あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    スペイン

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    2026ねん 7がつ3にち(きんよーび、くもり)

    仕事がほんとに僅かにずつにしか進まん!( ・Д・)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    arukemaya_y765

    ↑レアな発見はいいよね!( ・Д・)





    今回の考古学・歴史ニュースは

    スペイン南西部のカサス・デル・トゥルヌエロ遺跡で、約2500年前の青銅製儀礼用台車が見つかったぞ! しかもグリフィンや河神アケローオスなど、神話的な図像でびっしり飾られているらしいぞ( ・Д・)」

    ってお話です(*・ω・)ノ





    📰 はじめに


    舞台は、スペイン南西部バダホス県グアレーニャ。

    そこにあるカサス・デル・トゥルヌエロ遺跡で、またとんでもないものが出てきた。

    青銅製の小さな台車。

    ただし、ただのミニチュア台車ではない。

    儀礼に使われたとみられる、非常に精巧な青銅製の台車である。


    しかも、図像がすごい。

    グリフィン。
    アトラス風の男性像。
    河神アケローオス。
    ゴルゴン的な表情。
    水。
    冥界。
    地中海的な神話世界。

    これらが、イベリア半島の内陸部にあるタルテッソス系の巨大建築から見つかった。

    これはかなり面白い。

    なぜなら、タルテッソスはしばしば「幻の文明」と呼ばれるけれど、今回の発見は、その“幻”をかなり具体的なモノとして見せてくれるからだ。


    🏺 タルテッソスとは何か

    まず、タルテッソスとは何か。

    これが、なかなか難しい。

    古代ギリシアやローマの文献には、イベリア半島南西部に豊かな国、あるいは港市のようなものとしてタルテッソスが登場する。

    金、銀、銅、錫。

    そうした金属資源に恵まれ、地中海世界との交易で栄えた場所として語られる。

    ただし、文献のタルテッソスは、かなり神話的な雰囲気もまとっている。

    どこまでが実在の都市なのか。
    どこまでが地域名なのか。
    どこまでがギリシア人の想像なのか。

    ここが長く問題になってきた。

    だから、タルテッソスは「幻の文明」と言われやすい。

    でも、現在の考古学では、単なる伝説ではなく、イベリア半島南西部に実在した複雑な社会・文化として研究が進んでいる。

    今回のカサス・デル・トゥルヌエロ遺跡は、そのタルテッソス研究を大きく動かしている代表的な遺跡なのである。


    arukemaya_y767
    ↑水平に掘ってない気がする!( ・Д・)(「euro news.」の記事内画像より転載;credit: IAM - CSIC)




