あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    2025年10月

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    2025ねん 10がつ 19にち(にちよーび、晴れ)

    なんか疲れてるな~!( -д-)ノ

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    今回の考古学・歴史ニュースは「ミミズ取ってたらお宝発見の続き!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    出土したコインについて深堀しようと思ったけど、量が多いからまだ分析終わってないんでしょうね。情報全然ない!

    なので大量に出土したコインをどのように分析可能か、そしてどのようなことが分かるのかをまとめてみました!


    ↓前回の記事




    📰はじめに


    ── 釣り餌を採っていたら世界史の穴を突いた日。鍋に詰まった銀貨の束は、ただの「お宝話」ではなく、中世の経済、流通、鋳造技術、そして人々の暮らしへと続く道しるべだ。──


    ミミズ取りの道具が叩いたのは、ただの石ではなく、朽ちかけた銅の鍋──その蓋を開けると、ぎっしり詰まった銀貨と装身具が現れた。見つかったのは「重さ約6kg、最大で約2万枚に及ぶ可能性もある」大量のコインであり、それらの多くは12世紀頃のものである。なかには“KANUTUS(クヌート)”の名が刻まれるコインも含まれる。これは単なるロマンではなく、まとまった貨幣塊(hoard)が私たちに「鋳造・流通・埋蔵」という複合的な歴史問題を解析する機会を与える。


    以下は、“銀貨の打刻分析(die analysis)・装飾品の様式比較”を中心に、考古学的・媒質分析的・史料学的観点から深掘りした特別解説です。専門用語は噛み砕いて説明します。





    🧭 発見の概要と最初に押さえるべき事実

    まず確かな点を整理すると:発見地点はストックホルム郡の別荘地周辺、発見者は釣り餌(ミミズ)採集中の男性。鍋状容器に納められた銀貨と装飾品の総重量は約6kgで、現場は直ちに管轄の文化財当局へ届けられた。


    初期鑑定は多くのコインが12世紀前後とする。こうしたまとまった量のhoardは、当該地域・時代の経済史研究にとって重大な一次資料となる。



    🛠 銀貨の打刻分析(die analysis) — どこを見れば何が分かるか

    打刻分析の目的は、(A)同一の打刻(die)を用いたコイン群を特定して鋳造ロットや鋳造所の規模を推定する、(B)偽物(近代の模造)を識別する、(C)鋳造順序や再鋳(recoinage)の痕跡を推定することにあります。

    1) 打刻痕の形態学的比較

    コインの表裏に残る微細な彫刻(顔貌、王名、十字、司教像など)の相似性を画像解析で比較すると、同一ダイス(打刻型)から打たれたコイン群がクラスタ化されます。これが何十〜何百の“鋳造ロット”に分かれているかを示す重要な指標になります(同一ダイスが大量に使われていれば中央集権的な貨幣鋳造、分散的なら地方鋳造の手がかり)。打刻の欠損パターン(クラックや打ち直し痕)も同一性の指標に有効です。


    2) ダイス(打刻型)そのものの発見と鑑別

    稀に打刻型(bronze/iron dies)が出土することがあり、それが出れば鋳造現場を直接推定できます。出土しない場合でも、打刻の摩耗度、衝突痕、装飾の様式差から複数の鋳造所・時期を逆算できます。打刻比較は定性的な専門家の目検と定量的な画像解析(縁の曲がり、文字のプロファイル、ノイズ・パターンの類似度)を併用するのが現在のベストプラクティス。


    3) 打刻分析の現代的手法

    高解像の顕微撮影+自動マッチングアルゴリズム(特徴点マッチング)で、何千枚というコインから“同一打刻群”を高速で抽出可能。これにより、どのコインが同じダイスから打たれたかを統計的に示し、鋳造の組織(王室鋳造所か地方鋳造か、短期か長期にわたる連続鋳造か)を推定します。






    ⚗ 金属組成と同位体分析 — 銀の“出自”を追う方法

    コインが「どの鉱山の銀を使っているか」を知ると、遠域交易や銀のリサイクル慣習が見えてきます。代表的手法は次の通りです。

    1) XRF(X線蛍光)とEDXRF — 非破壊で合金成分を読む

    ED-XRFやポータブルXRFは表層の元素組成(Ag %, Cu %, Pb など)を非破壊で測定できます。これは大量のコインを素早くスクリーニングするのに最適で、銀の純度分布や含有鉛(Pb)量のばらつきから“混合銀(recycled silver)”の度合いを推定できます。


    2) Pb 同位体分析(破壊的だが高精度)

    微量の破片試料を採取してPb同位体比を測ると、鉱山起源をかなり絞り込めます。中世北欧の場合、西欧・バルト・イスラム世界の銀が混在した例が知られており、鉱山起源の判別は流通経路の解明に直結します(例:イスラム世界のプラチナ級銀が再流通したケースなど)。


    3) 銀のリサイクル痕と「新鋳」か「再鋳」か

    中世では銀の回収・溶解・再鋳が一般的でした。合金の微量元素パターンや表面酸化物の性状から、新鋳(freshly minted)なのか、再利用材を混ぜたかを判定できます。銀貨群が均質なら単一供給源、ばらつくなら複合供給(交易+リサイクル)の証左です。





    🧾 装飾品(指輪・ペンダント・ビーズ)の様式比較 — 社会的メッセージを読む

    コイン以外に出土した装飾品群は、hoardの「文化的顔」を示します。装飾の技法(ねじり線、象嵌、ちょうつがい式のブローチ)や金銀の比率、宝石(ガーネット等)の有無は、所有者の社会的地位、交易圏、宗教的嗜好を物語ります。

    • 様式学的比較:出土ブローチやペンダントの形状を既知の王国・領域の型式(例:ハンザ地域、ゲルマン系、バルト海地域、英仏圏)と比較することで、流入経路や文化的影響が推定できます。

    • 製作技術の示唆:鋳造か板金加工か、金属表面の鍍金(ギルディング)痕、宝石の留め方は工房技術レベルを反映します。工房の所在を突き止めれば、hoardの所有者層がより明確になります。

