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歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

タグ:レアな発見

2021ねん 2がつ 28にち(にちよーび、晴れ)

記事も動画も作れてないが、論文も終わらぬのだ( -д-)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースはまたポンペイか!?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はイタリア、ポンペイ遺跡です。

世界の考古学の記事を集めてると、色々なところでみんな頑張ってるな~と感じるものですが、、、

有名な大手誌に取り上げられるのは、ポンペイ、エジプト、インカが圧倒的多数な気がしますね( -д-)ノ

その三つの中でもニュース量だけではなく、常にインパクトがスゴイのがポンペイ遺跡ですヾ(´ω`=´ω`)ノ


↓ポンペイネタはたくさんあり過ぎて困る( -д-)ノ




 


↑ポンペイはレアな発見の宝庫だね(*・ω・)ノ


今回の発見はポンペイ考古学公園による調査成果の発表となっていますが、正確にはポンペイの都市の外での発見です。

ポンペイの都市から僅か数百メートルの距離にある郊外の住宅群遺構でチビタ・ジュリアーナ(Civita Giuliana)という名称が付いています。

上にたくさん挙げた過去記事の一番下にある『禁断の恋?』って記事もこのチビタ・ジュリアーナを取り扱ったものです。

図面が見つからなかったのですが、写真から察するにこの住宅遺構は元々どうやらかなり立派な邸宅だったようですね。

今回はこのチビタ・ジュリアーナにてほぼ完形の立派な馬車が見つかりました(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


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このチビタ・ジュリアーナでは馬の骨が3頭分見つかったことから厩舎であったと思われる遺構が確認されています。

今回発見された馬車はこの厩舎に面したポルチコ(柱で支えられた屋根つきの玄関)から出土しました。

まだ全体像がはっきりと分かりませんが、馬車は四輪タイプと推定されています。

鉄や青銅、錫を用いた非常に精巧な装飾が施された馬車であるため儀礼用の馬車と考えられています。

今回の発見のスゴイところは、通常は残らない有機物までが残存しており、石化した木材や馬とつなぐ縄、花飾りを確認できたのですΣ(・ω・ノ)ノ

間違いなく、国宝級の考古学的発見ですね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


↓馬車と言えばこれもスゴイ!Σ(・ω・ノ)ノ



おわりに

精巧な装飾に見られるモチーフ内にドレスを着た女性と男性の姿が見られることや、花飾りが見られることから、「花嫁を新居に運ぶための特別な馬車」との見解もあるそうです。

だとしたらロマンティックでもあり、やはり『ポンペイの悲劇』の名に相応しい発見となってしまいますねヽ(TдT)ノ

これだけ保存状態の良い馬車は他にはないわけですし、当時の馬車の出土事例や文献記録にも限りがあるでしょうから、なかなか細かな用途の推定は難しいかと思います。

それでもこの馬車が『特別な馬車』であることは疑いないでしょう。

……哀しい気持ちになったので今回はふざけないでおきます!( ・Д・)



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2021ねん 2がつ 16にち(かよーび、雪)

次々と仕事をこなしているが、記事やYouTube動画のための時間がないぞヽ(TдT)ノ

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↑これ履いてランニングに行ける!( ・Д・)(「歩け、マヤ」で加工・作成)


今回の考古学・歴史ニュースは「レアな発見なのは間違いないけど、モノがいいのか、古代の靴ってけっこう残るのね!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は主にローマです。

ところで恐竜の化石ってレアものじゃないですか?

かつてたくさん恐竜はいたわけですけど、全部が化石として残るわけではなく、奇跡的な確率で現代において化石として見つかるわけです。

広域に分布していて、色んな環境で生きており、かつ死亡したので、その埋没環境によっては残ることもあるわけです。

さて、イメージし易いかなと思い、恐竜の化石を例に挙げましたが、古代ローマの品々も似たようなものだと思います。

「古代ローマ」とひと口に言ってもその歴史はとっても長いですし、その領域もとっても広大だったので、本来はほとんど残存しないような遺物が残ることもあるわけです(・∀・)つ

今回の場合はそのレアな遺物は「靴」なわけですが、大げさですが靴屋さんを開けそうな位、思いの外たくさん出土事例があるので紹介したいなと思いますヾ(´ω`=´ω`)ノ


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上に挙げたのは古代ローマのインソールと靴底です。

靴底は堅そう、丈夫そうなので比較的残りやすいのかなって気もしますが、中敷きもたくさん残ってますね!

どれもしっかりと足形になっていて、現代のインソールと何ら変わりないようにも見えます。

現代社会における靴は合皮製品も多いですし、何より大量生産品です。

これらの古代ローマ期の靴は手作りの品ですから、しっかりと個人に合わせて採寸して作ってるオーダーメイド品でしょうし、本革を贅沢に使った品ですから、自然と現代の有名ブランド品のように品質が高いのでしょうね(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!




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これらは主にイギリスの博物館に所蔵されている古代ローマの靴です。

どれも立派で、素敵なデザインです。

特に最後の靴なんて、その辺で売ってそうですよ!(・∀・)つ

オーパーツとか大好きな人たちも少なくないですけど、こういった現代的なデザインの遺物を扱わないのはなんでだろう?って思っちゃいますね。

この素敵な写真を見せられて、「タイムマシンで過去に行って靴を落として来たんだ!」とか言われたなら、私でもちょいと気になる( -д-)ノ

ちなみに靴屋さんのディスプレイのように見えるのは、イギリスのヴィンドランダ博物館の展示の様子です。

このヴィンドランダには古代ローマ期の遺跡があり、そこからたくさんの保存状態のいい靴がたくさん出土したことで有名なのだそうですヾ(´ω`=´ω`)ノ

この遺跡には有名な靴職人の工房があったのかも知れませんね!