    🌊 金属と海がつないだ地中海世界

    タルテッソスを理解するには、金属資源と地中海交易が重要である。

    イベリア半島南西部は、古くから金属資源に恵まれていた。

    銅。
    銀。
    金。
    錫。

    とくに青銅器時代から鉄器時代にかけて、金属資源は非常に重要だった。

    青銅を作るには銅と錫が必要になる。

    しかし、錫はどこにでもあるわけではない。

    だから、錫を含む金属資源の流通は、広域交易を動かす大きな理由になった。

    そこへ、フェニキア人をはじめとする東地中海の商人たちがやってくる。

    彼らはイベリア半島南西部の金属資源に注目し、交易拠点を作り、在地社会と深く関わっていった。

    その結果、在地の文化と東地中海世界の文化が混ざり合う。

    これが、タルテッソスを考えるうえで非常に重要な背景である。


    🧭 タルテッソスは「輸入文明」ではない

    ここで大事なのは、タルテッソスを単純に「フェニキア文化が入ってできた文明」と見ないことだ。

    たしかに、フェニキアや東地中海からの影響は大きい。

    しかし、在地社会がただ受け身で真似しただけではない。

    在地の首長層やエリートたちは、外来の品物、技術、図像、儀礼を選び取り、自分たちの社会の中で使い直したはずである。

    つまり、タルテッソスは輸入文明ではない。

    在地の社会と地中海世界が接触する中で生まれた、混合的で創造的な文化である。

    今回の青銅製台車も、まさにそういう資料に見える。

    ギリシア的な神。
    エトルリア的な形式。
    エジプトを思わせる衣装表現。
    イベリア内陸部の儀礼空間。

    これらが一つのモノに集まっている。

    これは単なる輸入品ではなく、タルテッソスの人びとが地中海世界の象徴を自分たちの儀礼に組み込んだ証拠かもしれない。




    🏛️ カサス・デル・トゥルヌエロ遺跡とは何か

    カサス・デル・トゥルヌエロは、バダホス県グアレーニャにあるタルテッソス系の遺跡である。

    この遺跡がすごいのは、巨大な建物が非常によく残っていることだ。

    二階建ての構造が残る、イベリア半島南西部の原史時代としては非常に特別な建築である。

    しかも、ただの住居ではない。

    儀礼。
    宴会。
    動物犠牲。
    豪華な輸入品。
    建築技術。
    水の管理。
    意図的な破壊と封印。

    そうしたものが重なっている。

    カサス・デル・トゥルヌエロは、タルテッソス社会の政治・宗教・経済を考えるうえで、ものすごく重要な場所になっている。

    そして、今回の儀礼用台車は、その巨大な謎の建物から見つかった。

    つまり、これは単体の美術品ではなく、非常に濃い儀礼空間の中に置かれたモノなのだ。


    🔥 建物はなぜ焼かれ、埋められたのか

    カサス・デル・トゥルヌエロで特に有名なのが、建物の最後である。

    この建物は、使われなくなったあとに自然に廃墟になったわけではない。

    大規模な儀礼のあと、意図的に焼かれ、さらに土で覆われたと考えられている。

    つまり、閉じられた。

    これが重要である。

    普通、建物は壊れたら放置される。

    でもここでは、宴会や動物犠牲のような大きな儀礼が行われ、その後、建物全体が封印されたように見える。

    だから、中に残されたモノたちは、かなり特殊な状態で保存された。

    壊されたが、守られた。

    焼かれたが、埋められた。

    破壊と保存が同時に起きている。

    この不思議さが、カサス・デル・トゥルヌエロの大きな魅力である。




    🐎 大量の動物犠牲も見つかっている

    この遺跡では、以前から大量の動物犠牲が見つかっている。

    馬を中心に、牛、豚、犬など、多数の動物の骨が確認されている。

    特に馬の数が多い。

    これは、単なる食べ残しではない。

    配置や状態から、大規模な儀礼の中で動物が犠牲にされた可能性が高い。

    馬は、古代社会では非常に重要な動物である。

    移動。
    戦争。
    身分。
    威信。
    儀礼。

    そうしたものと関わる。

    その馬が大量に犠牲にされているということは、この場所で行われた儀礼が相当大きな意味を持っていたことを示している。

    今回の台車も、そのような儀礼の世界の中で理解する必要がある。


    🛞 今回見つかった儀礼用台車

    今回見つかったのは、青銅製の儀礼用台車である。

    全体の約半分が残っており、二つの車輪と本体の一部が確認されている。

    大きさはおよそ60センチ前後。

    つまり、人が乗る実用車ではない。

    儀礼の中で使われた小型の台車と考えられる。

