2020ねん 12がつ 4にち(きんよーび、くもり)

あと少し!頑張るよ~!( ・Д・)

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今回の考古学・歴史ニュースはアジアのカジノ区の印象のあるマカオで西洋の大砲が見つかったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は中国、マカオです。

マカオは特別行政区で珠江河口を挟んで香港の対岸に位置しています。

1999 年までポルトガルの植民地であったことから東西文化が融合しており、一見するとヨーロッパのような景色を楽しむことができます。

マカオと言えば巨大なカジノが有名であり、「アジアのラスベガス」の異名を有しています。


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大航海時代はスペインとポルトガルが世界の覇権を握っており、その内のポルトガルは1513年に中国に初渡来し、明王朝との交易を開始しました。

その後、ポルトガルは継続的に献金を続けることでマカオを居留地として交易を続けていましたが、アヘン戦争(1840~1842年)の後に献金を停止、その後、1887年の中葡和好通商条約を経てマカオはポルトガルの植民地となります。

先にも述べたようにマカオは1999年までポルトガルの植民地でした。

このおよそ100年の間にポルトガルによって西洋風の建物が多く建設されたわけですが、現在でも観光地として知られているのが、上の写真に挙げた『モンテの砦』です。

モンテの砦は1617~1626年にイエズス会の修道士によって、聖ポール天主堂とともに造られたものです。

外部の攻撃から町を守るための砦で、22門の大砲が海側に向けて並んでいます。

大砲は3方向に向いていますが全て海向きであるのは、中国と戦う意思がないことを表していました。

上に挙げた写真ではマカオの街並みが映っているじゃないかと思うかもしれませんが、モンテの砦はポルトガル語で ”Fortaleza do Monte"、つまり「山城、山砦」を意味するので小高い丘の上にあり、またマカオ地区は沖合にあるタイパ島とコロアネ島を主とした島々の間を埋立てているため、現在マカオの砦の眼下にはマカオの街並みが広がっているのです。


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上に挙げた写真は2020年4月に下水管整備のための道路工事の際に見つかった大砲です。


この大砲の埋蔵時期は1889年から1933年の間で、マカオで製造されたものではないようです。


大砲の形態と、構造の特徴が19世紀中期に英国で製造されたブロームフィールドフロントガンに相似していると判定されました。


このタイプの英国製砲台は他にも複数、マカオ各地の砦の砲台に現存しているそうです。


恐らく売買のため内港一帯に置かれていたものが、後の周辺の埋立造成時に埋められたと考えられています。




上に挙げた写真は2020年11月に見つかった別の大砲です。


この大砲は砲身部が全長約1.4mで口径が約80mmあるものでした。


見るからに保存状態が良く、カッコいいですよね。


私、家に1門欲しいですもん( ・Д・)


大砲に関してずぶの素人である私にも美術的価値の高さが伺えるこの大砲は、マカオ政府文化局(ICM)も当然その重要性を認めて直ちに工事を一時中断し、出土地点周辺の測量調査や発掘調査を実施しました。


しかし他の遺物は発見されなかったそうです。


まだこの大砲の時期やタイプは判別できていません。

しかし恐らくポルトガルの植民地期にポルトガル軍が沿岸部に設置したもの、あるいはポルトガルの軍艦が遺棄したものである可能性があるとのことです。  


こうしたマカオで発見された大砲は、マカオにおける大砲の鋳造の歴史、武器貿易の歴史、沿岸防衛の歴史、海域の埋立ての歴史を知る上での高い史料価値を有するものとして、一般公開が予定されています。


先ほど紹介した「モンテの砦」はマカオの街並みや中国本土を見渡す展望台として有名なだけではなく、『マカオ博物館』が併設されていることで知られています。


おそらくこの大砲たちはこのマカオ博物館にて展示されるのでしょうね(*・ω・)ノ






おわりに

囲最後に挙げた写真が、大砲が見つかった工事現場なのですが、フツーに工事現場ですね( -д-)ノ

中国の報道では「考古学的価値の高い重要な発見」としているのですが、その割に本当にただの工事現場過ぎて何だかなって思います。

これらの大砲の発見によって学術調査が行われるということで、そういうところはポーズとしてしっかりしてるように見えますけど、こんな状態から考古学者が掘って何かわかるのかな~って疑問です( ・Д・)

ただの考古学者のわがままであるのは重々承知なのですが、もう少し平らに掘って欲しいものです( -д-)ノ

さて、こうして工事現場から遺物が出るのってけっこうよくある話で、熟練の重機の乗り手がショベルをぶつけた感覚から遺物だと気付いた、なんて話もよく聞きます。

日本の考古学の話でその関連だと、『銅鐸』が大量に見つかった話が有名でしょうかね(*・ω・)ノ

これまでも「世界各地の工事中に何々が見つかった!」って記事を挙げてきましたが、今回の写真だけが現場の写真を見て何も言えないレベルのものですね……

もしかしたら撮影者がおかしな部分を撮っただけって可能性も考えられますね(*^・ェ・)ノ

考古学では写真記録は大事なものです。

だから、、、

考古学関連記事でも写真は大事!( ・Д・)



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