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歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

タグ:マヤ文明

2019ねん 5がつ 11にち(どよーび、晴れ)

なんだか最近、体調が悪いなと思っていた。

ふと枕を変えてみたら、劇的に快復した気がする!

気のせいだろうか!?( ・Д・)


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今回の考古学・歴史ニュースは、以前の記事における『古典期後期(CE600-900)の土製人形の製作工房がマヤ考古学史上初めて見つかったよ!』って内容を確認したよって話です(*・ω・)ノ


↑ほとんど同内容ですけどね、混乱っぷりが分かる!( ・Д・)


さて、前回の記事で、混乱がありましたが、原文に当たりまして原因が分かりました!

やはり予想通り、最初に参考にした記事が間違っていたようです。

グアテマラ南部の山岳地帯を「南部高地」と呼んでいますが、その中における『コバン市での土製人形製作工房の発見』の記事と、『グアテマラ市における大量の土器破片資料の廃棄』に関する記事を混同して書いていたようです。

恐らく参考にした海外の記事の執筆者は、土製人形の製作工房と同定された遺構から大量の土器破片資料が確認されたことを強く意識したために、現代の考古学者による大量の土器破片資料の廃棄の写真を発掘調査で出土した資料と間違えたのでしょう。

まぁ専門からすれば、前の記事の最後に書いたように、出土した資料と新しく廃棄した資料の違いは明確なのですが( ・Д・)


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まとめると、私が参考にした記事は、本来2つの異なる記事を混ぜてしまっていました。


【元の記事の種類】
記事A:コバン市における土製人形の製作工房の発見
記事B:グアテマラ市、カミナルフユ遺跡の紹介と現代の考古学者による土器資料の大量廃棄に関する記事

【予想される混同の原因】
①両者とも大量の土器破片資料について書いている。
②両者ともマヤ文明、古典期に関する内容である。
③両者ともグアテマラ国内における話である。
④両者とも同時期のマヤ高地における話である。


ということで、今回は記事毎に整理して簡単に紹介します(*^・ェ・)ノ


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記事A:史上初!マヤ高地にて土製人形の製作工房が検出された!

グアテマラ、アルタ・ベラパス県のコバン市に所在するアラゴン遺跡で土製人形の製作工房が検出されました。

この遺跡は私有地にある遺跡であり、新たな建物を建設する工事によってマウンドを削ってる最中に見つかりました。

マウンドとは昔の建造物が崩れて時間が経過したことで土を被った遺構で、マヤ地域の場合は多くの場合、丸みを帯びた長方形の「土饅頭」のような状態になっています。

日本には文化財保護法がありますので、新たな建設工事の際は届け出が必要であり緊急調査がなされるわけですが、海外では多くの場合そのように保護されていません。

大体の場合は近現代の工事によって遺跡や遺構は破壊され、出土した遺物は個人のコレクションになったり、売り飛ばされたり、そのまま破壊・廃棄されたりします。

今回のケースでは工事の主体者がアメリカ人マヤ考古学者の友人だったようで、工事中に多量の土器破片資料が出土したことから連絡を取ったそうです。

検出された土製人形の製作工房は工事によってかなりの部分が破壊された後でしたが、それでも数千点に及ぶ土器破片資料と、400点以上の土製人形や人形の「型」の資料が出土しました。



出土した土器破片資料の分析から、帰属時期は750~900 CE、古典期後期後半と推定されています。

古代マヤ文明にはマヤ文字を刻んだ石碑がありますが、経済に関する情報は含まれていません。

そしてこれまでに古典期に属する明確な土器やその他の土製品に関する製作工房は検出されておらず、重要な発見と言えます。

私も土器経済を明らかにし、そして碑文研究で示される都市国家間の政治的関係との相関性について明らかにしたいと考えていますが、今後マヤ文明における古代経済について少しずつ解明されていく予感がしますね(・∀・)つ


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記事B:現代の考古学者によるカミナルフユ遺跡における多量の土器破片資料の廃棄


