あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    古代エジプト

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    2025ねん 10がつ 12にち(にちよーび、くもり)

    新生活、慣れるまでが大変だぜ!( -д-)ノ

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    今回の考古学・歴史ニュースは「人類、昔からひつじと一緒!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに

    風にさらわれた砂埃のように、過去はいくつもの痕跡を残す。その中に小さな角の変形があったとしたら?


    紀元前3700年ごろ、エジプト・ヒエラコンポリス(Hierakonpolis)の墓地から、人工的に変形された羊の角 が発見され、考古学界はざわめいた。この発見は、「安全対策」や「共生の知恵」が人間と動物の関係において、思いのほか早く昇華されていた可能性を示している。

    この記事では、発見の詳細、技術と目的の仮説、そして「安全と共生」が古代から続くテーマであったという視点を、あるけまや風にじっくり読ませるように描いていきたい。






    🏺 発掘された角たち:ヒエラコンポリスでの角変形事例

    考古学者たちは、エジプト・上エジプトの古都ヒエラコンポリスにある墓地(墳墓 54など)から、少なくとも6頭のオス羊 の頭骨を回収した。


    そのうち複数は、自然に成長すれば横へ広がるはずのらせん状(コークスクリュー型)の角を、真っ直ぐ上に向けたり、または根元で完全に除去されたりしている形跡を示していた。これはこれまで羊では記録されたことのない、人工的な角変形の最古例とされている。


    角の根元部分には、骨に亀裂の痕や穴(穿孔)が確認され、結びつけた痕跡も観察されている。つまり、生来の角成長を曲げる、または位置を固定するような操作がなされていたと考えられている。これら羊は普通の「食用」用羊よりも年齢が高く、大きさも優れていた可能性が指摘されており、去勢(キャストレーション)された個体である可能性も高い。


    研究報告では、この一連の変形作業は「骨を折って角基部を操作し、縄で固定して治癒させる」ような技術であった可能性が高いとされている。なお、この技術は後世の牛などで見られる角変形技術と似ている点もあり、アフリカおよび中東地域の牧畜文化の連続性を示唆するものと見られている。




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    ↑立派な角だぜ!( ・Д・)(「Archaeology Magazine」の記事内画像より転載; credit: Bea De Cupere)

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    ↑この辺が変形痕らしい!( ・Д・)(「Independent」の記事内画像より転載;Wim Van Neer et al. 2024



    🛡️ なぜ角を変形させたのか?安全管理と象徴性

    羊の角を人工的に変形させる──その動機にはいくつもの仮説が立つ。以下、主なものを整理してみよう。

    🔒 互いの傷害防止と人–動物関係の安全性

    最も現実的な仮説は、羊同士、また人と羊との間で角がぶつかることによる怪我を防ぐという機能的な狙いである。角が横に広がっていると、激突や絡みが起きやすいため、それを縦方向・近接方向に変形させることで、損傷リスクを減らすという考えだ。実際、発掘報道でもこの点が指摘されており、変形は利便性・安全性をある程度伴った技術であった可能性が高いと報じられている。

    🎖 権威・ステータスの誇示

    羊を所有すること自体がステータスだった時代、このように手の込んだ変形操作を加えることで「特別な羊」「異彩を放つ羊」として目立たせる意図があった可能性も強い。特にこの発掘が“エリート墓”からなされたことは、所有者が象徴性を重視していたと考えられる要素である。角変形が一種の装飾・記号として機能した可能性だ。

    🌀 儀礼・宗教的な意味合い

    ある研究者らは、このような変形羊が、儀式や祭祀目的で飼育された可能性を指摘している。羊は古代エジプト文化で供犠・神聖動物としてしばしば扱われたため、角を操作することにより“神的”象徴性を付与する意図があったかもしれない。変形行為自体が神と人との媒介、または自然界を制御する人間の意志表現と見る向きもある。






    🔍 技術と保存の解読:変形の痕跡を読む

    この発見を「ただの奇妙な角」では終わらせず学術価値とするには、技術的・分析的な裏付けが鍵だ。以下は注目すべき点だ。

    • 骨構造の解析:角基部骨(角芯骨/角核部位)に見られる亀裂・穿孔・骨融解などの変形痕のパターンは、変形操作を行った時期や方法の手掛かりとなる。研究報告でもこれらが重要な証拠として挙げられている。

    • 結束痕跡:角近傍に対するくさびや溝、縄による縛り痕などの痕跡や構造的締結痕を探ること。報道では角の縛り跡として“ノッチ(刻み)”の存在が指摘されている。

    • 動物比較と系統比較:同時代または近接地域で見られた牛やヤギの角変形技術と比較し、変形技術が羊独自なのか、ある伝統の変形文化の一環なのかを検討する。

    • 年齢・去勢の関係:変形羊が去勢されていた可能性や年齢が高かった点は報告されており、それが変形耐性や成長特性に影響した可能性を探ることが重要。去勢動物は骨格成長がずっとゆるやかになりうるからだ。