    装飾品のスタイルはコインと並んで「hoardがどの文化圏に属するか」「どんな人が埋めたか」を示す決定打になり得ます。





    🔗 史的コンテクスト:なぜ埋められたのか(仮説群)

    大量の貨幣と装飾が一度に埋められる理由は複数考えられる。代表的な仮説を挙げます。

    1. 戦乱・略奪の避難:戦いや略奪が迫った際、持ち主が財を地中に隠した。

    2. 商人の一時保管:長距離交易の中継地点で商人が保管し、帰還前に回収できなかった。

    3. 宗教的・埋納的行為:宗教的贈与や儀礼的埋納の可能性(ただし大量のコインは経済的な動機が高い)。

    4. 通貨再鋳・停止の痕:王権の変動で貨幣体制が崩れ、鋳造所が停止した結果、貨幣が流通停止状態に。

    各仮説の優劣は、遺物の組成(貨幣とジュエリーの比率)、周辺に遺構(人家・商業地・防衛施設)があるか、埋蔵の深さと層位から判断される。





    🧩 研究の手順(現場から論文までのロードマップ)

    1. 現場記録とコンテキスト記録:GPS、層位、周辺遺物の発掘と記録(写真・3Dスキャン)。

    2. 初期選別と保存処置:腐食した銀の機械的清掃は慎重に—腐食層を壊すと情報を失う。保存処理は専門家の管理下で。

    3. 大量コインのスクリーニング:ポータブルXRFで素早く組成分布を測定。

    4. ダイス/打刻のデータ化:高解像度顕微写真を取り、画像マッチングで同一ダイス群を抽出。

    5. 代表サンプルの破壊分析:Pb同位体や微量元素分析(ICP-MS等)で起源を特定。

    6. 史料学的照合:写本・年表・徴税記録と照合し、コイン刻印と統治者名(例:KANUTUS)を突き合わせる。

    7. 最終報告と公開:学術論文・カタログ作成、博物館展示用の保護処理。




    おわりに

    理化学分析って難しい印象も受けますが、考古学者はお金出すだけで基本的にお任せしますからね(笑) そうして得られたデータを基に、コインの分類とカウントを通して、簡単に書くと以下のようなことが分かってきます。
    • 「どの鉱山の銀が混じっているのか?」→ 流通圏の輪郭が描ける。

    • 「何枚が同一ダイス群に属するか?」→ 鋳造の組織と時間幅がわかる。

    • 「装飾品はどこで作られたのか?」→ 物的文化と社会階層が見える。

    考古学は物的証拠を扱う学問なので、一つの発見で”歴史記述 / 解釈”が劇的に書き換わることがあります。


    ミミズ掘りで見つかったこの「6kg」の塊は、数年にわたる分析と議論を通じて、中世の貨幣流通史、地域交流、そして人々の暮らしを私たちに語り直してくれるはずです。




    何はともあれ、

    私も研究したくなってきた!( ・Д・)



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    winik

    ↑現代マヤの人々!( ・Д・) 


    今日のマヤ語・スペイン語

    🗓️ Day 9:👤 人間 —winik(マヤ語)/hombre / persona(スペイン語)


    「winik(ウィニク)」は成人男性を意味しますが、広く「人間」一般も指します。


    マヤの社会的単位「20(ウィニク)」の語源でもあり、人と暦が結びついています。


    スペイン語の persona と異なり、共同体の中の「ひと」を強く意識させます。





    ウニィニク T528+T1000v_a

    ↑ヒトの横顔を模した文字の場合もあるよ!( ・Д・)






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    2025ねん 10がつ 18にち(どよーび、晴れ)

    Youtubeも問題だがそろそろ本と論文かかにゃ……( ・Д・)

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    ↑数理的なイメージ!?( ・Д・)



    今回は”The Type Concept Revisited”(Ford 1954)を要約してみた!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ

    *最後にコメントがあるよ!(*^・ェ・)ノ


    背景と目的

    James A. Fordは、1950年代前半の考古学において「遺物型(artifact type)=分類単位」という考え方が広く使われながら、その理論的根拠や運用ルールが曖昧であったことを問題視しています。


    彼の1954年論文(“On the Concept of Types”/“The Type Concept Revisited”)は、タイプという概念を再検討し、考古学分類・年代付・文化集団識別における“型”の役割を整理しようというものです。既存の理論(たとえば Alex D. Krieger の1944年論文「The Typological Concept」)や実践者の手法の反省を含み、分類実践に対して批判的・方法論的な問いを提起します。



    型の定義とその機能

    Ford によれば、タイプとは「遺物の可視あるいは可測な属性(形・装飾・技法・素材など)が、ある文化集団において統一的・反復的に現れ、分析者が分類可能なまとまり(cluster)として捉えるもの」であります。さらに彼は、タイプの機能を以下のように整理しています。

    • 記述・整理機能:遺物という膨大なデータを整理し、分類可能な単位へと構造化する。

    • 比較機能:異なる発掘ユニット・地域・時期において、同じタイプが出現するかを比較する指標。

    • 年代付・文化解釈機能:タイプの出現・消滅/変化を通じて、文化変遷や技術変化、文化接触・交流の仮説を立てる基盤となる。



    Ford の主張・論点整理

    Ford は特に次のような論点を打ち出します。

    1. 型は自然に存在するものではなく、分析者が設定するもの(“arbitrary device”)である
       Ford は、「遺物型は必ずしも過去の人々が意識して作った ‘タイプ’ を正確に反映しているわけではない」という見方を示します。タイプを設定する際の選定基準、属性の重みづけ、どの変異を型内とみなすかという判断は、あくまで分析者・研究目的に依存するという慎重さを強調します。

    2. 型設定の透明性と説明責任
       タイプ分類を行う際、研究者は(a)どの属性を選んだか、(b)どの変異を許容したか、(c)タイプをどのように命名し、どのような仮定を置いたか、を明示すべきだと説きます。曖昧な分類基準は、他者による再分析や比較可能性を損なうとされます。

