あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    ニュース

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    2021ねん 7がつ 15にち(もくよーび、晴れ)

    激務もとりあえずあと4~5日のみ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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    ↑良い天気であった。鳥居の上の鳩が可愛かった( ・Д・)(「歩け、マヤ」管理人、撮影)

    さて、今回の考古学・歴史ニュースは、『東京で初!根津神社に参拝して来たよ!( ・Д・)』ってお話です(*・ω・)ノ


    ↓関連記事のバックナンバーですヾ(´ω`=´ω`)ノ↓







    ↑「御朱印&鳥居データ集め①~⑬」も良かったら併せてどうぞ~(・∀・)つ↑


    上のリンクに貼りましたように、およそ2年半前に御朱印集め&鳥居のデータ集めを始めたわけです。

    「鳥居の起源についてはよく分かっていない」

    ということで、とりあえず鳥居のデータ集めて傾向を知ろうかなと思い立ったわけです。

    最後の記事を見返してみると1年半前のものでした・・・

    まぁ1月に神社に参拝して、その後海外に3か月の調査に行って、帰ってきたらコロナのパンデミックで、、、

    そんなこんなで落ち着いたらやろうやろうと思って、あっという間に時が流れてしまいましたが、再開します!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

    今回は東京に越してきてからの第1弾ということで、東京都文京区の『根津神社』を取り上げます。

    では、基本データから紹介しますね(*・ω・)ノ


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    ↑広い!そして鳥居がたくさんある(。・ω・)ノ゙(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    【根津神社】
    住所:東京都文京区根津1丁目28番9号
    Tel:03-3822-0753(社務所)
    駐車場:あり(境内にある駐車場はスペースが限られるため、使用するならコインパークが良いかと。基本的には徒歩が良い。)

    主祭神:
    須佐之男命(すさのおのみこと)
    大山咋命(おおやまくいのみこと)
    誉田別命(ほんだわけのみこと)

    相殿
    大国主命 (おおくにぬしのみこと)
    菅原道真公 (すがわらのみちざねこう)

    創設:1900年前(CE120年頃)
    幾度の遷座を経て1705年に現在の位置に

    例祭等:
    1月1日 初詣
    2月3日 節分
    4~5月 つつじまつり
    6月 大祓
    9月17~18日 例大祭神賑行事
    9月21日 例祭式 
    10月20日頃 根津・千駄木下町まつり
    11月 七五三詣
    11月23日 新嘗祭
    12月31日 大祓



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    ↑力強い印象を受けます(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    次に今回頂いた御朱印を紹介しますね。

    心付けは300円でした。

    コロナ禍のせいかは分かりませんが、私が行った時には「書置き」のものでした。

    御朱印帳よりもちょっとサイズが大きいので、端をカットしてサイズ調整する必要がありました。

    ・・・根津神社は鳥居の数が多くて、データ取ってるだけでめちゃくちゃ疲れたんですよ。

    そして大きな有名な神社なので、通常の参拝者だけではなく、観光客もけっこう来てるようでしたし、冠婚葬祭関係の晴れ着での撮影を行っている人たちも何組かいました。

    そんなこんなで疲労とドタバタで、御朱印帳が売ってるかとか他にどんなものがいくらくらいなのかとか写真撮ることも忘れていました。

    申し訳ぬ( -д-)ノ



    さて、今回も鳥居のデータを取得してきましたので紹介していきますね(*・ω・)ノ

    先ほど述べたようにたくさん鳥居がありまして、根津神社の鳥居は計178基ありました。

    類似形態の鳥居の記述は省略しているとは言え、けっこう長いので飛ばしてもらってかまいません( -д-)ノ


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    ↑正門の鳥居(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


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    ↑第二鳥居の建立年情報(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    【根津神社/ 表参道の鳥居】
    ①建立:1996年(平成8年)建立
    ②素材:金属製(中空と思われるが、非常に厚手)
    ③高さ:約6.5m
    ④直径:59cm
    ⑤角度:斜め(斜度3°)
    ⑥下部構造:円形台石×2(下からh:19.5cm、4.5cm)




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    ↑根津神社の立派な楼門(「歩け、マヤ」管理人撮影)

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    ↑門なのですがこれもデータ採取、たぶん最初期の鳥居ってこんな感じだったような気がしますね(*・ω・)ノ(「歩け、マヤ」管理人撮影)


    【根津神社 / つつじ苑の入り口の門】
    ①建立:不明
    ②素材:木製
    ③高さ:約3m
    ④直径:約20cm
    ⑤角度:垂直
    ⑥下部構造:なし



    どんどんいきますよ~(*^・ェ・)ノ


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    ↑つつじ苑の傍の鳥居(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


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    ↑建立年情報(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    【根津神社/ つつじ苑の傍の鳥居】
    ①建立:1980年(昭和55年)建立
    ②素材:石製(花崗岩)
    ③高さ:約4m
    ④直径:29cm
    ⑤角度:斜め(斜度2°)
    ⑥下部構造:方形台石+饅頭(亀腹)(下からh:15cm、10cm)



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    ↑千本鳥居の鳥居(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    【根津神社/ 千本鳥居の鳥居】*169基確認(2021.6.5時点)
    ①建立:1984年(昭和59年など近年)建立
    ②素材:プラスチック製(中空)
    ③高さ:約2.5m
    ④直径:8cm
    ⑤角度:斜め(斜度1°)
    ⑥下部構造:なし



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    ↑千本鳥居中ほどの鳥居①(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


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    ↑千本鳥居中ほどの鳥居①(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


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    ↑千本鳥居中ほどの鳥居①の建立年情報(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    【根津神社/ 千本鳥居中ほどの鳥居①】
    ①建立:1934年(昭和9年)建立
    ②素材:石製(石材不明)
    ③高さ:約3.5m
    ④直径:21cm
    ⑤角度:斜め(斜度2°)
    ⑥下部構造:角落ち方形台石×2(下からh:13cm、2.5cm)



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    ↑千本鳥居の終わりの方の鳥居①(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


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    ↑千本鳥居の終わりの方の鳥居①の建立年情報(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    【根津神社/ 千本鳥居の終わりの方の鳥居①】
    ①建立:1930年(昭和5年)建立
    ②素材:石製(花崗岩)
    ③高さ:約3.5m
    ④直径:17cm
    ⑤角度:斜め(斜度2°)
    ⑥下部構造:方形台石+饅頭(下からh:20cm、18cm)


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    ↑千本鳥居の終わりの方の鳥居②(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


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    ↑千本鳥居の終わりの方の鳥居②の下部構造(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


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    ↑千本鳥居の終わりの方の鳥居②の建立年情報(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    【根津神社/ 千本鳥居の終わりの方の鳥居②】
    ①建立:1985年(昭和60年)建立
    ②素材:石製(花崗岩)
    ③高さ:約3.5m
    ④直径:21cm
    ⑤角度:斜め(斜度2°)
    ⑥下部構造:方形台石+花形(下からh: 4cm、18cm)


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    ↑西口の鳥居(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


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    ↑西口の鳥居の下部構造(「歩け、マヤ」管理人、撮影)

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    ↑西口の鳥居の建立年情報(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    【根津神社/ 西口の鳥居】
    ①建立:1886年(明治19年)建立
    ②素材:石製(花崗岩)
    ③高さ:約5.7m
    ④直径:40cm
    ⑤角度:斜め(斜度2°)
    ⑥下部構造:角落ち方形台石+花形台石(下からh:30cm、49cm)




