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あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

カテゴリ: 考古学

2022ねん 8がつ 4にち(きんよーび、晴れ)

出張中も仕事とか偉い!って褒めて欲しいヽ(TдT)ノ

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ロゴ、サイズ半分_credit
↑これがロゴマーク(。・ω・)ノ゙(credit:あるけまや/ illust:あずさ)


今回の考古学・歴史ニュースは土器の美少女化始めたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


まぁ何でも擬人化、美少女化しちゃう日本だから、土器も美少女化しちゃおうかなって思いまして、、、

「ウマ娘」にあやかって「ドキ娘」でも良かったけど訴えられたら泣くので、被らんやつに変更しました。

今回はお披露目の先立っての簡単な紹介です!ヾ(´ω`=´ω`)ノ


加曾利Eの子、顔_画像サイズ半分



さて、この土器の美少女化プロジェクトの目的は『土器型式を知ってもらおう!』ってことです。

当サイトをご覧の皆様がーたは、博物館とかに行く機会もあるかと思います。

博物館の考古学展示室では膨大な資料が並んでいることがしばしばで、よく見ると「~式土器」って書いてますよね?

関東だと、「勝坂」とか「加曾利」とか「安行」とか・・・

こういったものが『土器型式』です。


大木の双子twitter用



ざっくり言うと、日本をいくつかの小地域に分けていて、その中での新旧を示したものが土器型式です。

だから土器型式が分かると考古学で重要な「時間と空間」が分かるってことです。




例えば土器を見て、「あ~これは勝坂I式だな」って分かれば、、、

「時期は縄文中期で、5000年前くらいで、南関東に分布してるやつだな」とか分かっちゃいます。



博物館で見てると土器ってほんとに多様ですよね?

でもそんな一見バラバラに見える土器資料も共通の特徴を持ってたりするので「土器型式」としてグループ化することができるのです。

ちょっと難しいので、はっきり言って一般の人には「~式土器」って書いてあるネームタグ見ても何も感じないと思います。

そこをなんとか一歩踏み込んで、考古学の奥深い世界を楽しむきっかけになればと思っています(屮゚Д゚)屮 沼にカモーン!


里木、阿高_顔_画像サイズ半分



おわりに

ひとまず5人分のキャラは出来たのです。

今はモデルの土器資料のデフォルメイラストを作成中です(作成してるのはもちろん絵師さんで私ではない( ・Д・))。

どうなるかな、たぶん早ければ9月には公開になるかと思います(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!



でもね、土器型式ってたくさんあるんですよ!

なのでクラファンやることになるかな~って思います。

私の財力だけだと破産するか、絶対に終わらんとです( -д-)ノ



また告知しますけども、、、

ここの読者は私の多忙っぷりとサボり癖をよく分かっているはず……


まぁ・・・焦らず気長に待ちたまえ!( ・Д・)



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2022ねん 6がつ 18にち(どよーび、晴れ)

何度でも言おう、スマホ割れた。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン

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今回の考古学・歴史ニュースは「こんなもん残る!?糸玉が見つかったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は徳島県、徳島市、南蔵本遺跡です。


サムネ画として上に挙げた写真があまりにインパクトつよつよですよね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!



時期は弥生時代前期!

長軸6.2cm、短軸4.5cmの大きさです。

見た目通り、保存状態は非常に良好です。

糸を巻き巻きしてまとめている感じがそのまま残っています。




これまでにも「まだ食べれるよ!シリーズ」とかやってきましたけど、これはまだ編み編みできるよ!って遺物です。

実際には用途は分かっていません。

現代的なイメージで、セーターを編むための糸玉ではなかったようです。

というのも、この糸玉は漆で固められているので、装飾品として機能した可能性が指摘されています。
 


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上に挙げたように、実際には小片もいくつか見つかっています。

問題は出土地点なのですが、「畑」です。




日本では「古代人の脳みそ」や「クワガタ」とかレアな発見も結構見られるわけですが、こうしたレアな発見を支えているのは「水分」です。

水場付近は絶え間なく水分が供給されるので無酸素状態が維持されて分解が進まないことがあります。

最近流行りの水中考古学で古い船舶が海底に残っているのはこのためです。




弥生時代は水耕や水の儀礼も盛んなためにこうしたレアな発見が多々見られるのですが、今回は畑(通常比較的乾燥している)なので様相が少し異なります。



1点目は湿度!

この南蔵本遺跡の出土地点は湿度が高く、乾燥するタイミングがなかったのです。

湿潤・乾燥の繰り返しでモノは分解されていくのです(*^・ェ・)ノ




2点目に漆!

縄文時代や古墳時代、それ以降も含めてですが、漆が塗られていると有機質の遺物も残り易いのですヾ(´ω`=´ω`)ノ



このような条件が整って始めて残存した超レアな今回のケース、弥生時代の糸玉は史上初の発見となったわけです!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!



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↑縄文時代の糸玉①(「東北歴史博物館」のHP画像より転載)



さて、史上初の発見と書きましたが、これはあくまで「弥生時代の糸玉として」です!

