2020ねん 5がつ 23にち(きんよーび、曇りのち雨)
報告書があと二日で終わる。てか終える。
結局週末働かにゃ終わらんってことやな、、、
どうなってる、私の「ひとり働き方改革」!?( ・Д・)
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今回の考古学・歴史ニュースは「発掘調査で多量の金銀財宝が出て、中国版の埋蔵金伝説が真実だったことが分かったよ!」ってお話です(*・ω・)ノ
今回の舞台は中国・四川省にある彭山江口明末古戦場遺跡です。
名前めちゃくちゃ長いですねΣ(・ω・ノ)ノ
この遺跡は、彭山区の江口鎮に所在しているので「彭山江口」と付いています。
次の「明末」は中国王朝のひとつである明王朝(1368-1644)の末期に帰属するという意味のようです。
で、「古戦場跡」はそのままですが、以前の調査で銃や様々な種類の鉛弾が発見されたことで古戦場跡であると解釈されたことによるネーミングだそうです。
ということで、長ったらしい名前ですが、遺跡の性格を端的に示している名称ということになります(*・ω・)ノ
3シーズンに渡って長期的な調査が実施されていて、今回の調査では重要文化財指定の遺物だけで2000点、トータル1万点の文物が出たそうです。
1万点の遺物ならば、マヤ文明の場合、土器片や石器片でいいなら簡単に出る量なのですが、時代が時代ですからね、きっといいもの(文物)ばかりで1万点のはずです(*^・ェ・)ノ
あまりにも出土遺物の質も量も良いため、約76億円をかけて「江口沈銀博物館」を来年建設開始するそうです。
この博物館の名前になっている「江口沈銀」というのが、中国版の埋蔵金伝説のひとつなのです。
江口沈銀の伝説の証明
「江口沈銀」の伝説とは1643年に大西王となった農民軍の首領・張献忠の軍船が岷江を南下する際に、明軍の攻撃を受けて沈没してしまい、積んでいた財宝が川底に沈んだというものです。
先に挙げた金印が最も重要な発見で、金の含有量がなんと95%!
重量が8kgだそうですよ!
……これ、誤植じゃないのかな?( ・Д・)
金印は1辺10センチメートル、厚さ3センチメートルの方形の印台って書いてますけどね。
紐を通すための穴が開いた亀形の飾り持ち手が付いていて、そのサイズ情報はないけれど……
印台の体積は10×10×3cm=300㎤になりますよね。
金の比重は1㎤=19.32gだから、300㎤だと約5.8kgか。
あ~、金ってとっても重いのね!!!
全然持ったことないから!ヽ(TдT)ノ
それにしても8キロの印鑑って使える???
数字が事実ならば、実用品ではなくて権威を示すための象徴、威信材なのかも知れませんね( -д-)ノ
ちなみに金印には「蜀世子宝」の4文字が鋳込まれており、蜀王の世継ぎである太子が歴代受け継いできたものと推定されています。
王が使う金印は卑弥呼の金印でもおなじみですけど、太子が使う金印の事例としては中国国内でこれが最初の事例だそうです!ヾ(´ω`=´ω`)ノ
おわりに
発掘調査自体も大規模なもので、相当な予算が組まれているはずです。
というか、これ、大河川の一部をせき止めてまで行っている調査らしいので、お金の掛け方が違いますよね。
そして約80億円も投じて博物館を造るわけですが、観光地として一躍有名になるでしょうし、元は取れそうですよね(*・ω・)ノ
やはりメキシコ、エジプト、中国かな。
こういった、国を挙げて考古学調査を支援して、しっかりと外貨獲得につなげようとしているのは。
日本は予算出さずに、何かいいもの出たらとりあえずニュースにして博物館で展示して小銭を稼ぐといった『搾取型考古学(搾取されるがまま考古学)』ですからね。
そう言えば、なんかTwitterで見ましたけど、埼玉の博物館で資料調査(写真撮影とか)に対してお金取るって決めたとこがあるらしいですね。
どれだけ搾取する気なのか。
そこまでされたら、、、
出土品、博物館に収めずに闇ルートで売るぞ!と思っちゃいますね。
(↑上手いこと炎上してお気楽に有名になりたいわ~なんて( ・Д・))
話は変わって最近、日本の埋蔵金伝説は下火ですね。
出ないかな~( -д-)ノ
日本にも明るい話題が欲しいよ!!!( ・Д・)
【謝辞】
今回の記事は以前にコメントを頂いた「M+さん」より情報提供を頂きました。
末筆ながら記して感謝申し上げる次第です。
(*_ _)激しくペコリ
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