あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    2026年02月

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    2026ねん 2がつ 27にち(きんよーび、晴れ)

    また(?)禁酒始めた、えらい?( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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    今回の考古学・歴史ニュースは連続的な変化だけで、王朝交代は説明できるのか?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに

    王朝が変わる。

    教科書では、だいたいこう書いてある。

    • 権力が弱体化し

    • 内部対立が激化し

    • 外圧が強まり

    • やがて新勢力が台頭した

    つまり──
    少しずつ条件が整い、最後に交代が起きた

    これは、いかにも「連続的」な説明だ。

    でも本当に、
    王朝交代は“ゆるやかな延長線”上の出来事なのだろうか?

    今回は、
    MME(物質文化マクロ生態学)と
    レジームシフト史観の視点から、この問いを解体していく。




    🪜 連続史観のロジック

    連続史観の前提はシンプルだ。

    • 歴史は徐々に変化する

    • 王朝交代も長期的な劣化の帰結

    • 断絶は「見え方」にすぎない

    つまり、

    王朝交代=蓄積された問題の最終段階

    この説明は、因果関係がわかりやすい。
    だが、構造の問題には踏み込んでいない。




    🏺 考古学が示す「断層」

    遺跡データを見てみると、
    王朝交代期には次のような現象が起きることが多い。

    • 建築様式の急変

    • 記念碑様式の断絶

    • 財の分布構造の再編

    • 宮殿空間の再配置

    とくにマヤ地域では、
    碑文に刻まれた王名が突然途切れ、
    別系統の支配者が現れることがある。

    これは単なる「弱体化の延長」ではない。

    支配ルールそのものが切り替わっている





    📊 MMEが見る王朝交代

    MMEの立場では、
    王朝は「人の交代」ではない。

    王朝とは、

    • 財の再配分ルール

    • 威信財の集中構造

    • 社会的制約の体系

    のパッケージだ。

    王が変わるとは、
    このパッケージが入れ替わることを意味する。

    ここが重要。

    連続的な変化は、分布の傾きの変化
    王朝交代は、分布の“型”の変更

    これは質的に違う。




    ⚡ レジームシフト史観の答え

    レジームシフト史観では、
    王朝交代はこう捉えられる。

    • 緩やかな蓄積は確かにある

    • だが、ある閾値を越えた瞬間

    • 支配レジームが切り替わる

    つまり、

    交代そのものは非連続的

    準備期間は連続でも、
    切り替わりは断絶的

    水が温度を上げ続け、
    ある点で突然沸騰するのと同じだ。




    🧠 なぜ「連続」で説明したくなるのか

    王朝交代を断絶と認めると、
    歴史は不安定なものになる。

    • 予測が難しくなる

    • 管理できないものになる

    • 意志や努力では止められないことになる

    だから私たちは、

    すべては徐々に進んでいた

    という物語に安心する。

    だが、それは
    構造転換を見ないためのフィルター かもしれない。




    🔍 連続だけでは足りない理由

    連続史観だけでは、説明できない点がある。

    • なぜ急激に財分布が再編されるのか

    • なぜ旧王朝の象徴が意図的に消されるのか

    • なぜ政治的正統性が一夜で失われるのか

    これらは「劣化の結果」ではなく、
    ルールの再定義 を示している。

    MME的に言えば、

    分布のカットオフが移動したのではなく
    分布関数そのものが変わった

    ここに非連続がある。




    🌍 現代への視線

    この問いは、古代だけの話ではない。

    • 政権交代

    • 体制転換

    • 国際秩序の再編

    これらは本当に連続的変化の延長なのか?

    それとも、

    ある瞬間、
    支配レジームが別物になったのか?

    MMEとレジームシフト史観は、
    後者を強く意識する。




    ✍️ おわりに(次回予告)

    王朝交代は、
    単なる衰退の結果ではないかもしれない。

    それは、

    • 蓄積された歪みが

    • 閾値を越え

    • 構造が切り替わる瞬間

    連続だけでは、説明は足りない。

    次回は、
    「『突然の変化』は、見えていなかっただけでは?」
    という、さらに鋭い反論に踏み込む。

    あるけまやの理論戦は、
    ここからさらに深くなる。







    ※この記事で紹介した考え方は、考古学理論として整理した研究プレプリントとして公開しています。
    文明変化を「進歩」ではなく「状態の切り替え」として捉え直したい方は、こちらも参考にしてください。







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    2025ねん 2がつ 26にち(もくよーび、晴れ)

    あ”~とりあえず1年耐久ゲームだな!( ・Д・)
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    ↑保存状態の良いゼウスの神殿!( ・Д・)(「Smithonian magazine」の記事内画像より転載;credit:  Dosseman via Wikimedia Commons under CC BY-SA 4.0



    今回の考古学・歴史ニュースは「泥の中から女神出てきた( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに


    古代ギリシャの愛と美の女神アフロディーテ。
    その像(または像の一部)が、現代トルコの発掘で泥の中から掘り出された――というニュースが出回っていて、こういうのは一撃で心を持っていかれるやつ。

    泥まみれで顔だけ転がってるとか、あるいは地中深くからぬるっと出てくるとか、絵面が強すぎるんよ( ・Д・)


    今回の「泥」っぽさに一番近いのは、トルコ西部の古代都市アイザノイ(Aizanoi)で、川(小川)の川床から女神アフロディーテの石像頭部が回収された話。まさに泥の中からの回収だ。
    一方で、黒海沿岸の古代都市アマストリス(Amastris / 現アマスラ)で、地中約3mの地点からアフロディーテ像が見つかり、最初はニンフ(精霊)と誤認されていたという別のニュースもある。

    ネットで拡散している一文だけだと「どっちの話?」が混ざりやすいので、この記事では“泥から出た感”が強いアイザノイを主軸にしつつ、アマストリスの話も補助で触れるね。




    🏺 どこで見つかった?

