あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    イギリス

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    2025ねん 2がつ 20にち(きんよーび、晴れ)

    この人生、ほんと研究だけ爆進で死ぬ!( ・Д・)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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    ↑1982年、引き上げの時!( ・Д・)(「CNN co.jp」の記事内画像より転載;credit: Fox Photos/Hulton Archive/Getty Images )



    今回の考古学・歴史ニュースはチューダー朝の軍艦がかっこいいぜ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに



    「沈没船」って聞くと、だいたいみんな脳内でこう変換しがちなんだよね。

    沈没 = 失敗
    沈没 = 終わり
    沈没 = 悲劇のラストシーン

    でもさ、考古学(と古人骨研究)って、そういう単純な物語を平気でひっくり返してくる。

    今回の主役は、チューダー朝(ヘンリー8世の時代)の軍艦メアリー・ローズ号。1545年に沈没して、1982年に大規模に引き揚げられた、あの有名な“タイムカプセル船”だ。



    で、ここからが面白い。



    回収された乗組員の骨(とくに鎖骨)を「ラマン分光」という方法で調べたら、
    加齢で骨の中身がどう変わるか、さらに利き手が骨の化学に影響するかもしれない、という“現代にも刺さる”話が出てきた。

    要するに、

    500年前の水兵たちが、いま医学の話をしてる。

    このズレが最高なんだよね( ・Д・)




    🧱 そもそもメアリー・ローズ号って何がヤバいの?

    メアリー・ローズ号はチューダー海軍の大型軍艦のひとつで、1545年7月19日、ソレント海戦の最中に沈没したとされる。

    で、沈没船は普通ボロボロになるんだけど、メアリー・ローズは条件がよかった。

    海底の堆積物で覆われて酸素が少ない環境になり、遺物も人骨も保存状態がかなり良かった。引き揚げと発掘で、船体・遺物(1万9000点以上)・乗組員の人骨(少なくとも179人分)が研究できる状態で残った。

    これ、歴史好きなら分かると思うけど、反則級の資料だよ。




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    ↑分析した骨など!( ・Д・)(Shankland et al. 2024 のFig.1より転載)



    🦴 今回の主役は「鎖骨」だった

    今回の研究が見たのは、乗組員(男性・13〜40歳)の鎖骨(clavicle)。

    鎖骨って、地味に見えて面白いパーツで、

    肩と腕を体につなぐ要

    成長過程の情報が出やすい

    よく折れる骨として現代医学でも重要

    みたいに、「生活の癖」や「負荷」が出やすい場所なんだよね。

    そして使われた方法が、ラマン分光(Raman spectroscopy)。骨を大きく壊さずに、ミネラル(無機)とタンパク(有機)のバランスみたいな“骨の中身の化学”を見ていくやつ。




    🧪 骨の化学は、年齢でこう変わるっぽい

    結果をざっくり言うとこう。

    年齢が上がるほど、骨のミネラル成分が増える

    逆に、骨のタンパク成分は減る(減り方はミネラルほど大きくない)

    つまり、骨は年齢とともに“硬い方向”に寄っていく感じが示された。

    ここまでは、まあ「そういうこともあるかもね」で終わる。

    でも次が今回の逆転ポイント。





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    ↑こういう分析には縁があんまりないぜ!( ・Д・)(Shankland et al. 2024 のFig.2より転載)



    ✋ 利き手が、骨の中身を左右で変えるかもしれない

    左右の鎖骨を比べると、変化が右側でより強く出ていた。

    研究側のロジックはこうだ。

    当時、左利きは忌避されやすく(魔女扱いとかの話も含めて)右利きが多かったはず。
    だから右側の鎖骨の方が、繰り返しの作業負荷を受けやすい。
    その結果、右の骨化学が“生活のクセ”をより強く反映したのかもしれない。

    ここ、めちゃくちゃ良い。

    利き手って「動作の癖」じゃん?
    その癖が、骨の内部の化学にまで刻まれてるかもしれない。

    これ、考古学者が好きなやつだよ。
    生活が、身体に書き込まれるやつ。




    🩺 そして現代にも刺さってしまう

    この研究、過去の水兵の生活復元だけで終わらない。

    論文側では、利き手の影響が本当にあるなら、骨折リスクや骨の老化関連疾患(たとえば変形性関節症など)を考える時の“現代の注意点”にもなりうる、という方向にも触れている。

    もちろん、サンプルは12人規模で、これで断定はできない。
    でも、沈没船の骨が「現代の骨の議論」に入り込んでくるのが、ロマン過ぎる。






    おわりに(沈没 = 終わり、じゃない)

    沈没船って、「歴史の失敗の象徴」みたいに見えがちなんだけど、

    沈没したからこそ、保存され、
    保存されたからこそ、研究でき、
    研究できたからこそ、500年後に新しい話が出る。

    沈没は終わりじゃなくて、
    研究の入口だった。

    そういう逆転ネタが、いちばん気持ちいい( ・Д・)





    なにはともあれ・・・・・・

    沈没船は浪漫!( ・Д・)







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    2025ねん 2がつ 10にち(かよーび、晴れ)

    就活に時間削られるぜ!( ・Д・)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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    ↑これがサイズウェルB!現在稼働してるやつ!( ・Д・)


    今回の考古学・歴史ニュースはイギリスの『サイズウェルC計画』、実はとんでもない発掘プロジェクトだった( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    ↓前の「サイズウェルC計画」に関する記事だよ(*・ω・)ノ




    📰はじめに


    ――墳丘墓だけじゃない、サイズウェルC計画の正体

    前回の記事では、
    イギリス・サフォーク州で見つかった
    「王侯級エリートの墳丘墓」について紹介した。


    でも、あのニュースを追っていくと、
    どうも違和感がある。

    ……これ、
    「たまたま良い墓が見つかった」
    って規模じゃないぞ?

