歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

タグ:マヤ文明

2019ねん 2がつ 1にち(きんよーび、雪)

寒い!

フロントガラス凍って、前見えなかった!( ・Д・)


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今回紹介する考古学・歴史ニュースは『PCやスマホ上で大英博物館の中を歩けるよ!』というものです。

実際には2015年末には一般公開されていたので『ニュース』ってほど新しくはないのですが、私は知らなかったもので紹介することにしました!


インターネットでの公開のために大英博物館における収蔵品の内、4,500点以上が写真撮影されたそうです。現在までに6894点の資料が撮影され、ネット上で見ることができます!

また館内の写真も多数撮られ、そのデータを基にしたヴァーチャル・ミュージアム内を歩き回って鑑賞することができるのです。






下に大英博物館の公開デジタルデータにアクセスできるページのリンクを貼っておきます。




さて、上に挙げた写真のように、様々な資料の写真データがあって、眺めているだけでも楽しいです。

歴史好きにとっては時系列で資料を並び替えて表示できるのもニクイ仕様となってます(*・ω・)ノ


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ちなみに私個人に関するものとしてはメソアメリカに関する歴史的な資料が多数データ化されています。

古代マヤ文明に関する研究初期の考古学者、アルフレッド・モーズリーを始めとして、メキシコ、グアテマラ、ホンジュラスにおける古い資料群(計2700点程度)が見られます。



上に挙げた写真のように、ティカル遺跡に関する発見当時・調査初期における神殿の姿を映した写真や、当時の文書が見られます。


古い考古記録というのも、また別の『歴史』を感じさせるもので、見てていいなぁ~と思ってしまいました( -д-)ノ



・・・・・・ヴァーチャル・ツアーも試しにやってみましたが、大英博物館を訪れたことがないこともあり、土地勘がないというか・・・

めちゃくちゃ広いので、どこに何があるかもわからず、ひたすら練り歩いてました。


ちなみに意味なく、わけ分からんとこの博物館の壁を拡大して見つめるなんてこともできます( ・Д・)


時間に余裕がある時にじっくり散策するか、前もって大英博物館の別の公式ページ(日本語表示に変更可能)で館内見取り図を頭に入れておいた方が良いですね。


平面的に広いだけではなく、複数階層ありますから!(*・ω・)ノ



・・・・・・今はヴァーチャルで楽しむけど、いつか訪れて直接見てみたいものですね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

↓ぽちっと押すか、拡散するか、さぁ選びなさい!( ・Д・)↓

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2019ねん 1がつ 25にち(きんよーび、雪)

研究環境を整えたい。

今の希望はただそれだけである( -д-)ノ


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【目次】
  1. はじめに -文系/人文科学の区分が大好きな日本-
  2. お金かかるよ、考古学(特に海外!)
  3. 私が欲しい物とその金額と理由
  4. 学術系クラウドファンディングの現実(/TДT)/
  5. おわりに


1.はじめに -文系/人文科学の区分が大好きな日本-
今回は「クラウドファンディングと考古学」というテーマでお話したいと思います!


IT化が進んだ現代社会では「人文科学なんて要らない!」なんて風潮もあり、何かと辛いニュースもちらほらと目にするようになりました。


この前見たのは、「人文科学は今まで楽に研究してきたのだ!」というものです。


『図書館』という巨大な組織に支えられて、「研究費なんて要らないレベルで研究できる最高の環境を整えられてきたのだ!」というのがその主たる主張でした。



まぁ確かに一理ある!


理系は研究史をさほど重要視しないって聞きますからね~。

医学史は医者の卵が効率的に勉強する上で重要と唱えられてから、実際にそれをやってきたのは文系だしね!

(そう考えると人文科学、役に立ってんじゃん!縁の下の力持ちだよ(/TДT)/



確かに図書館の役割は人文科学系の学問にとっての重要度は高いし、図書館の維持に莫大なお金がかかっているのも理解する!