    青銅製で、鉄の部品を組み合わせて作られている。

    しかも、非常に凝った装飾がある。

    研究者たちは、香料や香を運ぶ、あるいは燃やすための儀礼具だった可能性を考えている。

    もしそうなら、この台車は「移動する祭壇」や「香を運ぶ装置」のような役割を持っていたのかもしれない。

    小さい。

    でも、意味は大きい。



    🦅 グリフィンが守る台車

    台車の側面には、グリフィンが表現されている。

    グリフィンは、ワシの頭と翼、ライオンの胴体を持つ神話的な存在である。

    古代オリエント、ギリシア、エトルリアなど、地中海世界の広い範囲で見られる図像である。

    グリフィンは、しばしば守護や力、境界、神聖な世界と関わる。

    だから、台車にグリフィンが付くことには意味がある。

    それは、ただの飾りではない。

    この台車が普通の道具ではなく、神聖な儀礼の道具であったことを示している可能性がある。

    しかも、その図像がイベリア半島内陸部のタルテッソス遺跡にある。

    ここが重要である。

    タルテッソスは、地中海世界の神話的イメージを理解し、自分たちの儀礼に取り込んでいた可能性がある。


    🌊 アケローオスと冥界の気配

    さらに面白いのが、台車前面の図像である。

    そこには、ギリシア神話の河神アケローオスと関わるような表現があるとされる。

    アケローオスは、ギリシア神話に登場する河の神である。

    水。
    流れ。
    境界。
    豊穣。
    変身。

    そうしたイメージを持つ存在である。

    ところが、今回の表現は単純なアケローオスではないらしい。

    舌を出したような表情があり、ゴルゴン的、あるいは冥界的な要素と混ざっている可能性が指摘されている。

    これが非常に面白い。

    水の神。
    冥界的な表情。
    グリフィン。
    儀礼用台車。
    建物の意図的な封印。

    これらを合わせると、この台車は死や地下世界、境界、浄化、香、祭祀と関わる可能性が見えてくる。

    もちろん、断定はできない。

    でも、ただの豪華な装飾品ではないことは確かだと思う。


    🏋️ 台車を支えるアトラス風の男たち

    台車には、アトラスを思わせる男性像も表現されている。

    アトラスは、天空を支える巨人として知られる存在である。

    今回の台車では、男性像が腕を上げ、構造を支えるように置かれている。

    短い衣装をまとい、髭をたくわえた姿で表されているという。

    これもただの飾りではなさそうだ。

    支える者。
    運ぶ者。
    世界を持ち上げる者。
    儀礼具の構造を身体で支える者。

    そうした象徴性があった可能性がある。

    小さな台車なのに、そこに世界観が詰め込まれている。

    神話の動物が守る。

    河の神が前にいる。

    男たちが支える。

    そして、その上で香や供物が扱われる。

    これは、かなり濃い儀礼装置である。





    🌍 エトルリア、ギリシア、エジプトの気配

    研究者たちは、この台車をエトルリアや東地中海、ギリシア、エジプトなどの文化的つながりの中で見ている。

    エトルリアにも、青銅製の小型台車や儀礼具が知られている。

    ギリシア神話の図像も関わる。

    エジプトを思わせる衣装表現も指摘されている。

    つまり、これはイベリア半島だけを見ていては理解しにくい。

    地中海全体を見る必要がある。

    でも、ここでも注意が必要だ。

    「外国からすごいものが来た!」

    だけではない。

    それがタルテッソスの儀礼空間の中で、どのように使われたのかが重要である。

    モノは移動する。

    でも、意味はそのままでは移動しない。

    タルテッソスの人びとは、外来の図像や技術を自分たちの儀礼の中で再構成していたのかもしれない。


    🧴 香や香料は、儀礼を変える

    台車の用途として、香料や香を運ぶ、あるいは燃やすために使われた可能性が考えられている。

    これもかなり重要である。

    儀礼は、目で見るものだけではない。

    音。
    匂い。
    煙。
    光。
    炎。
    食べ物。
    酒。
    動物の声。

    そうした感覚全体で作られる。

    香が焚かれれば、空間の匂いが変わる。

    煙が立ち上がる。

    神聖な場所と日常の場所が分かれる。

    人びとは、その匂いの中で、普通とは違う時間に入る。

    もしこの台車が香に関わる儀礼具だったなら、それは儀礼空間そのものを作り替える道具だった可能性がある。

    香りは残りにくい。

