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あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

タグ:マヤ文明

2022ねん 10がつ 9にち(すいよーび、くもり/雨)

予定組んだ12月末まで埋まった( -д-)ノ

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↑現場はこんな感じ( ・Д・)(筆者撮影)


今回の考古学・歴史ニュースは2022年調査の内容紹介するよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はグアテマラ、ペテン県のティカル遺跡です。

あくまで「調査内容の紹介」であって成果紹介ではないのは論文発表の関係があるからです。

なので、簡単になら紹介してもいいかな~っていうものについては今回紹介していきますね。

とりあえず私が実施している研究の概要と、これまでの調査報告としてあげていた記事を載せておきます。











小さなマウンドの調査の結果について

今回紹介するのは小さなマウンド群を掘った時のお話です。

2022年の調査では大きいマウンド群も掘っていますが、それはまた次回にお話します。

ちなみにマヤ地域で言うのところの「マウンド」とは昔の建造物が崩れて風化・浸食を受けた結果、土饅頭のようになっている状態のものを言います。

「小さな古墳」だと思えばイメージは大体合ってます。

他の地域だと指す内容が異なるのであくまでこれはマヤ地域でのお話です。




ちなみに最初に挙げた写真のところが現場なのですが、真っ平でマウンドが分からない状態になっています。

これはこの地点にかつて存在した建造物がとても小さく、また遺構として残りにくい木材などの有機物製の建物であったからです。

なのでマウンドってどんなものかを視覚的に理解してもらうには、大きなマウンド群について話す次回の記事の方が良いと思います。



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↑Str.4F-26、27の傍にある大きな穴(筆者撮影)


ティカル遺跡の中心部(9㎢)には約2400基のマウンドが確認されています。

これらのマウンドにはそれぞれ名前が付いていて、建造物(Structure)の略称としてStr.が付いています。

今回紹介する小さなマウンド群はStr.4F-26と27です。

4Fというのは測量図の図面番号のようなもので、26、27というのはその4Fというエリアの中での26番目、27番目の建造物マウンドであるという意味です。




このマウンド群の地点はあまりに平らでマウンドとしての土の高まりを確認することが困難でしたが。すぐ近くに現代遺構である大きな掘削痕があるために位置を特定することができました。

ちなみにこの大きな穴は、1950~60年代のアメリカ、ペンシルベニア大学の調査が実施される際に滑走路を造るために掘ったものです。

この大穴から取り出した土や石灰をばら撒いて滑走路予定地を平らにならしたのです。

最後に紹介するYouTube動画でも説明で出てきますが、この滑走路の一部は現在、駐車場として利用されています。




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↑堀り始めの状況(筆者撮影)

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↑手帚がなかったので自作(筆者撮影)

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↑地表面のすぐ下から当時の石列が出てくる(筆者撮影)


ラテンあるあるですが、面会の約束とかしててもすっぽかされるんですよね。

そんなこんなで時間を無駄に取られて調査用の備品を一部購入できないままスタートしました。

まぁお手製の杭とか箒を自作して使ってますが、こんな風景もラテン考古あるあるかなと思います。

水糸だけは日本から運んでいて、それできっちり計測して実施しているので問題はほとんどありません。

まぁ見栄えが悪いってことくらいでしょうかねヽ(TдT)ノ




上の三枚目の写真で掘った範囲の内側の壁に小さな切り石が見えます(とても分かりにくいと思うけれど)。

壁のほとんどが切り石だと思っていいです。

問題は切り石が現地表面から僅か数センチの位置にあるってことです。




亜熱帯ジャングルの中にあるティカルでは、微生物の活動がとても活発なので所謂腐植土が発達しません。

全部あっと言う間に分解されてしまいます。

なのでほぼ「現地表面=旧地表面」です。

つまりティカルを散策するとほぼほぼ古代マヤ人が歩いていた台地上を歩いているということになるってことです。



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↑母岩の石灰岩(筆者撮影)

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↑石灰岩層直上に土器片を発見(筆者撮影)



Str.4F-26と27は小さなマウンドなので、かつては木製の小さな家だったと思われます。

きっと農民のような一般層の人が暮らしていたのでしょう。




調査区を掘り進めるとあっという間に母岩である石灰岩層に到達してしまいます。

古代マヤの建築法として有名な「重層建築」はここでは見られません。

重層建築は”お金持ちの家”にしか見られないものだということが分かります。




家の中の床面も漆喰で覆われていません。

土の表面を平らにして硬く押し固めたような床面しか見られませんでした。

使用している石灰岩の切り石も小さく、加工が甘いものです。




現代で言うならばお金持ちが鉄筋コンクリート製のマンションに住んでいる一方で、低所得層は木造アパートに住んでいるようなものです。

そう考えると技術的な違いを除けば、古代マヤも現代日本社会も根本的には類似してるなぁと思います(*^・ェ・)ノ




……ちなみに、石灰岩層上面から土器が1点出土しました。

近い内、YouTube動画の「考古学講座」で取り扱おうかと思っていますが、、、

これは古代マヤ人が建物を建造する際に最初に石灰岩を露出するレベルまで掘って広場の広がりを確定させたことによるものです。



↓今年の調査の記録をアップしていますヾ(´ω`=´ω`)ノ

↑今後も毎週5本くらいずつ投稿していきます(*・ω・)ノ


おわりに

かつての調査動画も今回の動画もそれぞれ1本の動画あるいはまとめて1本の動画としてちゃんと作りたいのですが、時間がねぇ……

論文とか大学の仕事だけで11月末まで予定埋まってるので、kindke出版用に本書いたり、報告書書いたりしたら12月末まで使っちゃうんですよね( -д-)ノ

燃料費高騰とか記録的円安の影響を受けて、今年の調査は小規模になる予定なので、1月~3月の中でもしかしたら時間を作ることができるかも知れません。



まぁしゃーなし、、、



いつも通りのんびりやるさ!( ・Д・)



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2022ねん 9がつ 13にち(かよーび、晴れ)

今週1週間何もしないで精神疲労を何とかしようと思ってたが、結局めちゃ仕事してるのは何故?( ・Д・)

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今回の考古学・歴史ニュースは古代マヤ人、遺灰を混ぜたボールでサッカーしてたぜ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はメキシコ南部、チアパス州にあるトニナ遺跡です。




当サイトの読者には釈迦に説法だとは思いますが、、、

所謂、古代マヤ文明って統一国家がないのです。

数多の都市国家が林立してバチバチやってるさながら戦国時代のような状況だったのです。




私、前にGIS(地理情報システム)をかじってた時に座標が分かっているマヤ遺跡全部プロットしてカーネル密度分布推定で地図作ってみたことあるんですけども、

その時に使ったデータ数がおよそ1300でした。

「時間と空間が考古学の基礎」といつも謳っている当サイトですが、「時期」って案外難しいのです。

何故なら掘らないと決定できないから( -д-)ノ




マヤ地域は日本とは異なり、踏査と試掘で遺跡分布を決めているのではなくて、生い茂ったジャングルのせいで、衛星写真や流行のライダー(簡単に述べるなら航空レーザー測量技術)使ったものも多いので時期のデータがないこともままあるのです( ・Д・)

だからおおよその予測だけども、まぁ古代マヤ文明の”メイン”である古典期には小規模遺跡含めてざっと800遺跡程度あったのかな(古典期にカスってるもの含むと)と思っています。








少なく見積もっても500遺跡はあると思うのだけれど、それだけ多くの遺跡がある中で皆さんが知っているのは僅か10遺跡くらいでしょうか(言うて、私もさほど変わらない(´・ω・`))。

