
↑これ、データたくさん与えないと適当に作るよね!( ・Д・)
今回の考古学・歴史ニュースは「スコットランド北部の鉄器時代の女性について、死後まもなく脳が取り出され、さらに一部の骨が加工されていた可能性が出てきたぞ!( ・Д・)」ってお話です(*・ω・)ノ
📰 はじめに
正直、今回のテーマはかなりインパクトが強い。
「埋葬前に脳みそを掬い取られていた可能性」
字面だけ見ると、ホラー映画かよ!( ・Д・) って感じだよね。
でも、考古学的には、ここで大事なのは「残酷だったのか?」だけではない。
むしろ本題は、
死者の体をどう扱ったのか。
遺骨をどのように記憶したのか。
生きている人びとは、死者とどんな関係を続けたのか。
という、かなり深い話なのだ。
今回の舞台は、スコットランド北西部サザーランド地方のロッホ・ボラリー。ここで見つかっていた鉄器時代の石塚墓を、ヨーク大学などの研究チームが骨分析、同位体分析、古代DNA分析で再検討した。研究成果は学術誌『Antiquity』に掲載されている。
🏴 鉄器時代のスコットランドってどんな世界?
ブリテン島の鉄器時代というと、だいたい紀元前800年ごろからローマ時代の始まりまでを指す。
ただし、スコットランド北部の場合、ローマの支配が南ブリテンほど直接的に及んだわけではない。
今回のロッホ・ボラリーの2人は、放射性炭素年代測定によって、紀元前50年ごろから紀元70年ごろに死亡した可能性が高いとされる。つまり、ローマ軍がスコットランド南部・東部へ本格的に進出する紀元79年以前の人びとだった可能性が高い。
この時代のスコットランド北部・島嶼部では、ブロッホと呼ばれる石造塔状建築や、円形住居、湖上住居クランノグなど、かなり個性的な建築文化が展開していた。
たとえばオークニー諸島のブロッホ・オブ・ガーネスでは、紀元前500〜200年ごろに集落が始まり、厚い壁を持つブロッホ塔や周囲の家々が築かれたとされる。ブロッホはスコットランド独自の建築で、500以上が知られている。
一方、湖上住居クランノグもスコットランド鉄器時代の重要な住まいで、ロッホ・テイだけでも18例が確認されている。
つまり、当時のスコットランド北部は、ただの辺境ではない。
石造建築、海上移動、地域間交流、独自の葬送儀礼が入り組んだ、かなり濃い世界だったのだ。
🪦 鉄器時代の「墓」は、意外と見つかりにくい
今回の発見を理解するうえで重要なのは、鉄器時代ブリテンの葬送儀礼が、考古学的にはかなり見えにくいことだ。
『Antiquity』の論文でも、鉄器時代ブリテンでは墓地らしい墓地が必ずしも多くなく、人骨は住居床、貯蔵穴、貝塚、集落境界、入口など、いわゆる「普通の墓」とは違う場所から出ることが多いと説明されている。
スコットランド高地の研究枠組みでも、スコットランド鉄器時代の埋葬はかなり多様で、土葬、火葬、身体の一部だけの埋納など、地域ごとの違いが大きいとされている。頭蓋骨や穴を開けられた骨の埋納は、敵の戦利品とも、祖先崇拝とも解釈されうる。
つまり、今回の「脳が取り出されたかもしれない女性」も、単独で突然現れた怪奇事件ではない。
鉄器時代のスコットランドには、死者の身体をそのまま静かに埋めるだけではない、かなり複雑な死者処理の世界があった。
そこに今回の研究が、ものすごく強烈な一例を追加したわけだ。
🐇 きっかけは、ウサギが掘り出した頭蓋骨だった
ロッホ・ボラリーの石塚墓は、1998年にウサギの穴掘りによって人間の頭蓋骨が地表へ押し出されたことで注目された。
その後、2000年に調査が行われ、石塚の下から2体の伸展葬が見つかった。石塚はおおよそ南北7メートル、東西3.5メートル、高さ1.2メートルほどの低い石積みだった。
見つかったのは、成人1体と若年者1体。
今回の再分析では、成人個体は30歳以上の女性、もう1体は14.5〜15.5歳ほどの少年とされた。古代DNA分析では、成人は遺伝的に女性、若年者は男性と判定されている。
この時点では、まあ珍しい鉄器時代の埋葬だな、という話に見える。
でも、骨を細かく見ると、話が一気に不穏になる。

↑カラー出版なら写真もカラーでいいと思うけど、モノクロの方が味が出る感じはする!( ・Д・)(Navarro et al. 2026; Fig.2より転載; credit: HES. Excavation photograph by GUARD)
🧠 女性の頭蓋骨に残っていた“内側の切り傷”
研究チームが注目したのは、成人女性の頭蓋骨の内側に残っていた、まっすぐで平行な細い傷だった。
さらに頭蓋底には不自然な破損があり、その破損の特徴から、骨がまだ湿っていた死後まもない時期、あるいは死亡前後に生じた可能性があるという。
論文では、頭蓋底の破損と頭蓋骨内側の切痕を合わせて考えると、この女性の死後まもなく、意図的に脳が取り出されたことを示唆すると述べられている。
ここで大事なのは、「脳が取られた」と断定しきっているわけではないことだ。
研究者たちは、傷の形や位置からその可能性が高いと考えている。
一方で、別の研究者からは、頭蓋骨が何らかの形で操作されたことは示していても、それだけで脳摘出まで断定できるかは慎重に見るべきだ、という意見も出ている。
こういう慎重さ、すごく大事だよね。
怖い見出しは簡単に作れる。
でも考古学では、「何が確実で、何が可能性なのか」を分けて考えないといけないのだ。
🦴 骨は“道具”のように削られていた?