    アイザノイは、現在のトルコ西部(キュタヒヤ県)にある古代都市遺跡。ローマ時代の建築がよく残り、ゼウス神殿でも有名な場所だ。

    この遺跡で、アフロディーテとディオニュソスの石像頭部が、遺跡内の小川(クリーク)の川床から回収されたと報じられている。川床=泥。つまり「泥の中から出てきた」という表現はかなり正確。



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    ↑泥の中の女神!( ・Д・)(「Smithonian magazine」の記事内画像より転載;credit:  Aizanoi Excavation


    🗿 出てきたのは何?

    報道で目立つのは、顔の造形がはっきり残っているアフロディーテの頭部。
    石像って、首から上が残ると途端に“人間の気配”が濃くなる。泥の中から目が合う感じ、ちょっと怖いまである。

    しかも、この頭部は「以前に見つかっていた像の一部」だとされ、今回の回収で関連づけが進む可能性がある。





    🧠 なんで川(泥)の中に像があるの?

    これ、いちばん気になるところ。

    答えはシンプルで、候補がいくつかある。

    • 古代の洪水や地形変化で流された

    • 建物が崩れて土砂に埋まったあと、水路が変わって露出した

    • 破壊・廃棄された石像が、後世の土木で動かされた

    「神殿の中に鎮座していた像」が、時代を経て川床で転がってるのは、文明の時間の流れそのものなんよ。




    🌊 泥の中から出る像が与える、いちばん強い印象

    泥まみれの女神像って、何がいいって、

    保存のドラマが一枚で伝わる。

    地上に出ていたら、風化する。壊される。運び去られる。
    でも泥の中にいたからこそ、何百年、何千年も“顔”が残る。

    文明が滅びるとき、建物は壊れるけど、泥は残す。
    泥って、わりと優秀なタイムカプセルなんだよね。




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    ↑こっちの女神の方がほぼ完形だね!( ・Д・)(「Greek Reporter」の記事内画像より転載;credit:  Directorate of Excavations and Research, Turkey.)




    おわりに

    🖤 ちなみに「もう一つのアフロディーテ」もいる

    さっき少し触れたけど、アマストリス(アマスラ)の発掘でもアフロディーテ像のニュースが出ている。こちらは地中深くから出て、最初は水場の文脈で「ニンフ」と紹介されていたが、再検討でアフロディーテと判断されたという話。像の高さは約1.53m、年代は2世紀ごろと推定されている。

    泥から出たアフロディーテ、地中3mから出たアフロディーテ。




    なにはともあれ・・・・・・

    トルコ、女神が出すぎ( ・Д・)







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    2025ねん 2がつ 20にち(きんよーび、晴れ)

    この人生、ほんと研究だけ爆進で死ぬ!( ・Д・)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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    ↑1982年、引き上げの時!( ・Д・)(「CNN co.jp」の記事内画像より転載;credit: Fox Photos/Hulton Archive/Getty Images )



    今回の考古学・歴史ニュースはチューダー朝の軍艦がかっこいいぜ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに



    「沈没船」って聞くと、だいたいみんな脳内でこう変換しがちなんだよね。

    沈没 = 失敗
    沈没 = 終わり
    沈没 = 悲劇のラストシーン

    でもさ、考古学(と古人骨研究)って、そういう単純な物語を平気でひっくり返してくる。

    今回の主役は、チューダー朝(ヘンリー8世の時代)の軍艦メアリー・ローズ号。1545年に沈没して、1982年に大規模に引き揚げられた、あの有名な“タイムカプセル船”だ。



    で、ここからが面白い。



    回収された乗組員の骨(とくに鎖骨)を「ラマン分光」という方法で調べたら、
    加齢で骨の中身がどう変わるか、さらに利き手が骨の化学に影響するかもしれない、という“現代にも刺さる”話が出てきた。

    要するに、

    500年前の水兵たちが、いま医学の話をしてる。

    このズレが最高なんだよね( ・Д・)




    🧱 そもそもメアリー・ローズ号って何がヤバいの?

    メアリー・ローズ号はチューダー海軍の大型軍艦のひとつで、1545年7月19日、ソレント海戦の最中に沈没したとされる。

    で、沈没船は普通ボロボロになるんだけど、メアリー・ローズは条件がよかった。

    海底の堆積物で覆われて酸素が少ない環境になり、遺物も人骨も保存状態がかなり良かった。引き揚げと発掘で、船体・遺物(1万9000点以上)・乗組員の人骨(少なくとも179人分)が研究できる状態で残った。

    これ、歴史好きなら分かると思うけど、反則級の資料だよ。




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    ↑分析した骨など!( ・Д・)(Shankland et al. 2024 のFig.1より転載)



    🦴 今回の主役は「鎖骨」だった

    今回の研究が見たのは、乗組員(男性・13〜40歳)の鎖骨(clavicle)。

    鎖骨って、地味に見えて面白いパーツで、

    肩と腕を体につなぐ要

    成長過程の情報が出やすい

    よく折れる骨として現代医学でも重要

    みたいに、「生活の癖」や「負荷」が出やすい場所なんだよね。

    そして使われた方法が、ラマン分光(Raman spectroscopy)。骨を大きく壊さずに、ミネラル(無機)とタンパク(有機)のバランスみたいな“骨の中身の化学”を見ていくやつ。




    🧪 骨の化学は、年齢でこう変わるっぽい

    結果をざっくり言うとこう。

    年齢が上がるほど、骨のミネラル成分が増える

    逆に、骨のタンパク成分は減る(減り方はミネラルほど大きくない)