より古い時期である縄文時代ではなんと、すでに12例も見つかっているのです。





上に挙げたのは新潟県、青田遺跡の出土資料です。

この遺跡はレアな発見が多い所謂「低湿地遺跡」で水場遺構も見つかっているのです。


そんなタイムカプセルような素晴らしい埋没環境で、かつ漆でコーティングされているため、しっかりと残存しています。




下の写真の出土情報は不明ですが、どうやら縄文時代の糸玉の出土事例は全て漆コーティングによるもののようです。

つまり「水分+漆」の組み合わせが考古学における奇跡的な発見を生み出しているといっても良いでしょう、知らんけど( -д-)ノ



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↑縄文時代の糸玉②(「日本古来の「麻」手しごと暮らし日記」)







おわりに

色んな記事見てると、特に新聞会社の記事って考古学・歴史担当の記者がいるようですね。

みんな思い思いに写真を撮るのですが、見栄えをよくするためか「斜めから撮影する」ことがほとんどです。

私は記事を眺めながら、この写真はダメ、この写真はまぁヨシ、とか勝手に評価して遊んでるんですけど、今回最も良かった写真は上に挙げた徳島新聞の写真です。





おめでとうございます(!?( ・Д・))




ガッツリ斜めから撮ってる感じがアウトなのですが、唯一スケール入ってるところが評価点です(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?



多分考古学やってない人ばかりなのでしょうが、接写に慣れてないのかピンボケばかりなんですよね。

何様ですが、プロなのだから被写体深度くらい上げて撮って欲しいものですねとか思ったり(´・ω・`)




何はともあれ、レアな発見はテンション上がるね!

うるし最強!( ・Д・)



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2022ねん 6がつ 18にち(どよーび、晴れ)

スマホ割ったヽ(TдT)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースは「史上最大の地下都市が見つかった!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はトルコ南東部、マルディン県のミドヤトにあるマティアテ遺跡です。

 

最大ってのはインパクトあるので“考古学者は大好き“(有名になれるし、お金獲れるから)なわけですが、、、専門外だけれどもそれにしてもパッと記事読んでいる限りちょっとよく分からない……( ・Д・)




「建造されたのは紀元前2世紀頃、1900年もの間使われていた」

西暦1700年まで使われてたのなら文献に残ってるだろうし、よく今まで見つかっていないもんだと逆に驚きますΣ(・ω・ノ)ノ


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↑これが発見現場Σ(・ω・ノ)ノ(「ナゾロジー」の記事内画像より転載)



このミドヤト地区自体が世界遺産なのですが、そのための清掃や保全作業中に「発見」されたそうです。

そしてこの遺跡は「マティアテ(洞窟の街の意)」と名付けられたそうです。

つまり新発見ってことですよね、、、




上の写真を見ると、洞窟の天井部が崩落して見つかった感があります。

作業員や現場の様子を見ていると、住宅街における工事か何かで空洞部が見つかった様に見て取れますね(*^・ェ・)ノ

だって考古学調査に使う機材が一つもないんですもの( -д-)ノ



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↑内部の保存状態の良さよ!(「Gigazine」の記事内画像より転載)



で、まだ全体の3%しか発掘が進んでいないが、6〜7万人もの人口を収容することができた最大級の地下都市なのだとか……

上に挙げた写真で分かるように内部は大きな空洞です。




掘る必要なくない?( ・Д・)




で、全体の3%しか調査進んでないのに、最大級とか6〜7万人収容とかなぜ分かるのか……

踏だけは100%終えて測量図は作成したと言うことなのでしょう……




つまり歩いて踏破できている、、、

何度でも言おう、



掘る必要なくない?( ・Д・)
 






このマティアテ遺跡には多数の部屋があって、換気シャフト、井戸、水のタンク、厩舎、アパート、集会所、墓地などが揃っていて、充実した居住空間だったようです。


まぁ都市と言うだけあって、、、っていうか1700年頃まで使われていたならそりゃあ都市構造持っているでしょうよ!って思うけど( -д-)ノ





遺物などの写真が全然ないなと感じていてふと思ったのですが、こういう空間って観光(話題)にはいいかもしれないけど、考古学的にはつまらん気がします。( ・Д・)




何故かというと、岩盤をくり抜いて空間を作っているわけですが、石材加工時期の判定は極めて困難だから、内部に残っていた最古の遺物や意匠から紀元前2世紀頃に造られた都市だと分かったにしても、どのように拡張されたかといった過程は分からないから。



そしてこれだけ長く使われていると清掃活動によって遺物はほとんど残らないし、層位データも得られない。


このマティアテ遺跡は多層構造なので、まぁきっと下へ下へと横へ横へと拡張したのでしょうけども、、、

墓域があるから墓の副葬品で年代幅決めたり、その年代幅が決まった墓域がどの階層にあるのかで各階層の拡張時期をおおよそ判定するのか、、、

パッと思い付く研究はそんなもんかな( -д-)ノ



……歴史考古学的には文献史と照らし合わせてもっとやることあるんでしょうね、きっと。



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↑アリの巣みたいヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ(「カラパイア」の記事内画像より転載)



上に挙げたのが同じトルコの有名な地下都市遺跡、カッパドキアの地図です。

暑く乾燥した地域だから、こうした地下都市は理に適っていたのかも知れませんね。

地下は涼しそう!(。・ω・)ノ゙




地下水は飲料水などの生活水として利用できるし、乾燥地帯なら水の確保は必要で、どの道ここまで深く掘るならば、そりゃあ途中の空間も掘って利用しようと思いますよね。

そもそもただただ垂直に落としたら(考古学では掘り下げたらの意)、井戸としては深過ぎる問題もあるからね!( ・Д・)




