あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    人骨

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    2022ねん 2がつ 4にち(かよーび、曇り)

    めんどいから暫くグアテマラ標準時で日記書く( -д-)ノ(書き始めの時間( ・Д・))

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    arukemaya1689

    ↑このうさぎ大好き( ・Д・)(「すべての最高のイラスト」「イラストAC」の記事内画像を加工・作成;credit: あるけまや)


    今回の考古学・歴史ニュースは北海道で撲殺された縄文人の骨がたくさん見つかったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    さて、今回の舞台は北海道伊達市、有珠モシリ遺跡です。

    まずは位置から!









    伊達市は北海道南部(?;南の方の意)にあるんですよ。

    札幌人としはそんな感覚です(*^・ェ・)ノ



    なんでかというと、伊達市は積雪量が少なくて住みやすいことで有名なのです。

    だからリタイアした高齢の方々が本州の都会の喧騒から逃れて移住してくるケースが多いことでも知られています!

    だから札幌人からすると、、、「南部」というか「あったかい!」ってイメージがあるんですよね( -д-)ノ

    「南=あったかい」みたいな感じです。

    まぁ函館もっと南なのにけっこう寒いけどね!( ・Д・)





    実はスゴイ有珠モシリ遺跡!

    そんな噴火湾(内浦湾)沿岸にある伊達市ですが、ここの有珠モシリ遺跡はスゴイんですよ。

    上に挙げた写真のように1万㎢程度の「小島」なんですけども……



    この島全体が貝塚なんですΣ(・ω・ノ)ノ



    縄文晩期~続縄文時代に帰属する遺跡で、本州の感覚だと縄文の終わりから弥生時代の遺跡ってことになります。

    日本は酸性土壌なので人骨や骨角器や動物骨などの動物依存体が残りにくい環境なのですが、貝塚は貝片などがたくさんあるので貝塚周辺はアルカリ性になる(ないし中性方向に傾く)のです。

    なので、遺物の残存状態がすこぶる良い!

    この有珠モシリ遺跡は巨大な貝塚遺跡ですから出るものがスゴイのですよ。

    最後に一例を載せておきますね(*・ω・)ノ






    人類はみんな暴力的!( ・Д・)


    まぁよくある「縄文人はECOだった」とか、「縄文人は自然と共に生きた(共生の理想)」とか聞きますけど、まぁ大体が嘘ですね。

    現代よりはマシってだけです。

    科学が発達して知識があっても、敢えて無視する現代人よりマシなだけで、人類は常に周辺環境に大きな影響を与えながら存続してきたのです( -д-)ノ




    さて、こうした一般に流布した説(商業的な意味合いがあるのでしょう……)の中には「縄文人(あるいは縄文時代)は平和だった」というものがあります。

    これも明らかに現代人の理想を古代人に押し付けているに過ぎません。

    まっとうな考古学者はこんなこと誰も思っていないでしょう。

    考古学者に限らず一般的に「ふつうに」歴史を学んだ者であるならば「争いで満ちた人類史」をよく知っているはずです( ・Д・)




    さてそんなこんなで今回この有珠モシリ遺跡から、脳内お花畑論者の「幻想を打ち砕く」発見がなされました!

    それが上に挙げた写真にある、打撲によると思われる傷痕のある頭蓋骨が複数個体見つかったことなのです。

    1人なら事故もあり得ると思いますが、複数ということは集団同士で頭蓋骨にダメージが到達するほどの争いがあったことを示します。



    調査担当者は『本州側で弥生時代に移行し、ヒトの移動があった中で玉突き的に集団間の衝突が起きた可能性がある』と述べています。





    ……さすが大人な回答だなと思います。




    はっきり言えばいいのに、、、縄文晩期、つまり縄文時代に争いがあったって!

    平和じゃなかったって!( ・Д・)( ・Д・)( ・Д・)




    この調査担当者の青野先生は「出来た人」ですからね。

    私なら言っちゃう……

    言わんか?

    後々、もっとデータ集めて、自分の書籍とかで思いっきりぶちまけるかな。

    新聞で言うと敵ばかり大量生産することになるからね~。


    いや~、やっぱ大人だわ(*^・ェ・)ノ

    私も大人になりたい( ・Д・)



    arukemaya1692


    arukemaya1694
    ↑骨角器も残りがいいね!(「むしゃなび」の記事内画像より転載)



    おわりに

    この遺跡、私の大先輩が中心となって後輩らも参加して掘ってる遺跡なんです。

    北海道大学の調査は私が学生の頃からずっと伊達市周辺で行っているので色々と思い出深いな~と思いつつ、元の記事を読んでいました。

    唯一引っかかったのが「青野友哉准教授(骨考古学)」……

    骨考古学??? (゚Д゚≡゚д゚)エッ!?


    新聞の問題なのか、彼も新しい学問領域を打ち出しているのか……

    形質人類と何が違うのかよくわかならないけども……



    何はともあれ、私は大先輩相手でも変なものは変って言う!