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さて、最後に紹介するのがサムネイル画像にも使った古代ローマの靴です。

これは現在のドイツに所在するザールブルク砦で見つかったもので、約2000年前の遺物になります。

この砦は西暦90年に建造され、西暦260年まで使用されており、周辺の村落を合わせて最大で約2,000人が住んでいました。

この靴は女性のもので、砦に関連する身分の高い人物の靴と考えられています。

保存状態の良さもスゴイですが、デザインの美しさにも目を奪われますね(・∀・)つ


・・・まぁ落ち着いて考えてみるとローマってイタリアですし、現代でもイタリアにはたくさんの有名ブランドがありますから、古代ローマ期のような遥か昔から優秀な職人を産み育ててきた土地だと言われても納得できます( ・Д・)

さて、この最後のとっても素敵な靴以外にも素敵なデザインの古代ローマの靴を紹介してきましたが、何故こんなにも素敵なのでしょう?

靴の機能は足の保護が第一ですし、暖かさも与えてくれます。

その一方でまさに現代社会における高級ブランド品の如く、当時の靴はステータスシンボルとして機能していたからなのです(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

この事例のように女性用の靴の場合は、靴紐の他に装飾的な刺繍や模様が加えられることが多く、その精巧さでステータスの高さを表現していたのです。




おわりに

今回の記事で出てきた「ステータスシンボル」、これは人類学や考古学では「威信財」として頻繁に登場します。

高価な品である奢侈品と威信財の区分はよく検討しなければならないなと、今後の課題としてかなり放置している私ではありますが、、、

現代社会でも高価な品は一種のステータスシンボルとして機能していますよね?

例えば、お金持ちは家が大きく、テレビもでっかく、国内外の高級車を「無駄に」何台も保有していて、アルマーニやロレックスなどの高級ブランド品に身を包み、超高級なイイものをいつも食べてる、、、ってイメージありません?

そう思うとやはり古代から現在に至るまで、「人間なんて結局そんなもん」、「本質的に全然変わっていない無駄に偉そうな動物」に思えます( -д-)ノ

ちょっと言い過ぎかも知れないですけれどね、『私は研究対象として人間の特別視を止めたい立場』なので許して下さい( ・Д・)

まぁそんなこんなで、人の世はいつの時代も、高価な奢侈品は威信財とまでは行かずとも「ステータスシンボル」の性格を常に有しているものなのです。

例えそれが自己満足だとしても!( ・Д・)



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2021ねん 2がつ 11にち(もくよーび、晴れ)

さて、1日2本書かなきゃ遅れを取り戻せないね(´・ω・`)

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今回の考古学・歴史ニュースはもっぱらサメ獲って生きてた先住民文化がブラジルに存在したよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はブラジル、リオ・ド・メイオ遺跡です。

この遺跡はブラジルの南海沖にあるサンタ・カタリーナ島にある遺跡です。

リオ・ド・メイオ遺跡では大きな「貝塚」が見られます。

日本でもよく見られるあの「貝塚」です。

日本の貝塚からは、様々な種類の魚骨、ウニトゲ、フジツボ、カキなどの貝殻、イルカやオットセイの海獣類の骨がよく出ます。

貝塚やその付近からは人骨も出ます。

ちなみに日本近代考古学の父であるエドワード・モースが大森貝塚を調査した結果、「古代日本人は人喰い人種だった」と述べた有名なエピソードがあります。

貝塚は多量の貝類などがあるのでアルカリ性の小山になっており、日本の酸性土壌ではなくなってしまうような人骨も残りやすいというのが理由のひとつです。

また単純に「貝塚=ゴミ捨て場」ではなく、貝塚が儀礼の場であったというのが大きな理由になります。

本当に「食人」があった場合、骨にその痕跡が残るものなのです( -д-)ノ

ちなみに今回紹介するブラジルの海岸に見られる貝塚はサンバキと呼ばれており、大きなものでは7階建てのビルの高さがあるとか(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?

このサイズからしてサンバキは明らかに儀礼的な目的で積まれた遺構のようですね。

さて、そんな特徴・性格を有する貝塚ですが、リオ・ド・メイオ遺跡の貝塚では変わった物が出土するのです。




それは「サメの歯」です(。・ω・)ノ゙

上に挙げた写真は標本なので顎付きの状態です。

話はややそれますが、古代のメガロドンは現代でもとても人気でパニック映画にもよく登場しますが、メガロドンの体長は歯の化石からおおよその推定をしたものであることもよく知られています。

これはメガロドンやサメが「軟骨魚類」なのでほとんど歯しか残らないからなのです。

なのでこのリオ・ド・メイオ遺跡の貝塚でも歯ばかり出てきます。

本当にたくさん出てくるので、個体数を推定してみたところ、どうやらこのリオ・ド・メイオ遺跡に住んでいた人々はサメの肉を主に食べていて、それは全体の食事量の半分以上を占めていた可能性があると考えられています。

分析では食べていた肉の54~75%がサメであったと推定しています。

彼らが獲っていたサメの種類も豊富で、ハンマーヘッド、タイガー、ホオジロザメなど、体長10フィート以上、体重1000ポンド以上のサメを含む15種のサメ、そして小型のサメを47種を同定できました。


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そしてリオ・ド・メイオ遺跡の人々は上に挙げた写真がのようサメの歯を加工して道具として使っていました。

