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歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

タグ:イギリス

2021ねん 8がつ 18にち(すいよーび、晴れ)

さて、頑張りますかーいヾ(´ω`=´ω`)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースはハドリアヌスの長城の一部が工事中にすごく浅いところから出てきたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はイングランドの北東部に所在するニューカッスルです。

ニューカッスル市街地中心部から僅かに離れた地点において水道管の工事中にハドリアヌスの長城の一部が見つかりました。



ハドリアヌスの長城はCE122年に第14第ローマ帝国皇帝ハドリアヌスによって建設が開始された城壁でCE132年頃に最初の完成が見られました。

当時ローマ帝国が領土拡大を続ける中、ケルト人の侵入を防ぐために建設された城壁です。

そのためローマ帝国最北端の国境線でもあります。

高さは4~5m、厚みは3m、長さは118kmに及びます。

また6kmごとに見張り場としての要塞が建設されており、古代ローマ帝国が当時、ケルト人対策のために膨大な労力・費用を費やしたことが分かります。

このハドリアヌスの長城は、中央からみて遠隔地での長期化するケルト人との争いためローマ帝国が領土拡張政策を断念した象徴として重要視されており、1987年に世界遺産に登録されています。

サムネイル画像や最初に挙げた写真のように、ハドリアヌスの長城はかなり良好な状態で残っている遺構で、現在は観光名所になっています。




今回の発見は、そんなハドリアヌスの長城の一部が市街地から見つかったという点で興味深い事例です。

上に挙げた写真で分かるように非常に浅い地点から検出されています。

これだけ浅いのに現在までの人類活動による破壊から逃れています。

この地点は市街地中心部からやや離れているとは言え、十分に交通量が多く、また過去の水道管工事でも壊れていない点で奇跡的な残存と言えるでしょう。

上の写真ではスケールとして、恐らくトータルステーション(光波測量機器)のプリズム用と思われるピンポールの先端が置かれています。

この紅白ラインは通常10cm間隔です。

縦に置かれていないため正確には分かりませんが、現地表面であるアスファルト上面から20cmもないような深さからハドリアヌスの長城の一部である石列が見つかっていることが分かりますΣ(・ω・ノ)ノ





おわりに

ハドリアヌスの長城はローマ帝国の支配が及ばなくなった以降も使用され続けます。

上に挙げた写真のようにハドリアヌスの長城は残りが良いのですが、それもそのはず、ハドリアヌスの長城は17世紀まで使用され続けたのです。

もちろん長い期間の中で幾度も増築や修繕は行われています。

かつてはケルト人対策として建設された長城でしたが、後世ではハドリアヌスの長城はスコットランド対策として使用され、現在のイングランドとスコットランドの国境線にも強い影響を与えている巨大建造物として重要なものです。

それが現在のイングランドに帰属する市街地のど真ん中から出てきたというのは面白いなと思います。


・・・最初に造られたのがおよそ1900年前、なのに地表下20cm程度で検出されるものなのですねΣ(・ω・ノ)ノ

やはり人類活動の活発な地点は、、、

土壌の堆積が全然ないね!( ・Д・)



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2021ねん 2がつ 8にち(げつよーび、晴れ)

今週さえ乗り切れば少し楽になる……と思い続けて幾星霜ヽ(TдT)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースはトレジャーハンターが本当にお宝見つけたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はイギリス、スコットランドです。

今回は大好きなナショナルジオグラフィックの記事を参考にしたもので、写真も全てそこから転載しております(いつもながらその都度、リンクとクレジット表記をしておきます)。

発見されたお宝を紹介するのはサクッと終わらせて、『盗掘と文化財保護』について少し書こうかなと思います。

まぁそう書くとお堅い感じがするので、『お宝見つけたらお金になるの?』ってテーマでお話したいなと思います(*・ω・)ノ


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さて、イギリスと言えば「トレジャーハンターの国」なイメージを持っているのですが、、、

