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歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

タグ:チムー王国

2019ねん 1がつ 17にち(もくよーび、晴れ)

最近、新しい方法論の提示のために考えを巡らせている。

ずっと昔の先人よりぶち当たってきた壁なだけに、

私も見事にぶち当たっている(´・ω・`)

・・・・・・それにしてもやはり「考えることは楽しいこと」であると、しみじみと感じるようになった( -д-)ノ



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今回の考古学・歴史ニュースは、「宮殿守護者像がシロアリの糞のおかげで形が残ったよ!」というものです!Σ(・ω・ノ)ノ


この発見はペルー北部のトルヒーヨに所在するチャン・チャン遺跡でなされました。

西暦850年頃から1470年頃までペルー北部沿岸に栄えたチムー王国はプレ・インカ期における最大の王国であり、中心都市と考えられる最大規模の遺跡がチャン・チャン遺跡です。

遺跡には城壁付きの砦、神殿、広場、ピラミッド、墓などが見られ、壁面装飾として魚や鳥といった動物を象形した彫刻が特徴的です。


↓チャン・チャン遺跡の最寄り遺跡における稀な発見を記事にしていました!





ちなみにチャン・チャン遺跡の「チャン」は太陽を意味するそうです。この遺跡は史上最大の日干し煉瓦の都市としても有名です。


日干し煉瓦で造られた巨大な10基の建築物があり、その中で最大規模であるのがウツアン宮殿です。

このウツアン宮殿にて発見されたのが今回の宮殿守護者の木像になります!


上に挙げた写真のように守護者を模った木像は儀式に使われた中庭に通じる約30mの通路の両壁面に10個ずつ作られた窪みの中に収められていました。



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通路の両側に10体ずつですので、本来は守護者の木造は20体あったと考えられます。この内、1体はシロアリによって原形をとどめていないほど崩壊していたそうです。


逆に言えば19体も残存していたということで、奇跡的に保存された事例と言えるでしょう!(*・ω・)ノ



この守護者の木像は750年前のもので、王権の象徴である笏と切り落とされた首を持った状態を表現しています。


木像は身体の部分が木製であり、顔は粘土製です。そのため上に挙げた写真に見られるように顔の部分は色調が異なり、周りの身体の部分が黒くぼこぼこしています。


この黒くぼこぼこした部分が本来は木製だったのであり、シロアリに食い荒らされた後の排泄物の塊なのです(まぁう〇こですね( -д-)ノ)。




上の写真で分かるように個々の木像はけっこう大きいです。そのサイズは高さが約70cmだそうです。

さて、それにしてもどうして木像が排泄物と置換されたのでしょうか?


それはシロアリは光を避ける特徴があるため、木の中を食い進む際にトンネルの中に光が入らないように糞で覆いながら食べ続けるそうです。

光が入らなければいいので、木像の中までぎっしりと排泄物が詰まっているわけではなく、非常に脆い状態だということです。




さて、チャン・チャン遺跡出土の守護者の像として他の分かり易い事例がありましたので紹介します。

本来は上に挙げた写真のような状態だったのでしょう。この像の場合は杓だけを持っていて、切り取られた頭部をぶら下げてはいませんけどね。

この事例では、見たところたぶん顔が石製、身体が粘土製でしょうか。そのため保存状態が極めて良好なのでしょう!


・・・・・・それにしても今回の発見、木像の原形が判別できる状態で見つかるというのは奇跡的なことです!(例えそれがう〇この塊であるとしても)ヾ(´ω`=´ω`)ノ

↓ここを押すと白アリの被害を食い止めることが・・・できるかも( ・Д・)↓

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2018ねん 5がつ 3にち(もくよーび、やや雨)
最近体調がすこぶる悪い。

というか変わった皮膚炎にかかったり、

それが目に飛び火したりと辛い。

健康が一番!

お酒を生贄(酒断ち)にしたら、厄が払えるだろうか。

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↑ミイラ化した生贄、左が子供、右がリャマの子供(ヤフーニュースより転載;元画像:Nacional Giographic 日本版, PHOTOGRAPH BY GABRIEL PRIETO )


【目次】

  1. 史上最大規模!超大量の生贄を発見!
  2. アンデスにおけるミイラの作り方
  3. おわりに


1.史上最大規模!超大量の生贄を発見!

ペルー北部沿岸地域で、史上最大規模の超大量の生贄が発見されました!発見された遺跡は、チムー王国に属するラス・リャマスという遺跡です。


チムー王国は西暦850-1470年頃にペルー北部沿岸地域を支配しており、最盛期には1000kmもの海岸線域をその領域下としていました。このチムー王国の首都、チャン・チャン近くに位置するラス・リャマス遺跡の、太平洋を見下ろす断崖の上でこの大規模儀礼の痕跡が発見されました。


これまでの事例では生贄は成人が主でしたが、このラス・リャマスで生贄になったのは子供でした。その数140人強!また子供のリャマ(ラクダ科の動物で見た目はアルパカに似ています)が200頭強も生贄にされました!