    3. 型の歴史的有用性に対する慎重な姿勢
       Ford は、タイプの出現・消滅が必ずしも文化変化や交流を反映すると安易に仮定してはならないと警告します。たとえば、ある形を持つ遺物がある時期にしか出ないからといって、即座に文化集団の消滅や移動を結びつけるのは誤りのリスクを含みます。タイプが提示する「まとまり」が、過去社会における意図的な文化的単位であったのか、それとも分析者が便宜的に設定したものだったのかを検討すべきという立場です。

    4. 型の機能と形態の区別
       Ford は「形態(morphology)」と「機能(function)」を区別することを重視しています。たとえば同形の器形が異なる機能を持つ可能性、同機能を果たすが異形の遺物が存在する可能性を念頭に、形態的類似だけをもってタイプとみなすことの限界を示します。




    実践的影響

    Ford の論文は、考古学分類の実践者に対して、以下のスタンスを促しました:

    • 遺物型を用いた比較/年代付/文化解釈を行う際、「どういう基準で型を設定したか」を明記せよ。

    • 分類結果(タイプ分布・変化)をもとに文化変化を論じるならば、その背後にある属性選定・型設定手続き・測定誤差・保存バイアスの可能性を検討せよ。

    • 型を歴史的実体として再現的に扱うのではなく、「分析モデルとしての型」であるという認識を持て。



    要点まとめ

    • タイプは “分析者が設定する便宜的分類単位” であるという明示。

    • 分類基準・属性選択・型設定過程の明示が必須。

    • 形態だけに依存せず、機能・技法・コンテクストを考慮せよ。

    • タイプを用いた文化変化の仮説は慎重に扱うべき。





    あるけまや流コメント

    これまでにクリーガーやスパルディングを紹介してきましたが、今回のこのフォードも合わせて「タイプ論争」の一部かなと思います。1950年代後半のタイプ(日本考古学における類型)の理論的進展としてはこの三者がやはり有名かなと思います。


    でもフォードの時点でもうすでに現在の日本考古学における類型概念と近いと思うんですよね。

    だからすごくすっと理解できるし、そうだよね~って共感できると思います。



    そして、この後ももちろん「タイプ論争」は続いていくのです、現在までね!

    タイプ論争の歴史は簡単に次回紹介しようと思います。

    数理考古学とは少しずれてしまうようにも感じますが、資料を数値データ化する際に類型の概念は欠かせませんから。



    そして1960年代以降のタイプ論争に関しては日本人には理解しがたい世界になると思います。

    日本でもタイプについてうるさく考えている人はいると思いますが、私の糞師匠のように!( ・Д・)



    でも一般的じゃないですからね。

    なんて言うか、最早『哲学』みたいな世界だなと思ってます。

    師匠に「下手の考え休みに似たり」という言葉を送ってあげたい(*^・ェ・)ノ




    あ、でも主にアメリカ考古学におけるタイプ論争は別格ですよ。

    近年考古学は数理手法を多用するようになりましたし、そうした時代変化にも対応している点で興味深いです。



    私もきっといずれ「物質文化マクロ生態学」を推し進めていく中で『類型の取り扱い』という壁にぶつかるはずです。

    まぁ実際にはもうぶつかってますけど、、、早いところ私の研究も紹介したいものだ!ヾ(´ω`=´ω`)ノ








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    2025ねん 10がつ 18にち(どよーび、晴れ)

    昨日ストレスいっぱいだったので激辛ピザ食べた!(*^・ェ・)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





    今回の考古学・歴史ニュースはホントに埋蔵金(銀!)出たよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    *最後の写真すごいよ!(・∀・)つ



    📰はじめに

    日常の延長線上で、世界史に名を刻む“奇跡”が生まれました。ある晴れた朝、釣り餌を採ろうと地面を掘っていた男性が、まさかの“宝の山”に出くわしたのです。数千年以上前の中世時代、銀貨・装飾品がぎっしり詰まった銅鍋ごと地中に眠る――その総重量はなんと約6 kg。信じられない発見が、スウェーデン・ストックホルム近郊で起きたこの事件は、「ミミズ取り」から歴史的大発見へと話を急展開させました。


    この記事では、発見の詳細、出土の中身、そしてこの発見が意味するものを、国内外の記事をもとに「あるけまや」風にじっくりご紹介します。






    🕳 発見の瞬間 — ただのミミズ掘りが歴史を変える

    スウェーデン・ストックホルム県の釣り好き男性が、釣り餌としてミミズを掘っていた際に、スコップが「ガチッ」と硬い物にぶつかりました。最初はただの石かと思って掘り進めたところ、銅製の鍋状容器が現れ、蓋を開けると銀貨・装飾品がぎっしり収められていたのです。


    その銀貨等の重さは「約6 kg」に達しており、銀貨だけでも2 万枚規模とも言われています。 鉱山でも遺跡でもなく、まさかの“ミミズ掘り”現場での偶発的発見。この奇跡が、考古学界に新たな視線を向けさせました。





    🧾 出土品の中身 — 銀貨・装飾品・鍋状容器が語る物語

    • 銅製の鍋状容器:発見された“財宝”はこの鍋に収められており、まるで封印されたように土中に眠っていました。

    • 銀貨多数:12世紀頃のものとされ、2 万枚に及ぶ可能性も指摘されています。銀貨の総重量だけでも数キロに達するとの報告。

    • 装飾品・ジュエリー:銀貨の他に、繊細な装飾の銀・金の飾りやブローチ、ペンダントなども出土しており、コインだけではなく“装身具”としての価値も併せ持っています。

      このようなまとまった“埋蔵品”は、流通・所有・埋蔵という当時の社会構造を映し出す貴重な手がかりになります。





    📜 歴史的意義 — なぜこの発見が“重大”なのか

    この発見がなぜ世界的に注目されているか、いくつかの観点から整理してみましょう。

    • 貨幣流通と経済史の穴を埋める可能性:発見された銀貨は、これまであまり出土例がなかった時代・地域のものである可能性が示唆されており、当時の貨幣制度・交換経済を知るうえで重要です。ナゾロジーの記事では「この財宝の発見によって、スウェーデン中世史の“空白”が動きだすかもしれない」と報じています。