    でも、香を扱う道具は残る。

    だから、こうした青銅製の台車は、古代儀礼の見えにくい感覚世界を考える手がかりになる。


    💰 これはエリートの財である

    この台車は、誰でも持てるものではない。

    青銅。
    鉄。
    精巧な部品。
    神話的図像。
    地中海的な文様。
    儀礼空間での使用。

    これらを考えると、かなり高位のエリート層に関わる財だったと考えられる。

    カサス・デル・トゥルヌエロの建物自体も、かなり大きな労働力と技術を必要とする。

    さらに、そこに輸入品や高度な工芸品が集まる。

    つまり、この場所には、相当な政治的・経済的な力を持つ人びとがいた可能性がある。

    台車は、その力を見せる装置でもあったのだろう。

    ただ宗教的な道具だったのではない。

    宗教と政治と富が一体化した道具だったのだと思う。


    🏗️ タルテッソスの建築力もすごい

    カサス・デル・トゥルヌエロでは、建物そのものも非常に重要である。

    二階建て構造。

    巨大な階段。

    広い中庭。

    排水施設。

    石材や日干しレンガ、粘土、石灰モルタル。

    こうした建築要素は、タルテッソス社会の技術力と組織力を示している。

    巨大な建物を作るには、人が必要である。

    資材が必要である。

    設計が必要である。

    職人が必要である。

    管理する権力が必要である。

    つまり、建物そのものが社会の内部構造を映している。

    今回の台車は、その建物に置かれていた一点である。

    でも、その一点から、建物全体の性格、そしてタルテッソス社会の力が見えてくる。


    📜 文字が読めないからこそ、モノが語る

    タルテッソス研究が難しい理由の一つは、文字資料である。

    タルテッソスには文字があったとされる。

    しかし、その言語や内容の理解はまだ難しい。

    つまり、エジプトやメソポタミアのように、王の名前や出来事が大量に読めるわけではない。

    だからこそ、物質文化が重要になる。

    建物。
    器。
    動物骨。
    彫刻。
    金属器。
    台車。
    文字のある小板。

    こうしたものから、社会を復元していく必要がある。

    今回の青銅製台車は、まさにそのための強い資料である。

    文字で説明されていなくても、図像と出土状況が語っている。

    どんな神話世界を知っていたのか。

    どんな儀礼を行ったのか。

    どんな外部ネットワークを持っていたのか。

    どんな権力が存在したのか。

    台車は小さいけれど、情報量はかなり大きい。


    🧩 幻の文明の謎は解けるのか

    では、今回の発見でタルテッソスの謎は解けるのか。

    正直に言えば、すぐには解けない。

    タルテッソスは、まだまだわからないことが多い。

    政治体制。
    中心地。
    王権のあり方。
    宗教。
    文字。
    終焉の理由。
    フェニキア人と在地社会の関係。

    どれも簡単ではない。

    でも、今回の発見は、その謎に近づくための非常に重要な手がかりである。

    とくに大事なのは、タルテッソスを「ぼんやりした幻の文明」ではなく、具体的な儀礼、建築、交易、技術、図像を持つ社会として見せてくれることだ。

    神話的な台車は、神秘を深めるだけではない。

    むしろ、神秘を研究可能な資料に変えてくれる。

    そこが考古学の面白いところである。


    ⚠️ ただし、まだ半分しかない

    今回見つかった台車は、全体の約半分である。

    研究者たちは、残り半分がまだ見つかる可能性にも期待している。

    また、用途もまだ完全に確定したわけではない。

    香を運ぶものだったのか。
    香を焚くものだったのか。
    供物を載せるものだったのか。
    別の儀礼動作に関わるものだったのか。

    これから保存処理や分析が進むことで、さらに詳しいことがわかってくるはずである。

    青銅は出土後の劣化にも注意が必要である。

    だから発見直後に慎重に取り上げられ、専門機関で保存修復されている。

    発見は派手だ。

    でも、その後の保存と分析はとても地道である。

    考古学は、そこまで含めて考古学なのだ。


    ✨ おわりに

    今回のカサス・デル・トゥルヌエロの青銅製儀礼用台車は、かなり強い発見である。

    小さな台車。

    でも、そこにはグリフィンがいる。

    アケローオスがいる。

    アトラス風の男たちがいる。

    ゴルゴン的な冥界の気配がある。

    香や儀礼の可能性がある。