だけど、何故に文系とか人文科学としてひとくくりにするの?(TДT)


考古学はお金かかるよ!ヽ(TдT)ノ


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2.お金かかるよ、考古学(特に海外!)
今回はほんとどれだけお金かかるかを暴露したいなと思います( -д-)ノ


研究を続けていると先輩、後輩が様々な理由で研究者の世界から離脱していくわけですね。

まぁ基本的にはお金だと思います。専門で就職できても忙殺されて時間が取れないというのが実態のようですね。


それでもやはり悲しいものです。寂しいものです・゚・(ノД`;)・゚・



そんな大事なお金と時間の問題ですが、私のケースをご紹介します。


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初めてマヤ文明の地に赴いたのが大学4年の春か夏でした。

23の時だったな~(*・ω・)ノ


私の大学の考古学研究室では4年は卒業論文に従事するために、3年までに卒業に必要な全単位(卒業論文を除く)を修得しておくことが暗黙の了解でした。

だから3年の内に行きたかったんですけどね、参加するプロジェクトの事情によりタイミングが悪く、4年に持ち越しました。



その先生に言われた航空券を買い、現地に行きました。


往復24万円でした(ヒューストン経由、グアテマラ行き)。



学生時代は塾講師のアルバイトをしてました。


海外行くために夏季講習(?)とか一番忙しい時期にお休みもらってましたね。

今思い返すと本当にありがたいことでした(〃・д・) -д-))ペコリン



現在は某大学の某教授がホンジュラス、コパン遺跡で実施するプロジェクトに参加しましたが、参加費用を払う必要がありました。


名目は「遺跡の保存・修復等のため」です。


1000ドル(米ドル)、約12万円でした。



滞在場所(ホームステイ先)も紹介してもらったところで、月6万円くらいだったかな~


(何か思い出してるだけで涙ちょちょぎれるヽ(TдT)ノ、てか文体が崩れてきたw まぁいいか、今回くらい、思い出話だし( ・Д・))


もちろん上に述べた額以外に、グアテマラからホンジュラスへの移動費、グアテマラ内での移動費(博物館見学)、ティカル遺跡への移動・入場・宿泊費と、全日程の食費がかかりました。



けっこう高いのが海外旅行保険!

期間長いと簡単に10万円超えるんですよ。なので慣れてきてから、入るの辞めました。大学には内緒ですw


まぁトータル60万くらいかな~。まぁ10年パスポート取得にも16000円とかかかってましたね




まぁ複数回慣れてなんだかんだ安く済ませられるようになっても毎年2回行って、80~100万円近くにはなってたように思います。


慣れてくると滞在期間が延びるのでこんなもん。だって航空券高いからたくさん居た方がお得なので(´・ω・`)







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博士課程になり、日本学術振興会の特別研究員(DC2)に採用されていた時期の助成金が月20万円でした。


税金が引かれるので、月16万円くらいです。


グアテマラ、ティカル遺跡で調査を行っていたので、法律上共同ディレクターとして現地考古学者を雇用する必要があり、月1000ドル(手数料込で12万円超えた)でした。


実際に2か月の発掘調査・ラボ作業を行うのに、許可等の書類処理の問題を含めて半年以上月12万円を払い続けました。



実際の調査の間は、発掘作業員さんを2人雇って月5万円(1ヶ月)、二カ月分の車両レンタル&ガソリン代(15万円)かかりましたね。


あとは発掘調査やラボ作業に必要な機材等を揃えるのにお金かかりましたね。トータル5万円くらいかな。

けっこう色々借りたりして節約しました。無償で貸してくれてありがとう!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ

特にトータルステーション!あれ、借りるとバカ高いから!( ・Д・)



もちろん別途、私の渡航費、移動費、滞在費はかかります(この辺りは頂いた研究費でまかないました)。


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以上、私が地球の裏側まで行って、調査する時の必要経費ですね。


今まで自分で払った分だけでも500万円は超えてるのだろうか。

まぁお金かかるんですよ!海外の考古学( ・Д・)


