの。


    今回注目されたのは、スペイン・マヨルカ島(Pollentia)の都市遺構に接続された深いセスポットの発掘で、ここから多数の動物骨が出土しました。


    考古学者はこのセスポットが付随する建物を「タベルナ(taberna)」=飲食店/屋台に結びつけて解析しています。




    arukemaya_y172
    ↑屋台は残らんので古代ローマの飲食店をば!( ・Д・)(「My Modern Met」の記事内画像より転載)


    arukemaya_y179
    ↑凛々しいつぐみ!( ・Д・)(「暦生活」の画像より転載)


    🍗何が見つかったの?―― 小鳥(ツグミ類)が大量に

    このゴミ穴からは魚貝や豚・羊などの動物骨に混じって、特に“ツグミ類(thrush)”と見られる小型の鳥の骨が多く出てきました。


    年代は紀元前10年〜紀元30年頃と推定され、ローマ世界の一都市の日常食が映し出されています。


    かつて“高級食材”と考えられていた小さな野鳥が、実は街の屋台で手軽に食べられていたことを示す可能性が出てきました。






    🔥調理法と「ファストフード」像―― 揚げる、串に刺す、ガルムで味付け?

    骨の配置や出土品(破片陶器など)から、研究者たちはこれらの鳥が揚げたり、串焼きにされたり、あるいは簡易な皿や串で提供された可能性を示唆しています。


    油でさっと揚げる・平たく潰して短時間で火を通すなど“即食”を想像させる調理法の痕跡が指摘されており、これはまさに現代でいうところの「ファストフード」の祖型と言えるでしょう。




    arukemaya_y174
    arukemaya_y175
    ↑今でもそのまま使えるよね!( ・Д・)(「Archeo Travelers」の記事内画像より転載)


    🏺出土と文脈の力学―― なぜゴミ穴が優れた証拠なのか

    家庭ごみや食べ残しが集まるセスポットは、単なる「混ぜこぜ堆積」ではなく、日常の消費行動を写し取る生きたサンプルです。


    屋台やタベルナ周辺で出た食べ残しが集中することで、当時の街角で何が安価に出回っていたか、どの部位が使われていたか、食材の比率がどうだったかが分かる――つまり、エリートの食卓ではなく「路地の味」こそ、ここで甦ります。 


    Pollentia の例は、都市層の食習慣を直截に反映している点で貴重です。






    🥖他の現場と合わせて見る:ポンペイの“スナックバー(thermopolium)”

    同様に、ポンペイの“thermopolium”――壁画に彩られた古代の軽飲食店/屋台の遺構――もここ数年で注目の発掘が続き、調理器具、供食用の土器、さらには食品残滓から当時のメニューが鮮明に分かるようになっています。


    絵に描かれたメニュー、カウンター内部の土器口、さらには動物の骨や貝殻が、その場で温めて売られていた“屋台飯”の実像を補強します。


    Pollentia のセスポット発見は、こうした屋台文化を廃棄物という側面から補完する重要なピースです。




    arukemaya_y176
    ↑綺麗なもんだ!( ・Д・)(「Archeo Travelers」の記事内画像より転載)



    🧾「贅沢品」だったはずの食材が庶民飯に?―― 社会経済の読み取り

    ツグミなど一部の鳥は、保存状態の良い古典資料からは「贅沢な一品」として語られることがありました。


    しかし、遺存データが示すのは異なる日常性。養殖か狩猟か、小鳥の流通経路や保存・加工法(塩漬け、ガルム味付け、油での処理など)を考えると、一定のコストで大量に供給され、庶民にも手が届いた可能性が浮上します。


    つまり「紙の上の高級」と「路地の現実」は違う――考古学はその落差を埋める役割を担います。






    🧪考古学的手法メモ(ちょっとだけ専門的)

    • 出土骨の種判定(鳥類種の同定)は形態学的比較と古DNA/同位体分析が補助します。

    • セスポット内の上下層序と器物配置から、廃棄がいつ・どのくらいの頻度で行われたかを推定します。

    • 調理痕(焼成・焦げ・切断面)と器片は調理法と提供形態の手がかりになります。


      これらの方法で複数のラインから日常消費を再構築するのが今回の研究の肝です。



    arukemaya_y177
    ↑グアテマラの今のキッチンも場所によってはこんな感じ!( ・Д・)(「My Modern Met」の記事内画像より転載)

    🤔でも、どこまで断言できるの?