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    ↑西口の傍の鳥居(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


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    ↑西口の傍の鳥居の下部構造(「歩け、マヤ」管理人、撮影)



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    ↑西口の傍の鳥居の建立年情報(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    【根津神社/ 西口の傍の鳥居】
    ①建立:1989年(平成元年)建立
    ②素材:石製(花崗岩)
    ③高さ:約3.6m
    ④直径:35cm
    ⑤角度:斜め(斜度2°)
    ⑥下部構造:方形台石+饅頭(下からh:20cm、10cm)




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    ↑北口の鳥居(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


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    ↑北口の鳥居の下部構造(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


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    ↑北口の鳥居の建立年情報(「歩け、マヤ」管理人、撮影)

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    ↑北口の鳥居の接続部(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    この時点でかなり疲れていて、めちゃくちゃ逆光なのに気にしてないですね( -д-)ノ

    ひどいもんです( ・Д・)


    【根津神社/ 北口の鳥居】
    ①建立:1989年(平成元年)建立
    ②素材:金属製(中実?)
    ③高さ:約7m
    ④直径:53cm
    ⑤角度:斜め(斜度2°)
    ⑥下部構造:饅頭(下からh:48cm)






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    ↑千本鳥居の中ほど下側の鳥居(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


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    ↑千本鳥居の中ほど下側の鳥居の下部構造(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


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    ↑千本鳥居の中ほど下側の鳥居の建立年情報(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    【根津神社/ 千本鳥居の中ほど下側の方の鳥居】
    ①建立:1969年(昭和44年)建立
    ②素材:木製?
    ③高さ:約3.3m
    ④直径:23cm
    ⑤角度:斜め(斜度3°?)
    ⑥下部構造:角落ち方形台石+花形台石(下からh: 21cm、17cm)





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    ↑千本鳥居の中ほどの鳥居②(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


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    ↑千本鳥居の中ほどの鳥居②の下部構造(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


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    ↑千本鳥居の中ほどの鳥居②の建立年情報(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    【根津神社/ 千本鳥居の中ほどの鳥居②】
    ①建立:1919年(大正8年)建立
    ②素材:石製(花崗岩)
    ③高さ:約1.7m?
    ④直径:17cm
    ⑤角度:斜め(斜度3°)
    ⑥下部構造:角落ち台形台石+花形台石(下からh: 15cm、12cm)



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    ↑涼し気な写真、カメさんもいる(・∀・)つ(「歩け、マヤ」管理人撮影)

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    ↑カメさんたくさん(*^・ェ・)ノ(「歩け、マヤ」管理人撮影)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    長かった!めちゃ長かった・・・

    仮に鳥居1基の記述に10分かかるとして、6基あったら6倍で60分とはいかないものです。

    モチベーションがガタ下がりでめちゃくちゃ時間食いますし、1日で終わらせようという気概を失います( ・Д・)


    ・・・まぁこれだけ鳥居の数が多い神社はそれほど多くないはずなので良いでしょう( -д-)ノ

    さて、東京で初の「鳥居の考古学」となりましたが、北海道との違いは・・・


    ①石造の鳥居が多い

    ②年代的に古い鳥居が多い

    ③北海道に特徴的な『ドラム缶式鳥居(勝手に私が命名、過去記事参照)』がない


    って印象ですね。もちろん今後変わるかも知れませんが、、、関西とか行くとまた違った特徴があるやも知れませんね。

    前にも書いたように『鳥居の起源』についてはおおよそゴールが見えているのですが(私、海外考古なもので、演繹的に研究する癖が付いているせいもあるのです)、せっかく本州に進出したので、様々な鳥居を実見してみたいです。

    また今後は弥生時代や古墳時代の柱穴遺構にも着目していきたいですね(*^・ェ・)ノ

    基本的に御朱印集めをしながら、鳥居のデータも集めていく予定ですので、のんびりとお付き合いください(*- -)(*_ _)ペコリ



    さて、Twitterで御朱印集めが趣味な方々のフォロワーさんも増えていますので、是非、各記事の記述を参考にデータ取得と、「(身長などの)スケール入りの鳥居」と「下部構造」、「建立年情報のプレート」を撮影したものを送って頂けると助かりますヾ(´ω`=´ω`)ノ

    連絡お待ちしております!

    ↓御朱印集めが趣味な方、かもーん!щ(゚Д゚щ)クァモーン!↓

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    2020ねん 1がつ 9にち(もくよーび、曇り)

    調査前ってだけではなく、無駄に忙しい1月になりそうだヽ(TдT)ノ


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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    今回はただの報告です。

    限定の御朱印帳、もうありませんでした!ヽ(TдT)ノ

    まぁ時間経ってるし、そんなもんですよね~。

    北海道神宮の頓宮の方にも問い合わせてみましたが、限定の御朱印帳(上の写真のもの)は北海道神宮でのみ取り扱っていたそうです。

    数量をかなり限定して生産していたようで、2019年9月初旬には完売したと聞きました。

    次の限定品は北海道200周年でしょうか?

    50年後???

    いやいや、その前にまた改元があるでしょう……

    それでも30年度とかかな。

    今ではオリジナル御朱印帳を製作・販売している神社も多々ありますからね。

    集めたらキリないから、しゃーない!と自分に言い聞かせることにします( -д-)ノ

    ↓ではでは~。こんな短い記事初めてや(*^・ェ・)ノ↓

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    2020ねん 1がつ 3にち(きんよーび、曇り)

    短時間とはいえ、3日から仕事始めは早いぜ!ヽ(TдT)ノ


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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    ↑初詣の参拝客で一杯だったのでこんな角度の撮影に( ・Д・)(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    さて、今回の考古学・歴史ニュース(?)は、『北海道神宮に初詣に行ってきたよ!( ・Д・)』ってことですね( -д-)ノ


    ↓関連記事のバックナンバーですヾ(´ω`=´ω`)ノ↓







    ↑「御朱印&鳥居データ集め①~⑬」も良かったら併せてどうぞ~(・∀・)つ↑


    上のリンクに貼りましたように、およそ1年前に御朱印集め&鳥居のデータ集めを始めまたわけです。

    「鳥居の起源についてはよく分かっていない」

    ということで、とりあえず鳥居のデータ集めて傾向を知ろうかなと思い立ったわけです。

    記念すべき御朱印第一号は地元の北海道神宮だったわけですが、寒くて鳥居のデータ取れなかったんですよね。

    で、今回一年越しでデータ取ってきました。

    と言っても2基分なのですけどね。

    今回も寒さと人の多さにやられて諦めてしまいました( ・Д・)

    ちなみに去年、北海道神宮の鳥居は全部で7基として紹介しましたが、

    なんと

    令和(改元)を記念して新たに大きな鳥居が建立されていました!

