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歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

タグ:レアな発見

2020ねん 3がつ 8にち(にちよーび、曇り)

仕事が終わらない( ・Д・)

コロナ騒ぎで帰りの便が変更になった( ・Д・)


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今回は考古学・歴史ニュースではないですね。

「ティカル遺跡、観光エリア(考古学遺跡エリア)でジャガーの子供が歩いているところを観光客に激写されたよ!」ってお話です(*・ω・)ノ

一番最後にどれだけジャガーとの遭遇確率が低いか所見を述べますね(下部には可愛いジャガーの赤ちゃんの写真もあります(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!)。

マヤ文明と言えば、『羽毛の生えた蛇』の神様である『ククルカン』が有名でしょうか。

別名の『ケツァル・コアトル』の方が有名かも知れませんね。

『グクマッツ』とも言いますけど、これは普通の人は知らない呼称でしょう( -д-)ノ

ククルカンとグクマッツはマヤ語表記です(グクマッツはマヤ神話「ポポル・ブフ」に出てくる表現)。

有名な『ケツァルコアトル』はアステカ文明のナワトル語表記です。

この羽毛の生えた蛇は創造神であり、人類に文明を与えた神でもあります。

またディズニーシ―の『クリスタルスカルの宮殿』で見ることができます(*・ω・)ノ




マヤ神話ではこの羽毛の生えた蛇が最も有名ですが、古代マヤ人の信仰は日本と同じ多神教的な性格を有するため、実際には様々な神様がいます。

その内のひとつが『ジャガーの神』です。

マヤ神話で最も取り上げられる『双子の英雄神話』に出てくるイシュバランケーが『ジャガー神』の人間の姿と考えられています。

中米最大の肉食獣であるジャガーは夜の王でもあり、古代マヤの人々にとって畏怖の対象でした。

そんなジャガーの子供がティカルの観光客用の普通の散策路を歩いていたようで、観光客によって写真を撮られました。

それが最初に挙げた写真になります。




残りの2枚の写真は動物園で撮られたものですが、可愛いですよね。

ネコそのものですカワ(・∀・)イイ!!


ティカルにおけるジャガーとの遭遇率

さて、私の経験からジャガーに遭える確率を紹介したいと思います。

私はティカルを最も多く訪れたことのある日本人で間違いないと思います。

勤務期間は2年でしたので、バケーションや休日を除くと500回は訪れています。

その後の発掘調査プロジェクトの期間を含めるともう少し増えるでしょうけど、キリよく500回にしておきましょう!( -д-)ノ

さて、2年間ほぼ毎日(平日のみである)ティカルに通っていて、500回もティカル中を練り歩いて、私がジャガーに遭遇した回数は・・・・・・



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1回です!( ・Д・)


たったの1回なのです。

というのも、ジャガーは夜行性ですから、私の勤務時間とは活動時間が合いません。

ティカルやワシャクトゥン(ティカルの北方23kmに位置する遺跡で、ティカル国立公園内にある遺跡&集落)に仕事関係で宿泊したことは数度しかありません。

とは言っても夜間にジャングルを出歩くのは危険すぎて無理です。

本当に真っ暗闇で道も見えません。

どこまでが道でどこまでが樹々の壁なのか判断付きません。

また樹々の背が高く、見上げても星も月もほぼ見えません。

なので普通にティカルを訪れるとジャガーを見る確率は1/500程度しかありません。

たった0.2%です。

そのためジャガーとの遭遇確率を上げるためには、ティカル内のホテルやキャンプを利用して一泊することですね。

夜間は危険ですし、そもそも暗くて見えません。

なので早朝と夕方に散策するのが良いでしょう。

ちなみに4号神殿から朝日を見るツアーもありますが、有料です。

なので夕方から閉園まで頑張って練り歩き、キャンプして朝方キャンプ傍や自然林散策コースを散歩するのが最も安上がりです。

ただ何かあったら困るので単独行動は避けてくださいね!