    考古学はしばしば断片から大きな物語を紡ぎますが、注意も必要です。

    たとえば、出土の集中は一時的なイベント(お祭り、商人の廃棄)に由来することもあり得ますし、食材の「大衆化」は地域差・時期差も大きいです。

    Pollentia の事例は強力な証拠ですが、ローマ帝国全域で即座に「ツグミが庶民のファストフードになっていた」と断言するには、さらに比較データが必要でしょう。






    おわりに

    面白そうな記事を貯め込んでいたけれど、やっぱりその時その時でデータ集めて、記事しないと駄目ですね~。

    というのも普通のニュースの記事だと、総情報量が膨大なせいか、記事がなくなっちゃうんですよね。

    今のネット公開用の論文や報告書でなければ、基本的には白黒の写真を用いるので、記事にしても映えないんですよね( -д-)ノ

    今後は頑張ります(*^・ェ・)ノ



    ……さて、今回の記事も私的には興味深い!

    文献資料データにおける財の価格や社会分布が、実際の価格や社会分布と異なる・・・

    まぁ新しい時代というか、文献が使える時期の研究は文献に頼ろうと思ってましたけれど、、、

    やっぱり現実社会は複雑で、社会現象の理解はイージーゲームではないですね。

    が、難しい方が面白い!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!




    何はともあれ、

    やぱまんまるのとり可愛いな!( ・Д・)



    ↓マヤ遺跡の調査速報等をアップしてます!↓
    ↓祝!登録者数1000人突破!↓
    ↓逃避行動で実験考古学キャンプとかゲーム実況もやってるよ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    2025ねん 9がつ 24にち(すいよーび、晴れ)

    日々の生活の中にブログ・Youtube・数学の時間は確保したが……( -д-)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースは「海底約2500mで16世紀の船の積荷がいい感じで残ってたってさ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰 はじめに

    海の底で時間が止まった。


    ソナーが捉えた黒い線を追った先には、約30メートルの船体と整然と残る積み荷――彩色された陶器のピッチャー、皿、錨、そして大砲や大鍋のような船具が、まるで出航の準備をしたまま眠っているかのように横たわっていた。


    発見者はフランス海軍の調査ドローン。浮かび上がったのは、16世紀ごろにイタリア北部から出航したと推定される商船(調査名:カマラ4号/Camarat 4)。


    その位置はフランス領海のなかでも記録的な深さ、約2,567メートル――法的にも学術的にも“重要文化財”に相当する海底遺産だ。



    🔎 発見の経緯:偶然の一枚のソナー画像が呼んだ百年の物語

    今年3月、地中海南岸・ラマトゥエル(Ramatuelle)沖で行われた仏海軍の海底調査中、深海用の自律無人探査機が異常なソナー反射を検出。


    カメラ搭載のROV(遠隔操作無人潜水機)が下されると、そこには長さ約30m・幅約7mの木造商船と、その上に積まれた陶磁器の山が写っていました。


    現場映像はDRASSM(フランス潜水・海底考古局)に送られ、専門家が解析した結果、器物の形態から16世紀(1500年代)の商船と同定され、仮称「Camarat 4」と命名されました。




    arukemaya_y170
    ↑・・・・・やぱ空き缶ない?( ・Д・)(「artnet」の記事内画像より転載)



    🧭 何が特別なのか:深さが守った“ほぼ凍結状態”の積み荷

    ここが一番のおもしろいところ。


    約2.5kmの深海という極限条件は、酸素の少ない冷たい環境と人間の手が届きにくいことから、海底に横たわる遺物を外的損傷や盗掘から守る“天然の保存庫”になります。


    ROV映像は、積まれた陶器が多数そのままの形で露出している様子を鮮明に示しており、研究者は「時が凍ったかのようだ」と表現しました。


    映像で確認されたのは、目に見えるだけで200点超のポット(球形ピッチャー)とおよそ100枚の皿、錨、数門の大砲(小型)、さらに大型の煮炊き用鍋のような遺物です。






    🧾 積み荷から読み取れる貿易の道筋と人々の暮らし

    形や装飾(たとえば多くに見られるイエスの頭文字「IHS」を含むキリスト教的モチーフ)から、専門家はこれらの陶器の産地をイタリア北西部=リグーリア(Liguria)周辺と特定する可能性を指摘しています。