何故かというとそれくらいたくさん金銀財宝が地下に眠っていて、金属探知機でお宝を探すトレジャーハンター(歴史愛好家?)がたくさんいるからです。

実際にイギリスではほとんど全ての金銀財宝はトレジャーハンターによって見つけられています。

一方で考古学者がお宝を発見することはほぼありません( -д-)ノ



何ででしょう?( ・Д・)



・・・・・・



・・・



「考古学者はお宝を発見するために発掘しているわけではないから」です(*・ω・)ノ

どこの国の考古学者も基本的には税金や企業の助成金で研究しているわけで、何らかの研究テーマに沿って何らかの学術的課題をクリアするために調査を行っています。

皆さんも、もし「私たちが税金使ってお宝発見してヤッホイ!.。゚+.(・∀・)゚+.゚」してたら怒るでしょ?

そうなのです、目的が全然違うので考古学者がお宝を発見することはほぼありません。

例えば建設工事などに伴う緊急調査、特に高速道路とかの大きな範囲を掘る際には確率的に出てくることもあるでしょう。

でも基本的にはないのです( ・Д・)



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今回紹介しているお宝たちも2014年にトレジャーハンター(お宝探し愛好家)が金属探知機を使って発見したものです。

もちろん全部ではありません。

発見者が博物館などに報告して、考古学者が派遣され、周辺の調査がなされたのです。

・・・・・・この時、土地の所有者と第一発見者であるトレジャーハンターにはお金が支払われるのですが、考古学者には支払われません。

誠に哀しいですねヽ(TдT)ノ

発見されたこれらのお宝はおよそ1000年前のバイキングの宝であることが分かりました。

丁寧に布などにくるまれて、2つのお宝の山に分けて埋められていたようです。

出土状況はお墓ではないので、まさに埋蔵金というか、童話や伝説に出てくるような『海賊の隠し財宝』ですねヾ(´ω`=´ω`)ノ





さて、盗掘と文化財保護法について少し述べようかなと思います( -д-)ノ

今回の件のように一般の人がもしお宝を見つけた場合、日本では「落とし物」扱いになります。

その辺で拾った「拾得物」と同じです。

古ければ古いほど、持ち主が現れることはないので、その価値が判定され20~50%くらいのお金がもらえます。

このお金は大体の場合、土地の所有者と折半になります。

これが比較的新しい時期の「拾得物」、例えば明治期とかになると、直接の子孫がいる場合があるので、その家族に通達が行くことがあります(*・ω・)ノ

この埋蔵文化財保護法の内容は各国によってまちまちで、例えばイギリスの大部分では「300年以上前の金銀製の遺物」に関しては価値が査定され、市場価格がそのまま支払われます。

価値の査定は主に有名博物館同士が争うオークションで決定されることが多く、対象は金銀財宝ですから結果として5000万円とか億単位の金額が支払われることさえあるのですΣ(・ω・ノ)ノ

……考古学者やめて、イギリスでトレジャーハンターやろうかな( ・Д・)

って思えるくらいの額ですね( -д-)ノ


ちなみにスコットランドでは金銀以外の製品も査定され、且つ時期の新しいものも対象になります。

アメリカでは州法によってまちまちで、あまり保護されていません。

その代わり、アメリカでは海の中で見つけたお宝は州法によりますが20%程度税金として払うだけなので、たくさんもらえます(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

一方でイギリスやスペインでは世界中の海の中に「かつての王家の船」がたくさん沈んでいることが歴史史料で分かっていることもあり、見つけても王家のものになってしまいます。

アメリカにとっては「他国のもの」だからどうでもいいんでしょうね( -д-)ノ

しかし公海で見つけてしまうと法的に所有者と思われる各国と争うことになるので、『盗掘』というか『ネコババ』が起きます。

この「盗掘」や「ネコババ」は世界的に見て、土中の考古学資料に対しても多々見られます。

グアテマラなんか「盗掘天国」と揶揄されるくらいです(´・ω・`)

その点、イギリスでは盗掘行為は少なく、発見者は皆報告する傾向にあります。

だって、「正しく査定されて、その額がそのままもらえる」んだもの(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

ただでさえ発見至上主義な古風な考古学者が多いのが事実だから、「イイモノ」出した考古学者に対する保護が必要だなんて言わないから、

「盗掘による考古学データの消失」を防ぐためにも、埋蔵文化財保護法の見直しと整備をお願いしたい!