ちなみにこの写真は展開図状になっているので、左右は同一の資料であり、左が表面、右が裏面になっています。

このサメの歯の下部には2つの穿孔痕があります。

この穴に紐を通して木製のシャフトに縛り付けて固定した上で、切削工具として使用したと推定されています。

こうしてサメを獲り、その歯を加工して利用するという風習は約8000年前から1500年代まで続いていました。




おわりに ー武器としてのサメの歯ー

実験考古学では黒曜石製の石槍や細石刃を用いた槍を作成して、海獣などの動物に対して実際に使用してみるというものがあります。

今回の発見を受けて、実験考古学の一環としてサメの歯を実際に鏃として使用し、ブタに向けて弓をを射てみたそうです。

するとサメの歯の矢はブタの厚い肉に十分に突き刺さり、鏃である歯が破損することはありませんでした。

肋骨などの骨に当たった際にのみ破損しました。

ちなみに黒曜石の石槍だと肉にしっかり刺さりますが当たった衝撃で先端が折れてしまいます。

なので再使用するために再度加工が必要なのです。

ちなみにギザギザなサメの歯は、魚の鱗取りにも有用だっただけではなく、のこぎりとして木材を切断するためにも有用でした。

サメの歯、万能!( ・Д・)



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2021ねん 2がつ 8にち(げつよーび、晴れ)

今週さえ乗り切れば少し楽になる……と思い続けて幾星霜ヽ(TдT)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースはトレジャーハンターが本当にお宝見つけたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はイギリス、スコットランドです。

今回は大好きなナショナルジオグラフィックの記事を参考にしたもので、写真も全てそこから転載しております(いつもながらその都度、リンクとクレジット表記をしておきます)。

発見されたお宝を紹介するのはサクッと終わらせて、『盗掘と文化財保護』について少し書こうかなと思います。

まぁそう書くとお堅い感じがするので、『お宝見つけたらお金になるの?』ってテーマでお話したいなと思います(*・ω・)ノ


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さて、イギリスと言えば「トレジャーハンターの国」なイメージを持っているのですが、、、

何故かというとそれくらいたくさん金銀財宝が地下に眠っていて、金属探知機でお宝を探すトレジャーハンター(歴史愛好家?)がたくさんいるからです。

実際にイギリスではほとんど全ての金銀財宝はトレジャーハンターによって見つけられています。

一方で考古学者がお宝を発見することはほぼありません( -д-)ノ



何ででしょう?( ・Д・)



・・・・・・



・・・



「考古学者はお宝を発見するために発掘しているわけではないから」です(*・ω・)ノ

どこの国の考古学者も基本的には税金や企業の助成金で研究しているわけで、何らかの研究テーマに沿って何らかの学術的課題をクリアするために調査を行っています。

皆さんも、もし「私たちが税金使ってお宝発見してヤッホイ!.。゚+.(・∀・)゚+.゚」してたら怒るでしょ?

そうなのです、目的が全然違うので考古学者がお宝を発見することはほぼありません。

例えば建設工事などに伴う緊急調査、特に高速道路とかの大きな範囲を掘る際には確率的に出てくることもあるでしょう。

でも基本的にはないのです( ・Д・)



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今回紹介しているお宝たちも2014年にトレジャーハンター(お宝探し愛好家)が金属探知機を使って発見したものです。

もちろん全部ではありません。

発見者が博物館などに報告して、考古学者が派遣され、周辺の調査がなされたのです。

・・・・・・この時、土地の所有者と第一発見者であるトレジャーハンターにはお金が支払われるのですが、考古学者には支払われません。

誠に哀しいですねヽ(TдT)ノ

発見されたこれらのお宝はおよそ1000年前のバイキングの宝であることが分かりました。

丁寧に布などにくるまれて、2つのお宝の山に分けて埋められていたようです。

出土状況はお墓ではないので、まさに埋蔵金というか、童話や伝説に出てくるような『海賊の隠し財宝』ですねヾ(´ω`=´ω`)ノ





さて、盗掘と文化財保護法について少し述べようかなと思います( -д-)ノ

今回の件のように一般の人がもしお宝を見つけた場合、日本では「落とし物」扱いになります。

その辺で拾った「拾得物」と同じです。

古ければ古いほど、持ち主が現れることはないので、その価値が判定され20~50%くらいのお金がもらえます。

このお金は大体の場合、土地の所有者と折半になります。

これが比較的新しい時期の「拾得物」、例えば明治期とかになると、直接の子孫がいる場合があるので、その家族に通達が行くことがあります(*・ω・)ノ

この埋蔵文化財保護法の内容は各国によってまちまちで、例えばイギリスの大部分では「300年以上前の金銀製の遺物」に関しては価値が査定され、市場価格がそのまま支払われます。

価値の査定は主に有名博物館同士が争うオークションで決定されることが多く、対象は金銀財宝ですから結果として5000万円とか億単位の金額が支払われることさえあるのですΣ(・ω・ノ)ノ

……考古学者やめて、イギリスでトレジャーハンターやろうかな( ・Д・)

って思えるくらいの額ですね( -д-)ノ


ちなみにスコットランドでは金銀以外の製品も査定され、且つ時期の新しいものも対象になります。

アメリカでは州法によってまちまちで、あまり保護されていません。

その代わり、アメリカでは海の中で見つけたお宝は州法によりますが20%程度税金として払うだけなので、たくさんもらえます(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

一方でイギリスやスペインでは世界中の海の中に「かつての王家の船」がたくさん沈んでいることが歴史史料で分かっていることもあり、見つけても王家のものになってしまいます。

アメリカにとっては「他国のもの」だからどうでもいいんでしょうね( -д-)ノ

しかし公海で見つけてしまうと法的に所有者と思われる各国と争うことになるので、『盗掘』というか『ネコババ』が起きます。

この「盗掘」や「ネコババ」は世界的に見て、土中の考古学資料に対しても多々見られます。

グアテマラなんか「盗掘天国」と揶揄されるくらいです(´・ω・`)

その点、イギリスでは盗掘行為は少なく、発見者は皆報告する傾向にあります。

だって、「正しく査定されて、その額がそのままもらえる」んだもの(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

ただでさえ発見至上主義な古風な考古学者が多いのが事実だから、「イイモノ」出した考古学者に対する保護が必要だなんて言わないから、

「盗掘による考古学データの消失」を防ぐためにも、埋蔵文化財保護法の見直しと整備をお願いしたい!

