月末は毎度地獄だぜ!( -д-)ノ
はじめに
Kent V. Flannery は『Anthropological Archaeology in the Americas』所収の章「Archaeological Systems Theory and Early Mesoamerica」を通じて、考古学にシステム理論(systems theory)を導入する可能性を探りました。本論文は、メソアメリカ地域、特にオアハカ高原・谷部や周辺の定住化・農耕化・社会複雑化のプロセスを具体的な事例にしながら、文化変化を「入力(inputs)→変換(throughputs)→出力(outputs)」という枠組みで整理する試みです。数式による厳密な定量分析は行われていないものの、文化を生態系モデル的に捉える発想として、考古学理論史において重要な位置を占めています。
論文の構造と主な論点
1. システム理論の適用可能性
まずフラナリーは、考古学的対象(集落、技術、制度、交換ネットワークなど)を一つの「システム」と見なす観点を紹介します。ここでの「システム」とは、複数の要素(例えば水利、作物、人口、技術、環境)が相互作用し、自己調整・変化を伴いながら動くまとまりを指します。彼はこの観点から、文化変化を単なる時系列的変化ではなく、変数間のフィードバック(正/負)やエネルギー・物質・情報の流れ(流入・流出)として捉えようとします。
具体的には、次のような枠組みが提示されます:
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入力 (Inputs):環境条件(気候、土壌、植生)、資源(野生植物、動物)、人口圧力、技術知識、隣接社会との接触など。
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変換 (Throughputs):作物栽培、灌漑・水管理、居住パターンの変更、社会分業、交換・交易、儀礼・制度化など。
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出力 (Outputs):余剰生産、貯蔵・蓄積、定住化、階層制度、都市化、交換圏の拡大、社会的複雑化など。
これらはあたかも生態系モデルにおけるエネルギー流通や生物群集構造のように捉えられており、文化システムを生態‐社会‐技術の統合的視点から分析しようという意図が明確にあります。
2. メソアメリカ例の検討
次にフラナリーは、メソアメリカ(特にオアハカ高原、谷部の農耕化・定住化‐初期村落期)に関する考古資料を参照しながら、上述の枠組みを適用しようとします。彼は、次のような関係性を提示します:
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野生植物利用から農耕作物(トウモロコシ、豆、かぼちゃなど)への移行。これは「入力」の変化(植物知識、気候変動、人口圧)に起因する。
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継続的な作物栽培・収穫・貯蔵・家屋建設という「変換」プロセス。すなわち、定住化・水利・技術知識伝播が伴う。
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その結果として、定住村落・階層化・集団間交換・地域集約が出力される。これが社会制度の変化、拡大する交換ネットワーク、拡張する集落配置へと繋がる。
フラナリーは、特に「正のフィードバック(positive feedback)/負のフィードバック(negative feedback)」という概念を使い、農耕→定住→社会複雑化へと進む過程における自己強化メカニズムを示唆します。たとえば、余剰収穫が技術蓄積を生み、それがさらに作物制度を拡大し、人口増・集落拡大を促す――という正フィードバックの回路が、初期文明への道を開いたというモデルです。
また、彼は「システムは開放系である(open system)」「モジュール的な連関を持つ(modular interlinked subsystems)」という点を強調し、研究者は文化システムを外界(環境・他社会)との相互作用の中で理解しなければならないと主張します。
3. 社会的複雑化・階層制度の出現
フラナリーは、農耕・定住という技術・制度的変化が、どのようにして社会的階層・複雑化を誘発したかについても論じています。彼は次のメカニズムを提示します:
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農耕定住による食料余剰 → 所得・蓄財可能性 → 指導的役割・儀礼的統合の必要性 → 集権的リーダーシップ・階層制度へ。
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定住村落配置と集団間交換・交易の増大 → 他地域との接触・技術交流・文化伝播 → 社会ネットワーク拡大。
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社会分業・専門化・貯蔵・余剰管理といった制度的変換(throughputs)が、集落規模・地域規模の変換(outputs)をもたらす。
このように、フラナリーは文化変化を技術・制度・人口・環境という複合変数の相互作用として提示し、初期文明の出現をシステマティックに描こうとします。
4. 手続き・限界・方法論的注意
フラナリーは論文内で、自らのモデルの位置づけと限界を明確にしています。主な注意点として以下があります:
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本モデルはあくまで 説明モデル(explanatory model) であり、数式による厳密な定量化を目的としたものではない。データが不十分な面を認めています。
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多数の変数(環境・植生・人口・技術・制度)が絡むため、単一の因果関係を簡単に特定することはできない。
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社会的・文化的意味(人々の意図・象徴・価値)は、モデル化において容易に軽視される可能性がある。そのため文化理論的な解釈を補う必要ありと述べています。
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初期メソアメリカ資料の保全状況・年代確定が限定的だったため、モデルの仮説性・比較性には慎重さを要求しています。
このように、システム理論の導入可能性を提示しながらも、その方法論的前提・データ制約・文化論的意義への配慮がなされており、1960年代末の考古学理論における思想的転換点として位置づけられます。
主な貢献と核心的洞察
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フラナリーのモデルは、文化システムを「流入‐変換‐出力」のダイナミックな流れとして捉える枠組みを、考古学的対象に提供しました。
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農耕・定住・階層化という重要な変化を、単なる時代系列ではなく、システム構造の変化・フィードバック機構・モジュール化といった観点から捉え直しました。
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文化変化の原因を「技術/制度/人口/環境」という複数要因の統合的相互作用として整理し、考古学における説明志向(explanatory archaeology)を促しました。
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また、文化を開放系として捉えることで、環境変動・他集団との接触・資源流通といった変数を視野に入れ、従来の文化史的記述法に対する批判的代替枠組みを提示しました。
あるけまや流コメント
1968 年の Flannery 論文「Archaeological Systems Theory and Early Mesoamerica」は、考古学における理論的転換を象徴する仕事です。文化変化の「構造としての捉え方」を刷新し、流入・変換・出力という生態‐システム的枠組みを提示しました。技術・人口・環境・制度という複合変数を絡ませて文明の出現と変化を説明しようとしたこのモデルは、後のプロセス考古学、文化進化論、数理考古学へと至る流れを形成する基盤となりました。
ということで、前回挙げたフラナリーが提示した理論面は、私の物質文化マクロ生態学とそっくりなんですよね。まぁかなり表面的な部分とも言えるけれど、物質文化を『生態系プロセスとの類似性』、『開放系』と捉えるところなんかそっくりです。
でも大きく違うのは彼のモデルは自然言語記述モデルであり、私のモデルは数理モデルってことでしょうね。フラナリーは理論構築としてはかっこいいことたくさん言ってるんだけれど、実践としてはやはりあくまで文系学問の範疇から抜け出せていないなと思います。
自然科学手法を積極的に取り入れて法則定立的研究を行う、せっかくのプロセス考古学なのだから、数理研究を取り入れて欲しかったなと思います。まぁでもおかげで私の今の研究があるのか。そう考えると、私は現代のプロセス考古学者としてフラナリーの理論面の多くを引き継ぎつつ数理研究を実践し始めた後継者的な立場なのかな。もちろん相手は偉大なフラナリーなのだから、恐れ多くてここだけの話だけどね( -д-)ノ






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