    16世紀の地中海は地域間の活発な交易圏であり、こうした日用品や食器は港から港へと渡り、日常を支える“商いの血流”を支えていました。


    つまりこの船は武装商船なのでも軍船でもなく、生活必需品を運ぶ「働く船」だった可能性が高いのです。




    arukemaya_y169
    ↑ふじつぼ並にたくさんあるね( ・Д・)(「artnet」の記事内画像より転載)


    🔬 保存処理と今後の研究プラン:ROV画像は“入り口”に過ぎない

    見つかった遺構はすでにフランス文化省の監督下に置かれ、DRASSMが現場の初期調査を行いました。


    深度が深すぎるため“引き上げ”は容易ではなく、まずは綿密な記録(高解像度映像・三次元マッピング・堆積物分析)と法的保護措置が優先されます。


    科学チームは以下を計画中:堆積物の採取による環境復元(沈没当時の海況推定)、陶器の型式学的詳細比較、金属(大砲・錨)の腐食分析、そして可能ならば近辺での追加遺構探索。深海ならではの“現場保存(in situ conservation)”方針が検討されています。






    ⚖️ 法律と倫理:国家の遺産として守るべきこと

    仏領海内での発見ということで、この遺跡はフランスの海洋法・文化財法の保護下に入り、DRASSMは「文化的財産(bien culturel maritime)」として扱う旨を発表しました。


    深海遺産は容易に回収できないがゆえに“放置”ではなく、国際法やUNESCOの海底文化財ガイドラインに従って、学術的に価値のあるサンプルのみ慎重に採取され、現地は恒久的に保護される見込みです。







    おわりに

    新しい時期は文献史データが多い代わりにモノが少ない傾向にあるからね。

    これだけモノが出ると文献史データと考古学データの突き合わせができるからいいね。

    そしてこういう完形品があると、破片資料の同定も楽ちんになるしいいよね~。



    正直、1個体欲しい!専門じゃないけど!(*^・ェ・)ノ



    今回は引き揚げしないことになったようだけど、正直全部サルベージしたら、博物館の倉庫埋まるよね( ・Д・)

    てかどこぞの金持ちが不法にサルベージさせそうで怖い。

    次のニュースがそれになったらやだな( ・Д・)




    何はともあれ、

    やぱ土器とか陶器はいいな!( ・Д・)



    ↓マヤ遺跡の調査速報等をアップしてます!↓
    ↓祝!登録者数1000人突破!↓
    ↓逃避行動で実験考古学キャンプとかゲーム実況もやってるよ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    2025ねん 9がつ 22にち(げつよーび、晴れ)

    やはり月末は忙し過ぎて死ぬ!( -д-)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





    今回の考古学・歴史ニュースは🐎✨黄金に眠る騎士——サカルの主、戦馬とともに甦る2,100年の物語!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰 はじめに

    泥と石の間から、金が微かに光った――。


    ブルガリア南東部サカル(Sakar)山地で発見された1基の墳墓は、青年戦士を囲むように置かれた豪華な副葬品と、戦馬を飾る金銀の装具を明らかにした。


    発掘チームは被葬者を「サカルの主(Lord of Sakar)」と仮名し、その歯車のように精緻な技術と国際的なモチーフが、当時の東バルカンが地中海世界と濃密につながっていたことを雄弁に物語る。





    🔎 発見の概要:どこで何が見つかったのか?

    考古学チームはブルガリア、トポロヴグラード(Topolovgrad)周辺、サカル山地の一帯で複数の墓丘(tumuli)を調査中、紀元前2世紀ごろ(およそ2,100年前)の高位の戦士墓を発掘した。


    墳丘のなかから、ほぼ完全な人骨とともに戦馬の副葬、銀張りの金冠(銀に金箔を施した冠)、宝石嵌めの短剣、金銀の首飾りや繊細な纏足具(馬具)など、きらびやかな品々が何点も出土した。


    出土品の豪華さは、ブルガリアで近年発見された中でも屈指の“豊かさ”であると報告されている。




    arukemaya_y167
    ↑銅のプレートが副葬品なのね!( ・Д・)(「Heritage Daily」の記事内画像より転載)


    arukemaya_y165
    arukemaya_y163
    arukemaya_y161
    ↑黄金でいっぱいだぁ!( ・Д・)(「EPA TB」の記事内画像より転載)





    🛡️ ヘッドラインになる理由:戦士と馬の“並葬”は何を示す?