この記事の舞台はグアテマラの首都、グアテマラ市にあるカミナルフユ遺跡です。

グアテマラ市(以下、グアテマラシティで記述)は、コバン市よりも約89km、南側のより標高の高い地点に位置しています。

この遺跡は元々は巨大な湖の周辺に栄えた大都市でしたが、近現代における首都の成長と共に大部分が消え去ってしまいました。

上に挙げた2枚目の写真のように、一部が遺跡公園として保存されており、その周辺はすぐに住宅街となっています。

遺跡公園にはJICAの協力で建設された小規模の博物館の他、上に挙げた写真に見られるような古代マヤ文明の建造物が見られる展示があります。

またカミナルフユ遺跡の他の一部であるミラ・フローレス地区は、その名の通り「ミラ・フローレス」と呼ばれるショッピングモールに残っています。

そこでも小規模の博物館の他、神殿マウンドが展示されています。

両者とも規模は小さいですが、比較的新しい建物であることもあり綺麗です。

そして展示されている遺物も展示方法も素敵です(・∀・)つ

グアテマラでもお金のあるところにはあるんですけども、メキシコ等と比較すると文化遺産活用はまだまだですし、所謂「貴重な・美術的価値のある考古資料」以外は一般はもちろん行政面でも興味がないようです。

つまるところ、素敵な資料の展示ケースを買うお金やそのための広いスペースを確保するお金はあるが、分析に使用する他の多量の出土資料を保管しておくスペースを確保するお金はないということです(/TДT)/

で、問題の写真がこれ( -д-)ノ


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実際には日本でも土器資料は廃棄されています。

しっかりと何をどこにどれだけ捨てたかを記録した上でですが。

特に日本では現代の建設工事に伴う緊急調査によって日々膨大な量の考古資料が出土していますから、保管する場所に困るわけですね。

しかし土器の数量化に関する研究や、土器胎土分析等の定量分析に関する研究、そして熊本大学の研究では土器破片資料も重要です。

特に熊本大学の小畑教授によるレプリカ法は土器資料から新たなデータを引き出す方法として非常に面白いなと思っています。


↓このような研究もあります(*・ω・)ノ
↑良かったら併せてどーぞー( -д-)ノ


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確かに増加し続ける全ての資料を保管するのは物理的に無理かもしれませんが努力はしたいですよね。

少なくとも廃棄の前に、現在可能な手法によるデータの採取を全て終えてから廃棄してもらいたいな~と思います。

実際にこのカミナルフユ遺跡で出土した土器破片資料の内、博物館にて保管できないものが、上の写真のように廃棄され始めているようです。

蛍光X線分析装置(中古で300万円、新品で800万円くらいする( ・Д・))をゲットできれば、廃棄前に全部のデータを集成するのにな~と思う今日この頃(´・ω・`)

研究費取れなかったら、やっぱりクラウドファンディングかな。

その時は皆さん、応援よろしくお願いします(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

ちなみに元記事にあった1500万点という数字の出所は、50年ほど前の考古学者が推定したカミナルフユ遺跡全体から出土するであろう総土器破片資料数のようです。

↓捨てられる運命の土器資料からデータを引き出すための機材購入のために応援して下され!( ・Д・)↓

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2019ねん 4がつ 25にち(もくよーび、晴れ)

右足のふくらはぎがツリ続ける病になった(ノ◇≦。) ビェーン!!