    • 保存環境の影響:骨質の劣化や風化が変形痕を消磨してしまう可能性も高いため、保存条件や土壌成分なども併せて慎重に評価すべきだ。



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    ↑全然わからん!( ・Д・)(「Independent」の記事内画像より転載;Wim Van Neer et al. 2024


    🐏 古代から今へ続く“安全と共生”のライン

    この発見は、ただ古代の“奇習”を語るだけではない。むしろ、人類が動物と共生する過程で、「安全性」「制御」「象徴化」の技術を古くから育んできたことを示唆する。以下は未来への視点だ。

    • 現代の畜産では、角を切除(ホーンカット)、角を包帯で巻く、ホーンブレイキングなどの方法が行われることがある。今回の発見は、こうした行為が何千年もの歴史を持つ可能性を示す。

    • 角という「武器性」を抑制しつつ利用する発想は、動物福祉と共生の知恵の原点かもしれない。

    • また、羊は日常生活に根差した動物であったが、その存在に調整と象徴を重ねてきた人間の創造性と制御意志の一端を、この角変形は語っている。

    • さらなる調査で、他地域の同時代動物変形例(牛・ヤギ・山羊など)との比較を進め、牧畜文化史のネクサスを紐解く鍵になるだろう。

    角を変えるという小さな操作には、人–動物–権威–儀礼という多層的な物語が込められている。古代にも、私たちのように「よりよく共に生きる工夫」があったのだろう。







    おわりに

    変形箇所を図示されてもよくわからんですね。

    きっと野生の羊の頭蓋骨と並べても素人にはたぶんよく分からない( -д-)ノ



    まぁでもエリートが象徴として羊を所有してたってのは面白いなって思う。

    エジプトだからラクダかと思った。



    でもサムネ画像やトップ画像で挙げたような可愛い羊じゃないんだよね。

    今なら可愛い子羊飼ってSNSで投稿したらある種のステータス?になるかもだけれど、

    当時の羊は権力や富の象徴だから(今でもそうか( ・Д・))、角なまらでかいよね。

    羊もでっかくて勇ましい感じのやつだと思う。

    トロフィーになりそうなやつ!




    何はともあれ、

    やぱ子ひつじ可愛いな!( ・Д・)



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    2025ねん 10がつ 10にち(きんよーび、晴れ)

    丸一日心死んでてまたブログ借金負ったぜ!( -д-)ノ

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    今回の考古学・歴史ニュースはまたエジプトかよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに


    あるけまや風に言えば、これはただの考古学ニュースじゃない。


    砂埃に埋もれた古い石面に刻まれた時間の断片が、ある朝「ない」と告げられた――それだけでドラマだ。世の中には映画以上にドラマチックな現場がある。


    しかも舞台はエジプト、サッカラ。石でできた「カレンダー」が切り取られ、掠め取られたという話は、歴史ファンの心を鷲掴みにする。


    この記事では現地報道を読み込んで、事件の「何が」「どこで」「どうやって」「なぜ」を、あるけまや流の語り口でじっくり掘ります。読み終わる頃にはあなたも、風に舞う砂の匂いを想像しているはず。






    🏺 事件の全体像:何が起きたのか?

    サッカラのマスタバ(墳墓)に嵌め込まれていた『石製の壁画(小さなレリーフ)』が見つからなくなりました。政府関係者によれば、対象は古代エジプトの季節を示すカレンダー図像で、幅はおよそ16×24cmほど。現場を管理していた英国の発掘チームが「5月に確認したら消えていた」と報告し、検察による捜査が行われていると伝えられています。






    🗝️ 🕯 発見場所の背景:なぜこの墓が“特別”なのか?

    壁画が消えたのは、「Khentika(ケンティカ)」とされる古いマスタバ。このマスタバは1950年代に知られるようになり、近年は公開されず一部は保存・保管用途で使われていたといいます。


    重要なのは、このタイプの墓の一部が外敵に警告するような文言(いわゆる“呪い”)を持っていること


    専門家の報告によれば、この墳墓外壁には侵入者へ神罰を示唆する文句が刻まれている珍しい例だとされています。遺跡の「呪い」が本当に働いたのか、それとも人間の欲望が勝ったのか――物語はここから加速します。




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    ↑レリーフの例!( ・Д・)(「CBS NEWS」の記事内画像より転載)



    🖼️ 🔍 壁画の中身と物理的状況:何が奪われたのか?

