2021ねん 3がつ 11にち(すいよーび、くもり)
先月のノルマを遅れて達成して、少し休み取ったらもう今月の3分の1が…
頑張りますね( -д-)ノ
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今回の考古学・歴史ニュースは「日本最古!弥生時代の水路が見つかったよ!( ・Д・)」ってお話です(*・ω・)ノ
さて、今回の舞台は三重県、鈴鹿市、大下遺跡です。
鈴鹿と言えば、サーキットですね!(・∀・)つ
って前にも書いた記憶があるので、、、
鈴鹿市って考古学的な発見がけっこうある土地のようですね(*・ω・)ノ
↓この遺跡も水辺周辺です
↑名前がカッコイイのでパッと思い出せました!(・∀・)つ
今回の発見は大下遺跡のものですが、この遺跡は中ノ川の左岸に立地しています。
上に挙げた過去記事の中にも書きましたが、水分があると有機物が腐敗しやすそうなイメージですが、水辺で常に一定の水分が補給され続けていると酸素に触れる機会が減るので遺物の残りが良かったりします。
飲み水や農業用水の確保のためにも川の傍は住みやすい環境なわけですが、大下遺跡の人々も川の傍に集落を作っていました。
この立地条件のおかげで大下遺跡からは今回の水道管以外にも多数の木製品が出土しているそうです(*・ω・)ノ

↑調査区と遺構配置図;薄青色部が環濠(「調査概要報告 2021」の画像より転載)
上の写真と図で示したように大下遺跡の周りの環濠に沿う形で調査が行われました。
調査区全体から、弥生時代、古墳時代、そして近世の遺物・遺構が確認されました。
古墳時代の土器も多量に出土しており、須恵器も出土しています。
図に見られる大溝が環濠と考えられており、この地に環濠集落あるいは濠に囲まれた豪族居館があったと推測されています。
ちなみに考古学ではただ土を掘った場合の「ほり」は土片の『壕』と書いて、水を張っていた場合の「ほり」はさんずいの『濠』と書き分けたりします。
なので今回のケースでは「濠」が正しい表記になります。
↑これが検出された「木樋」(「調査概要報告 2021」の画像より転載)
これが今回の目玉である「木樋(もくひ)」です。
水路の一形態ではありますが、ただ土を掘ったり、そこに配石を行ったりした水路もあります。
また土器を繋げた感じというか、土製の水路もあります。
この場合は形態からして木製の水道管と考えて問題ないです。
それにしてもよくこんなに素晴らしい状態で残った物ですΣ(・ω・ノ)ノ
2枚目の写真で、橋やら河川名の書かれた看板や河岸のススキ類の繁茂の存在で大体の河川との距離が分かるかなと思います。
近いと言えば近いし、ちょっと遠いと言えば遠い微妙な距離ですね。
河川までずっとこの木製の水道管が続いていたらスゴイですけど、ちょっと考えにくいかな~って思います。
その場合は、水道管の先に水に関連した遺構があるはずです。
この水道管、どうやら「蓋付き」らしいのでその可能性が高いかも知れませんね(*^・ェ・)ノ
↓水辺のレアな発見と言えばこれ!(・∀・)つ
↑水の儀礼関連と言えばこれ!ヾ(´ω`=´ω`)ノ
おわりに
今回の日本最古の水道管は現時点では環濠内の水を排水するためのものと推測されています。
でも水道管の先がどうなってるかによって、この遺構の理解は大きく変わってくるわけです。
先に述べたように、もしかしたら水に関連した儀礼場に繋がっている可能性もあるのです。
だとすると単なる水道管、排水管ではないことになりますが、
それでも最古の事例であることは間違いないですね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!
もし儀礼の場に繋がっているなら、上に挙げた過去記事のような特殊な遺物の発見もあるかも知れません。
うむ、今後の調査に期待です!( ・Д・)
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