今日、明日はめちゃ働く。

そしてGWは酒を断って、のんびり養生することにするヽ(TдT)ノ


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今回の考古学・歴史ニュースは『古典期後期(CE600-900)の土製人形の製作工房がマヤ考古学史上初めて見つかったよ!』って内容です(*・ω・)ノ

本当に久しぶりのマヤ文明ネタです。

専門だからこそ、変なこと書けないなと自然と避けてしまっていたかも知れません( -д-)ノ

ところで実は私は「土器製作址」を探していて、「マヤ史上初の古典期の土器焼成址を発見したよ!」って発表してるんですけどね。

論文として公表になるのは今年(2019年)の7月です。

あと数ヶ月でブログでも記事にして紹介しようかと思ってます。

……さて、今回の発見は個人的に非常に興味深いな~と、ちょっとテーマの方向性は違えど、やられたな~って感じがしています。

もし私の対象遺跡と同じ遺跡で、先にこれだけの発見されたら、正直泣いてますね。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン


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今回の発見の舞台は、グアテマラの首都、グアテマラシティにあるカミナルフユ遺跡です。

元々は巨大な湖の周辺に栄えた大都市でしたが、近現代における首都の成長と共に大部分が消え去ってしまいました。

上に挙げた2枚目の写真のように、一部が遺跡公園として保存されており、その周辺はすぐに住宅街となっています。

遺跡公園にはJICAの協力で建設された小規模の博物館の他、上に挙げた写真に見られるような古代マヤ文明の建造物が見られる展示があります。

またカミナルフユ遺跡の他の一部であるミラ・フローレス地区は、その名の通り「ミラ・フローレス」と呼ばれるショッピングモールに残っています。

そこでも小規模の博物館の他、神殿マウンドが展示されています。

両者とも規模は小さいですが、比較的新しい建物であることもあり綺麗です。

そして展示されている遺物も展示方法も素敵です(・∀・)つ


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さて、今回のニュースで発見されたのは「土製人形」です。

人物や動物を造形したものを「Figurines」と呼んでおり、日本語に直訳すると「小像」でしょうか。

実際にめちゃくちゃ大きいサイズの土製像が後古典期(CE900~1521)のメソアメリカ美術様式には見られますが、古代マヤ文明では小サイズのものばかりですので個人的には「小像」で良いかと思います。

日本では土製の偶像ということで「土偶」という名称が聞き慣れていると思いますが、イメージが大きく異なるので本記事では「土製人形」と表現することにします。

上に挙げた写真のように古代マヤ文明の土製人形は丸みを帯びた造形のものが多いです。

この写真の資料は丁寧に磨かれていますが、粗雑に作られた資料も数多く見つかっています。

一方で2枚目の写真に見られるように、古典期後期にハイナ島で生産された土製人形は非常に精巧な作りであることが特徴的です。


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上に挙げた写真の内、2枚目は明らかに「型」ですね。

1枚目は実見として押してみたものなのでしょうか。

これだと型取りにならないですよね( ・Д・)

でも焼成しているように見えるんだよな(`・ω・´)

・・・さて、参考にしている元記事がコバン市における土製人形の「型」を含む大量の土器破片資料の出土について書いているのですが、すぐにカミナルフユ遺跡の話になるのです。

両方ともマヤ高地だし、距離的にまぁまぁ近いとは言え、けっこう離れています。

遺跡としては別物です。

これは元記事書いた人が間違えているのか、私の訳がおかしいのか(斜め読みしてます(´・ω・`))・・・

なんだか、やな予感がします。


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原文はサイエンス誌に掲載されたようで、膨大な量の土器資料は1つのマウンドから1立方フィートの土壌あたり7000点の破片が発見されたそうです。

さらにマウンド全体では500000点の未使用の土器の残骸を含む合計1500万点の破片が含まれているそうです。

サイエンス誌に載ったとは言え、「未使用の土器」ってどういうこと?

てかこの写真何!?

完全に新しく捨ててるよね!?( ・Д・)

ちょっとサイエンス誌の原文読んで、事実確認し、次回報告します( -д-)ノ

↓こんな終わり方ですみまてん( ・Д・)↓

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2019ねん 2がつ 1にち(きんよーび、雪)

寒い!

フロントガラス凍って、前見えなかった!( ・Д・)


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今回紹介する考古学・歴史ニュースは『PCやスマホ上で大英博物館の中を歩けるよ!』というものです。

実際には2015年末には一般公開されていたので『ニュース』ってほど新しくはないのですが、私は知らなかったもので紹介することにしました!


