
↑美しい写真!これがパンの欠片が発見された古代の竈(かまど)の痕跡(「Discovery」の記事内画像より転載;Credit: Alexis Pantos via University of Copenhagen)
このパンの発見された遺跡はナトゥフ文化の遺跡であり、中石器時代の狩猟採集民が暮らしていたことがわかっています。このナトゥフ文化の人々の生業は狩猟採集でありながらも定住生活を送っており、狩猟採集社会から農耕社会への移行期の文化として注目を集めています。
さてこの地でパンが作られた時代、つまり中石器時代に農耕は始まっていなかったと考えられます。農耕の起源とは難しいのですが、例えば最古の事例としてはイスラエルのガリラヤ湖岸で、23,000年前の農耕の痕跡(オオムギ、ライムギ、エンバク、エンメル麦)が発見されています。
またシリアの「肥沃な三日月地帯」の西域であるレバントでは、テル・アブ・フレイラ遺跡 では11,000年前の最古級の農耕の跡(ライムギ)が発見されています。この遺跡はナトゥフ文化の遺跡ですので今回の発見と同時期ですね。
農耕開始=農耕社会の開始ではないことに注意が必要ですが、最古の事例は上記のイスラエルの2万3000年前になります。農耕、日常的な言葉としては農業として私たちが想像するのは「灌漑農業」だと思います。それ以前には雨水に頼る「天水農業」がありますし、さらに以前には「選択農業」があります。
選択農業は種を撒いたり、苗を植えたりしないんです。雑草等の必要な植物以外を引き抜いたりすることで、結果的に必要な植物だけを増殖させる農法です。
ちなみにここでは農業と農耕という言葉が混じってますけども、扱う時期にもよりますが人類学や考古学では農耕という言葉を使います。農業=農耕+牧畜を意味するので、それぞれ分けて使う必要があるのです。
↑推定される古代の方法でパンを作る実験考古学(「CNN.co.jp」の記事内の画像より転載;Credit: Alexis Pantos)
さて、地域にもよりますが農耕社会の開始は9000年前のトルコや7000年前のギリシアと考えられており、農耕社会は新石器文化の指標でもあるわけです。実際これまでに知られていた最古のパンは、トルコにある9100年前の遺跡から見つかっていました。
そのためパンの起源は穀類や豆類を栽培した初期の農耕社会と関連付けられてきたわけです。ですが今回の発見により、パンの起源は中石器時代に遡ることが分かりました。 おそらく野生の穀物類を採取し、脱穀してから粉を挽き、それに水分をくわえてこねてからかまどで焼いていたと考えられるわけですが、このやたらに手間のかかるパンの存在が中石器時代の農業革命と関連している可能性が指摘されたのです。
品種改良が重ねられた現代のパンコムギに比べたら、その祖先種・野生種である当時の小さな品種から得られる小麦粉などたかが知れているのです。恐らく儀礼行為と関連して特別な食べ物として重要視された可能性があります。
実際、この研究に携わった教授らは、パンというこの特別な食べ物をもっと容易に作りたいとの動機があったからこそ農耕が始まったのではないかと推察しているそうです。