    骨考古学、謎!( ・Д・)



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    2021ねん 11がつ 9にち(かよーび、ひどい雨)

    筋肉注射はやはり腕痛くなる~ヽ(TдT)ノ

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    arukemaya1663
    ↑雰囲気あったよ!( ・Д・)(筆者が今年調査に行った際に撮った写真、credit: あるけまや)



    今回の考古学・歴史ニュースは「沖縄で縄文時代最古の人骨が出たよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    さて、今回の舞台は沖縄県、うるま市の藪地洞窟遺跡です。

    上に挙げたキャプションに書いたように、今年はコロナ禍ということもあって私は北海道と沖縄で調査していたのです。

    で、沖縄における調査対象がまさにこの藪地洞窟遺跡だったのです!(・∀・)つ

    ということで、せっかくなので本記事を含めて数回にわたり、沖縄の考古学について自分の興味ある(知ってる)範囲で、自己の研究成果も含めて紹介していこうかなと思います(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!




    まぁ私の国内調査は土器の産地同定に関する理化学的研究ですし、私の専門はあくまでもマヤ考古学で、特にティカル遺跡周辺域がフィールドですので、あんまり知識ないのは勘弁してください( ・Д・)

    ちなみに調査や論文については日本考古学の方との共同研究体制にあるので何とかなってるのですよ( -д-)ノ←責任全ぶん投げ


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    arukemaya1665


    ちょっと見づらい図の出し方になってしまいました。

    画質はそこまで悪くないと思うので、スマホで読んでる方は必要に応じて拡大してみてください( -д-)ノ




    うるま市は沖縄県の右側、南から3分の1くらいの位置にあります(上図の赤丸部)。

    2枚目は藪地洞窟遺跡の位置を中心に、「うるま市」の表記が入るように調整した図です。

    小さいですけど赤線が3本あって、左右の赤線部には「うるま市」の表記があります。

    真ん中の赤線部が「藪地洞窟遺跡」です。




    うるま市は南東方向に半島状に突き出した地形を有しており、半島の先端部の北側に沿う形で「藪地島」があります。

    島の中は橋を渡ったすぐ先までしか舗装道路がありません。

    土地はうるま市に住む人々が有しており、畑があったり、未舗装道路の維持のために樹々の伐採が行われていたりと少し人がいます。

    しかし基本的には藪地島は無人島で誰も住んでいません。




    伝承によれば、昔藪地島で大火があり、島の住民がうるま市本島側に逃げてきたそうで、そのまま帰ることはなかったそうです。

    ちなみにその子孫と思われる人たちが藪地島の土地の法的所有権を有しています。

    ……なんか、、、「祟りじゃ~!」みたいなもう少し面白い話だった気がしますが、来年の調査時に再度聴いてメモってきますね( -д-)ノ



    arukemaya1663
    ↑人骨が見つかった藪地洞窟遺跡(再掲)




    上に挙げた写真が藪地洞窟遺跡で見つかった人骨です。

    見出しで縄文時代最古と書きましたが、これは沖縄県での話です。

    沖縄の貝塚時代(縄文時代早期~グスク時代;およそ11000年前から11~12世紀頃まで)において最古の事例なのです。




    日本の本州などにおける貝塚は縄文時代早期~中期(11000年前~4700年前)に見られるのでかなり違いがありますね。

    まぁ本土と比べれば周りを海に囲まれている上にサイズ的に小さいわけですから、より海産資源に頼った文化が続いたことは当然かも知れません。




    沖縄本島では早期(およそ11000~7200年年前)相当の土器が見つかっていて、この藪地洞窟遺跡では約9000年前の爪形文土器が出土しています。

    この人骨はその爪形文土器と共に見つかったことから、約1万年~9000年前のものと推定されています。

    これまでの貝塚時代相当の最古の事例は、名護市大堂原(うふどうばる)貝塚で発見された約7千年前の人骨であったので、新記録として2000~3000年も遡ることになった大発見なのです(*・ω・)ノ



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    ↑石灰岩の洞窟を利用して生活していた模様(credit: あるけまや)


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    ↑片っ端から色々試したけどやはりソーキそばが旨い気がする(・∀・)つ(credit: あるけまや)


    おわりに ~古い土器や骨がたくさん残るのは何故?~

    最後にご飯の写真も挙げましたが、その前にうるま市市役所の中で撮影した展示パネルを紹介したいと思います。

    これまでにも「最古シリーズ」とか「今でも食べれるよ?シリーズ」とかやってきましたけど、当記事を継続的に読んでいると『考古資料は特定の条件下で良好に保存される』ことが分かると思います。

    多くの場合、めっちゃ乾燥してるか、水辺で常に水分が供給されて空気が抜かれている状況かっていうケースです。

    一方で今回のような「洞窟」は比較的残りが良く、最古の土器の事例も世界的に見て「洞窟」での発見が非常に多いのです。




    更に藪地洞窟遺跡の洞窟は、単なる洞窟ではなく『石灰岩質』の洞窟です。

    日本は酸性土壌なので通常骨が溶けてしまいますが、雨をよく通す石灰岩が浸食されて土壌にアルカリ性をもたらすため、人骨などの残りがより良い環境なのです。



    ちなみにマヤ文明は巨大な石灰岩台地上に立地するけども、骨はあまり残りません。

    ……何故?


    微生物がめっちゃ張り切っちゃうから!( ・Д・)



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