あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    南米

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    2025ねん 10がつ 17にち(きんよーび、晴れ)

    きんよーびだぜ!がんばろーっと!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースは古代のパーティーナイト!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに


    ── 樹々のこだま、石の息づかい。文明が消えても、その“声”は地中から響く ――


    インカ帝国以前、アンデスの世界にはいくつもの文明があり、それぞれが神殿を建て、儀礼を行い、信仰と政治を融合させていました。最近の発掘によって、Tiwanaku(ティワナク)をはじめとする“失われた文明”の痕跡が新たに明らかになり、その神殿や遺構が社会の構造・宗教観・交易圏を再考させる鍵となっています。


    本記事では神殿発見の現場、生物・物質文化との接点、そしてなぜこの発見が「インカ以前」の歴史理解を塗り替えるのかをじっくり掘ります。






    🏛 発見の概要 — 神殿はいかにして見つかったのか

    最近、ボリビア高地ラパス周辺、ティワナク文明圏の南側、標高の高い丘陵地で「Palaspata」という名の古代神殿が発見されました。130マイル(約200km)南、ティワナク中心地から少し離れた場所で、これまで注目されてこなかった丘の上にその遺構はあったのです。


    発掘を主導したのはペン・ステート大学の José Capriles 教授らのチーム。神殿は数多くの長方形囲い(quadrangular enclosures)、中庭、石材配列などを備えており、儀礼目的・交易ハブとして機能した可能性が指摘されています。


    また、ペルー北部、ラ・オトラ・バンダ(La Otra Banda)という新しい現場でも、インカ以前の宗教的・儀礼的役割を求める神殿・劇場遺構が出土。紀元前2000〜3000年という古さで、建築や信仰形態における非常に初期の宗教空間として注目されています。






    🔍 神殿の構造と出土物 — 石と土器が語る儀式と暮らし

    この古代神殿、パラスパタ(Palaspata) の構造はおよそ 125メートル × 145メートル という広さを持ち、約15の長方形区画が中庭を囲む形で配置されています。日照・天体現象(春分・秋分など)との整合性を意図した配置も見られるそうです。


    儀礼用の「keru(祝杯)」用の杯の破片、交易物資(トウモロコシ製品など)の痕跡、さらには標高の違う地域から運ばれた材料が使われていることも指摘されています。


    ラ・オトラ・バンダの神殿遺構からは、粘土と泥で作られた壁、劇場的な石積み構造、装飾的な陶器断片などが見つかっており、その色彩や様式は後の文化に影響を与えた可能性があります。儀式空間・公共集会の機能を持っていたと考えられる証拠が強いです。




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    📜 文化的帰属と年代 — Tiwanaku とは何か、ラ・オトラ・バンダとは何者か

    Palaspata はカーボン年代測定で西暦 630〜950年頃 の活動期とされ、ティワナク文明の最盛期および下降期にあたる時期に対応しています。ティワナク文明自体は紀元500〜1000年頃に南アンデスで台頭した文明で、都市・宗教・農業の複合体を持ち、その後インカ帝国にある程度影響を与えたと考えられています。


    一方、ラ・オトラ・バンダは紀元前2000〜3000年という非常に古い時代で、インカより遥か昔。建築様式や儀礼の痕跡は、その後のアンデス文化に連続性をもたらす“原型”という見方もされつつあります。






    🧠 なぜこの発見が歴史観を変えるか — 意義を多面的に考える

    ・失われた“神殿ネットワーク”の拡張

    これまでティワナク神殿の主要な遺跡は湖畔周辺に集中していると考えられていましたが、Palaspata の発見はその影響圏が想像以上に拡がっていたことを示します。交易・儀礼・信仰が遠隔地まで波及していた可能性。

    ・儀礼空間/宗教と政治の融合が早期から始まっていた証拠

    割礼・祝杯・天体と季節暦などを意識した空間設計は、この社会において宗教と統治が密接に絡んでいたことを示す。庶民・貴族・祭司のような階層構造の存在が推測される。

    ・物資流通と環境適応の複雑性

    例として、祭祀用飲食物(maize/chicha飲料)や、異なる植生帯からの材料輸送などの証拠は、環境・生態リスクを乗り越えて社会を維持していた組織力を物語る。

    ・“文明の発生”と“信仰の空間”の履歴をたどる鍵

    ラ・オトラ・バンダのような遺構は、信仰や宗教空間というものがいつごろどのように生まれ広まったかを考える上で欠かせない。さらに、このような発見は、アンデス以外の古代文明(メソポタミア、エジプト等)と比較することで、人類史の共通性・相違点を浮き彫りにする。