    そして、そのすべてが、タルテッソスの巨大建築の中にある。

    これは、単なる珍品ではない。

    タルテッソスが、イベリア半島の内側に閉じた社会ではなく、地中海世界と深くつながった社会だったことを示す資料である。

    フェニキア。
    ギリシア。
    エトルリア。
    エジプト。
    イベリア半島南西部。

    それらの世界が、ひとつの青銅の台車に集まっている。

    タルテッソスは幻の文明と呼ばれてきた。

    でも、幻というより、まだ輪郭が十分に見えていない文明なのだと思う。

    そして今回の台車は、その輪郭にかなり強い線を引いてくれる。

    神話の怪物たちを乗せた小さな台車は、もしかすると、香だけではなく、タルテッソスという文明の謎そのものを運んできたのかもしれない。

    いやあ、これは本当に良い発見だね。

    カサス・デル・トゥルヌエロ、掘るたびに強すぎるぞ( ・Д・)




    何はともあれ……

    タルテッソスの深堀でもするかな!( ・Д・)






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    2025ねん 10がつ 14にち(かよーび、くもり)

    また一週間が始まるぜ~!( -д-)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースは「ワシが巣作りのためにサンダル持ち去ったみたい!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに


    ──自然と時を超える鳥の“タイムカプセル”──


    スペイン南部の断崖にある洞窟、そこには“巣”をめぐる常識を一変させる発見が隠されていました。ヒゲワシ(bearded vulture, 学名 Gypaetus barbatus)の古い巣から、なんと中世(13世紀~14世紀)と見られる草製のサンダルや革片、道具片などが多数見つかったというのです。


    自然の湿度・温度条件がこの遺物たちを何世紀にもわたって保護していた可能性があり、鳥の営みが “人間文化の記録庫” として機能していたことを示唆する驚きの研究成果となりました。


    以下では、発見の概要、意味、今後の展望をじっくり紐解いていきます。






    🪺 発見の舞台:ヒゲワシの巣とその場所

    スペイン南部、アンダルシア地方の山岳地帯には、断崖に刻まれた洞窟が点在しています。ここは、かつてヒゲワシが営巣場所として使っていたとされる場所。


    研究者たちは、2008〜2014年の期間に12個のこうした古巣を調査。これらの巣は、複数世代にわたって使い回されてきた可能性があり、岩場や洞窟内部の温度・湿度が比較的安定していたため、通常なら朽ちてしまう有機素材が良好な状態で残されていたのです。


    巣は主に骨片、獣の骨・蹄、卵殻、羽毛、枝、草などから構成されており、その混合物の中に“人為的なもの”が紛れ込んでいました。


    ヒゲワシがすでにこの地域から絶滅している(もしくは大幅に個体数が減少している)状況下で、これらの巣はまさに“遺された記録”となっていました。




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    ↑巣のイメージ!( ・Д・)(「GOOD NEWS NETWORK」の記事内画像より転載;Credit: Lucía Agudo Pérez, CC By 4.0)



    👣 見つかったもの:サンダルからクロスボウの矢まで

    調査の結果、発見された遺物は200点を超えると言われています。中でも注目されたのが、草(エスパルト / esparto)で編まれたサンダル、革片、衣料片、道具片、武器片といった人為的遺物でした。

    • 草製サンダル(“agobía” とも呼称される)
      放射性炭素年代測定により、推定で750年ほど前のものと判定され、その同じ巣から羊革の断片(おそらく赤色顔料が描かれていた)も見つかりました。

    • 革素材(羊皮など)
      いくつかの革片が発見され、そのうちの一部には顔料(赤・赭色)が塗られていた痕跡も報じられています。

    • 衣料片・布片
      布地と思われる繊維小片が129点ほど見つかり、時代も中世から近世にわたるとされています。

    • 武器・道具片
      クロスボウの矢(bolt)やスリング(投石器)、草のロープ、編んだ籠片、馬具などの構成要素と見られる木・金属・繊維素材も報告されています。

    特筆すべき点は、これら遺物の保存状態が、普通の考古現場では期待しにくいほど良好だったということ。洞窟中の乾燥と遮蔽、安定した気候変化の少なさが、有機素材を腐敗から守ったと考えられています。






    ⏳ 年代と意味:13世紀以前? 中世?