今回紹介する『トニナ遺跡』はたぶん日本ではほとんど知られていないはずです。

日本語の書籍にはほとんど出てこないからです(*^・ェ・)ノ




ですが古典期マヤ文明(CE250-1000)の遺跡の中ではトニナ遺跡は非常に大きな遺跡なのです。

マヤ文字を含む重要な遺物も本当にたくさん出てます。

トニナ遺跡は、世界遺産としても古代マヤ文明史でも超有名&重要なパレンケ遺跡の70kmほど南に位置していて、パレンケとずっと戦争して最後に勝ってるくらい重要な遺跡なのです(・∀・)つ






さて、本題に入りますと、、、

このトニナ遺跡での最新の発掘調査速報として、殿ピラミッドの基壇部分に出入り口のような石組み遺構が確認され、そこを掘り下げてみたところ、宝物庫のような空間を発見したということです。

問題はその空間に納められていた遺物なのですが、およそ400個ものゴムボールが発見されました。




古代マヤ文明を中心としてメソアメリカ地域全般において球戯場(ボールコート)の存在が知られています。

現代でいうとことの『サッカー』ですね(*・ω・)ノ




ただこれだけまとまってサッカーボール(?)が見つかる事例は類を見ません。

そして調査責任者のメキシコ人考古学者、フアン・ヤデウンによると、これらのゴムボールは王族・貴族層(エリート層)の遺灰を植物と共に練り込んで作られたものだと言うのです。

星への見立てなのでしょうか、一種の生まれ変わりの儀礼として偉大な人物の魂(?)が丸いボールとして260日後(ツォルキン歴/儀礼歴の1年後)に「復活」するのだそうです。




彼によると、古典期のサッカーボールは巨大だったそうで、、、

彼の述べる証拠というのは主に図像のようですが・・・・・・




古代マヤ人って王族・貴族の遺灰を蹴り飛ばしてサッカーしてたのでしょうかね?

であれば、コロッセウムより遥かに、一般層の心をスカッとさせる催しだったのかも知れません(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!




そう言えば、国葬で盛り上がる現代日本。

彼の英霊も遺灰をサッカーボールに入れて蹴り飛ばせば、我々一般的な国民の心も少しは晴れるかも知れませんね( ・Д・)








おわりに ~真面目なお話~

容量とかの問題なんですかね?

大手のメディア系会社のネット上の記事とかYouTube動画とかって何故か削除されてるような気がするのですが、、、

埋もれて見つからないだけ?( ・Д・)



そんな気もしますけど、とりあえずマヤ文明関連の記事は当サイトで取り上げて記録するとして、動画はひとまず収集します。

余裕ある時に複数の動画を編集してニュース動画として記録できればと思うのですが、、、まぁ暫くはただ集めておくだけってことになりそうです( -д-)ノ




さて、マヤ考古学を牽引しているのはアメリカ考古学だと思うのですが、、、

まぁ距離的にも近いですし、調査に来やすいですよね。



アメリカ考古学は1960~70年代の法則定立的研究を志向した時代から潮流が変わり、文化相対主義に基づく個別記述主義が現在も主流です。

所謂発展途上国などへの進歩史観に基づく差別が根底にあって、「それ良くない!(゚Д゚)ゴルァ!!」って反発からこの『体制』が敷かれていると個人的には思ってます。




というのも、そういう活動、、、怒られるだろうけど所謂欧米の白人集団はそういうのが大好きだなって思うし(歴史的に他者を一番差別してきたのはあなたがーたでは?とか思うのだけど)、

はっきり言って、この文化相対主義って息が長すぎるんですよ。

単純に『この上なく素晴らしい研究理論だから』というわけで存続しているのではなく、圧力がある気がするのです( -д-)ノ





・・・長い前置きですが、結局何が言いたいかと言いますと、、、




個別記述主義の名の下、各マヤ遺跡で行われる調査や研究の結論は常に「ほにゃららだからこの遺跡(私の取り扱う遺跡)はユニーク!研究の価値あり!」ってなるんですよね。

(面白いくらいそうなる、たぶんほぼ100%)

まぁユニークというのはマヤ文化にバリエーションがあったことを示す上での表現の問題に過ぎないので、別にそれはそれで構わないという気持ちもあるのですが、、、




一方で一般向けの概説書とかガイドブックとかになると特にですが、どうしてもマヤ文明に関して普遍化する必要があるのですよ。

そこでは、ティカルではこう!コパンではこう!パレンケではこう!

って記述しないんですよね。

何故か一気に『古典期マヤはこう!』ってなるんですよヽ(TдT)ノ




そうした時に、今回のような1遺跡で見つかった特殊な事例が普遍化されてしまうケースがあるのです。

そして怖いことに、「高名な考古学者」は声が大きいので、気付けば定説化してたりするんですよね。



発掘調査や遺物の保管には莫大なお金がかかる関係上、学閥とか権威主義とかの脅威は常にあると個人的には思っているので、是非皆さんも色々な記事やニュースを目にしたとしても、

「自分の頭で考える」ということを忘れないで頂きたい。

これ本当に大事です。

種々雑多な情報が溢れる現代社会では特に、、、



ちなみに、

この記事も嘘かも知れんよ!( ・Д・)



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2022ねん 5がつ 16にち(げつよーび、めちゃ雨)

実は最近私は、考古学研究によって、人類史における格差社会の変遷を数式化&グラフ表示による可視化することをテーマにしてるんだよ!ヾ(´ω`=´ω`)ノ


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今回の考古学・歴史ニュースは古代マヤ文明社会も格差社会だったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は全世界です( ・Д・)

紹介する論文は「Greater post-Neolithic wealth disparities in Eurasia than in North America and Mesoamerica」(Kohler et al. 2017)です。



比較的最近の研究で、経済学における社会の不均衡、貧富の差を示すローレンツ・カーブとジニ係数を考古学に応用したものとして高く評価されたものです。

あのNatureに載ったやつなのです!(*・ω・)ノ




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↑論文中のFig. 3a



経済学の方法を応用した点は面白いんですけど、結論はさして評価されていないんですよ。

なんでかって言うと、、、

上に挙げた図の中で、青い色のドットやラインが旧大陸の遺跡におけるジニ係数を示していて、赤色のそれらが所謂「新大陸」の遺跡を示しています。

上に行けばいくほど(Y軸の値が大きくなればなるほど)貧富の差が大きかったことを示しています。




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↑論文中のFig. 3b




なのでぱっと見、旧大陸(青色)の方が貧富の差が大きい気がしますよね。

特に上の図3bを見てみると、時間が経つと旧大陸の方はぐっと社会格差が拡大するのが分かると思います。

論文の結論部ではこのようになる解釈として、旧大陸では新大陸にはない大型家畜が存在したため、その所有が貧富の差の拡大を助長したと述べています。



……ふーん、なんだ、結局普通じゃん、みたいなけっこう辛辣なコメントがなされているのです。

経済学の手法の応用は興味深いけれど、解釈が従来の考古学の成果に寄り添った形であるのがもったいないってことなんでしょうか。

近年のDNA分析の結果のように、従来の考古学の成果をひっくり返すことが求められているようにも感じて、私としてはちょっと震えてしまいますΣ(・ω・ノ)ノ






載せた画像サイズがちょっと小さいですが、よく見ると「Tikal」って入ってるんですけど、旧大陸遺跡の中で唯一ぶっ飛んでるんですよね。

図3aだと右側、図3bだと真ん中くらいの赤色ドットの一番上にあるやつがそうです。



ティカルだけめちゃくちゃ不平等なんですよね(笑)

旧大陸の遺跡中では突出して格差社会なので、外れ値扱いされています( ・Д・)



ちなみにこの論文では住居サイズを経済指標と仮定して分析を行っています。

考古学者の視点からすると、そういった前提条件は大切なのですが、発掘調査を通して実際に住居サイズの大小と出土遺物の量の多寡や質の良し悪しとが相関するのかどうかをチェックする必要があります。



まぁそれをちゃんとやったのが私ということなのですが、それはまた今度のお話ということで!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!