ディズニーランドのジャングルクルーズのセリフにあるように、

最も怖いのは文明社会・人間です( ・Д・)

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2020ねん 2がつ 23にち(どよーび、くもり)

こっちの大学の考古学雑誌の締め切りまで、ちょうど1週間。

書籍の修正まで2週間。

報告書の提出まで3週間。

更に抱えてる論文2本、、、死んだ( ・Д・)


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↑出土した完形の銅鏡(「奈良新聞」の記事内画像を一部加工)
柳田康雄氏提供「CNN」の記事内画像より転載;credit: Antiquity Publications Ltd)


今回の考古学・歴史ニュースは「古墳時代の井戸から完形の銅鏡が出土したよ!」ってお話です(*・ω・)ノ

発見があったのは奈良県天理市の櫟本(いちのもと)町です。

この発見により、この遺跡は『櫟本チトセ遺跡』と命名されました。

工場の建設工事に伴い、緊急調査が実施され、約1600平方メートルもの範囲を調査したそうです。

文化財保護法で事前の調査が必要かつ工事実施者の負担のはずですが、いったいどれくらいのお金がかかるのでしょうねΣ(・ω・ノ)ノ




この調査区の範囲で見つかったのは大きな集落の跡でした。

帰属時期は古墳時代前期~中期(4~5世紀)と考えられています、

これだけの範囲ですがちょうど集落の北辺の一部だと思われ、直径約40センチ前後の柱穴約10基や断面がV字状になった大溝、そして井戸と思われる遺構が検出されました。

この井戸状遺構は直径約2.3m、深さ1.2mで、素掘りの井戸と考えられます。

この中から小型の銅鏡1面が出土しました。

最初に挙げた写真のようにこの銅鏡は「完形品」であり、非常に希少な事例なのですヾ(´ω`=´ω`)ノ

出土状況はこんな感じです。

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ん?(つд⊂)ゴシゴシ

めちゃ、ちっちゃい!?


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ということで、見つかった銅鏡は直径3.6cmしかありません!

「小型倭製鏡」と呼ばれる国産の鏡で、鏡背面に中央の突起「鈕(ちゅう)」から放射状に線を描いた「櫛歯文(くしばもん)」と呼ばれる文様が見られるそうです。

小型の銅鏡は祭祀用と考えられおり、ヒョウタンや邪気を払う力があるとされるモモの種が一緒に出土したことから、井戸で水に関わる祭祀・儀式を行っていたと推定されています。

こうした儀式用の銅鏡は古墳時代の重要拠点から出土しており、櫟本チトセ遺跡も有力者にかかわる集落の可能性があるそうです。

ちっちゃいけど、古墳時代の井戸から完形の銅鏡が見つかるのは全国で2例目なので超レアケースですね!

私の銅鏡のイメージはもっと大きな古墳時代によく見られるものなので驚きました。

でも、ちっちゃい遺物はどれも好きなので良き!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

学術調査ではないので範囲を拡張した調査はすぐには行われないでしょう。

しかし重要な集落の大部分が残っていると分かった今、更なる新たな発見が期待されますね(*・ω・)ノ

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2020ねん 2がつ 20にち(すいよーび、晴れ)

3月~5月もガチ乾季に向けて、もうすでに暑くなり始めたよ。

体力奪われる~( ・Д・)


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だんご大発見
↑ようやく見つかった!(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


今回の考古学・歴史ニュースは「ティカル遺跡の一般住居址でお墓を見つけたよ!」ってお話です(*・ω・)ノ

王墓や貴族の墓じゃないので大したことないかも知れませんが、個人的に人生初の墓の検出なのでテンション上がりました!ヾ(´ω`=´ω`)ノ

さて、色々とあった第2週目ですが、成果の報告をしますね!

これまでの経過とかよく分からんよって人は是非前回の記事をまず初めにご覧ください( -д-)ノ


↓これです(*^・ェ・)ノ

↑ティカルの位置とか、ティカルにおける発掘区の位置についても説明しています(*^・ェ・)ノ


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↑発掘前の様子(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


前回掘っていたのは『L字状の建造物グループ』の西側の住居です。

今回掘ったのはより大きな北側の住居、『建造物4F-20』です。

上に挙げたように掘る前はこんな感じで何の変哲もありません( -д-)ノ


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↑表土層を剥いだ時の様子(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


でもちょっと掘り始めただけで、長い切り石が出てきました。

しかし写真の手前側に続かず、なんでかなと思ってました。



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↑倒壊した壁が見えます(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


少し深く掘ってみると、倒壊した壁らしきものがどんどん出てきました。

最初に見えてた奥の長い切り石はやはり壁の一番下の基礎部分であることが分かりました。

でもはやり写真手前側に続かない。

倒壊した壁の一部達も写真の手前側(東側)には見当たらないので、植物といっても主に大樹の根の影響で破壊されてしまったのかなとひとまず考えていました。

最終居住面である床面もはっきりしませんからね( -д-)ノ


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↑床面の様子(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