    調べてみると、
    どうやらサイズウェルC計画そのものが、
    考古学的にかなり異常なスケールらしい。

    今回はその話。




    🏗️ サイズウェルC計画は、どれくらいデカいのか


    サイズウェルC計画は、
    イギリス政府が進める国家級の原子力発電所建設プロジェクトだ。


    場所は、すでに既存の原発(サイズウェルA・B)があるエリアの近く。
    つまり「エネルギー拠点」としては昔から重要視されてきた土地だ。

    そして、カッコいい名前の「サイズウェルC」とはそもそも三番目の原子力発電所ってことなのだ。


    さて、発電所そのものだけでなく、

    • 建設用地

    • アクセス道路

    • 資材置き場

    • 周辺インフラ

    まで含めると、
    とにかく範囲が広い。

    この「範囲が広い」という一点だけで、
    考古学的には嫌な予感しかしない。

    なぜなら、

    広く削る
    =広く調べる
    =今まで誰も触ってこなかった場所に手を入れる

    ということだから。




    ⛏️ 事前調査が「普通の調査」で終わらなかった理由


    サイズウェルC計画では、
    当然のように事前考古学調査が行われた。

    でも結果は、
    「ちょっと記録して終わり」
    では済まなかった。

    次から次へと出てくる。

    • 先史時代の活動痕跡

    • 青銅器時代の遺構

    • 鉄器時代から初期中世の墓域

    • 中世の生活痕跡

    しかも、それぞれが
    点ではなく、面で出てくる。

    これはつまり、

    この土地が
    「一時的に使われた場所」ではなく、
    何千年も繰り返し使われてきた場所
    だったということ。



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    ↑サイズウェルBの遠景、周辺環境はこんな感じ!( ・Д・)




    🧭 なぜ、この場所は使われ続けたのか


    サイズウェルC周辺の地形を見ていると、
    だんだん理由が分かってくる。

    • 海に近い

    • 平坦で使いやすい

    • 視界が開けている

    • 内陸と海岸をつなぐ位置

    要するに、
    人間が好む条件が揃いすぎている。

    だから、

    • 先史時代の人も

    • 中世の人も

    • 近代の人も

    みんな、同じ場所を選んだ。

    時代ごとに用途は違うけど、
    「ここは使える」という判断だけは、
    ずっと一致している。




    👑 墳丘墓は「異常」ではなく「結果」

    前回の記事で紹介した
    11基の墳丘墓と王侯級エリートの墓。

    あれも、
    この流れの中で見ると理解しやすい。

    いきなり偉い人が現れたわけじゃない。

    この土地が、

    • 長く使われ

    • 記憶され

    • 特別視され

    てきた結果として、
    「ここに葬る」という選択がなされた。

    墳丘墓は原因じゃなくて、
    積み重なった重要性の結果だった。




    🏛️ 現代の巨大計画が、過去を全部あぶり出す

    皮肉な話だけど、
    これほどの発掘成果が出たのは、

    サイズウェルC計画が
    あまりにも巨大だったからだ。

    • 小規模開発なら調べなかった場所

    • 農地のまま放置されていた場所

    • 誰も掘らなかった地面

    そこを、
    国家規模の計画が一気に開いた。

    その結果、
    時間がまとめて露出した。

    サイズウェルC計画は、
    発電所建設であると同時に、
    巨大な時間断面の露頭でもある。




    🔮 「当たり続ける」のではなく「見えているだけ」


    サイズウェルC計画が特別なのは、
    歴史が多いからじゃない。

    • 調査範囲が広い

    • 記録が丁寧

    • 情報公開が比較的多い

    つまり、

    本来なら埋もれたままだった過去が、
    たまたま見えているだけ

    とも言える。

    別の場所でも、
    同じ規模で、同じ精度で掘れば、
    似たことは起きるはずだ。

    ただ、そこまでやる計画が
    なかなか存在しないだけ。




    ↓前の「サイズウェルC計画」に関する記事だよ(*・ω・)ノ



    おわりに

    ――「サイズウェルC計画」は発電所以上のもの

    前回は、
    「王侯級エリートの墓」という
    分かりやすい成果を紹介した。

    でも本当に面白いのは、
    その背景にある、

    なぜ、ここで
    これほど多くの歴史が出るのか

    という問いだ。

    サイズウェルC計画は、
    エネルギーを生み出す施設を建てる計画であり、
    同時に、
    イングランド東部の時間を一気に可視化する装置
    にもなっている。



    掘れば必ず何か出る。
    でも、

    それを
    「ただの遺構」で終わらせず、
    「土地の履歴」として読めるかどうか。

    そこが、プロの仕事なんだと思う。




    なにはともあれ・・・・・・

    「サイズウェルC計画」……やぱ名前がカッコいい!( ・Д・)







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    2025ねん 2がつ 3にち(かよーび、晴れ)

    気付いたらもう2月だ!忙しくて目が回る~!( ・Д・)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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    ↑インパクトあるね!ぱっと見ホラーだけど!( ・Д・)(「Medievalists.ner」の記事内画像より転載;credit: Oxford Cotswold Archaeology)


    今回の考古学・歴史ニュースはイギリス・サフォーク州で「王侯級エリート」の墓が見つかった話( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに

    ――イギリス・サフォーク州で「王侯級エリート」の墓が見つかった話

    イギリスのサフォーク州で進められている「サイズウェルC計画」という発掘プロジェクトから、これはちょっと見逃せないニュースが飛び込んできた。


    発電所建設に先立つ考古学調査で、
    墳丘墓(ふんきゅうぼ)が、合計11基も検出されたというのだ。


    しかもそのうちの1基は、
    明らかに“王侯級エリート”のものと考えられている。


    これは当たりだ。



    🏗️ きっかけは、いつもの「工事前調査」

    今回の発見は、いわゆるレスキュー考古学によるものだ。

    大規模インフラを建設する前に、
    「念のため地面を調べておこう」という、あの調査。


    正直に言うと、
    特別なものは何も出ないことの方が圧倒的に多い。

    でも、たまにこういうことが起きる。

    何もないはずの場所から、
    地域の歴史そのものがごっそり出てくる。

    サイズウェルC計画は、
    まさにその“当たり回”だった。



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    ↑中世のオーブンとコプトボウル!( ・Д・)(「Medievalists.ner」の記事内画像より転載;credit: Oxford Cotswold Archaeology)