もちろん日本の埋蔵文化財保護法はしっかりしている方だとは思うけど、部分的な見直し・改善は常に必要、重要だなと考えさせられますね(*^・ェ・)ノ



↓財宝やっほい.。゚+.(・∀・)゚+.゚



↑お宝関連記事(*・ω・)ノ

↓こんな事件もあったね( ・Д・)

↑日本では盗掘なんて対岸の火事だと思ってたやヽ(TдT)ノ



おわりに

海外の博物館は立派なところが多いし、運営もしっかりしていて、何と言ってもお金持ちですよね(*・ω・)ノ

それに比べて、日本の博物館ってたくさんあるんですけども、運営が厳しいせいで民営化が進んでもう長いこと経ちますね。

そうした中、資料調査の際の写真撮影や資料化作業に対して、1点当たり3000~4000円の料金を徴収すると言っている博物館もあるくらいです。

お金に困ってるのは分かるけど、博物館が所蔵している資料は、今現在は民営化の結果、運営会社の管理下にあるかも知れないけど、そもそも「税金」による調査で出土して、収蔵されるに至ったものではないの?

個人のギャラリーならいざ知らず、県・町立の博物館がやることではないと思います。

というかそんな博物館の資料使わんよ!

資料調査でいったい総額いくらかかるのか分からんじゃないヽ(TдT)ノ

まぁそう思うと、現在無償にも関わらず色々と忙しい中、個人的な資料調査に協力してくださる博物館や地方自治体等の学芸員諸氏には頭が上がりませんね。

改めて感謝ですヾ(´ω`=´ω`)ノ


……博物館収蔵資料閲覧の有料化か、どこも大変なんだろうけども

こんな世界に誰がした!?( ・Д・)



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2021ねん 1がつ 20にち(すいよーび、晴れ)

最近毎日眠いな!( ・Д・)

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1.はじめに

今回の考古学・歴史ニュースは「エクスカリバーの発見!?( ・Д・)」についてです!

この記事、2018年12月に書きかけたままになっていたことにたまたま気付いたため(実際に書きかけ記事はたくさんあります(/TДT)/)、今回仕上げることにしました。

……さて、冒頭で、巷で大人気の『Fate』の画像を、怒られるだろうなと思いつつも使ってみたのには訳がありまして……(怒られたら変更しますのでご指摘下さい( -д-)ノ)

この記事を書くに当たって、アーサー王伝説について色々と調べてみたわけですよ。

ネット情報を基本として、書籍や論文も少々。

するとですね、YouTubeのアーサー王伝説に関する動画のコメント欄にですね、

「え、アーサー王って男なんですね。ショックです。女の子だと思ってました……」

というような書き込みを見つけまして、こっちの方がショックだわ!Σ(・ω・ノ)ノと、

そしてアニメ等々の影響って凄まじいなと、驚きつつも関心してしまったわけです( ・Д・)

そんな皆さんがよく知ってるようで知らないアーサー王伝説が今回の記事のテーマですが、『おわりに』の部分でアーサー王伝説のオリジナルとされるお話についても軽く触れようと思います(*・ω・)ノ


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↑湖で見つかった剣と発見者の少女(「うたまるニュース」の記事内画像より転載)


2.スウェーデン少女による湖での剣の発見

2018年夏、スウェーデンのヨンショーピング県に位置するウィーデステン湖において、8歳の少女が古代の剣を発見しました!