さらに奇妙なのは、頭蓋骨だけではない。
女性の長骨のうち、両上腕骨、左尺骨、左大腿骨の少なくとも4本に加工痕が見つかった。
2003年の当初報告では、これらの傷はネズミなどにかじられた可能性も考えられていた。ところが今回の再検討では、動物のかじり痕に期待される特徴がなく、骨の外側が削られ、内側の層が鋭い縁や尖った先端になるよう加工されていたと判断された。
つまり、死者の骨が折られ、削られ、何らかの“尖ったもの”に変えられていた可能性がある。
ただし、ここも「実用品の道具だった」と簡単には言えない。
大腿骨には使用痕のようなものも見られるが、これらが何に使われたのか、儀礼用だったのか、象徴的な加工だったのかはまだわからない。
そして、ここがいちばん重要なのだけど、加工された骨は墓の中で解剖学的に正しい位置へ戻されていた。
つまり、バラバラに捨てられたのではない。
加工したうえで、体として組み直され、墓に納められていたのだ。
これ、めちゃくちゃ不思議だ。
破壊なのか。
保存なのか。
冒涜なのか。
敬意なのか。
一見すると怖いのに、骨の戻し方には明らかに丁寧さがある。
この矛盾が、今回の発見の核心だと思う。

↑私も保存状態のいい頭蓋骨見つけたいな!( ・Д・)(Navarro et al. 2026; Fig.5より転載)
🙏 これは残酷な扱いだったのか、それとも敬意だったのか
研究チームも、この行為の動機は非常に解釈が難しいとしている。
脳の除去は、人肉食と関係する可能性も理論上はある。
ただし、長骨から骨髄を取り出すような証拠はなく、人肉食を積極的に裏づける状況証拠は乏しい。別の可能性としては、頭蓋骨をきれいにして保存・展示するための処理だったかもしれないとされている。
そして研究者たちは、女性の骨が丁寧に再配置されていたことから、少なくとも単純な侮辱や廃棄ではなく、共同体から一定の敬意を受けていた可能性を指摘している。
これ、現代人の感覚だとかなり難しい。
私たちは「死者を大事にする」と聞くと、身体を傷つけず、棺に納め、静かに埋葬するイメージを持ちがちだ。
でも、古代社会では必ずしもそうではない。
死者の骨を取り出す。
頭蓋骨を飾る。
一部を持ち歩く。
住居に置く。
祖先として祀る。
何度も埋め直す。
そうした行為が、むしろ死者との関係を保つ方法だった可能性がある。
死者を「遠ざける」のではなく、死者と「関わり続ける」。
今回の女性は、まさにそういう世界の中にいたのかもしれない。
🌊 しかも、この人たちは“地元民”だけではなかった
この研究の面白さは、骨の加工だけではない。
同位体分析と古代DNA分析によって、この2人の移動や血縁関係も見えてきた。
女性と少年は、古代DNAから母系のまたいとこ程度の近い血縁だった可能性がある。さらに同位体分析では、2人はロッホ・ボラリー周辺で育ったのではなく、子どものころは約80キロ南東、サザーランド東岸あたりで過ごした可能性が高いとされた。
しかもDNA上は、オークニー諸島やアップルクロスなど、かなり離れた地域の人びとともつながりが見えるという。
これがまた良い。
鉄器時代のスコットランド北部というと、地図上では「端っこ」に見える。
でも実際には、海岸線と島々をつなぐ移動ネットワークがあり、人びとや儀礼や記憶が、海を通じて動いていた可能性がある。
北の海は、境界ではなく道だったのだ。
🧩 今回の発見の何が重要なのか
今回の発見は、単に「怖い埋葬が見つかった」という話ではない。
重要なのは、鉄器時代のスコットランド北部において、死者の身体が単なる遺体ではなく、社会的・儀礼的な意味を持つ存在として扱われていた可能性があることだ。
女性の脳は取り出されたかもしれない。
長骨は尖るように加工された。
それでも骨は解剖学的な位置に戻された。
少年には同じような加工は見られなかった。
2人は血縁関係にあり、遠方から移動してきた可能性がある。
この組み合わせがすごい。
つまり、死者処理、親族関係、移動、地域間ネットワーク、祖先記憶が一つの石塚墓に重なっている。
骨そのものが、社会の記憶媒体になっている感じがするんだよね。
✨ おわりに
今回のロッホ・ボラリーの女性は、現代の感覚から見ると、かなり異様な扱いを受けている。
脳を取り出されたかもしれない。
骨を削られたかもしれない。
その骨がまた体の位置に戻された。
でも、それは単純な残虐行為だったとは限らない。
むしろ、死者の身体に手を加え、加工し、組み直し、石塚に納めるという行為は、死者を忘れないための方法だったのかもしれない。
鉄器時代のスコットランド北部では、死者はただ消えていく存在ではなかった。
生きている人びとの世界に残り、骨として、記憶として、祖先として、関係を持ち続けたのかもしれない。
怖い。
でも、ものすごく人間くさい。
ロッホ・ボラリーの石塚墓は、死者をどう扱うかという問題が、じつは「人間とは何か」という問題そのものに近いことを教えてくれる。
考古学って、たまにこういうところまで連れていくんだよね( ・Д・)