    トラキア(Thrace)の文化では、馬は社会的地位と戦闘力の象徴であり、有力な戦士や首長が馬とともに埋葬される例が知られる。


    今回の遺構では、馬そのものに豪華な鞍金具や装飾用メダリオンが付されており、馬にも“栄誉”が捧げられていたことが分かる。


    副葬品中にギリシャ的モチーフ(ヘラクレスとアンタイオスの場面等)が見えることから、地域的なトラキア文化がヘレニズム世界の美術・儀礼と交錯していた実態も浮かび上がる。






    🔬 どのように保存・分析が進められているか(科学的処置)

    発掘後、遺物は国立考古学研究所(NAIM-BAS)へ運ばれ、CT撮影、金属組成分析、顕微鏡下での装飾技法の検査など保存・分析処置が行われている。


    冠や帯金具の金箔・鍍銀(めっき)痕、宝石の産地推定、馬具の製作技法は、当時の国際交易や工房ネットワークを復元する重要資料になると考えられている。


    調査チームは、出土地の文脈(近隣の祭祀跡・別墓群)と合わせて、この一帯が後期ヘレニズム期の有力な権力拠点であったことを示唆している。



    arukemaya_y160
    arukemaya_y162
    ↑現代感覚でも素敵すぎる!( ・Д・)(「EPA TB」の記事内画像より転載)



    🌍 比較と意義:東バルカンの“ヘレニズム化”をどう読むか?

    今回の墓は、単なる「金持ちの墓」を超えて、地域的アイデンティティの複層性を示す。


    トラキアの土着的慣習(馬と並葬する慣習、戦闘的シンボル)と、ヘレニズム圏から流入した装飾言語(ギリシャ神話的図像や金細工技術)が同一空間で混在している。


    これは、紀元前2世紀頃のバルカンが、武力・富・交易を媒介にして“文化的交流”を深化させていた証拠である。学術的には、地方的権力構造と地中海世界の関係を再検討する格好の材料となる。









    おわりに

    想像してほしい。

    ――戦士は緑の丘陵を越え、馬にまたがり、太陽を背にして帰らなかった。

    彼の手には短剣、首には銀と金の煌めき。

    葬列は静かに夜に消え、翌朝に石が積まれ、金属は地の中へ――

    だが2000年後の私たちは、その“煌めき”を再び目撃する・・・・・




    ってことで、「ロード・オブ・サカル」かっこいいな!

    こんな大それた仮名付けるなんて海外勢らしいな~って感じです。

    日本人考古学者は少しでも不安があれば明言を避けに避けまくるけども、海外ではそもそもかなりテキトーに「あだ名」付けますからね。

    それも明らかにノリで付けたり、ジョーク的にも付けます。

    そしていつの間にか何故かそのテキトーなあだ名が通称になっちゃうんですよねΣ(・ω・ノ)ノ



    かく言う私は、半分は日本人らしく真面目に掘ってデータ取って研究して、残り半分はラテン人らしく明るくテキトーにふざけて生きていきたい!ヾ(´ω`=´ω`)ノ



    何はともあれ、

    やぱ金銀財宝いいな!( ・Д・)



    ↓マヤ遺跡の調査速報等をアップしてます!↓
    ↓祝!登録者数1000人突破!↓
    ↓逃避行動で実験考古学キャンプとかゲーム実況もやってるよ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    2025ねん 9がつ 21にち(にちよーび、晴れ)

    宣言通り昨日はYoutube動画つくったぜ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースは💀🔥 火で乾かす『長生きの秘術』 — アジア発、世界最古級、煙乾燥ミイラ群の衝撃!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    *閲覧注意!:スモークドマミー(燻製ミイラ)の画像が下部にあるので、グロ系ダメなひとは見ないでください!




