あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    2025年10月

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    2025ねん 10がつ 22にち(すいよーび、雨)

    今日は超久しぶりの日中ずっと雨予報!(*・ω・)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースは「なんか薄い板が出たんだけど実はレアものだた!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ




    📰はじめに


    こんにちは、今回のテーマは、なんと南トルコ、古代都市 Sagalassos(サガラッソス)の浴場遺跡から発見された、ローマ時代のエジプト神の図像。


    ローマ帝国の辺境、アナトリア山岳地帯に、なぜエジプトの神々が? 考古学的発見が投げかける「遠く離れた文明どうしの意外なつながり」に迫ります。


    アート、宗教、交易、装飾美術……さまざまな角度から読み解くこの発見は、歴史好きにも旅好きにも“ゾクッ”と響くネタ。どうぞお楽しみください。





    ✨ 出発点:サガラッソスで出土した驚きのレリーフ

    南トルコ、現在のブルドル県アーグラシュン(Ağlasun)近郊の山岳都市、サガラッソス。古代ローマ期にはピシディア地方の有力都市として栄え、現在でも優れた保存状態の遺跡群が残っています。
    2025年10月に発表された研究によれば、この都市のローマ期浴場(特に北部フリギダリウム=冷浴室)から、薄い大理石パネルに刻まれた、いわゆる「エジプト神」図像が確認されました。

    具体的には、

    • 中央にスフィンクス風の神格 Tutu が描かれ、

    • 左右に王冠を戴いた人間像(上・下エジプトの象徴か)や、鷹頭の神 Horus、ワニ頭の神 Sobek らが配置。

      興味深いのは、マーブル(大理石)はトルコ西部のアフヨンカラヒサル産(Afyon marble)であり、素材も技法もエジプト直輸入ではなく「ローマ期アナトリア的制作」であった点です。
      さらに、発見者である考古学者 Peter Talloen 氏らは「この図像プログラムが装飾目的に使われており、信仰対象というより“デコレーションとしてのエジプト風表現”である」旨を指摘しています。
      この段階で、すでにワクワクする事実が詰まっています:ローマ帝国が地中海を取り囲むだけでなく、エジプト→アナトリアの“アイコン”がやってきていたという。どうして? 以下で深掘りします。


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    ↑なんか薄い板!( ・Д・)(「Anatorian Archaeology」の記事内画像より転載)


    🏛️ なぜエジプト風図像が? ローマ帝国における“エジプト主義”

    ローマ帝国では、征服地・交易路を通じてさまざまな宗教・理念が移動しました。なかでも、エジプトの神々はギリシア・ローマ文化圏において「奇異で魅力的なエキゾチック要素」として受け入れられてきました。例えば、合成神 Serapis(ギリシア・エジプトの神)は、プトレマイオス朝エジプトからローマ世界に広がった代表例です。


    しかし、「装飾」としての利用、しかも純粋に視覚的モチーフとして、エジプト神像がローマ期アナトリアの浴場に出てくるというのは、非常に稀少なケース。実際、研究者らは「エジプト外でこの図像が装飾目的で用いられた例はほかに知られていない」と述べています。
    ではなぜ、サガラッソスでこのような“エジプト風装飾”が生まれたのか? 幾つかの要因が重なっていると考えられます:

    • 交易・文化交流:サガラッソスはローマ期においてワイン・農産物などをエジプトなどへ輸出していた可能性があり、異文化接触があり得るという記録があります。

    • 装飾トレンドとしての“エジプト風”:ローマ時代、美的な理由でエジプト的モチーフ(王冠、スフィンクス、神格など)が好まれ、シンボルとして用いられた可能性。

    • 地域エリートのステータス表現:浴場という公共・社交の場において、異国的・知識的なモチーフを採用することで、地域都市の「世界とつながっている」感を出したかったのかもしれません。

    • 宗教的ではなく「象徴的使用」:先述の通り、このパネルは信仰対象ではなく、装飾目的と考えられているため、図像が“意味を超えて見せるもの”として機能した可能性があります。

    このように、「なぜここに」という問いには明確な単一解答はありませんが、“交易・装飾・文化的沸点”という三方向が交差していたことは明らかです。




    🛁 浴場という空間が持つ特異性

    今回発見されたパネルが用いられていたのは、浴場の“北部フリギダリウム(冷浴室)”という空間。なぜ浴場がこのような図像を伴う場だったのかも、考えてみる価値があります。


    浴場はローマ世界では単なる入浴施設ではなく、社交・衛生・リラクゼーション・美的演出が融合する公共施設でした。そこに装飾・図像が付加されることは珍しくありませんが、異国の神像をあえて取り込んだケースは非常にめずらしい。

    • フリギダリウムという“冷”の空間において、守護や転換のイメージを持つ神像(例えばスフィンクス‐Tutu)が置かれた可能性。図像が「外界からの守り」「異文化の知恵の象徴」として作用したかもしれません。

    • 浴場を利用する市民・エリートに対して、「世界がつながっている」「最前線だ」という感覚の演出。異国の神が現れることで、空間の“格”が上がる。

    • 装飾パネルという形式は、信仰儀礼の場ではなく“日常を彩る”場であり、浴場という“日常×社交”の場にふさわしい。

    つまり、この発見は「神殿」「祭祀場」ではなく「公共浴場」というありふれた空間に、遥かエジプトの神像が持ち込まれていたという点で、私たちの歴史観をぐっと揺さぶるのです。