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↑論文の冒頭部分


おわりに

このローレンツ・カーブとジニ係数を用いた古代の貧富の差を示す研究、、、

負け惜しみを言うと私も同じアイディアでやろうと思ってたのです!

(世界は広く、山は高かった(ρ゚∩゚) グスン)

でもこの論文が2017年で、私は2019年に思い立ったのでそもそも負けてましたヽ(TдT)ノ



まぁやっててもこの論文の方が遺跡数も多いし、圧倒的にスゴイんですけど、、、

私はティカルやるだけで死にかけてたのに、彼らすごいな~って思ってたら……

上に挙げた画像ですよ!



共著18人!( ・Д・)


人海戦術でも負けるわ~。

というかこういう大人数で共同研究ができる環境がスゴイ。

日本じゃコミュニティ小っちゃいし、研究費少な過ぎて人雇えないしね(´・ω・`)




私も国内でスタッフ雇いたいけど大きな予算取れなきゃ無理だよね~。

あるいはたくさん稼いで、そのお金で個人的に人を雇って、ブログとかYoutubeの編集とか手伝ってもらおうかな~(*^・ェ・)ノ



それもありよりのあり!( ・Д・)



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2022ねん 1がつ 30にち(にちよーび、晴れ)

お肉食べたい( ・Д・)


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↑これはサンプリング調査地点の配置図( ・Д・)(「あるけまや」作成)


今回の考古学・歴史ニュースは調査始まったけど、お金がない!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はグアテマラ、ティカル遺跡です。

コロナの影響で2年ぶりの調査となりまして、なんだか本当に久々にこっちに来たな~って感じがしております。

上に挙げた図は、粘土試料のサンプリング調査地点を示したものなのですが、今年はラ・ニーニャ現象の影響で乾季に差し掛かる1月末現在でも土砂降りのスコールが散見されるため、上手くいかないかも知れません。

なんとかなれば、2月末を目途に結果報告をしたいな~と思っております。


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↑材料現地調達の手作り箒(「あるけまや」撮影)


何故、お金がないのか?

元々1月20日に出国予定だったのですが、コロナ禍の影響で便が欠航になったり、空港が使えなくなったりで2度変更になった結果、1月19日の23時発になってたのです。

出発時間があまりに遅いので、のんびりしてて、準備も中途半端だったし、お土産も少し買い足そうかな~なんて思いつつお昼ご飯を食べながらYouTubeでコロナ関連情報を集めるべくニュースを見てたら・・・・・・

「アメリカで5Gが実装され、電波がボーイング777などの機体制御装置に影響を与えるため、ニューヨーク便など全て欠航となりました」

って見つけて、、、いや、見つけたおかげで助かったわけですが、、、



見事に私の便はボーイング777のニューヨーク経由だったので、慌てて大学の旅行代理店に連絡して、便を変えてもらったら・・・

今すぐ家出れば間に合うかもって・・・・・・

で、僅か15~20分くらいで準備終わらせて、重いスーツケースを即時筋肉痛になりながらダッシュで運んで、飛行機に間に合ったのです。


結果、いくつか忘れ物してしまって、一番効いたのが『生活費用のドルや現地通貨(ケツァール)』を置いてきたのです( -д-)ノ

幸い財布に100ドル紙幣が1枚入っていたので、それで7週間生きることになったのですヽ(TдT)ノ

……まぁポジティブに考えると、こっち来て2週間で内臓脂肪全部使い切ったらしく、出発時にきつかったズボンがすっと入るようになりました( ・Д・)


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↑ピンポールもないので手作り( ・Д・)(「あるけまや」撮影)


人員は十分だけど貧乏な調査

おかげさまで、「アカデミスト」(学術クラファン)の支援金があったので、前回よりも2名の調査員を増員して調査を行っています。

でも現金が12000円(100ドル相当)しかないので、先に挙げた写真の箒や上に挙げた写真の杭のように手作り用品を多用しております( -д-)ノ

まぁ水糸とか水平器とかは前回日本から運んであるので、調査精度は落ちてません。

足りない備品とかティカル国立公園側や友人の考古学者などに借りつつ調査を実施しているのですが、いやー「持つべきものは金」だなって思います、、、もちろん「友」も重要です( ・Д・)


調査に関して

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↑調査区域(「あるけまや」作成)


上に挙げたのが調査区域の図で、オレンジ色が2020年に掘った場所、青色が今年の調査区域です。

調査開始してから1週間なのですが、思ったよりガンガン作業が進んで、1週間で終える予定の調査(上部の青丸ふたつ)が2日で終わったのです。

デモで国道封鎖されて約2日潰れたことを考えても、1日の余裕ができました(土日は休みなので週5日計算)。


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↑平らにしか見えない調査区(「あるけまや」撮影)

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↑ティカル遺跡のマウンドサイズ分布と、調査対象(「あるけまや」作成)


この上の青丸2つの場所は上に挙げた写真に見られるように、ほとんど平らなのです。

全然マウンドに見えないのです( ・Д・)



3枚目の図にあるように、ティカル遺跡のマウンドサイズ分布は「べき分布」することが分かっており、これを足掛かりに各マウンドサイズと出土遺物の質・量との関係について明らかにしようと考えているわけですが、、、

この図で分かるように「26番(Str.4F-26)」よりも小さいマウンドはたくさん存在しているけれども、もうこれ以上小さいマウンドは掘らずには確認できないという結論に至りました。

なので今回掘った26番、27番がミニマムマウンドの事例として扱うことにしました。

よって今後は大きい、分かりやすいマウンドの事例を増やしていくことで自己の新しい理論の証明と、数理モデルの構築を目指していくことになります。


*上図ではオレンジ色が前回の調査マウンド、青色がこの1週間で掘ったマウンド、緑色がこの後3週間で掘るマウンドです(*・ω・)ノ



↑ 300円のご支援をお願いします!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ



↑気付けばもう第11回まであります、少しずつクオリティも上げてく予定なのでこちらもよろしくお願い致します( ・Д・)


おわりに 面白い成果は出ているが、、、

さて、比較的小さいマウンド群~中程度までのデータは集まったので面白い結果になっているのですが・・・・・・

調査許可取得の際の法的な契約の関係で、詳細をお伝えすることができません。

とは言え、完全に埋戻してますし、報告書も片っ端から書き始めていますので、2月末から前半部の報告をちょこちょことここで出来るかと思います。

いち早く知りたいよ!って人はお手数ですが、上記のアカデミストにてご支援頂ければ、2月末のライブ配信で詳細を含め一気に全部をお伝えしたいと思っております(*・ω・)ノ



さて、昨年末くらいから少しずつ私が設定する新学術領域「考古物理学」についてアピールを始めましたが、考古学データに基づく「ヒトとモノの関係の数式化」は見事に成功しそうだなとかなりの手ごたえを感じています。

(1960年代の「プロセス考古学」の課題をスマートに乗り越えたと自負しておりますヾ(´ω`=´ω`)ノ)

これを機に、一般に「役に立たない人文科学」と称される現状を少しでも打開し、考古学が歴史関係の諸学問に対して共に議論できる共通の土俵を提示できるようになるのではと、

考古学をはじめとする歴史学一般と、現代社会とそれが抱える諸問題とを繋ぐ架け橋になればという想いで今後も尽力していきたいと思います。


何はともあれ、、、

お金ないとほんと不安だけが残る!( ・Д・)



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2021ねん 10がつ 10にち(にちよーび、晴れ)

おひさ!休んでた分のノルマとか諸々終わらんよ!ヽ(TдT)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースは古代マヤ遺跡で古代の宇宙人飛行士を模した人型土製品が見つかったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はマヤ文明の中心地、グアテマラのペテン県です。

この前、ヒストリーチャンネルのアンケート懸賞で1000円のアマギフもらったので、今日は優しく書こうと思います(*^・ェ・)ノ←チョロイ

それでは速攻問題のブツを見てみましょう!