    ⛰️ 墳丘墓が11基並ぶ、という異常さ

    墳丘墓は、ただの墓じゃない。

    • 土を盛る

    • 目立つ形にする

    • 景観の中で存在感を出す

    つまり、「見せる墓」だ。


    時間も労力もかかる。
    誰でも、どこでも作れるものじゃない。

    それが11基も同じ場所に集中している


    これはもう偶然じゃない。

    ここは、特別な人たちが、特別に葬られるための墓域だった可能性が高い。


    墓が語っているのは、
    個人の死ではなく、社会の構造だ。



    👑 1基だけ、明らかに“格”が違う

    11基の墳丘墓の中で、
    研究者たちの目を引いたものがある。

    • サイズが大きい

    • 構造が複雑

    • 位置が中心的

    考古学では、
    墓にかけられた手間は、
    ほぼそのまま社会的地位を反映する。


    つまりこれは、

    「この人は、
    ほかとは別格だった」

    と、土そのものが主張しているような墓だ。


    研究者たちは、この人物を王侯級エリートとみている。

    王かもしれない。
    あるいは地域を支配した首長、
    軍事と政治を握った人物かもしれない。


    いずれにせよ、
    その土地で一番偉かった人間の一人だった可能性は高い。




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    ↑馬のお墓!( ・Д・)(「Medievalists.ner」の記事内画像より転載;credit: Oxford Cotswold Archaeology)



    ⚔️ 墓が語るのは「支配の記憶」

    この時代のイングランドでは、

    • 武力

    • 血統

    • 支配

    は、きれいに分かれていない。

    強い者が偉く、
    偉い者が土地を支配する。


    だから墓もまた、
    単なる埋葬施設ではなく、

    「この土地は、誰のものだったか」を示す記念碑になる。


    遠くから見えるように造られた墳丘墓は、
    生きている人々に向けたメッセージだった。



    🧠 なぜ、同じ場所に偉い人が集まるのか

    こうした発見を見るたびに思う。

    重要な場所は、
    何度も重要になる。

    王侯級の人物が葬られ、
    時代が下って、
    現代では国家規模の発電所が建てられようとしている。


    用途は違っても、
    「ここは重要だ」という感覚だけは、
    不思議と引き継がれている。



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    ↑マチルダと刻まれた鉛製のアクセサリーと中世のヴェネツィアガラスでできたカメオ!( ・Д・)(「Medievalists.ner」の記事内画像より転載;credit: Oxford Cotswold Archaeology)


    🏛️ 現代の工事が、古代の権力を掘り起こす

    もしサイズウェルC計画がなければ、
    これらの墳丘墓は、

    • 調べられず

    • 記録されず

    • 静かに削られていた

    かもしれない。


    皮肉だけど、
    現代の巨大インフラが、古代の権力構造を可視化した形だ。

    考古学では、よくある話。



    🔮 地面の下には、まだ語られていない歴史がある

    今回見つかった11基の墳丘墓は、
    氷山の一角かもしれない。

    サフォークの地面の下には、
    まだ名前も知られていない
    “偉かった人たち”の記憶が眠っている。

    掘られるのを、
    何百年も待ちながら。






    おわりに


    これ何だか凄い大きなプロジェクトみたいですね。てかプロジェクト名が「サイズウェルC計画」って全然意味分らんネーミングセンスに感じる一方で、なんだかかっこいいよね!

    最近、面白い記事もないし、次回はこのプロジェクトについて掘り下げてみようかな!(*^・ェ・)ノ




    なにはともあれ・・・・・・

    掘れば必ず何か出るもんだよ、

    それを大きな成果に見せるのがプロだ!( ・Д・)







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    2025ねん 6がつ 7にち(どよーび、晴れ)

    精神的な疲労ってどうとればいいんでしょう!?( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースはイギリスの魔法の鏡はアステカの儀礼の鏡だったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    エリザベス1世は1588年にスペインの無敵艦隊に勝利したことにより、イングランドの黄金期の女王として知られています。

    そんな彼女の治世は1558~1603年です。

    1521年にスペインのコンキスタドールであるエルナン・コルテスによりアステカ帝国の首都のテノチティトランが陥落したこと、上記のように1588年にイングランドがスペインに勝利したことを考えると、、、

    今回の16世紀におけるイギリスとアステカの関係が見えてくる気がします。







    このエリザベス1世の政治顧問が上の写真のジョン・ディーです。

    16世紀では魔術は科学の仲間でした。

    この時期は錬金術も盛んでした。

    魔術や錬金術といった実験的な行為が17世紀の自然科学の誕生の基礎となったとも評価されています。



    ジョン・ディーも水晶玉や霊視鏡を使って魔術を使い、天使や霊の召喚や対話を試みたとされています。

    その証拠のひとつが彼の所有していた霊視鏡です。











    上に挙げた写真がジョン・ディーの霊視鏡です。

    黒曜石製なのですが、、、

    よくこんな風に加工できるなと驚いておりますΣ(・ω・ノ)ノ




    メキシコの博物館では見なかった気がしますが・・・

    メキシコにはもう残ってないのでしょうか、、、

    今回の分析に使用された3枚の黒曜石製鏡は全て大英博物館所蔵のものです。




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    前回の記事に引き続き、今回の分析もハンディータイプの蛍光X線分析機器(800万円!)が使われています。