どんどん掘っていくと前回の住居同様に複数の床面が見えてきました。

上層の方の床面は保存状態が悪く、不明瞭でした。

特に東側は。

上の写真は2番目の床面です。

1番目の床面よりはマシですが、非常にボロボロとした薄い漆喰層です。



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↑表土層近くから出てきた動物骨たち(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


そんな折に、骨が出てきました。

古代マヤ人が食べた動物骨ですね。

しかし上の写真で1点だけ新しい綺麗な骨ありますよね?

これは牛の肋骨です。

ネズミ等の小動物が齧った痕跡があるので、けっこう深い部分まで攪乱(土が遺物ごと混ぜられてしまっている状態)が見られるのだなと思ってました。

だから、「あ~、この住居はヤラレ(攪乱のこと)がひどいから、層位資料は期待できないな~」とか思ってたら……



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↑指の骨!(「歩け、マヤ」管理人、撮影)


もう何も出ることもなく、最下層面である母岩面に辿り着いちゃうなヽ(TдT)ノ

って時に、骨がぽろぽろと出てきました。

しかし上の写真のように焼けているんですよ。

大体の骨がしっかりと焼けていて、すっかり炭化しているものも少なくなかったのです。

古典期(CE250-1000)のマヤ地域では土葬が一般的であり、火葬は後古典期(CE1000-1500)に一般的になるのです。

古代都市ティカルは古典期の終わりに放棄されていて、ティカルを中心とするマヤ地域中部低地の人々も次々と都市国家を放棄して南北に大移動します。

つまり後古典期のマヤ文化は時代も地域も大きく異なるです。

当然、火葬の文化の時間的位置や分布域も異なるわけです(TДT)

だから、『焼けている骨=食べるために焼いた=動物骨』って図式が頭の中にあって、動物骨の集中かなって思ってたら、、、

上の写真の通り、人の指の骨があったのです!!!(TДT)

(指の上に載せてるやつです。ちなみに一番手前の骨は歯)


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↑お墓の様子(「歩け、マヤ」管理人、撮影)
 

お墓かも知れない!!?ということになり、テンションアゲアゲで掘り進んでいったら、上の写真のような状態になりました。

上の方の茶色いのが『頭蓋骨』です(*^・ェ・)ノ

で、下の方にあるのが『捧げもの』ですヾ(´ω`=´ω`)ノ

いや~嬉しいものですね(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

最大の疑問は、なぜ古典期後期(CE500-900)に帰属する一般層マヤ人の住居に埋葬された人骨が焼けていたのか?

続く調査でおおよそ、その状況が解明されていきます。

第2週目のお墓に関する発掘の詳しい様子については下記のYouTubeに上げた動画を見て下さい。

調査5日目からが、お墓(?)の出た「建造物4F-20」に関する動画です。

↓面白そうなのはこの辺り(7日目)かな?(。・ω・)ノ゙
チャンネル登録よろしくお願いします!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ

↑他にも色々あるので見てみてくださいな(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


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まぁYouTubeに挙げてる動画はただの『動画による記録』なので、帰国したら編集して少しはマシな動画を作りたいな~と思っています。

カメラの能力で画質も良くないですし、回線速度の問題でアップも大変ですが、ひとまず今回はこんな感じで頑張って行きます。

調査はまだ続きますので、是非、応援よろしくお願いします!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ

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2020ねん 2がつ 17にち(げつよーび、晴れ)

YouTubeも少しずつ成長してるから楽しいけど、1000人は遠過ぎる……

てかこっちの回線速度、遅過ぎる。

もうすでに素敵なビデオカメラと編集ソフト欲しい( ・Д・)


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今回の考古学・歴史ニュースは「アッシリアの神々と王の行進を描いた彫刻が見つかったよ!」ってお話です(*・ω・)ノ

アッシリアと言えば、メソポタミア文明の内のひとつですね。

今回発見されたのはおよそ2700年前、つまり紀元前700年前の石彫です。

この時期は新アッシリア時代に相当します。

どうやら古代水道で見つかったこの石彫の推定時期は新アッシリア時代の中でもアッシリア帝国時代のものだそうです(*・ω・)ノ

アッシリア帝国は『歴史上最初の真の帝国』であったとされ、また『アッシリアの民は鉄器で武装した最初の軍隊を有し、高度な戦略を用いた最初の民族』であったとされています。

