
↑↑ミイラの腹からイリアスって、情報量が多すぎるんだよね!( ・Д・)
今回の考古学・歴史ニュースは「ミイラの腹から古代文学『イリアス』が見つかったらしい! しかもこれ、ただの珍発見ではなく、ローマ時代エジプトの文化そのものをかなり濃く見せてくるかも?( ・Д・)」ってお話です(*・ω・)ノ
📰 はじめに
「ミイラの中から『イリアス』発見」と聞くと、つい一発ネタっぽく見えるよね。
でも今回の発見は、たぶんそんなに軽くない。
というのも、見つかったのはただの紙切れではなく、ホメロス作と伝えられるギリシア叙事詩『イリアス』第2巻の一節で、しかもローマ時代のエジプトのミイラの腹部に組み込まれていたからだ。バルセロナ大学の発表によると、2025年11〜12月の調査で、オクシュリンコスの第22区画・第65号墓から、腹部にパピルスを置いたローマ時代のミイラが見つかり、そこに『イリアス』の本文が書かれていた。さらに大学側は、ギリシア文学テキストが意図的にミイラ化の工程へ取り込まれた例はこれが初めてだとしている。
つまり今回の話は、
「有名な本が変な場所から出た」
だけじゃない。
むしろ大事なのは、
ローマ時代のエジプトでは、ミイラとギリシア文学が同じ葬送実践の中で出会っていたかもしれない、
ということなんだよね。
🏛️ まず、『イリアス』ってどんな作品なのか
『イリアス』は、古代ギリシアの詩人ホメロスの作と伝えられる24巻からなる叙事詩で、主題はトロイア戦争、そしてその中でのアキレウスの怒りだ。古代ギリシア世界では、この作品は単なる物語ではなく、自分たちの歴史意識や文化的アイデンティティに深く結びついたテキストでもあった。
だから今回見つかったのが『イリアス』だったというのは、けっこう意味が大きい。
埋葬に入っていた文学作品が、たまたま無名の断簡ではなく、ギリシア世界のど真ん中にある古典だったわけだからね。しかも今回読めた箇所は、第2巻の有名な「船の目録」で、トロイアへ向かったギリシア軍の諸部隊や船団がずらっと列挙される場面だと報じられている。
ここ、かなり好きなんだよなあ。
死者の腹の中に入っていたのが、英雄の怒りや船団の列挙で知られるあの叙事詩だなんて、文化の混ざり方が濃すぎるんだよね。

↑こんな遺構らしいよ!( ・Д・)(「Smithonian Magazine」の記事内画像より転載;credit: Egyptian Ministry of Tourism and Antiquities)
🌍 舞台のオクシュリンコスは、そもそも“文字の町”だった
今回の発見の舞台は、現在のエジプト中部アル・バフナサ、古代名オクシュリンコス。
この町は、古代上エジプトの重要都市で、19世紀末以降の発掘で膨大なパピルスが見つかったことで有名だ。ブリタニカは、オクシュリンコスは1897〜1907年のグレンフェルとハントによる発掘以降、とくに大量のパピルスで知られる都市だと説明しているし、オックスフォード大学のオクシュリンコス・パピルス計画も、このコレクションを世界最大規模のパピルス群の一つとして紹介している。
しかもこの町のパピルス群は、役所の文書や私信だけじゃない。
ギリシア古典文学、宗教文書、聖書断片、日常の契約書や請願書まで、とにかく幅が広い。ブリタニカによれば、オクシュリンコスのパピルスは紀元前250年ごろから紀元700年ごろまでにわたり、主にギリシア語とラテン語だが、デモティック、コプト語、ヘブライ語、シリア語、アラビア語まで含んでいる。つまりここは、ただのエジプトの一都市ではなく、多言語・多文化の紙のアーカイブみたいな場所だったんだね。
だから今回の『イリアス』断片も、
オクシュリンコスからギリシア文学が出ること自体は驚きではない。
でも、それがミイラの腹から出るのは別の話。
この差が、今回の発見のいちばん面白いところなんだ。
⚱️ ローマ時代のエジプトでは、ミイラにパピルスを入れること自体はあった
ここもかなり重要。
今回のニュースだけ見ると、
「ミイラの中に文字が入っていた!? 前代未聞!」
みたいに見えがちなんだけど、実はそこは少し違う。
バルセロナ大学の発表では、オクシュリンコス調査隊は過去の調査でも、ミイラの胸部や腹部にギリシア語パピルスが置かれている例をすでに確認していた。ただし、それらは呪術的・儀礼的な内容のテキストだったという。ローマ支配下のエジプトでは、胸や腹にパピルスを入れること自体は珍しくなかったが、今回のようなギリシア文学テキストは初めてだ。
つまり今回すごいのは、
パピルスが入っていたことそのものではなく、
その中身が文学作品だったことなんだよね。
この違い、かなりでかい。