    分析結果としてはジョン・ディーの所有物とされている鏡はメキシコのパチューカ産黒曜石であることが分かりました。


    アステカ期の絵文書や壁画には鏡が登場します。

    古くはテオティワカンの頃から鏡が儀礼に使用されています。

    アステカ期では黒曜石の鏡は数多の神々の中でも主神的位置にあるテスカトリポカの象徴です。

    そもそもテスカトリポカは「煙を吐く鏡」を意味し、この鏡が儀礼用の黒曜石製鏡を指しています。

    万能の神であるテスカトリポカを象徴する黒曜石製鏡ですし、世界の裏側の未知の文明が儀式に使用したものですから、霊視などの魔術を行使する上では最高の儀礼具だったのかも知れませんね。









    おわりに

    古代メキシコ文化領域では黒曜石製鏡が結構あるような気がします。

    テオティワカンの鏡は見たことあるんですけれど、鏡面ではない背面がモザイク装飾であったのは記憶しているんですけれど、鏡面の記憶がない……

    黒かった気がするけど

    黒曜石製だったのだろうか……




    2023年に東博で「古代メキシコ」展があったのですが、その時の図録をどこかで探して買うしかないですね( -д-)ノ

    土器が全然なかったので要らんと思ってしまいました、、、

    そして高かった!( ・Д・)



    何はともあれ、

    黒曜石の加工技術パネェ!( ・Д・)



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    たくさん寝たから元気だけど片付け進まない!ヾ(´ω`=´ω`)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    今回の考古学・歴史ニュースは街の外れを開発工事したらたくさん遺物出たよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    今回の舞台は、イギリス南部のバンベリーです。

    上に挙げた画像の通り、古い町並みが残る地域のようです。

    観光名所を見ていても中世を思わせるような建物がいっぱい残っていて、素敵な感じがします。








    さてそんなバンベリーですが、街の外れを宅地のための工事に伴い、緊急調査を実施しました。

    その結果、大量の遺物が出土したのです。

    その数、約2万点!( ・Д・)



    数だけ聞くと多いっちゃ多い・・・

    時期と地域によるんですよね。

    例えばマヤ文明でエリートクラスの建造物掘ってたら、ほとんど土器だけど簡単に万単位の遺物出るし、、、

    日本の縄文とか掘ってるとほぼ出ない、、、100点いかないってこともザラ。



    まぁ調査規模や期間にもよるので何とも言えないのですが、今回は工事に伴うものだからそれなりの範囲を調査しているはずなので、考古学者的にはそこまで驚く数ではない!( ・Д・)






    そんな中で今回の目玉のひとつは上に挙げた黄金のペンダント!

    中世の墓が見つかって、52体分の遺骨も検出されました。

    副葬品にはこうしたペンダントやネックレス、武器も含まれています。



    そして他の特徴として、約1万年前の中石器時代の遺物も出土しています。

    ちなみに中石器とは旧石器と新石器の間の時期のことです。



    もちろん中石器時代と中世の遺構だけではなく、その間の期間の遺物として、青銅器時代や鉄器時代の遺物も出ています。

    トータルで2万点ってことです。



    今回の発見で面白いのは、この内陸にあるバンベリーがよほど住みやすい地域だったのか、人類活動がずーっと続いて居住され続けた本当に長い歴史のある地域だってことですねヾ(´ω`=´ω`)ノ






    おわりに


    いや~、ヨーロッパいいなぁ。

    大英博物館とかルーブル博物館とか行きたいしね。

    マヤ文明のことを思うとスペインの博物館も行きたいしね・・・

    今頑張ってる理論の応用のことを考えると古代ローマ関係の資料調査も行きたいしね。



    金も時間もありませんので行く予定もありませんがね!( ・Д・)

    あ、アーサー王伝説も好きだから純粋にイギリスの観光もしてみたい・・・

    暫くはバンベリーの美しい町並みの写真見て癒されることにします( -д-)ノ




    何はともあれ、

    やぱ黄金製品いいな!( ・Д・)



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    さて、頑張りますかーいヾ(´ω`=´ω`)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    今回の考古学・歴史ニュースはハドリアヌスの長城の一部が工事中にすごく浅いところから出てきたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    さて、今回の舞台はイングランドの北東部に所在するニューカッスルです。

    ニューカッスル市街地中心部から僅かに離れた地点において水道管の工事中にハドリアヌスの長城の一部が見つかりました。



    ハドリアヌスの長城はCE122年に第14第ローマ帝国皇帝ハドリアヌスによって建設が開始された城壁でCE132年頃に最初の完成が見られました。

    当時ローマ帝国が領土拡大を続ける中、ケルト人の侵入を防ぐために建設された城壁です。

    そのためローマ帝国最北端の国境線でもあります。

    高さは4~5m、厚みは3m、長さは118kmに及びます。

    また6kmごとに見張り場としての要塞が建設されており、古代ローマ帝国が当時、ケルト人対策のために膨大な労力・費用を費やしたことが分かります。

    このハドリアヌスの長城は、中央からみて遠隔地での長期化するケルト人との争いためローマ帝国が領土拡張政策を断念した象徴として重要視されており、1987年に世界遺産に登録されています。

    サムネイル画像や最初に挙げた写真のように、ハドリアヌスの長城はかなり良好な状態で残っている遺構で、現在は観光名所になっています。




    今回の発見は、そんなハドリアヌスの長城の一部が市街地から見つかったという点で興味深い事例です。

    上に挙げた写真で分かるように非常に浅い地点から検出されています。

    これだけ浅いのに現在までの人類活動による破壊から逃れています。

    この地点は市街地中心部からやや離れているとは言え、十分に交通量が多く、また過去の水道管工事でも壊れていない点で奇跡的な残存と言えるでしょう。

    上の写真ではスケールとして、恐らくトータルステーション(光波測量機器)のプリズム用と思われるピンポールの先端が置かれています。

    この紅白ラインは通常10cm間隔です。

    縦に置かれていないため正確には分かりませんが、現地表面であるアスファルト上面から20cmもないような深さからハドリアヌスの長城の一部である石列が見つかっていることが分かりますΣ(・ω・ノ)ノ





