2020ねん 2がつ 23にち(どよーび、くもり)
こっちの大学の考古学雑誌の締め切りまで、ちょうど1週間。
書籍の修正まで2週間。
報告書の提出まで3週間。
更に抱えてる論文2本、、、死んだ( ・Д・)
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↑出土した完形の銅鏡(「奈良新聞」の記事内画像を一部加工)
柳田康雄氏提供「CNN」の記事内画像より転載;credit: Antiquity Publications Ltd)
今回の考古学・歴史ニュースは「古墳時代の井戸から完形の銅鏡が出土したよ!」ってお話です(*・ω・)ノ
発見があったのは奈良県天理市の櫟本(いちのもと)町です。
この発見により、この遺跡は『櫟本チトセ遺跡』と命名されました。
工場の建設工事に伴い、緊急調査が実施され、約1600平方メートルもの範囲を調査したそうです。
文化財保護法で事前の調査が必要かつ工事実施者の負担のはずですが、いったいどれくらいのお金がかかるのでしょうねΣ(・ω・ノ)ノ
この調査区の範囲で見つかったのは大きな集落の跡でした。
帰属時期は古墳時代前期~中期(4~5世紀)と考えられています、
これだけの範囲ですがちょうど集落の北辺の一部だと思われ、直径約40センチ前後の柱穴約10基や断面がV字状になった大溝、そして井戸と思われる遺構が検出されました。
この井戸状遺構は直径約2.3m、深さ1.2mで、素掘りの井戸と考えられます。
この中から小型の銅鏡1面が出土しました。
最初に挙げた写真のようにこの銅鏡は「完形品」であり、非常に希少な事例なのですヾ(´ω`=´ω`)ノ
出土状況はこんな感じです。
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ん?(つд⊂)ゴシゴシ
めちゃ、ちっちゃい!?
ということで、見つかった銅鏡は直径3.6cmしかありません!
「小型倭製鏡」と呼ばれる国産の鏡で、鏡背面に中央の突起「鈕(ちゅう)」から放射状に線を描いた「櫛歯文(くしばもん)」と呼ばれる文様が見られるそうです。
小型の銅鏡は祭祀用と考えられおり、ヒョウタンや邪気を払う力があるとされるモモの種が一緒に出土したことから、井戸で水に関わる祭祀・儀式を行っていたと推定されています。
こうした儀式用の銅鏡は古墳時代の重要拠点から出土しており、櫟本チトセ遺跡も有力者にかかわる集落の可能性があるそうです。
ちっちゃいけど、古墳時代の井戸から完形の銅鏡が見つかるのは全国で2例目なので超レアケースですね!
私の銅鏡のイメージはもっと大きな古墳時代によく見られるものなので驚きました。
でも、ちっちゃい遺物はどれも好きなので良き!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!
学術調査ではないので範囲を拡張した調査はすぐには行われないでしょう。
しかし重要な集落の大部分が残っていると分かった今、更なる新たな発見が期待されますね(*・ω・)ノ
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