    つまり、骨は年齢とともに“硬い方向”に寄っていく感じが示された。

    ここまでは、まあ「そういうこともあるかもね」で終わる。

    でも次が今回の逆転ポイント。





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    ↑こういう分析には縁があんまりないぜ!( ・Д・)(Shankland et al. 2024 のFig.2より転載)



    ✋ 利き手が、骨の中身を左右で変えるかもしれない

    左右の鎖骨を比べると、変化が右側でより強く出ていた。

    研究側のロジックはこうだ。

    当時、左利きは忌避されやすく(魔女扱いとかの話も含めて)右利きが多かったはず。
    だから右側の鎖骨の方が、繰り返しの作業負荷を受けやすい。
    その結果、右の骨化学が“生活のクセ”をより強く反映したのかもしれない。

    ここ、めちゃくちゃ良い。

    利き手って「動作の癖」じゃん?
    その癖が、骨の内部の化学にまで刻まれてるかもしれない。

    これ、考古学者が好きなやつだよ。
    生活が、身体に書き込まれるやつ。




    🩺 そして現代にも刺さってしまう

    この研究、過去の水兵の生活復元だけで終わらない。

    論文側では、利き手の影響が本当にあるなら、骨折リスクや骨の老化関連疾患(たとえば変形性関節症など)を考える時の“現代の注意点”にもなりうる、という方向にも触れている。

    もちろん、サンプルは12人規模で、これで断定はできない。
    でも、沈没船の骨が「現代の骨の議論」に入り込んでくるのが、ロマン過ぎる。






    おわりに(沈没 = 終わり、じゃない)

    沈没船って、「歴史の失敗の象徴」みたいに見えがちなんだけど、

    沈没したからこそ、保存され、
    保存されたからこそ、研究でき、
    研究できたからこそ、500年後に新しい話が出る。

    沈没は終わりじゃなくて、
    研究の入口だった。

    そういう逆転ネタが、いちばん気持ちいい( ・Д・)





    なにはともあれ・・・・・・

    沈没船は浪漫!( ・Д・)







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    何度考えても今年の研究計画は狂ってやがる!( ・Д・)

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    今回の考古学・歴史ニュースは格差を建物で測ってみた!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに


    ティカル(グアテマラ)って聞くと、まず巨大な神殿を想像するよね。王の権力、儀礼、天を突く石の建物。たしかにそれはティカルの顔。

    でも、都市の本体はそこだけじゃない。今回は、もっと地味で、でも文明の本音が出る場所――住居群の話をする( ・Д・)





    🏘️都市の主役は、神殿より「住居の森」

    ティカルには、巨大建築の周りに無数の住居群が広がっている。
    考古学ではよく「建造物グループ」と呼ばれる単位があって、複数の建物が中庭を囲むようにまとまっている。いわば生活のかたまりが、森みたいに広がってる感じ。


    で、この住居の森を眺めると、だいたい分かってしまう。
    文明って、きれいごとより先に格差が出る。




    📏建物の大きさは「経済力の痕跡」になる

    建築は、夢や信仰だけじゃ建たない。
    必要なのは現実の力――人手と資材と、維持の負担だ。



    だから建物の規模は、そのまま
    どれくらい労働や資源を動員できたか
    の痕跡として扱える。


    ここで言う経済力は、お金というより
    動員できる力の大きさ
    と思ってくれればOK。




    📊やったことは単純。ランキングを作る

    私は「建造物グループの総面積」を計算して、大きい順に並べた。
    そして1位から501位までのランキングを作った。


    これを、考古学的な経済指標ランキングと呼ぶ。
    名前は強そうだけど、やってること自体は素直で、直感とも合うはず。





    🧠ポイントは、社会を先に区切らないこと

    ここが今回の肝。

    社会を語るとき、つい
    上流・中流・下層
    みたいに最初から階層で区切りたくなる。

    でも建物の大きさって、ほんとは連続量なんだよね。
    境界がない。

    どこからが上流で、どこからが平民か、地面の上には線が引いてない。

    だから最初から箱に入れると、格差の形そのものが見えなくなる。

    今回やりたいのは、格差を先に決めつけることじゃなくて、連続のまま格差の形を観察すること。

    格差は、まず形として現れる。
    名前はあとからつければいい。




    🔜次回予告:その分布、冪則だけで語れるのか?

    ランキングの世界では、上位が極端に大きくて下位がずらっと並ぶから、よく冪則(パレート)で説明されがち。
    でも、見た目のそれっぽさは危険。


    次回からは、このティカルのランキング分布が
    冪則だけで説明できるのか
    それとも別の形が必要なのか
    をモデル比較で確かめていく。




    ※この記事で紹介した考え方は、MME(物質文化マクロ生態学)の初の実証論文の一部です。データと解析コードは Zenodo に公開してあります。







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    お金大事だなって最近気づいた!( ・Д・)
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    ↑これがみつかった頭蓋骨!( ・Д・)(「Sciences Avenir」の記事内画像より転載;credit: Hesham Sallam



    今回の考古学・歴史ニュースは古代エジプトの森の王、ほぼ完全な頭蓋骨が出たことで、絶滅の理由に近づけるのか?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    🐺 主役は「ヒアエノドン」という古代の頂点捕食者

    ヒアエノドン(Hyaenodont)は、ざっくり言うと

    猫っぽい鋭い歯
    犬っぽい体格
    でも猫でも犬でもない

    みたいな、古代の肉食獣グループ。

    そして今回の化石は、その中でも「Hyainailourinae(ヒアエノドン亜科)」と呼ばれる系統の、かなり決定的な標本らしい。

    発見された頭蓋骨は「ほぼ完全」。ここが重要。

    肉食獣の化石って、だいたい歯だけ、とか、頭蓋骨の欠片だけ、とかになりがちだからね。




    🐈 名前が強い。「バステトドン」

    この新しい(もしくは再整理された)種は、研究チームによって

    バステトドン・シルトス(Bastetodon syrtos)