    おわりに

    ハドリアヌスの長城はローマ帝国の支配が及ばなくなった以降も使用され続けます。

    上に挙げた写真のようにハドリアヌスの長城は残りが良いのですが、それもそのはず、ハドリアヌスの長城は17世紀まで使用され続けたのです。

    もちろん長い期間の中で幾度も増築や修繕は行われています。

    かつてはケルト人対策として建設された長城でしたが、後世ではハドリアヌスの長城はスコットランド対策として使用され、現在のイングランドとスコットランドの国境線にも強い影響を与えている巨大建造物として重要なものです。

    それが現在のイングランドに帰属する市街地のど真ん中から出てきたというのは面白いなと思います。


    ・・・最初に造られたのがおよそ1900年前、なのに地表下20cm程度で検出されるものなのですねΣ(・ω・ノ)ノ

    やはり人類活動の活発な地点は、、、

    土壌の堆積が全然ないね!( ・Д・)



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    2021ねん 2がつ 8にち(げつよーび、晴れ)

    今週さえ乗り切れば少し楽になる……と思い続けて幾星霜ヽ(TдT)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    今回の考古学・歴史ニュースはトレジャーハンターが本当にお宝見つけたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    さて、今回の舞台はイギリス、スコットランドです。

    今回は大好きなナショナルジオグラフィックの記事を参考にしたもので、写真も全てそこから転載しております(いつもながらその都度、リンクとクレジット表記をしておきます)。

    発見されたお宝を紹介するのはサクッと終わらせて、『盗掘と文化財保護』について少し書こうかなと思います。

    まぁそう書くとお堅い感じがするので、『お宝見つけたらお金になるの?』ってテーマでお話したいなと思います(*・ω・)ノ


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    さて、イギリスと言えば「トレジャーハンターの国」なイメージを持っているのですが、、、

    何故かというとそれくらいたくさん金銀財宝が地下に眠っていて、金属探知機でお宝を探すトレジャーハンター(歴史愛好家?)がたくさんいるからです。

    実際にイギリスではほとんど全ての金銀財宝はトレジャーハンターによって見つけられています。

    一方で考古学者がお宝を発見することはほぼありません( -д-)ノ



    何ででしょう?( ・Д・)



    ・・・・・・



    ・・・



    「考古学者はお宝を発見するために発掘しているわけではないから」です(*・ω・)ノ

    どこの国の考古学者も基本的には税金や企業の助成金で研究しているわけで、何らかの研究テーマに沿って何らかの学術的課題をクリアするために調査を行っています。

    皆さんも、もし「私たちが税金使ってお宝発見してヤッホイ!.。゚+.(・∀・)゚+.゚」してたら怒るでしょ?

    そうなのです、目的が全然違うので考古学者がお宝を発見することはほぼありません。

    例えば建設工事などに伴う緊急調査、特に高速道路とかの大きな範囲を掘る際には確率的に出てくることもあるでしょう。

    でも基本的にはないのです( ・Д・)



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    今回紹介しているお宝たちも2014年にトレジャーハンター(お宝探し愛好家)が金属探知機を使って発見したものです。

    もちろん全部ではありません。

    発見者が博物館などに報告して、考古学者が派遣され、周辺の調査がなされたのです。

    ・・・・・・この時、土地の所有者と第一発見者であるトレジャーハンターにはお金が支払われるのですが、考古学者には支払われません。

    誠に哀しいですねヽ(TдT)ノ

    発見されたこれらのお宝はおよそ1000年前のバイキングの宝であることが分かりました。

    丁寧に布などにくるまれて、2つのお宝の山に分けて埋められていたようです。

    出土状況はお墓ではないので、まさに埋蔵金というか、童話や伝説に出てくるような『海賊の隠し財宝』ですねヾ(´ω`=´ω`)ノ





    さて、盗掘と文化財保護法について少し述べようかなと思います( -д-)ノ

    今回の件のように一般の人がもしお宝を見つけた場合、日本では「落とし物」扱いになります。

    その辺で拾った「拾得物」と同じです。

    古ければ古いほど、持ち主が現れることはないので、その価値が判定され20~50%くらいのお金がもらえます。

    このお金は大体の場合、土地の所有者と折半になります。

    これが比較的新しい時期の「拾得物」、例えば明治期とかになると、直接の子孫がいる場合があるので、その家族に通達が行くことがあります(*・ω・)ノ

    この埋蔵文化財保護法の内容は各国によってまちまちで、例えばイギリスの大部分では「300年以上前の金銀製の遺物」に関しては価値が査定され、市場価格がそのまま支払われます。

    価値の査定は主に有名博物館同士が争うオークションで決定されることが多く、対象は金銀財宝ですから結果として5000万円とか億単位の金額が支払われることさえあるのですΣ(・ω・ノ)ノ

    ……考古学者やめて、イギリスでトレジャーハンターやろうかな( ・Д・)

    って思えるくらいの額ですね( -д-)ノ


    ちなみにスコットランドでは金銀以外の製品も査定され、且つ時期の新しいものも対象になります。

    アメリカでは州法によってまちまちで、あまり保護されていません。

    その代わり、アメリカでは海の中で見つけたお宝は州法によりますが20%程度税金として払うだけなので、たくさんもらえます(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

    一方でイギリスやスペインでは世界中の海の中に「かつての王家の船」がたくさん沈んでいることが歴史史料で分かっていることもあり、見つけても王家のものになってしまいます。

    アメリカにとっては「他国のもの」だからどうでもいいんでしょうね( -д-)ノ

    しかし公海で見つけてしまうと法的に所有者と思われる各国と争うことになるので、『盗掘』というか『ネコババ』が起きます。

    この「盗掘」や「ネコババ」は世界的に見て、土中の考古学資料に対しても多々見られます。

    グアテマラなんか「盗掘天国」と揶揄されるくらいです(´・ω・`)

    その点、イギリスでは盗掘行為は少なく、発見者は皆報告する傾向にあります。

    だって、「正しく査定されて、その額がそのままもらえる」んだもの(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

    ただでさえ発見至上主義な古風な考古学者が多いのが事実だから、「イイモノ」出した考古学者に対する保護が必要だなんて言わないから、

    「盗掘による考古学データの消失」を防ぐためにも、埋蔵文化財保護法の見直しと整備をお願いしたい!

