あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    化石人類

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    2026ねん 5がつ8にち(きんよーび、くもり)
    なんか今日もう暑い!( ・Д・)
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    ↑ChatGPT、絵の生成うまくなったよね!( ・Д・)




    今回の考古学・歴史ニュースはネアンデルタール人は、絶滅の数万年前にすでに大きく減っていたかもしれず、それが胎児のDNAから見えてきたらしい!( ・Д・)」ってお話です(*・ω・)ノ



    📰 はじめに


    ネアンデルタール人の絶滅って、つい「ホモ・サピエンスに負けた」で片づけられがちだよね。
    でも実際には、そんなに単純ではなさそうなんだ。

    今回の研究で見えてきたのは、ネアンデルタール人が消える直前だけでなく、そのずっと前にもかなり深刻な人口の落ち込みを経験していたかもしれない、ということだ。しかもその手がかりになったのが、約5万5000年前のネアンデルタール人胎児のDNAだった。新たに解読されたミトコンドリアDNAは、後期ネアンデルタール人の系統だけでは見えにくかった古い枝を補い、その結果、約6万5000年前に大きな遺伝的ボトルネックがあった可能性がかなりはっきりしてきた。


    つまり今回の話は、
    「なぜ最後に絶滅したのか」
    だけではない。

    むしろ大事なのは、
    ネアンデルタール人は最後の数千年だけで追い詰められたのではなく、その何万年も前から“弱り始めていた”かもしれない、
    ということなんだよね。


    arukemaya_y634



    🌍 まず、ネアンデルタール人はどんな人びとだったのか

    ネアンデルタール人は、ヨーロッパ西端から中央アジアまで広く分布した人類で、少なくともユーラシア西部ではかなり長いあいだ主要な人類集団の一つだった。分布域は現在のベルギーあたりから地中海沿岸、西南アジアにまで及び、最終的にはおよそ4万年前ごろまでに姿を消したと考えられている。

    しかも彼らは、ただ寒いところにいた旧人というだけではない。

    石器文化の面でも、皮なめし用の削器、皮に穴を開ける道具、木や骨を加工するための工具、槍の先端を整える道具などを使っていて、生活技術はかなりしっかりしていた。一般にムスティエ文化と結びつけられることが多いけれど、その末期にはさらに地域差の強い技術複合も見えてくる。つまり彼らの最後の時代は、単に“古い人類が消える直前”ではなく、かなり複雑な文化的モザイクの時代でもあったんだね。





    ❄️ ネアンデルタール人の末期ヨーロッパは、思ったより入り組んでいる

    ここ、けっこう大事です。

    ネアンデルタール人の末期って、つい「そこへホモ・サピエンスが来て交代した」と一本線で見たくなる。

    でも最近の研究では、少なくともヨーロッパではそう単純ではない。中央〜北西ヨーロッパにはかなり早い段階でホモ・サピエンスが入っていて、一方で南西ヨーロッパにはまだネアンデルタール人が残っていたらしい。つまり、この時代のヨーロッパは“片方が消えてから片方が来る”というより、地域ごとに異なる人類集団と技術複合が並ぶ、かなりパッチワークな世界だったわけだ。

    さらに気候のほうも安定していない。

    とくにMIS3の後半には寒冷化と温暖化の細かな揺れが続き、地域によって生態条件がかなり違っていた。イベリア半島の研究でも、ネアンデルタール人はどこでも同じように消えたわけではなく、北側では資源条件の悪化とともに早めに姿を消し、南側ではより安定した環境のもとで長く残った可能性が示されている。つまり“絶滅”といっても、ある一日の事件ではなく、地域差のある長いすり減り方だったんだよね。


    🧬 そして今回、その長いすり減り方にDNAで切り込んだ

    今回の研究では、新たに10個体分のネアンデルタール人ミトコンドリアDNAが解読され、それを既知の49個体分とあわせて解析している。新規試料はベルギー、フランス、ドイツ、セルビアの6遺跡から来ていて、その中にドイツのゼッセルフェルスグロッテ洞窟で見つかっていた胎児個体も含まれていた。ミトコンドリアDNAは核DNAより情報量は少ないけれど、古い骨から回収しやすく、母系の系統を追いやすいという強みがある。