    と呼ばれている。


    バステトは、古代エジプトの猫頭の女神。
    つまり「バステトの歯」みたいな名前。

    牙の威圧感と、エジプトの神話パワーを合体させた、強い命名だ。

    そして研究者が言ったひと言が、今回のキャッチコピーになった。

    「率直に言って、バステトドンは古代エジプトの森の王だった」

    これだよ。優勝。




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    ↑バステト神、ちょっと欲しいな!( ・Д・)(「Can激安店」の記事内画像より転載;注意:商品紹介ページに飛ぶよ!例によって回し者じゃないよ!( -д-)ノ)



    🦷 頭蓋骨がほぼ完全だと、何が分かるのか

    頭蓋骨がそろうと、世界が変わる。

    歯だけだと「肉食っぽいね」で終わる。
    でも頭蓋骨があると、具体的にこういうことが推定できる。

    • どのくらい強く噛めたか(顎の筋肉の付き方)

    • 脳のサイズ感

    • 嗅覚の強さ(鼻腔や骨の構造)

    • 目の位置から、どんな狩りをしていたか

    • どの系統に近いか(分類と進化の再整理)

    今回の標本は、そういう情報を一気に持ってくるタイプ。

    だから「森の王」という言葉も、雰囲気じゃなくて、割と科学的に言える可能性がある。




    🌴 3000万年前のエジプトは、砂漠じゃなかった

    いま頭蓋骨が見つかった場所は砂漠。

    でも当時は、緑の濃い熱帯雨林〜湿地っぽい環境だったと考えられている。
    そこに、

    初期のゾウっぽい動物
    初期のカバっぽい動物
    霊長類(古代のサルや、その周辺)

    がいた。

    その上に、バステトドン。

    要するに、森の中で大型獲物も狙える、頂点捕食者が成立していた。




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    ↑頭蓋骨を下から見た様子!( ・Д・)(「National Geographic」の記事内画像より転載;Al-Ashqar et al. 2025



    💀 で、肝心。「絶滅の原因に迫れるのか?」

    ここが今回の話の核心。

    ヒアエノドンの仲間は、かつて広範囲にいたのに、約2500万年前あたりで姿を消していく。
    その理由は昔から議論されてきた。

    ただ、絶滅理由ってだいたい単体じゃない。

    今回の「ほぼ完全な頭蓋骨」が何をしてくれるかというと、

    絶滅の直接原因を一発で言い当てる

    というより、

    • どんな性能の捕食者だったのか

    • どの系統がいつ分岐していたのか

    • どの地域で繁栄していたのか

    を精密化して、

    絶滅が起きたタイミングの環境変化や、他の肉食獣との入れ替わりと、ちゃんと照合できるようにする

    という方向。

    つまり、パズルのピースが増えるタイプのブレイクスルーだ。




    🧨 何が彼らを追い詰めた可能性がある?

    研究や一般向け解説でよく挙がる候補はだいたいこの辺。

    • 気候変動で森が減った(乾燥化・環境の入れ替わり)

    • 獲物のラインナップが変わった

    • 猫・犬の祖先側(いわゆる食肉目)が台頭してきた

    • 生態系の再編で、頂点の席が入れ替わった

    ポイントは、ヒアエノドン側は「強いのに消えた」というところ。

    強い捕食者が消えるときって、だいたい
    強さの種類が時代に合わなくなる。

    森の王が、森ごと消える。
    そういうパターンはあり得る。




    🔥 小さな結論:この頭蓋骨は「絶滅の謎を解く鍵」になり得る

    この発見の面白さは、

    新種だ!すごい!

    だけじゃない。

    • 頂点捕食者の設計図が一気に分かる

    • どこで、いつ、どう強かったかが具体化する

    • だから、絶滅の議論が雑な推測から一段進む

    ってところ。

    森の王は、王のまま死んだのか。
    それとも王座を奪われたのか。
    そもそも森がなくなったのか。

    このへん、今後の追加発見とセットで、かなり面白くなりそうだ。




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    ↑こんなお顔だったらしい!( ・Д・)(「News Week」の記事内画像より転載;credit: Ahmad Morsi




    おわりに

    今回、考古学じゃないんですよね。だって「3000万年前」だもの・・・

    でも「古代エジプトの森の王」って響きが良くて記事にしてみました。

    ところで私は犬派なのですが、猫も可愛いよね。なんだかんだどっちも好き!



    なにはともあれ・・・・・・

    犬と猫を合わせたような生き物なら王だね!( ・Д・)







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    もう就活に時間そんなに取られないかも!( ・Д・)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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    ↑これが問題の発見物!( ・Д・)(「Live Science」の記事内画像より転載;credit: Archaeological Museum Frankfurt)



    今回の考古学・歴史ニュースはヨーロッパののキリスト教史を書き換えるかもしれない小さな遺物( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    📰はじめに


    今回の考古学・歴史ニュースは、

    「ドイツで見つかった銀の護符が、ヨーロッパのキリスト教史を塗り替える可能性がある」

    という、ちょっと物騒でロマンのある話だ( ・Д・)