    もちろん日本の埋蔵文化財保護法はしっかりしている方だとは思うけど、部分的な見直し・改善は常に必要、重要だなと考えさせられますね(*^・ェ・)ノ



    ↓財宝やっほい.。゚+.(・∀・)゚+.゚



    ↑お宝関連記事(*・ω・)ノ

    ↓こんな事件もあったね( ・Д・)

    ↑日本では盗掘なんて対岸の火事だと思ってたやヽ(TдT)ノ



    おわりに

    海外の博物館は立派なところが多いし、運営もしっかりしていて、何と言ってもお金持ちですよね(*・ω・)ノ

    それに比べて、日本の博物館ってたくさんあるんですけども、運営が厳しいせいで民営化が進んでもう長いこと経ちますね。

    そうした中、資料調査の際の写真撮影や資料化作業に対して、1点当たり3000~4000円の料金を徴収すると言っている博物館もあるくらいです。

    お金に困ってるのは分かるけど、博物館が所蔵している資料は、今現在は民営化の結果、運営会社の管理下にあるかも知れないけど、そもそも「税金」による調査で出土して、収蔵されるに至ったものではないの?

    個人のギャラリーならいざ知らず、県・町立の博物館がやることではないと思います。

    というかそんな博物館の資料使わんよ!

    資料調査でいったい総額いくらかかるのか分からんじゃないヽ(TдT)ノ

    まぁそう思うと、現在無償にも関わらず色々と忙しい中、個人的な資料調査に協力してくださる博物館や地方自治体等の学芸員諸氏には頭が上がりませんね。

    改めて感謝ですヾ(´ω`=´ω`)ノ


    ……博物館収蔵資料閲覧の有料化か、どこも大変なんだろうけども

    こんな世界に誰がした!?( ・Д・)



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    2021ねん 1がつ 20にち(すいよーび、晴れ)

    最近毎日眠いな!( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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    1.はじめに

    今回の考古学・歴史ニュースは「エクスカリバーの発見!?( ・Д・)」についてです!

    この記事、2018年12月に書きかけたままになっていたことにたまたま気付いたため(実際に書きかけ記事はたくさんあります(/TДT)/)、今回仕上げることにしました。

    ……さて、冒頭で、巷で大人気の『Fate』の画像を、怒られるだろうなと思いつつも使ってみたのには訳がありまして……(怒られたら変更しますのでご指摘下さい( -д-)ノ)

    この記事を書くに当たって、アーサー王伝説について色々と調べてみたわけですよ。

    ネット情報を基本として、書籍や論文も少々。

    するとですね、YouTubeのアーサー王伝説に関する動画のコメント欄にですね、

    「え、アーサー王って男なんですね。ショックです。女の子だと思ってました……」

    というような書き込みを見つけまして、こっちの方がショックだわ!Σ(・ω・ノ)ノと、

    そしてアニメ等々の影響って凄まじいなと、驚きつつも関心してしまったわけです( ・Д・)

    そんな皆さんがよく知ってるようで知らないアーサー王伝説が今回の記事のテーマですが、『おわりに』の部分でアーサー王伝説のオリジナルとされるお話についても軽く触れようと思います(*・ω・)ノ


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    ↑湖で見つかった剣と発見者の少女(「うたまるニュース」の記事内画像より転載)


    2.スウェーデン少女による湖での剣の発見

    2018年夏、スウェーデンのヨンショーピング県に位置するウィーデステン湖において、8歳の少女が古代の剣を発見しました!

    2018年はヨーロッパ各地で干ばつが起きており、それによって様々な考古学的発見が起きてることを以前に紹介しましたが、今回の発見も干ばつが起因となっています。

    発見当時、湖はかなり干上がって水位が低くなっていたようです。発見者の少女、サーガ・バネチェクちゃん(名前が既にカッコいいΣ(・ω・ノ)ノ)は湖で泳ぐために普段は到達できない深い部分まで歩き回っていたようで、その結果、剣を踏んで発見に至ったそうです。

    アーサー王伝説における湖の乙女からのエクスカリバーの取得と統治権の譲渡のエピソードにちなんで、『新たなスウェーデン王女の誕生』と冗談交じりに報道されたようです。

    この発見された剣は地元の博物館員による鑑定によっておよそ1500年前のバイキング時代のものと推定されました。剣は非常に残りが良く、握り部に使われた木材や革も残存しているとのことです。

    また少女の発見を受けて、地元博物館主導の調査をこのウィーデステン湖で実施し、剣と同時代のものと思われる3世紀相当のブローチを発見したそうです。




    2.イングランド少女による湖での剣の発見

    さて、実は2017年にも湖から剣が発見されているので、紹介しますね。

    舞台はイングランドです!

    しかも発見された湖は、コーンウォール地方のドズマリープール、つまりアーサー王伝説の最後のシーンでアーサーがエクスカリバーを湖の乙女に返却した時の湖です!

    7歳の少女、マチルダ・ジョーンズちゃんが発見した剣が伝説のエクスカリバーであれば、マチルダ女王の誕生!となるわけですね。

    しかしな分析結果では、残念ながらこの剣はここ20~30年の間に作られた新しい剣ということで、アーサー王伝説ファンの方が投げ込んだものかも知れません。

    湖は海や河川に比べると水の流れが激しくないので、湖底に堆積した泥土等には遺物や古代の花粉といった様々な情報が含まれています。

    今後の調査で本物のエクスカリバーが出土する日が来るかも知れませんね!?