インターネットでの公開のために大英博物館における収蔵品の内、4,500点以上が写真撮影されたそうです。現在までに6894点の資料が撮影され、ネット上で見ることができます!

また館内の写真も多数撮られ、そのデータを基にしたヴァーチャル・ミュージアム内を歩き回って鑑賞することができるのです。






下に大英博物館の公開デジタルデータにアクセスできるページのリンクを貼っておきます。




さて、上に挙げた写真のように、様々な資料の写真データがあって、眺めているだけでも楽しいです。

歴史好きにとっては時系列で資料を並び替えて表示できるのもニクイ仕様となってます(*・ω・)ノ


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ちなみに私個人に関するものとしてはメソアメリカに関する歴史的な資料が多数データ化されています。

古代マヤ文明に関する研究初期の考古学者、アルフレッド・モーズリーを始めとして、メキシコ、グアテマラ、ホンジュラスにおける古い資料群(計2700点程度)が見られます。



上に挙げた写真のように、ティカル遺跡に関する発見当時・調査初期における神殿の姿を映した写真や、当時の文書が見られます。


古い考古記録というのも、また別の『歴史』を感じさせるもので、見てていいなぁ~と思ってしまいました( -д-)ノ



・・・・・・ヴァーチャル・ツアーも試しにやってみましたが、大英博物館を訪れたことがないこともあり、土地勘がないというか・・・

めちゃくちゃ広いので、どこに何があるかもわからず、ひたすら練り歩いてました。


ちなみに意味なく、わけ分からんとこの博物館の壁を拡大して見つめるなんてこともできます( ・Д・)


時間に余裕がある時にじっくり散策するか、前もって大英博物館の別の公式ページ(日本語表示に変更可能)で館内見取り図を頭に入れておいた方が良いですね。


平面的に広いだけではなく、複数階層ありますから!(*・ω・)ノ



・・・・・・今はヴァーチャルで楽しむけど、いつか訪れて直接見てみたいものですね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

↓ぽちっと押すか、拡散するか、さぁ選びなさい!( ・Д・)↓

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2019ねん 1がつ 25にち(きんよーび、雪)

研究環境を整えたい。

今の希望はただそれだけである( -д-)ノ


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【目次】
  1. はじめに -文系/人文科学の区分が大好きな日本-
  2. お金かかるよ、考古学(特に海外!)
  3. 私が欲しい物とその金額と理由
  4. 学術系クラウドファンディングの現実(/TДT)/
  5. おわりに


1.はじめに -文系/人文科学の区分が大好きな日本-
今回は「クラウドファンディングと考古学」というテーマでお話したいと思います!


IT化が進んだ現代社会では「人文科学なんて要らない!」なんて風潮もあり、何かと辛いニュースもちらほらと目にするようになりました。


この前見たのは、「人文科学は今まで楽に研究してきたのだ!」というものです。


『図書館』という巨大な組織に支えられて、「研究費なんて要らないレベルで研究できる最高の環境を整えられてきたのだ!」というのがその主たる主張でした。



まぁ確かに一理ある!


理系は研究史をさほど重要視しないって聞きますからね~。

医学史は医者の卵が効率的に勉強する上で重要と唱えられてから、実際にそれをやってきたのは文系だしね!

(そう考えると人文科学、役に立ってんじゃん!縁の下の力持ちだよ(/TДT)/



確かに図書館の役割は人文科学系の学問にとっての重要度は高いし、図書館の維持に莫大なお金がかかっているのも理解する!