    で、ここで胎児個体が効いてくる。
    胎児や新生児レベルのネアンデルタール人遺骸はかなり珍しく、今回の胎児DNAは、後の主要系統とは別の、より古い枝を埋める資料になった。このおかげで研究チームは、「最後に広く分布した後期ネアンデルタール人系統」の前にどんな系統構造があったのかを少しはっきり見られるようになり、約6万5000年前の大きな人口減少をかなりよい精度で推定できたとしている。




    📉 見えてきたのは、約6万5000年前の“第一の大打撃”

    今回の研究のいちばん大きいポイントはここだね。

    解析の結果、ヨーロッパに広くいたそれ以前のネアンデルタール人集団の多くは、約7万5000年前ごろの厳しい寒冷期をへて大きく縮小し、約6万5000年前ごろには南西フランス周辺の避難地に残った小集団が、その後の後期ネアンデルタール人の母体になった可能性が高いという。言い換えると、後期ヨーロッパのネアンデルタール人の大半は、かなり限られた生き残り集団の子孫だったらしい。


    これ、かなり強いです。

    なぜなら「絶滅直前に追い詰められた」のではなく、
    そのずっと前に一度ほとんど“遺伝的に削られていた”
    ことになるからだ。


    しかもその後、氷床の後退とともに彼らはヨーロッパ各地へ再拡大したらしい。
    でも、その再拡大後の集団は、すでにかなり均質だった。
    つまり見た目には広く戻っていても、中身は“生き残りの子孫どうし”という状態だった可能性が高いんだよね。


    しかも終わりの直前にも、もう一度大きく落ちていたらしい

    さらに研究チームは、後期ネアンデルタール人の有効集団サイズが、約4万5000年前から4万2000年前のあいだに急速に低下した可能性も示している。これは、最終的な絶滅のおよそ数千年前にあたる。研究者たちは、この段階の急減については、気候変動だけではなく、小規模で孤立した集団構造や、ホモ・サピエンスとの接触・吸収など、複数の要因が重なっていた可能性を見ている。


    つまり今回の絵をかなり乱暴にまとめると、
    ネアンデルタール人は

    まず約6万5000年前に大きなボトルネックを受け、
    その後に再拡大したけれど、
    低い多様性のまま、
    さらに4万5000〜4万2000年前ごろにもう一度鋭く減った、
    という二段階の弱り方をしていたことになる。





    🪨 でも文化まで一様だったわけではない

    ここがまた面白いところ。

    遺伝的にはかなり均質になっていたのに、遺跡ごとの物質文化や行動の違いはむしろ残っていた可能性がある。後期ネアンデルタール人は、遺伝的には近いのに、地域ごとにはそれなりに異なる考古学的特徴を見せるらしい。これは、再拡大のあとに集団どうしがあまり密につながらず、小さく孤立したまとまりのまま各地で生活していたことを示唆している。


    ここ、あるけまや的にはかなり好きなんだよね。
    人口が減って、遺伝的には似通っていく。
    でも文化のほうは、むしろローカルに分かれていく。
    これって、数は少ないけど各地の小集団がバラバラに踏ん張っていた感じがして、最後のネアンデルタール人像が急に立体的になるんだ。


    🧠 あるけまや的に、ここがいちばん面白い

    あるけまや的に今回おもしろいのは、「絶滅原因」そのものより、「絶滅の前史」が見えてくるところなんだよね。

    ネアンデルタール人の話って、どうしても最後の勝ち負けに引っぱられやすい。
    でも今回の研究が見せてくるのは、もっと長い時間幅の脆弱化だ。
    大集団が広くいた時代があり、寒冷化で大きく削られ、避難地に押し込まれた生き残りが再び広がる。
    でもその再拡大は、かつての多様な広がりを取り戻したわけではなく、すでにかなり細った系統の広がりだった。
    そのうえで最後の数千年にもう一段の急減が入る。
    これなら、絶滅が“ある日突然の敗北”には見えなくなるんだよね。

    つまり今回の胎児DNAは、
    ネアンデルタール人が最後に消えた理由を一発で解く鍵というより、
    彼らが消えるずっと前から、かなり不利な条件を背負い始めていたことを示す資料なんだと思うのさ。