    その鳥居のデータは取ってきましたよ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

    では、前回書いていなかった、恒例の基本データから紹介しますね。


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    ↑境内の樹木が綺麗だったので、パシャリと(。・ω・)ノ゙(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    【北海道神宮】
    住所:北海道札幌市中央区宮ヶ丘474
    Tel:011-611-0261(社務所)
    駐車場:あり(第1・第2駐車場があるのでたくさん停めれます。が、新年等のイベント時は激しく混雑します。)

    祭神:
    大国魂神(おおくにたまのかみ)
    大那牟遅神(おおなむちのかみ)
    少彦名神(すくなひこなのかみ)
    明治天皇(めいじてんのう)

    創設:明治2年(1869年)

    例祭等:
    6月15日 札幌祭



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    ↑今年もしおり付きですね(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    次に今回頂いた御朱印を紹介しますね。

    心付けは変わらず500円でした。

    御朱印帳は「令和元年記念」の特殊なものが販売しているそうですが、見かけませんでした・・・

    近い内、もう一度行く予定あるので、あったら買って紹介しますね!(*・ω・)ノ

    そう言えば、受付の方は金髪の外国人の方でした。

    ブロンド美女が巫女服着て片言の日本語で対応するのにはやや違和感も感じましたが、周囲を見てみると中国人と思われる観光客の集団も御朱印集めをけっこうしているようなので、英語担当なのかも知れませんね(・∀・)つ


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    ↑所謂正門に当たる第二鳥居(「歩け、マヤ」管理人、撮影)

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    ↑第二鳥居の下部構造(「歩け、マヤ」管理人、撮影)

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    ↑第二鳥居の建立年情報(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


    さて、今回も鳥居のデータを取得してきましたので紹介していきますね(*・ω・)ノ

    先ほど述べたように北海道神宮の鳥居は新たに1基増加しましたので、北海道神宮の鳥居は現在計8基あるということになります。

    今回のこの内の2基を計測してきました。

    残りは雪が溶けてからで!( -д-)ノ


    【北海道神宮 / 第2鳥居】
    ①建立:1921年(大正10年)建立、1978年(昭和53年)改修
    ②素材:金属製(中空と思われるが、非常に厚手)
    ③高さ:約7.3m
    ④直径:80cm
    ⑤角度:斜め(斜度3°)
    ⑥下部構造:台石



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    ↑第4鳥居(「歩け、マヤ」管理人撮影)

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    ↑第4鳥居の下部構造(「歩け、マヤ」管理人撮影)

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    ↑第4鳥居の建立年情報(「歩け、マヤ」管理人撮影)


    【北海道神宮 / 第4鳥居】
    ①建立:2019年(令和元年)
    ②素材:金属製(中空だが、かなり厚手)
    ③高さ:約10m
    ④直径:約89cm
    ⑤角度:ほぼ垂直
    ⑥下部構造:円形台石 +石組み囲い


    これまで北海道神宮の大きな鳥居で「第~」と付いている鳥居は第三鳥居までなので、恐らく令和を記念した新しい鳥居は第四鳥居になるのかなと思います。

    一方で円山公園側にある大きな鳥居は「公園口鳥居」と名称が付いていますから、数字番号が付かないことも考えられます。

    しかしながらここではひとまず第4鳥居としておきますね。

    さて、今回測定した二つの鳥居は、これまでに「北海道的」と考えてきた「ドラム缶タイプ」ではありません。

    しかし大きなものですから一本の鉄柱として造られているのではなく、接合部が見られます。

    より古い第2鳥居は1978年に改修されていますが、それでも古いものになります。

    第4鳥居と比べるとこの接合部がはっきりと分かります。

    これまでのデータと今回のデータから、ドラム缶タイプは小さい神社の大きめの鳥居に用いられ、鉄板が薄い傾向が見られるのかなと感じました。

    大きい神社で予算が十分にある場合は鉄板が厚く、接合面が目立たないように精巧に造られているのかなと思います。

    あるいは時期的に新しい鳥居の場合は、技術的な問題によって接合面が精巧とも考えられます。

    このようにやはり「ドラム缶タイプ」に着目していくと、金属製の鳥居に関しては新たな分類と、それによる新しい鳥居の編年が組めるのかなと楽観的に思っています。

    どうしても本来の「鳥居の起源」とは直接結び付きませんが、この先もデータを集めて検証していきたいなと思います(*・ω・)ノ


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    「鳥居の起源」についてはどうしても本州における木製鳥居や石製鳥居について調べなければなりませんし、海外の古い鳥居や門の構造についても調べる必要がありますね。

    海外にまで手を伸ばすと大変過ぎるので、ぼちぼちと本州の鳥居からやっていこうかなと思います。

    とは言え、直接私が本州を周るのは困難ですので、皆さんにご協力願いたいと思いますヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ

    御朱印集めが趣味な方々のフォロワーさんも増えていますので、是非、「(身長などの)スケール入りの鳥居」と「下部構造」、「建立年情報のプレート」を撮影したものを送って頂けると助かりますヾ(´ω`=´ω`)ノ

    連絡お待ちしております!

    ↓御朱印集めが趣味な方、かもーん!щ(゚Д゚щ)クァモーン!↓

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    2019ねん 11がつ 29にち(きんよーび、晴れ)

    体調不良で月末死んでました……

    申し訳ない!(/TДT)/

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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    ↑古代エジプトの動物園を描いた壁画(「LAB」の記事内画像より転載)


    今回の考古学・歴史ニュースは、「WEB版、ミイラ動物園をオープンしてみたよ!」ってお話です(。・ω・)ノ゙

    前回、古代エジプトにおけるライオンの赤ちゃんのミイラについて書きました。





    今回はその流れで動物のミイラの画像を集めたら、動物園と言っていいくらいにけっこうな種類が集まるのではないか?という思い付きです(*・ω・)ノ

    ちなみに動物園は古代エジプトや古代メソアメリカにおいて約5000年も前に成立しています。

    動物園で死亡した動物をミイラとして埋葬したのであれば、けっこうな種類になりそうですよね?

    ということでどんどん紹介していきたいなと思いますヾ(´ω`=´ω`)ノ


    ①ネコのミイラ


    ②ライオンのミイラ



    *シベリア、永久凍土中から発見された約4万4000年前のライオンの赤ちゃんです。


    ③ワニのミイラ
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    ④ハヤブサのミイラ
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    ↑右の黒っぽいのが最もそれらしく見えるかも(「AFP BB NEWS」の記事内画像より転載;credit : Khaled DESOUKI)



    ⑤ネズミのミイラ
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    ↑しおしおになってますね( -д-)ノ(「CNN.co.jp」の記事内画像より転載;credit:Egypt Ministry of Antiquities )




    ⑥イヌのミイラ


    ⑦ウシのミイラ


    ⑧ヒヒのミイラ


    ⑨ヒツジのミイラ


    ⑩トキのミイラ
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    ↑素敵な木棺(?)、上部に頭部が見えています(「NACIONAL GEOGRAPHIC」の記事内画像より転載;credit : Richard Barnes, Nat Geo Image Collection)


    ⑪ガゼルのミイラ



    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    先に述べましたように、古代エジプト等での動物園の歴史は古い物ですが、ミイラとして残っているものの多くは神聖視された動物たち、各種の古代エジプトの神々の眷属、王族のペットだったもののようです。

    簡単に調べただけで今回11種類を紹介できましたので、動物のミイラはまだまだありそうです。

    ミイラばかり並べるのもどうかと思いますが、これも(主に)古代エジプト人の動物への敬意と愛情を示したものですので、また調べて第2弾として紹介しますね(*・ω・)ノ


    ↓動物園とか水族館っていくつになっても楽しいよね!↓
    ↓って思う人、押しましょう!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ↓



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    2019ねん 11がつ 25にち(げつよーび、雨)

    今月あと5日さえ頑張れば、楽になるんだ~!!!