    4.おわりに ~聖剣はどこにある?~

    有名なアーサー王伝説ですが、私たちがよく知っている最後のシーンでは騎士ベディヴィアがエクスカリバーを湖に投げ入れます。

    これは『アーサー王の死』という書籍に書かれた内容が発端になっており、15世紀後半のものです。

    13世紀初頭に書かれた『ランスロ=聖杯サイクル』では騎士グリフレットが湖に剣を投げ込みます。

    この他、より古い時期、例えば12世紀相当の『マビノギオン』や『ブリタニア列王史』などアーサー王伝説に関係する中世の書物がいくつかあるわけですが、こうした全てのアーサー王伝説の元になっている神話があると考えられています。

    いくつかある説のひとつが『ナルト叙事詩』という黒海東岸地域に由来する神話です。

    この神話では神剣を『海』に投げ入れます。

    黒海周辺域の神話なので、やはり剣を投げ入れたのは黒海?

    仮にこの神話に何らかの史実が混じっているのならば、イングランドの湖だけではなく、是非黒海も探してみて欲しいものですね!(。・ω・)ノ゙

    いつか黒海を潜って、巨大な神の剣を探したいね!( ・Д・)


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    2020ねん 11がつ 14にち(どよーび、晴れ)

    急な仕事が入り過ぎて論文終わらん( ・Д・)


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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    今回の考古学・歴史ニュースはブリテン島の人々は盛大な焼肉祭りをやっていたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    今回の舞台はイギリスの世界遺産、ストーンヘンジです。

    古代のストーンサークルとして有名なストーンヘンジですが、この辺りは中石器時代に相当する紀元前8000年、つまり今から1万年前の柱穴が確認されており、とても古くから重要な場所であったと推測されています。

    ストーンヘンジを囲む円形の土塁と堀は紀元前3100年頃、巨石が並べられたのは紀元前2000~2500年頃に造られたと考えられています。

    今回の調査成果はストーンヘンジの近くに立地する古代の祭祀場と推定されている遺跡でのものです。

    この遺跡では大量の動物骨が検出され、C14等の分析結果から新石器時代後期(紀元前2800年~前2400年頃)に相当すると推定されています。

    ストーンヘンジを築いた人々が住んでいたと考えられているブリテン島南部のダーリントン・ウォールズや、ブリテン島最大の環状列石であるマーデンの近くでは祭祀場と思われる遺構が発見されており、それぞれ大量の動物骨が発見されているのです。

    ダーリントン・ウォールズの祭祀場遺跡の発掘調査に際して、検出された8500点の骨を分析した結果、動物骨はブタとウシのものであると同定され、その割合はブタ:ウシ=10:1であることがわかりました。


    これらの骨は日常の生活の中で食された後の廃棄物として堆積したわけではなく、季節性が認められており、冬の間にまとめて大量に廃棄されていることが分かっています。


    このことからストーンヘンジなどのイギリスにおける環状列石群周辺では冬の間に大規模な宴が開かれ、大量の豚肉と少しの牛肉を焼いて食べていたと考えられているのですヾ(´ω`=´ω`)ノ



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    ↑私も調査の懇親会としていつもバーベキュー大会してますヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ(「ブライダル総合情報マガジン クラウディア」の記事内画像より転載)



    こうしたブタの骨が大量に出る祭祀場遺跡が多数確認されていることから、新石器時代後期のブリテン島南部で『ブタ肉焼き放題パーティー』の習慣が広まっていたことが伺えるわけです。


    ストーンヘンジに関する近年の研究では、人間や動物が住んでいた土地の情報が分かるストロンチウム同位体分析によって、パーティーに参加した人々の広がりを特定しようとしています。

    これまでの研究ではストーンヘンジで検出された人骨と、ダーリントン・ウォールズから検出されたウシの骨を対象に分析が行われ、ストーンヘンジ周辺域以外のかなり遠いところからやって来たことを示唆していました。


    経験的にウシは遠くから連れて来ることが比較的容易なのに対し、「長距離の移動が苦手なブタは祭祀場の近くで飼われていたはず」という先入観が研究者にはあったため、祭祀の参加者がどこから来たかを知る手がかりにはならないと考えられており、これまでにブタの骨を対象としたストロンチウム同位体分析を行おうとする研究者はいませんでした。


    今回のニュースの元になっている研究では、イギリスにおける4カ所の新石器時代後期の遺跡(ダーリントン・ウォールズ、マーデン、マウント・プレザント、ウエスト・ケネット・パリセード・エンクロージャー)から出土したブタの骨131点について同位体分析を行いました。


    結果、それぞれの場所で食べられたブタの大多数が、現地で育てられたものではなく、ブリテン島各地から連れてこられたものであることが明らかになったのです。


    その距離は少なくとも50kmで、最大で550kmに及ぶこともあり、ウェールズやスコットランドから連れてこられたブタもいたようです。


    この研究結果から、新石器時代の祭祀場にブリテン島全土から人々が集まってきた、つまりストーンヘンジなどの環状列石と周辺の祭祀場は歴史上最初の「汎ブリテン島」イベントの会場だったということになるのです(*・ω・)ノ



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    ↑綺麗だねぇ(・∀・)(「ニコニコニュース」の記事内画像を一部加工)



    またこの研究結果は、ブタにより人間の移動を推定する手法について、研究者たちに再考を促すことになりました。


    他の同位体分析結果から、近現代の牧畜産業で見られるように地域で残飯を与えられたブタをかき集めたのではなく、ブタの大群を森で餌を食べさせながら移動させたことが示唆されたのです。


    つまり、ブタの群れを移動させることなどできないというのは現代に生きる私たちの間違った思い込みであり、新石器時代のブタはイノシシのように痩せていて脚が長く、徒歩で長旅をできるだけの敏捷性があったのです(*^・ェ・)ノ





    おわりに

    日本の貝塚研究だと、貝の成長線を観察することで季節性について考察するような研究がありますけども、このストーンヘンジ周辺の事例ではどうやってるのでしょうね。

    同位体分析で生まれ育った環境を推定する研究は広く行われているので分かるのですが、、、

    横着して元論文読んでないので、すみませんヽ(TдT)ノ

    日本でも環状列石はありますし、比較してみると面白いかも知れませんね!