    ✍️ あるけまや的まとめ

    今回の話を雑に言うと、

    新たに解読された約5万5000年前のネアンデルタール人胎児を含むミトコンドリアDNAの解析から、ヨーロッパの後期ネアンデルタール人は、約6万5000年前の大きな遺伝的ボトルネックをへた少数生存集団の子孫だった可能性が高くなった。さらに彼らは、最終的な絶滅直前の約4万5000〜4万2000年前にももう一度急速な人口低下を経験したらしい。つまり、ネアンデルタール人の消滅は最後の数千年だけの話ではなく、もっと前から続いていた長い脆弱化の結果として見るほうが自然になってきたんだね。


    だから今回の発見は、

    「ネアンデルタール人は最後に負けた」
    だけじゃなく、

    「ネアンデルタール人は、絶滅の何万年も前から、すでに一度大きく削られていたかもしれない」

    というところまで見せてくる。

    胎児のDNAって、小さい。
    でもそこから見えてくる時間のスケールは、めちゃくちゃ大きいんだよね。

    こういう発見、かなり好きなんだよなあ( ・Д・)



    なにはともあれ・・・・・・


    絶滅って、最後の瞬間だけ見てると、だいぶ話を取りこぼすんだね!( ・Д・)







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    2025ねん 9がつ 29にち(げつよーび、くもり)

    激務な上にToDo借金ばかりで死ぬ!( -д-)ノ

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    今回の考古学・歴史ニュースはよくある最古系だけど、今回は130万年くらい更新したぜ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ




    🔍新発見の概要:スラウェシ島・カリオ遺跡の石器

    2025年、科学誌 Nature に発表された論文で、インドネシア・スラウェシ島南部の カリオ(Calio)遺跡 において、約 104 万年から最大 148 万年前 の剥片(はくへん)石器が確認されたという報告が注目を集めた。


    この石器群は、これまでスラウェシ島で確認されていた最古の石器記録(約 19 万年前)をはるかに凌ぐものであり、ホミニン(原人類)がこの島に極めて昔から存在していた可能性を強く示唆する。


    報道では「ホビット(Homo floresiensis)あるいはその近縁・未確認種が製作したかもしれない」といった可能性も語られており、研究者たちはこれまでの人類拡散モデルを揺さぶる発見と捉えている。






    🧩考古学的アプローチ:どうやって年代を出したか?

    この発見には、複数の現代的解析手法が使われており、信憑性を支える要素が幾つもある:

    • 古地磁気法(palaeomagnetic dating):堆積層の磁気記録を用いて、その地層がいつの時代に堆積したかを推定。石器が含まれる砂岩層の磁気特性を分析。

    • U系列/電子スピン共鳴(US-ESR)法:遺物近傍の化石歯(動物の歯)などの年代を測る技術で、間接的にその層の年代を裏づけ。

    • 層序と付帯化石:石器と同じ層あるいは上下層から見つかった動物歯骨・堆積物の年代を対比。報告では、石器より上層で見つかったブタの骨等の年代がこの層の年代を補強する証拠とされている。

    これらを複合した結果、「少なくとも 104 万年、最大 148 万年」というレンジが提示されたわけ。





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    ↑背景黒だとかっこいいよね!( ・Д・)(「BBC Science Focus」の記事内画像より転載)




    🧠「ホビット」可能性と種の謎:どのホミニンか?

    この発見報道では、「ホビット(Homo floresiensis)」という語がキャッチーに使われてるけど、実際には慎重な線引きが必要だ。以下、注目すべきポイント。

    • Homo floresiensis(フローレス原人) は、フローレス島で見つかった小柄なヒト族。既知の年代では約 100 万年以下、あるいはもっと後世の時期に存在していたという研究が主流。

    • カリオ石器発見は、スラウェシ島における 直接的化石ホミニン の発見を伴っていない。石器のみの出土で、ホミニン本体の骨はまだ見つかっていないという点が、慎重な議論を呼んでいる。

    • 研究者は「ホビットそのものか、それに近い未発見のホミニンか、あるいはホビット系統前段階の原人かもしれない」として、現段階では断定を避けている。

    • 興味深い点として、フローレス島での石器出土(約 102 万年前)との比較がある。フローレス原人の文化的・技術的起源とスラウェシの初期ホミニンの石器文化との関連性が議論されている。

    ゆえに「ホビットが作った可能性も」という報道文言は、ロマンとしては刺激的だけど、学問的には「可能な仮説の一つ」であり、他の代替仮説を排除する段階ではない。






    🌊“南太平洋の島”という表現の注意点:スラウェシは南太平洋か?