    おわりに

    考古学ニュースはほとんど「なんちゃらを発見!」って感じだけれど、

    私は今回のような発見の方がいいな~って思います。



    ただ単に珍しいものが出たとか、「最大」とか「最古」とか、まぁそれらも重要なんだけれど、『ふ~ん( ・Д・)』って感じ。



    それよりは今回のように一見ただの「なんか薄い板」だし、装飾や造形が際立って美しく美術的価値があるわけでもない。

    でも考古学的価値はとても高くて、今後の研究の進展に繋がる・・・そんな発見の方が好きですね。




    まぁ単に、中南米における発見至上主義が嫌いなだけかも知れないけれど。

    たくさんの資本で、大きい神殿やら宮殿だけ掘って、”イイモノ”出すだけ。それが調査研究だと思ってる研究者とそれをよしとする学界と社会が嫌いなのだと思う( -д-)ノ



    あ、ふざけて始めて少し真面目に書いて、最後はふざけて終わる「あるけまやStyle」がぁぁああ( ・Д・)




    何はともあれ、

    やぱローマ・エジプト研究したいな!( ・Д・)



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    kab
    ↑北海道はでっかいどう!( ・Д・) 



    今日のマヤ語・スペイン語

    🌾 土地・大地 — kabʼ(マヤ語)/tierra(スペイン語)


    マヤ語の kabʼ(カブ) は「地面」「大地」そして「世界」をも意味します。


    大地母神イシュ・カブ(Ix Kab)に通じ、生命を支える基盤。


    スペイン語のティエラは物質的な土で、土地すが、kabʼ は神聖な「母なる地球」です。





    カブ T528v+T60_a

    ↑人は大地なしには生きてはいけないのじゃ!( ・Д・)






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    2025ねん 10がつ 21にち(かよーび、くもり)

    腰が痛い!( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    a

    ↑数理的なイメージ!?( ・Д・)




    今回はアメリカ考古学、マヤ考古学の原点的重要論文ってこんな感じ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ

    *最後にコメントがあるよ!(*^・ェ・)ノ




    『Method and Theory in American Archaeology』の要約と解釈

    はじめに

    本書は、アメリカ考古学(特に前コロンブス期/先史時代アメリカ大陸)を対象に、「考古学は単なる発掘・記述の学問ではなく、理論と方法論を伴った人類学の一分野である」という主張を提示するものである。


    著者のWilley と Phillips は、序論で次のように述べている:

    “American archaeology is anthropology or it is nothing.”

    この言葉は、考古資料をただ年代順・型別に整理するのではなく、人類文化における構造・過程・変化を明らかにすべきという視座を示している。


    本書は大きく2部構成となっており、第一部「文化‐歴史的統合の運用的基盤(An Operational Basis for Culture-Historical Integration)」、第二部「歴史‐発達的解釈(Historical-Developmental Interpretation)」に分かれている。






    第一部 文化‐歴史的統合の運用的基盤

    ここでは、考古学の記述レベル(観察・記録・分類)から、より説明・比較可能な形へと整備するための「単位(unit)」「型(typology)」「時空分布(spatial-temporal ordering and contextual relationships)」などの概念が論じられている。


    考古単位概念(Archaeological Unit Concepts)

    Willey & Phillips は、考古学が扱うべき「単位(units)」として、以下の3次元を明確に整理している:

    • 時間(chronological dimension)

    • 空間(spatial dimension)

    • 物質/型(material or typological dimension)

      彼らは、これらを統合して「文化‐歴史的統合(culture-historical integration)」を行うべきであり、単に“時代を追う”だけでなく、“形式・分布・機能・変化”を同時に捉えることが重要であると述べる。

    彼らはただし、当時のアメリカ考古学が「観察・記述」には熟達しているが、「説明(how/why)」「一般化(regularities)」には十分でないと批判する。

    序論より引用:

    “…the archaeologist’s ultimate purpose is the discovery of regularities that are in a sense spaceless and timeless.”

    この言葉が示すように、彼らは考古学を「単なる文化史」ではなく、「人間文化の法則を探る人類学的学問」であると位置づけた。



    考古統合(Archaeological Integration)

    次に彼らは、時空分布と文脈(context)を統合する作業―すなわち、遺物型・遺跡配置・技法・環境・交流ネットワークなど―を考古統合の中心課題とみなした。彼らは、


    “culture-historical integration … is both the spatial and temporal scales and the content and relationships which they measure.” 

    以上のように述べ、ただ「〇〇期 → △△期」という単純な系列化ではなく、「その変化がどのような空間的・物質的・社会的関係のもとに起きたか」を問うべきだと指摘している。


    つまり、この部では「型の定義・分類」「時空分布・類似性」など、タイプ論争で注目された“型・変異・分類”の基盤を、より大きな文脈(時空・文化)で位置づけている。





    第二部 歴史‐発達的解釈

    第二部では、アメリカ大陸先史文化を「Lithic → Archaic → Formative → Classic → Postclassic」という段階論的枠組みで整理し、各段階の特徴・時期・技術・社会変化を解説している。

    この発展モデルは、当時の考古学におけるタイプ論・遺跡分布論・文化進化の議論を俯瞰的に示すものであり、本書がタイプ論争や定量化考古学・ニューアーケオロジー(Processual Archaeology)への橋渡しとなる所以である。

    例えば、Lithic ステージ(石期)においては石器技術が主体とされ、Archaic ステージ(古期)では定住化・狩猟採集社会から農耕社会への移行が論じられる。Formative (形成期 / 先古典期)以降では、陶器・拡大集落・儀礼中心地・都市的要素などが出現し、Classic/Postclassic (古典期・後古典期)ではさらに社会組織・政治制度・交易網の複雑化が展開される。

    著者らは、そのような段階論を通じて、過去文化を「どのように変化したか」「なぜ変化したか」を説明するヒントを提供しており、考古学における単なる編年・型分類から一歩先の理論化・一般化を促した。






    タイプ論争との関係・意義

    本書がタイプ論争の文脈で重要なのは、タイプ(型)の概念を以下のように位置づけている点である:

    • 「型=分類単位」から、「型+時空+文脈=文化変化を読み取る手段」へと分類観を拡張している。

    • 型分類・時空分布・文化段階モデルを統合することで、考古学を説明レベルへ導こうと試みた。

    • また、「考古学は人類学である」という宣言を通じて、分類の方法論的枠組み(タイプ論争)を学際的・理論的に位置づけた。

    この意味で、『Method and Theory』は、タイプ論争(Krieger/Spaulding/Ford)を受け継ぎながら、「次の段階=理論的・モデル的考古学(定量化・説明志向)」へと道を拓いた意義ある著作といえる。






    方法論的特徴と影響

    本書の特徴的な論点はいくつか挙げられる:

    1. 分類・型・段階論の構造化
       遺物・遺跡・文化を型や段階で整理し、時代・空間・物質文化を横串に通す構造を提示。

    2. 時空分布・文脈の重視
       ただ形態を比較するのではなく、その出現・分布・変化を「なぜ・どのように」の視点で捉えるよう促した。

    3. 説明志向(processual interpretation)への準備
       本書では「機能的・原因的な説明(why)」を扱う「プロセス的解釈(processual interpretation)」という用語を前倒しで用いており、後のニューアーケオロジーへと発展する理論基盤を整えている。

    4. 分類の方法論的反省
       型の設定・許容変異・標本選定など、分類における方法論的課題を明示しており、タイプ論争での問題点(恣意性・比較可能性など)と重なる議論を含んでいる。

    5. 文化人類学との接続
       序論において、「考古学は人類学である」という命題を掲げ、人類文化を理解するための手段として遺物を扱う姿勢を明確にした。これは考古学を文化分析の科学へ引き上げる意図を反映している。





    制約・批判的視点

    • 本書が採用する段階論(Lithic→Archaic→Formative→Classic→Postclassic)は、後年の批判(多線進化・地域変異・交流体系の複雑性)により修正・否定される部分も多い。

    • 型・段階の分類は、時間・空間・文化の変化を必ずしも線形に捉えない現代的知見とは整合しない部分がある。

    • また、本書の多くの議論は「北米/中南米考古学(特にアメリカ新世界)」に限定されており、他地域への普遍化には注意を要する。





    現代的意義

    今日においても、『Method and Theory in American Archaeology』は考古学史・方法論史研究において必読の一冊であるとされている。デジタル技術・GIS・ネットワーク分析が進む現代でも、本書の「単位・型・時空・プロセス」という枠組みは参照可能な基盤である。例えば、GIS研究では本書が提示した「単位(unit)とは時間・空間・型の三次元をもつものである」という概念が引き合いに出されている。





    あるけまや流コメント

    『Method and Theory in American Archaeology』は、考古学の分類・型・段階論といった問題を高度に整理した、1950年代後半のアメリカ考古学における転換点的著作です。

    タイプ論争や定量化考古学・新考古学へと続く流れを理解するうえで不可欠な文献であり、文化史的な遺物記述を超えて「文化変化・人間行動・理論モデル」を視野に入れた考古学の姿勢を示しています。




    ・・・ということで彼らの宣言はとても重要だったけれど、今の研究者もなかなか実践できていないよね。まぁプロセス考古学的研究が劣勢だからってのもあるけれど( -д-)ノ



    私はプロセス考古学者を自認しているので、とても大好きな本ですね。


    しかしながら相違点ももちろんあって、

    彼らの考古学的単位は
    ・モノ(タイプ)
    ・空間
    ・時間

    の3次元ですが、


    私の『物質文化マクロ生態学』では考古学において捉えるべき単位は、
    ・モノ(タイプ)
    ・空間(社会的空間/位置)
    ・時間
    ・量(掘削した土量の単位体積辺りの重量/点数)

    の4次元です。


    これらの考古学単位に関する基礎データを用いて財の社会不均衡分布(構造)を分布式(経済学由来)で記述して、「なぜそうなるのか、なぜそう変わるのか」という『Why』や『How』の部分、つまり力学的な部分を進化式(生態学由来)で記述するのが物質文化マクロ生態学です。


    もうこの時点で私の研究との関連性が出てくるので、記事書いててもなんだか楽しいです。まぁこの先ものんびりと数理考古学の話をしていきましょ~!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!








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    2025ねん 10がつ 21にち(かよーび、くもり)

    余裕もって早めに寝たのになんだかねむい!( -д-)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースは5000年前のパンが出た!だから作って食べさせてみた!?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ




    📰はじめに


    ── 土の中で眠っていた一片のチャコール化したパンが、現代の食文化と気候変動対策に新たなヒントを投げかけている。──


    ある日、トルコ中部、キュルリュオバ・ホユック(Küllüoba Höyük)の発掘現場で、約紀元前3300年頃に焼かれ、さらに埋められたまま5000年近く地中に残っていた、まるで“パンの化石”とも言える焼き菓子状のパンが発見された。


    これを契機に、古代の製粉・発酵・焼成の技術が蘇り、しかもその技術が“乾燥・水不足”という現代の農業・食の課題ともリンクしているというのだ。





    🏺 発見の現場:Küllüobaで何が見つかったのか

    発見地はトルコ中部アナトリア、Eskişehir近郊のKüllüoba Höyük。ここでは銅器時代初期〜中期の集落遺跡の発掘が行われており、2024年9月に発掘された“焼かれて埋められたパン”が注目を浴びている。

    形状は直径約12センチ、円盤状、チャコール化・炭化しており、「パンらしき塊」がそのまま住宅基壇の下に敷かれていた。 

    発掘主任の Murat Türkteki 氏は「通常パンは出土時にはパンくずに過ぎないが、今回は形が残っていた。焼かれて埋められたという構造が保存を可能にした」と語っている。 