当然環境条件として岩盤の性質も関係してますけども、上記のような解釈が正しいのか、トルコにはすでに40を超える巨大な地下都市が発見されています。




……でも水利と空間利用としては優秀な地下都市だけれども、「数万人の人口を収容」ってのは何だか引っ掛かりますね。

電気のない時代なのだから採光のために燃料使うし、現在のようにラボ内(屋内)で生産は行えず基本的に食糧生産自体は地上で行うのだから地下に余剰人口を維持できるわけない。





そう考えると地下都市という表現はおかしい気もします。

あくまで「地上とセットでひとつの都市」なのであり、通常の都市に見られる周縁部に拡張する中で建設される貯蔵庫、礼拝所や墓域といった占有空間を、縦方向に拡張しただけな気がします。






あ、最後真面目になり過ぎたのでふざけます( ・Д・)





ところで、、、

「人がゴミのようだ!」とは言わんけど、

アリの巣と地下都市の拡張方法の共通性とか研究したら、“こんがり焼けそう“ですよね。

研究者の炎上商法が上手くいくかは謎だけれども、論理的にしっかりしてればイケる?( ・Д・)



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↑こう見ると綺麗だね(「tabiyori」の記事内画像より転載)



おわりに

……実は私、中学生の頃、地理の先生がラリホーマの使い手だったこともあり、めちゃくちゃ苦手なんですよね( -д-)ノ

空間認識能力(?)はめちゃくちゃ高いので行ったとこあるところは脳内でばっと地図が作れちゃうんですけども、世の中行ったことないとこばかりだからね~( ・Д・)




考古学との関連性からも地理の基礎も地理学(〇〇地理学系も)も勉強しなきゃと思いつつ、なかなか進んでいないのですが、、、

今回の記事でも「トルコってどのへんだっけかな~」ってなると思いきや、ウクライナ情勢で周辺地図を見る機会がぐっと増えたので、なりませんでした(・∀・)つ




いや~そう思うと、小中高の先生の責任って重いですよね・・・・・・

たくさんの子供たちの将来に響いてる気がする(´・ω・`)

まぁ大学の先生も当たりはずれはヤバイですけど




「親ガチャ」とか「国ガチャ」って言葉もあるけど、、、

「教員ガチャ」もあるね(*^・ェ・)ノ

……てか、人生全部ガチャでない?

だってこの世の中、確率の集まりだもんね~( ・Д・)




まぁなんだかんだ、、、


ラリホーマ怖い!( ・Д・)



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2022ねん 5がつ 16にち(げつよーび、めちゃ雨)

実は最近私は、考古学研究によって、人類史における格差社会の変遷を数式化&グラフ表示による可視化することをテーマにしてるんだよ!ヾ(´ω`=´ω`)ノ


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今回の考古学・歴史ニュースは古代マヤ文明社会も格差社会だったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は全世界です( ・Д・)

紹介する論文は「Greater post-Neolithic wealth disparities in Eurasia than in North America and Mesoamerica」(Kohler et al. 2017)です。



比較的最近の研究で、経済学における社会の不均衡、貧富の差を示すローレンツ・カーブとジニ係数を考古学に応用したものとして高く評価されたものです。

あのNatureに載ったやつなのです!(*・ω・)ノ




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↑論文中のFig. 3a



経済学の方法を応用した点は面白いんですけど、結論はさして評価されていないんですよ。

なんでかって言うと、、、

上に挙げた図の中で、青い色のドットやラインが旧大陸の遺跡におけるジニ係数を示していて、赤色のそれらが所謂「新大陸」の遺跡を示しています。

上に行けばいくほど(Y軸の値が大きくなればなるほど)貧富の差が大きかったことを示しています。




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↑論文中のFig. 3b




なのでぱっと見、旧大陸(青色)の方が貧富の差が大きい気がしますよね。

特に上の図3bを見てみると、時間が経つと旧大陸の方はぐっと社会格差が拡大するのが分かると思います。

論文の結論部ではこのようになる解釈として、旧大陸では新大陸にはない大型家畜が存在したため、その所有が貧富の差の拡大を助長したと述べています。



……ふーん、なんだ、結局普通じゃん、みたいなけっこう辛辣なコメントがなされているのです。

経済学の手法の応用は興味深いけれど、解釈が従来の考古学の成果に寄り添った形であるのがもったいないってことなんでしょうか。

近年のDNA分析の結果のように、従来の考古学の成果をひっくり返すことが求められているようにも感じて、私としてはちょっと震えてしまいますΣ(・ω・ノ)ノ






載せた画像サイズがちょっと小さいですが、よく見ると「Tikal」って入ってるんですけど、旧大陸遺跡の中で唯一ぶっ飛んでるんですよね。

図3aだと右側、図3bだと真ん中くらいの赤色ドットの一番上にあるやつがそうです。



ティカルだけめちゃくちゃ不平等なんですよね(笑)

旧大陸の遺跡中では突出して格差社会なので、外れ値扱いされています( ・Д・)



ちなみにこの論文では住居サイズを経済指標と仮定して分析を行っています。

考古学者の視点からすると、そういった前提条件は大切なのですが、発掘調査を通して実際に住居サイズの大小と出土遺物の量の多寡や質の良し悪しとが相関するのかどうかをチェックする必要があります。



まぁそれをちゃんとやったのが私ということなのですが、それはまた今度のお話ということで!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!




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↑論文の冒頭部分


おわりに

このローレンツ・カーブとジニ係数を用いた古代の貧富の差を示す研究、、、

負け惜しみを言うと私も同じアイディアでやろうと思ってたのです!