    報道タイトルで「南太平洋の島」と言われることがあるが、地理学的に誤解を招く要素がある。スラウェシ島はインドネシア・東南アジアに属し、厳密には 西太平洋/東南アジア島嶼域 に位置する。太平洋南部のポリネシア・大洋州諸島とは異なる地域。


    ただし、ヒトの海を越えた拡散や島嶼域移動を論じる際に、「海を渡る文化拡散・ホミニン拡散」という文脈で「太平洋島嶼類似性」を比喩的に使う報道がある点は注意すべき。






    🧭意義と波及:この発見が意味するもの

    この発見が抱えるインパクトと、今後の議論テーマを挙げてみる:

    • ホミニン拡散モデルの再考
       もし 148 万年前という年代が確実だとすれば、ホミニンの島嶼移動・海洋横断能力を従来考えられていたよりも早期に見直す必要がある。

    • ホビット起源仮説の支持要素
       スラウェシ → フローレス の連関仮説を支持する材料となる可能性。「ホビットはスラウェシから来たのでは?」という仮説を、石器文化の先行例として補強できるかもしれない。

    • 技術文化の連続性・断絶
       この石器文化と後世フローレス島や他島の技術文化との関連性を探ることで、文化の継承・拡散過程を可視化できる可能性。

    • 未発見化石への期待
       石器のみでは種の同定に限界があるため、この発見を契機として、本体化石・ホミニン骨格出土への期待が高まる。

    • 地質・海面変動との関連
       発見年代が古いということは、過去の海面低下や地質変動がどのように島をつなげたか、あるいは海を跨いだ移動ルートがどうあったかを再検討するきっかけになる。



    arukemaya_y190




    おわりに

    今回は最大で130万年も最古記録を更新って話なんですけど、まぁちょっとズルい感じもします。

    これまでの最古が20万年前くらいというのは化石人骨の証拠なのに対して、今回の150万年前は石器ですから、遺物の残り易さに差がありますよね。

    これだけ古いとヒトが作った石器かどうかの議論も再燃するのかなって気がしてましたが、上の写真を見る感じでは石器製作工程が決まってそうなのでサルじゃないなって気がします。

    オルドヴァイよりもティアドロップの作られた時期のような整形感を感じるなってだけですけどね~。

    時期的にもちょうどその中間な感じもします!



    何はともあれ、

    やぱなんだかんだ最古っていいな!( ・Д・)



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    2025ねん 8がつ 20にち(すいよーび、晴れ)

    ここ2日爆食してる、ダイエットせにゃ!( ・Д・)

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    今回の考古学・歴史ニュースは🪨インドネシア・スラウェシ島の石器が、古代人類の“海越え”の謎に風穴をあけた!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    🌊何が起きたの?——トウモロコシ畑の下から「100万年以上前」の証拠

    インドネシアのスラウェシ島・南西部ワラナエ川流域にあるカリオ(Calio)という地点で、100万年以上前に遡る石器が発見されました。出土したのは、礫から打ち剥がして鋭利な縁を作った「フレーク状」の石片たち。層位と複数の年代測定から少なくとも104万年前、最長で約148万年前という結果が出て、ウォーレス線の内側(ウォラセア)に、これほど早く“ヒトの親類”が到達していたことを示しました。学術論文の発表と同時に、各国メディアが一斉に報じています。



    🧭誰が作った?——ホモ・エレクトス?“ホビット”の親戚?それとも未知の誰か

    年代はホモ・サピエンス誕生よりはるか前。ジャワに160万年前ごろ到達していたホモ・エレクトス(直立原人)が候補に挙がる一方、フローレス島のホモ・フロレシエンシス(“ホビット”)やルソン島のホモ・ルゾネンシスに連なる、別系統の小型ホミニンが関与した可能性も論じられています。決定打は化石不在ゆえ得られておらず、「石器はあるのに作り手が見えない」のが現状の最大のミステリーです。