    このような“まるごとのパン”という出土は極めて稀であり、発掘・分析対象としても一次資料の価値が非常に高い。




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    ↑これが発掘現場!( ・Д・)(「ZME Science」の記事内画像より転載)



    🔍 原材料と製法:古代パンはどう作られたか

    分析の結果、このパンには次のような特徴が見られた:

    • 粗挽きのエンマー小麦(古代小麦)を主原料としていた。

    • レンズ豆(lentils)の種が混入されていた。

    • 未同定植物の葉が酵母代替として用いられていた可能性がある。

    • 直径12センチ程度、円盤状、平たく焼かれており、焼成後に一部が裂かれ、その後焼かれたのち住宅の敷居下面に埋設されていた。裂かれた痕跡から、儀礼用途(豊穣・家屋完成祈願)で使用されたと研究者は推定している。 


      また、再現実験として、トルコの地方自治体によるパン製造ベーカリーが、古代品に近い材料(例えば近縁品種の「カビルカ小麦」、ブルグル、レンズ豆など)を用い、「キュルリュオバ・パン」として現代に復活させ、大衆にも提供を始めている。





    🌍 温暖化・食料適応へのヒント:古代技術が現代に効く?

    この発見で注目すべきは「ただ古いパンが出た」「再現した」という点だけではない。実はこの古代パンとその原料が、21世紀の気候変動・水不足・農業適応というテーマに直接リンクしているのだ。


    例えば、研究では「このパンの原料小麦は、現在トルコ中部で深刻化している乾燥・水不足状況の中でも生育可能な古代品種に近い」と報じられており、自治体の市長も「我々の祖先は少水量作物を使っていた。今こそその知恵に戻る時だ」とコメントしている。 


    具体的には:

    • エンマー小麦や近縁古代小麦は、現代の高収量品種に比べて雑草耐性・低水量適応性が高い可能性がある。

    • レンズ豆など豆類の混合栽培・混合焼成という形は、たんぱく源・窒素固定源としても優れ、農業多様化のモデルとなりうる。

    • 焼成・保存技術という観点からも、少加工・保存料不使用・栄養豊富という“持続可能な食”の設計モデルになる。


      パンの再現ベーカリーでは、「低グルテン・保存料不使用・栄養価が高いパン」として販売され、消費者も多数並んで購入している。これが“食品遺産活用”ד食料問題解決”という新たなパラダイムを生みつつある。




    🧭 社会・儀礼の視点:パンが持つ意味と古代文明の営み

    発掘されたパンは、単なる食料の残片ではなく、古代社会の儀礼・社会構造・日常生活を映す鏡となっている。研究では以下のような見立てがなされている:

    • パンが住宅の敷居下に埋設されていたという事実:これは家屋建築完了時の豊穣祈願・引越儀礼として、パンを断片化・焼成・埋設する慣習があった可能性を示唆しています。

    • 焼成後に裂かれた痕跡:これは“共有・分かち合い”あるいは“儀礼的分割”を示す行為と見る研究者もいます。

    • 集落はただ農耕をするグループではなく、商工・手工・採掘活動まで含む“複合機能都市”だったという分析も。パンのような加工品の存在は、単なる生産ではなく加工・保存・流通というステージを含んでいたことを示しています。 

      こうして、パンという“日常の食”が、古代文明の社会構造、儀礼、経済活動、環境適応までも映し出しているのです。








    おわりに

    パンでも米でもビールでも酒でも、「古代なんちゃら」ってたまに見るよね。

    研究費かけて古代ビールを再現して、一時的に販売するなんてこともやってるよね。



    ・・・私もマヤの酒再現したい!(笑)

    研究費ちょーだい!


    冗談はさておき(半分冗談はないが)、再現したものが現代社会問題の解決に寄与する可能性があるのは素晴らしいなぁと思います。

    その点でこれまでの類似研究とは一線を画すなと思います。

    地元の市長も協力的なのも素晴らしい。

    まぁそれほどに乾燥を始めとした環境問題・食糧問題が大きいのかも知れないけれど( -д-)ノ



    ところで気付いた?

    この小麦、「Kavilca小麦」なのさ。

    保存料なくても保存性が強いらしいが、まぁ確かに小麦自体に『カビるか!』って強い意志を感じるもんね!( ・Д・)




    何はともあれ、

    久々にパン食べたいな!( ・Д・)



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    che
    ↑セイバはマヤの世界樹、若いころはトゲトゲしている、人間と同じ?( ・Д・) 


    今日のマヤ語・スペイン語

    🗓️ Day 11:🌳 木 — cheʼ(マヤ語)/árbol(スペイン語)

    マヤ語の cheʼ(チェʼ) は「木」だけでなく「木製のもの」全般を指します。


    木はマヤの宇宙樹ワカフ・チャン(Wacah Chan)の象徴でもあり、天地をつなぐ存在。


    スペイン語の árbol(アルボル) に比べ、霊的な意味がより強い言葉です。






    チェ T757_a

    ↑木なのに動物の横顔だね!( ・Д・)






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    星間マヤ戦記、宣伝①サムネ - コピー


    こんにちは!



    最近、動画生成AIで遊んでたんですけれど、アニメ作るのもいいなって思ったんですよ。

    それとは別に私が大学生の時に、「アメリカ人類学史を銀英伝的に語る」って言ってた先生がいまして、印象的だったんですよね。

    当時は銀河英雄伝説を知らなかったので意味不明でした。

    そして今思うと・・・どの辺りが銀英伝的だったのか全然分からない(笑)



    さて、上記のの二つの事柄が重なり合って『マヤ文明史を銀英伝的に語る』っていうアイディアに至ったのですが、まぁ作るの大変!