    消えたのは単なる模様ではなく、農耕周期=アクヘト(氾濫)、ペレト(耕作)、シェム(収穫)を描いた“暦”の一部


    文化的にも非常に示唆に富む主題で、考古学的価値が高い作品です。報道のいくつかは、壁画が電動工具で切り取られた痕跡を示唆しているとも伝えており、これは計画的で専門的な犯行である可能性を示しています。もし工具で切り出されたなら、犯行は「素人の盗み」ではなく、古物の価値を知る者によるものかもしれません。




    🧭 🕵️ 誰が関わるのか?捜査と疑問点

    発見を受け、エジプト当局は検察への付託と関係者の聴取を進めています。報道では、遺跡が長年閉鎖されていたこと、内部保存の管理体制や流通ルートの脆弱さが改めて問題視されていると指摘されています。


    また、直近では別件でエジプト考古博物館の古代金製品が窃盗され、その後転売・破壊された事件も報じられており(文化財の流通経路の危うさを露呈)、今回の失踪も同じような“内側からの流出”やブラックマーケットの関与が疑われます。捜査当局は現場の目録化、周辺の聞き取り、流通先追跡を急いでいる模様です。






    ⚖️ 🧾 文化財保護の教訓:なぜここで私たちは怒るべきか

    古代の一片が消えるということは、単に“物”が失われるだけではありません。そこに込められた文脈、技術、循環の知恵、数千年の記憶の一部が引き裂かれるのです。


    しかもその代償は、しばしば市場で換算すると数千ドルに過ぎない、という皮肉。盗掘・違法流通により学術研究や未来の公共利用が阻害される。


    観光立国であるエジプトにとっても、国際的な信頼は損なわれる。今回の事件は、保存管理と監視、流通監視の重要性を生々しく突き付けています。






    🔮 🧩 想像と妄想

    ここはあるけまや風の余談タイム。もし本当に“呪い”が刻まれている墓なら、奪った者が次にどうなるかなんてことをメディアは好む。だが現実はもっと地に足がついている——盗掘者は呪いよりも生活費や金の魅力に動き、専門家は呪いよりも盗掘の技術と流通経路を追う。伝説は伝説として保存しつつ、手は冷静に動かす。歴史を守るのはロマンだけじゃない、仕事と制度なのです。



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    おわりに

    グアテマラも盗掘多いけどね。

    まぁどこもお金なけりゃやるよね。

    だって簡単だもの、比較的。



    問題はそうそう売れない、売るルートがないから闇市で買い叩かれてさしたお金にならないんだけれども、、、

    でもやるんだよね。

    そのわずかなお金が必要だからさ。



    捕まるまで時間かかるケースも多いからね、

    グアテマラなんて、とある考古学者が墓から副葬品として出た翡翠製品を盗んだと噂されるくらいだからね!( ・Д・)

    まぁどこの国も少しずつ発展して建設やらなんやらで発掘調査の数は増えていくのだから、今まさに貧困という社会問題と文化財保護の問題が全ての国にとって重要な問題となっていると思う。

    文化財保護に関して何もしなかった、したが出遅れた、その結果は後世においてしっかりと後ろ指を指されることになるだろうね。

    「あの国だけ、文化財・データが少ないのでなんで~?」ってなることでしょう!(*^・ェ・)ノ





    何はともあれ、

    やぱ古代の呪いいいな!?( ・Д・)



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    2025ねん 10がつ 8にち(すいよーび、晴れ)

    さて、そろそろブログ借金も返済完了! なにやろーかな!ヾ(´ω`=´ω`)ノ

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    今回の考古学・歴史ニュースはお墓大好き!副葬品あると尚良い!ってかないと泣く!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ




    ✨ 魅惑の導入 — 古代の囁きが聞こえる街、ルクソール

    「もしあなたがタイムマシンを持っていたら、どの時代に行きたい?」


    — そんな問いを投げかけられたら、私は迷わず紀元前1500年ごろのルクソールと答えるだろう。ナイルの霧が朝露のように立ちのぼり、石の神殿と王家の谷が朝焼けに染まる瞬間──その風景に、私はいまだ見ぬ記憶を探し求める。


    そんなルクソールで、この2025年、考古学者たちが“3500年もの間、闇に閉ざされてきた墓”を三基も発見したというニュースが世界を震わせた。まるで時空の扉が静かに開いたように。


    今回の記事では、それら三つの墓の発見が意味するもの、そこに眠る物語と意義、そしてルクソールという古都の持つ魅力を、あるけまや風にじっくりと紡いでみたい。






    🏺 発見の舞台 — ルクソール、ドラ・アブ・エル・ナガ墓域

    三基の墓が発見されたのは、ルクソールの西岸、ドラ・アブ・エル・ナガ(Dra’ Abu el-Naga) 墓域である。ここは古代テーベ(Thebes/テーベス)の貴族・高官たちが葬られた場所として知られ、発掘はルクソール西岸ナイル側のネクロポリス地域の一角にあたる。