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↑なんとも可愛らしい宇宙人(・∀・)つ(出店不明だが「MUNAE」の図録と思われる)


どうですか、これ?

私はヒストリーチャンネルの「古代の宇宙人」はYoutubeで無料配信されてる分しか観ていないんです。

もしかすると現地イギリスでテレビ放送されてるものとか、有料シリーズの中で取り扱われているかも知れません。




少なくともYoutube版では出てこないんですが、これこそ「古代の宇宙人」ぽくないですか?

やけに可愛いけども!カワ(・∀・)イイ!!

でも、、、宇宙人かも知れないけど、「宇宙飛行士ではない」って思うかも知れませんね。

そんなあなたに次の写真(。・ω・)ノ゙




どうですか?

あの宇宙人みたいな頭部はヘルメットだったのですヾ(´ω`=´ω`)ノ

これだと宇宙飛行士っぽいでしょ?

・・・

・・・・・・まぁ問題は半裸なことですけどね!( ・Д・)







正体は何なのか?

さて、問題の可愛らしい遺物はグアテマラ北部、ペテン県に所在するエル・ペルー・ワカ遺跡で出土したものです。

ひと昔前は現地でエル・ペルーと呼んでいましたが、気付けばペルー・ワカって呼ぶようになっていました。

何でかは分かりません・・・今度の調査時に覚えてたら聞いてみますね( -д-)ノ




ところで私の専門でありながら訳書の関係で日本ではなかなか知られていないのが、CE378年にテオティワカンの軍隊がティカルを征服してしまったことです。

これにより当時のティカル王は死亡し、テオティワカン系の王様が擁立されます。

ここでは分かりやすく書いているので語弊もあるかも知れません。

またこれは飽くまで一つの解釈なのですが、現在マヤ学研究では有力視されていると思いますし、私も大方支持していますのでその解釈の方向でこの先書き続けます( -д-)ノ




さて、実はこのティカルへの「異邦人の到着」というイベントの僅か10日前に、テオティワカンの軍隊はエル・ペルー・ワカを征服しているのです。

そのためエル・ペルー・ワカ遺跡は王朝としてはテオティワカン系のマヤ都市国家ということになり、古典期を通してティカルを盟主とした同盟の一都市国家として存続します。


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そんなエル・ペルー・ワカ遺跡は1960年代半ばに発見されましたが、当時はティカルなどの大遺跡に調査が集中していたこと、またその後、中小遺跡が対象となったことからなかなか発掘調査が行われませんでした。

2003年からアメリカのアリゾナ大学が主導する形で長期の発掘プロジェクトが開始されました。

近年の発掘ながら、相変わらず『イイところ』を狙って掘っていて、かなりの大発見が続きました。

今回の遺物は大型建造物(Str.O14-04)の内部にあった39号墓の副葬品のひとつであり、全部で23体の小像が見つかりました。




さて、本題の「宇宙人飛行士」の正体についてですが、上に挙げた他の小像を見て分かるように、古典期後期のハイナ島で特に有名な精巧なマヤ様式の小像です。

このお墓の時期もCE600-650と考えられていますので、時期的にもピッタリです。

なのでヘルメットを着脱できる「宇宙人飛行士」もこれまで明らかにし、構築してきたマヤ歴史観の中で回答せねばなりません。




転載元の記事には何故か「ドワーフ・ボクサー(Dwarf boxer)」って書かれていますけど、、、

マヤでは所謂「小人症」の人間を特別視し、重宝していました。

23体が映っている写真をよく見ると、中央の6体(+ミニチュア土器がある)は周りの人型小像より小さいですよね。

これが写実的なものなかは不明ですが、恐らく彼らが「ドワーフ(小人)」と表現しているのは、マヤの図像から見られる小人を特別視する文化と小像のサイズの違いを根拠にしていると思われます。




一方でボクサーなのは何故でしょう?



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↑再掲


まぁ左手にグローブみたいな(ドラえもんの手みたいな)丸いものに覆われているので、これが現代のボクシンググローブように見えるということでしょう。

よく見ると中央の6体の中にはもう1体の「ボクサードワーフ」が見られるんですよね。

同じように、片手を突き出してもう一方の手を引っ込めるような『正拳突き』みたいな恰好になっていて、件の『宇宙人飛行士』と対になっているのが分かります。

このこともボクサーとする根拠なのでしょう。

彼らやけに「空手」とか好きだし(いきなり「アチョー!」とか言うし)、とりあえず『カラテカ・ドワーフ』とかになってなくて良かったかな( -д-)ノ





・・・まぁ小人ボクサーの図像を観たことがありませんが、あったのでしょうかね?

私としては所謂「球技者」に見えますけども、現代的に言うとサッカー選手!

これはマヤでは超有名なモチーフで壁画や土器文様など様々な場面で登場しますし、儀礼的な意味合いを有しますし、腰のベルト(防具)を象徴した石製ベルトも出土しています。

「宇宙人飛行士」の腰のベルトはそれだと思いますが、、、

でも球技者説だとマフラーみたいなものやヘルメットが上手く説明できなくて、、、




23体全体で儀礼の場を表現しているようですから、「小人ボクサーの演武」で良いのかも知れませんね。

あるいはサッカーチームのそれぞれのキャプテンが演武しているのか、、、




ところで、マヤ的にはヘルメットを被る(被り物をする)ことは普通なのです。

マヤの神様も動物や想像上の動物の口から顔を出している様子が表現されていることから、ヘルメットは何かしらの動物や神様、その他の超自然的な生物を模していると考えられます。

その模したモデルが「宇宙人」と言われたら、、、正直、面倒ですねヽ(TдT)ノ




おわりに

小像(figurine)と表記してきましたが、豆像って言うらしいですね。

まぁ私は小像の訳を用いてますし、あとは人型土製品とか人物象形小像とかかな、使うとして。

古代ギリシャとかメソポタミア、エトルリアとかでは所謂「テラコッタ」でしょうし、まぁ用語として色々微妙に定義が異なるのでしょう。


ところでこのマヤの小像は頻繁に出土するもので、私のティカルの調査でも破片ですが出土しています。

「型取り法」で作られていますから、表情とかはかなり精巧なものが多いです。

「型」で基本的な形を作ってから、アップリケ的に粘土粒や粘土紐を張り付けて様々な洋服や髪飾りなどを付けていきます。

でも今回の事例のように取り外しできるものはとても珍しいと思います。

他に類例を知りません。



しかもあのヘルメット、先端に青い石が付属してますよね。

これも大変珍しいし、この遺物を際立たせていると言って過言ではないでしょう。

よく取れずに残ったなと感心しますね。

よほど大切に、墓室内を細かな砂などで優しくきっちり充填されたのでしょうね。

いや、それにしても可愛い、古代マヤのマスコットキャラクターにしたい( ・Д・)



・・・・・・

余談ですが、上に挙げた小像の事例でカンガルーみたいなのいませんでした?