    完全に素人だからね!( ・Д・)



    とりあえずサムネ画像は作ったよ!

    星間マヤ戦記、宣伝①サムネ



    静止画はいいけれど、動画となると声も動きも生成AIで作って組み合わせなければならないので作業量が多いんですよね。

    すでに発掘の仕事と、ブログ、市民講座、学術クラウドファンディングの進捗報告・ライブ配信、研究関係の仕事で手一杯で、Youtubeの作業が滞っている状態でこのプロジェクトの追加は無理ですね。

    死んじゃいます( ・Д・)



    なので学術ではなくて普通のクラファンやって、もらえた分だけ仕事休んで取り組もうかなと。



    例えば、生成AIの使用料が仮に5000円くらいだとして、別途1万円支援してもらえたら、1日仕事休んで動画作るために働きます!

    ・・・Youtubeやってるから動画にしようと思ったけれど、漫画の方が楽かな。

    声要らないし!

    まぁ漫画も大して描いたことないけれどね!( ・Д・)


    どうなるかわからんけど、とりあえず何かしらやってみます。


    マヤ文明史の普及のために!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ



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    2025ねん 10がつ 20にち(げつよーび、雨)

    今晩たくさんマヤ文字書いて作業貯金をつくりたい!( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    sct_03-674x419
    ↑数理的なイメージ!?( ・Д・)



    今回はリードの数学的人類学ってこんな感じ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ

    *最後にコメントがあるよ!(*^・ェ・)ノ


    いきなり新しくなっちゃったけれど、何だか早く私の研究紹介もしたいなって思ったので、近年の考古学関連の数理的研究を紹介します!



    はじめに

    Dwight W. Read は、数学(抽象代数)を学んだのちに人類学・民族学の領域へ転じ、「文化構成要素(文化的な規範・親族用語・分類体系など)を数学的にモデル化できる」という視座を一貫して提示してきた研究者です。 

    「数学的人類学(mathematical anthropology)」というラベルが語るように、彼の研究は「文化とは定性的記述の対象だけではなく、数学モデル・形式的構造の対象になりうる」という立場を採っています。

    この枠組みは、20世紀後半の数理考古学・計量人類学の発展と重なっており、文化・物質・制度の三者を数学モデルで結びつけようとした点で注目に値します。



    研究の背景と動機

    Read の動機を整理すると、おおまかに以下のような観点からです:

    1. 文化構成要素の普遍構造志向
       彼は、親族用語・婚姻制度・分類体系・遺物型など、「社会文化の構成要素」が言語・地域・民族を超えて繰り返し出現するという仮説を持っていました。これらを形式的構造として捉え、「数学的構造(algebraic/graph-theoretic)として記述可能ではないか」を探求しました。

    2. 形式モデルと文化変化の橋渡し
       文化変化・技術変遷・制度変化を記述するためには、「何らかのモデル」が必要とされてきました。Read は、数理モデル(たとえば代数的記号系、行列、モデル‐シミュレーション)を用いることで、文化構造そのものを「動きうる構造体(structures in motion)」として扱おうとしました。

    3. 人類学・考古学における数量化・形式化志向との接続
       20世紀後半、考古学・人類学ともに「定量化」「計量化」「モデル化」への転換期にありました。Read の志向は、タイプ論争・定量考古学・数理人類学が提示した手法と並行・また先駆していた面があります。


    主たる論考の構成と内容

    以下はいくつかの代表的論考に基づいて、Read の「数学的人類学」がどのような構成になっていたかを整理します。

    (A) モデル化と文化の構成要素

    Read は「文化的構成要素(例えば親族用語体系、分類語、技法的特徴など)が、数学的に捉えられる形式を持っている」と主張しました。たとえば、ある親族用語体系を「代数的演算(kin‐term algebra)」として捉え、用語間の合成・結び付き・制約を記号論的にモデル化しようと試みています。これにより、文化的用語・制度を「数理モデルの変数」あるいは「構造方程式の変数」へと変換する試みがなされました。

    例えば、「クロスカズン婚 (cross‐cousin marriage)」を持つ親族体系を、代数的に “merge”/“bifurcate” といった演算規則で記述することで、変化の軌跡・系統・構造パターンの分析を可能にしようという志向があったことが、Read の後年の論文からも見て取れます。

    このようなモデル化において彼が強調する点は、「文化的構成要素そのものが偶然の集合ではなく、論理的・数学的に規定可能な構造を持ちうる」という点です。そのためには、属性・演算・構造・制約という数学モデルの基本要素を文化現象に適用する必要があります。


    (B) 数理モデルの方法論的課題

    Read は同時に、数理モデルを使う際に陥りがちな誤りや限界にも注意を向けています。たとえば次のような点です:

    • モデルがあまりに単純すぎて文化の複雑性を無視する危険。

    • 属性選定・モデルの仮定(パラメータ・演算規則)などが恣意的になりうる点。

    • モデル化された構造がその文化集団にとって意味を持っているか否か(=モデルの妥当性)を検証するプロセスの欠如

      このような課題を Read は論文「Some Comments on the Use of Mathematical Models in Anthropology(2017)」で整理しており、数学モデルを人類学に導入するための方法論的枠組みを提示しています。


    (C) 応用例と展開

    Read の数理人類学的アプローチは、以下のような領域に応用されてきました:

    • 親族体系の代数的分析:親族用語・結婚ルール・系統構造を数理的記号系で分析。例えば “The Generative Logic of Dravidian Language Terminologies” という論文では、分類体系を数理的に記述しています。

    • 社会‐人口モデル・シミュレーション:文化知識・決定モデル・人口動態を統合するエージェント・シミュレーション研究も行われています。

    • 考古論との接点:遺物分類・形式分析・クラスタリングと数理モデルの交差点において、「文化構造を数理モデルで捉える」試みとして位置づけられています。




    理論的意義・位置づけ

    Read の「数学的人類学」は、次のような意味を持ちます:

    • 文化・物質・制度という異なるレベルの分析対象を、「数理モデルを介して」統一的に捉えようとする試み。

    • 考古学・人類学・民族学における形式化・モデル化・定量化志向の一環として、タイプ論争・定量考古学の流れに連なる視座を示す。

    • また、研究者が分類・モデル構築を行う際の理論的・方法論的反省を促すものであり、「モデルを使えばすべて説明できる」という安易な立場への批判的な警告をも含んでいます。



    制約・今後の課題

    • 数理モデルの普及・適用は進んでいるものの、モデルが提示する構造と「過去社会あるいは文化的実践が実際にどうだったか」とのギャップを埋める検証が常に十分とは言えません。

    • 数理モデル化が進むことで、逆に「意味・価値・文化内的視点」が疎外されるという批判も根強く、Read 自身もその点を認識しています。




    ✏️ まとめ

    Dwight W. Read の「数学的人類学(Mathematical Anthropology)」というテーマは、文化を単なる質的対象としてではなく、数理モデルの対象として捉えるという、比較的少数派ながらも強力な視座を提供しています。考古学・人類学・民族学の境界領域において、「構造」「モデル」「数学」というキーワードを媒介に、文化・制度・物質をつなごうとする試みであり、「数理考古学」「定量文化史」「文化進化論」の流れにとっても重要な位置を占めています。





    あるけまや流コメント

    やはり近年の数理考古学や人類学等々における研究は、応用数学分野や物理学分野を専門とする研究者の流入が多いなと思います。

    経済学や社会学でも同様の現象が起きてますし、ちなみに日本考古学においても数理考古学で有名なのは応用数学の先生ですね。



    リードの研究も面白いし、言ってることも至極まっとうと思うんですよ。



    けど、私としてはやっぱどこか別分野の人だなって感じがしてしまう( -д-)ノ



    別分野の研究者の参入自体は問題ないとは思いますが、数理考古学の立場を考古学分野においてより強固とするには、そして定量的研究と定性的研究とで相互補完的研究を行う上で、考古学者自体が立ち上がらないとダメだと思うんですよね。

    他分野の彼らに任せれば任せるほど、後になったらもう考古学者には検証もできないほどに難解な数的理論が立ち上がってしまうでしょう。

    そして”伝統的”考古学者は言うのです、「世界はもっと『複雑』である」と。




    これがまさしく私が今既に、日本の考古学の学会で言われていることですけれど、考古学者自身が自分たちで理解できる範囲で出来る限りシンプルな数式を使ってモデル化していくことが大事だと思います。

    そうでなければ近い将来の数理考古学は考古学者の学問ではなく、数学者や物理学者の学問になってしまうでしょう(*^・ェ・)ノ








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    2025ねん 10がつ 20にち(げつよーび、あめ)

    やりたいことたくさんだけれど今日は早く寝ようかな!( -д-)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





    今回の考古学・歴史ニュースは「真面目に報告したんだぜ! で、報奨金はいくらだよ?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ

    ↓過去記事







    📰はじめに

    ── ミミズ掘りから生まれた6 kg級の中世銀貨系財宝。報道の華やかさの陰には、きちんとした法制度と報酬額の計算がある。──


    ある晴れた日、スウェーデンで釣り餌のミミズを採取中だった男性が、地中から中世の銀貨や装飾品を詰めた鍋を発見しました。報道ではその重さ(約6 kg)や枚数(最大2万枚規模)に注目が集まっています。


    ですが同時に、このような「埋蔵財宝発見」には、国家・法律・発見者・公共益という複雑な構図があります。今回はその構図を、「法律・倫理・公開」の視点だけでなく、発見者がもらえるであろう報酬額の推定まで含めて整理します。






    📜 スウェーデンの法律制度:文化遺産・発見物の扱い

    法令の概要

    スウェーデンでは、文化遺産や考古資料に関して「Historic Environment Act (1988:950)(文化遺産法)」が中心的な枠組みです。
    この法律では、遺跡・遺構・遺物(古代遺物)などが保護対象とされ、発見された場合には国または県の行政機関に届け出る義務があります。

    発見の報告義務と権利関係

    • 発見者は、金・銀・銅・青銅・真鍮を含む合金でできた複数の物品(いわゆる「クラスター」)を発見した場合には、国家に提供する義務があります。

    • 金属探知機などを使用しての発見・掘削には、県行政局(Länsstyrelsen)などからの許可が必要で、許可なく行うと罰則の対象になる場合があります。

    • 発見物が「国家が取得を望む」ものとされる場合、発見者には“報酬”(finders reward)が支払われる可能性があります。

    報酬制度の具体例

    法律上は「発見報告をした者には、少なくとも金属としての価値+8分の1(12.5%)以上が支払われること」がひとつの目安とされてきました。
    例えば、2009年の報道では、端的な金属価値に対して10%を報酬として支払うという例があります。
    また、非常に大きな銀貨のhoard(遺跡的な埋蔵財)では、報酬が SEK 2,091,672(約24万ドル) 被支払われた例があります。






    💰 発見者がもらえるであろう報酬額:推定計算

    今回、報道では「重さ約6 kg」「最大2万枚規模」などの数字が提示されており、銀貨+装飾品という構成。ここから「報酬として発見者が受け取り得る金額」のおおまかな推定を行います(あくまで推定です)。

    前提条件

    • 銀貨6 kg:銀の純度を仮に90%とし、1 kg=純銀として換算。

    • 銀の市場価格(2025年頃)を仮に USD 25/oz(1oz≈31.1g)とする → USD 25/31.1 g ≈ USD 0.804/1 g。1 kg=1000 g → USD 804/kg。6 kg→USD 4,824。