    📰 冒頭


    熱と煙の匂いが、1万年以上の時を越えて届いた――。


    南中国・東南アジアの複数遺跡を再解析した新研究が示したのは、“人為的に低温の煙で数日〜数週間かけて乾燥させる”ミイラ化行為が、紀元前1万年ごろ(あるいはそれより古く)に行われていた可能性だということ。


    これは「ミイラ=エジプト」の常識を揺るがし、葬送行為と祖先崇拝の起源に新たな光を投げかける。






    🔎 発見の要点:どこで何が確認されたのか

    🗺️ 国や地域:主に中国南部(広西、広東の遺跡)やベトナム、インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピンの旧石器〜前新石器層の埋葬群が再検討され、合計で数十例(54体を中心に解析した報告)が対象に含まれた。


    🔥 何が見つかったか:屈曲(しゃがむ/胎児様)位で埋葬された遺骸、骨の表面に見られる熱変性や煤(すす)付着、頭蓋の焼け痕・切開痕など、単なる偶発的な火災や焼失とは異なる「持続的で低温の熱処理(煙乾燥)」を示す痕跡が検出された。


    (重要)この研究は、化学分析(X線回折や赤外分光等)や顕微鏡観察を用いて「熱による骨や軟組織の段階的変化」と「煤の付着」が埋葬過程に関わったことを示している。





    arukemaya_y153
    arukemaya_y156
    ↑普通に屈葬の骨に見えるね!( ・Д・)(Hung et al. 2025, Fig.2, 5より転載)



    🧪 「煙で乾かす」って具体的にはどうやったの?

    想像してみてほしい。死者を丸めて抱え、火のそばに横たえ(もしくは骨格を組み直して)長時間にわたり熱を当てる。


    温度は高温焼成(焼却)に至らない範囲で、低く持続的な熱(燻し)と煙が壁や被覆、周辺材に作用して身体から水分を徐々に抜いていく。


    研究チームは、骨の色変化・微細割れ・煤の粒子の挙動などから、こうした“煙乾燥(smoke-drying)”工程が積極的に行われた可能性を示した。




    arukemaya_y157
    ↑こんな風にやるらしいよ!( ・Д・)(Hung et al. 2025, Fig.9より転載)



    🌍 なぜ重要か — 世界史の教科書を書き直すのか?

    従来、最古の“人為的なミイラ”として注目されてきたのは、チリ北部のチンチョーロ文化(約7,000年前)や古代エジプト(約4,500年前)だった。


    今回の発見はこれらより古く、最古クラス(論文では「1万年以上前」〜最古で約12,000年前とする報告もあり得る)の人為的保存行為を示す可能性があるとされる。


    もし確定すれば、ミイラ化の発明が“砂漠や巨大墓の文明”ではなく、むしろ熱帯・亜熱帯の小型・移動性社会(狩猟採集民)の葬送実践から出現した、という視点を与える。







    🧭 文化的・進化的な意味:葬送はなぜ生まれたのか

    葬送の起源をめぐる議論では、「衛生的理由」「遺体の保存」「祖先崇拝や社会的記憶の保持」など複数説がある。


    煙乾燥は“保存”と“儀礼”の両面を兼ね得る手法で、遺体を可能な限り“見える形で”保ち、長期間にわたって遺族の記憶を触発することを可能にする。


    小規模な集団での祖先記憶の維持や社会的結びつきの強化に寄与した――そんな仮説が考えられる。


    研究者はまた、現在もパプアなどで続く民俗的な燻製・ミイラ保存技術との連続性にも言及している。




    arukemaya_y154
    arukemaya_y155
    ↑やぱ普通に屈葬の骨に見えるね!( ・Д・)(Hung et al. 2025, Fig.3, 4より転載)



    🔬 論拠の強さと慎重論:疑問点はなにか?

    重要な点だよ。報告は力強く示唆しているものの、以下の点で慎重さが求められている:


    1. 年代の確定精度 — サイトごとに年代測定法や層位の質が異なるため、すべてが同時期の同一習俗を示すとは限らない。

    2. 行為の意図性 — 熱による変性=意図的保存とは断定できないケースもあり、自然発生的な乾燥や偶発的な火の影響と区別する必要がある。

    3. 地域性の幅 — いくつかの場所では明確な儀礼的証拠が薄く、局所慣行だったのか、広域的な風習だったのかは追加研究が要る。


    学術界には既に慎重論も出ており、さらなる化学的解析、DNA・たんぱく質保存の検査、微痕跡学的研究が求められている。




    arukemaya_y152
    ↑これが現代のスモークドマミー!さすがに生々しい(?)ぜ!( ・Д・)(Hung et al. 2025, Fig.8より転載)



    おわりに

    上に挙げた現代の例ですけど、インドネシア、パプアで2019年に撮影されたものです。

    この状態ならミイラだな~てなるけれど、さすがに約1万年も普通の土の中に埋もれていたらそりゃあ骨だけになるよね。

    ほんとただの屈葬にしか見えないんだもん( ・Д・)




    そりゃあさすがに反論も出るわ。

    どこの考古学者も(一般の方々もだけど)最古とか最大とか大好きだけど、

    中国は特に最古大好きな感じがするからなぁ。

    まぁ今回は中国南部と東南アジアの例として挙げてるけど、中国は東南アジアは中国のモノっておもってそうだし(苦笑)



    そういう意味ではなんか漠然と不安!