もちろん日本の埋蔵文化財保護法はしっかりしている方だとは思うけど、部分的な見直し・改善は常に必要、重要だなと考えさせられますね(*^・ェ・)ノ



↓財宝やっほい.。゚+.(・∀・)゚+.゚



↑お宝関連記事(*・ω・)ノ

↓こんな事件もあったね( ・Д・)

↑日本では盗掘なんて対岸の火事だと思ってたやヽ(TдT)ノ



おわりに

海外の博物館は立派なところが多いし、運営もしっかりしていて、何と言ってもお金持ちですよね(*・ω・)ノ

それに比べて、日本の博物館ってたくさんあるんですけども、運営が厳しいせいで民営化が進んでもう長いこと経ちますね。

そうした中、資料調査の際の写真撮影や資料化作業に対して、1点当たり3000~4000円の料金を徴収すると言っている博物館もあるくらいです。

お金に困ってるのは分かるけど、博物館が所蔵している資料は、今現在は民営化の結果、運営会社の管理下にあるかも知れないけど、そもそも「税金」による調査で出土して、収蔵されるに至ったものではないの?

個人のギャラリーならいざ知らず、県・町立の博物館がやることではないと思います。

というかそんな博物館の資料使わんよ!

資料調査でいったい総額いくらかかるのか分からんじゃないヽ(TдT)ノ

まぁそう思うと、現在無償にも関わらず色々と忙しい中、個人的な資料調査に協力してくださる博物館や地方自治体等の学芸員諸氏には頭が上がりませんね。

改めて感謝ですヾ(´ω`=´ω`)ノ


……博物館収蔵資料閲覧の有料化か、どこも大変なんだろうけども

こんな世界に誰がした!?( ・Д・)



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2021ねん 2がつ 2にち(かよーび、くもり)

124年ぶりの節分、、、語弊があるな( ・Д・)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



今回の考古学・歴史ニュースはでっかくて可愛い勾玉が出たよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は奈良県、香芝市の狐井稲荷古墳です。

ちなみに読み方は「きついいなりこふん」です。

上に挙げた写真は確かに日本最大の勾玉なのですが、島根県松江市、いづもまがたまの里伝承館に展示されているもので、現代の作品です。

今回紹介するのは古墳から出土した遺物として最大のものになります(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

狐井稲荷古墳は5世紀後半に帰属する前方後円墳で、全長は70mあります。

周辺は住宅地になっていて、現在も古墳の範囲は私有地になっています。

この発見は2011年のものですが資料は非公開のままであり、2020年末に初めて一般公開されました。




さて、上に挙げた写真(右側)が国内最大の勾玉になります。

滑石で出来ていて、サイズは長軸約13cm、幅約10cm、厚さ約5.5cmで、重さは565gもあるそうです。

500gってけっこうずっしりとくるサイズ感ですよね(*^・ェ・)ノ

上の勾玉は皆さんの知っている「ふつーの勾玉」とは異なる形態をしていますが、これは「子持勾玉」と呼ばれるものです。

本体の大きな勾玉に小さな勾玉が付随している点が特徴で、この資料では小さな勾玉が10個付いています。

ちなみにこの日本最大の勾玉、実は古墳の立地する土地の所有者が庭仕事をしている際に、後円部の裾辺りで発見したそうです。

発見の経緯も面白いですね(・∀・)つ


さて、こうした子持勾玉は儀礼に使われたと考えられており、今回のように埋葬儀礼に関連しているようです。

古墳という埋葬形態が形態としてある程度規格化されていたように、この子持勾玉も規格化が進んでいた可能性があります。

これまでに全国で450点ほど確認されていますが、サイズは長軸10cm程度、幅5~6cm程度が一般的とされています。

今回のケースでは長軸13cmなのでちょっと長いくらいなので全国4位の長さ、幅が10cmと平均のほぼ2倍なのでこれが全国1位の幅ということになります。

なので国内で最大の勾玉となっていますが、実際に最大なのは幅と体積の点でということなります。

それでも国内最大級の勾玉なのは間違いありませんヾ(´ω`=´ω`)ノ



おわりに

この子持勾玉、、、

動物みたいに見えて何だか可愛いなと思ってしまうのは私だけでしょうか?カワ(・∀・)イイ!!

私はミニチュアとか小さいものが好きですが、この勾玉の場合は程良いサイズ感でいいですね。

本記事を通して、考古学ではなんがかんだ「最古」が一番人気ですが、「最大」とか「最小」もいいな~って思えました。

うむ、今度は可愛い子持勾玉について書こうかな!

考古学においても可愛いは正義!( ・Д・)



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2021ねん 2がつ 6にち(どよーび、くもり)

速攻、毎日更新できなかったけど、連休で取り戻します!( -д-)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースは「世界初!めちゃ古いお墓から義眼を付けた人骨が発見されたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はイランです!