帝国を築くくらい軍隊も強かったわけですが、古アッシリア時代・中アッシリア時代に続き、圧政もひどかったため滅亡してしまいます。

王様はきっと歴史を学ぶべきでしたね( -д-)ノ

アッシリアの王は主神であるアッシュル神で、人間の君主はアッシュルの副王を名乗りました。

つまり「神権政治」ですね。

国の政(まつりごと)は直接的に神の指示なわけですから、権力が膨れ上がって圧政に至るのも想像に難くない気がしますヽ(TдT)ノ






石彫が見つかった場所は中東イラク北部、アッシリア帝国時代の水路網の壁面です。

王宮以外で見事なレリーフが見つかることはほとんどないため貴重な発見と言えます。

またレリーフに神々と共に描かれた王はサルゴン2世(紀元前722年 - 紀元前705年)であり、もっぱら戦争をしていて武勇で有名な彼が、公共事業にも貢献していたことを示す貴重な発見でもあります。

この水路は丘陵地を巡るように造られており、大麦、小麦などの作物を育てる大規模な灌漑に使われたと考えられています。

この大規模灌漑が機能していたからこそ、当時、世界最大級の都市であったニネベの10万人以上とも言われる住民に十分な食糧を供給できていたと推測されます。

サルゴン2世は即位後すぐに帝国南部のバビロニアに離反され、戦争が続く中で死亡してしまいますが、圧政の多いアッシリア帝国時代の王の中では民の事も考えた優れた王だったのかも知れませんね(。・ω・)ノ゙

 
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さて、このレリーフには、竜と角のあるライオンに乗った最高神アッシュールや、その配偶神でライオンが支える玉座に座ったムリッスといったアッシリアの神々の行進をサルゴン2世が見守る様子が描かれているそうです。

他にも愛と戦争の女神イシュタル、太陽神シャマシュ、知恵の神ナブなどが並んで行進している様子が描かれています。

こういった芸術作品が民衆のための水路にまで張りめぐらされていたことが分かったわけで、当時の帝国の力の強さを知る上でも本当に大きな発見と言えるでしょう。

またこの長大な古代水路にはそれを埋めている堆積物が多量にあるため、それを除去することで新たなレリーフが発見されることが十分に期待されます!

続報が楽しみですね!(*・ω・)ノ

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2020ねん 2がつ 16にち(にちよーび、晴れ)

今日は少し仕事が進んだぞ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


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↑ムササビを模ったと思われる埴輪(
柳田康雄氏提供
「成田市立図書館」のページ内画像より転載)


今回の考古学・歴史ニュースは「ムササビとか、お魚とか色んな埴輪があるよ!」ってお話です(*・ω・)ノ

埴輪や土製品には可愛いものがいっぱいあるんですけども、なかなか以前書いた記事から進展ありませんね( -д-)ノ

「世界ミニチュア土器大全」とかも作りたいのだけど……


↓他にも関連記事があるだろうか……覚えてすらいない(TДT)







珍しい可愛い埴輪の紹介



上に挙げた「お魚さん」は最初の「ムササビくん」と同様に成田市、正福寺1号墳から出土したものです。

この遺跡からは他にも馬・鶏・水鳥・鷹を模った埴輪が列を成して出土しており、その配列には儀礼的意味合いがあったと考えられています。

魚形の埴輪には他にも類例がありますが、数が少なくとても貴重です。

加えて、「ボラ」であると魚種まで分かっている例としては非常に珍しいものになります。

また「ムササビ」は全国で一例しかない『オンリーワンなムササビくん』なのですv( ̄∇ ̄)v


……こういった珍しい出土品が見つかると、

「誰が、いったい何のために作ったのか分からない!?」

なんて文句を聞いたこと、目にしたことありませんか?

まぁ注目を集めるには良い表現だとは思いますが、、、これについては最後に述べますね( -д-)ノ


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1枚目は和歌山で出土した鳥を模した埴輪です。

鳥を模ったものは多いのですが、こうした翼を広げている資料は大変珍しいものです。

ついでに可愛いカワ(・∀・)イイ!!