2018年はヨーロッパ各地で干ばつが起きており、それによって様々な考古学的発見が起きてることを以前に紹介しましたが、今回の発見も干ばつが起因となっています。

発見当時、湖はかなり干上がって水位が低くなっていたようです。発見者の少女、サーガ・バネチェクちゃん(名前が既にカッコいいΣ(・ω・ノ)ノ)は湖で泳ぐために普段は到達できない深い部分まで歩き回っていたようで、その結果、剣を踏んで発見に至ったそうです。

アーサー王伝説における湖の乙女からのエクスカリバーの取得と統治権の譲渡のエピソードにちなんで、『新たなスウェーデン王女の誕生』と冗談交じりに報道されたようです。

この発見された剣は地元の博物館員による鑑定によっておよそ1500年前のバイキング時代のものと推定されました。剣は非常に残りが良く、握り部に使われた木材や革も残存しているとのことです。

また少女の発見を受けて、地元博物館主導の調査をこのウィーデステン湖で実施し、剣と同時代のものと思われる3世紀相当のブローチを発見したそうです。




2.イングランド少女による湖での剣の発見

さて、実は2017年にも湖から剣が発見されているので、紹介しますね。

舞台はイングランドです!

しかも発見された湖は、コーンウォール地方のドズマリープール、つまりアーサー王伝説の最後のシーンでアーサーがエクスカリバーを湖の乙女に返却した時の湖です!

7歳の少女、マチルダ・ジョーンズちゃんが発見した剣が伝説のエクスカリバーであれば、マチルダ女王の誕生!となるわけですね。

しかしな分析結果では、残念ながらこの剣はここ20~30年の間に作られた新しい剣ということで、アーサー王伝説ファンの方が投げ込んだものかも知れません。

湖は海や河川に比べると水の流れが激しくないので、湖底に堆積した泥土等には遺物や古代の花粉といった様々な情報が含まれています。

今後の調査で本物のエクスカリバーが出土する日が来るかも知れませんね!?




4.おわりに ~聖剣はどこにある?~

有名なアーサー王伝説ですが、私たちがよく知っている最後のシーンでは騎士ベディヴィアがエクスカリバーを湖に投げ入れます。

これは『アーサー王の死』という書籍に書かれた内容が発端になっており、15世紀後半のものです。

13世紀初頭に書かれた『ランスロ=聖杯サイクル』では騎士グリフレットが湖に剣を投げ込みます。

この他、より古い時期、例えば12世紀相当の『マビノギオン』や『ブリタニア列王史』などアーサー王伝説に関係する中世の書物がいくつかあるわけですが、こうした全てのアーサー王伝説の元になっている神話があると考えられています。

いくつかある説のひとつが『ナルト叙事詩』という黒海東岸地域に由来する神話です。

この神話では神剣を『海』に投げ入れます。

黒海周辺域の神話なので、やはり剣を投げ入れたのは黒海?

仮にこの神話に何らかの史実が混じっているのならば、イングランドの湖だけではなく、是非黒海も探してみて欲しいものですね!(。・ω・)ノ゙

いつか黒海を潜って、巨大な神の剣を探したいね!( ・Д・)


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2020ねん 11がつ 14にち(どよーび、晴れ)

急な仕事が入り過ぎて論文終わらん( ・Д・)


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今回の考古学・歴史ニュースはブリテン島の人々は盛大な焼肉祭りをやっていたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


今回の舞台はイギリスの世界遺産、ストーンヘンジです。

古代のストーンサークルとして有名なストーンヘンジですが、この辺りは中石器時代に相当する紀元前8000年、つまり今から1万年前の柱穴が確認されており、とても古くから重要な場所であったと推測されています。