    今回の発見発表によれば、これらの墓はおよそ 新王国時代(New Kingdom)、つまり紀元前16〜11世紀あたりのものと見られており、推定で「約 3,500年」前に造られたもの。


    また、これとは別に、「王家の墓」として注目を浴びたのが、トトメス2世(Thutmose II) の墓の発見である。これはルクソール近辺の西側谷間(Wadi C-4)で見つかった墓で、王の墓としてはなんと ツタンカーメン以降、約100年ぶりの主要な王家墓発見 として報じられている。


    このように、三基の高官墓と一基の王家墓という“併走”する発見は、ルクソールという古都が、今なお多くの秘められた記憶を抱えていることを証明している。




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    ↑よく残ってるもんだ!( ・Д・)(「AP News」の記事内画像より転載)



    🏛 墓その一つ一つの物語

    ここからは、報道・発掘調査の内容をもとに、三基の墓、それぞれにある特徴と発見のハイライトを見ていこう。

    📌 墓 A — アムン・エム・イペト(Amun-em-Ipet)の墓

    この墓は、アムン神殿の財務を司った役人と推定される「アムン・エム・イペト」という人物に向けられたものと考えられている。墓内には壁画、埋葬道、石棺、 funerary objects(副葬品)などが見つかっており、その中には儀式的なシーンを描いた壁画もあった。


    これらの装飾や設計様式が、エジプト当局によれば「墓主の社会的地位を反映したものである」とされており、当時の宗教施設と国家運営の関係性を読み解く手がかりになりそうだと報じられている。


    📌 墓 B — バキ(Baki)、穀物倉監督官の墓

    続く二つ目は バキ(Baki) という名の、穀物倉(grain silo)を監督していた高官の墓と推定。報道によれば、この墓は 二つの中庭 を持ち、多室構造をもち、墓道+埋葬井戸も備えている。


    また、未完の祭室部分、未装飾壁面も一部残っており、設計段階での変遷や資源制約、あるいは墓建立途中での調整などを物語る可能性もあるという。


    📌 墓 C — “ES”(神官/文官 “S”)の墓

    三つ目は、“S” とだけ記された文官/神官クラスの人物 の墓。この墓には、中庭と前室、複数の通路、埋葬室 が確認されており、構造的には他二基と同様のネクロポリス様式を踏襲しているようだ。


    この “S” の肩書については、後の調査で、アモン神殿の監督、書記、オアシスの北部の統治者(mayor)なども兼ねていた可能性が指摘されており、多職能な役人像が浮かび上がる。






    👑 王墓の衝撃 — トトメス2世の墓(Wadi C-4)

    これら三基の高官墓発見のニュースと並んで、世界中の考古学ファンを大きく驚かせたのが、トトメス2世の墓 の発見である。紀元前16世紀に即位したこの王は、後に女王ハトシェプストの夫でもあり、エジプト18王朝期の重要な位置にある。

    • この Wadi C-4(墓番号 C-4) は、ルクソール西側谷間(Wadi C、Wadi Gabbanat el-Qurud)に位置し、入口と主通路は 2022 年に発見されていたが、近年の発掘で王墓である証拠が確定した。

    • 墓内からは、トトメス2世の名前を刻んだアルム石製の器、装飾破片、青と黄色の塗装片、葬送文書(“Amduat”)の断片 などが見つかっており、これが発見を裏付ける重要な手がかりとなった。

    • ただし、肝心の遺体(ミイラ)はこの墓内には発見されておらず、かつて他所に移されていたとされる。洪水による被害、あるいは移葬の歴史的プロセスが関与している可能性が指摘されている。

    • 発見された装飾や構造様式の一部には、後期王墓の傾向を先取りした特徴も見られ、王権の葬送文化、墓制の変遷を読み取る上で稀有な発見と見られている。

    この発見は、 「王家墓発見の停滞を破る契機」 として、遺跡発掘・エジプト学界においても高い注目を浴びている。




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    ↑杖の先端?ペーパーナイフ座頭市だと面白い!( ・Д・)(「AP News」の記事内画像より転載)


    🔍 歴史的・考古学的インパクト

    三基の高官墓とトトメス2世の王墓、これらを合わせた発見の意味合いを、いくつか視点から整理してみよう。

    🌾 高官墓が語る「古代権力構造の断片」

    高位役人たちがどのような立場で、どのような宗教・行政的任務を担っていたかは、従来の文献や碑文断片だけでは十分には見えなかった。だが、これら墓の壁画、設計、遺物が示す情報は、国家運営と神官支配、地方行政と中央統制の境界をより具体的に浮かび上がらせる可能性を持つ。