    しかし宣言したあと4記事書くことも達成したい(*・ω・)ノ


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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    今回の考古学・歴史ニュースは、『古代エジプトのネコの女神の神殿からライオンの赤ちゃんのミイラが出土したよ!』ってお話です(。・ω・)ノ゙

    ライオンはネコ科なわけですが、ライオンの赤ちゃん見てると、「あ~これはネコだわ!カワ(・∀・)イイ!!」ってなるじゃないですか?

    まぁそもそも古代エジプト神の中に「ネコの女神」がいることを初めて知りましたが、その神殿でネコの赤ちゃんのミイラが出土するってことは、、、

    やはり古代エジプトでも「ライオンの赤ちゃん=ねこ!」って感覚があったのだと思います(・∀・)つ

    ということで、とりあえずぬいぐるみのようなライオンの赤ちゃんの動画をどうぞ(*^・ェ・)ノ



    ↑もふもふ感が良き!カワ(・∀・)イイ!!(先ほど紹介した朝日新聞の動画です)




    さて、本題に入りますと、エジプト考古省は首都カイロ南郊の古代都市サッカラ(Saqqara)で、新たに発見された遺物群の公開がなされました。

    上に挙げた写真で分かるように、サッカラ遺跡公園の中で特別展として公開されています。

    展示された遺物群は、古代エジプト人が崇拝していた猫の女神バステト(Bastet)を祭る神殿の下から出土したものだそうです。

    帰属時期は紀元前7世紀頃の古代エジプト第26王朝時代と推測されています。

    展示の目玉は、上に挙げたような猫の像75体と、象形文字による装飾が施されたライオンの赤ちゃんのミイラ5体です。


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    ↑お座りしたネコの像(「AFP BB NEWS」の記事内画像を一部加工;credit by Khaled DESOUKI / AFP)



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    ↑気になるお顔のネコの像(「AFP BB NEWS」の記事内画像を一部加工;credit by Khaled DESOUKI / AFP)



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    ↑大小様々なネコの像(「AFP BB NEWS」の記事内画像を一部加工;credit by Khaled DESOUKI / AFP)



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    ↑ネコ科動物のミイラ(「AFP BB NEWS」の記事内画像を一部加工;credit by Khaled DESOUKI / AFP)



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    ↑ネコのミイラ①(「AFP BB NEWS」の記事内画像を一部加工;credit by Khaled DESOUKI / AFP)



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    ↑ネコのミイラ②(「AFP BB NEWS」の記事内画像を一部加工;credit by Khaled DESOUKI / AFP)



    写真を見てて、どれがライオンの赤ちゃんのミイラなのか分からないんですけども……


    恐らく「ネコのミイラ」と同定できているものは「ネコ」なのでしょう。


    で、「ネコ科動物」と同定しているものが恐らく「ライオンの赤ちゃんのミイラ」なのだと思います。


    なので展示ケースに8体横たわっている写真の中にライオンの赤ちゃんのミイラがあるはずですが、どの個体がそうなのかは分かりません。


    8体中、4体ですし、恐らく小さい個体がそれに相当するのかなと思います( -д-)ノ



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    ↑ネコ科の動物のミイラらしい(「AFP BB NEWS」の記事内画像を一部加工;credit by Khaled DESOUKI / AFP)



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    ↑ライオンの赤ちゃんのミイラの全体像(「Yahoo Japanニュース」の記事内画像より転載;credit: エジプト考古省)



    で、ライオンの赤ちゃんのミイラは全5体なのですが、残りの1体がこれ!


    何かこういう「人面獣」的なマンガを読んだことがあります……


    写真の撮り方にしてもなかなかインパクトあるなぁと思いますΣ(・ω・ノ)ノ



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    ↑バステトの姿(「wikipedia」より画像を転載)



    さて、これが古代エジプト神話に登場するネコの女神、バステト神です。


    昔から、ライオンはデカいネコ!ライオンの赤ちゃんはもはやネコ!って思ってたのかなと、私はふと思ったわけですが、どうやら違うようですね。


    バステト神は上に示したようにネコの頭部を有する女神ですが、本来はライオンの頭を有していたそうです。


    そこから他のライオンの頭部を有する神と区別化されて、ネコの頭部を有する穏やかな性格の神様となったという経緯があるそうです。


    なのでこのバステト神の神殿で、ネコだけではなく、ライオンの赤ちゃんのミイラが出土するのは不思議なことではないようです。



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    ↑可愛い画像でPV数を稼ぐ作戦(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!(「SEKAI NO NEWS」の記事内画像より転載;credit: African Saffari Japan)



    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    普通は古代の儀礼行為等に関して「可哀相」とか、私は思いません。


    やはり中立的な立場で過去を見るからでしょう。


    ただ、直前に可愛いライオンの赤ちゃんを見たせいか、一瞬ミイラ見た時に可哀相って感覚に襲われてしまいました。


    そういう意味ではあまり良い構成の記事ではなかったかなと反省しております。


    でもせっかくなので、皆さんもそういう感情に襲われてみて、「何故、自分は可哀相と思うのだろう」、「何故、古代の人々はこういうことをしたのだろう」と考えてみるのも良いのかなと思います。


    歴史を学ぶ意義は色々あると思いますが、その内の一つが「他者の理解」ではないでしょうか。



    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    ……久々に記事を書いた気がします。


    実際に久々だったわけですが、この調子で今月、残り3本書いていきたいなと思います。


    けっこう動物のミイラ関連ネタがあるので、ミイラ特集でいこうかな!(・∀・)つ


    ぼちぼちと更新していきますので今後ともよろしくお願いいたします( -д-)ノ



    ↓実は色が綺麗だなって思いでこの順で配置しています( -д-)ノ↓


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    2019ねん 9がつ 20にち(きんよーびよーび、晴れ)

    書類書いてばかりで研究してる気がしない今日この頃・・・

    まぁこの時期はそんなもんかっ(*^・ェ・)ノ


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    今回の考古学・歴史ニュースは「札幌を中心とした鳥居のデータをまとめてみたよ」ってお話です!(。・ω・)ノ゙

    元々、『最古の鳥居ってどんなだろう?』、『鳥居の起源って何だろう?』という疑問からスタートして、第1回のまとめになります。

    2019年2月に御朱印収集と共に始めた企画でしたが、早くも7か月半が経ちました。

    途中に色々ありましたのでまだまだ圧倒的にデータ不足なので、分析結果の発表と言うよりは、経過報告の形になると思います。

    以下に提示する表データには鳥居の部位名称が出てきますので、復習としまして下部に以前提示した鳥居の基本構造と部位名称についての図を載せておきますね(*^・ェ・)ノ

    arukemaya_0050
    ↑鳥居の部位名称と様々な鳥居の形態(「心と体のなごみブログ」さんの記事内画像より転載)


    鳥居データ表01
    ↑鳥居のデータ表(「歩け、まや」管理人作成)


    これだけだとよく分からないので写真データも載せようと思ったら、ブログ用写真群が整理されてなくて準備するのに時間を要しますヽ(TдT)ノ

    ちょくちょく整理するようにして追記しますね(TДT)


    ……さて、表の見方ですが、一番左側に「御朱印集めNo.」なる項目を設定しました。

    お気付きかも知れませんが、「御朱印集めの記事」の番号を示しています。

    *多賀神社だけ、札幌祖霊神社と合わせた記事(【御朱印集め⑧】)になっているのでズレが生じています、ご注意を!