ストーンヘンジを囲む円形の土塁と堀は紀元前3100年頃、巨石が並べられたのは紀元前2000~2500年頃に造られたと考えられています。

今回の調査成果はストーンヘンジの近くに立地する古代の祭祀場と推定されている遺跡でのものです。

この遺跡では大量の動物骨が検出され、C14等の分析結果から新石器時代後期(紀元前2800年~前2400年頃)に相当すると推定されています。

ストーンヘンジを築いた人々が住んでいたと考えられているブリテン島南部のダーリントン・ウォールズや、ブリテン島最大の環状列石であるマーデンの近くでは祭祀場と思われる遺構が発見されており、それぞれ大量の動物骨が発見されているのです。

ダーリントン・ウォールズの祭祀場遺跡の発掘調査に際して、検出された8500点の骨を分析した結果、動物骨はブタとウシのものであると同定され、その割合はブタ:ウシ=10:1であることがわかりました。


これらの骨は日常の生活の中で食された後の廃棄物として堆積したわけではなく、季節性が認められており、冬の間にまとめて大量に廃棄されていることが分かっています。


このことからストーンヘンジなどのイギリスにおける環状列石群周辺では冬の間に大規模な宴が開かれ、大量の豚肉と少しの牛肉を焼いて食べていたと考えられているのですヾ(´ω`=´ω`)ノ



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↑私も調査の懇親会としていつもバーベキュー大会してますヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ(「ブライダル総合情報マガジン クラウディア」の記事内画像より転載)



こうしたブタの骨が大量に出る祭祀場遺跡が多数確認されていることから、新石器時代後期のブリテン島南部で『ブタ肉焼き放題パーティー』の習慣が広まっていたことが伺えるわけです。


ストーンヘンジに関する近年の研究では、人間や動物が住んでいた土地の情報が分かるストロンチウム同位体分析によって、パーティーに参加した人々の広がりを特定しようとしています。

これまでの研究ではストーンヘンジで検出された人骨と、ダーリントン・ウォールズから検出されたウシの骨を対象に分析が行われ、ストーンヘンジ周辺域以外のかなり遠いところからやって来たことを示唆していました。


経験的にウシは遠くから連れて来ることが比較的容易なのに対し、「長距離の移動が苦手なブタは祭祀場の近くで飼われていたはず」という先入観が研究者にはあったため、祭祀の参加者がどこから来たかを知る手がかりにはならないと考えられており、これまでにブタの骨を対象としたストロンチウム同位体分析を行おうとする研究者はいませんでした。


今回のニュースの元になっている研究では、イギリスにおける4カ所の新石器時代後期の遺跡(ダーリントン・ウォールズ、マーデン、マウント・プレザント、ウエスト・ケネット・パリセード・エンクロージャー)から出土したブタの骨131点について同位体分析を行いました。


結果、それぞれの場所で食べられたブタの大多数が、現地で育てられたものではなく、ブリテン島各地から連れてこられたものであることが明らかになったのです。


その距離は少なくとも50kmで、最大で550kmに及ぶこともあり、ウェールズやスコットランドから連れてこられたブタもいたようです。


この研究結果から、新石器時代の祭祀場にブリテン島全土から人々が集まってきた、つまりストーンヘンジなどの環状列石と周辺の祭祀場は歴史上最初の「汎ブリテン島」イベントの会場だったということになるのです(*・ω・)ノ



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↑綺麗だねぇ(・∀・)(「ニコニコニュース」の記事内画像を一部加工)



またこの研究結果は、ブタにより人間の移動を推定する手法について、研究者たちに再考を促すことになりました。


他の同位体分析結果から、近現代の牧畜産業で見られるように地域で残飯を与えられたブタをかき集めたのではなく、ブタの大群を森で餌を食べさせながら移動させたことが示唆されたのです。


つまり、ブタの群れを移動させることなどできないというのは現代に生きる私たちの間違った思い込みであり、新石器時代のブタはイノシシのように痩せていて脚が長く、徒歩で長旅をできるだけの敏捷性があったのです(*^・ェ・)ノ





おわりに

日本の貝塚研究だと、貝の成長線を観察することで季節性について考察するような研究がありますけども、このストーンヘンジ周辺の事例ではどうやってるのでしょうね。

同位体分析で生まれ育った環境を推定する研究は広く行われているので分かるのですが、、、

横着して元論文読んでないので、すみませんヽ(TдT)ノ

日本でも環状列石はありますし、比較してみると面白いかも知れませんね!