    🧮 研究が抱える課題とこれからの視点

    1. サイズの正確な計測と地形との関係分析 — 天体・季節暦との整合性を精密に測るための測量技術、衛星画像の活用など。

    2. 副葬品・祭具の材質分析 — 色素・金属・植物性素材などから交易圏や技術水平を明らかにする。

    3. 社会階層性の検証 — 居住区・儀礼区・墓制における差異の定量的比較。

    4. 気候・環境変動との関係 — ティワナク文明の衰退が気候変化とどうリンクしていたか、発掘物の植物・動物遺存体から環境史を読み解く。

    5. 地元・先住民との協働、文化遺産の保護 — 発見の共有と観光化・保存のバランスを取ることが重要。






    おわりに

    南米もけっこう建造物とか遺物の残りがいいなって感じるんですけれど、この地域っていつも神殿と儀礼パーティーの話題ばかりニュースになりますよね。

    中米もまだ植民地考古学時代の雰囲気がなくならないのか、巨大建造物ばかり狙った発掘調査が続いてますけれども、南米もそんな感じなのかな~って気がしますね。



    聞いた話によると、アメリカでマヤ地域の小規模遺跡の発掘調査のために資金申請したら却下されて、その理由がインパクトが足りないかららしい。

    大きい遺跡の大きい建造物を掘れば、そりゃあ『イイモノ』出ると思うけれど、そんなんじゃデータ偏ったままじゃん!って思うんですけどねぇ。



    まぁその分、私が小さいところ掘るので、その内私の報告書が爆売れするでしょう!ヾ(´ω`=´ω`)ノ

    時間はかかるが、目先の欲より未来を見た方が勝つのです、きっと!( ・Д・)




    何はともあれ、

    やぱ美味しいご飯いいな!( ・Д・)



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    2025ねん 9がつ 14にち(げつよーび、晴れ)

    豆腐常温で置いちゃって溶けた、においとか大丈夫だったからワサビ殺菌力を信じて食べたけど明日死ぬかも( ・Д・)

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    今回の考古学・歴史ニュースは🥂 華やかなる食卓 — モチェの小宮殿で見つかった『1400年前のごちそうの跡』!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    今回の舞台は、ペルー北部、ラ・リベルタ州のモチェ(Moche)遺跡、Licapa II(リカパ II)です。

    ここで発掘された「1,400年前の小宮殿(エリート居室)」と、その空間から出てきた“普通じゃない食べものの残り”の話!




    🏛️ 発見の一行メモ — 何が見つかったのか?

    Licapa II で発掘されたのは、AD 600–700(約1,400年前)に遡ると見られる「小さな宮殿」的建物。この建物は複数室からなり、住居区と工房区が区画で分かれていて、彩色が残る壁面や高級陶器、輸入品、織物片、そして食物残滓(ルクマ等の果実や動物骨)が大量に出土しています。幾つかの動物骨は遠隔地(アマゾンのカプチンモンキー、アンデスのラクダ類、沿岸の鳥類)に由来すると見られ、地域を跨いだ「贈答・交易」の痕跡が示唆されています。






    🍽️ 「ごちそうの跡」が示すもの — 贅沢は何を意味したのか?