ティカル遺跡はマヤ文明で最も有名な遺跡ですからね。ビッグネーム過ぎてまぁ多少はしゃーなし!( ・Д・)







3.私が欲しい物とその金額と理由
考古学はお金がかかるって話から急に飛びますけど、私が今欲しいのは「蛍光X線分析装置」です。ハンドヘルドタイプのやつですね。


(どのような研究をこれまでしてきて、具体的に何故これが欲しいのかについては次回にします(*・ω・)ノ)



これがいくらするかというと、定価で700万円超えるのです。


最新の技術を使った研究をしたくても、これじゃあ若手用の研究費じゃ逆立ちしても足りない!

ちなみに中古品だと250万円(税込み270万円)です。増税すると300万円かな( ・Д・)

この分析装置は何ができるかというと、ざっくり言うと対象試料の化学組成が分かるのです。


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最近は某先生のおかげかマヤ文明に関する概説書も増えてきましたが、その中で古代マヤ文明に関してこれまでに具体的に様々なことが分かっていることが記載されています。

しかし考古学な研究成果の下積みがあるとは言え、現行のマヤ文明観の華々しい部分の多くは碑文研究成果によるものです。


マヤの碑文は当時の経済に関する記述がほとんどないため、往時の経済の理解については考古学研究に期待されるわけですが、これが如何せん進んでいないのです!



簡単に言うと、蛍光X線分析による土器の分析、つまり胎土分析によって数多ある『土器の出所』を判定し、土器経済(土器の生産と流通)について明らかにしたい!ってことです。



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4.学術系クラウドファンディングの現実(/TДT)/
ということで、今脳内にある研究をするために(分析装置を使った新しい方法論も考えてある!( ・´ー・`)ドヤァ)、流行りのクラウドファンディングもいいなと思ったわけです。


『学術用』のクラウドファンディングのサービスも展開していて、今や外部研究費の獲得方法の一つとして確立しつつある状況と言えます。


税金対策として活用できるならば更に発展しそうですが、まだ法整備の方が追い付いていないですね( -д-)ノ




さて、クラウドファンディングで100万円以上とか1000万円集めたとか話を聞くわけですよ!


で、実際に調べてみると、『学術用』のクラウドファンディングの相場は50万円程度だそうです。


ただし達成率(会社による)は80%程度なので、科研費の採択率よりずっといいですね!


まぁただ、私の目標額には遠く及ばない!( ・Д・)

そして達成率が高いのは『寄付型』ではなく、『購入型』と呼ばれるもの。

つまり何らかの対価を用意しなくてはなりません。


世の中甘くないってことですねヽ(TдT)ノ



5.おわりに
と、いうことで、まぁなかなか現実は厳しいですけどね、何とかやっていくしかない!

堅実に貯金して自分で買うかなとも……

この基礎研究だけでもライフワークになるからね!(。・ω・)ノ゙


次回クラウドファンディングや私の研究について詳しく紹介していこうと思います。

どうかお付き合いくださいヾ(´ω`=´ω`)ノ

↓安心してください!ここをぽちっとしてもお金はかかりません(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

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2019ねん 1がつ 14にち(げつよーび、晴れ)

今日は「成人の日」だ。

忘れていた。

成人の儀は遠い過去の話だが、祝日なのは良いことである( -д-)ノ


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↑グアテマラで発見された石彫(「AFP BBNews」の記事内画像を加工;credit: AFP/ Henry MORALES ARANA)


さて、今回の考古学・歴史ニュースは、「グアテマラ、ラ・コロナ遺跡にて1500年前の覇権争いについての記録が刻まれた祭壇が発見される!」です(*・ω・)ノ


発見された場所は、中米、グアテマラ共和国の北部に位置する、ラ・コロナ遺跡です。

古代マヤ都市として有名なティカル遺跡の北西部に位置します。

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この遺跡はさほど大きな遺跡ではありません。それにも関わらず、多くの碑文が刻まれた石彫が出土することで有名です。