(世界は広く、山は高かった(ρ゚∩゚) グスン)

でもこの論文が2017年で、私は2019年に思い立ったのでそもそも負けてましたヽ(TдT)ノ



まぁやっててもこの論文の方が遺跡数も多いし、圧倒的にスゴイんですけど、、、

私はティカルやるだけで死にかけてたのに、彼らすごいな~って思ってたら……

上に挙げた画像ですよ!



共著18人!( ・Д・)


人海戦術でも負けるわ~。

というかこういう大人数で共同研究ができる環境がスゴイ。

日本じゃコミュニティ小っちゃいし、研究費少な過ぎて人雇えないしね(´・ω・`)




私も国内でスタッフ雇いたいけど大きな予算取れなきゃ無理だよね~。

あるいはたくさん稼いで、そのお金で個人的に人を雇って、ブログとかYoutubeの編集とか手伝ってもらおうかな~(*^・ェ・)ノ



それもありよりのあり!( ・Д・)



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2022ねん 2がつ 4にち(かよーび、曇り)

めんどいから暫くグアテマラ標準時で日記書く( -д-)ノ(書き始めの時間( ・Д・))

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↑このうさぎ大好き( ・Д・)(「すべての最高のイラスト」「イラストAC」の記事内画像を加工・作成;credit: あるけまや)


今回の考古学・歴史ニュースは北海道で撲殺された縄文人の骨がたくさん見つかったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は北海道伊達市、有珠モシリ遺跡です。

まずは位置から!









伊達市は北海道南部(?;南の方の意)にあるんですよ。

札幌人としはそんな感覚です(*^・ェ・)ノ



なんでかというと、伊達市は積雪量が少なくて住みやすいことで有名なのです。

だからリタイアした高齢の方々が本州の都会の喧騒から逃れて移住してくるケースが多いことでも知られています!

だから札幌人からすると、、、「南部」というか「あったかい!」ってイメージがあるんですよね( -д-)ノ

「南=あったかい」みたいな感じです。

まぁ函館もっと南なのにけっこう寒いけどね!( ・Д・)





実はスゴイ有珠モシリ遺跡!

そんな噴火湾(内浦湾)沿岸にある伊達市ですが、ここの有珠モシリ遺跡はスゴイんですよ。

上に挙げた写真のように1万㎢程度の「小島」なんですけども……



この島全体が貝塚なんですΣ(・ω・ノ)ノ



縄文晩期~続縄文時代に帰属する遺跡で、本州の感覚だと縄文の終わりから弥生時代の遺跡ってことになります。

日本は酸性土壌なので人骨や骨角器や動物骨などの動物依存体が残りにくい環境なのですが、貝塚は貝片などがたくさんあるので貝塚周辺はアルカリ性になる(ないし中性方向に傾く)のです。

なので、遺物の残存状態がすこぶる良い!

この有珠モシリ遺跡は巨大な貝塚遺跡ですから出るものがスゴイのですよ。

最後に一例を載せておきますね(*・ω・)ノ






人類はみんな暴力的!( ・Д・)


まぁよくある「縄文人はECOだった」とか、「縄文人は自然と共に生きた(共生の理想)」とか聞きますけど、まぁ大体が嘘ですね。

現代よりはマシってだけです。

科学が発達して知識があっても、敢えて無視する現代人よりマシなだけで、人類は常に周辺環境に大きな影響を与えながら存続してきたのです( -д-)ノ




さて、こうした一般に流布した説(商業的な意味合いがあるのでしょう……)の中には「縄文人(あるいは縄文時代)は平和だった」というものがあります。

これも明らかに現代人の理想を古代人に押し付けているに過ぎません。

まっとうな考古学者はこんなこと誰も思っていないでしょう。

考古学者に限らず一般的に「ふつうに」歴史を学んだ者であるならば「争いで満ちた人類史」をよく知っているはずです( ・Д・)




さてそんなこんなで今回この有珠モシリ遺跡から、脳内お花畑論者の「幻想を打ち砕く」発見がなされました!

それが上に挙げた写真にある、打撲によると思われる傷痕のある頭蓋骨が複数個体見つかったことなのです。

1人なら事故もあり得ると思いますが、複数ということは集団同士で頭蓋骨にダメージが到達するほどの争いがあったことを示します。



調査担当者は『本州側で弥生時代に移行し、ヒトの移動があった中で玉突き的に集団間の衝突が起きた可能性がある』と述べています。





……さすが大人な回答だなと思います。




はっきり言えばいいのに、、、縄文晩期、つまり縄文時代に争いがあったって!

平和じゃなかったって!( ・Д・)( ・Д・)( ・Д・)




この調査担当者の青野先生は「出来た人」ですからね。

私なら言っちゃう……

言わんか?

後々、もっとデータ集めて、自分の書籍とかで思いっきりぶちまけるかな。

新聞で言うと敵ばかり大量生産することになるからね~。


いや~、やっぱ大人だわ(*^・ェ・)ノ

私も大人になりたい( ・Д・)



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↑骨角器も残りがいいね!(「むしゃなび」の記事内画像より転載)



おわりに

この遺跡、私の大先輩が中心となって後輩らも参加して掘ってる遺跡なんです。

北海道大学の調査は私が学生の頃からずっと伊達市周辺で行っているので色々と思い出深いな~と思いつつ、元の記事を読んでいました。

唯一引っかかったのが「青野友哉准教授(骨考古学)」……

骨考古学??? (゚Д゚≡゚д゚)エッ!?


