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歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

タグ:人類適応

2021ねん 1がつ 11にち(すいよーび、くもり)

今年は寒いよね、冬眠したいよね(´・ω・`)

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↑クマと一緒に仲良く冬眠する人類!( ・Д・)(「歩け、マヤ」でテキトーに作成)


今回の考古学・歴史ニュースは「人類はかつて冬眠していたらしいよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はスペイン、シマ・デ・ロス・ウエソス洞窟です。

この洞窟はスペイン北部のアタプエルカにあるもので、洞窟遺跡として有名です。

意味は「骨の割れ目」です。

名前の由来は分かりませんが、とっても古くから「骨がたくさんある洞窟」として認識されていたのでしょう。

実際、歴史史料からこの洞窟が古くから共同墓地として利用されていたことが分かっており、これまでにたくさんの人骨が発見されています。

さて、今回はそんなシマ・デ・ロス・ウエソス洞窟でネアンデルタール人の化石人骨が発見されましたよってお話です!

ネアンデルタール人は所謂「旧人」で、およそ40万年前~4万年前まで生存していたと考えられており、私たち「新人(現生人類)」と生存期間が重なるヒト属として有名です。

日本でも洞窟遺跡は多数ありますが、やはりイイ感じの立地の洞窟は歴史時代を遥かに遡って、旧人世代にも利用されていたのだなと思いますね(*・ω・)ノ

今回発見されたのは約40万年のネアンデルタール人の化石人骨なので、ネアンデルタール人として最古級の発見になります。

しかしこれまでにも多数の化石人骨が見つかっているわけですから、古いネアンデルタール人の骨が見つかったくらいでは大きなニュースにはなりません( -д-)ノ

今回のニュースのポイントは、発見されたネアンデルタール人の化石人骨を観察した結果、「もしかして人類って冬眠してたかも?」という可能性が指摘された点にありますヾ(´ω`=´ω`)ノ




冬眠って何でしょう?

冬眠って、上に挙げたようなクマやリスのイメージがあります。

実際には哺乳類だけでも183種が冬眠するそうです。


 冬眠とは、狭義には恒温動物である哺乳類と鳥類の一部が活動を停止し、体温を低下させて食料の少ない冬季間を過ごす生態のことである。広義では変温性の魚類、両生類、爬虫類、昆虫などの節足動物や陸生貝などの無脊椎動物が冬季に極めて不活発な状態で過ごす「冬越し」のことも指す。

(wikipediaより転載、リンク等筆者により一部改変)


こうしてみると、哺乳類以外にもたくさんの種類の動物たちが、頑張って厳しい冬を乗り越えていることが分かりますね。

ちなみに哺乳類は4000~4600種くらいあるそうなのですが、冬眠するのは全体の4.0~4.5%なのです。

けっこう多いのかな?( -д-)ノ

もちろんこの冬眠する哺乳類の中に我々「ヒト」は入っていません。

もし入ってたら、個々人で見てもなかなかに『面白い人生』だった、そして冬眠人類に適応した『特殊な社会』を形成していたでしょうね(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!




今回の発見では、見つかったネアンデルタール人の化石人骨に毎年数カ月の間、成長が阻害されたような痕跡が見つかったそうです。

年輪とか貝の成長線みたいな痕跡が人骨に見られたということです(*・ω・)ノ

何故このような痕跡が生じるかというと、冬の厳しい寒さで食糧が手に入らない状況下で、蓄えた体脂肪だけで生き延びた代謝状態だったからなのです。

あくまで可能性ですが、冬眠のような活動の休止状態が骨の成長の阻害という形で記録されているのです。

しかし先に挙げた冬眠の図にあるように、冬眠をする哺乳類でも小型動物と大型動物ではその代謝は大きく異なります。


リスやハムスターだと外気温まで体温が下がるのに対して、クマのように身体が大きい場合はちょっと下がるくらいです。


なので「冬眠」というよりは「休眠」と呼ばれる状態で、代謝をなるべく落として耐えている状態です。

ヒト属はクマほどではないですが、ネズミサイズと比べると大きい部類に入る上に、ネアンデルタール人の脳容量は私たち現生人類よりも大きいのです。

私たち現生人類の脳容量(平均)が1450㎤なのに対し、ネアンデルタール人のそれは1600㎤だったことが知られています。

人類は最初の猿人段階では草食であり、アフリカの乾燥化に伴い、根茎類を探し求めたり、死肉漁りや肉食動物の獲物を奪い取るなどしてタンパク質を含む高カロリーな食べ物を摂取したりしました。