    御朱印や鳥居のデータが取れていない神社もありますが、これまでに13の神社を訪れ、計23基(北海道神宮はデータ未取得のため)の鳥居データを収集したことになります。

    初めはよほど大きい神社じゃない限り、1社に鳥居1基だからデータの蓄積は遅いだろうなと思っていましたが、思いの他溜まっていました。


    さて、表として整理してみると直感的に素材の種類と柱の直径や高さには相関関係がありそうだなとは思います。

    数が心許なくてちゃんと分析やってないんですけどね( -д-)ノ

    あとはドラム缶タイプが北海道の古い神社には多いと感じていましたが、総数的には6/23(約26%)なのでそこまで多くないですね。

    石製の鳥居はどれも花崗岩製で大型のものがほとんどです。

    これらの花崗岩製の鳥居はいずれも境内の入り口に堂々と立っていました。

    ということで石製の鳥居に関しては神社のサイズや経済的側面、あるいは奉納者の経済力と関連しているのかなという印象です。

    まぁ概ね、古い歴史ある大きな神社が石製鳥居を有していると言えそうです。

    一方で木製の鳥居は札幌市内には存在せず、地方において2例のみ確認されています。

    どちらも周りが雑木林で、そこから切って使っているとは思いませんが、周辺を見ても山林風景の広がる一帯でした。

    こういった地域では木材の鳥居を建立した方が利点が多いと予想されます。

    札幌市内の場合、厳しい寒暖の差で簡単にやられてしまう木製鳥居を維持するには、高い頻度で地方から木材を調達して来なければならず、何度も何度も鳥居の取り壊しと再建立のための工事を依頼する必要があります。

    それにしても札幌祖霊神社にて鳥居の素材が「木材⇒石材⇒金属中空」と変遷したように、鳥居の素材の変化は経済的側面だけではなく、時間的変化、特に技術の変化に呼応したものかも知れません。

    そう考えると、一番新しい札幌御嶽神社がプラスチック製鳥居を有するのもぴったりな感じです。

    そうなるとコンクリ製の鳥居は花崗岩製鳥居を建てられない時の代替的存在であり、見た目を整えるために金属で覆ったというのが「表面金属製+内部コンクリ」の正体かも知れませんね。

    比較的新しい鳥居は「金属+中空」が多いので、当時の金属の加工技術や採算の問題で、北海道における古い神社は「表面金属製+内部コンクリ」の品質が劣るバージョンとして「ドラム缶タイプ;薄い鉄板を使用し、溶接痕が明確に残るのが特徴」が選択されたのかも知れません。

    あるいは「金属+中空」の鳥居は小型のものが主体的ですので、プラスチック製鳥居の出現前において、花崗岩製鳥居よりも安価に抑えつつ大型の鳥居を作るには「表面金属製+内部コンクリ/ドラム缶タイプ」が最も適していたのかも知れません。

    ……こうしてみると鳥居の素材の変化に時間的・技術的変遷を感じると共に、やはり……夢はないですが当事者の経済性や彼らが感じる利便性の問題が大きく関わっていると感じますね( -д-)ノ





    (準備中)

    ↑いずれここにこれまでの鳥居の写真を並べます!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    おわりに


    23基のデータって思ったより集まっていて、色々な神社に行ったもんだなとは思うんです。

    まぁそれでもちょっと総数が少なすぎて分析する気がおきないんですけどね(/TДT)/

    雪降る前に積極的に回って、とりあえず札幌市内の神社は回りきろうかな。

    実際、札幌は広過ぎるので中心部に限定されるでしょうけどね……

    今後のことを考えると、御朱印集めが趣味の方がけっこうフォローして下さっていますので、

    ご協力を仰いで、全国の鳥居のデータを送付して頂けないかなと。

    情報だけならコメント欄で大丈夫ですし、写真はどうやったら頂けるのか……

    まぁ写真はネットで拾ってきても構わないので、とりあえず、

    皆さん、データをください!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ

    ↓押してくれぃ!ほい、押してくれぃ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

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    2019ねん 9がつ 19にち(もくよーび、曇り)

    一気に秋になった。

    気温が下がって、けっこう寒いヽ(TдT)ノ


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    arukemaya562
    ↑真新しい印象の立派な本殿(。・ω・)ノ゙(「歩け、マヤ」管理人撮影)


    さて、今回の考古学・歴史ニュース(?)は、『札幌市の住宅街の外れに突如現れた札幌御嶽神社に行ってきたけど、御朱印を頂けなかったよ!』ってことですね( -д-)ノ



    ↓関連記事のバックナンバーですヾ(´ω`=´ω`)ノ↓

    【鳥居の考古学①】鳥居の構造と分類のお話……鳥居の起源ってよく分からないそうですよ( ・Д・)【神社の歴史】

    ↑「御朱印&鳥居データ集め①~⑨」も良かったら併せてどうぞ~(・∀・)つ↑


    さて、またまたと~っても久しぶりに神社に参拝してきた管理人です( -д-)ノ

    ずっとやってなかった、これまでに集めた鳥居データに関する報告も近日中に何とかしますね!

    では恒例の基本データから紹介しますね。


    【札幌御嶽神社】
    住所:北海道札幌市西区小別沢79-1
    Tel:011-664-8338
    駐車場:あり(20台)

    祭神:
    国常立尊(くにのとこたちのみこと)
     ;天地創造、生命の根源の神

    大巳貴大神(おおなむちのおおかみ)
     ;経営、国治、耕作、豊穣、子宝、縁結、郷土守護の神

    少彦名神(すくなびこなのかみ)
    ;国造りの神、農業神、薬神、禁厭の神、温泉の神

    創設:不明、平成11年に札幌市東区から移転

    例祭等:
    12月31日 徐夜祭
    1月 1日 元旦祭
    1月9日 新年月並祭
    2月3日 節分祭
    3月13日 祖霊供養祭
    5月8日 春季大祭
    6月12日 夏越大祓祭
    7月下旬 御嶽山登拜
    8月14日 祖霊供養祭
    9月11日 秋季大祭
    9月23日 彼岸祖霊供養祭
    10月27 - 28日 大和本宮祭
    12月 11日 師走の大祓祭
    毎月第2水曜日 月並祭



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    変な撮り方になりましたが、本殿に犬の置物がありました(「歩け、マヤ」管理人撮影)


    タイトルにも書きましたけど、御朱印はありませんでした。

    情報によると「繫盛期」は人手不足のため御朱印を停止するそうです。

    「繫盛期」!??( ・Д・)

    上に挙げた写真のように本殿には、犬の置物がけっこうたくさん置いてありました。

    石製のフクロウも置いてました、本殿に。

    何でかなと思ったら、、、


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    ↑本殿や社務所は丘の上にあるので見晴らしが良いです(「歩け、マヤ」管理人撮影)

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    ↑この角度だと奥の山が見えますね(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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    ↑綺麗な本殿(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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    ↑札幌御嶽神社m本殿の内部の様子(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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    ペット霊園と何かのイベント(「歩け、マヤ」管理人撮影)