今回、遺跡名が不明です( -д-)ノ

イラン南東部に位置するセイスタン-バルチスタン(Seistan-Baluchistan)州、ザヘダン(Zahedan)市の近くにある『焼けた都市(Burnt City)』と記載されているのですが、、、

もしかしたらバーント・シティ遺跡でいいのかも知れません(*^・ェ・)ノ


さて、今回お伝えするのは、およそ4800年前の古代ペルシャ期に遡る「義眼」の発見です。

下に写真を挙げましたが、裕福な人物の墓から検出された人骨に義眼が付いた状態のまま発見されました!




この義眼、頭蓋骨(とうがいこつ)の眼窩(がんか)に嵌ったままの発見というのがすごいですよね。

これがもしこの状態ではなく、地面に落ちていたら、アクセサリーとして判定されていた可能性も十分あるのではないかなと思います( -д-)ノ

上に挙げた検出状況の写真では、人骨の傍に精巧な作りの土器が複数見て取れます。

この他にも革製の袋、青銅の鏡や、様々な装飾品が副葬品として伴っており、被葬者は少なくとも裕福な人物と推測されています。

人骨の分析から、被葬者は25~30歳くらいの女性であることが分かっていますが、もしかすると王族の一員である可能性があります。

少なくともこの都市の上層部に帰属する巫女のような特別な存在であった可能性が指摘されています。


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義肢装具は古くから知られており、古代ヘブライ語で書かれた書物に「金色の人工眼」について言及されています。

しかし実際に古代における義手や義足が出土するケースはほとんどなく、ましてや遺物としてサイズの小さい義眼が出土することなどこれまでなかったのです。

 上に挙げた写真は義眼表面への加工の痕跡がよく見て取れる写真です。

義眼本体は簡易分析の結果、動物の脂肪に天然のタールを混ぜたものが使われていると判断されていますが、今後より詳細な成分分析が行われる見込みだそうです。

写真では刻線と穿孔が確認できます。

刻線によって中央部に瞳孔のような円形の文様、その周囲には目の毛細血管を描いているようです。

この刻線文を描くために金色の細いワイヤーを使った可能性が指摘されています。

もしかするとこれは刻線の凹部に僅かに残った色素の痕跡であり、かつては義眼ga
全体的に金色に装飾されていたのかも知れません。

その場合、文献に残る「金の義眼」という記載と一致し、高位の巫女の片目が金色に輝くような光景自体に儀礼的・宗教的に重要な意味があったのかも知れません。




そしてこれがお墓から検出された頭蓋骨を基に、形質人類学、法医学、古生物学などの各分野で利用可能な最新の科学技術を結集して復元されたおよそ5000年前の高位の巫女の顔です。

先ほどの写真で見られた義眼の側面にある2つの穿孔痕は紐を通す穴です。

上に挙げた写真のようにして使用したと考えられています。

しかし、こうした使用状況でこの女性の眼窩は義眼との接触が続いた結果、膿瘍ができてしまったことが頭蓋骨の分析から分かっています。




おわりに

このお墓とは関係ありませんが、同じ「バーント・シティ遺跡」からは古代ペルシャ期に帰属する、古代の計量定規、バックギャモンのゲームの破片、アニメーション装置など、多くの興味深い出土品が出土しているそうです。

特に目を見張るのが焼けた最後に挙げた「古代のダイス」ですが、非常に精巧な作りになっています。

これまで「ゲームの考古学」と題した記事も何本か書いてきましたが、この遺跡での興味深い発見に関する研究成果が公開されたら、また紹介したいなと思いますヾ(´ω`=´ω`)ノ

……義眼で膿瘍かぁ。

私は現代のコンタクトレンズすら怖い!( ・Д・)



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2021ねん 1がつ 22にち(きんよーび、晴れ)

なんとか今月のノルマをクリアできそうな予感( -д-)ノ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



今回の考古学・歴史ニュースはお寺掘ったらちょこっと金銀財宝出てきたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は京都府、舞鶴市の古刹・松尾寺です。

松尾寺と書いて「まつのおでら」と読みます。

そして古刹(こさつ)は『古い格式高い、由緒ある寺』を指す言葉です。

創始はなんと708年(和銅元年)だそうですΣ(・ω・ノ)ノ

そんな立派なお寺である松尾寺ですが、木造の仁王門の老朽化が著しいため解体修理を行うことになりました。




この仁王門の解体の際に、そして改めて仁王門を設置する際に、柱の基礎部分が地中にあるため発掘調査を行う必要があります。

松尾寺の敷地内にて発掘調査を実施するのは今回が初めてのことでした。

下に挙げた写真のように調査区からは平安時代の整地跡や建造物の基壇跡が確認されました。

松尾寺はおよそ1300年にも及ぶその長い歴史の中で幾度となく火災に遭いました。

現在、解体修理している仁王門も比較的新しいものなのですが、調査区からは古い仁王門の建て替えの痕跡も見つかりました。


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更に上に挙げた写真に見られるように、金貨と銀貨が出土しました!ヾ(´ω`=´ω`)ノ

すごいちょこっとですけど、紛れもなく金銀財宝ですよね。

自分が掘ってて出土したら絶対興奮する!( ・Д・)