宗教文書や呪文なら「死後の保護」に使われたと考えやすい。
でも『イリアス』となると、そこに教育、教養、再利用、象徴性、あるいは別の魔術的読み替えまで入ってきてしまう。だから急に謎が深くなる。
🧵 今回の発見は、どんな墓から出たのか
今回のミイラは、ローマ時代の墓地で見つかった複数のミイラの一体だった。
発見場所はカイロの南にあるアル・バフナサ、すなわち古代オクシュリンコスの葬祭複合体だ。このミイラをローマ支配下エジプト期、約1600年前の成人男性とみられる。
さらに同じ墓地からは、金箔で覆われた舌を口に入れたミイラや、銅の舌を持つ例も見つかっている。古代エジプトでは、金は神々の肉を象徴し、金の舌は死後に神々と話すためのものと考えられていたとされる。今回の『イリアス』ミイラに金の舌があったかどうかはまだ調査中だけれど、少なくともこの墓地全体が、死後世界への備えをかなり強く意識した葬送空間だったことは見えてくる。
こういう背景を見ると、
『イリアス』断片もただの落とし物には見えにくい。
少なくとも、死者の身体に文字を添えるという実践全体の中に置いて考える必要があるんだよね。
🧠 じゃあ、なぜ『イリアス』が腹に入っていたのか
ここが最大の謎です( ・Д・)
大学側は、この発見の新しさを強調しつつも、なぜ文学テキストがここで使われたのかについては断定していない。Live Science によれば、共同調査責任者たちは、ローマ時代のエジプトでは胸や腹にパピルスを入れる慣習はあったが、なぜそれが死者を守ると考えられたのかはまだ不明だとしている。
考えられる方向はいくつかある。
ひとつは、その人物や家族にとって『イリアス』が教養や文化的威信の象徴だった可能性。
もうひとつは、もともと文学テキストだったパピルスが後に再利用され、葬送の中で別の意味を与えられた可能性。
でも、あるけまや的には、ここで無理にロマンで埋めないほうが面白い気がする。
「故人がホメロス好きだったんだろうね」で終わらせると、今回の発見が持つローマ時代エジプトの複雑さが薄れてしまうからだ。
むしろ今見えているのは、
ギリシア文学が読まれる世界と、
エジプトのミイラ化儀礼が続く世界が、
ローマ時代にはもう同じ現場で重なっていた、
ということなんだよね。
🏺 あるけまや的に、ここがいちばん面白い
あるけまや的に今回おもしろいのは、この発見が「ギリシア」と「エジプト」を雑に分けていられなくするところなんだよね。
『イリアス』はギリシア文学の古典。
ミイラ化はエジプトの葬送実践。
これだけ聞くと別世界に見える。
でもローマ時代のオクシュリンコスでは、その二つがもう同じ死者の身体の中で出会っている。
しかもオクシュリンコスは、もともと大量のギリシア語パピルスで有名な町だった。
だから今回の発見は、「エジプトでギリシア文学が知られていた」というだけの話ではなく、文学テキストが葬送儀礼の文脈にまで入り込んでいた可能性を示してくる。「文学的パピルスが埋葬という文脈から見つかったこと」こそが新しいのだ。
これ、かなり強い。
死者の体の中に古典文学が入る。
そんなの、ただの奇抜な演出に見えるかもしれない。
でも実際には、それはローマ時代エジプトがどれだけ文化的に重なり合った世界だったかを示す、かなり濃い証拠なんだと思うのさ。
↑イリアスの一部!( ・Д・)(「Barcelona University」の記事内画像より転載)
📝 あるけまや的まとめ
今回の話を雑に言うと、
エジプト中部アル・バフナサ、古代オクシュリンコスのローマ時代墓地で、約1600年前のミイラの腹部からホメロス『イリアス』第2巻の一節を書いたギリシア語パピルスが見つかった。胸や腹にパピルスを入れる葬送慣行自体は前例があるが、これまで知られていたのは呪術的・儀礼的テキストで、ギリシア文学作品がミイラ化の工程に組み込まれていた例は今回が初めてとされている。しかも発見地オクシュリンコスは、もともと世界最大級のパピルス群で知られる文字の町でもあった。
だから今回の発見は、
「ミイラの腹からイリアスが出た」
だけじゃなく、
「ローマ時代エジプトでは、ギリシア文学とエジプト葬送文化が、同じ死者の身体の中で交差していたかもしれない」
というところまで見せてくる。
一見すると珍ニュース。
でも中身はかなり深い。
こういう発見、かなり好きなんだよね( ・Д・)
なにはともあれ・・・・・・
私が死んだら腹には寿司・肉・ラーメンを入れて欲しい!火葬だけど!( ・Д・)







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