よく知られている古典期マヤ文明(西暦250-1000)の中心的な遺跡の多くが現在のグアテマラの領域内に集中しています。このグアテマラは1960~1996年に内戦中であり、この期間に多くの遺跡が盗掘被害に遭い、膨大な数の美術的価値の高い遺物、特にマヤ土器や石彫が世界各国へと売り飛ばされました。


まぁ現在も古典期マヤ文明の中心的な存在であるペテン地域(グアテマラ北部のティカル遺跡や、この記事のラ・コロナ遺跡がある地域)は『盗掘天国』としてしばしば地元新聞に掲載され、問題視されています。


特に美しいマヤ文字を有する土器や石彫の「価値」は高く、個人コレクターやアメリカなどの海外の博物館が多数の資料を有しており、皮肉なことにそのような環境の中でマヤ文字研究は大きく進展していくことになりました。



この碑文研究の中で度々言及されてきた「遺跡Q」が実際にどこであるのかが謎としてあり、1997年にイアン・グレアムとデイヴィッド・ステュアートらによってラ・コロナ遺跡にてQ遺跡と同じ支配者の名前が石碑に刻まれていることを発見したのです。


ちなみにコロナと言えば、メキシコのビールを思い浮かべる方もいるでしょう。瓶に描かれているように、スペイン語で「コロナ=王冠」を意味します。

スチュアートによってラ・コロナ遺跡にある5つの小ピラミッドの並び方が冠を思わせたため、遺跡はラ・コロナ(冠)と名付けられたのです。



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発見された祭壇は石灰岩を彫刻したものであり、大きさは高さ1.46メートル、幅1.2メートル、その重量は約1トンあります。上に挙げた写真の通り、その精巧で繊細な彫刻が見事に保存されていますね。

石灰岩なのに、何故これほどまでに保存状態が良いかと言うと、この祭壇は神殿の内部から発見されたことに由来しています。



(というかこれ、単に石彫ではないですかね。祭壇として機能しそうな感じがしない……まぁ大きい範疇で「祭壇」とされている石彫はそれなりに……あるか( ・Д・) 祭壇の定義って何なんだろう(´・ω・`))


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この石彫の図像はラ・コロナを支配していたチャック・トック・イチャーク(Chak Took Ich'aak)王が杖を持って座り、その杖からラ・コロナの守護神2体が出てきている様子を表現しているとのこと。



また碑文には「544年5月12日」に相当するマヤ象形文字が刻まれており、チャック・トック・イチャーク王がその約20年後に近郊の都市エル・ペルー・ワカ(El Peru-Waka)も支配したことが読み取れるそうです。



さらに碑文は古典期マヤ低地の覇権をかけた争いについて言及しており、蛇の王国として知られるカーヌル王国(カン王国;カラクムル遺跡)がラ・コロナ遺跡で大々的な政治活動を行いったこと、


562年に最大の敵対国であったティカルを倒し、その後マヤ低地を2世紀にわたり支配下に置いたことを示しているとのことです。



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↑ラ・コロナ遺跡の一部、石板の列が見える(↓下のYouTube動画①より加工)


 

↑ラ・コロナ遺跡の調査に関する動画①



↑ラ・コロナ遺跡の調査に関する動画②




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おまけとして、「ラ・コロナ遺跡ってどのような遺跡だろう?」って分かりそうな画像・動画を載せておきますね。


どうやらまだあまり調査が進んでいないようで、全体像が知れるような写真は見当たりませんでした。


それでもラ・コロナ遺跡が精巧な石彫を多く有する稀有な遺跡であることが分かると思います。




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↑石板の長~い列(「Quantum Day」の記事内画像より転載)



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↑さきほどの石板の列を拡大したもの、図像とマヤ文字がうっすらと見える(↑上のYouTube動画①より加工)



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↑上の写真の左二つの石板を拡大し、分かり易く水をかけた状態(「Tulane News」の記事内画像より転載)