    • 所有・埋蔵行為の意味:なぜこの鍋は地中に埋められたのか?銀行などの現代的構造のない時代、富をどう管理したか、敵からの略奪・戦乱からどう守ったか――そうした問いへの答えがここに眠っています。

    • 偶然・日常からの発見というメタストーリー:ミミズ掘りという“なんでもない日常”が、歴史的大事件に転じた点もまた象徴的。発掘という専門的作業ではなく、アマチュアの偶然が掘り当てたというこの構図は、発見の民主化を感じさせます。

    • 保存状態・量の規模:重さ6 kgというまとまった量、鍋+装飾品というセットという点で、これまでの発見と比して“規模”“コンテキスト”ともに卓越している可能性が指摘されています。





    🧭 今後の展望と課題 — 発掘から調査・公開へ

    この発見を契機として、いくつかの課題・展望が浮かびます。

    1. 正確な枚数・構成の特定:銀貨の枚数が「2万枚規模」と報じられていますが、実際のカウント・分類・銀貨の出所・打刻年代を明らかにすることが急務です。

    2. 文脈の解明:鍋が発見された地点の環境調査、周辺に遺構があるかどうか、所有者や埋蔵者の身元(推定)などを考古史的に探る必要があります。

    3. 保護と公開:こうした巨大財宝が発見されると、保存・保護・展示という文化財の取り扱いにも注目が集まります。公共への還元、研究用公開、展示までの道筋が期待されます。

    4. アマチュア発見の扱い:今回のように“ミミズ掘り”という日常的行為が発見につながる構図は、法律・倫理・報告制度などの制度設計を考える契機にもなり得ます。

      発掘は始まりに過ぎません。これから何年もかけて、この鍋・銀貨・装飾品が語る“物語”が紐解かれていくでしょう。





    おわりに

    ミミズ捕まえるために掘ってたら埋蔵金出たってすごいよね。

    てかよく届け出たね。

    えらいよ、ほんと。



    これがエジプトだったら、とっくに売られて溶かされてるよ!( ・Д・)

    ↓これ溶かされたやつ!( -д-)ノ




    さて、この発見、面白いのでちょっと明日可能だったら深堀してみますね!ヾ(´ω`=´ω`)ノ





    何はともあれ、

    やぱお宝見つけたいな!( ・Д・)



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    kuh

    ↑わ、わたしが神だ!( ・Д・) 


    今日のマヤ語・スペイン語

    🗓️ Day 8:🙏 神 — kʼuh(マヤ語)/dios(スペイン語)

    マヤ語の kʼuh(クフ) は「神」でもあり「聖なるもの」でもあります。


    自然界すべてに神性が宿るというマヤの世界観を示す言葉。


    スペイン語の dios(ディオス) よりも多神的で、広い意味を持ちます。





    クフ T528v+T23_a

    ↑今までで一番描くの大変だた!( ・Д・)






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    2025ねん 10がつ 17にち(きんよーび、晴れ)

    Youtube時間確保のために何ができるだろうか……( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    proof

    ↑数理的なイメージ!?( ・Д・)



    今回は「前前回と前回の続きで、Krieger (1944) と Spaulding (1953)を比較してみたぜ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ

    *最後にコメントがあるよ!(*^・ェ・)ノ



    Krieger (1944) と Spaulding (1953) の対比・対立点

    では両者の「対比/対立点」を簡単に整理してみます。両者はいずれも “タイプ(artifact type)” を巡る議論に関わりますが、その立ち位置と重点がかなり異なります。以下、主要点を列挙します。

    A. 理論的出発点の違い

    • Krieger (1944):主に理論的・概念的整理を目的とする。タイプの概念、タイプが何を表すべきか(文化的実践の単位であるべきか)、診断モードの選択基準といった哲学的・方法論的問題の明確化に重点を置く。タイプを「意味ある歴史的単位」として扱うことを強調する。

    • Spaulding (1953):主に実践的・統計的手法の提案を目的とする。遺物属性データの共起性・頻度解析を通じて、客観的にタイプを“発見”するための統計的アルゴリズムを提示し、タイプをデータ内部の構造として検出する手続きを示す。

    要するに:Krieger は「タイプとは何か」を理論的に定義しようとし、Spaulding は「データからどうやってタイプを取り出すか」を技術的に示した。






    B. 「タイプ」の本質に関する認識の差

    • Krieger:タイプは可能ならば「文化的行為の単位=機能や意味を伴う実践の痕跡」として理解されるべきだと主張する。したがって、タイプ同士の比較は行為の伝播や文化的意味の伝達を示唆するものになりうる。

    • Spaulding:タイプはデータの中に現れる「属性の共起パターン」として検出されるもので、形式的・頻度的に裏づけられたグルーピングを重視する。Spaulding にとっては、まず客観的にタイプを検出し、その後で解釈(歴史的意味づけ)を行うのが手続き的に正しい。

    差異:Krieger は型に意味(機能・行為)を先に求めがちで、Spaulding はまず統計的実体性(データが示すまとまり)を基礎に置く。






    C. 方法論(手続き)の違い

    • Krieger:診断モードの選択やタイプ定義の理論的根拠を重視。タイプ設定の透明性と歴史的妥当性を論理的に保証しようとする。したがって手続きは概念的・記述的で、研究者の判断・解釈が入りやすい。

    • Spaulding:χ²などの統計的検定、共起表の解析といった明確な計算手順を提示する。これにより分類の客観性・再現性を高めようとする。

    結果として:Spaulding の手法は「誰がやっても同じ分類を得る」ことを目指すのに対し、Krieger は「分類が意味ある歴史解釈を可能にすること」を目指すため、手続きがより解釈的となる。






    D. 対立点の所在(歴史的文脈での“争点”)

    歴史的には、Krieger のような 概念重視派 と、Spaulding のような 統計的手続き重視派 の間で「タイプとは何か」「どのように設定すべきか」という議論が続いた。具体的対立点をまとめると:

    1. 恣意性 vs 客観性:Krieger のアプローチは診断モードの選択で恣意性が生じうるという批判を受ける一方、Spaulding の方法は形式的で客観的だが、得られたクラスターが文化的に意味ある単位かどうかは別問題である。

    2. 意味づけの先後:Krieger は意味(機能・習慣)を重視してタイプを定義する傾向があり、Spaulding はまずデータに現れる統計的まとまりを優先する。これが分類→解釈の順序を巡る分岐を生む。

    3. 年代推定(seriation)との関係:Krieger の考える「歴史的タイプ」は時系列解析で有用であると言われるが、Spaulding 的な統計的タイプは、適切に扱えば時系列的単調性を示すこともできる。両者は方法論的に補完しうるが、運用次第では矛盾する成果を生む。





    E. 今日的視点

    現代の考古学史・方法論の評価では、Krieger と Spaulding は互いに補完しあう関係と見做されることが多い。Krieger は「何を探すのか(概念)」を与え、Spaulding は「どうやって発見するのか(手続き)」を与えた。理想的には、診断モードの理論的正当化(Krieger)とそれをデータに即して客観的に検出する統計手順(Spaulding)を両立させることが望ましい、というのが現代的な合意に近い。







    📰あるけまや流まとめ

    やっぱり日本考古学的にはクリーガーの考え方が近いですよね。



    違いがあるとすると、日本考古学者というか特に土器を専門とする考古学者が『日本考古学における土器研究が世界で一番』という根拠のない自信に満ち溢れていることかな(笑)

    日本人研究者は全くといっていいほど海外の考古学に目を向けないのに(英語論文読まないし書かないのでガラパゴス化している)、不思議と圧倒的な自信があるんですよね。



    日本人だから謙虚であるはずなのにアメリカ人並の自信を持ってるんですよ。

    客観的には『頭おかしい』と思うんですけれど、でも私も日本考古学で育った土器研究者だから日本の土器研究が一番だと思ってる(笑)



    でも私の場合は海外の土器研究事例知ってるからね。

    他の「アタオカ」とはレベルが違うぜ!( ・Д・)




    で、たぶん日本人がやたらに自信がある理由は私的には二つ!

    ①ガラパゴス化してて本当におかしくなってる。

    ②日本の出土の仕方が特殊(細かな自然層位発掘が可能)



    まぁ日本人は外国でのモノの出方を知らんのだからやっぱり理由は①かな(笑)

    私としては②が重要だなと思うんですけどね、アタオカじゃないんで!( ・Д・)



    ・・・話を戻すと、日本人考古学者(土器研究者)的にはクリーガーが理解しやすい。

    私はスパルディングのようなモード研究の有効性が理解できず苦しんだ。

    その結果、現在の一般的な理解としての『両者の補完的併用が重要』っていうのがやはりしっくりきます。


    この二者の対立は『自然言語記述に頼った”伝統的、古き良き”考古学 vs. 数的記述に重きを置く数理考古学』の対立構図と似ていると思うんですよね。


    だから数理考古学や理論考古学がアメリカでは一定の地位を築いているのも納得です。


    そうなるとやっぱり日本人考古学者が敵だね、私日本にいるtから周り敵ばかりじゃん!( ・Д・)









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    2025ねん 10がつ 17にち(きんよーび、晴れ)

    きんよーびだぜ!がんばろーっと!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースは古代のパーティーナイト!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに


    ── 樹々のこだま、石の息づかい。文明が消えても、その“声”は地中から響く ――


    インカ帝国以前、アンデスの世界にはいくつもの文明があり、それぞれが神殿を建て、儀礼を行い、信仰と政治を融合させていました。最近の発掘によって、Tiwanaku(ティワナク)をはじめとする“失われた文明”の痕跡が新たに明らかになり、その神殿や遺構が社会の構造・宗教観・交易圏を再考させる鍵となっています。


    本記事では神殿発見の現場、生物・物質文化との接点、そしてなぜこの発見が「インカ以前」の歴史理解を塗り替えるのかをじっくり掘ります。






    🏛 発見の概要 — 神殿はいかにして見つかったのか

    最近、ボリビア高地ラパス周辺、ティワナク文明圏の南側、標高の高い丘陵地で「Palaspata」という名の古代神殿が発見されました。130マイル(約200km)南、ティワナク中心地から少し離れた場所で、これまで注目されてこなかった丘の上にその遺構はあったのです。


    発掘を主導したのはペン・ステート大学の José Capriles 教授らのチーム。神殿は数多くの長方形囲い(quadrangular enclosures)、中庭、石材配列などを備えており、儀礼目的・交易ハブとして機能した可能性が指摘されています。


    また、ペルー北部、ラ・オトラ・バンダ(La Otra Banda)という新しい現場でも、インカ以前の宗教的・儀礼的役割を求める神殿・劇場遺構が出土。紀元前2000〜3000年という古さで、建築や信仰形態における非常に初期の宗教空間として注目されています。






    🔍 神殿の構造と出土物 — 石と土器が語る儀式と暮らし

    この古代神殿、パラスパタ(Palaspata) の構造はおよそ 125メートル × 145メートル という広さを持ち、約15の長方形区画が中庭を囲む形で配置されています。日照・天体現象(春分・秋分など)との整合性を意図した配置も見られるそうです。


    儀礼用の「keru(祝杯)」用の杯の破片、交易物資(トウモロコシ製品など)の痕跡、さらには標高の違う地域から運ばれた材料が使われていることも指摘されています。


    ラ・オトラ・バンダの神殿遺構からは、粘土と泥で作られた壁、劇場的な石積み構造、装飾的な陶器断片などが見つかっており、その色彩や様式は後の文化に影響を与えた可能性があります。儀式空間・公共集会の機能を持っていたと考えられる証拠が強いです。




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    📜 文化的帰属と年代 — Tiwanaku とは何か、ラ・オトラ・バンダとは何者か