だけど、何故に文系とか人文科学としてひとくくりにするの?(TДT)


考古学はお金かかるよ!ヽ(TдT)ノ


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2.お金かかるよ、考古学(特に海外!)
今回はほんとどれだけお金かかるかを暴露したいなと思います( -д-)ノ


研究を続けていると先輩、後輩が様々な理由で研究者の世界から離脱していくわけですね。

まぁ基本的にはお金だと思います。専門で就職できても忙殺されて時間が取れないというのが実態のようですね。


それでもやはり悲しいものです。寂しいものです・゚・(ノД`;)・゚・



そんな大事なお金と時間の問題ですが、私のケースをご紹介します。


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初めてマヤ文明の地に赴いたのが大学4年の春か夏でした。

23の時だったな~(*・ω・)ノ


私の大学の考古学研究室では4年は卒業論文に従事するために、3年までに卒業に必要な全単位(卒業論文を除く)を修得しておくことが暗黙の了解でした。

だから3年の内に行きたかったんですけどね、参加するプロジェクトの事情によりタイミングが悪く、4年に持ち越しました。



その先生に言われた航空券を買い、現地に行きました。


往復24万円でした(ヒューストン経由、グアテマラ行き)。



学生時代は塾講師のアルバイトをしてました。


海外行くために夏季講習(?)とか一番忙しい時期にお休みもらってましたね。

今思い返すと本当にありがたいことでした(〃・д・) -д-))ペコリン



現在は某大学の某教授がホンジュラス、コパン遺跡で実施するプロジェクトに参加しましたが、参加費用を払う必要がありました。


名目は「遺跡の保存・修復等のため」です。


1000ドル(米ドル)、約12万円でした。



滞在場所(ホームステイ先)も紹介してもらったところで、月6万円くらいだったかな~


(何か思い出してるだけで涙ちょちょぎれるヽ(TдT)ノ、てか文体が崩れてきたw まぁいいか、今回くらい、思い出話だし( ・Д・))


もちろん上に述べた額以外に、グアテマラからホンジュラスへの移動費、グアテマラ内での移動費(博物館見学)、ティカル遺跡への移動・入場・宿泊費と、全日程の食費がかかりました。



けっこう高いのが海外旅行保険!

期間長いと簡単に10万円超えるんですよ。なので慣れてきてから、入るの辞めました。大学には内緒ですw


まぁトータル60万くらいかな~。まぁ10年パスポート取得にも16000円とかかかってましたね




まぁ複数回慣れてなんだかんだ安く済ませられるようになっても毎年2回行って、80~100万円近くにはなってたように思います。


慣れてくると滞在期間が延びるのでこんなもん。だって航空券高いからたくさん居た方がお得なので(´・ω・`)







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博士課程になり、日本学術振興会の特別研究員(DC2)に採用されていた時期の助成金が月20万円でした。


税金が引かれるので、月16万円くらいです。


グアテマラ、ティカル遺跡で調査を行っていたので、法律上共同ディレクターとして現地考古学者を雇用する必要があり、月1000ドル(手数料込で12万円超えた)でした。


実際に2か月の発掘調査・ラボ作業を行うのに、許可等の書類処理の問題を含めて半年以上月12万円を払い続けました。



実際の調査の間は、発掘作業員さんを2人雇って月5万円(1ヶ月)、二カ月分の車両レンタル&ガソリン代(15万円)かかりましたね。


あとは発掘調査やラボ作業に必要な機材等を揃えるのにお金かかりましたね。トータル5万円くらいかな。

けっこう色々借りたりして節約しました。無償で貸してくれてありがとう!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ

特にトータルステーション!あれ、借りるとバカ高いから!( ・Д・)



もちろん別途、私の渡航費、移動費、滞在費はかかります(この辺りは頂いた研究費でまかないました)。


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以上、私が地球の裏側まで行って、調査する時の必要経費ですね。


今まで自分で払った分だけでも500万円は超えてるのだろうか。

まぁお金かかるんですよ!海外の考古学( ・Д・)


ティカル遺跡はマヤ文明で最も有名な遺跡ですからね。ビッグネーム過ぎてまぁ多少はしゃーなし!( ・Д・)







3.私が欲しい物とその金額と理由
考古学はお金がかかるって話から急に飛びますけど、私が今欲しいのは「蛍光X線分析装置」です。ハンドヘルドタイプのやつですね。


(どのような研究をこれまでしてきて、具体的に何故これが欲しいのかについては次回にします(*・ω・)ノ)



これがいくらするかというと、定価で700万円超えるのです。


最新の技術を使った研究をしたくても、これじゃあ若手用の研究費じゃ逆立ちしても足りない!