浅浮彫なのに、ほんとに保存状態が良いですよね。中小遺跡からもこういった新たな石碑が見つかることで、古代マヤ文明の様相は碑文学の立場からより詳細に具体的に明らかにされていきそうですね!(。・ω・)ノ゙


↓久々のマヤ文明関係のニュースだったね!(*・ω・)ノ↓


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20XXねん 3がつ 29にち(もくよーび、晴れ)

今日は文章をたくさん書いた。

こうしてブログまで書いている。えらい!( -д-)ノ

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コラム チチェン・イツァの写真
↑チチェン・イツァ遺跡ののエル・カスティーヨ(筆者撮影)

【目次】
  1. 神殿の前で手を叩くと奇跡の音がする?
  2. 反響音について調べてみた
  3. 私の経験と現地で聞いた「真の歴史」(オチ)


1.神殿の前で手を叩くと奇跡の音がする?

上の写真は、メキシコ、ユカタン州に位置するチチェン・イツァ遺跡のピラミッドです。1988年に世界遺産に登録されたこの古代都市は、マヤ都市の中でも非常に大きな規模を有しています。


居住時期は古典期後期から後古典期前期にかけて、つまり西暦600年~1200年頃です。遺跡南部には居住時期前半期のマヤ的様式であるプウク様式をもつ景観が見られ、一方で遺跡北部では後半期のメキシコ的様式であるトルテカ様式をもつ景観が見られるという特徴を有しています。


 このピラミッドは通称「エル・カスティーヨ」と呼ばれ、スペイン語で「城塞」を意味します。一方で、四角錘の4面全ての階段数と最上段の神殿を1段として合計することで365段になることから、「暦のピラミッド」とも呼ばれます。


 さらに、階段の縁石部の最下部にはククルカン(羽毛の生えた蛇)の頭部が造形されており、春分・秋分の日の太陽が沈む時に階段の西側面に影によってククルカンの胴体が現れることで有名です。そのため「ククルカンのピラミッド」とも呼ばれています。


 さて、この神殿ピラミッド、実は正面で手を叩くと奇跡の反響音がするとのこと…


 手を叩くとすぐに「ケトゥン、ケトゥン」と音が返ってくるのである。これがケツァールの鳴き声だと言うのです。



↑それがこれだ!


↓ケツァールという鳥 カワ(・∀・)イイ!!

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 ケツァールはマヤ文明の領域の内大部分を占めるグアテマラ共和国の国鳥です。お金の単位にもなっています。オスの尾羽は非常に長く美しいんです。そのため古代マヤではコンゴウインコの羽と並んでお王族やエリートの頭飾りの一部として非常に重宝されていました。


 ちなみにケツァールの胸が赤いのは、グアテマラにおけるマヤ人の英雄テクン・ウマンが1524年にスペイン人のコンキスタドールであるペドロ・デ・アルバラードとの戦争にて戦死した際、ケツァールがその死を悲しむようにテクン・ウマンの死体の上を撫でるように飛んで行った時に血が付いたためと現地にて伝承が残っています。



2.反響音について調べてみた

反響(はんきょう)とは、音波が壁などに衝突しはねかえって来る現象である。いわゆるやまびこ、こだま。 音波は壁などの物体に衝突すると、その壁自体が音波と同じように振動する。その物体の振動により再び音波が発生する。これによって生じたものが反響である。物体の性質によって、反響してくる音波は変化する。(wikiより)

 ということで、反響という現象はどこでも起こるんですね。音楽関係施設のように特別な対策をしていない限り、反響や残響は起こると考えて良いでしょう。


 さきほどのクラップ音がケツァールの鳴き声に聞こえる現象ですが、実はあれ、チチェン・イツァ遺跡のエル・カスティーヨ以外でも起こる現象なのです。


 実際にやってみたことあるので間違いないです。現地ではピラミッドの正面で手を叩くと…と言われてまして、最上段の神殿の内部に入った音が鳥の声のような反響を起こすと言われてますが、ほんとかは分かりません。