    🗺どうやって来た?——“船のない航海”という仮説

    スラウェシは過去100万年スケールでも陸橋が繋がらない“真の島”。到達には外洋の横断が必須です。研究チームは「意図的な舟ではなく、津波や暴風で流木の塊にしがみついた“偶発的漂着”だった可能性」を指摘。いずれにしても、アジア本土から深い海を越えたという事実は、初期ホミニンの行動力に関する常識を強く揺さぶります。



    🧱石器の“語り方”——自然割れではない、人の手の痕跡

    カリオの石器は、近隣河床の礫を打撃で制御的に剥離し、意図的な剥片縁を持つことが顕微観察で確認されています。掘削区の3D記録では、石器と同じ地層にスラウェシ固有の古代ブタ(Celebochoerus)の化石が投影され、地質学的な場の一貫性が担保されています。「自然に割れた石ではないの?」という疑問に、現場のデータがしっかり応えています。



    ⏳“前史”が書き替わる—— タレプ(Talepu)→カリオへ、年代の桁が一つ増えた

    スラウェシでは2016年、同じワラナエ盆地のタレプ約19.4万年前の石器群が報告され、「サピエンス以前の占拠」が確定しました。今回のカリオはそこからさらに桁違いに古い。「≥104万年前」は、フローレス島ウォロ・セゲ(約102万年前)と肩を並べる“超早期ウォラセア占拠”の証拠として、人類拡散地図の根本を描き替えつつあります。



    🧑‍🔬国内外の反応——“ウォラセアの鍵島”としてのスラウェシ

    豪州ABCは「100万年前のスラウェシ居住」を大きく報道し、サピエンスより80万年遡る点を強調。ナショジオは「ホビットの謎に迫る“隣島”の証拠」として解説しました。ScitechDailyやCosmosは「深海を越えた初期航海」をキーワードに、仮説と検証の行方を追っています。学術側でも、グリフィス大学/BRIN(インドネシア国研)を中心に、年代・テクトニクス・古環境が総合的に議論へ。



    🪶“小さな矢じり”の文化とも繋がる?——トアリアン(Toalean)への長い伏線

    スラウェシ南部には、ホロシーン期の狩猟採集文化 “トアリアン” が残した極小の石器群(マロス・ポイント)で有名な洞窟群があり、遺伝学でも独自の系譜が示唆されています。今回のカリオは時代がはるかに古いものの、「島の中で人々の入れ替わりが幾重にもあった」という長期史観を補強します。島の“記憶”は、微小な石片からも読み取れるのです。



    🧩次の一手——“作り手の顔”を見つける

    いま必要なのは、作り手そのもの=ホミニン化石です。研究チームは「掘り続ける」と明言。石器は語る、しかし骨は決定的に語る。スラウェシのどこかに眠る誰かの歯や骨が、どこから来て、どのように暮らし、どこへ消えたのかを明快にしてくれる——そんな “瞬間” を、世界が待っています。



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    ↑別のやつ!( ・Д・)(「名古屋テレビ」の記事内画像より転載)







    ✍️“あるけまや”的ひと言まとめ

     海の向こうから、まだ名前のない人たちがやって来て、川辺の小石をコツコツ叩いて、鋭い縁をつくり、食べる・切る・こしらえる——その音が、100万年ぶりに耳に返ってくるみたい。
    舟なんてなかったかもしれない。嵐の夜に流木にしがみついた手のぬくもりが、石の縁にまだ残っている気がします。


     スラウェシは、時間の層が深呼吸する島。タレプの“19万年前”から、カリオの“100万年前”へ。さらに洞窟壁画の「物語」やトアリアンの小さな矢じりまで、とぎれとぎれの点が、一本の長い線になりはじめた。


    “誰だったの?”という問いは、まだ宙に浮いたまま。でも、その空白が、かえって胸を高鳴らせる。次の一片、次の層、次の“顔”に出会えたら——きっとまた、ここで一緒にページをめくりましょう🌿





    何はともあれ、

    やぱ最古系は話題になって羨ましいな!( ・Д・)



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    2023ねん 4がつ 10にち(げつよーび、晴れ)

    熱下がった!