ちなみに中古品だと250万円(税込み270万円)です。増税すると300万円かな( ・Д・)

この分析装置は何ができるかというと、ざっくり言うと対象試料の化学組成が分かるのです。


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最近は某先生のおかげかマヤ文明に関する概説書も増えてきましたが、その中で古代マヤ文明に関してこれまでに具体的に様々なことが分かっていることが記載されています。

しかし考古学な研究成果の下積みがあるとは言え、現行のマヤ文明観の華々しい部分の多くは碑文研究成果によるものです。


マヤの碑文は当時の経済に関する記述がほとんどないため、往時の経済の理解については考古学研究に期待されるわけですが、これが如何せん進んでいないのです!



簡単に言うと、蛍光X線分析による土器の分析、つまり胎土分析によって数多ある『土器の出所』を判定し、土器経済(土器の生産と流通)について明らかにしたい!ってことです。



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4.学術系クラウドファンディングの現実(/TДT)/
ということで、今脳内にある研究をするために(分析装置を使った新しい方法論も考えてある!( ・´ー・`)ドヤァ)、流行りのクラウドファンディングもいいなと思ったわけです。


『学術用』のクラウドファンディングのサービスも展開していて、今や外部研究費の獲得方法の一つとして確立しつつある状況と言えます。


税金対策として活用できるならば更に発展しそうですが、まだ法整備の方が追い付いていないですね( -д-)ノ




さて、クラウドファンディングで100万円以上とか1000万円集めたとか話を聞くわけですよ!


で、実際に調べてみると、『学術用』のクラウドファンディングの相場は50万円程度だそうです。


ただし達成率(会社による)は80%程度なので、科研費の採択率よりずっといいですね!


まぁただ、私の目標額には遠く及ばない!( ・Д・)

そして達成率が高いのは『寄付型』ではなく、『購入型』と呼ばれるもの。

つまり何らかの対価を用意しなくてはなりません。


世の中甘くないってことですねヽ(TдT)ノ



5.おわりに
と、いうことで、まぁなかなか現実は厳しいですけどね、何とかやっていくしかない!

堅実に貯金して自分で買うかなとも……

この基礎研究だけでもライフワークになるからね!(。・ω・)ノ゙


次回クラウドファンディングや私の研究について詳しく紹介していこうと思います。

どうかお付き合いくださいヾ(´ω`=´ω`)ノ

↓安心してください!ここをぽちっとしてもお金はかかりません(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

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2019ねん 1がつ 14にち(げつよーび、晴れ)

今日は「成人の日」だ。

忘れていた。

成人の儀は遠い過去の話だが、祝日なのは良いことである( -д-)ノ


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↑グアテマラで発見された石彫(「AFP BBNews」の記事内画像を加工;credit: AFP/ Henry MORALES ARANA)


さて、今回の考古学・歴史ニュースは、「グアテマラ、ラ・コロナ遺跡にて1500年前の覇権争いについての記録が刻まれた祭壇が発見される!」です(*・ω・)ノ


発見された場所は、中米、グアテマラ共和国の北部に位置する、ラ・コロナ遺跡です。

古代マヤ都市として有名なティカル遺跡の北西部に位置します。

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この遺跡はさほど大きな遺跡ではありません。それにも関わらず、多くの碑文が刻まれた石彫が出土することで有名です。

よく知られている古典期マヤ文明(西暦250-1000)の中心的な遺跡の多くが現在のグアテマラの領域内に集中しています。このグアテマラは1960~1996年に内戦中であり、この期間に多くの遺跡が盗掘被害に遭い、膨大な数の美術的価値の高い遺物、特にマヤ土器や石彫が世界各国へと売り飛ばされました。