 今度ピラミッドの側面や背面でも試してみますね。反響現象の説明によれば、反射する物質の性質や形状によって音が変化するそうですので、ピラミッド自体平らな壁ではないのでそれが原因のように思えます。


 あんなに高いところの神殿の内部に入った音だけが鳥の声のように変化するとは思えませんしね。また多くのマヤのピラミッドは石灰岩から造られていますし、漆喰の上塗りがある場合もあります。メキシコの修復例ではセメントで固めてる場合もありますね。


 そういったピラミッドの石材や表面を覆っている素材によって、あのような音に変化している可能性が高いです。



3.私の経験と現地で聞いた「真の歴史」(オチ)

 さて、果たして古代マヤ人は、あのようなクラップ音が神聖なケツァール鳥の鳴き声に変化するように計画して神殿を建設したのでしょうか?


 これについては分かりません。証明も難しいと思います。しかしながらきっと偶然の産物なのではないでしょうか。


 私はグアテマラのティカル遺跡にて、初めてこの現象についての話を聞きました。聞いた相手はガイドさんでした。


 最初は驚きました。現地のガイドさん達は最寄りの学会に参加して勉強する等、かなり熱心な人たちもいるのです。なので聞いてみました。そのような研究や発表があったのかと。


 答えはこうでした。


 「いや、ガイドのパフォーマンスとして数年前に~(ガイドさんの名前)が始めたんだよ。」って。


 どうやら現地に残る伝承というわけでもないようです。


 それでももしかしたら古代マヤ人も、神殿の前で手を叩いてこの反響音を楽しんでいたかもしれませんね。例えそれが計画的でも偶然であっても。



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20XXねん 3がつ 28にち(すいよーび、晴れ)

久々の歯医者。

めちゃくちゃ怒られた。

歯磨きします。酔い潰れません。


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↑お酒たくさん並んでいるよ~の図(出典不明、(m´・ω・`)m ゴメン…)


【目次】
  1. 「お酒の考古学」について
  2. 古代マヤ人が飲んだお酒
  3. 古代メキシコ人のお酒とテキーラの歴史
  4. おわりに


1.「お酒の考古学」について

今回の内容はなんちゃって考古学です。巷でよくある、例の「~の考古学」です。



考古学的な内容にはほとんど踏み込めないかなと思っています。善処致しますけども!




さて、なにも酒に限らず「食」に関する文化って考古学的にはよく分からない世界なんです。


というのも「調理」特に「煮炊き」は人類の偉大な発明ですし(食べれる物が増えたのです)、人工物(?;人が作った技術なので無形文化財か?)かも知れませんけど、少なくとも「遺物」じゃないんですよね。



食べ物・飲み物は残る可能性はあるんですけど、基本的には腐敗してなくなってしまいます。


エジプトの乾燥気候は有名でミイラとか色々残りますけど、魚の干物も残ってるそうですね。まぁ魚のミイラみたいなものですから!



一方で日本では酸性土壌が広く分布しておりまして、まぁ動植物の依存体の残りはさほどよくないです。人骨もほとんど残らないです。


貝塚の周辺だと、貝片由来のアルカリが作用して人骨など通常残らないものが残ったりします。



中米の事例ではパナマは酸性土壌が深刻らしいですが、マヤ地域の多くをカバーするグアテマラ、メキシコはあたりはどうなんでしょう。


石灰岩が母岩ですし、高温多湿で微生物の代謝速度が速いため土壌も発達しない地域なので、石灰岩の影響を受けそうですよね。




詳しく知らない上に、調べても出てきませんでした。今度現地に行く時にリトマス試験紙でも持って行こうかな。


マヤ文明で最も有名な都市の一つ、ティカル(グアテマラ北部にあります)では、母岩である石灰岩層まで現地表面から20~30cm程度のとこもけっこうありますし、土壌が石灰石粒をけっこう含んでるんです。


なので予想では石灰の影響を受けてアルカリ土壌なのではないかなと思います。




まぁ古代マヤ文明の貴族住居は石灰岩の切り石で作られていますし、立派なお墓になれなるほど、遺体は石灰岩の切り石で囲まれています。


そのためマヤ地域では人骨が残存し易いんですね。




そんなマヤ地域でさえ、食べ物は残りません!