「古代宇宙人飛行士説」論者によると、オーストラリアのアボリジニも古代の宇宙人に知恵を授かったことになってますから、その後少しのカンガルーを連れてマヤに来たんだ!とか言ってくれたら面白いのにな。

まぁ儀礼的な演武の場を表現したものなので、立ち上がってカンガルーに見えるけど、実際はシカでしょうね。

今でもティカルにたくさんいますし、運がいいと見れますよ。

うん、宇宙人がオーストラリアからカンガルーをマヤ地域に移住させた説、いいな。

採用されないかな!?( ・Д・)



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2021ねん 8がつ 19にち(かよーび、晴れ)

背に腹は代えられぬ( ・Д・)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



今回の考古学・歴史ニュースは「超古代文明が中国で見つかった上に、なんだかマヤ文明っぽいよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は中国、陜西(せんせい)省に所在する石峁(しーまお)遺跡です。

考古学的に確認されている中国最古の王朝と言えば「殷」です。

世界史でも出てくる単語ですね(*^・ェ・)ノ

この殷はおよそBCE1700からBCE1046年まで続いた王朝です。

これよりも600年ほど古い王朝と考えられるのが今回の石峁遺跡になります。





超古代文明を定義してみる

私のある意味大好きな『古代の宇宙人』などをはじめとした「超古代文明」に関連するYoutube動画を観ていると何故かみんな1万年前とか無茶苦茶古くしたがる傾向にあると思います。

そしてそうした超古代文明の存在理由をアトランティスそのものとか、その子孫、宇宙人の仕業にしたがるんですよね。

はっきり言って謎です、理解に苦しみます。

一方で私は現役考古学者として滅多なことは言えないので、超古代文明という用語に対してオカルトな彼らとは異なる定義付けをしたいと思います( -д-)ノ

超古代文明という単語を「超」+「古代」+「文明」に分けて考えます。

歩けマヤで何度も述べているように「文明」の定義は様々ですが、基本的には「国家」です。

少なくとも初期国家段階に達している社会を「文明」とします。

文明と判断する要素は大人口、都市の出現、法制度の確立、官僚制の出現など、これこそ考古学以外の学問も含めて様々に定義されています。

ここでは考古学的にぱっと分かりやすい要素として「モニュメント/公共大規模建造物の出現」、「専業制の存在を示す高度な技術」を用います。

「古代」は古い時代ってことで特に気にしないことにして、この古代は文明にかかっていますから、「古代文明」は「とても古い時代の国家段階の社会」としましょう。

最後に「超」は何かを超えてるという意味で、古代文明にかかっていますから、「超古代文明」は、これまでに知られている「古代文明」よりも(時間的に古さとして超越しているという意味で)一層古いものを指すと定義しましょう。

この定義であれば超古代文明は存在し得ます。

というか今回の発見はソレと言っても過言ではないでしょう( -д-)ノ

まぁもちろん今回の発見を受けて、殷より古い王朝が認められれば、それは超古代文明から最初期/最古の古代文明になるわけですけどね( -д-)ノ




石峁遺跡は「超古代文明」?

対象物が何かは記載がないため不明(恐らく地層中の植物由来炭化物)ですが、放射性炭素年代測定によると石峁遺跡は4300年前の遺跡となるため、現在分かっている最古の王朝である殷より古いため、「超古代」の部分はクリアです。

上に挙げた写真は石峁遺跡で見つかった「階段状ピラミッド」ですが、これは公共大型建造物としてカウントできるでしょう。

またこの遺跡では翡翠(ヒスイ)製品が多数出土しています。

下に挙げた写真のようにただの翡翠が出たわけではなく、板状飾り、円盤、刀剣、笏(しゃく)などに加工されたものが見つかっており、高度な石材加工技術があったことが分かります。

さらに石峁遺跡周辺では翡翠が産出することはなく、最寄りの産地でも1600km離れていることから「長距離交易の存在」が示唆されます。

さきほどは挙げませんでしたが、長距離交易も国家段階あるいは文明の指標となるものです。

よって石峁遺跡に見られる人類活動の痕跡は「超古代文明の所産」と言えるでしょうヾ(´ω`=´ω`)ノ


arukemaya1624




中国最古の王朝はマヤ文明に似てる?

マヤ文明の特徴と言えば、「階段状ピラミッド」、「独特なピラミッド装飾レリーフ」、「翡翠」ですが、これって今回の発見とそっくりですよね( ・Д・)

上に挙げた写真が石峁遺跡で検出されたレリーフですが、左右対称で非常に精巧な壁面装飾となっています。

マヤ文明でも階段状ピラミッドや宮殿の基壇部に対して類似の壁面装飾が施されます。

それがこれ!(*^・ェ・)ノ


arukemaya1621



ぱっと見、似てるんですよね~。

まぁ専門としては石峁遺跡のモチーフはマヤ文明のそれに似ているというよりはメソアメリカ様式と言うべきか、、、もっと広い漠然とした感じで所謂「中米の美術様式」に似ている気はします。

あるいは古代マヤってよりは、チチェン・イツァのようなマヤ-トルテカ様式とか、オルメカ様式にも似ている気がして、古代メキシコ文化領域の美術様式に類似する気がしますね。

オカルトであれば、宇宙人やアトランティスの子孫が知識・技術を伝播させたから似ているんだ!ってロジックになるのでしょうが、、、

もちろんそんなわけはなく、明らかに「他人の空似」です。

下に過去記事を挙げましたが、石峁遺跡の美術様式は後代の中国の青銅器文化に類似したものが出ています。

確認したところ、過去記事のものは黄金製品を中心に挙げているため、あんまり参考にならないんですが、、、

でも確かに中国の青銅器で、先に挙げたレリーフのようなギザギザした歯を持つ獣(?)のモチーフを見たことがあるんですよね。

逆にマヤのレリーフで、石峁遺跡のレリーフに激似の事例もあった気がする( ・Д・)

今度どこかで見かけたら紹介することにしますね( -д-)ノ

・・・ということで、そもそも時期的に石峁遺跡の方がめちゃくちゃ古いのでマヤ文明のとの関連はもちろんないわけでただの釣りなのですが、文明の比較考古学としては面白いな~って思います(*・ω・)ノ


↓あんまり似てないけど参考までに( -д-)ノ





おわりに

やはり「超古代文明」とかオカルト系と「どエロの考古学」のようなエロ系はアクセス数が異常に伸びる!( ・Д・)

歩けマヤの読者は私が真面目につまらない内容書いてても読んでくれるし、悪ふざけしても読んでくれるので、、、

それに甘えて新規読者獲得のため、タイトルで釣ってみました( -д-)ノ

この先の安定した研究生活の基盤として、ブログやYoutubeが機能するならば、、、多少は悪魔に魂を売る他ないのではないかと思う今日この頃です( ・Д・)

まぁ今後、今回のようにタイトルやサムネイル画像で釣っても、中身は真面目に考察してますのでご安心ください(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


・・・この調子で研究続けつつ、、、

ブロガー&Youtuberになるか!( ・Д・)



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2021ねん 2がつ 24にち(すいよーび、くもり)

くそ~、今月2月だから短いじゃん!ヽ(TдT)ノ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



今回の考古学・歴史ニュースは古代マヤ社会においてカカオ豆は通貨じゃないよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はユカタン周辺、マヤ文明です。

今回は「お金の歴史」のひとつとして『マヤ文明の通貨』について紹介したいと思います。

上に挙げた写真でご察しの通り、マヤ文明の通貨と言えば、、、カカオ豆です。

ちなみに、マヤ文明と言えばチョコレートの発祥の地として有名です。

カカオは中南米原産で、古くは紀元前1900年頃にオルメカ文明において栽培されていたことが分かっています。

マヤ文明では古典期後期(西暦500-1000年頃)の土器などに見られる絵画でチョコレートを飲料として飲んでいる図像が頻繁に見られます。

なので明瞭に分かる事例として、最初のチョコレートは飲み物、つまりココアだったわけですヾ(´ω`=´ω`)ノ




現在だとココア作る時に、パウダーを牛乳で溶かして、ちょっとバター入れたりして作りますよね?