まぁ現在も古典期マヤ文明の中心的な存在であるペテン地域(グアテマラ北部のティカル遺跡や、この記事のラ・コロナ遺跡がある地域)は『盗掘天国』としてしばしば地元新聞に掲載され、問題視されています。


特に美しいマヤ文字を有する土器や石彫の「価値」は高く、個人コレクターやアメリカなどの海外の博物館が多数の資料を有しており、皮肉なことにそのような環境の中でマヤ文字研究は大きく進展していくことになりました。



この碑文研究の中で度々言及されてきた「遺跡Q」が実際にどこであるのかが謎としてあり、1997年にイアン・グレアムとデイヴィッド・ステュアートらによってラ・コロナ遺跡にてQ遺跡と同じ支配者の名前が石碑に刻まれていることを発見したのです。


ちなみにコロナと言えば、メキシコのビールを思い浮かべる方もいるでしょう。瓶に描かれているように、スペイン語で「コロナ=王冠」を意味します。

スチュアートによってラ・コロナ遺跡にある5つの小ピラミッドの並び方が冠を思わせたため、遺跡はラ・コロナ(冠)と名付けられたのです。



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発見された祭壇は石灰岩を彫刻したものであり、大きさは高さ1.46メートル、幅1.2メートル、その重量は約1トンあります。上に挙げた写真の通り、その精巧で繊細な彫刻が見事に保存されていますね。

石灰岩なのに、何故これほどまでに保存状態が良いかと言うと、この祭壇は神殿の内部から発見されたことに由来しています。



(というかこれ、単に石彫ではないですかね。祭壇として機能しそうな感じがしない……まぁ大きい範疇で「祭壇」とされている石彫はそれなりに……あるか( ・Д・) 祭壇の定義って何なんだろう(´・ω・`))


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この石彫の図像はラ・コロナを支配していたチャック・トック・イチャーク(Chak Took Ich'aak)王が杖を持って座り、その杖からラ・コロナの守護神2体が出てきている様子を表現しているとのこと。



また碑文には「544年5月12日」に相当するマヤ象形文字が刻まれており、チャック・トック・イチャーク王がその約20年後に近郊の都市エル・ペルー・ワカ(El Peru-Waka)も支配したことが読み取れるそうです。



さらに碑文は古典期マヤ低地の覇権をかけた争いについて言及しており、蛇の王国として知られるカーヌル王国(カン王国;カラクムル遺跡)がラ・コロナ遺跡で大々的な政治活動を行いったこと、


562年に最大の敵対国であったティカルを倒し、その後マヤ低地を2世紀にわたり支配下に置いたことを示しているとのことです。



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↑ラ・コロナ遺跡の一部、石板の列が見える(↓下のYouTube動画①より加工)


 

↑ラ・コロナ遺跡の調査に関する動画①



↑ラ・コロナ遺跡の調査に関する動画②




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おまけとして、「ラ・コロナ遺跡ってどのような遺跡だろう?」って分かりそうな画像・動画を載せておきますね。


どうやらまだあまり調査が進んでいないようで、全体像が知れるような写真は見当たりませんでした。


それでもラ・コロナ遺跡が精巧な石彫を多く有する稀有な遺跡であることが分かると思います。




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↑石板の長~い列(「Quantum Day」の記事内画像より転載)



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↑さきほどの石板の列を拡大したもの、図像とマヤ文字がうっすらと見える(↑上のYouTube動画①より加工)



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↑上の写真の左二つの石板を拡大し、分かり易く水をかけた状態(「Tulane News」の記事内画像より転載)



浅浮彫なのに、ほんとに保存状態が良いですよね。中小遺跡からもこういった新たな石碑が見つかることで、古代マヤ文明の様相は碑文学の立場からより詳細に具体的に明らかにされていきそうですね!(。・ω・)ノ゙


↓久々のマヤ文明関係のニュースだったね!(*・ω・)ノ↓


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