新聞の問題なのか、彼も新しい学問領域を打ち出しているのか……

形質人類と何が違うのかよくわかならないけども……



何はともあれ、私は大先輩相手でも変なものは変って言う!

骨考古学、謎!( ・Д・)



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2022ねん 1がつ 30にち(にちよーび、晴れ)

お肉食べたい( ・Д・)


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↑これはサンプリング調査地点の配置図( ・Д・)(「あるけまや」作成)


今回の考古学・歴史ニュースは調査始まったけど、お金がない!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はグアテマラ、ティカル遺跡です。

コロナの影響で2年ぶりの調査となりまして、なんだか本当に久々にこっちに来たな~って感じがしております。

上に挙げた図は、粘土試料のサンプリング調査地点を示したものなのですが、今年はラ・ニーニャ現象の影響で乾季に差し掛かる1月末現在でも土砂降りのスコールが散見されるため、上手くいかないかも知れません。

なんとかなれば、2月末を目途に結果報告をしたいな~と思っております。


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↑材料現地調達の手作り箒(「あるけまや」撮影)


何故、お金がないのか?

元々1月20日に出国予定だったのですが、コロナ禍の影響で便が欠航になったり、空港が使えなくなったりで2度変更になった結果、1月19日の23時発になってたのです。

出発時間があまりに遅いので、のんびりしてて、準備も中途半端だったし、お土産も少し買い足そうかな~なんて思いつつお昼ご飯を食べながらYouTubeでコロナ関連情報を集めるべくニュースを見てたら・・・・・・

「アメリカで5Gが実装され、電波がボーイング777などの機体制御装置に影響を与えるため、ニューヨーク便など全て欠航となりました」

って見つけて、、、いや、見つけたおかげで助かったわけですが、、、



見事に私の便はボーイング777のニューヨーク経由だったので、慌てて大学の旅行代理店に連絡して、便を変えてもらったら・・・

今すぐ家出れば間に合うかもって・・・・・・

で、僅か15~20分くらいで準備終わらせて、重いスーツケースを即時筋肉痛になりながらダッシュで運んで、飛行機に間に合ったのです。


結果、いくつか忘れ物してしまって、一番効いたのが『生活費用のドルや現地通貨(ケツァール)』を置いてきたのです( -д-)ノ

幸い財布に100ドル紙幣が1枚入っていたので、それで7週間生きることになったのですヽ(TдT)ノ

……まぁポジティブに考えると、こっち来て2週間で内臓脂肪全部使い切ったらしく、出発時にきつかったズボンがすっと入るようになりました( ・Д・)


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↑ピンポールもないので手作り( ・Д・)(「あるけまや」撮影)


人員は十分だけど貧乏な調査

おかげさまで、「アカデミスト」(学術クラファン)の支援金があったので、前回よりも2名の調査員を増員して調査を行っています。

でも現金が12000円(100ドル相当)しかないので、先に挙げた写真の箒や上に挙げた写真の杭のように手作り用品を多用しております( -д-)ノ

まぁ水糸とか水平器とかは前回日本から運んであるので、調査精度は落ちてません。

足りない備品とかティカル国立公園側や友人の考古学者などに借りつつ調査を実施しているのですが、いやー「持つべきものは金」だなって思います、、、もちろん「友」も重要です( ・Д・)


調査に関して

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↑調査区域(「あるけまや」作成)


上に挙げたのが調査区域の図で、オレンジ色が2020年に掘った場所、青色が今年の調査区域です。

調査開始してから1週間なのですが、思ったよりガンガン作業が進んで、1週間で終える予定の調査(上部の青丸ふたつ)が2日で終わったのです。

デモで国道封鎖されて約2日潰れたことを考えても、1日の余裕ができました(土日は休みなので週5日計算)。


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↑平らにしか見えない調査区(「あるけまや」撮影)

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↑ティカル遺跡のマウンドサイズ分布と、調査対象(「あるけまや」作成)


この上の青丸2つの場所は上に挙げた写真に見られるように、ほとんど平らなのです。

全然マウンドに見えないのです( ・Д・)



3枚目の図にあるように、ティカル遺跡のマウンドサイズ分布は「べき分布」することが分かっており、これを足掛かりに各マウンドサイズと出土遺物の質・量との関係について明らかにしようと考えているわけですが、、、

この図で分かるように「26番(Str.4F-26)」よりも小さいマウンドはたくさん存在しているけれども、もうこれ以上小さいマウンドは掘らずには確認できないという結論に至りました。

なので今回掘った26番、27番がミニマムマウンドの事例として扱うことにしました。

よって今後は大きい、分かりやすいマウンドの事例を増やしていくことで自己の新しい理論の証明と、数理モデルの構築を目指していくことになります。


*上図ではオレンジ色が前回の調査マウンド、青色がこの1週間で掘ったマウンド、緑色がこの後3週間で掘るマウンドです(*・ω・)ノ



↑ 300円のご支援をお願いします!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ



↑気付けばもう第11回まであります、少しずつクオリティも上げてく予定なのでこちらもよろしくお願い致します( ・Д・)


おわりに 面白い成果は出ているが、、、

さて、比較的小さいマウンド群~中程度までのデータは集まったので面白い結果になっているのですが・・・・・・

調査許可取得の際の法的な契約の関係で、詳細をお伝えすることができません。

とは言え、完全に埋戻してますし、報告書も片っ端から書き始めていますので、2月末から前半部の報告をちょこちょことここで出来るかと思います。

いち早く知りたいよ!って人はお手数ですが、上記のアカデミストにてご支援頂ければ、2月末のライブ配信で詳細を含め一気に全部をお伝えしたいと思っております(*・ω・)ノ