まぁ腐る、残るどうこうの前に、基本的に食べちゃうもんね!( ・Д・)



残るとすればお墓の中に副葬された土器の中に残滓として発見されます。



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↑The Walters Art Museum所蔵の円筒形土器



主に王墓ではこういった土器が10~20個とか副葬されます(時期、都市の規模、政情等々によって数量は変化します)。


写真の土器は古典期後期(A.D.600-1000)のマヤ中部低地で典型的に見られる絵文書様式(コデックス・スタイル)の土器です。口縁部(土器の上部の口の辺り)に横走するマヤ文字帯があるのが分かると思います。



ここには土器の所有者の名前やその役職、守護霊が書かれることがあります。



その他にこの土器が何のためのものなのか、例えば、「これは~王の所有物で、ココアを飲むための器」なんて書かれている事例もあります。



土器は様々な形を有していますけど、形からその機能を推定するのはなかなか難しいのです。このような文字記録、そして中に残った残滓の化学分析によって機能が推定されることがあります。




・・・・・・あ、ちなみにカカオの原産地はマヤ地域ですね。



ココアを最初に飲んだのもマヤ人!



ただハチミツとトウガラシで味付けしたもので、現代のように甘い飲み物ではなかったようです。王族・貴族が飲む貴重な飲み物だったようですね。


つまるところ、食べ物・飲み物はもちろん、お酒に関しても考古学情報は少なく限りがあるのです!ということを確認したところで、マヤ地域、メソアメリカ地域におけるお酒について見ていきましょう。




2.古代マヤ人が飲んだお酒

古代マヤ人が飲んだお酒は記録によれば「バルチェ酒」です。バルチェと呼ばれる樹皮を使ってハチミツと水の混合液を発酵させたお酒です。蒸留の技術はなかったのでアルコール度の低い飲み物だったようです。


現代マヤ人にも作られていまして、マメ科植物の樹皮を利用して発酵させているそうです。また類似のお酒にシュタベントゥンという飲み物がありまして、これはハチミツではなく、朝顔の種の蜜を使って作っているそうです。確かこのシュタベントゥン、メキシコで普通にお土産として売っていたような…気のせいかな。



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↑お土産で見たシュタベントゥン(お酒の販売ページから画像借用したためGoogle AdSense規約に反しないようリンクを貼りません;必要な方は「Xtabentun」で検索下さい( -д-)ノ)



これだ!朝顔の種の蜜の他に、アニスを使っているそうです。アニスって香草の一種で、エジプトやギリシアなどで使われた最古のスパイスの一つです。


私はこのアニスの独特の味や香りがダメで、シュタベントゥンも全然飲めなかった記憶がございます。よかったらお試し下さい。


回し者ではないので、画像クリックしても通販サイトに飛びませんのであしからず。



さて、古代マヤのお酒の話はほとんど出てきませんでしたが、古代マヤのエリート層の人々は一種の「ハチミツ酒」なんてお洒落なものを飲用していたんですね。




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↑浣腸してアルコールを摂取する土製人形(出典不明(m´・ω・`)m ゴメン…)



ちょっとショッキングかも知れませんが、このような土偶が出土しております。



古代マヤの貴族らは自分の舌や性器を傷つけたり、トゲトゲの植物を通したりして放血儀礼を行っていたので決して楽な身分ではなかったようです(現代国家の支配階級とも言える政治家たちも自らを犠牲にする勢いで国を良くして欲しいものです)。