ちなみに何故これほど少量かと言うと、江戸時代に地鎮のために埋められた儀礼的なものだからなのだそうです(*・ω・)ノ

今回の超範囲は仁王門に関係する範囲でおよそ60㎡だそうです。

金貨・銀貨が出たなら、お宝がもっと出ないかと、もっともっと掘りたくなってしまいますね( -д-)ノ


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↓お宝関連の記事ヾ(´ω`=´ω`)ノ







↑お宝発見したい!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


おわりに

最後に挙げた写真は松尾寺にある国宝です。

絹本著色普賢延命像というもので、12世紀の作品だそうです。

歴史がある格式高いお寺だけあって、この他にも様々な時代に帰属する多数の重要文化財が松尾寺にはあります(。・ω・)ノ゙

年に2度、春と秋に国宝や重要文化財がお披露目になるそうなので、タイミングを見計らって訪れたいものですね。

例え行ったとしても、、、

勝手に境内を掘らんように!( ・Д・)



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2021ねん 1がつ 20にち(すいよーび、晴れ)

なんか最近心の声が外に漏れる( ・Д・)

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今回の考古学・歴史ニュースは海賊のお墓は陸(おか)にあるぜ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はノルウェー、ハルデンです。

この地では道路の傍に丘があり、そこをレーダー探査したところ、墳丘であることが分かりました。

レーダー探査で船葬墓の存在が明らかになったのは2018年で、その時に記事を書いてます.

未読の方、あるいは忘れてしまった方は併せてご一読下さい(。・ω・)ノ゙


↓this is it !ヾ(´ω`=´ω`)ノ

↑こんな風に映るのね~ってレーダー画像が興味深いよ(*^・ェ・)ノ


さて、今回の記事は現在時点(2021年1月末)までに発掘調査が進んで、お墓として(?)埋められた船の全体像が分かったよ、というそれだけのニュースです。

「それだけ」のことですが、発見から3年が経過し、精緻な考古学調査がいかに時間のかかる、根気のいる作業なんだなと思って頂けると幸いです(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

前記事にも書きましたが、ノルウェーにおけるバイキング船(ロングシップ)の発見例はこらまでに3例のみなので、この発見は4例目としてとても重要なものになります。

それに加え、最後のロングシップの発見からなんと100年も経っており、世紀の発見と言っても良いくらいレアな発見なのですΣ(・ω・ノ)ノ




さて、上に挙げたのが発掘調査によって姿を現したバイキング船です。

全長は約20mで木造です。

全体的に腐食が進んでいるそうで、発掘作業自体困難な作業です。

更に、木製品などのレアな遺物は、そもそも土中で奇跡的な保存状態を保ってきたわけです。

なので埋没中がある種の理想的な環境だったわけで、外気に触れると一気に状態が悪くなります。

そのためここからは一気に掘り進めて様々な考古学情報を入手・記録して、遺物の取り上げが行われることでしょう。

なので早い段階で続報が聞けそうですね!(*・ω・)ノ




さて、これが紹介したい写真です!

もしこれが記録用の写真ならば、「遺物の左に見える植物を排除しろよ」と思ってしまいますが、スナップ写真だと植物の緑が映えて途端に素敵な写真になりますね.。゚+.(・∀・)゚+.゚

この遺物は船に使われた鉄製の鋲(びょう)です。

それ自体、別に何とも思わないのですが、、、( -д-)ノ

見て欲しいのは鋲の上方の地面に刺さっている海賊旗!

考古学調査において、小さな遺物などは行方不明になってしまうこともあります。

でも全体の遺物の出土位置の関係を図化したい等の目的のために、遺物の取り上げを保留することがあります。

この鋲も小さいですし、錆びていて土の色と紛らわしいので無くしてしまいそうでしょ?

なので竹串などを傍に刺して、「ここに遺物あるよ!」っていう目印にしておくのです。

その目印である竹串の代わりに、ここでは調査対象遺構がバイキングの船葬墓であることから、海賊旗が刺さっているのです。

この遊び心というか茶目っ気がいいですよねヾ(´ω`=´ω`)ノ

私のいた研究室が日本でも異常な方だとは思いますが、上下関係は絶対的だし、調査自体が軍隊の徴兵か強制労働みたいな環境でしたから、、、

こんなことやったら殺されますね、ほんとに( ・Д・)

そんな地獄経験を反面教師に、私の調査では明るく和気あいあいとした環境作りを徹底しております( -д-)ノ

遊び心大事!それすなわち心の余裕!( ・Д・)



↑エジプトでも船を副葬していたよ!( ・Д・)


おわりに

さて、船葬墓として今回の記事を紹介しています。

しかしながら一口に船葬墓と言っても、船自体が木棺の役割を果たしている場合もあれば、副葬品として埋められている場合もあるのです。

今回はまだ被葬者に関する情報や、副葬品に関する情報がありません。

これだけ船の全体像が分かっていて人骨や副葬品が出ていないのならば、後者の可能性が高いのかも知れませんね。

であれば、被葬者と船以外の副葬品が埋められたポイントは近くの別の地点なのでしょう。

何はともあれ、続報が気になりますね(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


・・・・・・さて、世界的に見て船葬墓はバイキングのものがほとんどです。

一方で、上に過去記事を挙げたように、古代エジプトでも類例が報告されています。

ちなみに日本でも船がお墓から出てきた事例があるようですね。

それはまたの機会に記事にするとして、、、

最後に一言、

遊び心を常に持って生きていきたいね!( ・Д・)



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2021ねん 1がつ 13にち(すいよーび、雪)

のんびりできたよーな気がする一日であった(*^・ェ・)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースは宿泊者の忘れ物の中に土方歳三のものかも知れないキセルがあったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は滋賀県、草津市の草津宿です。

草津宿と書いて「くさつじゅく」と読みます。

東海道と中山道の分岐点だった草津宿(滋賀県草津市)の宿泊所「草津宿本陣」(国史跡)で、江戸時代後期の旅人の忘れ物「失念物」18点が見つかった。副長の土方歳三(ひじかたとしぞう)ら新選組幹部の誰かのものとみられる木製の煙管(きせる)入れもあった。当時の旅の様子や宿場の運営を知る貴重な資料となりそうだ。草津市教育委員会が25日、発表した。