さて、昨年末くらいから少しずつ私が設定する新学術領域「考古物理学」についてアピールを始めましたが、考古学データに基づく「ヒトとモノの関係の数式化」は見事に成功しそうだなとかなりの手ごたえを感じています。

(1960年代の「プロセス考古学」の課題をスマートに乗り越えたと自負しておりますヾ(´ω`=´ω`)ノ)

これを機に、一般に「役に立たない人文科学」と称される現状を少しでも打開し、考古学が歴史関係の諸学問に対して共に議論できる共通の土俵を提示できるようになるのではと、

考古学をはじめとする歴史学一般と、現代社会とそれが抱える諸問題とを繋ぐ架け橋になればという想いで今後も尽力していきたいと思います。


何はともあれ、、、

お金ないとほんと不安だけが残る!( ・Д・)



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2022ねん 1がつ 10にち(かよーび、晴れ)

明けましておめでとうございま~すヽ(TдT)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースは日本最古?沖縄のブタは中国から!?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はもちろん沖縄なわけですが、、、

今回はブタさんのお話です。



その前にこれまでの復習をざっとしてしまいます(*^・ェ・)ノ

①北琉球で「爪形文土器」が見つかった。

②本土の爪形文土器(草創期)の空似と評価され、実際に縄文後期相当と分かった。

③次に中琉球で「爪形文土器」が見つかり、早期相当と分かった。

④更に南琉球で見つかった土器が1万年前の早期初頭相当と分かり、沖縄最古の土器はどんどん南下する傾向が見られた。

⑤更に南の台湾や中国南東部には同時期や草創期に土器がないけど、どこが発祥?って困った( ・Д・)



って感じです( -д-)ノ




さて、沖縄のブタさんと言えば、上に挙げたような「アグー」ですね。

このブタのルーツとしては14世紀の中国との進貢貿易において沖縄に伝わったものとされています。

当時の中国はめちゃくちゃブタを食べていたようで、中国から来た使節をもてなすためにも大量にブタを生産し消費していたそうです。



これは年代的にも新しい話なのですが、最近になって動物考古学の研究成果により、沖縄のブタの起源がとても古いことが分かりました。

発見があったのは、中琉球つまり沖縄本島の嘉手納町にある野国貝塚で、そこから大量のブタの骨が検出されました。

分析対象はブタの下顎骨(アゴ)で、107点も扱いました。

分析の結果、10才を超えるブタがいたことが分かり、これほどまで高齢でいられるということはヒトが飼育していた証拠であると結論付けています。



ちなみに年代測定の結果、ブタの骨の帰属時期は7200~7500年前で縄文時代早期後半となっています。

本土の方の最古の飼育ブタの痕跡は、佐賀県唐津市の菜畑遺跡で検出されたブタの骨で3000年前です。

だから今回の発見は最古の事例となり、日本におけるブタの飼育の歴史が一気に変わったと言えます!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!




中東のギョベクリ・テペって何だか最近話題ですけども、約1万年前の先土器・新石器時代に定住前に宗教施設が造られたってことで・・・

何度か記事で触れたと思いますが、日本の縄文時代だと1万年前は早期初頭相当だからすでに土器がある新石器時代で、

新石器時代で狩猟採集社会なのに定住してて、

今回の発見で牧畜までしてるんですよね。

身近過ぎて分からないかもしれませんが、縄文ってスゴイものなのですよ?ヾ(´ω`=´ω`)ノ



さてさて、話を戻しますと、この約7000年前の沖縄のブタは中国から伝わったと考えられています。

中国では黄河流域で約8000年前に豚の飼育が始まったとされていることに起因します。

まぁ時期的にはイイ感じです。



私の日本における研究のひとつとして縄文草創期・早期を扱っていますが、草創期段階の爪形文土器が沖縄を除く日本全土に広がっていることから、

日本ではめちゃくちゃ古い段階で海を越えて交易関係があったのかな~って考えています。

今回の発見を基にすると、大陸との関係まで再考する必要があるようですね。

何だか交易ばっかり意識すると「伝播論」的に感じるので、私個人としては日本における「自発性」も十分に意識していきたいと思います(*^・ェ・)ノ



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↑溶けるの早くてめっちゃ垂れたが美味しかった!(・∀・)つ(credit: あるけまや)



おわりに

沖縄のビーチで海岸砂の採取を行うために、駐車料金払ったのです。

サンプリングが目的ですぐ帰るとは伝えたのですが、、、

で、実際に僅か5分10分で車に戻ったところ、申し訳ないのでってアイスくれました。

嬉しかったですヾ(´ω`=´ω`)ノ



さて、コロナ禍を機に、国内でも様々な時期や地域を対象に研究を始めましたが、どこやっても面白いものですね(*・ω・)ノ

いやはや、、、ほんと考古学ってイイものですね~

では、さよなら、さよなら、

さよならっ!( ・Д・)


(古いけど金曜ロードショー、大好きでした(*^・ェ・)ノ)


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2021ねん 11がつ 29にち(げつよーび、晴れ)

研究は著しく進んだが記事サボりまくったヽ(TдT)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースは沖縄の土器の起源は南!?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はもちろん沖縄なわけですが、、、

