2025ねん 7がつ 12にち(どよーび、晴れ)

今日はちょい働いてまかないで天ぷら定食食べてからの弟とゲーム三昧!( ・Д・)

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今回の考古学・歴史ニュースは平安時代だってベルトぐらいするぜ、だって役人だもの!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ




🌿 青銅の光が甦る!平安の役人が腰に帯びた“身分の証”

長野市・南宮遺跡で、平安時代(8〜9世紀)に暮らした人々の集落跡から、青銅製ベルト飾りが2点見つかったというニュースが、今まさに注目されています。これは、地元ではじめての青銅製帯金具の出土で、かつての社会構造にポツンと灯った鮮やかな光と言えるでしょう。





🏵 どんな飾り?その形と意味に迫る

出土したのは、小さな四角形の「巡方」と、半円形がふっくら可愛い「丸鞆(まるとも)」——直径わずか3cmほど、一見地味でも、その色艶には昔の役人のプライドが詰まっていたんじゃないかなと思います。青銅(ブロンズ)は、当時の金属製品として制限もあった中で、使用されたということ自体が「官人クラスがここにいた証拠」とも言える発見です






🧭 政治と暮らしが交差する場所だった?

この遺跡、南宮遺跡は以前から800年以上前の集落跡として知られていましたが、石製品が多く、金属製はこれが初。現地の発掘担当者は「官人階級が住む政治的な場所だったことが裏付けられた」と語っていて、実はここで何らかの「律令政治のミニ事務所」みたいな機能があったのかも…なんて想像したくなっちゃいます


集落内には井戸や竪穴住居、かまどもあり、生活感ある一方で、こうした帯飾りがあったことで、政治・行政・儀式…暮らしに混じる“階級のはっきりした痕跡”が見えるような気がします






🔍 この発見から見えるヒトの思い

  • 青銅製の選択は「公的な立場を示すため」。身につけることで社会的地位を誇示した可能性が高い。

  • 小さな飾りに込められたメッセージは「私はこの地で働き、判断し、動かす人間だった」という証。

  • 石ではなく金属を使った理由には、官位表示としての強い意図——公的記号としての帯飾りだったのでは…という視点が新鮮です。



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おわりに

わ〜、わずか3センチの帯金具から、800年も昔に「ここに居た人」の職責がビシッと見えてくるなんて、本当に小さな宝物ですよね。行政を担う“平安の町人”が、日々身につけていたもので、その存在の証を今に伝えてくれるなんて感動。想像するに、井戸端で家族と話したり、会議室のような小さなスペースで記録を見つめたり…そんな横顔が浮かんできませんか?


長野市民スポーツ施設建設による発掘が、思わぬ歴史ロマンを届けてくれて、ワクワクが止まらないです。調査は2026年3月まで。会場に足を運べば、その場の息吹をリアルに感じられるかも……




何はともあれ、

やぱ役人は安定か!( ・Д・)



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