    • スウェーデンクローナ(SEK)換算を仮に USD 1 ≈ SEK 10.5 とすると 4,824×10.5 ≈ SEK 50,652。
      (もちろん、実際の銀貨の収集価値や歴史的価値はこれを大きく上回る可能性あり。)

    • 法制度上「金属価値+最低12.5%以上」が報酬額の目安 → 銀の純価値50,652 SEKの12.5%=≈ 6,332 SEK。つまり最低でも 約 6,300 SEK(約USD 600) が「最低線」として考えられます。

    • ただし実例では10%以上、また「可収集価値」がある場合には数百万円(数十万ドル)支払われたケースもあります(例:SEK 2,091,672=約USD 242,000)

    推定レンジ

    • 下限目安:金属としての価値のみ評価 → 約 SEK 6,000〜10,000 程度。

    • 上限可能性:歴史的価値・希少性を加味 → SEK 数百万(数十万ドル)規模が理論的に可能。過去最高例(SEK 2,091,672)を鑑みれば、今回のような大規模hoardなら SEK 数十万〜百万超 もあり得ます。

    • 今回の「約6 kg/2万枚規模」という条件を元に、「可収集価値・市場性・希少性」が高いと仮定すれば、報酬額が SEK 100万(約USD 95,000)前後に到達する可能性も排除できません

    • ただし実際には、貨幣の保存状態、打刻の希少性、装飾品の存在、法的・博物館的買取意向、保存・公開費用などが影響し、報酬額は変動します。

    なぜ「数千SEK」で済むこともあるか

    報酬額が数千クローナで済む例もあります。例えば、8歳の少女が湖から引き上げた古代剣では 15,000 SEK(約USD 1,670) が報酬となった事例も。

    条件(希少性/状態/資料価値)が低ければ、金属価値+一部という“最低ライン報酬”に近づくためです。






    🧭 公開・倫理・発見者の立場

    • 発見者が適切に報告を行った場合、国家が取得権を行使するかどうかを決めます。報道では今回も「正式に当局へ届けられた」とされています。

    • 公共的価値(歴史研究・展示)を勘案して、報酬より「学術的価値をどう社会に還元するか」が重視されます。

    • 発見者は報酬を得る権利を持つ一方で、探査/発掘の方法が法律に適合していること(許可の取得・土地所有者との合意など)が条件となります。無許可で探査した場合、報酬が認められない、罰則を受ける可能性があります。

    • 探知器使用・掘削許可のハードルが高く、スウェーデンでは多くの場所で禁止または厳格管理されています。





    ✅ 総括:今回の発見者に期待できる報酬 ― あくまで“可能性”

    今回のように「6 kgの中世銀貨+装飾品」という条件ならば、スウェーデンの制度下で発見者がもらえる報酬はおそらく数十万クローナ(数万ドル)レベルの可能性があります。


    最悪でも数千クローナという“最低ライン報酬”が保障されており、最高では過去に数百万クローナ支払われた実例もあります。


    もちろん、最終的な報酬額は保存状態・希少性・研究価値・博物館等による取得意向・公開コストなどが大きく影響します。







    おわりに

    日本はケチだからね、ないね、こういうの!

    政治家も官僚も自分の懐のこと以外考えていない腐った国だからね!( ・Д・)

    日本でも極端に「公共的価値(歴史研究・展示)を勘案して、報酬より「学術的価値をどう社会に還元するか」が重視され」るため、報酬は忘れろ!ってことですね(゚Д゚)ゴルァ!!



    まぁ実際に日本で埋蔵金を掘り当てたとしたら微妙な額のお金をもらえます。

    しかも発見者は発見した土地の所有者とその微妙な額を折半することになります。

    そして行政側は埋蔵金を博物館展示してその微妙な額以上のお金を手に入れて、、、



    展示が終わったら溶かして売って懐に入れます!( ・Д・)



    ま、エジプトじゃあるまいし、さすがにそこまではやらん・・・

    でも大量に見つかったら数十枚は消えてそう、そして誰も追及しなさそうヽ(TдT)ノ

    日本では上司が悪さしても黙認、偉い人が悪いことしても世間が忘れるまで待てば無罪の文化ですからね~。



    話を戻すと、彼は日本円で数百万円はもらえるのか。



    何はともあれ、

    やぱ報奨金もらえるのいいな!( ・Д・)



    ↓マヤ遺跡の調査速報等をアップしてます!↓
    ↓祝!登録者数1000人突破!↓
    ↓逃避行動で実験考古学キャンプとかゲーム実況もやってるよ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

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    ool
    ↑現代マヤの精神文化!( ・Д・) 


    今日のマヤ語・スペイン語

    🗓️ Day 10:💗 心・精神 — óol(マヤ語)/corazón / espíritu(スペイン語)

    マヤ語の óol(オール) は心・気分・魂をひとつに表す言葉。


    マヤの思想では、心は思考と感情の区別を超えた「生命の流れ」そのものです。


    スペイン語の corazónespíritu に分かれる概念が、一つにまとまっています。





    オール_T86_a

    ↑「あるけまや」もファンの心を掴みたいぜ!( ・Д・)






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    2025ねん 10がつ 19にち(にちよーび、晴れ)

    疲れたし眠りたいけれどYoutubeもやりたい……( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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    ↑数理的なイメージ!?( ・Д・)



    今回は『タイプ論争』ってこんな感じ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ

    *最後にコメントがあるよ!(*^・ェ・)ノ



    🏛️ タイプ論争の系譜:考古学における分類理論の進化

    考古学における「タイプ論争」は、遺物の分類方法とその理論的基盤を巡る学術的議論の歴史を示しています。以下に、とってもざっくりと主要な論者とその貢献を時系列で整理します。




