2020ねん 2がつ 24にち(にちよーび、晴れ)
忙しい時に限って、仕事が次から次へと舞い込んでくる(ρ゚∩゚) グスン
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今回の考古学・歴史ニュースは「古代王政ローマ、建国神話に出てくるロムルス王のものと思しきお墓が公開されたよ!」ってお話です(*・ω・)ノ
ローマの歴史は、王制ローマ、共和政ローマ、帝政ローマと大きく分けられます。
この内の最初の王政ローマは約250年間続いたことになっていますが、歴史書に現れるのは王制ローマが終わってから500年も後のことなのです。
なので恐らくは王制ローマに関する歴史書の内容の多くは神話であると考えられます。
しかしながら現在のローマ市では神話時代の最初期に関する記述通り、上に挙げた「狼に育てられたロムルスとレムス」の像が飾られており、また4月21日は建国記念日として盛大に祝われているのです。
建国神話における最初の王、ロムルス
ローマの建国神話はロムルスとレムスの誕生から始まります。
軍神マルスと古代イタリアの都市国家の王女、レア・シルウィアの間に生まれた双子は、王女の叔父によってすぐに捨てられてしまいます。
しかし最初に挙げた写真や上のコインのように、狼に育てられ生き延びます。
後に祖父に出会い、孫であることが判明し、自分たちが捨てられた土地に都市を建設することにします。
この都市がローマなのです。
都市の境界を決める際に兄弟は揉め、兄のロムルスは弟レムスを殺してしまいます(後半部で関係してきます(*^・ェ・)ノ)。
兄の名前ロムルス(Romulus)はロームルスとも発音します。
つまりローマの語源は初代王ロムルスに由来するのです(*・ω・)ノ
ロムルス王はその後およそ40年の間、ローマを統治し、その後消えてしまいます。
後の歴史家たちは元老院議員らによってロムルス王が暗殺されたと考えており、中心となった人物はユリウス・プロクルスと推定されています。
彼は後のユリウス氏族の祖先と考えられています。
ユリウス……カエサル?
政治家は親も子も、昔からロクでもないのか( ・Д・)
本当にロムルス王の石棺?
上に挙げた写真がイタリア、ローマ市のフォロ・ロマーノにある元老院議事堂跡です。
ちょうど地下への入り口に人が立ってます。
この地下から100年以上前に祭壇と共に石棺が発見されました。
調査者はロムルス王の石棺であると解釈しましたが、学会全体の合意には至りませんでした。
1980年代後半にはこの議事堂跡の近くから巨大な石を特徴とした長く深い溝が発見されました。
調査者はロムルスが都市の境界として掘った「聖域の溝」だと主張しました。
でもやはり合意には至っていません( -д-)ノ
上に挙げた写真が問題の石棺ですが、かなり質素ですね( -д-)ノ
まぁ暗殺されてぶち込まれたのだから、墓があるだけマシなのか( ・Д・)
これらの遺構に関連して出土した遺物から石棺の帰属時期はBCE6世紀と考えられています。
伝説ではローマの建国はBCE753年だから統治期間を考えてぎりぎり同時期と言えるかなって感じですねヽ(TдT)ノ
是非、証拠をどんどん集めて、「伝説の王様のお墓!」を証明して欲しいですね!
こういう地元密着型の調査は周辺地域の人々の活力にも繋がりますし、考古学の果たせる重要な仕事のひとつだと思います。
いや、ほんとにすごい夢のある、浪漫溢れるテーマだなと思います……
ローマンだけに( ・Д・)
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