    発見されたサンダルはおよそ13世紀と見られており 、約750年前”のエスパルト靴が報告されています。
    またこの遺物の同定から推測される年代を基礎に研究者たちが科学的手法で年代測定を続けています。


    この発見が与えるインパクトは大きく、もしより古い層や未分析の層が見つかれば、時代をさかのぼる証拠が将来的に出てくる可能性は否定できません。


    発見の意味を以下で整理してみましょう。


    arukemaya_y243
    ↑これヒゲワシ?( ・Д・)(「VOI」の記事内画像より転載)

    🔍 これが意味すること:鳥・自然・人間の接点

    🦴 自然が「歴史記録庫」として機能する可能性

    ヒゲワシの営巣行為は、骨や枝だけでなく、偶発的に人為物を取り込むことがあることが見えてきました。このため、こうした巣は「生きたタイムカプセル」になっている可能性があります。研究者たちはこの観点から、“自然史と人文史の交差点” として巣構造を分析する価値を強調しています。


    🧩 新たな研究対象:未利用の考古資源

    通常の遺跡発掘では、洞窟住居跡や墳墓、街道沿い集落などが対象になりますが、鳥の巣という視点はあまり使われてきませんでした。この発見により、動物の営巣場所という“非意図的な収蔵空間”が、新たな考古学調査対象になる可能性が開かれたのです。

    🧬 生態・環境変化の解析

    巣から取り出された骨片、卵殻、羽根、植物片などは、過去の生態系や気候変動、食物連鎖の変遷を読み解く手がかりになります。特に、鳥の餌動物構成や植生の変化、環境ストレス(農薬成分などの痕跡)を年代別に追えば、現代との比較も可能になるでしょう。


    🐦 鳥類保全にもつながる知見

    ヒゲワシは環境変化や人間活動の影響を強く受けやすい鳥です。こうした巣の遺物分析を通じ、過去の環境ストレスや餌資源変動、毒性物質の浸透の履歴を知ることは、将来の保全戦略にとって貴重な資料になり得ます。






    🔮 今後の展望と課題

    この発見は“始まり”にすぎません。研究者たちは以下のような課題と展望を見据えています:

    1. 層位別分析(ストラティグラフィー)
       各巣層を年代別に分け、いつどの時代の素材が混入したかを明らかにする手法が鍵となります。

    2. さらなる年代測定と比較研究
       既存の遺物以外にも、多くの未分析素材が残されています。また、他地域・他種鳥の巣でも同様の調査を行うことで、発見の“普遍性”を問いたいという意図があります。

    3. 有機素材・顔料分析
       革素材、布、植物繊維、顔料などの化学分析(たとえば同位体分析、顔料分析、生体分子残存解析など)によって、素材の原産地や加工法、時代背景が浮かび上がる可能性があります。

    4. 生態・環境データとの融合
       骨片データや植物片データを気候変動史、生態系変動データと組み合わせて、過去〜現代の山岳生態系変遷を描く研究へと発展させたい動きがあります。

    5. 保存・公開の課題
       洞窟環境変化や観光開発、気候変動リスクなど、巣そのものが損なわれる可能性もあり、現場保存とデータ公開のバランスをどう取るかが課題となるでしょう。






    おわりに

    アメリカでゴミの埋め立て地も考古学調査の対象になってる話を聞いたけれど、今後は鳥の巣も対象になるかも知れないんだね。

    鳥にはいい迷惑か( ・Д・)



    まぁ元々は鳥の動物保護のために調査してたら考古遺物を発見したって経緯のようだから、生物学者と共に上手いことやってくんだろうなって思います。

    日本でもカラスって光るもの持ってっちゃうけれど、放棄されたカラスの巣を調査したら面白いかもね。



    私の考古学調査の対象も現代社会にまで広がっているわけだから、やはり考古学の対象は物質文化全体だな~って気がします。

    まぁ理論系じゃなければ、、、特に日本考古学者は狭い専門範囲を頑張って守ってるか( ・Д・)



    何はともあれ、

    やぱ鳥も可愛いな!( ・Д・)



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    2018ねん 5がつ 1にち(かよーび、晴れ)

    基本労働時間は8時間だという。

    かのアインシュタインは8時間働き、8時間研究し、8時間寝たという。

    私もそういう生活を送れば大きな成果に繋がるだろうか。

    まぁ例え三日坊主でも自分のためになるだろう。

    やってみますか!よいしょー!

