2024ねん 10がつ 8にち(かよーび、晴れ)
引越しの荷造りなう、掃除めんどい( ・Д・)
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今回の考古学・歴史ニュースは「大量の武器と人骨が見つかったよ!( ・Д・)」ってお話です(*・ω・)ノ
今回の舞台はドイツ東北部に位置するトレンゼ遺跡です。
この遺跡は古戦場跡なのですが、世界最古の大規模戦闘の痕跡が見られる遺跡として超重要遺跡です。
過去にも当サイトで取り上げていました。
↓結構頑張って取り上げていますねΣ(・ω・ノ)ノ
↑我ながら良く書けてるな~(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?
「戦争の考古学」なんて、良識ある考古学者から見れば大それた名前を掲げてるなと思ってしまうものですが、そうした分野や書籍は存在します。
当たり前ですけど、考古学って遺物・遺構を主要なデータとして取り扱うのですが、戦闘の痕跡って遺物・遺構として残りにくいんですよね。
多くの事例において、戦闘終了後に目ぼしい武器や防具は回収されてしまいますし、
運良く人骨や武具類が残ったとしても遺跡化の過程において後世の人類活動、農耕とか都市化とかで壊されて失われることも多々あるわけです。
なので”バトルフィールド”の遺跡自体がそもそもほとんどないんです( ・Д・)
ざっと2000年も期間があるようなマヤ文明だって一つもそうした遺跡はないような気がします。
あっても都市が破壊された痕跡くらいでしょう。
なので「戦争の考古学」はそもそもデータ量的に難しいのです( -д-)ノ
トレンゼ遺跡では紀元前1250年に起きた戦闘の痕跡がまざまざと残っています。
約150体分の人骨として約1万2500本出てます。
上に挙げた画像のように、頭蓋骨を青銅製の鏃が貫通しているような明らかな戦闘の痕跡が残るものも含まれます。
青銅器時代なので、下に挙げた画像のような鏃が多数出ている他、剣やこん棒も出土しています。
過去記事の方に挙げた写真で分かるように、遺跡のすぐ横を流れるトレンゼ川はうねうねと蛇行していて渓谷を形成しているのですが、
河川の位置がコロコロ変わることで、常に水分が供給される状態になっていて、多数の人骨や木製品が残ったと予測できます。
そして河川がもたらす土砂であっという間にパッキングされたために武器や装飾品が残ったのでしょう。
さらにはトレンゼ川流域は一部が農地利用されているものの、大部分は未開発であることも大きな要因です。
そうした様々な要因が重なって残った貴重な「最古のバトルフィールド」なわけです(*・ω・)ノ
おわりに
私も戦争・戦闘関係の研究を数的に行いたいとは思っているのですが、なかなかねぇ。
古代マヤ文明における戦闘シミュレーションとかやりたいんだけど、、、
お金も時間もないなぁヽ(TдT)ノ
まぁ少しずつ取り組んでみます(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!
何はともあれ、
やぱお金かせがにゃ!( ・Д・)
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