 昨年6月以降、本陣の土蔵に残されていた資料約1万4000点を調査し、判明した。失念物は、たんすの引き出しから発見。まとめて保管されていたとみられ、1点ずつ和紙の付箋が結わえられ、見つかった場所や日付などが記入されていた。煙管入れは長さ約17.5センチで、黒い木綿製の袋に入れられ、付箋には「新選組様 五月九日御泊 壱番間ニ御失念物」とあった。


現在、「草津宿本陣」として国指定史跡になっています。


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↑これが草津宿(「草津市」のHPより画像を転載)

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↑草津宿の見取り図(「草津市」のHPより画像を転載)


この宿屋の蔵を調べていたところ、箪笥(たんす)の中から宿泊客が忘れていった様々な品々が出てきました。

その中に携行用の布袋に入った木製のキセルがあり、現在で言うところのタグが付いていました。

表記は「新選組様五月九日御泊(おとまり)壱番間ニ(いちばんまに)御失念物(おんしつねんぶつ)」です。

そうこれ、所謂、「忘れ物」です。

宿泊した新選組の面々がチェックアウトした後に、部屋内にキセルが残されていたので、宿の者がメモ紙を結び付けて保管していたのです。

東海道と中山道の分岐点だった草津宿(滋賀県草津市)の宿泊所「草津宿本陣」(国史跡)で、江戸時代後期の旅人の忘れ物「失念物」18点が見つかった。副長の土方歳三(ひじかたとしぞう)ら新選組幹部の誰かのものとみられる木製の煙管(きせる)入れもあった。当時の旅の様子や宿場の運営を知る貴重な資料となりそうだ。草津市教育委員会が25日、発表した。

 昨年6月以降、本陣の土蔵に残されていた資料約1万4000点を調査し、判明した。失念物は、たんすの引き出しから発見。まとめて保管されていたとみられ、1点ずつ和紙の付箋が結わえられ、見つかった場所や日付などが記入されていた。煙管入れは長さ約17.5センチで、黒い木綿製の袋に入れられ、付箋には「新選組様 五月九日御泊 壱番間ニ御失念物」とあった。

東海道と中山道の分岐点だった草津宿(滋賀県草津市)の宿泊所「草津宿本陣」(国史跡)で、江戸時代後期の旅人の忘れ物「失念物」18点が見つかった。副長の土方歳三(ひじかたとしぞう)ら新選組幹部の誰かのものとみられる木製の煙管(きせる)入れもあった。当時の旅の様子や宿場の運営を知る貴重な資料となりそうだ。草津市教育委員会が25日、発表した。

 昨年6月以降、本陣の土蔵に残されていた資料約1万4000点を調査し、判明した。失念物は、たんすの引き出しから発見。まとめて保管されていたとみられ、1点ずつ和紙の付箋が結わえられ、見つかった場所や日付などが記入されていた。煙管入れは長さ約17.5センチで、黒い木綿製の袋に入れられ、付箋には「新選組様 五月九日御泊 壱番間ニ御失念物」とあ


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上に挙げた写真のように、宿泊客の忘れ物は全部で18点見つかり、いずれも幕末の様子を伝える貴重な資料となっています。

新選組との関係性が伺える特に貴重な木製のキセルは長軸が約17cmでした。

この木製キセル自体が幕末においてどういった位置づけなのかについては分かっていないようです。

上に挙げた2、3枚目の写真の上部に見られるのが、宿泊客について記録する「大福帳」という宿泊者名簿です。

これと照らし合わせたところ、1865年、慶応元年の5月9日の欄に「新選組土方歳三様 斎藤一様 伊藤甲子太郎様 藤堂平助様」と幹部4人の名前が書かれていました。

キセルの袋に付けられたタグと内容が一致したのです。

この時書かれていた名前は幹部、つまり代表者の名前であって、実際には他の隊士と合わせて32人が泊まっていました。

しかし少なくとも新選組の忘れ物なのは間違いありません。


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記述の内、宿泊年に着目してみると、新選組隊士らが宿泊したのが1865年、その前年の1864年は有名な『池田屋事件』が起きています。

池田谷事件は、京都三条木屋町にある池田屋という旅館に潜伏していた長州藩や土佐藩を中心とした尊王攘夷派志士を新撰組が襲撃した事件です。

この襲撃の成功により当時の社会でも新選組の知名度は上がっており、これを機に新選組は江戸に出向いて隊士を募って勢力拡大を図りました。

その後、京都に戻る途中で草津宿本陣に宿泊したのです(*・ω・)ノ

一方で忘れ物のタグの部屋名に注目にしてみると、「壱番間」と書かれています。

気付いた人もいるかと思いますが、先ほど挙げた草津宿の見取り図の中に「壱番間」という名称はありません。

この壱番間がどこの部屋を指すのか分かっていないのです( -д-)ノ

また宿泊者名簿である「大福帳」には代表者名はあるものの、どこの部屋に誰が泊まったかは書かれていません。

現代のホテルで考えると大体「001号室」は1階のフロントの近くですよね。

101号室と書くかもしれないし、フロントだけでワンフロア使ってる規模のホテルだとまた異なるなど、様々なバリエーションがあります。

もし壱番間が「一番いい部屋」を指すならば、新選組の中でも幹部達が宿泊した可能性が高いですよね。

だとしたら、4分の1の確率でこの忘れ物のキセルは土方歳三の物ってことになりますね(・∀・)つ

まぁ私は「るろうに剣心」の影響で斎藤一も好きなので、私が知ってるレベルの有名どこのキセルである確率は2分の1だ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!





