2020ねん 8がつ 18にち(かよーび、晴れ)

ゲームをやめれば時間が取れるのにぃ!( ・Д・)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




今回の考古学・歴史ニュースは「やっぱ気候変動で人類滅びるんじゃない!?( ・Д・)」ってお話です(*・ω・)ノ



ちょっと端折り過ぎたかな( -д-)ノ

考古学や歴史研究から人類の未来を予測し守りたいとカルデア特務機関(FGO)のようなことを本気で考えている管理人ですが、、、


いや、マヤ文明にしても、今回紹介するアッカド帝国にしても、自然の力は凄いぜ!ってお話ですΣ(・ω・ノ)ノ




アッカド帝国の概要

アッカド帝国、あるいはアッカディアは世界で最初の帝国と言われています。

その支配者であるアッカドのサルゴンが、一連の独立した都市国家を統合した後、約4,300年前にメソポタミアに設立したものです。



アッカド帝国の影響力は、世界史で習うあのチグリス川とユーフラテス川に沿って、現在のイラク南部からシリアとトルコにまで及んでいました。

帝国の南北の範囲は、降雨に大きく依存する北の肥沃な土地(アジアの「パンのバスケット」の一つ)から南の灌漑に恵まれた沖積平野まで、様々な気候の地域をカバーしていました。



この土地、肥沃であるけれども降雨に依存してしまうところが問題です。

彼らは自然の降雨に頼る「天水農業」を行っていたわけではありません。

メソポタミアではBCE6500年のウバイド期から早くも灌漑農業を行っていたのです。



ただ大量の降雨による河川の氾濫が周囲の土壌に肥沃さを与えていたのです。

エジプトのナイル川の事例を思い浮かべて頂けると近いと思います。

「アッカドはティグリス・ユーフラテスの賜物」だったわけです。



アッカド帝国は肥大化する中で北方の領土の生産性にますます依存するようになり、この地域で生産された穀物を使って軍隊を養い、主要な支持者に食糧を再分配していました。

そして帝国成立からわずか約1世紀後、アッカド帝国は突如として崩壊し、大量の移住と紛争が発生しました。

この時代の苦悩については、古代の『アカドの呪い』として表現されており、水不足と食糧不足による大混乱の時代だったようです。



arukemaya952
↑紀元前2254年~2218年におけるアッカド帝国の領域図(The Conversationの記事内画像より転載;英文)


これまでの学説

アッカド帝国の急速な崩壊の理由に関しては、文献史学者や考古学者、古気候学者等によって現在でも議論されています。

これまでの説で最も著名な見解の一つは、アッカド帝国の生産性の高い北部地域に深刻な影響を与えた大干ばつの発生によって引き起こされたというものです。



考古学的にはシリア北部でかつて繁栄していたこの地域において、土器等の遺物が欠如することを根拠に約4,200年前に突然放棄されたと解釈されていました。

また発掘調査時の土層堆積の様子から、それ以前に豊かであったであろう土壌が、風で吹き飛ばされた大量の砂埃に取って代わられていたことから、干ばつが始まったと判定しました。

更にオマーン湾と紅海における海底土層の分析から、当時海へと大量の砂塵が流入し、その供給源はメソポタミアであるとして、当時の広範囲の大干ばつの証拠としました。


しかしながら本当に大干ばつがあったのか、その時期はいつなのか、干ばつが原因でアッカド帝国が滅んだのかについて結論を出すには時期早々であり、まだ慎重な態度を必要とするとの声が断ちませんでした( -д-)ノ






鍾乳洞の調査から古環境を復元

ようやくこれからが本題です( -д-)ノ

今回の舞台はイラン北部、標高5000mを超えるダマヴァンド山にあるゴル・エ・ザール洞窟です。


この洞窟では、石筍(せきじゅん)と鍾乳石が何千年にもわたってゆっくりと成長しており、過去の気候変動についての手がかりを残しています。

ちなみに上に挙げた写真のように鍾乳石は上から伸びるものです。

逆に「たけのこ」の文字からも分かるように石筍は下から伸びていくものです(*・ω・)ノ



arukemaya952
↑茶色がアッカド帝国の範囲(再掲)


さて、この洞窟はアッカド帝国の東から数百km離れたところにあります(上に挙げた地図の青▲の位置です(*・ω・)ノ)。

偏西風の風下に当たるため、この洞窟周辺地域の塵の約90%は、シリアとイラクの砂漠に由来しています。



この砂漠の砂塵は、洞窟の石筍の大部分を形成している地元の石灰岩よりも高いマグネシウム濃度を持っています。

そのためゴル=エ=ザールの石筍のマグネシウムの量は、地表の砂埃の度合いを示す指標として使用することができます。

マグネシウムの濃度が高いほど砂埃が多い時期、つまり乾燥した状態を示しているのです(*^・ェ・)ノ

また、この石筍は、ウラン-トリウム年代学を用いて非常に正確な年代測定が可能であるという利点もあるのですヾ(´ω`=´ω`)ノ





さて、これらの方法を組み合わせることで、この地域のの詳細な歴史が明らかとなりました。

4,510年前に始まり110年続いた大干ばつと、4,260年前に始まり290年続いた大干ばつがあったことが分かったのですΣ(・ω・ノ)ノ

この内、後者の干ばつがまさにアッカド帝国が崩壊した時期に発生したもので、今回の研究により大きな気候変動が少なくとも帝国崩壊に関するひとつの要因であると言えるでしょう。



arukemaya955
↑日本を代表する石筍(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!



おわりに

さすがに290年も干ばつが続けば帝国も滅びるなと思いますよね(´・ω・`)

しかも建国からおよそ40年後ですから、、、


いつの世も力強い初代王から世代交代した直後くらいに、狙ったかのようにそこまで大きなダメージがくると、伝説の賢王でもない限りどうしようもないのかも知れません( ・Д・)



うむ、それにしても記事が長いし、、、

……今回は最後しかふざけれなかったのが悔しいっ!( ・Д・)

↓マヤ遺跡の調査速報等をアップしてます!↓
↓登録者数、目指せ1000人!↓
↓逃避行動で実験考古学キャンプとかゲーム実況もやってるよ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

スポンサードリンク