見つかった儀礼の痕跡は単一の泥の層から発見されたため、恐らく一度の儀礼でこの大規模な生贄が捧げられたと考えられています。また泥の層は様々な痕跡が残りやすい環境にあるため、サンダルを履いた成人、犬、素足の子ども、リャマの子の足跡が残っていました。また脚が4本ある生贄(恐らくリャマ)が抵抗して足を踏ん張りながら引きずられていった跡と思われる痕跡も残っていました。


これらの痕跡から研究者チームは儀式の過程を復元しており、子どもとリャマの集団は断崖の北端と南端から連れてこられて、遺跡の中心に集まり、そこで殺害されて埋葬されたようです。


またペルーの海岸地域は基本的に乾燥しているため、儀礼の痕跡に関連する泥の層は激しい雨や洪水によって生じた可能性があります。つまり生贄の儀式が行われた当時、この地域はエルニーニョによる異常気象によって海水温が上昇して近海では魚が獲れなくなっていた状況が推測できます。また大雨や洪水によってチムー王国内の農業用運河が破壊されてしまったのかも知れません。


多量の生贄と共に出土した布製品等を対象にした炭素年代測定によって儀礼が実施された時期は西暦1400-1450年であると推定されています。チムー王国はラス・リャマスの集団生贄の儀式からわずか数十年後(1470年頃)にインカ帝国の侵攻を許し、その支配下に入ることから、非常に危機的な状況にあったことが推測されます。


異常気象によって生業・経済基盤が崩されたことで、国を救うべく、人類史上に稀に見る大規模の、しかも子供の生贄儀礼が行われたようです。



2.アンデスにおけるミイラの作り方
さて、生贄の風習も世界各地で見られるのですが、ミイラを作る文化も散見されます。中でもエジプトが最も有名ですね。他にも中国や日本でも見られます。

また文化というわけではないですが、メキシコにも事例がありますし、世界で最も美しいミイラとされるイタリアのロザリア・ロンバルドも有名です。世界のミイラや生贄についてはまた別の機会に整理して記事にしたいと思いますので、乞うご期待!(*・ω・)ノ

さて、ミイラは基本的に自然にできません。ミイラとは生物の死体が極度に乾燥することで腐敗分解を抑えることで出来上がります。砂漠等の極端に高温で乾燥した地域で脱水症状で亡くなれば、自然とミイラ化するケースもあります。メキシコのグアナファトも乾燥気候と土壌の成分によって天然のミイラが出来上がる事例ですが、このような自然発生的なミイラは稀なのです。

余談ですが、中米等の抗生物質がその辺の薬局で処方箋なしで買えてしまう国では、お金持ちが具合悪くなる度に多量に抗生物質を摂取するため、死後腐敗せずにミイラ化する事例が確認されています。

とまぁ普通は生物が死亡すると細菌の働きにより腐敗しやがて分解されます。この時死体が含む水分が少なくなればなるほど細菌活動が低下します。ミイラ作りの基本は乾燥です。その他、脳や内臓といった腐敗しやすい部位の除去や防腐剤の塗布といった方法が組み合わせて用いられます。

さて、アンデス地方のミイラの作り方は少し変わっています。死者の内臓と筋肉を摘出した後に、火力を使って体内の水分を乾燥させます。屈葬のような膝を折らせた格好(体育座りみたいな感じ)にして布を巻き付け、籠に入れた上からさらに布を巻きつけます。布を巻き付ける辺りはエジプトのミイラのイメージそのものですね。

アンデス地方では紀元前2世紀頃からミイラ作りが行われていました。13世紀にクスコ王国(後のインカ帝国)が成立した後もミイラ作りの文化は続きました。16世紀以降のスペイン植民地期の文献資料によると、インカ帝国ではミイラを住居内に安置し、生前と変わらず食事を供えて話しかけることで死者への愛情を示したといいます。

単に何か叶えたい願いがあるとか贖罪の意味で生贄にしたわけではないようですね。アンデス文明に限らず人類史におけるミイラ作りが有する文化的・宗教的意味は興味深いですね。勉強しておきます(。・ω・)ノ゙


3.おわりに
さて、生贄と言えば、旧約聖書に出てくる贖罪のヤギ!私だけでしょうか?(誤変換で食材の山羊って...まぁジンギスカンはヘルシーで美味しいですけどね)

この贖罪の日に捧げるヤギが「スケープゴート」の語源になっています。以下は、スケープゴートを比喩的に使う時の意味です。

 不満や憎悪、責任を、直接的原因となるもの及び人に向けるのではなく、他の対象に転嫁することで、それらの解消や収拾を図るといった場合のその不満、憎悪、責任を転嫁された対象を指す。

 簡単な使われ方として、事態を取りまとめるために無実の罪を着せられた「身代わり」や、無実の罪が晴れた場合の「冤罪」などが存在する。

 政治の一つの手法として使われる意味合いとしては、方針や主義に不利益とされる小規模な集団や社会的に弱い立場の人間をスケープゴートとして排除するなどして、社会的な支持や統合を目的とするといったものもある。              (wikiより転載)
とまぁ生贄の儀式はなくなりましたが、現代社会でも似たようなことをしてるのかも知れません。ニュースでよく叩かれる芸能人にせよ、政治家にせよ、あるいは私たち一般の人々の何気ない日常生活の中でも「責任転嫁」は潜んでいます。

そもそも人を生贄に捧げるのは、人が神に最高の重要な品だからです。人を殺すのは残酷だからヤギにしようって言ったのはキリスト教ですね。人類史において生贄の歴史はたくさんありますが、何なら残酷で、何ならいいってことはないと思います。もちろん法治国家として重要だから人を捧げよう!とはなりませんが。

日常的な「責任転嫁」にせよ、芸能界や政界における「スケープゴート」にせよ、人は直接的に死なずとも社会的に死ぬあるいは決して少なくないダメージを負うでしょうし、結果追い込まれて人が死んでしまうしまうかも知れません。

非科学的とは言え国のため、人のためを願った古代の儀式ではなく、現代人としての知識・常識を有した上で一個人や一グループのために他者を生贄として利用することこそが本当に非人道的なことではないでしょうか? 今回の大きな考古学的発見が、単なる知的好奇心を充足するだけではなく、現代版の生贄儀礼に目を向けてみる契機となれば幸いです。

↓押してたも~!それ、ぽちぽちっとな(・∀・)つ↓

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