    Palaspata はカーボン年代測定で西暦 630〜950年頃 の活動期とされ、ティワナク文明の最盛期および下降期にあたる時期に対応しています。ティワナク文明自体は紀元500〜1000年頃に南アンデスで台頭した文明で、都市・宗教・農業の複合体を持ち、その後インカ帝国にある程度影響を与えたと考えられています。


    一方、ラ・オトラ・バンダは紀元前2000〜3000年という非常に古い時代で、インカより遥か昔。建築様式や儀礼の痕跡は、その後のアンデス文化に連続性をもたらす“原型”という見方もされつつあります。






    🧠 なぜこの発見が歴史観を変えるか — 意義を多面的に考える

    ・失われた“神殿ネットワーク”の拡張

    これまでティワナク神殿の主要な遺跡は湖畔周辺に集中していると考えられていましたが、Palaspata の発見はその影響圏が想像以上に拡がっていたことを示します。交易・儀礼・信仰が遠隔地まで波及していた可能性。

    ・儀礼空間/宗教と政治の融合が早期から始まっていた証拠

    割礼・祝杯・天体と季節暦などを意識した空間設計は、この社会において宗教と統治が密接に絡んでいたことを示す。庶民・貴族・祭司のような階層構造の存在が推測される。

    ・物資流通と環境適応の複雑性

    例として、祭祀用飲食物(maize/chicha飲料)や、異なる植生帯からの材料輸送などの証拠は、環境・生態リスクを乗り越えて社会を維持していた組織力を物語る。

    ・“文明の発生”と“信仰の空間”の履歴をたどる鍵

    ラ・オトラ・バンダのような遺構は、信仰や宗教空間というものがいつごろどのように生まれ広まったかを考える上で欠かせない。さらに、このような発見は、アンデス以外の古代文明(メソポタミア、エジプト等)と比較することで、人類史の共通性・相違点を浮き彫りにする。






    🧮 研究が抱える課題とこれからの視点

    1. サイズの正確な計測と地形との関係分析 — 天体・季節暦との整合性を精密に測るための測量技術、衛星画像の活用など。

    2. 副葬品・祭具の材質分析 — 色素・金属・植物性素材などから交易圏や技術水平を明らかにする。

    3. 社会階層性の検証 — 居住区・儀礼区・墓制における差異の定量的比較。

    4. 気候・環境変動との関係 — ティワナク文明の衰退が気候変化とどうリンクしていたか、発掘物の植物・動物遺存体から環境史を読み解く。

    5. 地元・先住民との協働、文化遺産の保護 — 発見の共有と観光化・保存のバランスを取ることが重要。






    おわりに

    南米もけっこう建造物とか遺物の残りがいいなって感じるんですけれど、この地域っていつも神殿と儀礼パーティーの話題ばかりニュースになりますよね。

    中米もまだ植民地考古学時代の雰囲気がなくならないのか、巨大建造物ばかり狙った発掘調査が続いてますけれども、南米もそんな感じなのかな~って気がしますね。



    聞いた話によると、アメリカでマヤ地域の小規模遺跡の発掘調査のために資金申請したら却下されて、その理由がインパクトが足りないかららしい。

    大きい遺跡の大きい建造物を掘れば、そりゃあ『イイモノ』出ると思うけれど、そんなんじゃデータ偏ったままじゃん!って思うんですけどねぇ。



    まぁその分、私が小さいところ掘るので、その内私の報告書が爆売れするでしょう!ヾ(´ω`=´ω`)ノ

    時間はかかるが、目先の欲より未来を見た方が勝つのです、きっと!( ・Д・)




    何はともあれ、

    やぱ美味しいご飯いいな!( ・Д・)



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    witz
    ↑グアテマラのフエゴ山、現在もバリバリ現役の活火山!( ・Д・) 


    今日のマヤ語・スペイン語


    🗓️ Day 7:🏔 山 — witz(マヤ語)/montaña(スペイン語)

    「witz(ウィツ)」は山・丘・神殿のすべてを意味します。


    マヤのピラミッドは「人工の山」。神が降りる場所です。


    スペイン語の montaña(モンターニャ) よりも霊的な響きを持つ言葉。




    ウィッツ T561b_a

    ↑山大好きなのに何で低地に移動したのだろう?( ・Д・)






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    2025ねん 10がつ 16にち(もくよーび、雨)

    雨だ~!!!雨でも最低時給で発掘だ~!!!( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



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    ↑数理的なイメージ!?( ・Д・)



    今回はAlex D. Krieger『The Typological Concept』(1944)の要約と解釈!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ

    *最後にコメントがあるよ!(*^・ェ・)ノ


    イントロダクション:問いと状況設定

    Krieger の「The Typological Concept」は、考古学における 「type(型、タイプ)」という概念の意味を明確化し、その実務的・理論的機能を定式化しようとする論文である。


    彼はまず、考古学的実践において「型」という語が日常的に広く使われている一方で、その厳密な定義や運用ルールが学界で一致していない点を問題視する。型の曖昧さは、分類結果の再現性・比較可能性・歴史的解釈の妥当性を損ないやすいからであり、ここに理論的・方法論的整理の必要があるとする。




    1)「タイプ(type)」と「バリエーション(variation)」の区別

    Krieger はまず用語的整理に着手する。彼は「type(型)」と「variation(変異)」を明確に区別する必要を強調する。要点は次のとおりである。

    • 「Type(典型)」は分析者が定めるまとまりではあるが、単なる記述上の便宜ではなく、できるだけ「実際の文化的実践(cultural practice)」を反映することが望ましい。つまり「型」は過去の人々が現実に作り、使ったひとまとまりの行為や様式の“化石”として理解されるべきである。

    • 「Variation(変異)」は、ある型の内部で観察される差異であり、時間的・空間的連続性や機能差などを反映する。Krieger は、どの程度の差異を「異なる型」と見なすかの判断基準を提示する必要性を主張する。