    でも日本人研究者も混じってるし、

    分析自体は同年代の他地域の人骨との比較で統計的に差異を出せばいいから時間と労力かければ何とかなる問題だし、

    最古のミイラの時期に関しては多少オーバーに言う民族性があれど、エジプトや南米の事例に比べりゃ遥かに古いので問題ないかと思う。



    ・・・絶対最古なんだから控えめに安全圏で言おうとする姿勢は日本人特有か?

    まぁでもそれが日本では美徳でも世界的に見れば日本人の弱さでもある。

    ガンガンに押していかないからな。

    一長一短かヽ(TдT)ノ



    あ、今回の論文、共同執筆者が全部で22名・・・

    考古学でも学際的研究を推進した結果(無理に進めた結果?)こうした理系論文で見られるような『大所帯』論文が散見されるようになったね。

    まぁアメリカ発の「論文数至上主義」的な病気が蔓延してるからみんな名前ぶち込みたいもんね。

    ま、特に関係ないし、いいんだけど!(*^・ェ・)ノ




    何はともあれ、

    久々にスモークチーズとか食べたいな!(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?



    ↓マヤ遺跡の調査速報等をアップしてます!↓
    ↓祝!登録者数1000人突破!↓
    ↓逃避行動で実験考古学キャンプとかゲーム実況もやってるよ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    2025ねん 9がつ 20にち(どよーび、くもり)

    ふっきん割れる~、割れるくらい痛い~!( -д-)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースは🪦 10万年前の別れ — ティンシュメト洞窟で見つかった“世界最古級”の墓地が語ること!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ







    📰 はじめに


    洞窟の暗がりに、古(いにしえ)の優しい配置が眠っていた。


    小さな穴に折りたたまれるように眠る骨、そばに置かれた黒い玄武岩の小石、そして赤いオーカー(黄鉄鉱を焼いた顔料)の破片――これらは偶然の集積なのか、それとも「意図された別れ」なのか。


    イスラエル中部のティンシュメト(Tinshemet)洞窟で発掘された遺構は、層序・年代測定・付随物の揃いから 約10万年前(約100,000年)に遡る埋葬群 と結論づけられ、考古学界をゆさぶっている。






    🔎 発見の要点:何が出て、なにが「墓地」なのか?

    出土物の構成:考古チームが報告する主要な出土は、完全またはほぼ完全な2体の人骨(全身骨格)と、頭蓋骨を含む断片的遺骸3点、さらに複数の小石(黒い玄武岩)や動物骨、500点以上の赤・橙色のオーカー片など。


    これらは単なる遺骸散乱ではなく、小さな“浅い墓穴”や骨の意図的な配列が確認されている点で、埋葬行為の証拠と解釈されている。





    arukemaya_y150
    ↑フルーツコウモリもこれだけいるとやだね・・・捕まえて調査中ペットにしたいけど!( ・Д・)(「AP News」の記事内画像より転載)



    🧭 年代と保存:本当に10万年前なのか?

    年代の根拠は層位学的解析と堆積層の年代測定で、研究チームは遺物を中期旧石器時代(Middle Paleolithic)に位置づけ、約100,000年前(報告では110,000年前の層も含む)という年代帯を提示している。


    さらに、この洞窟は灰や雨水、石灰質の性質が複合して“良好な保存条件”を生んでおり、骨や有機物の形状が比較的良く残っている点が調査を後押しした。






    🧪 何が「儀礼」を示すのか? 気になる付随物の意味

    オーカー(赤色顔料)の存在、黒い玄武岩の小石、動物の骨や道具的に見えない痕跡――これらが並ぶことが、“単なる投棄”を超えた象徴的意味を示唆する。


    オーカーは世界中で死者や装飾・象徴行為に使われてきた素材で、ここでも「死者の身体に塗られた」「墓内に撒かれた」可能性が議論されている。


    また、一体は胎児のように丸められ、指が交差した状態で残っており、慎重に扱われて埋葬されたことを示すという報告もある。


    こうした組合せが“意図的な葬送”を指す主要な理由である。




    arukemaya_y148
    ↑化石人類の発掘調査はもう古生物学で恐竜の化石掘ってるのと変わらん気がするね!( ・Д・)(「Hebrew University」の記事内画像より転載)


