
📰はじめに
こんにちは、「あるけまや」流で長めにじっくりお届けします。今回は、青い色素の歴史を書き換える可能性を秘めた発見――ドイツ・ミュールハイム=ディーテスハイム(Mühlheim-Dietesheim)で、なんと 約1万3千年前の青色顔料の痕跡 が見つかったというニュースです。伝統的には『最古の人工青色顔料=Egyptian blue(エジプシャン・ブルー)』という認識がありましたが、この発見はその定説に揺さぶりをかけています。さらに、発見された顔料が“化粧用途”だった可能性まで言及されており、旧石器時代の人びとの色彩・装飾・自己表現が新たな光を浴びています。色という小さな要素が、じつは「文化・技術・美意識」の大洪水を提示してくれていたのです。では、その全貌を、一緒に探っていきましょう。
🧪 発見の舞台:1万3千年前の青色残留物とその意味
ドイツ・ミュールハイム=ディーテスハイムの旧石器遺跡において、1970年代末に出土し長らく「油皿」または「ランプ」として展示されていた砂岩片が、2023年以降の再分析によって変貌します。研究チームはこの砂岩表面に微小な青色残留物を確認し、銅を高レベルで含む分析結果から、青色鉱物顔料「Azurite(藍銅鉱)」であると特定しました。年代測定の結果、約 13,000年前(最終氷期末期) のものと推定されており、ヨーロッパにおいて確認された最古の青色顔料使用例とされています。
「青は旧石器時代のパレットにはない色だった」という常識をひっくり返すこの発見。しかもこの顔料が“化粧用”であった可能性まで浮上しており、ついては次の章でその仮説に迫ります。

↑僅かに青いの見えるね!( ・Д・) (Wisher et al. 2025)
💄 化粧顔料説:なぜ“化粧”の可能性が出てきたのか?
青色鉱物は、旧石器時代においては稀少で扱い難い素材でした。従来の分析でも、旧石器時代に利用されるのは主に赤・黒・黄色などでした。しかし、発見された砂岩片の凹面・研磨痕・位置関係などから、研究者らは次のような仮説を立てています。
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サンドストーンの凹面形状が「顔料をすり潰す・混ぜる・保存する」ための作業台として利用された可能性。
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青色残留物という視覚的に稀な色が、身体装飾・顔面彩色・儀礼化粧用途に転用されたと推定。特に写真・文献に残らない“色彩的自己表現”の証拠となる。
なぜ壁画・岩画に青が少ないかという問いに対し、「青色は衣服・皮膚装飾など可視痕跡を残さない用途だった」という可能性を提示。
🖌️ エジプシャンブルーとの関係:最古とは何かを問い直す
これまで「最古の人工青色顔料」として位置づけられてきたエジプシャンブルー。現在では紀元前3300年頃からエジプトで使用され始めたとされています。今回発見された顔料が約13,000年前とすれば、エジプシャンブルー誕生約10,000年も前の彩色技術を提示する事になります。
これにより、以下のような問いが立ち上がります:
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「人工合成顔料=青」という図式が、実は“天然鉱物顔料+混色・顔料化”という初期段階を経ていた?
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色彩利用=装飾・化粧・儀礼という材質拡張が、旧石器時代からすでに存在していた?
顔料の“量産・普及”ではなく、“象徴的少量使用”が長く続いていた可能性?

↑拡大したら確かに青いね!( ・Д・) (Wisher et al. 2025)
🧬 技術・文化的インパクト:色彩と人類の物質文化
この発見が持つインパクトは小さくありません。色彩・顔料という物質文化を通じて見えてくるのは、人類の“視覚的・社会的”な営みです。以下、ポイントを整理します。
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青という色が、旧石器時代においても希少価値・象徴価値を持っていたという仮説。
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顔料素材(藍銅鉱=Azurite)を選び、加工し、用途を想定していたという技術的知見の広がり。
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化粧・装飾という“身体を媒介とする文化”が、旧石器時代にも根付いていた可能性。
色彩利用が地理・時代・文化を越える“自己表現”“社会的アイデンティティ”の手段であったという視点。

おわりに





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