    出土した食物痕跡は「地元の魚とトウモロコシ」だけにとどまりません。ルクマ(lucuma)などの果実や、アマゾン産のカプチンモンキーの骨、アンデスラクダ科の骨、そして沿岸の鳥の残骸が混在している点が衝撃的です。これは単なる食物の多様性ではなく、“遠方からやってきた贈答品”や「政治的・宗教的な供物」としての意味合いを強く持つと考えられます。つまり、ここに住んだ人々は食材の選択権だけでなく、広域ネットワークを動かす経済力と儀礼的権威を持っていた――そう読むのが自然でしょう。




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    ↑セビチェって書かれてるけど、私的にはカルパッチョに余計なものが加わっているように見える( ・Д・)・・・あ、写真が全然なかったのでペルー料理をば!( -д-)ノ(「味の素 食の文化センター」の記事内画像より転載)



    🔀 「小宮殿」ってどんな建物? — 空間の分節が語る支配のかたち

    発掘チーム(Chicama Archaeological Program)は、この建物を「小宮殿(small palace)」と呼んでいます。理由は明快で、住居系の空間と工房/職人系の空間が明確に分かれていたこと、外装に黄色などの彩色が施されていたこと、そして高級陶器や輸入品が日常的に使われていた痕跡があること。言い換えれば、ここは単なる富裕家庭の家ではなく、経済と政治をコントロールする“ローカルエリート”の拠点だった可能性が高い。発掘責任者は「この建物は地域の経済と政治を支配していた者の居住だった可能性がある」と語っています。






    🌎 なぜ「遠方のもの」がここに? — 交易・贈与・支配のネットワーク

    アマゾンのサルやアンデスのラクダ類が“食卓にのぼる”という現象は、単純な食料調達では説明し切れません。むしろ、遠隔地からの贈答、トリビュート(貢物)、あるいは特別な儀式用の供物として持ち込まれた可能性が高い。Moche時代の墓葬や壁画資料でも、特権階層が遠方の珍品を使って儀礼を行う描写が知られており、ここでも同様の“象徴的消費”が実践されていたと考えるのが筋です。こうした物質は政治的資本として機能し、同盟関係や支配関係を維持・表象するために使われただろう、というのが現在の考え方です。






    🔬 科学が教えてくれること — どのように判定したのか?

    発掘チームは以下の方法で「豪華食材」の由来や意味を検証しています:

    • 動物骨・歯の形態学的同定(カプチン類、ラクダ科、鳥類の種同定)。

    • 植物遺存体(果実)や種子の顕微鏡同定(ルクマの種子断片等)。

    • 放射性炭素年代測定(建物層位と被覆アドベの年代で AD 600–700 の確度)。
      これらが合わさることで、単なる「多様食材」ではなく「意図的な贈与・儀礼利用」という解釈に収束していきます。





    🧾 なぜ“意図的に埋められた”のか — 覆土の意味と保存状態

    発掘チームは、この宅地が放棄された際にわざわざアドベ(圧縮日干しレンガ)で1メートル以上被覆され、結果として内部が良好に保存された点を注目しています。こうした「わざと覆う」行為は、最良の保存のためというより「重要な空間を記憶する・保護する」儀礼的行為だった可能性があり、地域社会がこの建物に特別な敬意を払ったことを示しています。被覆が結果的に“豪華な副産物”を私たちに残した、という見方もできます。




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    🧭 あるけまや的まとめ

    豪華な食材が並んだ小宮殿のテーブルを思い浮かべてみてください。そこには単なる「うまい飯」ではなく、ネットワークと権力が折り重なった物語があります。アマゾンの猿、アンデスの家畜、海の鳥――異なる生態系の生き物が一つの食卓に集まるとき、そこには交換と服従、婚姻と同盟、儀礼と見せ物が混ざり合っていた。考古学はその混合物の一片を掘り出したに過ぎませんが、その一片から見える世界は非常に生々しく、そして魅力的です。


    発掘はまだ続きます。新しい分析結果(安定同位体や古環境データ、DNA解析)が出れば、この「ごちそう」がどれほど“日常”だったのか、それとも“ショー”だったのかがより明瞭になるでしょう。




    ・・・ってことで、格差研究してて、、、

    やっぱ食べ物の格差が一番興味あるんだけど、なんでだろうw

    考古学的には一番分かりにくいのに、、、

    やっぱ日本人は食べ物大好きだよね!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ



    何はともあれ、

    やぱ美味しいご飯はいいな!( ・Д・)



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    2025ねん 7がつ 12にち(どよーび、晴れ)

    一昨日の雷雨でちょっと涼しくなったけど今日はもう暑い!( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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    今回の考古学・歴史ニュースは「なんかまた新しい都市遺跡が見つかったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    今回の舞台はペルー北部のぺニコです。