この食べ物の選択によりヒトは様々に分化していくのですが、特にこの後者の高カロリーな食料の摂取がその後のヒトの脳容量の拡大に貢献した可能性が考えられています。

つまり高カロリー食が可能になったことで脳の発達が促されたわけで、脳みそはそもそもエネルギーをたくさん使うのです。

そのためクマより小さいサイズのネアンデルタール人であっても、その脳容量からすると休眠しても生き延びることが出来なかった可能性も指摘されています。

この研究は、ヒト属がもしかしたら冬眠していたかも知れないということに気付かせてくれる上で重要なものだと思います。

既に冬眠や休眠に関わる遺伝子については研究がなされていますが、今後遺伝子の特定がしっかりと確認され、またこれまでに見つかった多数のヒト属の化石人骨に対するDNA分析がなされることで、「ヒトと冬の戦いの歴史」が明らかになることでしょう。


もちろん今回見つかったような、骨の成長阻害の痕跡に着目して、これまでの資料を見直していくことも大事なことだと思いますし、その方が人類が冬眠していた説をより早く支持することになるでしょう。

今後の続報に期待です(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!




おわりに

「冬眠人類」とか小説、漫画にありそう……

もし人類がそもそも冬眠できる生き物だったら、SFに出てくるようなコールドスリープとか簡単にできそうな気がするんですけどね。

そしたら、宇宙の遥か彼方にも飛び出せる気がしますね

その前に、全てのお金持ちは死ぬ前に、あるいはある程度若い状態でコールドスリープして医療などが発達した未来で目覚める社会になるのだろうか……

やはり結局、どんな世の中でも金なのか!( ・Д・)



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2019ねん 6がつ 7にち(きんよーび、曇り)

なんだか天気がよろしくない。

次の晴天時は絶対にお散歩する!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

いかに暑かろうとも!( -д-)ノ


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さて、今回の考古学・歴史ニュースは、「現代の地震・津波被害を発端に、考古学調査によって約600年前の大津波の被害によって歴史から消え去った王国がスマトラ島で発見されたよ!」というお話です(*・ω・)ノ

今回も管理人の大好きなナショナルジオグラフィックの記事を参考にしたものです。

日本は元より地震大国なわけで、近年だけでも様々な地域で大地震による被害が出ています。

それにしても「南海トラフ地震」のせいでしょうか、最近はやたらと騒がれているように思えます。

さて、古代マヤ文明研究を中心として有名なリチャード・ウィルク(Richard Wilk)による「古代マヤ文明と現代政治(原題:The Ancient Maya in the Political Present)」では古代マヤ研究に関する論文と政治問題の関連性について述べています。

同論文ではアメリカ人研究者の「古典期マヤ文明の崩壊」のテーマに関する研究に対して、アメリカの政治問題が関係していることを指摘しました。

1960年代のベトナム戦争の頃は古代マヤ文明の衰退は「戦争・征服」が原因とされ、1970年代に環境保護運動が叫ばれるようになると古代マヤ文明の衰退は「環境問題」が原因とされました。

つまるところ、「学者も人の子」なわけで、現在の身の回りのことに知らず知らずの内に影響を受けてしまうということですね。

この研究事例からも分かるように、近年の考古学では地震や津波に関する研究・報告が目立つように思えます。

単純に社会環境に影響を受けたというわけではなく、積極的に社会問題を利用している場合もありますけどね、研究費の取り易さとか諸々の下心によって( -д-)ノ


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さて、2004年12月26日にスマトラ沖を震源とした巨大な地震が発生しました。

マグニチュード9.1という観測史上3番目という大規模な地震でした。

この地震により、最大で高さ30mに達する津波がインド洋各地を襲い、インドやアフリカ大陸にも被害をもたらしました。

そして震源に近いインドネシア、スマトラ島北西のアチェ州でも大きな被害が生じ、死者は16万人に達しました。

このアチェ州にはかつてアチェ王国が存在していました。

16世紀に興ったイスラム教国であるアチェ王国は、東南アジアのなかでも数百年の間、植民地化に抵抗し続けた数少ない国のひとつでした。

しかし20世紀初頭まで存続したアチェ王国は近現代の歴史記録に残っているものの、その成立・勃興期である17世紀以前に集落があった証拠はこれまでにほとんど確認されていませんでした。