あ、今思い出した!w(゚o゚)w オオー!



こんなふざけた環状列石関連の記事書いたことありましたね。

後輩に一部事実と異なると指摘されましたが、どこが違うのか覚えてなくて修正してません(再度教えてください( -д-)ノ)。

ま、イカ飯もいいけど、


焼肉パーティーいいね!( ・Д・)



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2019ねん 5がつ 13にち(げつよーび、晴れ)

今日もいい天気である。

お散歩したいが、時間がなさそうだ( ・Д・)


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今回の考古学・歴史ニュースは『イギリス、サウスエンド=オン=シーで発見されたアングロサクソン王家初期の王子の墓と副葬品が博物館・デジタルミュージアムで公開されたよ!』ってお話です(*・ω・)ノ

発見の舞台はイギリス、エセックス州にある自治都市サウスエンド=オン=シーです。

イギリスには「MOLA」という考古学調査・分析会社があり、日本における建設工事に伴う緊急調査を請け負ったりしている会社です。

MOLAには多数の考古学者が在籍しており、各分野の分析専門家も配置しているそうです。

所謂、「調査会社」というよりは「独立した研究機関」の方が近いかも知れません。

名前も「ロンドン考古学博物館(Museum of London Archaeology; MOLA)」ですし、国立研究機関が独立法人化したのかも知れませんね。

さて、このMOLAが依頼を受け、プリトルウェル修道院公園の端を発掘調査したところ、非常に豪華な埋葬遺構が検出されました。

この発見は2003年になされ、2005年まで継続的な発掘調査がなされました。

それから14年もの年月を経て全ての分析を終え、一般公開となったわけです。


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この埋葬遺構からは様々な副葬品が出土し、当時のアングロサクソン王家の埋葬儀礼の様子が明らかとなりました。

例えば副葬された大きな釜や杯は王族・貴族を招くパーティーの主催者としての被葬者の立場を示し、目の上に置かれた十字形の黄金製品は被葬者がクリスチャンであることを示しています。

上に挙げた写真のように木製品などの腐敗しやすい資料も多く出土しています。

それらの貴重なアングロサクソンの工芸品や古代の楽器について、考古学を始めとして工学、土壌科学といった様々な専門分野から成る40人以上の専門家チームによって分析・研究が行われました。

彼らにより炭素年代測定や、土壌微細形態学による分析、CTスキャン、ラマン分光法、走査電子顕微鏡法による分析、質量・組成分析に至るまで様々な分析・研究が行われたために公開まで長い年月がかかったわけです。



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ところで、今回の考古学・歴史ニュースは「アングロサクソン」についてのお話です。

アングロ・サクソン(Anglo-Saxons)は、5世紀頃に現在のドイツ北岸からグレートブリテン島南部へと侵入してきた「アングル人、ジュート人、サクソン人のゲルマン系の3つの部族の総称」である。特にこの中でアングル人が、イングランド人としてイングランドの基礎を築いた。
(参考:wikipedia)

このようにアングロサクソンはイングランドの基礎を築いた集団であり、彼らの使用した言語が現在の英語の基礎となったという歴史があります。


イングランドは一時期デーン人(現在のデンマーク周辺に勢力を持つ集団)によって支配されていましたが、アングロ・サクソン人の支配は1066年のノルマン・コンクェストまで続きます。