マヤ文明、古典期におけるチョコレート(ココア)は少なくとも、水で溶いて、少し蜂蜜を入れたとも言われていますが、香辛料も入れていたと言われています。

だから、マヤのココアは辛い?Σ(・ω・ノ)ノ

王族・貴族などのエリート層が飲む、滋養強壮効果のある貴重な飲料だったようです。

どうやら今のココアとは大きく違ったようですね( -д-)ノ


さて、チョコレートのスペイン語版はチョコラーテ、これは固形だけではなく飲料のココアも意味します。

チョコラーテの語源はアステカ文明が使ったナワトル語の「ショコラトル」です。

この時のショコラトルにも香辛料が入っていました。

このショコラトルを征服者であるスペインがヨーロッパに持ち帰り、17世紀にはココアが一大流行します。

そうして現在は甘いココアだけではなく、固形のチョコレートとして世界的に愛される品となっているのです(*・ω・)ノ




さて、話を戻しますと、最初に述べたように「マヤ文明の通貨はカカオ豆」というイメージがあります。

比較的新しい論文である「Baron 2018」によれば、古典期マヤ社会(西暦250-1000)でもカカオ豆が通貨であったとされています。

これは先にも少し述べましたが、「古典期後期に土器の図像などに飲料としてのチョコレート(ココア)が描かれることが増えたから」と、モチーフの変化を根拠にしています。




上に挙げた写真が典型的な古典期後期の絵文書様式土器(コデックススタイル土器)の図像(展開図)です。

絵文書様式土器に描かれるモチーフはここに挙げた事例以外にたくさんの種類があるのですが、ここでは「カカオ豆が通貨だった説」に関係あるものとして『高貴な身分の人物に贈り物をしているシーン』だけを意図的に集めて表示しています。

①は、、、この展開図自体がちょっと変です。

右の人物の手前にある縦長のバーというか壁みたいのが「仕切り」です。

なので、、、


arukemaya1417
↑本来の展開図(「歩け、マヤ」管理人が加工・作成)


本来はこのように展開させます。

上図中のダッシュは繰り返し部です。

「a」の人物が手を広げて、「どーぞ( -д-)ノ」的に品物を見せているシーンでしょうか。

その後ろには「目録」のような書類(斜めのバー+円形の支えから成るモチーフ」)が描かれています。

「b」、「c」の人物の手前には土器の容器に入った品物と風呂敷のような布に包まれた品物が置かれています。

また「c」の人物の後ろには「蓋付きの円筒土器」が置かれています。

この円筒土器がチョコレート(ココア)を飲むための容器と考えられており、しかし飲料の状態で運搬するとは考えにくいため、バロンはカカオ豆として運搬・献上したと考えているのです。

ちなみに土製の蓋が出土するのはメキシコの「テオティワカンの影響」によるもので、古典期前期後半(西暦350-550年)によく見られます。

その場合は三足円筒土器に付随する蓋です。

ここでは円筒土器に蓋が付随しているので、恐らく古典期後期前半(西暦550-650年)あたりの様子を描写したものである蓋然性が高いです(*・ω・)ノ


上に挙げた2枚の写真では、少し高い台状部分に腰かけた偉い人物がいて、彼に対して贈り物をしています。

様々な形の土器が並べられていて、時にマヤ文字による表記が見られます。

②の図の高貴な人物の右下の土器に置かれているものは「タマル」と呼ばれる、現在でもグアテマラなどで食べられるトウモロコシを蒸かした団子です。

現在では鶏肉を中に入れます。

この推測が正しいのならば、昔から食べられていたようですね(*^・ェ・)ノ


・・・・・・

さて、こうした色々な贈答品のやり取りが描かれた図像がたくさんあるわけですが、こういったものだけで「カカオ豆が通貨」であったとするのは難しいと思います。

16世紀以降のスペイン植民地期の記録では確かにカカオ豆が労働賃金として利用されていたのですが、古典期(西暦250-1000年)では確認されていません。

一般的に古典期マヤ社会の中心地はティカルの所在するマヤ中部低地と考えられていますが、カカオの生産が行われているのはずっと遥か南の太平洋岸域といった熱帯地域なのです。

希少価値が高いため信用性はあるとは言え、自分たちで生産もできず流通量も少ないカカオ豆を果たして通貨として利用したでしょうか?

たぶん間違いだと思います。

恐らくカカオ豆は交換財の一つとして機能はしていたでしょうが、ジャガーの皮、塩、織物、海産貝などの交易品も同様に交換財として機能しており、特定の通貨はなかったと考えるのが普通だと思います( -д-)ノ




おわりに

ところで、今回絵文書様式土器の展開図をいくつか紹介しましたが、図像に見られる土器だけを集めた研究も面白そうだななんて昔から思ってます。

でもなかなか実行できていません。

たぶん誰かやってそうですしね( -д-)ノ

次、手が空いたらのんびりやってみようかな。

図像学的な研究だけではなく、実際の土器研究と関係させて書けば先行研究ないはず!


問題はいつ手が空くかだ!( ・Д・)



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2020ねん 10がつ 26にち(げつよーび、晴れ)

今日は頑張ったな~(・∀・)つ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


arukemaya1086



今回の考古学・歴史ニュースは「先古典期ティカルの貯水池にはクリスタルを用いた浄水機能があったらしいよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


今回の記事は学術雑誌「Scierntific Reports」の最新号(2020年第10号)に掲載された論文を基に書いています。


【参考文献】
Kenneth Barnett Tankersley, Nicholas P. Dunning, Christopher Carr, David L. Lentz & Vernon L. Scarborough
 2020 ”Zeolite water purification at Tikal, an ancient Maya city in Guatemala”, Scientific Reports volume 10, Article number: 18021


ちなみに上に挙げたクリスタルスカルはインディジョーンズの映画やディズニーシーでお馴染みのものですが、本記事とは関係ありませんのであしからず( -д-)ノ

関係あるとすれば、クリスタルってことくらいですね( ・Д・)


では発表された論文の内容を紹介しますね!


arukemaya1087
↑ティカルの位置と、コリエンタル貯水池の位置(Tankersley et al. 2020のFigure 1より転載)



この研究で取り上げたのはティカルの中心部であるアクロポリス群の南方に位置するコリエンタル貯水地です。

この貯水池は先古典期後期から古典期後期(BCE250-CE1000)にかけて、ティカルの人々にとっての重要な水源でした。

この時期判定は土層中の炭化物を対象としたAMS放射性炭素年代によって2185〜965 cal yr B.P.(1950年が起点)という結果から推定されたものです(*・ω・)ノ



arukemaya1088
↑時期の判定(Tankersley et al. 2020のFigure 2より転載)