    この区別は、型の設定が単なる記号的ラベルの付与で終わらないようにし、分類が歴史的・機能的説明につながることを意図している。






    2)タイプの目的:分類そのものと歴史的解釈の橋渡し

    Krieger にとってタイプ分類の目的は二重である。

    1. 説明的目的(descriptive):資料群を秩序づけ、比較可能な単位に分割する(分析の便宜)。

    2. 解釈的目的(interpretive/historical):分類されたタイプを用いて時空間的な分布やその変化から、文化伝播・交流・技術変遷といった歴史的メカニズムを推定する。

    重要なのは、分類が後段の歴史的・行動的推論の土台になる点で、Krieger はタイプ設定がいかにして有効な帰結(たとえば年代的な指標、文化集団の識別)を生むかに強い関心を示している。






    3)タイプを「文化的実践の単位」として捉える視角

    Krieger の特徴的主張の一つは、タイプは「文化的実践の単位(unit of cultural practice)」であるべきだ、という点である。


    彼は、単に形態学的特徴(器形・装飾など)の類似だけで型を決めるのではなく、その型がかつてどのような生産・使用行為や意味をもっていたか(=機能や社会的意味)を考慮すべきだと述べる。つまり、考古学的タイプは「行為の痕跡=化石化した習慣」を表象するものとして扱うべきである。


    この視点は、単純な形態分類(形だけの分類)と 機能的・歴史的タイプ(functional/historical types) を峻別する議論へとつながる。Krieger は、機能的あるいは歴史的意味をもったタイプの方が、遺跡分布や時相分析において有用であると論じた。






    4)タイプ設定の手続きと診断モード(diagnostic modes)

    Krieger はさらに実務的な指針を提示する。タイプを決める際には 「診断モード(diagnostic modes)」 と呼べる、いくつかの特徴(modes)を選び、それらの組み合わせによってタイプを定義する方式を勧める。これには次の含意がある。

    • 複数の属性(形状、装飾、素材、技法、表面仕上げなど)を用いて型の診断基準を定める。

    • 診断モードはその研究目的に合わせて選ばれるべきで、時間的な系列を追うのか、機能差を明らかにするのかによって選択基準が異なる。

    • 診断モードの選択がタイプの歴史的妥当性(たとえば時系列に沿った単調な分布を示すかどうか)を左右するため、モード選定は透明に示す必要がある。

    この「診断モード」概念は、後の「形式的型認識(formal typology)」や「診断的属性選択」の理論的基礎になっていく。






    5)型と年代推定(seriation)との関係

    Krieger は型の時空分布を用いた年代推定(seriation)についても言及する。特に歴史的タイプ(historical types)を用いると、型の出現頻度が時間軸上で連続的・単調的に変化することが期待され、それが年代推定の根拠となりうる。だが重要なのは、その単調性はタイプ定義と診断モードの選択に依存するという点である。誤った診断モードを選べば、仮に見かけ上の型があっても年代的整合性は崩れる可能性がある。






    6)型概念の哲学的・方法論的含意と限界

    Krieger はまた、タイプ概念の限界についても率直に論じる。型は「分析者による構築物(analytical construct)」である面をもつが、それが「まったく任意」となってはならない。つまり、

    • タイプはデータに基づく客観的信頼性を持つべきで、選定方法は記述されて検証可能であること。

    • 型が文化的単位であるという主張をするならば、それを支持するエビデンス(分布の一貫性、関連機能の有無、技法の一貫性など)を示すべきである。

    こうした自己批判的態度は、タイプの恣意性を減らし、分類を歴史的解釈へつなげるために不可欠だとKriegerは考えた。





    7)実践上の例示(論文内での参照事例)

    論文中では複数の地域例や遺物群が参照され、タイプ概念の運用—どの診断モードを選ぶか、どのようにタイプを定義するか—が具体的に議論される(例えばカリフォルニアやカリブ地域などの研究引用)。Krieger は経験的事例を用いて、どのような場合に機能的/歴史的タイプが有効に働くかを示している。




    8)総括的主張

    Krieger の結論は要約すれば次のようになる。

    • 「type」は考古学的説明にとって中心概念であり、それを曖昧に運用することは許されない。

    • タイプは単なる記述的ラベルではなく、可能な限り「文化的実践の単位」として定義されるべきである。

    • タイプの定義(診断モード選択)は研究目的に適合し、かつ透明で検証可能な手続きに基づくべきである。




    📰あるけまや流まとめ

    私はクリーガーに思い入れある感じです。好きです!(・∀・)つ

    たぶん日本考古学で土器をやってれば普通にすらすら読んで理解できるかなと思います。


    他方で日本考古学で一般的な属性(attribute)に対して、モード(mode)という用語を使ってるんですけれど、後の広い意味でのモード研究を考えるとその点だけ理解しづらいかなとは思います。


    ただタイプとバリエーションについても書いていますので、マヤ考古学の土器分析手法として一般的なタイプ・ヴァラエティ法(Type=vriety method)を理解する上で、ちょうどクリーガーの論稿は日本考古学とアメリカ考古学、そしてマヤ考古学とにおける土器の研究・分析手法を橋渡しするような役割を果たしているのではないかと個人的に思っています。



    まぁ要約を読んでみてもいまいちピンとこないとか、理解しづらい部分もあるとは思います。

    ただ日本の型式学的研究法を学ぶ上で、型式論・様式論関係の論文を読んでも苦しみますからね。

    土器研究者はみんなそうやって激しく苦しみながら、どこかで自分の中でのある種の線引きをしているのだと思います。

    かく言う私も、かつて「日本考古学の型式論と様式論と、マヤ考古学のタイプ・ヴァラエティ法の方法論的比較」を書くに当たってそうとうやられましたからね。

    もう読みたくないです!(笑)( -д-)ノ



    ってことで、次回はクリーガーと前回のスパルディングの考え方の対比を行ってみようかと思いますヾ(´ω`=´ω`)ノ







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    2025ねん 10がつ 16にち(すいよーび、くもり時々雨)

    まだまだカツカツな生活続くぜ!( -д-)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースはたくさん掘ったらたくさん出たよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに

    ── 土と陶が紡ぐ“暮らしの声”が、一斉に目を覚ました日。──


    「考古学って面白いのは、掘れば掘るほど“当時の生”が立ち上がってくるところだよね」——そんな語りかけが聞こえてきそうな発見が、中国北西部で相次ぎ報告されました。今回の発掘では、仰韶文化(紀元前約5000〜3000年)にかかわる中期層の集落跡で600カ所余りの歴史的痕跡が確認され、住居跡、竪穴住居、焼成遺構、墓葬、土器群などが次々と明らかになっています。考古資料は単なる「遺物」ではなく、その社会の食・技術・儀礼・格差までをそっと覗かせてくれる窓なのです。





    🗺️ 発見の舞台 — どこで、どんな調査が行われたのか

    今回の発掘は中国北西部、陝西省(渭南市)などを含む地域での系統的な調査・発掘の成果報告としてまとめられています。地方の考古研究院や国の文化財調査(例:第4次全国文物普査の一環)により、旧石器〜新石器〜青銅時代にかけての痕跡が再検討され、今年度の発掘で仰韶文化中期に属する集落跡が大規模に確認され、600カ所以上の特徴的痕跡が特定されたと報じられました。これらは住居基底、竪穴・炉穴・貯蔵穴、墓域、陶器窯址などを含みます。






    🧱 出土のハイライト — なにが出たのか(暮らしの断片)

    調査チームが公表した情報を総合すると、発掘現場からは次のような要素がまとまって確認されています。

    • 住居基底(円形・半地下式住居など)や家屋群の配置:仰韶文化期に特徴的な円形・半地中式の住居跡が数多く検出され、集落の空間構成や住居規模の多様性がうかがえます。

    • 炉穴・焼成遺構、陶窯・陶器群:土器の大量出土、焼成跡、炭化植物・穀実の痕跡など、食と生産にまつわる物証が豊富です。炭化粟類の残存は、当時の主食(雑穀・粟類)を裏付けます。

    • 墓葬群と副葬品:一定の埋葬慣行が認められ、個体間の副葬品差から墓制の差、社会序列の可能性が示唆されます。

    • 石器・骨角器・装身具類:道具類は日常の生産・加工活動を示し、地域間の文化交流や交易の痕跡を示す素材も報告されています。

    これらは単発の「かけら」ではなく、集落の全体像(集中的な生業、貯蔵・調理・儀礼空間)を復元するのに十分な情報を含んでいます。




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    ↑どこにでも土製お面はあるね!( ・Д・)(「livedoor news」の記事内画像より転載; credit: Record China)



    🔬 年代測定と文化的帰属 — 本当に「仰韶」なのか?

    報告では遺跡層の含意(層位)と出土物の形式学的比較、そして可能なところではAMS放射性炭素年代測定や層位学的照合を行っているとされ、中期仰韶文化(おおむね紀元前5000〜3500年の括り)に属する遺物群として扱われています。


    学術的には、土器装飾様式(魚・渦・植物モチーフなど)と住居形態、出土穀類の同位体・炭化植物資料を総合して時期帰属が行われます。今回の検出は、仰韶文化が北西部のローカル変異を伴いつつ広域にわたって展開していたことを改めて示す結果です。






    🧩 なぜ重要か — 研究的・社会的インパクト(ざくっと整理)

    1) 集落規模と社会複雑性の再検討

    今回のように多数の住居基底や機能区画が確認されると、当該地域が単なる小規模農村ではなく、一定の社会的分業や祭祀・集会機能を持つ中核集落であった可能性が高まります。これは「仰韶文化=散在的村落」という古典的イメージを微修正します。


    2) 食料生産と環境適応の記録

    炭化穀類や穀物貯蔵遺構の情報は、雑穀(特に粟・きび)を中心とする新石器時代の農耕文化の強化と、乾燥地や黄土高原的環境への適応戦略を復元する鍵になります。安定同位体解析やフローテーションによる植物遺存体分析は、既に他の遺跡で行われているように(Jiangliu 等)、同地域研究と連動することで精密な食料史を示します。


    3) 地域間交流と物質文化の拡散

    石器装飾・材料の一部には遠方起源を示す可能性があり、広域的な交流ネットワーク(原材料や工芸技術の移動)の存在を示唆します。これは社会的ネットワークや交易の存在を示す重要な手がかりです。


    4) 保存・公開・地域振興の波及効果

    多数の遺構が明らかになったことで、現地の史跡公園化、地域博物館の展示、観光資源としての活用(ただし保護との両立が課題)といった“文化遺産の利活用”議論にも直接結びつきます。中国当局の発表は、発掘成果を年次報告や遺産登録の候補として扱う方向が見えます。






    ⚠️ 今後の課題(研究者目線で)

    1. 精密な層位学的分析と年代の積み上げ:多地点・多層の試料でAMS年代を増やし、集落の発展・縮小期を細かくたどる必要があります。

    2. 環境復元と古環境データの統合:花粉・炭化物・土壌学的分析で環境条件と農耕の関係を明らかにすること。

    3. 社会階層の検討:墓葬差や住居差を定量的に比較し、階層化の度合いを評価すること。

    4. 地域比較とネットワーク解析:周辺のYangshao系遺跡やLate Yangshao/Longshan 期遺跡との比較を通じ、社会変動のマクロ図式を描くこと。







    おわりに

    最近思うんですよね・・・



    サムネ画像やトップ画像に挙げた写真のように、国が大きくお金を出して、大規模に発掘調査して立派な博物館作って観光地化するっていう一連の流れは素敵だなと大事なことだなと思ってたんですよ。

    他方で日本政府や文科省は自分の懐が温かくならなければ何もやらんもんね( ・Д・)



    でも国を挙げてあっちこっちでやると、発掘調査は一度きりの実験のようなものだから、未来に残すべき重要なデータを今の技術で片っ端から取り上げることになるわけだし、

    上に挙げた写真のように人手が足りないのか、資金が足りないのか、能力不足なのか、素人がスマホで撮った写真にも負けるようなピンボケ写真を平気で記者に渡しちゃう事態になってる現状があるわけで・・・


    何事も一長一短かな( -д-)ノ






    何はともあれ、

    やぱ資本主義社会においてお金大事!( ・Д・)



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