    この札幌御嶽神社は「ペット霊園 やすらぎの丘」が併設されているのです。

    住宅街の外れの山の中とは言え、広大な敷地に新しい建物をたくさん建てて、さぞお金があるのだなという印象です。

    繫盛期というのはペット霊園の方の話のようです。

    この日はペット関係(?)のイベントが催されており、すごい若いカップルや夫婦がペット連れでワイワイしてました。

    ペット霊園でのペットのイベントって、私は違和感しか覚えませんでしたがね( ・Д・)

    まぁペット関連で大きな収益を上げている神社なんだなとはよく分かりました。

    公式ホームページには「電話すればバス停まで迎えに行く」とありますし、神社ってよりはほぼほぼペット霊園の会社です。


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    ↑第2鳥居(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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    ↑第2鳥居の下部構造(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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    ↑第2鳥居の建立年(「歩け、マヤ」管理人撮影)


    さて、今回も鳥居のデータを取得してきましたので紹介していきますね(*・ω・)ノ

    ちなみに札幌御嶽神社には計4基の鳥居がありました。

    第1鳥居は主要道路に面していて、ペットイベント(?)中ということもあり、データだけサクッと取って、撮影はしませんでした( -д-)ノ


    【札幌御嶽神社 / 第1鳥居】
    ①建立:2018年(平成30年)
    ②素材:プラスチック製(中空)
    ③高さ:約4.5m
    ④直径:41cm
    ⑤角度:斜め(斜度3°)
    ⑥下部構造:円形台石 or 根巻(18cm)、ミニ饅頭(3cm)


    【札幌御嶽神社 / 第2鳥居】
    ①建立:2018年(平成30年)
    ②素材:プラスチック製(中空)
    ③高さ:約4.5m
    ④直径:41cm
    ⑤角度:斜め(斜度3°)
    ⑥下部構造:円形台石 or 根巻(18cm)、ミニ饅頭(3cm)
    ⑦備考:両部鳥居


    【札幌御嶽神社 / 第3鳥居】
    ①建立:2018年(平成30年)
    ②素材:プラスチック製(中空)
    ③高さ:約3m
    ④直径:20cm
    ⑤角度:斜め(斜度2°)
    ⑥下部構造:円形台石 or 根巻(18cm)


    前回、比較的新しい鳥居は金属製の傾向が強いかなと思っていましたが、、、

    今回の札幌御嶽神社の鳥居は1年前に建立されたばかりなのです(この記事は令和元年に書いています)。

    素材は「プラスチック」(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?

    表面はコンクリ製に見えるように凸凹に加工されていました。

    考古学で言うところの痕跡器官(ルジメント)ってやつですね。

    本来は全体としての進化に伴って一部の器官が退化して機能が失われたものを指しますけど、この場合は遠目に見たらコンクリ製に見えるように詐称する機能が加わっている気がします( ・Д・)

    プラスチック製の印象が強すぎますが、今回の札幌御嶽神社の第2鳥居が「両部鳥居」になっていまして、これまでで初めての事例になります。

    これまで北海道の古い神社はドラム缶タイプだと推測してきましたが、どうやら最新の神社は見た目とコスパ重視のようですね( ・Д・)


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    ↑第3鳥居(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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    ↑第3鳥居の下部構造(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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    ↑第3鳥居の建立年情報(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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    ↑第4鳥居(「歩け、マヤ」管理人撮影)


    【札幌御嶽神社 / 第4鳥居】
    ①建立:不明(石灯篭も含め一切の記載なし)
    ②素材:金属製(中空)
    ③高さ:約6.4m
    ④直径:55cm
    ⑤角度:垂直
    ⑥下部構造:饅頭(亀腹)(15cm)


    この鳥居は、これまでの札幌市の神社の鳥居に近い印象を受けます。

    元々、札幌市東区に所在していた際の鳥居を運んできたのでしょうかね。

    それにしては表面が新しく、金属の劣化もなかったわけですが、何故この鳥居だけ他と違うのかなと不思議に思います。

    ……たぶん、本殿の前だから「絵的な問題」?( ・Д・)

    公式ホームページにも本殿と共によく撮影されて使用されていますからね。

    「神社の顔」として大事なのでしょう!


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    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    おわりとしてまして……

    上に挙げた写真は、岡山県の高岡神社にある石製鳥居です。

    かなり古い鳥居に見えますね。

    さて、今回の札幌御嶽神社の実態がどうとか言うつもりは毛頭ありませんが、、、

    やはりアレですね……

    「歴史って大事ですね!」

    古い物、歴史ある物には自然と厳かな印象が備わるものだなと実感しました。

    あと素材も大事!

    考古学は主に物質文化を研究する学問ですけど、モノって色んな側面で大事だなと改めて思いました( -д-)ノ

    ↓御朱印集めが趣味な方、かもーん!щ(゚Д゚щ)クァモーン!↓

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    2019ねん 7がつ 19にち(きんよーび、雨)

    トイレって大事だよね!

    でもトイレ我慢してる時が一番仕事に集中出来る気がする!( ・Д・)


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    今回の考古学・歴史ニュースは、「佐賀県の名護屋城博物館でトイレの歴史に関する特別展が開催されるよ!」というお話です(*・ω・)ノ

    佐賀県、唐津市鎮西町にある名護屋城博物館は2019年7月19日から、戦国時代のトイレ遺構を中心としたトイレに関する特別展を実施するそうです。

    その名もトイレのナゾを追え!! 肥前名護屋城の厠と雪隠」です。


    使わない!見るだけのトイレがある!

    さて、企画展のタイトルにある文字ですが、ゆきがくれと書いて雪隠(せっちん)と読むそうで、トイレの別名称だそうです。

    何でもここ名護屋城跡周辺では、前田利家ら4人の陣跡から、茶庭に置かれて実際には使わずに外観だけを楽しむ「荘雪隠(かざりせっちん)」とみられるトイレの遺構が見つかっているそうです。

    そんなトイレがあることを知りませんでしたが、全国でも数例見つかっているそうで、その中でもここ名護屋城跡周辺の荘雪隠の遺構は最も古い発見例なのだとか。

    昔からトイレの問題は衛生面と関係してけっこう大きな問題なのですが、どうやら佐賀県の武将達は陣の中にも「見るだけのトイレ」を作っていたようで、なんだか余裕ですねΣ(・ω・ノ)ノ




    上に挙げた写真は肥前名護屋城にある木村重隆陣屋跡の一部で、これが荘雪隠なのだそうです。

    想像と違いましたけど、展示ではこのトイレ遺構の実物大フロアパネルが紹介されるそうです。

    他にも全国のトイレに関連する発掘資料を取り寄せるそうで、福井県鳥浜貝塚から出土した縄文時代の「糞石」(排せつ物が化石化したもの)や、日本で初めて「トイレ」と確認された佐賀県一乗谷朝倉氏遺跡の「金隠し」などが見られます。

    開催期間中は毎週土曜日の午後1時から「トイレの自由研究」として学芸員が展示内容を解説するコースがある他、7月28日午前9時半から、トイレ遺構が発見された前田利家陣跡などを巡る「ミステリートイレツアー」(事前申し込み必要、先着40人程度)もあるそうです。



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    昔のトイレットペーパーは痛い!