    また、三者それぞれ持つ異なる構造特徴(中庭、未完成区画、複数通路など)は、墓主の設計意図、資源配分、時代的制約などを照らす鏡となるだろう。


    🏺 王墓発見がもたらす「王権史の再構築」

    トトメス2世の墓発見は、王権の葬送文化・王墓建設史を塗り替える可能性を秘める。特に、ミイラ不在というミステリー、装飾様式と書文の断片、洪水被害痕跡などが混在した状況から、古代エジプト人がどのように「死と再生」の思想を実践したかを、改めて問い直す機会を提供する。


    そして、長らく「新王国以降、主要王墓は発見されていなかった」とされてきた現状を変える発見として、王墓が眠る谷の範囲・構造候補地にも再び光が当たるだろう。


    🗺 ルクソール観光・文化遺産価値の再燃

    これら一連の発見は、エジプト観光戦略・文化遺産政策においても追い風となる。2025年には、グランド・エジプト博物館(Grand Egyptian Museum)の全面開館が予定されており、注目度の高い出展物ともなる


    外国人考古学ツアー、学術交流、保存研究支援などにも新たな資金と関心が注がれ、ルクソールは再び世界の歴史ファンにとってマグネット都市となるだろう。






    📚 これまでの類似発見との比較

    この種の “失われた墓の再発見” は、過去にもいくつかあったが、今回のように高官墓と王墓が同時期に明るみに出てくるのは珍しい。以下、比較材料として過去の事例をいくつか挙げておきたい。

    • 2017年、ルクソール東岸で 2基の古代墓 が発見され、壁画や彩色遺物が報じられた。

    • エジプトでは、2025年にエジプト政府が発表した他の発見例として、王妃ハトシェプストの原因寺院近くの岩窟墓デイル・アル=バハリ地域における副葬品を含む墓 の公開もあった。

    • 2021年には、ルクソール近郊で「失われた黄金都市(Aten)」の遺跡が発見され、日常生活史を垣間見せる新発見として注目された。

    こうした発見の潮流の中で、今回の3基+王墓という“複層構造”の発見は、過去の発見を遥かに超えるスケールと意味を持つ可能性が高い。






    🔮 今後の展望 — 古代の声を掘り起こす鍵

    最後に、今回の発見をきっかけとして、今後注目すべきポイントを挙げて締めくくろう。

    • 各墓に割り当てられた 墓主の正確な身分・役割の特定(碑文・名簿・関連文書との照合)

    • 墓の 保存・修復プロジェクトの設計:風化・劣化対策、気候管理、展示可能性など

    • トトメス2世墓と三高官墓を結びつける 時代的・社会的繋がりの解明

    • ルクソール全体の 未発掘墓候補地の再評価・リモートセンシング調査

    • 発見物件を展示する 国際共同博物館プロジェクトデジタル復元モデルの公開

    これらの取り組みを通して、ルクソールという古都は、過去の光と闇を繋ぎ続ける生きた時の舞台として、再び世界の歴史愛好家を魅了してやまないだろう。







    おわりに

    ちょうどエジプトで不祥事があったよって記事の直後の記事となりますが、、、

    まぁ掘れば掘るほど「イイモノ」が出て、話題になって観光客が来てって感じで、エジプトという国としては良さそうですよね。

    そしてエジプト考古学者にとっても良さそう……




    ここから私の予言(笑)

    エジプトは世界のどこよりも早くほとんどの重要な考古学資料を掘り起こしちゃって、世界に向けてこのままじゃいかん!って急に手のひら返しで文化遺産保護活動という名の発掘反対運動を始める&既知のデータだけを用いる理論考古学・数理考古学をごりごり推進し始める!

    ……そんな気がする( ・Д・)





    何はともあれ、

    やぱ副葬品付きの墓いいな!( ・Д・)



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    2025ねん 9がつ 30にち(かよーび、晴れ)

    助成金の動画審査用の動画作成が時間かかり過ぎて死ぬ!( -д-)ノ

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    今回の考古学・歴史ニュースはみんな海潜ってて楽しそう!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    🌊発見のきっかけ:沈む港、沈む寺院、海底の構造

    最近、エジプトのアレクサンドリア近郊、タポシリス・マグナ(Taposiris Magna) の寺院遺跡周辺で、沈んだ港(海底港)や、海に飲み込まれた構造物が見つかったという発表があった。これが「クレオパトラの墓が海底にあるのではないか?」という期待を再燃させてる。

    この港跡からは、柱列、磨かれた床、アンフォラ(壺型貯蔵器)、錨の破片など、海中遺構としては明らかな人工構造と器物痕跡が多数確認されているとのこと。

    これまでクレオパトラの墓の有力候補として、タポシリス・マグナ寺院が挙がっていたこと、その寺院はオシリス信仰と関係が深いとされていたことも、この海底構造発見をより物語性のあるものにしてる。