さて、これまでアメリカ大陸の先住民には正式な浄水システムがなかったと考えられてきました。

例えば、北米の事例では、自然にろ過された泉からきれいな水を得て、それを沸騰させて飲用に用いていました。

中米の事例では、アステカ人は水道橋を通じて都市に浄水技術を必要としない豊富な湧水を得ていました。

こうした水道橋は南アメリカのアンデス地域、インカの人々によっても建設・利用されていました。


一方で中米のマヤ社会は、所謂「新世界文明」の中で唯一水のろ過を必要としたと考えられています。

マヤ地域はその気候的特徴として極端な季節的干ばつの影響を受ける地域です。

また人口が過密状態の中で長期的に居住が続いていたことから、ティカルの飲料水は多数の微生物源(シアノバクテリアなど)や硫化水銀などの有毒鉱物からの浸出物による汚染を受けやすい傾向にあったと考えられています。

しかしこれらの汚染物質がどのようにして飲料水から除去されたかについては良く分かっていませんでした。


YouTube動画に上がっているサバイバル動画にあるような、砂、砂利、植物、布による、ろ過システムは、早くも紀元前15世紀にエジプト、ギリシャ、南アジアで記録されています。

一方でマヤ地域ではそういった証拠が見つかっていませんでした。

今回の論文では、先に述べたコリエンタル貯水池から、ゼオライト(沸石)と石英(水晶、クオーツ)が発見されたと述べられています。


arukemaya1089
↑貯水池から発見されたクオーツ(水晶)とゼオライト(「D」の部分)(Tankersley et al. 2020のFigure 3より転載)



この論文ではティカルのコリエンタル貯水池にはかつてゼオライトを用いたろ過システムが使用されており、これは『新大陸』における浄水の最古の事例となるということです。

また同時に、世界で最も古い、飲料水の除染のためのゼオライトの使用の事例となります。


上に挙げた図・写真に見られるように、コリエンタル貯水池とその周辺の調査結果として堆積物中からゼオライト(沸石)と粗い砂粒サイズの結晶性石英の混合物が発見され、これらを通して水をろ過していた可能性が指摘されています。

ゼオライト(沸石)は、無毒で、三次元的に多孔質で、結晶性の水和アルミノケイ酸塩であり、天然の吸着剤およびイオン交換特性を有し、飲料水から有害な微生物だけでなく、分散した不溶性および可溶性の毒素をも除去するものです。


このゼオライトは、『旧大陸』では古くから優れた吸収性を持つ鉱物として認識されていました。

例えば、約2700年前にギリシャ・ローマの技術者は、水道橋、橋梁、ダム、港湾などの大規模な水理構造物の建設にセメントのポゾラン(シリカ質混合材)としてゼオライトを使用していました。


砂等を用いた最も古い浄水形態はヨーロッパや南アジアで発生したと推定されているものの、ゼオライトが水質浄化のために利用されるようになったのは20世紀に入ってからと考えられてきました。

そのため今回の発見は歴史的にとても重要な、非常に大きな発見なのです!ヾ(´ω`=´ω`)ノ

古代マヤ文明の凄さが増しますね!(笑)(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


arukemaya1090
↑これが古代マヤの叡智!浄水システム( ・Д・)(Tankersley et al. 2020のFigure 4より転載)



今回の研究で、ティカルの人々は都市の北東30kmにある粗い結晶の凝灰岩からゼオライトと石英結晶を採取したと推定されています。

彼らは大量の人口を支えるための大量の飲料水を浄化するために、これらの自然の火山性鉱物資源を効果的に採取・利用していたようです。

ティカルでは貯水池へと続くようにプラットフォームを僅かに傾斜させていることが知られていました。

今回の研究によると、上の図のように貯水池に水が流れ込む直前にゼオライトと石英片、石灰岩のフィルターが準備され、水がそこを通って浄水された後に貯水池に流れ込むシステムになっていたようです。


こうした浄水システムは数あるティカルの貯水池の中でも、現在、コリエンタル貯水池においてのみ証拠が発見されています。

今後の調査で他の貯水池からも見つかる可能性がありますね(*・ω・)ノ





おわりに

いかがでしたでしょうか?

補足として、

このティカルにおける浄水システムの建設は紀元前250年頃です。

旧大陸における最古級の事例である南アジアの砂と砂利による水のろ過が1700~1600年前ですので、600年も古いものとなります。

またこのコリエンタル貯水池のゼオライト浄水システムは、ヨーロッパの事例としてロバート・ベーコンにより1627年に開発されたゼオライト砂粒を用いた最初のろ過システムより遥かに早いのですヾ(´ω`=´ω`)ノ


マヤすげー!
水、うめー!( ・Д・)

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2020ねん 10がつ 14にち(すいよーび、晴れ)

YouTube頑張るから観てね!( ・Д・)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


arukemaya1034
↑サウナ遺構の発掘中の様子(「カラパイア」の記事内画像より転載)



今回の考古学・歴史ニュースは「古代マヤ人は日本人よりずっと前からサウナ使ってたんだよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



さて、サウナの発祥の地はフィンランドとされていて少なくとも1000年以上の歴史があるそうです。


現在でもフィンランドの多くの家庭にサウナがあり、総数は約550万人の人口に対して約300万基とするデータがあるそうですΣ(・ω・ノ)ノ



サウナの文化は古代ローマ帝国のテピダリウム(微湿浴室)とラコニクム(発汗室)、オスマン帝国などイスラム教圏のハマム、ロシアのバーニャ、メキシコのテメスカル、朝鮮半島の汗蒸(ハンジュン)などと多数確認されています。

本当にフィンランドが発祥なのかも正直怪しいのですが、どのように拡散したのかについては全く分かっていないようですね( ・Д・)



ところで、サウナと言えば、今や日本では一般化してますよね?


温泉施設に併設されていることが多いと思います。


ちなみに日本でサウナが普及したのは1964年の東京オリンピック後とされているので、比較的新しいのです(*^・ェ・)ノ




さて、フィンランドで1000年以上って言ってますが、古代マヤ文明ではもっと古いのです(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!



中米のマヤ遺跡を訪れたことがある人で、マニアックな巡り方、散策の仕方をしている人は、様々な遺跡でサウナ遺構を目にしていると思います。


何せ、古典期(CE250-1000)のサウナ遺構は遺跡にもよりますが、凝灰岩や砂岩で作られているため、現在でもけっこう残っているものなのです(*・ω・)ノ


この古典期の時点で、マヤ文明のサウナは1500~1800年前のものですから、とっても古いのです(・∀・)つ



今回紹介するのは、そんな古代マヤ文明における最古のサウナの事例ですヾ(´ω`=´ω`)ノ



arukemaya1032
↑これが最古のサウナ!(「GIZMODE」の記事内画像より転載)



古代マヤ文明における最古のサウナの発見は、グアテマラ北部のナクム遺跡でのものです。


このナクムはペテン県に位置していて、ティカル国立公園の比較的近くにあります。


ティカルに行く時は必ずフローレス市を拠点としますが、ナクムへもここから行くことができます。


正式名称は「ヤシャ - ナクム - ナランホ国立公園」といって3つの遺跡から成る大きな公園です。


雨季に行くと悪路過ぎて間違いなく車両が立ち往生するので、乾季を狙っていきましょう( -д-)ノ





さて、このナクム遺跡で発見されたのは何と2500年前のサウナです。


先ほど書いたように、古典期におけるサウナは切り石で作られています。


一方でこの2500年前のサウナは先古典期中期(BCE1000-350)に属するもので、マヤだけではなくメソアメリカ最古の事例です。


なので切り石は用いられていません。




上の写真で見られるように全体が白いですよね?