    発見自体は2007年ですが、基本的な調査を終えて一般公開に至ったようです。




    🌄 マチュピチュに次ぐ衝撃?3500年前の“ペニコ”が姿を現す

    「マチュピチュに次ぐ大発見」と話題を呼んだペルー北部バランカ州のペニコ遺跡。2025年7月3日、8年にわたる発掘調査の成果としてついに一般公開へ――標高約600mに位置し、約3,500年前(紀元前1800~1500年)に築かれたこの古代都市は、南太平洋岸、アンデス、アマゾン盆地をつなぐ交易拠点だったと考えられています。



    🏛 都会のかたち、円形広場と神殿/住宅群の共存

    ドローン撮影の映像では、丘陵斜面に広がる半円形/円形の中央広場を中心に、石と泥で築かれた建物群が輪を描くさまが映し出されています。調査で18の構造物が確認され、その中には拡声用貝殻ラッパ(プトゥトゥ)を模した儀式用ホールも含まれていたそうです




    🎨 出土品に息づく文化交流:塑像・ビーズ・貝殻ネックレス

    ピラミッド型の石造りではなくとも、ペニコは祭礼と暮らしが息づく“生活都市”。粘土製の人形や動物像、貝殻や骨、ビーズで作られたネックレスなどが出土。アマゾン系模様のアートも確認されており、当時の交易地域の広さと文化的なつながりが浮かび上がります。


    こうした一般公開系の記事は遺跡の全景や部分的なスナップ写真ばかりで遺物の写真がないのが考古学者としては残念ですね。まぁ恐らくは未だ分析中なのか、博物館展示を控えているのか、あるいは記者がわざわざ公開済みであっても博物館まで足を運ぶのが面倒なのか、の3択あたりでしょうか?( ・Д・)









    🌱 キャラル文明とのつながりと歴史的意義

    ペニコ遺跡は、約5000年前に栄えたキャラル文明から27km東に位置し、その衰退(気候変動の影響とされる)後、難民や移民たちが築いた“後継都市”の可能性が強いそうです 。ここでは鉄鉱石・ヘマタイトの取引も想定され、赤い顔料を使った宗教的な役割もあったともいわれています





    👐 いま門戸開かれる3500年前の都市

    遺跡はついに一般公開が始まり、ペルー文化省の主導でデジタル復元や案内ツアーを実施中。太陽祭(レイミ)と合わせた公開初日は文化イベントも行われ、地域振興も視野に入れた整備が進んでいます。




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    ↑なんかスターウォーズにこんな宇宙船出てきそう!( ・Д・)(「AFP BB news」の記事内画像より転載)




    おわりに

    うわあ…ドローン越しに見えるあの丸い広場と古代都市の佇まい、まるで太古の集いの場に時間旅行したみたいですね。粘土像にビーズにプトゥトゥ…あれだけ多様な文化が交わっていたんだって感動します。


    “マチュピチュの次”って呼ばれるからには、本当に、古代と現代を繋げるタイムカプセルのよう。気候変動で失われたキャラル文明の“あと”を紡ぎ、アマゾンから海までの“線”を指すこの都市は、まさに歴史のリンクポイント。人が人と出会って交換して、都市を築いて…そんな人間のドラマが感じられて、なんだか胸が熱くなっちゃいます。


    夏のペルーは、古代の息づかいと今をつなぐ旅になるかもしれませんね。気になるところや次に知りたいテーマがあれば、いつでも教えてください〜🌿



    何はともあれ、

    やぱ出るもん良くても砂漠はやだな!( ・Д・)



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    2021ねん 4がつ 22にち(もくよーび、晴れ)

    今月はけっこう頑張ってます(・∀・)つ

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    今回の考古学・歴史ニュースはオウムやインコのミイラが見つかったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    さて、今回の舞台は南米、チリ、アタカマ砂漠です。

    上に挙げた地図で見と取れるようにチリの北部のほとんどを広大な砂漠が占めています。

    これがアタカマ砂漠で、「世界で最も乾燥した砂漠」としても知られています。

    一方で星がとても綺麗に見えるため、観測拠点として多くの天文学者が訪れる地域でもあります。


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    上に挙げた写真の中に花が咲いているものがありましたが、このアタカマ砂漠にも他の砂漠と同様にオアシスがあります。