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↑スマトラ島におけるアチェ王国の位置(「Wikipedia」の画像より転載)



今回の考古学的発見の契機となったのは先に述べた2004年の地震と津波の発生であり、それによって損壊した文化財の保全活動でした。


海岸部にて倒壊したイスラム教の古い墓石が数多く見つかったことから、過去においても同様の津波による被害があったのではないかと推測し、海岸部における土層の堆積状況を確認するための発掘調査が行われました。


結果、600年以上前の14世紀末にも同様の強烈な津波がアチェ周辺を襲っていたことが分かりました。


つまりこれまでに確認されていなかった17世紀以前の集落の痕跡は津波によって押し流されてしまっていたのです。


古い墓石や、陶器片、古いモスクの土台といった各種の考古学的遺物の分布を記録し整理した結果、遺物群が極めて多く集中するエリアが確認できたことから、かつて10の集落がこの地域にあったと推定されました。


陶器片から分かる時期判定によってこれらの集落はいずれも11~12世紀頃に出現したことが分かりました。


そして過去の巨大な津波が周辺を襲った西暦1400年前後に海岸沿いの低地にあった9つの集落は放棄され、高台にあった1つの集落だけが存続したことが分かりました。


この高台に残る遺跡からは、中国で製造された陶器やシリア産の陶器が出土しており、一方で9つの低地の村からはこうした遠方から搬入された陶器は確認されていません。


このことから、中世の「海のシルクロード」に関する歴史文献に記されている「ラムリ」という交易の地が、この生き残った高台の集落だったのではないかと推測されているのです(。・ω・)ノ゙




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「文系学問は金にならんし、役に立たない」と政府や企業にレッテルを貼られてから久しいですね(「令和」の改元時に手のひら返し的な復興の兆しが見えましたけども( ・Д・))。

私も「考古学は一体何の役に立つのだろう」と真剣に悩んだこともありました。

確かに現在のところ、考古学は単独でお金を生みません。

例え、あと1000年経っても考古学はIT的な新商品も開発しないし、宇宙にも飛び出したりしないでしょう。

(そういう意味では、ある種「超古代文明」に関するテーマの方が宇宙にも飛び出しそうだし、お金になる気がする( ・Д・))

考古学は他学問の方法論は借りるのが好きですが、他に貢献できる独自の一般理論もありません。

しかしながら今回の記事だけを見ても、文化財保護は国際協力に関する諸活動や当該国の観光資源活用に関係するし、発掘調査という手法だけでも文献史学を始めとする近隣の諸学問の発展に寄与しているように思えるんですけどね~( -д-)ノ

「役に立つ」って一体何なんでしょうね?( ・Д・)

皆さんはどう思いますか?

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2019ねん 5がつ 21にち(かよーび、曇り)

ようやく書類系の仕事が終わる。

急いで資料調査の準備をしなければ~( ・Д・)

……なんだかんだ5日も記事を書いてないヽ(TдT)ノ


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↑美しくも恐ろしい強烈な噴火、恐らく南米、チリにおける噴火である(「Naverまとめ」の記事内画像より転載)


今回の考古学・歴史ニュースは「破局噴火の一つであるタンボラ火山噴火の被害を受けた遺跡が発見され、まさに「アジアのポンペイ」と呼ばれるほどの残存状態だよ!」という内容です(*・ω・)ノ

さて、考古学が関わる人類史上で巨大な噴火は幾度となく起きています。

もっとも有名なのはトバ・カタストロフ理論で知られるトバ火山の噴火でしょうか。

インドネシア、スマトラ島にあるトバ火山は今から7万年前から7万5千年前に大噴火を起こしたことが分かっています。

地球の気温が平均5度も下がるという気候の寒冷化を引き起こし、この寒冷化はその後6000年も続いたと推定されています。

このトバ火山噴火が人類の進化に大きな影響を与えたという学説がトバ・カタストロフ理論です。

トバ火山の噴火は火山爆発指数(VEI;Volcanic Explosivity Index)で最高の8であり、ウルトラ・プリニー式噴火、つまり所謂「破局噴火」に分類されます。

