2018ねん 6がつ 1にち(きんよーび、晴れ)

最近寝れません!

ショートスリーパーじゃないから、

ふつーにツライ!( ・Д・)

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【目次】
  1. 縄文時代早期~前期の最古のイヌの埋葬事例!
  2. 「縄文犬」と「弥生犬」について
  3. おわりに

1.縄文時代早期~前期の最古のイヌの埋葬事例!
今回紹介するのは、縄文時代の犬の埋葬についてです。最古の犬の埋葬事例は、愛媛県、久万高原町(くまこうげんちょう)に所在する国史跡である『神黒石岩陰遺跡』(かみくろいわ)で検出されたものです。

ヒトが埋葬されたお墓に隣接する形で、屈葬状態の二匹のイヌの全身骨格が出土しました。この埋葬遺構の掘り込み面といった地層等の情報から、国内の埋葬犬として「最古の事例」とされていました。実はこの発見は1962年になされています。

では何故今更ニュースにしたかというと、このイヌの骨は発掘調査後に行方不明になっていたのです。その期間は半世紀以上!

このイヌの骨は2011年に慶応大学の収蔵庫にて「再発見」され、最新の理化学分析によって様々な新しい知見が得られたのです。


①犬の外的特徴
2匹の体高が約38cmと約41cmだと推定されました。現代の柴犬程度のサイズか、やや小さめのレベルですが、よりたくましい骨格を有していたようです。

②帰属時期
イヌの埋葬遺構が発見された当時は、出土状況から年代が推定されていました。今回は放射性炭素年代測定法によって、7400-7200年前、つまり縄文時代早期末~前期初頭ということが判明し、改めて最古の事例であることが理化学的に証明されました。

③イヌの暮らし
二匹とも生前に臼歯が失われ、歯が入る穴である歯槽が塞がっているという時間経過があったことが確認されました。また残った歯も内部の象牙質が露出しており、よく使われたことが分かりました。また窒素同位体や炭素同位体分析によって、肉食性の食性であったことが分かりした。

これらのことから、二匹のイヌはイノシシなどの狩猟対象獣に噛みついて足止めするといった役割を担う過程で歯を失ったであろうこと、その結果、猟に出られなくなった後も肉を与えられて大切に飼い続けられ、最期には手厚く葬られたことが推定されました。

愛媛県久万高原町(くまこうげんちょう)の国史跡「上黒岩岩陰(かみくろいわいわかげ)遺跡」で1962年に出土した国内最古の埋葬
……イヌは遥か昔から私たちの相棒、家族だったようですねヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ


2.「縄文犬」と「弥生犬」について
さて、縄文時代のイヌの埋葬事例はこれだけではなく、実はけっこうあるのです。この縄文時代のイヌ、「縄文犬」は狩りの際の相棒として活躍する一方で、骨折などのケガをする危険性が高かったと考えられます。

しかし縄文人はケガをしたイヌを放置することなく、大切に飼い続けたようで、埋葬されたイヌの事例の中では、生前に骨折したがしっかりと完治した事例が報告されています。

やはり「縄文犬」は大事なパートナーだったのですヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ

一方で弥生時代のイヌ、「弥生犬」は全く異なる傾向にあります。これは渡来人、つまり中国大陸や調整半島からやってきた人々と共にやってきたイヌのことです。

弥生時代になると農耕が生業の中心になるため、イヌにとって危険を伴う狩猟の機会は減少します。それにも関わらず、「弥生犬」は全ての骨格が揃うことなく、バラバラの状態で発見されます。さらに骨の一部には噛まれた痕跡が散見されます。

つまり弥生時代のイヌの一部は食用とされており、この風習は渡来人によって中国大陸、朝鮮半島からもたらされたと考えられています。ちなみに日本の弥生時代とほぼ同時期である中国の春秋戦国時代の遺跡からは子犬を煮込んでスープを作っていたと思われる鍋が出土しているそうです。

いわゆる現在の「和人」は渡来人との混血ですが、現在の「日本犬」も大陸のイヌとの混血なのです。そういった歴史の後に、私達は独自の文化を作り上げてきました。日本のイヌのも同様に独自の品種となっているのです。そういう意味で、私達日本人と犬は、やはり相棒として似たような歴史を歩んできたのかも知れませんねヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ


3.おわりに
日本人とか和人とか渡来人とか、多方面で色々と問題になりそうなワードを含んだ記事になってしまいましたが、一切の悪意はございません。表現に一部問題はあれど、歴史を語る視点としてニュートラルな立場にいたいと思っております。もし何か問題がありましたらコメントまでよろしくお願いいたします。至急対処させて頂きます。

とは書いたものの、最後に爆弾を一つ( -д-)ノ ……まぁ我々には現在イヌを食べる風習がないわけですが、「一体いつまでイヌを食べる風習が残っていたのか」なと気になりますね。もちろん飢餓とか特別な事態は抜きにして、文化としてです。

また実際にイヌを食べたのは縄文系の弥生人なのか、渡来人なのか、婚姻・混血後の弥生人なのか、その辺りは考古学的には難しいでしょうけど、どうなのでしょうね。いくら農耕が主要な生業になろうとも、たんぱく質源として狩猟・漁労は必要であったと思いますしね。イヌの食用としての家畜化はどのレベルで一般的と言えたのでしょうか。

当該時期の専門ではないなんて言い訳ですけど、本当に知らないことでいっぱいです( -д-)ノ 調べてみたいなと思います(。・ω・)ノ゙

↓のんびりと増えていくのであった……ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ↓

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