    🌍 文脈づけ:イスラエル内の他の古い墓との連続性

    イスラエル北部のスフル(Skhul)やカフツェ(Qafzeh)洞窟、他地域で見つかる中期旧石器期の埋葬例と比較すると、ティンシュメトの発見は“地域的に広がる葬送慣行”の一端を補強する。


    つまり、死者を扱う習俗は断片的事例にとどまらず、広い地域で類似の象徴的行為が行われていた可能性が示唆される。


    古い例ほど「個別の奇跡」ではなく「集団的行為」の痕跡として読むことができる。






    🔬 誰の遺骸なのか? ホモ・サピエンス? ネアンデルタール? それとも混血?

    現時点で遺骸の正確な分類(ホモ・サピエンス、ネアンデルタール、ハイブリッド系統など)は慎重に検討されており、いくつかの遺体は形態学的特徴から現生人類(Homo sapiens)に近い可能性が示唆されるが、断定はまだ早い。


    今後の古DNA解析や形態学の詳細解析でより明確になるはずだが、ミドル・パレオリシック期における人類種の混在と象徴行為の関係は、研究上の大きな焦点となる。



    arukemaya_y147
    arukemaya_y149


    おわりに 日本人考古学者爆死すればいいのに

    日本人考古学者って、、、特に古墳時代の研究者は『威信財』大好き過ぎると思うのだけれど、

    彼らの定義って自然言語記述だから、こんな感じ。



    『生存の継続には必要ないが、社会関係をの構築と維持に不可欠な、外部からもたらされ上位者から分配される貴重財(下垣 2019)』



    要は・・・・・・

    ①威信財とは遥か遠方の財である
    (希少的価値が高く、コミュニティの誰もがアクセスできるわけではないもの)

    ②生存財や奢侈財ではなく、貴重財
    (食べ物とか不可欠なものではない、更には贅沢品(嗜好品など)ですらない特別なもの)

    ③コミュニティ上位者だけが入手できて下位者に分配するもの
    (贈与論に基づき、非対称な贈与関係によって権力が発生する)



    私はこの言葉に頼った定義が好きじゃないんだけど、人によって定義は様々だし、曖昧だし、、、



    今回の発見は人類最古のものなのに、副葬品は豊かだし、めちゃ遠距離から来てるし、少なくとも生存財ではないし、、、

    まぁいくらでも言い訳はできるんだけどね

    例えば今回の発見物は貴重財ではなく奢侈財であるとか、彼らはこの二つを区別出来てはいないと思うけれど、、、

    あとは集団墓なので儀礼行為の結果であって明確に副葬品ではないとか、上位者から分配されたものという判定はできないとか、、、これも古墳時代でも同様に言える気がするけどね。


    重鎮ぶってないで、旧い考え方もそろそろ見直した方がいいんじゃない?( ・Д・)




    何はともあれ、自然言語記述的定義なんて小学生か老害まで!

    時代はやぱ数的定義だよね!( ・Д・)



    ↓マヤ遺跡の調査速報等をアップしてます!↓
    ↓祝!登録者数1000人突破!↓
    ↓逃避行動で実験考古学キャンプとかゲーム実況もやってるよ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    2025ねん 9がつ 19にち(きんよーび、くもり)

    昨日散財した上にずぶ濡れになた( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースはカノプスのもう一つの声 — 150年ぶりの“完全な”カノプス勅令石碑がナイルデルタで顔を出す!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ




    📰 はじめに


    「また見つかったよ、あの石文(せきぶん)が――」と発掘チームが息を呑んだのは、砂埃舞うテル(遺跡丘)で見つかった一枚の厚い砂岩板。


    刻まれていたのは、紀元前238年にプトレマイオス朝の祭司会が可決した有名な勅令――カノプス勅令(Decree of Canopus)の“完全版”に匹敵する、これまでに見つかったものの中で最も整った一例だった。


    150年以上ぶりに“完全な”写しが発見されたとして、考古学界とメディアは沸き立っています。






    🔎 発見の現場:どこで、誰が、何を見つけたのか?