    小さい。
    地味。
    でも、中身が強い。

    そういうタイプの発見である。



    🪙 見つかったのは「銀の小さな筒」

    発見されたのは、ドイツ西部での発掘調査中。
    ローマ帝国時代の墓から、小さな銀製の護符(アミュレット)が出土した。

    一見すると、ただの装身具。

    だがこの護符は、中が空洞になっていて、
    中には極薄の銀板が巻かれた状態で入っていた

    そしてその銀板には、
    きわめて細かい文字が刻まれていた。

    問題は、その内容だ。




    ✝️ そこに書かれていたのは「キリスト」

    文字はラテン語。

    そしてそこには、
    明確に「キリスト」の名が刻まれていた。

    しかも内容は、

    • キリストへの信仰告白

    • 守護を願う祈り

    • 神の名への言及

    つまりこれは、

    はっきりとしたキリスト教的信仰を示す文書だった。




    arukemaya_y512
    ↑CTスキャンで文字が読める!( ・Д・)(「Live Science」の記事内画像より転載;credit: Leibniz Institute for Archaeology in Mainz (LEIZA)



    ちなみに内容は以下の通り。


    (聖ティトゥスの名において?)
    聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな!
    神の子イエス・キリストの名において!
    この世界の主は、
    あらゆる攻撃(/災厄?)に対して
    (力強く?)抗い、
    神は(?)
    幸福(安寧)への道を開く。
    この救い(?)の手段が、
    主イエス・キリスト、神の子の御心に
    自らを委ねるこの人を
    守ってくださいますように。
    イエス・キリストの前に、
    天にある者、地にある者、
    そして地の下にある者の
    すべての膝はかがみ、
    すべての舌は
    (イエス・キリストを)告白する。



    🕰️ 何がそんなに重要なのか?

    ヨーロッパにキリスト教が広まったのは、
    4世紀以降、ローマ帝国公認後とされるのが一般的な理解だ。

    もちろん、それ以前にも信者はいた。

    でも、

    • 明確な信仰文書

    • 個人が身につけていた護符

    • 地方都市レベルでの出土

    という条件が揃う例は、かなり少ない。


    今回の護符は、

    3世紀の段階で、すでに個人信仰として根付いていた可能性

    を示唆している。


    これはキリスト教の広がりが想定より早かったことを意味するかもしれない。




    📜 国家宗教になる前のキリスト教

    私たちはつい、

    キリスト教=ローマ帝国公認後の大宗教

    と考えてしまう。


    だがこの護符はまだ迫害もあり得た時代に、
    個人が密かに信仰を身につけていた可能性を示す。


    つまりこれは、

    「制度化された宗教」ではなく
    「個人の信仰」の証拠だ。


    そして、個人信仰の痕跡は大聖堂よりも小さな護符に残る。



    arukemaya_y514
    ↑こんな現場!深いね!( ・Д・)(「ATI」の記事内画像より転載;credit: Stadt Frankfurt am Main/Youtube



    🧠 小さな遺物が、歴史を揺らす理由

    この銀の護符は、

    • 建物でもない

    • 大規模な遺跡でもない

    • 豪華な宝物でもない

    それでも重要なのは、

    時間の前倒しが起きている可能性があるからだ。


    もし3世紀に、
    すでに地方都市でキリスト信仰が実践されていたなら、

    • 宣教のスピード

    • 信仰ネットワーク

    • ローマ帝国との関係

    これらの再評価が必要になる。


    歴史は、
    巨大な建造物で変わることもあるけど、
    時に掌サイズの金属片で動く。




    🔮 これは「塗り替え」か、それとも「補強」か

    もちろん、
    1点の出土品だけで歴史が完全に覆るわけではない。

    でも、

    「公認前にも、確実に信仰は存在していた」

    という証拠が増えるたびに、
    ヨーロッパ宗教史のグラデーションは細かくなる。

    黒か白かではなく、
    もっと滑らかに。


    この銀の護符は、

    派手ではないけれど、
    静かに歴史の境界線を押し広げる存在だ。




    arukemaya_y513
    ↑別の角度から!( ・Д・)(「ATI」の記事内画像より転載;credit: Stadt Frankfurt


    おわりに

    発掘ニュースは、
    大きな黄金や巨大な遺構ばかりが注目されがちだ。

    でも今回のように、

    小さくて、
    目立たなくて、
    しかし中身が強い遺物は、

    あとからじわじわ効いてくる。

    ドイツで見つかったこの銀の護符。

    もしかすると数年後、

    「欧州キリスト教史の転換点のひとつ」

    として教科書に載るかもしれない。

    歴史は、ときどき
    ポケットサイズでやってくる。




    なにはともあれ・・・・・・

    私実は1/3キリスト教!( ・Д・)







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    就活に時間削られるぜ!( ・Д・)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    arukemaya_y509
    ↑これがサイズウェルB!現在稼働してるやつ!( ・Д・)


    今回の考古学・歴史ニュースはイギリスの『サイズウェルC計画』、実はとんでもない発掘プロジェクトだった( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    ↓前の「サイズウェルC計画」に関する記事だよ(*・ω・)ノ




    📰はじめに


    ――墳丘墓だけじゃない、サイズウェルC計画の正体

    前回の記事では、
    イギリス・サフォーク州で見つかった
    「王侯級エリートの墳丘墓」について紹介した。


    でも、あのニュースを追っていくと、
    どうも違和感がある。

    ……これ、
    「たまたま良い墓が見つかった」
    って規模じゃないぞ?