上の画像では植物性か土製容器で、下の画像では海産の大型巻貝の貝殻を加工した容器を用いて浣腸をしています。


直腸からアルコールを摂取するとあっという間に酩酊しますので、古代マヤの神官やシャーマンたちは、貴重なアルコールを少量浣腸して使うことで神との交信といった儀礼行為に及んでい模様です。


みなさんは危険なのでやめましょうね。ふつーに冷えたビールを飲むだけで幸せになれますから( -д-)ノ



・・・・・・ラテンだけかも知れませんが、ちなみにスペイン語の表現で「死ぬまで飲む」は「アスタ ベル マリア」=「マリア様が見えるまで飲む」です。今でもお酒で神との交信はできるようですが、お酒はほどほどに!( ・Д・)




3.古代メキシコ人のお酒とテキーラの歴史

古代メキシコのお酒と言えば、「プルケ酒」です!


リュウゼツラン(スペイン語でマゲイ)の樹液を発酵させて造る白色のお酒です。見た目は甘酒みたいな感じですね。アルコール度数も4%程度と軽いお酒です。




一般にはスペイン期の記録に残っているのでアステカ時代(14~16世紀初頭)のお酒と説明されています。


原料となるリュウゼツランはその繊維から縄、棘から針、葉の薄膜は料理用の紙として生活の様々な場面で利用され、古くから栽培されていたと考えられています。


西暦200年頃には栽培が始まっていたと考えられており、テオティワカンの南東部に位置するチョルーラではプルケ酒を飲んでいたと解釈されている壁画が見つかっています。




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↑チョルーラで発見された壁画(「Ancient Origins」の記事内画像より転載;英文)



チョルーラはテオティワカンやマヤ諸都市と同時期の都市遺跡で、タルー・タブレロ様式建造物といったテオティワカンに類似する美術・建築様式を有しています。


恐らくリュウゼツランの栽培が開始される西暦200年頃からプルケ酒も作られ始めたんでしょうね。




さて、メキシコのお酒と言えば「テキーラ」



こちらは1600年に最初の工場ができたのだとか。1521年にアステカの首都、テノチティトランがエルナン・コルテスにより陥落したと考えると結構古い歴史を有しています。世界的に有名になるのは19世紀末以降で、それまでは国内消費されていました。



こちらのテキーラもリュウゼツランから作られています。メキシコのイメージのせいか、テキーラはサボテンから作られるお酒と言われることもありますが、リュウゼツランはサボテンじゃないです。


ユリ科の植物で見た目はアロエっぽいです。棘はありますけど、棘あったらサボテンなわけじゃないので(その理屈だとバラもサボテンになります)。



シャンパンがフランスのシャンパーニュ地方で作られたものだけを指し、その他はスパークリングワインになってしまうように、テキーラも基本的にテキーラ村で作られたものを指します。


正式名称はサンティアゴ・デ・テキーラです。現在はテキーラ町です。



実際には町のあるハリスコ州とグアナファト等の周辺域で生育したテキーラ専用のリュウゼツラン(アガベ・テキラナ・ウェベル・バリエダ・アスル)を総原料の51%以上使ったものであればテキーラと名を打つことができます。


最低2回の蒸留を行うなど細かい規定はありますけどね。



ということで、日本でもお馴染みとなったテキーラは、古代マヤ文明のお酒バルチェ酒と同じくらい古い歴史をもつ古代メキシコのプルケ酒を源流にしているお酒なのです。



4.おわりに

お酒のウンチクが必要な場面は限られているかも知れませんが、考古学や古代史の方に重点を置いて話せばそこまで嫌がられることもないでしょう!


世の中、どんなことどんな物にも歴史があるものです。普段何気なく口にしているお気に入りの飲食物の歴史について調べてみるのも面白いかも知れません。


最近の各会社のサイトでは商品開発等について様々な企業努力をしていることが手軽に窺ますし、身近な日本酒の蔵やビール工場などに見学に行くのも良いかも知れませんね。


是非、身の回りにある「歴史」に触れてみてください。


↓それ、ぽちっとな!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓


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