    あ、今思い出した!w(゚o゚)w オオー!



    こんなふざけた環状列石関連の記事書いたことありましたね。

    後輩に一部事実と異なると指摘されましたが、どこが違うのか覚えてなくて修正してません(再度教えてください( -д-)ノ)。

    ま、イカ飯もいいけど、


    焼肉パーティーいいね!( ・Д・)



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    2019ねん 5がつ 13にち(げつよーび、晴れ)

    今日もいい天気である。

    お散歩したいが、時間がなさそうだ( ・Д・)


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースは『イギリス、サウスエンド=オン=シーで発見されたアングロサクソン王家初期の王子の墓と副葬品が博物館・デジタルミュージアムで公開されたよ!』ってお話です(*・ω・)ノ

    発見の舞台はイギリス、エセックス州にある自治都市サウスエンド=オン=シーです。

    イギリスには「MOLA」という考古学調査・分析会社があり、日本における建設工事に伴う緊急調査を請け負ったりしている会社です。

    MOLAには多数の考古学者が在籍しており、各分野の分析専門家も配置しているそうです。

    所謂、「調査会社」というよりは「独立した研究機関」の方が近いかも知れません。

    名前も「ロンドン考古学博物館(Museum of London Archaeology; MOLA)」ですし、国立研究機関が独立法人化したのかも知れませんね。

    さて、このMOLAが依頼を受け、プリトルウェル修道院公園の端を発掘調査したところ、非常に豪華な埋葬遺構が検出されました。

    この発見は2003年になされ、2005年まで継続的な発掘調査がなされました。

    それから14年もの年月を経て全ての分析を終え、一般公開となったわけです。


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    この埋葬遺構からは様々な副葬品が出土し、当時のアングロサクソン王家の埋葬儀礼の様子が明らかとなりました。

    例えば副葬された大きな釜や杯は王族・貴族を招くパーティーの主催者としての被葬者の立場を示し、目の上に置かれた十字形の黄金製品は被葬者がクリスチャンであることを示しています。

    上に挙げた写真のように木製品などの腐敗しやすい資料も多く出土しています。

    それらの貴重なアングロサクソンの工芸品や古代の楽器について、考古学を始めとして工学、土壌科学といった様々な専門分野から成る40人以上の専門家チームによって分析・研究が行われました。

    彼らにより炭素年代測定や、土壌微細形態学による分析、CTスキャン、ラマン分光法、走査電子顕微鏡法による分析、質量・組成分析に至るまで様々な分析・研究が行われたために公開まで長い年月がかかったわけです。



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    ところで、今回の考古学・歴史ニュースは「アングロサクソン」についてのお話です。

    アングロ・サクソン(Anglo-Saxons)は、5世紀頃に現在のドイツ北岸からグレートブリテン島南部へと侵入してきた「アングル人、ジュート人、サクソン人のゲルマン系の3つの部族の総称」である。特にこの中でアングル人が、イングランド人としてイングランドの基礎を築いた。
    (参考:wikipedia)

    このようにアングロサクソンはイングランドの基礎を築いた集団であり、彼らの使用した言語が現在の英語の基礎となったという歴史があります。


    イングランドは一時期デーン人(現在のデンマーク周辺に勢力を持つ集団)によって支配されていましたが、アングロ・サクソン人の支配は1066年のノルマン・コンクェストまで続きます。

    アングロサクソン人、デーン人、ノルマン人と色々出てきて複雑な印象を受けますが、どれも結局ゲルマン系民族の集団なのです( -д-)ノ



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    さて、今回は写真が盛り沢山になっていますが、これまでに写真で紹介したように本当に様々な副葬品が多量に出土しています。

    これらの副葬品は地元で造られた製品も多く含まれていますが、その品質は非常に高いものです。

    一方で下部に挙げる写真に見られる美しい青いガラス製の容器のような輸入された贅沢品の存在は初期のアングロサクソン王家の権威の強さを分かり易く示しています。

    この王家の墓に埋葬された人物の候補としては、調査の最初の段階では6~7世紀にキリスト教に改宗したことが知られている2人の東サクソン王が挙げられました。

    それはエセックス王のサベルト王(Sæberht)または彼の孫のシゲベルト2世(Sigeberht II)です。

    前者は西暦616年に亡くなり、後者は西暦653 年に殺害されています。

    いくつかの遺物の証拠が7世紀初頭の日付を示したことから、サベルト王である可能性が高いと考えられていました。

    しかしながら、その後木製遺物等の植物依存体を対象とした炭素年代測定法から、埋葬時期がサベルト王の死去時期の少なくとも11年前である西暦575年から605年であることが示されました。

    この結果、最新の研究成果として、この墓の帰属年代は6世紀後半頃であり、被葬者はサベルト王の兄弟であるサークサ(Saexa)である蓋然性が高いと推定されています。



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    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    さて、長くなりましたが最後に、今回の発見や研究に関する最新の情報は『MOLAのウェブサイト(英語サイト)』で公開されています。

    また王家の墓から出土した多数の豪華な出土品はイギリスのサウスエンド中央博物館に常設展示されているそうです。

    ……やっぱり黄金とか多くの人々の関心を集める出土品はいいな~って羨ましく思いますね( ・Д・)

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