    調べてみると、
    どうやらサイズウェルC計画そのものが、
    考古学的にかなり異常なスケールらしい。

    今回はその話。




    🏗️ サイズウェルC計画は、どれくらいデカいのか


    サイズウェルC計画は、
    イギリス政府が進める国家級の原子力発電所建設プロジェクトだ。


    場所は、すでに既存の原発(サイズウェルA・B)があるエリアの近く。
    つまり「エネルギー拠点」としては昔から重要視されてきた土地だ。

    そして、カッコいい名前の「サイズウェルC」とはそもそも三番目の原子力発電所ってことなのだ。


    さて、発電所そのものだけでなく、

    • 建設用地

    • アクセス道路

    • 資材置き場

    • 周辺インフラ

    まで含めると、
    とにかく範囲が広い。

    この「範囲が広い」という一点だけで、
    考古学的には嫌な予感しかしない。

    なぜなら、

    広く削る
    =広く調べる
    =今まで誰も触ってこなかった場所に手を入れる

    ということだから。




    ⛏️ 事前調査が「普通の調査」で終わらなかった理由


    サイズウェルC計画では、
    当然のように事前考古学調査が行われた。

    でも結果は、
    「ちょっと記録して終わり」
    では済まなかった。

    次から次へと出てくる。

    • 先史時代の活動痕跡

    • 青銅器時代の遺構

    • 鉄器時代から初期中世の墓域

    • 中世の生活痕跡

    しかも、それぞれが
    点ではなく、面で出てくる。

    これはつまり、

    この土地が
    「一時的に使われた場所」ではなく、
    何千年も繰り返し使われてきた場所
    だったということ。



    arukemaya_y510
    ↑サイズウェルBの遠景、周辺環境はこんな感じ!( ・Д・)




    🧭 なぜ、この場所は使われ続けたのか


    サイズウェルC周辺の地形を見ていると、
    だんだん理由が分かってくる。

    • 海に近い

    • 平坦で使いやすい

    • 視界が開けている

    • 内陸と海岸をつなぐ位置

    要するに、
    人間が好む条件が揃いすぎている。

    だから、

    • 先史時代の人も

    • 中世の人も

    • 近代の人も

    みんな、同じ場所を選んだ。

    時代ごとに用途は違うけど、
    「ここは使える」という判断だけは、
    ずっと一致している。




    👑 墳丘墓は「異常」ではなく「結果」

    前回の記事で紹介した
    11基の墳丘墓と王侯級エリートの墓。

    あれも、
    この流れの中で見ると理解しやすい。

    いきなり偉い人が現れたわけじゃない。

    この土地が、

    • 長く使われ

    • 記憶され

    • 特別視され

    てきた結果として、
    「ここに葬る」という選択がなされた。

    墳丘墓は原因じゃなくて、
    積み重なった重要性の結果だった。




    🏛️ 現代の巨大計画が、過去を全部あぶり出す

    皮肉な話だけど、
    これほどの発掘成果が出たのは、

    サイズウェルC計画が
    あまりにも巨大だったからだ。

    • 小規模開発なら調べなかった場所

    • 農地のまま放置されていた場所

    • 誰も掘らなかった地面

    そこを、
    国家規模の計画が一気に開いた。

    その結果、
    時間がまとめて露出した。

    サイズウェルC計画は、
    発電所建設であると同時に、
    巨大な時間断面の露頭でもある。




    🔮 「当たり続ける」のではなく「見えているだけ」


    サイズウェルC計画が特別なのは、
    歴史が多いからじゃない。

    • 調査範囲が広い

    • 記録が丁寧

    • 情報公開が比較的多い

    つまり、

    本来なら埋もれたままだった過去が、
    たまたま見えているだけ

    とも言える。

    別の場所でも、
    同じ規模で、同じ精度で掘れば、
    似たことは起きるはずだ。

    ただ、そこまでやる計画が
    なかなか存在しないだけ。




    ↓前の「サイズウェルC計画」に関する記事だよ(*・ω・)ノ



    おわりに

    ――「サイズウェルC計画」は発電所以上のもの

    前回は、
    「王侯級エリートの墓」という
    分かりやすい成果を紹介した。

    でも本当に面白いのは、
    その背景にある、

    なぜ、ここで
    これほど多くの歴史が出るのか

    という問いだ。

    サイズウェルC計画は、
    エネルギーを生み出す施設を建てる計画であり、
    同時に、
    イングランド東部の時間を一気に可視化する装置
    にもなっている。



    掘れば必ず何か出る。
    でも、

    それを
    「ただの遺構」で終わらせず、
    「土地の履歴」として読めるかどうか。

    そこが、プロの仕事なんだと思う。




    なにはともあれ・・・・・・

    「サイズウェルC計画」……やぱ名前がカッコいい!( ・Д・)







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    2026ねん 2がつ 9にち(げつよーび、はれ)

    昨日は東京、雪すごかったね!( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    20160527164100
    ↑アインシュタイン級になりたいね!( ・Д・)




    今回の(考古学・歴史)ニュース(?)は12月1月は死んでたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    まぁ普通に死んでましたね。理由とかは最後に書きます!(*^・ェ・)ノ

    そのせいでってだけじゃないんですけど、経過報告忘れてました。

    新しい月になった瞬間は覚えていて、やらなきゃ~ってなるんですけど、アドセンスの結果がアメリカ時間で出るので日本と1日強ずれるんですよね。

    そのギャップの間に忘れがちです( ・Д・)



    ってことで、とりあえず定期報告として表を提示していきますね!





    2026年1月末表

    表1.2026年1月までの各属性の変化


    もう新年にもなったので新しい段ができました!

    今年はMME理論の基礎実証の年なので輝かしい年になれ~!って気持ちを込めて、帯の色は黄色にしてみました~ヾ(´ω`=´ω`)ノ



    12月1月は心折れてたにも拘わらず良さげな記事数ですが、これ英文版が入ってるので、実際には半分なんですよね。

    で、海外版の方はまだまだ認知されていないので、PVも伸びず、記事数の割りにさして貢献していないって感じです。






    さて、グラフ表示で見てみると、、、



    2026年1月末グラフ

    図1.2026年1月までの各属性の変化



    記事数は過去最高記録から落ち込んだけども日本語で月10本は書いてるのでまぁまぁかなって感じです。

    平日20本は書きたいんですけどね。

    まぁこれまで通りのんびりやっていきますわ(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!