    さて、縄文時代のトイレ遺構からは糞石と共に土器片が出土しているそうで、何でもトイレットペーパー代わりに土器片でお尻を拭いていたと考えられているそうです。

    ケガしそうですね( ・Д・)

    まぁ葉っぱとかも使っていたのでしょうが、「あ、紙がない!」みたいな時は割れた土器片をある意味で再利用したのかも知れません。

    こういったリサイクル文化は江戸時代まで連綿と続くわけですが、平安時代でも籌木(ちゅうぎ/ちゅうぼく)という木の棒状の板を使っており、上に挙げた写真のように戦国時代でもトイレットペーパーの代わりに木簡を再利用して使っていたそうです。

    この「木のトイレットペーパー(?)」は一部の農村などでは江戸時代後期まで使われていたそうで、他に藁(わら)も使用されていたそうです。

    まぁ痛いよね( ・Д・)

    江戸時代には都市部で再生紙を用いたトイレットペーパーが使用され始め、一般に普及するのは明治時代だそうです。

    一方で中世から近代にかけて人の糞尿を肥料として利用してきたリサイクルの歴史もあり、これについても今回の企画展で紹介するそうです。

    ちなみに江戸時代には人の糞尿は売り物でした。

    ランク分けされていて大名とか良い物食べてる人の糞尿の方が高かったそうです。

    ちなみに中ランクの糞尿樽一杯で500円、船一艘分で10万円の価値があったのだとか( ・Д・)




    おわりに

    個人的にはトイレの遺構って面白いなと思っています。

    古代マヤでも建造物の配置は分かっているけども、トイレの位置は分からないんですよね。

    あと糞石も面白いなと思います。

    最近は様々な科学技術が発達していますから、糞石から分かることも多いのです(・∀・)つ

    せっかくなので「ウェブ内、糞石ミュージアム」を開催しようかな。

    糞石を見慣れて、発掘調査の際に糞石を検出できるようにさ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

    ↓昔も今もトイレって大事!ヾ(´ω`=´ω`)ノ↓

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    2019ねん 7がつ 17にち(すいよーび、晴れ)

    最近、数学ばかりやっている。

    どれだけ数学・統計学の世界を理解したら、考古学の各事例に用いるべき手法の正しい選択ができるのだろうか。

    まぁとりあえず資格あるらしいので取ろうかな( ・Д・)


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    arukemaya516
    ↑ヨーロッパにおけるギリシャとコザニの位置(「「Google Map」の画像を一部加工」)




    【目次】
    1. はじめに -基礎情報-
    2. コザニにおける発見
    3. 古代ギリシアにおける窯の構造
    4. おわりに

    1.はじめに -基礎情報-

    今回の考古学・歴史ニュースは「ギリシアでビザンツ帝国時代の陶磁器を焼成した大きな窯址が検出されたよ!&青銅器時代のお墓も出たよ!」ってお話です(*・ω・)ノ

    上に地図を挙げましたが、今回の舞台であるギリシャは地中海に面しており、有名なイタリアのブーツ状の土地のヒールの先方向にありますね(分かりくいか( -д-)ノ)

    遺構が発見されたコザニは北ギリシアに位置し、西マケドニア及びコザニ県の都です。

    このコザニのアンソニーのグラットサニス(Gratsanis)地区で発見があったらしいのですが、詳しい場所が分かりませんでした。

    というのも記事自体が

    Δυο καλοδιατηρημένοι κλίβανοι της βυζαντινής περιόδου εντοπίστηκαν στην περιοχή Γρατσάνη του Ανθότοπου Κοζάνης, κατά τη διάρκεια εργασιών……(記事より一部抜粋)

    こんな感じなので、よく読み取れないし、こともあろうかグーグルマップもギリシア語表記が多かったので探せませんでした。

    学生時代に「古典ギリシア語」を履修していましたが、まぁ大体「なるほど!よく分からん!( ・Д・)」程度の能力だったのでご容赦願いたいヽ(TдT)ノ

    ギリシア語の記事に興味ある方は下に挙げる遺構の写真のリンクから、元の記事に飛べますのでどうぞ(*・ω・)ノ




    2.コザニにおける発見

    まず今回の発見の契機は、「Aeolian Park East and West Asia」という名称の公園を建設するための工事です。

    一つ目の発見は青銅器時代のお墓が見つかったことです。

    この発見に関して、当時、送電ケーブルの巻き取り作業を行うべく、30㎡の広さの発掘調査がなされました。

    この際にお墓が検出され、それが上に挙げた写真になります。

    見た感じ、現地表面にかなり近い深度に遺構が広がっている模様です。

    出土遺物から後期青銅器時代(BCE1600-1100年)と推定されています。

    墓の傍には同時期の建造物と思われる遺構が存在し、青銅製の鳩の装飾品が出土しました。

    人骨は確認されなかったようですが、副葬品から女性の墓であると推定されています。




    今回のもう一つの発見がこちらの穴ぼこ群です。

    変電所を建設しようと工事を行っていたところ、発見されたそうです。

    これはビザンティン帝国時代(東ローマ帝国時代;CE395-1453年)の陶磁器の焼成に用いられた窯の跡です。

    上に挙げた写真の右下隅に横穴が見えますが、この部分(及び、より手前部分;写真では切れている(TДT))で薪を燃やします。

    「もぐら叩きゾーン」にはよく乾燥させた未焼成の陶磁器類を並べます。

    このゾーンは10㎡の大きさがある大きなものです。

    「もぐら叩きゾーン」の周囲からは10本のアーチ状の支柱の痕跡が確認されており、かつてはこのゾーンが壁と屋根で覆われており、小部屋のようになっていたたわけです。

    このように上部構造は失われていますが、下部構造としては非常に保存状態のいい遺構です。

    今回の発見ではこの種の窯址が2基検出されたのです。

    この2基の窯址では薪をくべる部分の穴の入り口がタイルと石で慎重に閉じられていました。

    そのことから、当時の土器工人らは将来的に再びこの窯群を使用する見込みで、一次的に工房を封鎖したのだと推定しています。






    3.古代ギリシアにおける窯の構造

    古代ギリシアの土器焼成窯の構造について紹介します。

    この上に挙げた模式図と模型が非常に分かり易いかなと思います!(*・ω・)ノ

    下の模型では「もぐら叩きゾーン(焼成部屋)」もしっかりと示されていますね。

    上の模式図では燃料の燃焼場所が、焼成部屋の直下になっていますが、実際にはトンネル状の箇所で燃やします。

    ちょうど模型ではトンネルの断面において薪が積まれているのが見えますね。

    今回のような焼成部屋の一部である「もぐら叩きゾーン」を特徴とする土器焼成窯址はイタリア、エジプトでもいくつかの検出例がありますので、この下で紹介します。

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    ↑イタリア、セリヌンテにおける検出例①(「italy magagine」の記事内画像より転載;英文)


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    4.おわりに

    古代ギリシア文化に属する都市は現在のイタリア、シチリア島にも広がっていましたから、現在のギリシャの外であるイタリアでも多く検出されています。

    またこの「もぐら叩き式窯」は古代ローマ、ビザンツ帝国にも引き継がれていますので非常に広い年代幅でヨーロッパを中心に見られるのです。

    いくつか写真にて類例を挙げましたが、今回ギリシャで発見された土器焼成址は焼成部屋のグリル板の保存状態が本当によく、そして大型の施設である点で重要な発見だと思いますね(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

    また最後に挙げた粘土板に描かれた当時の土器を焼成する工人の様子も興味深いなと思います。

    こういった一般層の人々の暮らしぶりが分かる資料は貴重ですね(*・ω・)ノ

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    2019ねん 7がつ 16にち(かよーび、曇り)