    どこの砂漠でもそうですが、オアシスに人が集まり交易の要所として機能します。

    今回の記事はそうしたチリの古代文明が利用したオアシス遺跡での発見のお話です(。・ω・)ノ゙




    さて、当然ですがアタカマ砂漠にはインコやオウムは生息していません。

    コンゴウインコなど色鮮やかな鳥たちは熱帯のジャングルに住んでるイメージです。

    今回のケースでは直線距離でおよそ500kmも離れたアマゾン地方に生息しているオウムやインコを、アンデス山脈を越えて遥々このアタカマ砂漠まで連れてきたことが分かりました。

    時期はCE1100-1450頃で、オウムやインコはオアシス遺跡の有力者の権力の象徴として機能しました。

    遠隔地由来の簡単に手に入らないオウムやインコはペットとして飼育された他、権威を示す頭飾りの材料としてその綺麗な羽が用いられました。

    この鳥のミイラの調査に当たったのはペンシルベニア州立大学の研究チームですが、オウムやインコが死後にミイラにされていることを明らかにしました。

    また口を大きく開けていたり、飛んでいるかのように翼を広げた状態のミイラが見つかっています。

    そのことから研究チームは、オウムが人の言葉を真似る能力に関係した儀礼の一部だった可能性があると解釈しています。



    ・・・このアタカマ砂漠のオアシス遺跡における文化(11~14世紀)がどのようなものだったのか知らないので何とも言えませんが、、、

    素人質問で大変恐縮ではございますが、、、


    そんな儀礼あるんですかね?( ・Д・)


    剥製の起源って古代エジプトとかで2000BCEとかだから古いですけど、そちらもミイラです。

    剥製標本の技術が高くなるのは日本だと明治期です。

    江戸時代でもミイラ状にする技術はありました。

    なのでアタカマ砂漠におけるこの時期のミイラ作りって、乾燥気候と夜の寒さを利用した所謂フリーズドライ(冷凍乾燥)法で剥製標本を作っているような感覚なのじゃないかなと思いますけどね。

    希少なオウムやインコだからこそ、死後も剥製として飾っておくことに価値があったので、まるで生きているかのように口を大きく開けた状態にしたり、翼を広げた状態にしたのではないでしょうか?


    ↓動物のミイラ関係の記事を挙げてみた(*・ω・)ノ




    ↑最後のだけ動物と関係ない!みんな好きかと思って・・・( ・Д・)





    おわりに

    上に挙げた写真はコンゴウインコの一種です。

    とても綺麗ですよね。

    確かにこれで羽飾り作ったら映えますねΣ(・ω・ノ)ノ

    古代マヤ文明でもコンゴウインコやケツァル鳥の羽が奢侈品あるいは威信財として重要視され、頭飾りなどの装飾品を製作する上で重宝されていました。

    元記事に「定期的に羽を毟り取っていた」と書かれていて、一瞬可哀想だなと思ってしまいましたが、、、

    この可哀想という感覚は倫理的に間違っていないかもしれませんが、声を大にして言うには難し過ぎる問題だと思います。

    現代社会でも有力者・お金持ちは高価な物や所謂贅沢品を消費し誇示することが一種のステータスとして機能しています。

    そう、モノは変わったかもしれないけど、本質的に私たち人類社会の在り方は遥か昔から全然変わっていないのです( -д-)ノ

    ブランド物の代表格はバッグとか財布とかでその多くは皮革製ですし、原材料を得るために動物を殺してるわけですからね。


    そう、我々は何も変わってないよ!( ・Д・)



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    2021ねん 2がつ 11にち(もくよーび、晴れ)

    さて、1日2本書かなきゃ遅れを取り戻せないね(´・ω・`)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    今回の考古学・歴史ニュースはもっぱらサメ獲って生きてた先住民文化がブラジルに存在したよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    さて、今回の舞台はブラジル、リオ・ド・メイオ遺跡です。