    ↓これ難しいやつ





    ↑これ、新しく始めたけど、やぱ時間ない!




    ↑こちらもちゃっかり宣伝。。。今はズブの素人だけど、たくさんやってれば上手になるかな?( ・Д・)




    おわりに

    いやー、ほんと12月1月は心死んで、酒浴びて散財して、また自己嫌悪で心死んで、ブログやめようかなとXで漏らしてしまうくらいだったんですよ。

    その割にはまぁまぁ書いてて良かったかなとは思います。



    で、病んでた理由は、、、『不安』!


    ちょうどクリスマスにMMEの根幹理論論文を3本公開したんですけど、その直前が死ぬほど病んでたんですよね。

    世界に向けて、他分野に向けての論文だったから、認めてもらえなかったらどうしようかなって不安に圧し潰されました。

    マヤ考古学やってて、国際学会にも出て、スペイン語で論文書いたり発表もして、マヤ考古学を主導しているのがアメリカってのもあって、『世界で闘ってる感』はあったんですよね。

    今思うと『幻想』でした。



    私はプロセス考古学者を自認していますから、やはり記述だけの考古学じゃ不満で、『理論なき考古学』からの脱出を図りたかったんですよね。

    そのためには考古学発の分野横断型の数的理論を作って、異分野の研究者を先に味方につけてから、文献史学と考古学分野に理論応用しに帰ってくるという作戦で闘うことにしたんです。

    まぁ結果、理論嫌い・数理嫌いな日本考古学者の世界で当然周りは敵ばかりとなり、辛い思いもしましたが、今ではこれで良かったんだなと思っています。

    今は『ちゃんと』世界で闘えています!ヾ(´ω`=´ω`)ノ




    何はともあれ、


    今めちゃ回復期!( ・Д・)



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    ちゃんと禁酒始めた、えらい!( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    arukemaya_y508



    今回の考古学・歴史ニュースは歴史は本当に「少しずつ」進むのか?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに

    歴史は、なだらかに続いている。
    昨日の延長線上に今日があり、
    今日の積み重ねが明日になる。


    ──私たちは、そう教えられてきた。

    でも、考古学と長期史を本気で眺めると、
    この前提は、だんだん怪しくなってくる。


    今回は、
    MME(物質文化マクロ生態学)
    レジームシフト史観 を使って、

    歴史は本当に「少しずつ」進むのか?

    この、歴史観そのものを揺さぶる問いに踏み込む。




    🪜 連続史観という「常識」

    まず、私たちが慣れ親しんでいる考え方から。

    連続史観では、歴史はこう説明される。

    • 技術は徐々に改良され

    • 制度は少しずつ洗練され

    • 社会は段階的に進化する

    王朝交代も革命も、
    本当は「小さな変化の積み重ね」にすぎない。

    この見方は、
    安心感があるし、説明もしやすい。

    でも──
    考古学のデータは、しばしばこの説明に逆らう。




    🏺 地層は「ゆっくり」語らない

    遺跡の地層を思い浮かべてほしい。

    • 建築様式が突然変わる

    • 財の種類が一気に入れ替わる

    • 分布の厚みが不連続に変化する

    もちろん、
    その背後に緩やかな準備期間があることは多い。

    だが重要なのは、ここだ。

    記録に残る変化は、
    ある点で「まとめて起きた」ように見える

    考古学が扱うのは、
    連続過程の結果として現れる非連続な痕跡 だ。




    📊 MMEが疑う「なだらかな歴史」

    MMEの視点では、
    歴史の主体は人間の意思ではなく、

    財の分布構造 だ。

    分布は、

    • 少しずつ歪み

    • じわじわ集積し

    • ある閾値を越えた瞬間に

    形そのものを変える

    ここが決定的に重要。

    変化の入力は連続でも、
    出力は非連続になりうる

    歴史が「突然」変わるのは、
    偶然でも例外でもない。

    構造的に、そうなる




    ⚡ レジームシフト史観の立場

    レジームシフト史観は、
    連続史観を真っ向から否定する。

    • 歴史は常に連続ではない

    • ある時点で、支配ルールが切り替わる

    • 切り替え後は、以前の論理が通用しない

    これは革命や崩壊だけの話ではない。

    • 経済のルール

    • 財の価値

    • 社会的制約

    それらが同時に変わる瞬間、
    歴史は「別のモード」に入る。





    🧠 なぜ「少しずつ進む」と錯覚するのか

    それでも私たちは、
    歴史を連続だと信じたがる。

    理由は単純だ。

    • 人は変化の途中に生きている

    • 境界をまたぐ瞬間を体験できない

    • 後から線でつなぎたくなる

    結果として、

    本当は段差だったものを、
    なだらかな坂として語り直す

    連続史観は、
    後付けの物語 として成立している側面がある。





    🔍 MMEが見ているのは「傾き」ではなく「断層」

    MMEが追うのは、

    • 成長のスピード

    • 改良の方向

    • 進歩の勾配

    ではない。

    見るのは、

    • 分布の歪み

    • 境界点の移動

    • レジームの切り替わり

    だから、問いも変わる。

    歴史はどう進んだか?
    ではなく
    いつ、別の構造に入ったか


    🌍 現代史にも当てはまる問い

    この問いは、
    古代史だけの話じゃない。

    • 冷戦終結

    • デジタル化

    • グローバル経済の成立

    これらは「少しずつ」の結果だったのか?
    それとも、

    ある時点で、
    ルールが一気に切り替わったのか?