前回の地図を再掲しておきますね。



arukemaya1669




前回までに北琉球と中琉球のお話をしてきました。

簡単にまとめると、最初、沖縄で見つかった爪形文土器は本土の爪形文土器(草創期)とは似てるだけで違うんだって意見がありました。

実際に北琉球の貝塚で見つかった爪形文を有する土器は、九州南部の縄文後期に典型的な爪形文を有する土器との関係が示されたのです。

その後、藪地洞窟遺跡などの中琉球でより古い時期の爪形文土器(早期)が発見され、沖縄の土器の起源はどこぞ?ってなったってお話です(*・ω・)ノ






さて今回のお話は宮古島で有名な南琉球です。

先に述べたように北琉球は意外に新しくて、中琉球でもっと古いのが出て、、、

という中で、南琉球の石垣島にある白保竿根田原洞穴遺跡でおよそ1万年前の土器(早期初頭)が見つかったのです。

こうなると沖縄の土器は南にいくほど古くなる、、、つまり南が起源なのか?って話になります。





北琉球や中琉球の爪形文土器が「他人の空似」とか言われていた段階では、特に古い中琉球の土器は中国南部や大陸の南東部との関係性が指摘されていました。

でも今回のこの琉球大学(山極チーム)の研究成果では南方に起源があると言えそうです。




一方で上図を見てみると草創期や早期初頭において台湾やフィリピンは無土器時代なのです。

私も沖縄から地理的に近い台湾の土器を確認したことがありますが、爪形文はなく、貝殻条痕のある土器はあったものの、時期的に新しかったのです。

こうなってくると、、、沖縄の土器の起源は南琉球で、つまり独自に発生したもので日本本土や大陸とは関係ないってことになるのでしょうか?




・・・相変わらず、沖縄の土器の起源はいずこ!?( ・Д・)


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↑貰い物で構成されたおつまみ、とても美味しかったよ(・∀・)つ(credit: あるけまや)



おわりに

マヤ研究がメインだけど、どこやっても土器なら楽しいなって気がします。

まぁマヤが一番なんだけど!(大事なので何度でも言う( ・Д・))

あるいは、どこのどの時期やっても私は研究進められるなって気もしてます(自慢( ・Д・))。



話は逸れますが、、、いやー、物理学者が宇宙のすべてを理解したいように、私も人間社会の、人類史の全てを理解したいと思いますわ。

実は最近「考古物理学」と称して数理モデルと統計学を利用しつつ、考古学・歴史学における法則定立的研究を目指しているのですが、、、

学会発表や論文投稿後に記事やYouTubeで私の理論と実践についてお話しできたらな~って思っています。



いやはや、、、何はともあれ、


・・・琉球大学に勤めたい!( ・Д・)



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2021ねん 11がつ 11にち(もくよーび、晴れ)

ワクチンのせいで頭痛いヽ(TдT)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースは沖縄の土器の起源はどこ!?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はもちろん沖縄なわけですが、、、

ひとくちに沖縄と言ってもおおまかに3地域に分けられます。



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上の2枚目の図として挙げたようにいくつかの分類方法があるようですが、ひとまず私は3地位区分を使用しようと思います。

もし今後、考古学的に意味のある分類が見つかったら、それに従って地位区分できればいいなと考えています(*^・ェ・)ノ




さて、前回の記事でも触れたように、沖縄では「爪形文土器」が見つかっています。

一般に(本州では)「爪形文土器」は縄文時代草創期(1万6000~1万1000年前)に帰属する土器です。

「爪形文土器」は草創期の中でも古いものになり、北海道、帯広市の大正3遺跡の事例では1万4000年前と推定されていますし、長崎県、福井洞窟遺跡の事例では1万2000~1万3000年前と推定されています。

草創期の爪形文土器は日本最古級の土器でありながら、全国的に広がった土器でもある点で重要な土器だと、「私は」思っています。



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↑藪地洞窟遺跡の『北海道』土器( ・Д・)(cedit: あるけまや)



そう考えると沖縄の爪形文土器も九州以北から伝わったものと考えれば良さそうなものですが、古い先行研究では沖縄の爪形文土器は『他人の空似』であるとし、むしろ中国南部やそれ以南の大陸側との関係性が指摘されていました。

実際に北琉球に属する奄美大島の貝塚の事例では、見つかった爪形文土器は九州南部の縄文後期(4700~3400年前)の「爪形文を有する土器」との類似性が指摘され、同時期の旧南部に特徴的な土器との共伴事例が示されました。




そうなるとやはり沖縄の爪形文土器は九州以北とは関係ない?となるのですが、、、

そこで見つかったのが前回の藪地洞窟遺跡などの中琉球の沖縄本島における爪形文土器です。

これらは縄文時代早期(1万1000~7200年前)に帰属するものと推定されているため、時期が一気に早まったわけです。

それと共に、どうやら北琉球と中琉球では土器の発現や系統に違いがありそうなことが示唆されたわけです(*^・ェ・)ノ




・・・沖縄の土器の起源はいずこ!?