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    今回の考古学・歴史ニュースは最古の石器作ったのはヒトじゃないかも!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    さて、今回の舞台はケニアのニャヤンガ遺跡です。

    古い時期の化石人類系の発見はまぁ大体アフリカですよね。

    人類発祥の地ですから。




    そんなアフリカでも今回のお話は300万年前なのでけっこう古い話です。

    最古の人類と言えば700万年前のサヘラントロプス・チャデンシスが有名です。

    ひと昔前までは400万年前のアウストラロピテクスが最古だなんて世界史の教科書にも載っていましたので、覚えている方も多いのかなと思います。





    このアウストラロピテクスも当初は新発見として盛り上がりましたが、その後たくさん類例が見つかっていく中で細分され、華奢型がアウストラロピテクス、頑丈型がパラントロプスとなっています。

    今回のお話はこのパラントロプスについてなので、皆さんご存じのアウストラロピテクス
    と大体同じくらいの時期に存在したがっちりした猿人の話だと思って聞いてください。






    ちなみに一番最初に挙げた写真がニャヤンガ遺跡の発掘風景です。

    化石人類系の古いやつってどれも洞窟遺跡かと思ってましたけど、こんな開けたところでかつけっこう浅いところから出るのね~と個人的に驚きです。

    まぁ浅さに関しては、マヤ遺跡も亜熱帯気候のせいで激浅ですので、暑いであろうこの地域でも同様なのは理解できます。

    でも平地でこの遺跡見つけるの大変だったというか、踏査・試掘過程で奇跡的に見つかったんですかね?

    ランドマークもなさそうなのに、そこだけ個人的に不思議で仕方ないです(*^・ェ・)ノ





    さて、話を戻しますと、

    これまで「最古の石器はヒト属の登場と共に生まれた」と考えられてきました。

    時期で言うとざっと200万年前です。




    道具を使う動物は数種のサルの他、ラッコなども使ってることが指摘されてかなりの時が流れ、道具がヒト属のメルクマールではなくなってきたというか、「道具使用=ヒトの特徴」という感覚がなくなってきた昨今、今回の発見に至りました。


    さきほど出てきたパラントロプスは私たちヒト属とは異なる系統の化石人類ですが、ニャヤンガ遺跡にて彼らの歯と共におよそ300万年前相当の最古の石器が出土したのです。





    物理学の世界でも3次元の他の異次元の存在が認められなかった過去がありますが、現在では量子レベルなどの私たちの感覚より小さなミクロな世界に異次元が隠れていることが常識となっています。

    恐らくこういう事例はそれぞれの学問であるのでしょうが、学界内の常識あるいはコンセンサスというものはちょっと発見があったくらいじゃすぐに変更されず時間を要するものです。

    考古学、あるいは古人類学においても、やはり「最古の石器はヒト属と共に誕生」という考え方は現在も根強く存在します。




    今後、こうした事例がどんどん増えていく中で、最古の石器を作ったのはヒト属ではなく、パラントロプスということが常識になっていくのかも知れませんね。





    おわりに サルが作った石器って区別付くの?


    けっこう前の研究報告の話ですが、南アメリカだったかな、サルも石器を作るよって。

    問題は過去にもサルが意図してか、あるいは偶然に石器を作っただろうと、

    それならば、最古級の曖昧な技法の石器は本当にヒトが作ったものなのかどうかどうやって判定できるのか?という提言だったのです。




    土器屋の私としては対岸の火事なので単に面白いなと思っていましたが、、、

    上に挙げた写真がサルの作った石器だそうです。




    この中に一つだけヒトの作った最古級の石器、オルドワン石器が含まれています。

    オルドワン石器は今回の話でパラントロプスの作ったと思われる石器と同種のものです。

    どれか分かります?

    私は分からない!(笑)



    ・・・・・・・・・


    ・・・・・・


    ・・・


    答えは「N」だそうです。


    改めて見ても全然分からない。


    まぁ私はおとなしく自分の領域の研究をやりますよ~だ( -д-)ノ



    何はともあれ、

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