2018ねん 4がつ 26にち(もくよーび、晴れ)

昨日と友人と大人飲みをした。

がっつり飲むのを我慢した。バッとあおりたい気持ちに耐えた。

結果、会計の額を抑えることができた。

「大人」は様々な制約の中で生きているものだなと思った。

しかしながら、酒量よりも友人の存在に頼った一時の幸せも悪くない。

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↑宮内庁の書陵部所蔵資料目録・画像公開システムより転載

【目次】
  1. 日本最大の古墳が一回り大きくなりました!
  2. 考古学と国家 -「大人」の事情による制限-

1.日本最大の古墳が一回り大きくなりました!
日本最大の古墳と言えば、歴史の教科書にも出てくる大山古墳(だいせんこふん)です。大阪府堺市にある大山古墳(あるいは大仙陵古墳)は全長486mの前方後円墳です。

44基の百舌鳥古墳群(もずこふんぐん;史跡指定は内、17基)を構成する古墳の1つです。宮内庁により「百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)」として第16代仁徳天皇の陵に治定されている。そのため「仁徳天皇陵」や「仁徳陵古墳」との名称を有しています。

宮内庁の書陵部によって公開された最新情報によれば、大山古墳の全長が実はかつて言われてきたよりもかなり大きかったことが明らかになったそうです。

大山古墳は深い内濠に囲まれているため、最新の測量機材として音の反響によって水深を測る装置を船に搭載して測定し、そこで得られた水深のデータを全地球測位システム(GPS)の位置情報と組み合わせて3次元化したものが上の図像になります。

この最新の測定方法により、内濠内の水中に残る墳丘の裾部分を確認することができ、濠の底で測った古墳の長は約525メートルだったことが分かりました。造営当初の全長はさらに大きくなる見込みのようです。

この技術を使えば、流行りの「天皇陵の周りの池の水を全部抜いてみた!」みたいなことしなくても正確な測量ができるようですね。


2.考古学と国家 -「大人」の事情による制限-
さて、ここで「全長」と言っているのは「墳丘長」のことです。過去のデータとの差は実に49m!約50mの差が出るなんて凄いですよね。

何故このような大きな差が出るのでしょうか。

昔は技術がなかったから?けっこう前からあったでしょう。調査資金がなかったから?調査主体は宮内庁の書陵部ですけどね。

…さて、一度話を変えまして、「考古学って何の役に立つの? 現代社会と関係なくない?」って思いませんか?

まぁ考古学は対象が古代であるイメージが強いですから、間違いじゃないとは思います。人類史が研究の射程とは言え、歴史時代に入ると史学系が強いですし、現代になれば直接的にアプローチや実験のできる人類学や社会学等々がありますからね。時代が新しくなればなるほど「モノ」以外の情報が多くなる傾向がありますし、考古学が肩身の狭い思いをするわけですね。

ところで考古学と国家、あるいは社会との関係を考えた際に、考古学の講義でよく出てくるのが、グスタフ・コッシナです。彼は「考古学的な文化の領域」=「民族の領域」と考えたわけです。

特徴的な遺物・遺構の組み合わせの広がりは、同一の文化集団の広がりとして、かなり短絡的に文化領域と民族(注:現在は用語としてほとんど使いません。あるいはとても気を付けて使います。ここでは分かりやすく一般的な意味での「単語」として使っています)を結び付けたわけです。

この考古学研究成果に基づく考え方は第二次世界大戦のナチスの思想に大きく影響を与えました。つまるところ、古代ゲルマン民族(あるいはアーリア人)の文化が残る範囲は全て「本来我々の土地であるため、それを取り返すことは当然である」として周辺国家への侵略を正当化する論理に利用されたわけです。

これは極端な事例かも知れませんが、考古学と国家あるいは現行の社会を結び付けた有名な事例ですので紹介しました。このような危険性は考古学だけに限ったことではありません。

しかしながら考古学は国の起源に触れる可能性の高い分野ですので、一部の人々にとっては明らかにされては困る、都合の悪いものを「掘り返してしまう」可能性があるわけです。

戦後の事例としてグアテマラの事例を挙げましょう。グアテマラでは1960年から1996年まで内戦が続きました。この間に約20万人もの国民が虐殺されました。

内戦終結後、とある現地考古学者が発掘調査を行っていたところ、大量の人骨集中を発見するに至りました。彼はそれが内戦時に虐殺された人々であるとして、虐殺行為があったことの証明として、また遺骨を遺族に返すことを目的に、自身のそれまでの調査研究の方向性を変えて現在も突き進んでいます。

当時の軍部の人間、特に将軍などは有罪として禁固刑の判決が出ていますが、当時の大統領は今でも権力者の一人として普通に生活を送っています。

知人の考古学者に聞いた話では、この考古学者は現在ボディーガードと共に行動し、防弾車で移動しており、常に誰かに命を狙われているそうです。

これらのことは海外だけの話でしょうか? 戦跡考古学というものがあります。その専門の方は第二次世界大戦時の基地の跡などを発掘調査し、実際にはどのような状態であったのか、文書として残らない部分を解明しています。

調査によって、機密文書が出土することもあるようで、当然国から調査の停止・禁止措置が取られるそうです。

最初のニュースとして挙げた大山古墳はどうでしょう? いわゆる陵墓問題です。大山古墳の被葬者は明らかになっていません。でも被葬者は仁徳天皇です。何故? 宮内庁がそう言うからです。

掘って確かめたら? 掘れません。禁止されていますから。現在も皇室による儀礼が行われている神聖な場所なのでダメ!が理由です。ちなみに宮内庁が陵墓指定している墳墓の数は約900基。一日3基で儀式を行えば十分終わる数ですね。

まぁ私も日本人考古学者なので正直これ以上詳しくは書きませんし、完全にど真ん中の専門というわけでもないので強く批判もしたくもありません(この辺が怖いところかも知れません)。

ちなみに宮内庁書陵部は年に一度の報告書(「書陵部紀要」)を数量限定で印刷・公開しています。書陵部の考古学者になれる人ってどのような人なのでしょうね?とかふと思ってしまいます。

古墳研究で著名なとある日本考古学者が書陵部が行う発掘調査の現地説明会に招待されたそうです。人生で一度だけとか。もちろん招待されない人は参加できません。当日呼ばれた考古学者は10名程度、厳重な警備の中で行われたそうです。

情報公開が叫ばれるこの現代社会で、不思議なものです。どうでしょうか、考古学は国家や現代社会と全く無関係なわけではないのです。もちろん研究者としてこちらから現代社会への繋がりを求める努力、社会還元を考えることは必要ですが、意図せず向こうから寄ってきて制限されることもあるのです。

書陵部によって復元される解釈とは一体何なのか。高校の世界史や日本史で学んできたことと思います。これが「歴史の作り方」です。

コナン君も言ってたな、「真実は全て闇の中!」...うろ覚えなので間違ってたらすみません。

↓よし、勇気を出してぽちっとな!それ、ぽちっとな!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

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