    「精神と時の部屋」が欲しい。

    ネットが使えて、書籍も持ち込めて、ネット購入した本も届くのならば……

    「時間は作るもの!」

    まだ幼き自分が抱いたモットーはとても大事だのものだったと、老いた私は今更ながらに再確認したのであったヽ(TдT)ノ


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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    ↑オックスフォードシャーの位置(「Google Map」の画像を一部加工)


    【目次】
    1. はじめに -基礎情報-
    2. 見つかった生贄の遺体の謎
    3. ヒルフィギュア(地上絵)って何?
    4. おわりに

    1.はじめに -基礎情報-

    今回の考古学・歴史ニュースは「イギリスで約3000年前、青銅器時代の生贄がたくさん見つかったよ!」というお話です(*・ω・)ノ

    上に挙げた図にあるように、今回の発見の舞台はイングランド南東部のオックスフォードシャー州(Oxfordshire)です。

    前回、ちょうどハリーポッターの晩餐会のシーンでお馴染みのオックスフォード大学について触れましたが、そのオックスフォード大学が所在するのがこの地域です。


    ↓【まだ食べられるよ?( ・Д・)シリーズ】『最後の晩餐』in ポンペイ、「保存状態が良い」というレベルではない件について!Σ(・ω・ノ)ノ【考古学】
     
    ↑オックスフォード大学付属博物館でのイベントです(。・ω・)ノ゙


    今回の発見の契機は、後ほど紹介するヒルフィギュアと呼ばれる地上絵の比較的近くにて、水道管の敷設工事を行っていたところ、作業員が遺骨を発見した!ということです。

    連絡を受けた考古学者チームによって発掘調査が実施され、この埋葬遺構群からは馬の頭蓋骨を含む様々な動物や鉄器時代、古代ローマ時代の道具類が多数出土したのです。


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    ↑伸展葬の遺体(「Ancient Origins」の記事内画像より転載;英文;credit: Thames Water



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    ↑足を切断され、後ろ手に縛られている遺体Σ( ̄ロ ̄|||)(「Smithsonian.com」の記事内画像より転載;英文;credit: Thames Water



    2.見つかった生贄の遺体の謎


    さて、先に述べた動物骨や道具関係の遺物の他に、26体もの人骨が確認されました。


    一番上に挙げた写真の人物は普通の伸展葬(「気を付け」をしたような態勢での埋葬)です。


    二番目の写真は、何と頭部を切断された上に、その頭蓋骨をわざわざ足元に置いた状態で埋葬されています。


    呪術的な意味合いがあるのでしょうか?ヽ(TдT)ノ


    そして最もショッキングなのが三番目の写真の遺体です。


    分析結果からこの遺体は女性のもので、両手を頭の後ろで縛られ、両足首を切断され、開脚した状態で検出されました(/TДT)/


    発見された26体全てが生贄というわけではありませんが、恐らく儀礼的に殺害された遺体の状況には一貫性がないのが謎です。


    理論物理学でよく分からないことは「ダークなんちゃら(ex.ダークエネルギー)」なんて表現するように、考古学ではよく分からないことは「儀礼行為」としてしまいます( ・Д・)


    恐らく3000年前のこの地では流行り病、飢饉、地震等の自然災害の被害を受けた結果、神の許しや先見の明を求めたり、あるいは、豊かな収穫や戦争での勝利を保証するためにこのような犠牲が払われたのでしょう( -д-)ノ



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    ↑「アフィントンの白馬」(「芭蕉blog」の記事内画像より転載)


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    ↑「サーンアバスの巨人」(「ゲー脳ニュース速報」の記事内画像より転載)



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    ↑「ウィルミントンのロングマン」(「FIND OUT WONDER」の記事内画像より転載;credit: Google)



    3.ヒルフィギュア(地上絵)って何?


    ヒルフィギュア(hill figure)とはイギリスの石灰岩の丘陵地帯に描かれた地上絵のことです。


    その名の通り、丘(hill)の図形(figure)なわけですね(*・ω・)ノ


    丘陵の急斜面の草と土壌を削って溝を掘り、母岩である石灰岩を露出させることで描いた地上絵であることから、"chalk figure"、"chalk carving" などとも呼ばれています。


    学校の黒板で用いるチョークの語源になっているチョーク(chalk) は、未固結の石灰岩を指します。


    石灰岩を露出させて描いているから「チョーク・フィギュア」なのですね(*・ω・)ノ


    ヒルフィギュアの製作動機はよく分かっておらず、記念碑、宗教、政治、広告などが考えられています。


    上に挙げた3者は特に有名なヒルフィギュアでそれぞれ、「アフィントンの白馬」、「サーンアバスの巨人」、「ウィルミントンのロングマン」です。


    ヒルフィギュアの大部分がイングランドの南部の丘陵地帯に集中しており、その数は全部で101例も確認されています。


    実はヒルフィギュアは定期的な保守作業を続けないと、風化・埋没して消滅してしまいます。


    そのため「古いヒルフィギュア」は、地域のランドマークとして長年に渡って定期的な手入れをされ続けてきたものであることを意味します。


    かつては101例以上にもっともっとあったのかも知れませんね(*^・ェ・)ノ


    さて、写真から分かるように、緑と白のコントラストが鮮やかで遠方からでもはっきりと見ることができますが、ナスカの地上絵のように上空からではなく、向かいあった斜面や遠方など地上から見ることを意識して作られています。


    選ばれる題材は「馬」が最も一般的で、その他に人や動物、十字架や紋章などがあるそうです。

    数多あるヒルフィギュアですが、適切に管理しないと消滅してしまうという性質から、実際にはほとんどのものが18世紀以降の作品なのだそうです。

    例外として今回の発見にも関係する「アフィントンの白馬」は青銅器時代作とされています。

    白馬は当時のこの一帯の部族の象徴であり、太陽が馬の上や馬車の中で空を横切って運ばれたという神話の信念を反映しているとのことです。

    これは古代ヨーロッパでは「ソーラーホース」として知られるモチーフです。

    そのため今回発見された人々は日々の日の出を保証するために犠牲にされたのかも知れません。

    それにしてもこのお馬さん、3000年前から維持され続けているって凄いですよね!Σ(・ω・ノ)ノ

    でも管理する地元住民の間では少なくともここ数世紀の間、「馬」ではなく「ドラゴン」だと思っていたそうですよ!( ・Д・)



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    ↑ホーマー・シンプソンのいたずら書き(「excite blog」の記事内画像より転載)



    4.おわりに


    上に挙げたのは2007年に起きた「いたずら事件」です。


    「サーンアバスの巨人」の隣に白色の水性ペンキで「ホーマー・シンプソン」が描かれたのです。


    文化財には直接手を出していないし、「水性」という点が優しさかも知れませんが、地元住民は怒り心頭だったようです。


    というのも先に説明したように、現在でも地元住民らの信仰の対象ですし、彼らの先祖代々の努力で現存する文化遺産なのですから当然ですね!


    (それにしてもシンプソンの絵が上手すぎる( ・Д・))


    こういった地元住民らが先祖代々、努力して守り続けている文化遺産ってけっこう少ないんじゃないかなと思います。


    その連綿と続いてきた行為自体が「重要な無形文化遺産」だと思います(。・ω・)ノ゙


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