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↑ワニ、ダチョウ、カンガルーのお肉、美味しかったよ(・∀・)つ(credit: あるけまや)



おわりに

途中で挙げた『北海道』土器はジョークですからね!( -д-)ノ

あれは藪地洞窟遺跡で出土した縄文早期の爪形文土器です。

ただ形状が北海道っぽいな~って思っただけ!( ・Д・)




最古級土器である爪形文土器の全国展開や、沖縄の土器の起源問題はテーマとしてけっこう面白いなぁって個人的には思っているんですよ。

今回の連載を通して、皆さんにその面白さの一端でも伝えることができればなと思っています。

・・・沖縄また行きたい!( ・Д・)



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2021ねん 11がつ 9にち(かよーび、ひどい雨)

筋肉注射はやはり腕痛くなる~ヽ(TдT)ノ

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↑雰囲気あったよ!( ・Д・)(筆者が今年調査に行った際に撮った写真、credit: あるけまや)



今回の考古学・歴史ニュースは「沖縄で縄文時代最古の人骨が出たよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



さて、今回の舞台は沖縄県、うるま市の藪地洞窟遺跡です。

上に挙げたキャプションに書いたように、今年はコロナ禍ということもあって私は北海道と沖縄で調査していたのです。

で、沖縄における調査対象がまさにこの藪地洞窟遺跡だったのです!(・∀・)つ

ということで、せっかくなので本記事を含めて数回にわたり、沖縄の考古学について自分の興味ある(知ってる)範囲で、自己の研究成果も含めて紹介していこうかなと思います(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!




まぁ私の国内調査は土器の産地同定に関する理化学的研究ですし、私の専門はあくまでもマヤ考古学で、特にティカル遺跡周辺域がフィールドですので、あんまり知識ないのは勘弁してください( ・Д・)

ちなみに調査や論文については日本考古学の方との共同研究体制にあるので何とかなってるのですよ( -д-)ノ←責任全ぶん投げ


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ちょっと見づらい図の出し方になってしまいました。

画質はそこまで悪くないと思うので、スマホで読んでる方は必要に応じて拡大してみてください( -д-)ノ




うるま市は沖縄県の右側、南から3分の1くらいの位置にあります(上図の赤丸部)。

2枚目は藪地洞窟遺跡の位置を中心に、「うるま市」の表記が入るように調整した図です。

小さいですけど赤線が3本あって、左右の赤線部には「うるま市」の表記があります。

真ん中の赤線部が「藪地洞窟遺跡」です。




うるま市は南東方向に半島状に突き出した地形を有しており、半島の先端部の北側に沿う形で「藪地島」があります。

島の中は橋を渡ったすぐ先までしか舗装道路がありません。

土地はうるま市に住む人々が有しており、畑があったり、未舗装道路の維持のために樹々の伐採が行われていたりと少し人がいます。

しかし基本的には藪地島は無人島で誰も住んでいません。




伝承によれば、昔藪地島で大火があり、島の住民がうるま市本島側に逃げてきたそうで、そのまま帰ることはなかったそうです。

ちなみにその子孫と思われる人たちが藪地島の土地の法的所有権を有しています。

……なんか、、、「祟りじゃ~!」みたいなもう少し面白い話だった気がしますが、来年の調査時に再度聴いてメモってきますね( -д-)ノ



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↑人骨が見つかった藪地洞窟遺跡(再掲)




上に挙げた写真が藪地洞窟遺跡で見つかった人骨です。

見出しで縄文時代最古と書きましたが、これは沖縄県での話です。

沖縄の貝塚時代(縄文時代早期~グスク時代;およそ11000年前から11~12世紀頃まで)において最古の事例なのです。




日本の本州などにおける貝塚は縄文時代早期~中期(11000年前~4700年前)に見られるのでかなり違いがありますね。

まぁ本土と比べれば周りを海に囲まれている上にサイズ的に小さいわけですから、より海産資源に頼った文化が続いたことは当然かも知れません。




沖縄本島では早期(およそ11000~7200年年前)相当の土器が見つかっていて、この藪地洞窟遺跡では約9000年前の爪形文土器が出土しています。

この人骨はその爪形文土器と共に見つかったことから、約1万年~9000年前のものと推定されています。

これまでの貝塚時代相当の最古の事例は、名護市大堂原(うふどうばる)貝塚で発見された約7千年前の人骨であったので、新記録として2000~3000年も遡ることになった大発見なのです(*・ω・)ノ



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↑石灰岩の洞窟を利用して生活していた模様(credit: あるけまや)


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↑片っ端から色々試したけどやはりソーキそばが旨い気がする(・∀・)つ(credit: あるけまや)


おわりに ~古い土器や骨がたくさん残るのは何故?~

最後にご飯の写真も挙げましたが、その前にうるま市市役所の中で撮影した展示パネルを紹介したいと思います。

これまでにも「最古シリーズ」とか「今でも食べれるよ?シリーズ」とかやってきましたけど、当記事を継続的に読んでいると『考古資料は特定の条件下で良好に保存される』ことが分かると思います。

多くの場合、めっちゃ乾燥してるか、水辺で常に水分が供給されて空気が抜かれている状況かっていうケースです。

一方で今回のような「洞窟」は比較的残りが良く、最古の土器の事例も世界的に見て「洞窟」での発見が非常に多いのです。




更に藪地洞窟遺跡の洞窟は、単なる洞窟ではなく『石灰岩質』の洞窟です。

日本は酸性土壌なので通常骨が溶けてしまいますが、雨をよく通す石灰岩が浸食されて土壌にアルカリ性をもたらすため、人骨などの残りがより良い環境なのです。



ちなみにマヤ文明は巨大な石灰岩台地上に立地するけども、骨はあまり残りません。

……何故?


微生物がめっちゃ張り切っちゃうから!( ・Д・)



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