2枚目は大阪府、今城塚古墳で出土した牛を模した土偶ですね。

馬や牛を象形した資料も数が多めですが、これは立派なツノが美しく保存されている事例はです。


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最後は大阪府高槻市の今城塚古墳で出土した鶏を模した埴輪です。

これはめちゃくちゃ可愛い!カワ(・∀・)イイ!!

水鳥や鶏を模した埴輪も数は多いのですが、、、

この試料は保存状態も良好ですが、特に可愛さの点では群を抜いていますね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

『いや~、埴輪って本当にいいものですね~』(。・ω・)ノ゙





「誰が一体、何のために作ったか分からない!?」件について

このフレーズはオカルト系とか疑似科学系の『面白可笑しい歴史』を扱ってる方々が使う常套句です。

YouTubeでもこの手のタイトルや表現はよく見ますよ。

このフレーズを分解すると……


①誰が作ったの?(あるいは、造ったの?)⇒『Who ?』

②何故作ったの?(あるいは、造ったの?)⇒『Why ?』


となるわけですけど、これって考古学では最も難しい領域ですよね。

「考古学者が未だに分からない!?」とか見かけますけど、たぶんほぼ永久に分からないですよ。

そもそも①の誰が?ってのは個人の特定ですよね、きっと。

そんなのはよほどの特異な事例でない限り分かりませんよ。

そして分かったところでどうしようもないので誰もやりませんよ。

先のムササビくんも「何のために作ったのか、何故ムササビなのか……?」って展示案内にありました。

他の記事では「誰が何のために?」って書いてましたしね。

誰って、『古墳時代の人』じゃダメなの?

「どこどこ村の〇〇郎さん」レベルまで知りたいの?

戸籍ないし、無理だよ。

仮に名前彫られてても、製作者の名前とは限らないよ!?( ・Д・)

ということで、「誰が?」というのは考古学ではかなり広い範囲(例;どこどこ遺跡の工人集団)で特定するものであって、それより詳細には基本的に特定しないです(通常、できないです(/TДT)/)。

北アメリカで指紋が多量に残ってる土器がありまして、この土器とこの土器の製作者は指紋から同じ人が作ったのだろう……みたいな研究ならありますけど、これも個人を特定しているわけではないですよね。

同一人物が作った作品のヴァリエーションを捉えるために行っている研究です。



結論①:考古学において基本的に「誰が?」は大きな単位で扱うものである(*・ω・)ノ




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では②「なぜ?どうして?」についてですが、これも難しい。

「考古学における3つの梯子」という有名な考え方がありまして、

1段目は土器や石器といった遺物の『製作技術』であり、最も考古学がアクセスしやすい情報なのです。

2段目は、『社会・経済』であり、この2段目に至るだけで骨が折れます。

正直、この2段目をしっかりやることが重要だと思っています(*・ω・)ノ

そして最後の3段目が『宗教・思想』です。

ここにアクセスするのが最も難しく、アクセス出来ても最も証明しにくいのです。

「どうして?」って理由に関する疑問はこの3段目に相当します。

だから考古学的にはそもそも超難関なのです。

またムササビくんの事例や、他のオーパーツ的な遺物やら、オカルト等で取り上げられる話題の遺跡はどれも1点ものであることが多いです。

考古学は積み上げた物証や状況証拠を基に論じる学問ですから、そもそも数の出ない資料や遺構は取り扱いにくいのです。

他の科学もそうですけど、1回だけ実験を行って即、成果発表はしないでしょう?

何度も実験や試行を繰り返してデータを集めてから論じるでしょう?

考古学も同じですよ!!!ヽ(TдT)ノ


結論②a:考古学では「どうして?」という問いに答えるのがそもそも難しい学問である( ・Д・)

結論②b:考古学では、1点ものや極めて少数の遺物や遺構、遺跡を取り扱うことは難しい(事例研究として個性的記述をする場合を除く)。

さて、最後に、、、

日本では一定のスパンで上記のような「歴史探偵」とか「歴史警察」とかやりますよね。

考古学って物証や状況証拠を扱うわけだから、ぴったりだと思うのですけどね。

よく知りませんけど、探偵業って報酬+経費もらって調査するんですよね?

リアルに『歴史探偵事務所』作って専門家集めて、お客様から頂く報酬と経費に応じて、お客様の知りたい歴史の真実について調査する……

なんて商売、ダメですか?( ・Д・)

そんな仕事、あったらめちゃ楽しそうだな!

皆さまはどう思いますか?ヾ(´ω`=´ω`)ノ

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