おわりに

私、正直言うと、あまり戦国時代とか幕末とか、一般の方が好きな所謂「歴史」にそこまで興味ないのですが、、、

これは好きかも知れないヾ(´ω`=´ω`)ノ

文献史学の方面からだけではなく、考古学の方面からも今回の「キセルは誰のもの?」についてアプローチできるような気がしますね。

幕末なんて当然専門外なんだけど、、、

「キセルは誰のもの?」について、

趣味として研究やってみるかな!( ・Д・)



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2020ねん 12がつ 8にち(すいよーび、晴れ)

何でも早めにやる習慣を身に付けたいヽ(TдT)ノ


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今回の考古学・歴史ニュースは海底から暗号機で有名なエニグマが見つかったけど、おいくら万円!?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はドイツ、バルト海です。

元々は世界自然保護基金の依頼でダイバー達が廃棄された漁網を探していたそうです。

そうした中、古いタイプライターが入った漁網を発見して引き揚げたところ、70年以上も海底に沈んでいたナチス・ドイツの有名な暗号機「エニグマ」であることが分かりました。

面白い発見の経緯ですよね(*^・ェ・)ノ

さて、ナチス・ドイツで海と言えば、潜水艦のUボートを思い浮かべる人も多いと思います。

Uボートはドイツの潜水艦の代名詞でもあり、第二次世界大戦ではエニグマの解読など対抗策が巡らされるまでは連合軍の脅威であり続けました。

そんなUボートに搭載されたエニグマは4つのスクランブラー(ローター)を搭載したより複雑なタイプのものでした。

そのため今回海底より発見されたエニグマは撃沈されたUボートに搭載されていたものではなさそうです。

今回発見されたエニグマは3つのスクランブラーを有する機構のもので、恐らく2次大戦末期にドイツの軍艦から海中に投棄されたものであると推測されています。




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↑エニグマの構造(「HH News &Reports」)


エニグマによる暗号文の解読に際しては連合軍は大きく悩まされました。

映画などでも取り上げられるほどに有名なこのエニグマが注目された理由は、使用する当事者以外による解読が非常に困難である点です。

エニグマはヒトラーによって改良され、最大で5個まで取り付けられるように改良されました。

そうすると、スクランブラーの並び替え、スクランブラーの位置、プラグボードの配線の組み合わせによって、実質的にほぼ解読不能なレベルの膨大な量のパターンを生成することができることになります。


ナチス・ドイツが使用していたエニグマはスクランブラーが3~5個付いていたとされていますが、軍艦で3個搭載のもの、Uボートで4個搭載のものを使用していたならば、最大の5個搭載のものは普及数が少なかったようですね。


連合軍はエニグマを解読後、徹底してそのことを秘密にし、諜報戦において勝利しました。


このことがUボートの能力を抑え込み、二次大戦の終結を2年は早めたと言われています。


現在ではスクランブラーを10個搭載したエニグマさえあるのですが、そこまでいかずとも、もしスクランブラー5個搭載のエニグマが標準装備であったら、二次大戦に関わる歴史はまた違った様相を示した可能性は高いですね(*^・ェ・)ノ



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↑これが高いエニグマのようだよ( ・Д・)(「世界のこぼれ話」の記事内画像より転載)



おわりに ~エニグマはおいくら万円!?~

さて、さて、今回発見されたエニグマはドイツの博物館に寄贈されたようですが、第二次世界大戦時に実際に使用されたエニグマはいくらなのでしょうか?

考古学は別にトレジャーハントではないのですが、まぁお金に換算した方が正直面白いし、気になるでしょ?

私は個人的に気になる!( ・Д・)


さて、最後に紹介するのはルーマニアのお話です。

ルーマニアは1944年までナチス・ドイツの同盟国であったために、エニグマが残っている可能性の高い国のひとつとして知られています。

2017年にこのルーマニアの蚤の市で、暗号学の教授が「古いタイプライター」を購入したそうです。

値段は1万3000円。

そしてこの教授は、このタイプライターをオークションに出品し、約580万円で落札されたそうです。

すごい話ですよねΣ(・ω・ノ)ノ

海底で見つかった今回のエニグマも、レア度は高いし、もしオークションにかけるなら類似の額になる可能性が高いですね。

きっと沈んだUボートから発見されたエニグマだったらその希少価値は計り知れないでしょうね~( ・Д・)

完全な形で残った品ではない分、歴史的価値の付加が大事になってきますから、周囲を調査して何か見つけるのが良いのかも知れません( -д-)ノ


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海外でお土産屋さんとかで本物のマヤ土器とか遺物を売ってるのを見かけることあるのだけど、

プロとしては盗掘を応援するような真似はできないので買って転売とかできませんしね、、、

こういう時、考古学者って不利じゃないですか?

古生物学だって法律上、恐竜の骨販売できるのに、、、

歴史学者だって蚤の市で売ってた古文書を高く売れるのに、、、

何故、我々だけ???( ・Д・)

自分たちで出土させたやつなら大問題だけど、、、

まぁそういう問題に結びつくからか、、、実際売り払ってる考古学者いるしね( -д-)ノ


さて、昔、私がまだ中学生くらいの頃は古いものを売ってるお店見るの好きでした。

古いお金とか買ったことありますしね。

実際には全然専門外なんだけども、、、

こんな話聞いたら、夢見ちゃうよね!


さて、久々に古物商の店見て周るかな!( ・Д・)



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