    MMEとレジームシフト史観は、
    後者を強く示唆する。




    ✍️ おわりに(次回予告)

    歴史は、
    常になだらかに進むわけではない。

    • 水面下では連続的でも

    • 表に出るときは非連続

    • 境界を越えた瞬間、別の論理が支配する

    次回は、
    「連続的な変化だけで、王朝交代は説明できるのか?」
    という、さらに踏み込んだ対立軸に進む。

    あるけまやの歴史観は、
    ここから、理論戦争ゾーンに突入する。




    ※この記事で紹介した考え方は、考古学理論として整理した研究プレプリントとして公開しています。
    文明変化を「進歩」ではなく「状態の切り替え」として捉え直したい方は、こちらも参考にしてください。







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    気付いたらもう2月だ!忙しくて目が回る~!( ・Д・)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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    ↑インパクトあるね!ぱっと見ホラーだけど!( ・Д・)(「Medievalists.ner」の記事内画像より転載;credit: Oxford Cotswold Archaeology)


    今回の考古学・歴史ニュースはイギリス・サフォーク州で「王侯級エリート」の墓が見つかった話( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに

    ――イギリス・サフォーク州で「王侯級エリート」の墓が見つかった話

    イギリスのサフォーク州で進められている「サイズウェルC計画」という発掘プロジェクトから、これはちょっと見逃せないニュースが飛び込んできた。


    発電所建設に先立つ考古学調査で、
    墳丘墓(ふんきゅうぼ)が、合計11基も検出されたというのだ。


    しかもそのうちの1基は、
    明らかに“王侯級エリート”のものと考えられている。


    これは当たりだ。



    🏗️ きっかけは、いつもの「工事前調査」

    今回の発見は、いわゆるレスキュー考古学によるものだ。

    大規模インフラを建設する前に、
    「念のため地面を調べておこう」という、あの調査。


    正直に言うと、
    特別なものは何も出ないことの方が圧倒的に多い。

    でも、たまにこういうことが起きる。

    何もないはずの場所から、
    地域の歴史そのものがごっそり出てくる。

    サイズウェルC計画は、
    まさにその“当たり回”だった。



    arukemaya_y502
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    ↑中世のオーブンとコプトボウル!( ・Д・)(「Medievalists.ner」の記事内画像より転載;credit: Oxford Cotswold Archaeology)


    ⛰️ 墳丘墓が11基並ぶ、という異常さ

    墳丘墓は、ただの墓じゃない。

    • 土を盛る

    • 目立つ形にする

    • 景観の中で存在感を出す

    つまり、「見せる墓」だ。


    時間も労力もかかる。
    誰でも、どこでも作れるものじゃない。

    それが11基も同じ場所に集中している


    これはもう偶然じゃない。

    ここは、特別な人たちが、特別に葬られるための墓域だった可能性が高い。


    墓が語っているのは、
    個人の死ではなく、社会の構造だ。



    👑 1基だけ、明らかに“格”が違う

    11基の墳丘墓の中で、
    研究者たちの目を引いたものがある。

    • サイズが大きい

    • 構造が複雑

    • 位置が中心的

    考古学では、
    墓にかけられた手間は、
    ほぼそのまま社会的地位を反映する。


    つまりこれは、

    「この人は、
    ほかとは別格だった」

    と、土そのものが主張しているような墓だ。


    研究者たちは、この人物を王侯級エリートとみている。

    王かもしれない。
    あるいは地域を支配した首長、
    軍事と政治を握った人物かもしれない。


    いずれにせよ、
    その土地で一番偉かった人間の一人だった可能性は高い。




    arukemaya_y503
    ↑馬のお墓!( ・Д・)(「Medievalists.ner」の記事内画像より転載;credit: Oxford Cotswold Archaeology)



    ⚔️ 墓が語るのは「支配の記憶」

    この時代のイングランドでは、

    • 武力

    • 血統

    • 支配

    は、きれいに分かれていない。

    強い者が偉く、
    偉い者が土地を支配する。


    だから墓もまた、
    単なる埋葬施設ではなく、

    「この土地は、誰のものだったか」を示す記念碑になる。


    遠くから見えるように造られた墳丘墓は、
    生きている人々に向けたメッセージだった。



    🧠 なぜ、同じ場所に偉い人が集まるのか

    こうした発見を見るたびに思う。

    重要な場所は、
    何度も重要になる。

    王侯級の人物が葬られ、
    時代が下って、
    現代では国家規模の発電所が建てられようとしている。


    用途は違っても、
    「ここは重要だ」という感覚だけは、
    不思議と引き継がれている。



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    ↑マチルダと刻まれた鉛製のアクセサリーと中世のヴェネツィアガラスでできたカメオ!( ・Д・)(「Medievalists.ner」の記事内画像より転載;credit: Oxford Cotswold Archaeology)


    🏛️ 現代の工事が、古代の権力を掘り起こす

    もしサイズウェルC計画がなければ、
    これらの墳丘墓は、

    • 調べられず

    • 記録されず

    • 静かに削られていた

    かもしれない。


    皮肉だけど、
    現代の巨大インフラが、古代の権力構造を可視化した形だ。

    考古学では、よくある話。



    🔮 地面の下には、まだ語られていない歴史がある

    今回見つかった11基の墳丘墓は、
    氷山の一角かもしれない。

    サフォークの地面の下には、
    まだ名前も知られていない
    “偉かった人たち”の記憶が眠っている。

    掘られるのを、
    何百年も待ちながら。






    おわりに


    これ何だか凄い大きなプロジェクトみたいですね。てかプロジェクト名が「サイズウェルC計画」って全然意味分らんネーミングセンスに感じる一方で、なんだかかっこいいよね!

    最近、面白い記事もないし、次回はこのプロジェクトについて掘り下げてみようかな!(*^・ェ・)ノ




    なにはともあれ・・・・・・

    掘れば必ず何か出るもんだよ、

    それを大きな成果に見せるのがプロだ!( ・Д・)







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