    今回の石碑はエジプト北東部、シャルキーヤ県(Sharqia governorate)にある遺跡 テル・エル=ファライン(Tell el-Pharaeen)で、エジプト考古当局と現地調査チームが行った発掘の成果として公表されました。


    石板の寸法はおよそ高さ約127.5cm、幅約83cm、厚さ約48cmと報告されており、保存状態は非常によいとのこと。






    🪙 何が「新しい」のか:150年ぶりの「完全な」写しの意味

    カノプス勅令はプトレマイオス3世(Ptolemy III Euergetes)年の祭儀・暦改正その他を扱う重要文書で、かつては複数の遺跡に写しが配られたことが知られていました。


    19世紀以降、断片や写しが散見されてきたが、ここ150年で“完全な写し”と評価される保存の良い一枚が見つかるのは極めて稀――今回の発見はその希少性ゆえに大きな注目を集めています。


    しかも報告によれば、この写しは“ヒエログリフのみ”で彫られており、これまで知られていた三言語(ヒエログリフ/デモティック/ギリシア語)形式とは異なる単一書体の写しである点が興味深い。





    arukemaya_y144
    ↑すごい!よく壊れなかったね!( ・Д・)(「LBV」の記事内画像より転載; Credit: Ministry of Tourism and Antiquities of Egypt




    🧭 歴史的インパクト:暦改正と王権礼拝の素材としての価値

    カノプス勅令は単なる誇示文書ではありません。そこには太陽暦への補正(閏日導入の言及)や王室の神格化、祭儀の整備など、プトレマイオス王朝の政治・宗教政策が端的に示されており、当時の国家が「言葉を石に刻んで全国の神殿に掲示した」政治手法を物的に伝える重要な史料です。


    新たに見つかった写しは、勅令の伝播過程、地域ごとの表現差、そして公式儀礼の地域適応を検討するための貴重な一次資料となります。






    🧪 素材・書体・モチーフ:石碑の“顔”を読む

    上部には翼を広げた太陽円盤と左右のウラエウス(王権を示す蛇)をあしらう典型的な王権モチーフが彫られており、本文は整然と並ぶヒエログリフの列が読み取れます。


    研究者はまず保存処理を行ったうえで、石材の組成分析、彫刻手法、書記群の表現差を詳しく調べ、既知のカノプス写本と逐語比較する予定だと発表しています。


    これにより写しの“ローカル版”としての性質や、どの祭祀共同体がこの石を依頼・設置したかを推定できる可能性があります。






    🌍 世界の反応:学界とメディアはどう騒いだか

    国際的な考古ニュースメディアや学術系ウェブは、今回の発見を「ロゼッタ石に次ぐ言語史上の重要素材かもしれない」、「プトレマイオス朝研究に新たな地平を開く」と報じています。


    同時に批判的・慎重な声もあり、「写しの正確な年代測定、本文の完全な解読、現地出土層の文脈確認なしに結論を急ぐべきではない」といった点が指摘されています。


    つまり注目度は高いが、結論はまだ“検証の段階”です。






    🔍 研究で狙える“おいしい”問い

    • この写しはどの程度オリジナル文と一致するのか(文言差があれば政治的意図やローカライズの痕跡が見える)。

    • ヒエログリフのみで刻まれている理由は何か(地域的な読み手層への配慮か、ギリシア語文が失われた完全版か)。

    • 石材の産地・運搬経路や、設置場所の宗教的役割(なぜそのテルに掲げられたか)。

    これらはすべて、「発見はニュースだが学問はじっくり」という古典的だが重要な手順を踏むことでしか解けません。








    おわりに

    私は発見至上主義的な考古学者大嫌いな人ですけども、

    こういうのはいいね!

    私が嫌いなのは発見しただけで終わる研究者モドキだから!(゚Д゚≡゚Д゚)ゴルッホー!!!

    今後の研究の進展に期待です。



    ん~私もティカルで石碑見つけたいな~。

    できれば研究に役立つ内容のがいいけれど我儘は言ってられないね( ・Д・)



    ・・・てか、こうしてみると石碑に刻まれたヒエログリフかっこいいよね。

    まぁマヤ文字も負けてないけどね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!





    何はともあれ、

    やぱ石碑はカッコいいな!( ・Д・)



    ↓マヤ遺跡の調査速報等をアップしてます!↓
    ↓祝!登録者数1000人突破!↓
    ↓逃避行動で実験考古学キャンプとかゲーム実況もやってるよ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

    このページのトップヘ