    ・・・・・・・・・・・・
    a044
    ↑「カランボロの財宝」の一部(ヤフーニュース、ナショナルジオグラフィック日本版より転載;オリジナルはPHOTOGRAPH BY KARSTEN MORAN,THE NEW YORK TIMES,REDUX)

    【目次】
    1.「カランボロの財宝」とは
    2.化学分析による産地同定
    3.謎の古代国家タルテッソスとアトランティス伝説



    1.「カランボロの財宝」とは
    カランボロの財宝は1958年、スペインのセビリア近郊で建築作業員によって発見された、2700年前のものとされる金の装飾品群。発見されるやいなや、古代王国タルテッソスの遺物ではないかとする推測と議論が一気に飛び交った。     (ヤフーニュースより引用)
    さて、私は「カランボロの財宝」というもの自体を聞いたこともありませんでした。スペインのセビリアって名前は知ってるけどどこだっけ?みたいなレベルです。なので調べてみました。

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    ↑スペイン、セビーリャの位置と古代王国タルテッソスの範囲(文化圏); Google Mapの画像を一部加工

    上図から分かるように、セビーリャはスペインの南部に位置します。この地域で2700年前の黄金の装飾品が出土すると、古代王国タルテッソスのものではないか!?といきなり結びつくのかよく分からないですよね。

    タルテッソスは元々「伝説上の古代王国」として知られていました。現地では有名な伝説なようです。何故伝説かというと、世界史にも出てくる紀元前5世紀のヘロドトスの『歴史』、1世紀のストラボンの『地理誌』の記述に見られる程度の情報しかないのです。しかもストラボンの記述は紀元前4世紀のピュテアスの伝聞です。アトランティス並みに情報の少ない古代国家なのです。

    現在では実在の古代王国であったことが分かっていますが、このタルテッソス王国の実態にについては本当によく分かっていません。古文書の記述によると紀元前4世紀にはこのセビーリャ周辺域を占めていたようで、また別の記述によると西暦4世紀までには滅んでいたようです。どうやら考古学的な証拠に非常に乏しいようで、ほぼ全ての情報を史書の記述に頼っています。

    しかしながらこのタルテッソスは往時非常に有力な交易国家であったようです。その力の源が金・銀・錫(スズ)、銅といった金属・貴金属が豊富に産出した土地であったからのようです。特に錫の価値が高かったようです。

    紀元前4世紀のヨーロッパでは鉄器時代への移行したばかりの時期ですから、まだまだ青銅の価値が高かったようです。青銅は銅と錫の合金ですので、錫の交易はタルテッソスに莫大な利益をもたらしたことでしょう。考古学的には紀元前9世紀にはタルテッソス文化が生じていたようですから、この時期であれば青銅器の価値は非常に高かったと言えます。恐らく錫の交易がタルテッソス文化そしてタルテッソス王国の繁栄を支えたのでしょう。

    さて、「カランボロの財宝」は複雑な彫刻を施したペンダントや胸飾り、豪華なブレスレットなどからなる21個の金細工だそうです。最初に挙げた写真の他にどのようなものがあるのか気になったので調べてみました。
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    ↑「カランボロの財宝」の写真(Pinterestより転載)

    上記写真以外の「カランボロの財宝」が見つかりませんでした。恐らく...ネックレスのチェーン部分と装飾部分の鈴状パーツを全て個別にカウントするとちょうど21個になるということだと思います。

    見事な黄金細工ですが、その時期・その地域の金細工と言えばタルテッソス!となるには歴史記述だけでは根拠として弱いのです。タルテッソスはフェニキア人を主な交易対象として多くの金細工を輸出していたようです。
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    ↑タルテッソスの金細工の一例(El Correo de Andarciaより転載)