    また、既に寺院地下には長大なトンネル(全長約 1,305 m)が見つかっていて、このトンネルが海側構造や海との接点とつながっている可能性が指摘されてる。





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    ↑海潜って色々見つけてるの図!( ・Д・)(「FOX NEWS」の記事内画像より転載)



    🏛️タポシリス・マグナとは?そしてクレオパトラとのリンク

    • 位置・性格:タポシリス・マグナはアレクサンドリア西方、海沿いにあった寺院複合で、プトレマイオス朝時代から使われていた。

    • 信仰儀礼との結びつき:この寺院はオシリス/イシス信仰と結びつく場所と考えられており、女神崇拝と冥界信仰の象徴性が強い。クレオパトラ自身がイシスと自己同一化する政治宗教的演出をとったことから、彼女の墓をこのような神聖空間に置きたがった可能性を支持する側がいる。

    • 過去の発掘成果:これまで、寺院周辺ではコイン、碑文、像片、イスィス像片など、プトレマイオス時代~ローマ期の遺物が見つかっていて、クレオパトラ期の関連性を指摘する論者もいた。

    だから「寺院+沈んだ港+トンネル構造」がそろえば、彼女の墓が寺院地下 or 海側接点部にあっても不思議ではない、というロマン的仮説が今動いてるわけ。






    🧱トンネルと地下構造:秘密の通路とその謎

    このトンネルは、2022年あたりに発見が発表されたもので、長さ約 1,305 m(およそ 1.3km)、地下約 13 m の深さに位置する構造という点が驚きを呼んだ。

    報道ではこのトンネルが「ジオメトリックな奇跡(geometric miracle)」と呼ばれており、その規模・正確な構造が、普通の排水路や灌漑施設を超えた目的性を持った可能性を示す、という声もある。

    さらに、このトンネルの一部はすでに水没しており、海中との接続部分があるのではないか、つまりトンネル→港→海というルートがクレオパトラ(あるいはその埋葬室)を寺院外海側へつなぐ可能性を示す仮説も話題になってる。

    ただし、このトンネルが本当に墓へ通じるものか、あるいは単なる排水通路なのか、あるいは後世拡張されたものか、という反論・疑問も当然ある。




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    ↑問題はこんな風に寺院には海方向へ向かう長大な地下トンネルがある!( ・Д・)(「Smithonian Magazine」の記事内画像より転載)



    🗿海底遺構群:港、柱列、床、アンフォラたち

    海に沈んだ港構造の証拠として、報道が伝えている遺物・構造のポイントを列挙しておく:

    • 柱の列、石材ブロック、磨かれた床面構造(人工舗装された床)など。

    • アンフォラ(壺型貯蔵器)や船舶関連器材破片。

    • 錨(アンカー)断片、係船用構造物の残骸。

    • 人骨・遺骸断片、土器破片を含む人工層。報道では「水没区画から人工構造・人骨・陶器が大量に出た」とする記述もある。

    これらの遺構・遺物の分布と層序を詳細に分析することが、墓との関係を論じる鍵になるだろう。






    🤔可能性と批判視点:どこまで信じていい?

    こういう発見はロマンをかき立てるけど、慎重視点も不可欠だから、異論・懸念点も整理しておくよ。

    1. 港遺構=墓関係構造ではない可能性
       港構造は交易・物流施設として普通に存在した可能性がある。墓・埋葬施設とは別機能と解釈する筋も強い。

    2. トンネルの用途不明性
       トンネルが墓へつながるとする説は魅力的だけど、実際には灌漑・水路・換気路など他用途の可能性も否定できない。

    3. 層位ずれ・後世攪乱
       海岸線変動、地盤沈下、津波・侵食などで構造や遺物が移動・破壊された可能性が高い。海底遺構は保存状態が環境に強く左右される。

    4. 墓遺構との証拠の分断
       いくら港構造やトンネルがあっても、そこに明確に墓室・棺・副葬品が見つからなければ「墓」と確定できない。

    5. 過去の報道誇張・仮説飛躍
       マスコミ報道では「クレオパトラの墓かもしれない」とセンセーショナルに出るけど、学界では慎重な解釈・対案検討が基本。報道と研究の距離を見ないと誤解を生む。


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    ↑右下の寺院の地下トンネルがカラフル部分の海側に続いてる図!( ・Д・)(「FOX NEWS」の記事内画像より転載)


    ✨物語を膨らませる妄想モード:海底に眠る王妃

    想像してみて。クレオパトラとマルク・アントニウス、彼らを守る儀礼者たち、そして水没の悲劇。潮の流れに飲まれながらも、棺と副葬品は寺院地下とトンネルを通じて海側へとつながる秘密の回廊を目指したかもしれない。


    歴史の荒波を超えて、今、水中探査隊たちの光が沈黙の廟所を照らす。


    港の石材、磨かれた床、アンフォラの破片、柱の断片――それらがかつての繁栄と沈没のドラマを物語る断片。それらを糸口に、クレオパトラ最後の眠りの地を紐解こうという夢は、単なるロマンではなく、歴史と考古学の挑戦だ。



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    ↑クレオパトラっぽい?アラバスター製の小像頭部!( ・Д・)(「Smithonian Magazine」の記事内画像より転載)



    おわりに

    マヤ研究でも洞窟探検したり、セノーテとか地下河川をダイビングしたりする研究者がいるけど楽しいのかな?