    この遺跡はブラジルの南海沖にあるサンタ・カタリーナ島にある遺跡です。

    リオ・ド・メイオ遺跡では大きな「貝塚」が見られます。

    日本でもよく見られるあの「貝塚」です。

    日本の貝塚からは、様々な種類の魚骨、ウニトゲ、フジツボ、カキなどの貝殻、イルカやオットセイの海獣類の骨がよく出ます。

    貝塚やその付近からは人骨も出ます。

    ちなみに日本近代考古学の父であるエドワード・モースが大森貝塚を調査した結果、「古代日本人は人喰い人種だった」と述べた有名なエピソードがあります。

    貝塚は多量の貝類などがあるのでアルカリ性の小山になっており、日本の酸性土壌ではなくなってしまうような人骨も残りやすいというのが理由のひとつです。

    また単純に「貝塚=ゴミ捨て場」ではなく、貝塚が儀礼の場であったというのが大きな理由になります。

    本当に「食人」があった場合、骨にその痕跡が残るものなのです( -д-)ノ

    ちなみに今回紹介するブラジルの海岸に見られる貝塚はサンバキと呼ばれており、大きなものでは7階建てのビルの高さがあるとか(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?

    このサイズからしてサンバキは明らかに儀礼的な目的で積まれた遺構のようですね。

    さて、そんな特徴・性格を有する貝塚ですが、リオ・ド・メイオ遺跡の貝塚では変わった物が出土するのです。




    それは「サメの歯」です(。・ω・)ノ゙

    上に挙げた写真は標本なので顎付きの状態です。

    話はややそれますが、古代のメガロドンは現代でもとても人気でパニック映画にもよく登場しますが、メガロドンの体長は歯の化石からおおよその推定をしたものであることもよく知られています。

    これはメガロドンやサメが「軟骨魚類」なのでほとんど歯しか残らないからなのです。

    なのでこのリオ・ド・メイオ遺跡の貝塚でも歯ばかり出てきます。

    本当にたくさん出てくるので、個体数を推定してみたところ、どうやらこのリオ・ド・メイオ遺跡に住んでいた人々はサメの肉を主に食べていて、それは全体の食事量の半分以上を占めていた可能性があると考えられています。

    分析では食べていた肉の54~75%がサメであったと推定しています。

    彼らが獲っていたサメの種類も豊富で、ハンマーヘッド、タイガー、ホオジロザメなど、体長10フィート以上、体重1000ポンド以上のサメを含む15種のサメ、そして小型のサメを47種を同定できました。


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    そしてリオ・ド・メイオ遺跡の人々は上に挙げた写真がのようサメの歯を加工して道具として使っていました。

    ちなみにこの写真は展開図状になっているので、左右は同一の資料であり、左が表面、右が裏面になっています。

    このサメの歯の下部には2つの穿孔痕があります。

    この穴に紐を通して木製のシャフトに縛り付けて固定した上で、切削工具として使用したと推定されています。

    こうしてサメを獲り、その歯を加工して利用するという風習は約8000年前から1500年代まで続いていました。




    おわりに ー武器としてのサメの歯ー

    実験考古学では黒曜石製の石槍や細石刃を用いた槍を作成して、海獣などの動物に対して実際に使用してみるというものがあります。

    今回の発見を受けて、実験考古学の一環としてサメの歯を実際に鏃として使用し、ブタに向けて弓をを射てみたそうです。

    するとサメの歯の矢はブタの厚い肉に十分に突き刺さり、鏃である歯が破損することはありませんでした。

    肋骨などの骨に当たった際にのみ破損しました。

    ちなみに黒曜石の石槍だと肉にしっかり刺さりますが当たった衝撃で先端が折れてしまいます。

    なので再使用するために再度加工が必要なのです。

    ちなみにギザギザなサメの歯は、魚の鱗取りにも有用だっただけではなく、のこぎりとして木材を切断するためにも有用でした。

    サメの歯、万能!( ・Д・)



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    「考古学者は女性にとって最良の夫である。

    妻が年を取れば取るほど妻に関心を持つようになるからだ。」

    by アガサ・クリスティ

    ……なんというプレッシャーだ!( ・Д・)


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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    ↑発見された遺跡周辺のチチカカ湖の様子と地元の方々(「The Guardian」の記事内画像より転載;credit: Teddy Seguin )