アングロサクソン人、デーン人、ノルマン人と色々出てきて複雑な印象を受けますが、どれも結局ゲルマン系民族の集団なのです( -д-)ノ



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さて、今回は写真が盛り沢山になっていますが、これまでに写真で紹介したように本当に様々な副葬品が多量に出土しています。

これらの副葬品は地元で造られた製品も多く含まれていますが、その品質は非常に高いものです。

一方で下部に挙げる写真に見られる美しい青いガラス製の容器のような輸入された贅沢品の存在は初期のアングロサクソン王家の権威の強さを分かり易く示しています。

この王家の墓に埋葬された人物の候補としては、調査の最初の段階では6~7世紀にキリスト教に改宗したことが知られている2人の東サクソン王が挙げられました。

それはエセックス王のサベルト王(Sæberht)または彼の孫のシゲベルト2世(Sigeberht II)です。

前者は西暦616年に亡くなり、後者は西暦653 年に殺害されています。

いくつかの遺物の証拠が7世紀初頭の日付を示したことから、サベルト王である可能性が高いと考えられていました。

しかしながら、その後木製遺物等の植物依存体を対象とした炭素年代測定法から、埋葬時期がサベルト王の死去時期の少なくとも11年前である西暦575年から605年であることが示されました。

この結果、最新の研究成果として、この墓の帰属年代は6世紀後半頃であり、被葬者はサベルト王の兄弟であるサークサ(Saexa)である蓋然性が高いと推定されています。



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さて、長くなりましたが最後に、今回の発見や研究に関する最新の情報は『MOLAのウェブサイト(英語サイト)』で公開されています。

また王家の墓から出土した多数の豪華な出土品はイギリスのサウスエンド中央博物館に常設展示されているそうです。

……やっぱり黄金とか多くの人々の関心を集める出土品はいいな~って羨ましく思いますね( ・Д・)

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2019ねん 2がつ 25にち(げつよーび、晴れ)

薬のせいか、びみょ~な眠気というか倦怠感に襲われる一日だった。

薬を飲み切るまで数日はこんな感じなのだろうか( ・Д・)


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今回の考古学・歴史ニュースは『イギリスの洞窟で17世紀の魔除けがたくさん見つかったよ!』って内容です(*・ω・)ノ


発見地点はイギリスのイースト・ミッドランズにあるクレスウェル・クラッグスという洞窟です。

ここではかつて約1万3000年前のものと見られる壁画も発見されていました。



なので、この魔除けの彫刻も以前に確認されていたのです。

しかし単なる「いたずら書き」として認識されていたようで、今回「魔除け」の意味のある彫刻であることが判明したのです。



「アーサー王伝説」で有名なイギリス、サマーセットの洞窟で57の魔除けの記号が発見されており、これが過去最多だったわけです。

今回のクレスウェル・クラッグスの事例に見られる魔除けの記号は数百に及び、サマーセットの記録を大きく塗替えました。


大量の魔除けの彫刻文の多くは幾何学文様ですが、中には聖母マリア(Virgin of Virgins)を表わす2つのVや、邪悪な存在を罠で捕えるためのものと考えられる四角い箱、迷路のような記号が見られます。




↑魔除けが刻まれた洞窟内の様子(「Creswell Crags」が投稿するYouTube動画です)


このクレスウェル・クラッグス洞窟にいつ魔除けが刻まれたかは不明なようです。


しかし類似する魔よけが教会や家屋、他の洞窟にも刻まれていることが分かっており、一部の極めて近似する魔よけについては1550~1750年ごろに建設された周辺の家屋で発見されています。


これらの魔除けのシンボルの意味は「病気や死、不作を退けるため」に使われたそうで、当時の人々は暗い洞窟の奥からやってくるであろう悪魔や悪霊といった恐ろしい存在に対抗するために洞窟壁面に魔除けを刻んだと解釈されています。