    水中考古学全般に言えることだけど、ダイビング楽しいのかな?

    仕事で発掘してると、たま~にいいモノ出てテンション上がるくらいで、、、

    墓見つけた時とかさ!( ・Д・)



    でも基本は「スン」ってなってるから、、、

    やぱ仕事になると毎日潜るのもつらいんだろうか。

    外国人はハッピーそう!(偏見( -д-)ノ)



    発見至上主義的なトレジャーハンター考古学は嫌いだが、これはなんだかハリウッド映画になるようなレベルだから許せる気がするw




    何はともあれ、

    やぱダイビングいいな!( ・Д・)



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    2025ねん 9がつ 19にち(きんよーび、くもり)

    昨日散財した上にずぶ濡れになた( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースはカノプスのもう一つの声 — 150年ぶりの“完全な”カノプス勅令石碑がナイルデルタで顔を出す!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ




    📰 はじめに


    「また見つかったよ、あの石文(せきぶん)が――」と発掘チームが息を呑んだのは、砂埃舞うテル(遺跡丘)で見つかった一枚の厚い砂岩板。


    刻まれていたのは、紀元前238年にプトレマイオス朝の祭司会が可決した有名な勅令――カノプス勅令(Decree of Canopus)の“完全版”に匹敵する、これまでに見つかったものの中で最も整った一例だった。


    150年以上ぶりに“完全な”写しが発見されたとして、考古学界とメディアは沸き立っています。






    🔎 発見の現場:どこで、誰が、何を見つけたのか?

    今回の石碑はエジプト北東部、シャルキーヤ県(Sharqia governorate)にある遺跡 テル・エル=ファライン(Tell el-Pharaeen)で、エジプト考古当局と現地調査チームが行った発掘の成果として公表されました。


    石板の寸法はおよそ高さ約127.5cm、幅約83cm、厚さ約48cmと報告されており、保存状態は非常によいとのこと。






    🪙 何が「新しい」のか:150年ぶりの「完全な」写しの意味

    カノプス勅令はプトレマイオス3世(Ptolemy III Euergetes)年の祭儀・暦改正その他を扱う重要文書で、かつては複数の遺跡に写しが配られたことが知られていました。


    19世紀以降、断片や写しが散見されてきたが、ここ150年で“完全な写し”と評価される保存の良い一枚が見つかるのは極めて稀――今回の発見はその希少性ゆえに大きな注目を集めています。


    しかも報告によれば、この写しは“ヒエログリフのみ”で彫られており、これまで知られていた三言語(ヒエログリフ/デモティック/ギリシア語)形式とは異なる単一書体の写しである点が興味深い。





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    ↑すごい!よく壊れなかったね!( ・Д・)(「LBV」の記事内画像より転載; Credit: Ministry of Tourism and Antiquities of Egypt




    🧭 歴史的インパクト:暦改正と王権礼拝の素材としての価値

    カノプス勅令は単なる誇示文書ではありません。そこには太陽暦への補正(閏日導入の言及)や王室の神格化、祭儀の整備など、プトレマイオス王朝の政治・宗教政策が端的に示されており、当時の国家が「言葉を石に刻んで全国の神殿に掲示した」政治手法を物的に伝える重要な史料です。


    新たに見つかった写しは、勅令の伝播過程、地域ごとの表現差、そして公式儀礼の地域適応を検討するための貴重な一次資料となります。






    🧪 素材・書体・モチーフ:石碑の“顔”を読む

    上部には翼を広げた太陽円盤と左右のウラエウス(王権を示す蛇)をあしらう典型的な王権モチーフが彫られており、本文は整然と並ぶヒエログリフの列が読み取れます。


    研究者はまず保存処理を行ったうえで、石材の組成分析、彫刻手法、書記群の表現差を詳しく調べ、既知のカノプス写本と逐語比較する予定だと発表しています。


    これにより写しの“ローカル版”としての性質や、どの祭祀共同体がこの石を依頼・設置したかを推定できる可能性があります。






    🌍 世界の反応:学界とメディアはどう騒いだか

    国際的な考古ニュースメディアや学術系ウェブは、今回の発見を「ロゼッタ石に次ぐ言語史上の重要素材かもしれない」、「プトレマイオス朝研究に新たな地平を開く」と報じています。