これは恐らく、地下の石灰岩層を整形して作った構造物だと思います(*・ω・)ノ



グアテマラ、ペテン県は亜熱帯雨林に覆われており、高温多湿で微生物の活動が非常に活発です。

そのため土壌が発達せず、地表面から20~30cm掘るだけで、母岩である石灰岩層に到達することも多々あります。

なので地上に露出した石灰岩だけではなく、当時の人々にとってこういった地下の石灰岩を利用することも難しくはなかったのです(*・ω・)ノ


このサウナはその後、意図的に埋められていたため、非常によい保存状態を保っていました。


この埋め土から出土した遺物の時期判定から、このサウナは紀元前700年頃から紀元前300年頃まで使用されていたと推定されています(*^・ェ・)ノ




arukemaya1033
↑最古のサウナの復元図!(「GIZMODE」の記事内画像より転載)



おわりに

今回紹介した事例では最大で2700年前にサウナが使用されていたということが分かりました。

時を経て、現代日本ではスーパー銭湯のような温泉施設で誰もがサウナを利用することが出来ます。


しかし古代マヤ文明の場合は王族・貴族のみがサウナを使用できたと考えられています。

サウナを使用するというのは一種の儀礼行為であり、重要な儀礼の前に身を清める効果があったようです。


汗を流してデトックスってことか!( ・Д・)


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2020ねん 9がつ 25にち(きんよーび、曇り)

最近充実しているが、寝不足だヽ(TдT)ノ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

arukemaya991
↑いつかアクロポリスも掘りたいね( -д-)ノ(「トラベルザウルスドットコム」の記事内画像より転載)



今回の考古学・歴史ニュースは「ナショナルジオグラフィックでティカルが取り上げられてるけど、そこで頑張ってる日本人考古学者も取り上げてよ!( ・Д・)」ってお話です(*・ω・)ノ


ナショナルジオグラフィックでは、

「いつか訪れたい世界の旅先25」

というシリーズで色々な場所を紹介しているようですが、

その第21回にグアテマラの世界複合遺産、ティカル国立公園が選ばれました!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

そこでは以下のように書かれていました(赤字は私の強調箇所)。

行くべき理由:マヤの過去と現在に出会いにいこう。


知っておきたいこと:画期的なレーザー技術により、研究者たちにとっての宝の地図ができた。グアテマラ北部のマヤ生物圏保護区に広がるジャングルの林冠の下で発見が相次いでいる。


 約2100平方キロを上空から調査する事業「PACUNAMライダー・イニシアチブ」で集まった情報から、長年隠れていたピラミッドや監視塔などの遺構を考古学者たちが発見。


 ここに先コロンブス期の大規模な文明があったことや、その文明が多くのマヤ専門家の認識よりもかなり複雑だったことが分かってきた。一般にはまだ公開されていないが、これら最新の発見は、グアテマラが昔も今もマヤ文化屈指の拠点だとあらためて思わせる。


 古いルーツが特に濃く残るのが、密林に覆われたマヤ世界の中心、北端のペテン地方だ。ワシャクトゥン、ヤシュハ、エル・ミラドール、ティカル国立公園では、中央アメリカの先史時代をしのばせる宝物が見られる。


 多文化に彩られた現代のグアテマラは、マヤの子孫が人口の半分以上を占め、中米で唯一、先住民が文化の点で多数派の国となっている。アティトラン湖周辺のツトゥヒル族の村を訪ねると、マヤの文化を体験できる。


おすすめの時期:11月~12月


こちらもおすすめ:ツトゥヒル族の職人がツアーやワークショップを手掛けており、アティトラン湖に拠点を置く団体「エシカル・ファッション・グアテマラ」が提供する織物、革製品、毛糸が売られている。


(ナショジオの記事を転載)



まぁLiDAR(ライダー;リモートセンシング技術の一つ)で、ティカルの範囲が従来言われていたよりもずっと大きいことが分かったり、

ティカルの外縁部には境界線として長大な盛り土があったことが分かったりしてます。

前にも少し書いたように、古典期マヤ文明と同時期のメキシコのテオティワカン文明の戦士たちが居住したと考えられる住居群が見つかったりもしています。

ティカルはそんな新たな発見が相次いでいるマヤ文明の中心遺跡なのです!ヾ(´ω`=´ω`)ノ









まぁこんな感じで私も頑張って掘ってますし、

今年の春なんて、お墓も見つけたしさ!(*^・ェ・)ノ

地球の裏側で日本人考古学者が頑張って掘ってるんだから、取り上げてくれてもよくないかい?ヽ(TдT)ノ



やっぱり自分で売り込むしかないのかな?

「世界ふしぎ発見!」とか来てくれないかな?( ・Д・)







まぁ現在はコロナ禍もあるわけですが、

そもそもあまりに遠いのでお金も日数もかかるのですが、

是非、機会があれば一度は来て欲しいなと思っております(*・ω・)ノ


もし来るのであれば、ナショジオではオススメ時期が11~12月になっています。

向こうのスコールは激しいので、

乾季を狙った時期になっています。

しかもそこまで暑くない時期です!


でも私のお勧めする時期は異なります!( ・Д・)



オススメは2月!!!

まだ乾季だし、2月末でも少し暑くなり始めたかなくらいだし、

なんと言っても私が調査している!!!ヾ(´ω`=´ω`)ノ


コメント欄とか、TwitterのDMくれれば、

調査中であれば現場見せれますよ?

というか見せます!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ


現地考古学者である共同責任者はガイドの資格も有しているので、

現役のティカルを調査している考古学者2名による豪華なティカルツアーも開催できます!


料金はお気持ち程度で(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!
↑ここ大事(*^・ェ・)ノ

頂いた料金は、もちろんプロジェクトの運営資金として使用させていただきます。



額にもよるけど、きっとガソリン代で消えますヽ(TдT)ノ

最寄りのフローレス市からティカルまでおよそ60kmくらいあるので、

1週間当たり1万円使うんですよ、ガソリン代(TДT)











おわりに

前にも話したことあると思いますが、小規模のプロジェクトで120万円あればとりあえずなんとかなるのです。

これまで100万円の助成金に、20万円持ち出しで何とか回してます。


当面の目標として、古典期(CE250-1000)ティカルにおける土器生産体制を解明すべく、

またティカル全体の土器の総量の算出、当時の階層制に関する検討、在地土器・搬入土器の判定による土器経済の理解を目標に頑張ってますが、

まぁやっぱり小規模な調査だと、私の人生的に時間が足りないのです。


もう1チーム追加するために、現地の調査員雇うのに月10万円くらい必要なのです。

現在は1か月程度の発掘調査期間なので、実質的に年10万円で済むのです。


助成金だけではなく、

なんとか当サイトの記事やYouTube動画で10万円稼げればなと思っております( -д-)ノ



まぁ今回の記事で言いたかったのは、、、



私ティカルで頑張ってるから、

「ナショジオ」さん、「世界ふしぎ発見!」さん、、、

同情するなら金をくれ!古いか!???( ・Д・)


【追記】
……あ、忘れてた!(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?

2021年1~3月も元気に調査する予定です(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

調査許可申請を始めたとこなので、また確定したら記事にしますねヾ(´ω`=´ω`)ノ


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