    今回の考古学・歴史ニュースは『南米のチチカカ湖の湖底から、1000年前の遠隔地産の黄金製品や宝石を伴う祭祀遺跡が見つかったよ!』ってことです(*・ω・)ノ

    今回の発見の地は南米のボリビアとペルーにまたがって存在するチチカカ湖です。

    今から1000年前、このチチカカ湖の一帯はティワナク文化の領域でした。

    ちなみにティワナク文化はヒストリー・チャンネルの「古代の宇宙人」シリーズでよく出てきます。

    中心地であるティワナク遺跡は、この動画でよく取り上げられる「太陽の門」や「半地下式方形広場」、精巧な石彫で有名な「プマ・プンク」で有名です。

    ティワナク文化はチチカカ湖流域においてBCE100~200年に始まり、その最盛期はCE800~1100年と推定されています。

    今回発見されたのは1000年前の遺物ですから、ティワナク文化の最盛期の頃のものですね


     
    (↑私が眠る時によくお世話になっている動画です。回し者ではございません( -д-)ノ)




    さて、今回はチチカカ湖の真ん中辺り、イスラ・デ・ソル(「太陽の島」)の北西方向にある岩礁から、儀式の供物として屠殺された動物の遺体や黄金製品を回収したことから、同地点が祭祀遺跡であると推測されています。

    古代アンデス文明においてこのような儀礼的遺物の水中からの発見は前例がないそうで、特別な遺跡であることが分かります。

    発見地点はチチカカ湖の「太陽の島」の北西端から約10kmの平面的位置における水面下5m以上の深さの場所です。

    発見の経緯として最初はアマチュアダイバーが岩礁の広がるこの地点でいくつかの古代の遺物を見つけました。

    その後、報告を受けた海洋考古学者はこの岩礁の一帯を探索し、ラピスラズリ製のピューマの置物やその他の動物を模した石製のミニチュア、土製品であるピューマの香炉、プーマとコンドルのシルエットのマークを有するL字型の造形物が見つかりました。

    これらの遺物は全て奢侈性の非常に高い品々であり、儀礼を執行したティワナク文化の人々は、古代アンデス帝国で入手できた中でも最も貴重なこれらの品々を儀礼行為として湖底に沈めたことになります。

    出土した黄金製品や磨かれた宝石の他に、およそ2,000km離れたエクアドルの海岸沖の暖かい海で獲れるとげのある貝殻が見つかりました。

    こういった長距離交易でのみ得られる希少品も彼らは儀礼に用いたわけです。


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    ↑海底から見つかった遺物群(「The Guardian」の記事内画像より転載;credit: Teddy Seguin )


    これらの貴重な品々と共に見つかったのは、焼けた魚とラマの骨の残骸です。

    焼けた魚の残骸は儀礼の際に食べられたものであると考えられています。

    遺跡に残る炭化物と骨片を基にした炭素年代測定の結果からは、CE8世紀~10世紀を通してこのような儀礼が行われていた可能性を示しています。

    一方でラマの骨は、儀礼に際して生贄に捧げられたものであると推定されています。


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    ↑出土した黄金製品(「The Guardian」の記事内画像より転載;credit: C.Delaere/ULB )


    この発見地点の傍に位置する「太陽の島」では10基以上のティワナク文化に関する遺構が発見されています。

    その内の1つは、今回の発見地点である北西海岸近くに位置するもので、当該地域で最強の肉食動物であるピューマを象徴した儀式用複合施設です。

    ティワナク文化の人々にとって儀式と宗教は古代国家おけるで非常に重要な関心ごとであったと考えられます。

    恐らくはティワナク文化の貴族層の人物が、遠隔地の希少品や黄金製品、宝石で美しく飾られた若いラマをこの岩礁で儀礼的に屠殺するといった、国家の繁栄を願い続けた古代の儀礼行為の痕跡が今回発見された遺跡なのでしょう。

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    条件にもよるようだけれども、水中でもこれほど動物骨や炭化物が保存されるとは……

    やはり保存状態のいい遺物がたくさん出るのは嬉しいことです。

    それにしても今回の発見は大発見です!

    今回の儀礼に関する多量の遺物だけでも、博物館の特別展を開けそうですね!(。・ω・)ノ゙

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