    ということで、伝説の古代王国タルテッソスは黄金の王国だったということで、「カランボロの財宝」が結び付くのは分かって頂けたと思います。ではこれまで何が問題だったかというと、「カランボロの財宝」がどこの製品かということです。豊かなタルテッソスが外から輸入したものである可能性もあるわけですね。


    2.化学分析による産地同定
    さて、考古学の世界で石器や土器の産地同定はよく聞く話ですが、金属の産地同定の事例はなかなかありません。しかも今回は「金」!歴史的にも美術的価値としても貴重なものですから、破壊するわけにはいきません。

    今回のケースでは装飾品から僅かに剥がれ落ちた破片を利用して同位体分析が行われたそうです(ちゃんと保管しなさいよ!とか思っちゃいけません)。

    分析結果では、「カランボロの財宝」に使われた金は、セビリア近郊のバレンシナ・デ・ラ・コンセプシオンにある4~5000年前の巨大な地下墓地のものと同じ鉱山から採掘された可能性が高いことがわかったとのこと。

    このバレンシナ・デ・ラ・コンセプシオンはかつて金の採掘場であり、その後掘削によってできた空間を巨大な地下墓地として利用した可能性を踏まえて、「カランボロの財宝」は時期的にこの地域で約2000年続いた金の加工の終焉を示すものだと解釈されています。

    ところで、「カランボロの財宝」はフェニキアの加工技術が使われていたそうです。また発見場所の近くにはフェニキアの寺院が発見されているとのことで、タルテッソスとフェニキアの文化の融合が見られるとのこと。また「カランボロの財宝」のネックレスの装飾にはキプロス様式の図像が見られるとの見方もあるそうです。

    貴金属の産出国であり、交易国家として短期間に大きく栄えたタルテッソスは、歴史記録にはほとんど残っていないものの、地中海をまたにかけて広く活発な都市間関係を築いていたようです。近年、タルテッソスに関する考古学調査も実施されたとのことで、今後の新たな考古学的発見や失われた古代タルテッソス王国の歴史復元に期待するところです。


    3.謎の古代国家タルテッソスとアトランティス伝説

    最後に、あまりにも謎の多いタルテッソスは、一部の人々にアトランティスでは?と考えられているようです。確かにアトランティスはプラトンが『ティマイオス』、『クリティアス』に記述されているのみですし、状況としての類似点はありますね。

    今回の分析を行った研究者によれば、「まったくありえない話です。考古学とも科学的な研究とも関係がないのですから」と辛らつなコメントが上がってます。恐らく現地の研究者としてはアトランティス伝説に絡んだオカルト地味た何かしらの「攻撃」を受け続けたのかも知れませんね。

    しかしながら海に近い交易都市として大繁栄していて、金銀財宝に恵まれてますし、急に滅んでますし、アトランティスの「モデル」としては候補に上がってもおかしくない気もします。

    まぁ私個人はプラトンが独自の「理想国家論」を提示する上で利用した存在だと思っていますが。簡単に言えば、腐敗した現在のアテナイを憂い、しっかりしないとアトランティスみたいになっちゃうよ的な物語ですね。歴史学研究者や哲学史研究者はこのような意見、つまりプラトンが自説を広く普及するための創作とする考え方が多いように思えます。

    一方で考古学研究等によれば、サントリーニ島の火山噴火で滅んだミノア王国や、トロイア文明といった具体的な都市を古くからその射程に入れています。アトランティス伝説自体がほぼ創作であっても、プラトンが「モデル」にした都市があったのではないかと考えているわけですね。

    仮に類似する都市文明があったとしても、プラトンがそれをモデルにしたのか分かりませんし、この論争(?)は永く残るような気がします。まぁ世界的に見ればアトランティス好きな人はけっこう多いですから、研究者も「戦略的に」その言葉を用いているのかも知れませんΣ( ̄ロ ̄|||)


    おまけ:今回登場したスペインのセビーリャは、「新大陸」を発見したコロンブスのお墓があることでも有名です。旅行に行く機会があれば是非訪ねてみてください。とても立派です! 中米や新大陸ネタに繋がっていると何でも喜んでしまうのは性分でしょうか?.。゚+.(・∀・)゚+.゚


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