17世紀はイギリスだけではなくヨーロッパ全土で地球規模の寒冷化による飢饉に苦しんでいました。

この大飢饉に由来する内乱や戦争も頻発していた不安定な時期であることから、少なくとも一部は17世紀に刻まれた魔除けなのかも知れませんね( -д-)ノ


↓ここを押すと魔除けになりま・・・す?( ・Д・)↓

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2018ねん 8がつ 6にち(げつよーび、晴れ)

最近グーグル先生等々のネット上の翻訳サービスが改善されている気がする。

論文のPDFデータの文字認識も役に立つし、

紙媒体の割り付けに比べてデジタルデータは劣化しないし

場所も取らないし、

ほんとにいい時代になったものだ( -д-)ノ


・・・・・・・・・・・・

今回紹介するのはイングランド南部にあるストーンヘンジの新たな研究成果についてです。ストーンヘンジは日本でもかなり有名な遺跡かと思います。

5000年前の新石器時代に帰属する遺跡で環状列石状の遺構です。太陽崇拝の祭祀場、古代の天文台、ケルト民族のドルイド教徒の礼拝堂など、さまざまな説が唱えられており、巨石群に囲まれて埋葬された人々に関する謎は、およそ100年の研究史の中でほとんど解明されていません。

今回の研究成果はストーンヘンジに埋葬されている人の出身地が分かったということです。先行研究では建設の方法や目的が中心で、埋葬者や建設に携わった人々には焦点が当たっておらず、直接的な証拠を提示した研究はこれが初めての事例だそうです。

ストーンヘンジは初期の時代には主に墓地としての役割を果たしたと考えられていますが、その建設は紀元前3000年に遡る上に、埋葬された遺体も火葬されていることから、埋葬者についての研究は困難なテーマでした。


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↑天文観測所としてのストーンヘンジ(「怪奇動画ファイル」さんより画像を転載)

今回の考古学の分析には化学工学の技術が利用されました。火葬用のまきの山の高温(1000度超)にも耐えられる、骨に含まれる重元素ストロンチウムの同位体分析の結果、埋葬者の40%(25人中10人)はウェールズ西部が出身地である可能性があることが分かりました。

ウェールズ西部は、ストーンヘンジを構成する石の中で小規模な「ブルーストーン」の産地と考えられ、こうした石の輸送やストーンヘンジの建設にウェールズ出身者が携わっていた可能性が高いとのことです。

ストロンチウムは植物が土壌より吸収するため、死の直前10年間で人が口にしていた平均的な食べ物を反映します。そのため遺体の骨にストロンチウム同位体分析を施すことで、こうした人々が生涯最後の10年間に住んでいた場所を割り出すことができるのです。

分析対象となった人骨は紀元前3180~2380年のもので、25の人骨中の15人は現地の人で、残り10人はウェールズ西部を含む英国西部で暮らしていた可能性がわかりました。

また火葬の方法は一様ではなく、異なる燃料を利用したか、異なる条件下で実施されたと推測されています。現地の人々がストーンヘンジ周辺のような開けた土地で育つ木のまきを積んで火葬されたのに対し、他の人々はウェールズ西部のような森林地帯で育つ木を燃料に火葬された可能性があるとのこと。

分析対象となったいくつかの火葬遺体は皮の袋に入っていたことが発見時に分かっており、遺体が埋葬のために遠隔地から運ばれた可能性を考えています。

この研究がどう重要かというと、ストーンヘンジの石や人骨がウェールズと結び付けられるということは、ストーンヘンジの建設は220キロ以上離れた地域間における人々の繋がりが必要となるのです。

5000年前の新石器時代に、皆でストーンヘンジを造り、利用するために、人と物資がウェールズとストーンヘンジのあるウェセックス地域を行き来していたことになります。

どうやら人類の地域間交流は古くから密接であっただけではなく、古くから地域間で共有する公共建造物の建設が開始されていたようですね(*・ω・)ノ

↓科学の進歩は歴史を一層深く、面白くするね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

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