
📰 はじめに
洞窟壁画っていうと、どうしても馬とか牛とか狩りの場面みたいな、
“絵らしい絵” を思い浮かべるよね。
でも今回の主役は、もっとシンプル。
手形 だ。
しかもただの手形じゃない。
インドネシア南東スラウェシのムナ島にある リアン・メタンドゥノ洞窟 の手形が、少なくとも6万7800年前 にさかのぼると報告された。研究は Nature に掲載され、これまで世界最古級とされてきたスペインの手形よりもわずかに古い可能性がある。
これ、かなり大きい。
なぜなら今回の発見は、
「世界最古の絵画」そのものを決める話というより、
人類が洞窟の壁に記号や存在を残し始めた時期 を考え直させる話だからなんだよね。
APも、この発見を「これまで研究された中で最古の洞窟壁画かもしれない」としつつ、骨や石に刻まれたもっと古い抽象的な印は別にあると説明している。
🪨 見つかったのは、ほとんど消えかけた手形
ここでちょっと面白いのは、
今回の「最古候補」が、ものすごく派手な壁画ではないこと。
Nature 論文によると、この手形は保存状態が悪く、
14×10センチほどの色あせた顔料 が残っているだけで、見えているのは指の一部とその横の手のひら部分くらい。しかも、指先の一部が意図的に細く、尖って見えるように加工されている 可能性があり、このタイプの手形は今のところスラウェシでしか確認されていない。
つまり今回のニュースは、
「ド迫力の大壁画が出た!」
ではない。
むしろ、
ほとんど消えかけた痕跡を、年代測定で“異常に古い”と突き止めた
というタイプの発見なんだよね。

↑肉眼ではまったく分からんね!( ・Д・)(「The Gurdian」の記事内画像より転載; credit: Nature)
🔬 どうやって6万7800年前と分かったのか
こういう話でいちばん大事なのは、やっぱり年代の出し方。
研究チームは、手形の上にできた 方解石の薄い層 を、
レーザー・アブレーションによるウラン系列年代測定(LA-U-series) で調べた。
その結果、リアン・メタンドゥノ洞窟の手形を覆う鉱物層は 7万1600±3800年前 という値を示し、壁画そのものは少なくとも 6万7800年前 までさかのぼると判断された。
ここでポイントなのは、
この数字が「その年に描かれた」とピンポイントで断定するものではなく、
その時点までには、もう描かれていた という “最低年代” だということ。
🗺️ 1枚だけじゃなく、広い地域で調べていた
今回の発見が強いのは、
単発の偶然っぽいニュースじゃないところでもある。
研究チームは2019年以降、南東スラウェシで岩壁画の記録と年代測定を進めていて、
44か所の遺跡 を記録し、8か所の11モチーフ を年代測定した。
その中には 7点の手形 と、人物画や幾何学模様も含まれていた。
つまり今回の手形は、
ぽつんと孤立した天才作品というより、
この地域には、かなり早い時期から壁に何かを残す文化が広がっていた
という文脈の中で出てきているわけだ。

↑こういう調査も面白そう!( ・Д・)(「The Gurdian」の記事内画像より転載; credit: Nature)
🧠 これで「芸術の起源」はヨーロッパ中心ではなくなる
このテーマでいちばん大きいのは、やっぱりここ。
洞窟壁画の話って、長いあいだ
ラスコーとかショーヴェとか、ヨーロッパ中心で語られがちだった。
でもここ十数年で、インドネシアはその常識を何度も揺らしてきた。2019年にはスラウェシの狩猟場面、2024年には約5万1200年前の物語的洞窟壁画が報告されていて、今回の発見はそれをさらに古い時代へ押し広げる。
しかも今回の手形は、
これまで世界最古の洞窟壁画の一つとされたスペイン・マルトラビエソ洞窟の手形よりも、
最低年代で約1100年古い 可能性がある。
つまり、創作の歴史は
「ヨーロッパで花開いた」という単純な話ではもう済まない。
むしろ、
人類はかなり早い段階で、アジアの島々でも壁に自分たちの痕跡を残していた
と見た方が自然になってきている。
❓ これを描いたのは、本当に現生人類なのか
ここは、ちょっと慎重にいきたいところ。
論文では、ムナ島の最古の壁画を誰が描いたのか 直接には分からない と明記されている。
スラウェシには現生人類以前に古い人類がいた可能性もあるからね。
ただ著者たちは、意図的に細く加工された指の表現 や、この地域への現生人類の到来時期との整合性から、もっとも有力なのは ホモ・サピエンス だと考えている。
だから正確には、
- 「現生人類が描いた可能性が高い」
- でも「100%断定」とまではまだ言わない
このくらいの言い方がいちばん科学的だと思う。
🖐️ 手形って、絵よりもむしろ“存在の宣言”っぽい
あるけまや的に今回すごく好きなのは、
主役が動物画じゃなくて 手形 だという点なんだよね。
手形って、何かを写実的に描く絵とは少し違う。
これはたぶん、
- 私がここにいた
- ここは私たちの場所だ
- この洞窟に、何か意味がある
みたいな、
もっと直接的な痕跡なんじゃないかと思えてくる。
もちろん、実際の意味は分からない。
でも少なくとも、手を壁に当てて顔料を吹きつけるという行為は、
単なる偶然の汚れじゃない。
身体を使って壁に自己を転写する行為 なんだよね。
だから今回の発見は、
「最古の絵」以上に、
最古級の“私はここにいた”の記録 として見ると、かなりぐっとくる。

↑めちゃはっきりわかるね!( ・Д・)(「AP News」の記事内画像より転載; credit: Ahdi Agus Oktaviana / Maximame Aubert via AP)
🌏 オーストラリア到達の話ともつながる
この発見、実は人類移動史ともつながっている。
ナショナルジオグラフィックは、今回の結果が
少なくとも6万5000年前にはオーストラリアに人類が到達していた という考古学的証拠と整合的だと紹介している。
もしインドネシアの島々でこの時期に高度な壁画文化があったなら、
オーストラリアへ向かった人々の認知や象徴行動を考えるうえでも重要な手がかりになる。
つまりこれは、単なる「古い絵」のニュースではなく、
アジア海域世界を移動していた初期人類の頭の中 に迫る話でもあるわけだ。
✍️ あるけまや的まとめ
今回の話を雑に言うと、
インドネシア・ムナ島の洞窟で見つかった手形は、
少なくとも 6万7800年前 にさかのぼる可能性があり、
いまのところ 世界最古級、しかも最古候補の洞窟壁画 と見てよさそうだ。
ただし、それは「人類最古の創作物すべて」を塗り替えたというより、
洞窟の壁に残された創作の歴史 を大きく書き換える発見なんだよね。
これ、好きなんだよなあ。
だって主役が、王でも神でも動物でもなく、
ただの手なんだもの。
でもその手は、
6万年以上も前の人間が
「ここに触れた」
「ここに残した」
という事実そのものでもある。
人類の創作史って、
もしかすると名画から始まったんじゃなくて、
まずは壁に残された ひとつの手の輪郭 から始まったのかもしれないのさ( ・Д・)





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