この破局噴火は地球史上で8度起きており、人類史上でも5度起きています。

現生人類の分岐(20万年前~180万年前)をいつにするかによりますが、2~3度は経験しています。

つまるところ、「破局噴火で人類滅亡」と騒いでいる記事も散見しますが、あり得ないと思います。

(現在の都市文明が衰退する可能性は十分ありますが( -д-)ノ)


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↑過去200年間で巨大な噴火をしたタンボラ火山(「フレッシュビーンズ コーヒー日記」さんの記事内画像より転載)


1883年に発生した有名なクラカタウ山の噴火は、その衝撃波が地球を7周もしたと推定されています。

このクラカタウ山の噴火は火山爆発指数6です。

最近の新たな研究成果が上がるまで、今回紹介するタンボラ火山の噴火は過去3700年間で最大の噴火であると考えられていました。

タンボラ火山の火山爆発指数は7であり、その噴火の規模はクラカタウ山の4倍と推定されています。

さて、インドネシア・スンバワ島に所在するタンボラ火山は1815年に噴火し、その際に10万人強が遭難しました。

タンボラ火山は噴火した当時、マルク群島、ジャワ島、バリ島およびロンム島等を含み幅広い範囲が一瞬の内に壊滅しました。

この際に三つの王国が灰に埋もれてしまったと考えられています。

約1万人が高温を帯びた空気、火山灰および降りかかった砂利、火砕流に埋もれて死亡したと推定されています。

更には噴火後の伝染病および大飢饉によって、死者が約11万7000人の大災難となりました。

この1815年4月のタンボラ火山噴火の影響で、大量の火山灰が舞いあがり長期間にわたって、空気中に漂っていたため、太陽の光熱を遮り、世界的規模の気温下降を誘発しました。

そのため翌年の1816年は夏季がなかったとされる規模の影響です。

この超大規模の噴火によって「ポンペイのように」あっという間に被害に遭い、当時の状況をそのままに火山灰によって覆われてしまった遺跡が発見されました。

タンボラ遺跡と命名された同遺跡はアメリカのロードアイランド大学、カロライナ大学、インドネシア火山研究学会の考古学者らが共同で調査を行い発見したものです。

タンボラ遺跡からは遺体2体が往時の状態のまま保存された家屋が発見されました。

他にも木造の宮殿が残存していることが確認されています。

同遺跡はポンペイ遺跡の事例のように高い文化価値があり、当時の人々の生活、家屋および文化が1815年のままに保たれているため、今後は慎重に調査を行い、遺跡を完全な状態のまま保存する計画が進行しています。

保存状態の良好な木製農機具、紡錘車、磁器、炭化した稲モミ、建物部材、ビンロウ使用具、クリス(短剣)など多種多様な品々がこれまでに出土しており、インドネシア国立考古学研究所デンパサール地方事務所(Balai Arkeologi, Denpasar)にて一般公開されています。

これらの出土遺物等の分析からこれまでに分かっていることとして、当時の人々は非常に裕福で、ベトナム人およびカンボジア人との繋がりがあり、言語も現在の東南アジア地区に分散して使われているモン・クメール語と関連していると推測しています。




ところで、2番目に挙げた画像が現在のタンボラ火山の様子であり、巨大なカルデラになっているのが分かります。

現在ではタンボラ火山は2755mの標高を有します。

大噴火により山の上部の三分の一が吹き飛んだと考えられ、噴火前には4000m級のインドネシアで最高峰の山だったと推定されているのです。


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↓ポンペイについて触れた記事(*・ω・)ノ
↑良かったらあわせてどうぞ!ヾ(´ω`=´ω`)ノ


タンボラ火山の噴火は本当に大きな噴火であったことが分かりますね。

それでもこれで火山爆発指数は7です。

トバ・カタストロフ理論のトバ火山の場合は8ですから、クラカタウ山の事例を基に単純に計算するとその衝撃波は地球を56周くらいしてる!?( ・Д・)

カタストロフ(破滅)の名は伊達じゃないようです。

それでも負けない人類はなんだかんだ強いですね!(・∀・)つ

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