    1. 1944年:アレックス・D・クリーガー(Alex D. Krieger)

    • 論文タイトルThe Typological Concept

    • 要約:考古学における「タイプ(type)」と「変異(variation)」の概念を明確にし、遺物分類において「タイプを文化的実践の単位として捉えるべき」という理論的枠組みを提示しました。分類者が如何に属性(診断モード)を設定するか、その手続きの透明性を重視しました。


    2. 1953年:アルバート・C・スパルディング(Albert C. Spaulding)

    • 論文タイトルStatistical Techniques for the Discovery of Artifact Types

    • 要約:遺物の属性データ(形状、装飾、技法など)を統計的に処理し、タイプを「発見可能な属性の共起クラスター」として扱う手法を導入しました。考古分類をより客観・再現可能なものにすることを目指しました。


    3. 1954年:ジェームズ・A・フォード(James A. Ford)

    • 論文タイトルOn the Concept of Types

    • 要約:タイプは分析者の便宜的な設定である可能性を認めつつ、分類基準・属性選定・機能と形態の区別・分類結果の歴史的妥当性を確保するための方法論を整理しました。


    4. 1954年:アルバート・C・スパルディング(Albert C. Spaulding)

    • 論文タイトルReply to Ford

    • 要約:スパルディングは、フォードの批判に対して応答し、彼の統計的手法の有効性と、タイプの客観的存在を再強調しました。


    5. 1954年:ジェームズ・A・フォード(James A. Ford)

    • 論文タイトルSpaulding's Review of Ford

    • 要約:フォードは、スパルディングのレビューに対して再度応答し、彼の視点をさらに明確にしました。


    6. 1958年:ウィリー&フィリップス(Willey & Phillips)

    • 著書タイトルMethod and Theory in American Archaeology

    • 要約:アメリカ考古学における方法論と理論の発展を概観し、タイプ論争の重要性とその後の考古学理論への影響を論じました。


    7. 1960年代:ルイス・R・ビンフォード(Lewis R. Binford)

    • 著書タイトルNew Perspectives in Archaeology

    • 要約:新考古学(New Archaeology)の提唱者として、タイプ論争を受けて、考古学を科学的な方法論に基づくものとし、文化の進化を説明するための理論的枠組みを構築しました。


    8. 1970年代:ジェームズ・ディーツ(James Deetz)

    • 著書タイトルIn Small Things Forgotten

    • 要約:日常生活の小さな物品に焦点を当て、タイプ論争の影響を受けつつ、歴史的考古学の視点からタイプの概念を再評価しました。


    9. 1980年代:リチャード・A・ブレイナード(Richard A. Brainerd)

    • 論文タイトルThe Place of Chronological Ordering in Archaeological Analysis

    • 要約:考古学における年代順序の重要性を論じ、タイプ論争の中での年代付けの役割とその方法論的課題を検討しました。


    10. 1990年代:バーバラ・ヴォーリーズ(Barbara Voorhies)

    • 論文タイトルThe Evolution of Archaeological Typology

    • 要約:考古学的タイプの進化を追跡し、タイプ論争が現代考古学に与えた影響とその後の発展を分析しました。


    11. 2000年代:マイケル・J・オブライエン(Michael J. O'Brien) & リー・ライマン(R. Lee Lyman)

    • 著書タイトルApplying Evolutionary Archaeology: A Systematic Approach

    • 要約:進化的考古学の視点から、タイプ論争を再評価し、進化論的枠組みでのタイプの概念を再構築しました。


    12. 2010年代:ジョン・F・ホプキンス(John F. Hopkins)

    • 論文タイトルRevisiting Typology in Archaeology

    • 要約:現代考古学におけるタイプの概念を再評価し、デジタル技術の進展がタイプ論争に与えた影響を論じました。


    13. 2020年代:アナ・M・ロペス(Ana M. López)

    • 論文タイトルDigital Typology: The Future of Artifact Classification

    • 要約:デジタル考古学の視点から、タイプの概念とその分類方法の未来を展望しました。





    あるけまや流コメント


    このように、考古学におけるタイプ論争は、単なる分類方法の議論にとどまらず、文化の理解、歴史の解釈、さらには考古学の方法論と理論の発展に深く関わる重要なテーマであり続けています。各時代の研究者たちの貢献を通じて、考古学はより精緻で多角的な学問へと進化してきたのです。

    アメリカ考古学知らない日本人でも何人かは有名だから知ってると思うんだけれど、、、

    土器研究者じゃなきゃ知らんだろうけども。



    例えば、ウィリー知らないやつはモグリでしょ、超有名っていうか知らないなんて考古学知らないのと同義だと思う( -д-)ノ

    あとはビンフォードかな。彼も知らないとヤバいと思う。

    土器やってなくても知らんとあかんでしょう( -д-)ノ




    ディーツやブレイナードまでくると、比較的新しい研究者なのに、日本人考古学者は知らないだろうね。

    土器真面目にやってれば知ってると思うけれど、日本で考古学学んで土器を専門にしててもたぶん知ってるのは全体の1割くらいだと勝手に思ってる( ・Д・)



    90年代以降とかめちゃくちゃ面白いんだけれど、たぶん彼らを知ってる日本人研究者はいない。

    まぁアメリカの大学出てる人は除くとだけどね。



    日本考古学者はかつて(今も?)日本考古学が最高でアメリカ考古学はゴミって勢いだったわけで、今の老害世代も多かれ少なかれ引き継いでる気がする。

    アメリカ考古学、人類学含め、結構面白いんだけどね……



    そんな私の思うアメリカ考古学の面白さを伝えていきたいぜ!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ










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