    同時に批判的・慎重な声もあり、「写しの正確な年代測定、本文の完全な解読、現地出土層の文脈確認なしに結論を急ぐべきではない」といった点が指摘されています。


    つまり注目度は高いが、結論はまだ“検証の段階”です。






    🔍 研究で狙える“おいしい”問い

    • この写しはどの程度オリジナル文と一致するのか(文言差があれば政治的意図やローカライズの痕跡が見える)。

    • ヒエログリフのみで刻まれている理由は何か(地域的な読み手層への配慮か、ギリシア語文が失われた完全版か)。

    • 石材の産地・運搬経路や、設置場所の宗教的役割(なぜそのテルに掲げられたか)。

    これらはすべて、「発見はニュースだが学問はじっくり」という古典的だが重要な手順を踏むことでしか解けません。








    おわりに

    私は発見至上主義的な考古学者大嫌いな人ですけども、

    こういうのはいいね!

    私が嫌いなのは発見しただけで終わる研究者モドキだから!(゚Д゚≡゚Д゚)ゴルッホー!!!

    今後の研究の進展に期待です。



    ん~私もティカルで石碑見つけたいな~。

    できれば研究に役立つ内容のがいいけれど我儘は言ってられないね( ・Д・)



    ・・・てか、こうしてみると石碑に刻まれたヒエログリフかっこいいよね。

    まぁマヤ文字も負けてないけどね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!





    何はともあれ、

    やぱ石碑はカッコいいな!( ・Д・)



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    2025ねん 9がつ 17にち(すいよーび、晴れ)

    なんか昨晩からびみょ~に左こめかみのあたりが痛い!( -д-)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースは🏺🔥 🪨王家の炉か、古代の工場か— シナイ半島ワディ・アル・ナスブ遺跡で見つかった銅精錬複合遺構!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ




    📰 冒頭


    砂漠の陽光が照らす谷間で、石と土の匂いの中に古代の“火”が眠っていた――。エジプト南シナイ、Wadi al-Nasb(ワディ・アル=ナスブ)で発表された最新の発掘は、単なる小規模な採掘跡ではなく、銅を大規模に処理した「精錬工房(industrial complex)」の痕跡を明らかにした。


    炉(ろ)、熔解用の道具、銑塊(所謂インゴットのこと)、管理施設と思しき砂岩建築群――これらは、古代エジプトが“金属を作る国家”としての顔をどのように現地で組織していたかを示す生々しい証拠だ。






    🔎 発見の概要:何が出たのか

    発掘隊はWadi al-Nasbで次のような主要遺物・構造を確認しています:

    • 複数の精錬炉(smelting furnaces)や工房の跡

    • 銅の銑塊や熔解で出るスラグ、吹管(tuyères)用の焼成粘土ブロックなど、製錬に直接関わる道具類。

    • 監視や管理を想定させる砂岩の建物群(観測所・管理棟)

    これらは単一時期の一過性の作業場ではなく、長期的・組織的な製錬活動を示す特徴を持つ、と現地発表は述べています。




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    ↑銅のスラグとか( ・Д・)(「Ministry of Tourism and Antiquities 」の画像より転載)



    🧭 なぜ重要なのか — 歴史的・経済的インパクト

    シナイ半島は古代からトルコ石(ターコイズ)や銅資源で知られ、エジプト国家はここを供給源として長年にわたり管理してきました。


    今回の発見は、鉱石採掘だけでなくその場で金属生産(熔解・精製)を行っていたことを示し、原料採掘→現地精錬→ナイル平原への輸送、という“供給チェーン”の一端を具体化する重要な証拠となり得ます。こうしたインフラは、工具・武器・装飾品の生産を支え、国家統治・軍事・技術流通に直結します。






    🧪 出土物の“顔ぶれ”:炉・銑・吹管・粘土製品

    報告によれば、炉の跡や銑(1kg超の塊も含む)、吹管用の嘴(tuyère)をつくるための成形粘土ブロック、炉床に付着するスラグなどが確認されました。これらは精錬の工程(還元→熔解→鋳造)を段階的に示す典型的な痕跡であり、現場が“炉で銅を作る”実作業地点であることを強く示唆します。




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    ↑色々なものが出てるね、木製品は部材かな。上のやつはゴリゴリしたやつだろうね( ・Д・)(「Ministry of Tourism and Antiquities 」の画像より転載)




    📜 年代と期間性:いつの活動か?

    発表では、層位と出土物の特徴から古代エジプトの古王国~中王国~新王国期にかけての長期的な採掘・製錬活動の痕跡が示唆されています。


    多くの研究者は、シナイにおける採掘・陶器・建築の変遷を通じて、紀元前3千年紀から第1千年紀にかけた持続的な活動を想定してきましたが、今回の複合遺構はその時間的な深みをよりはっきり示す材料になります。






    🏗️ 建築と“組織”の痕跡:観測所と管理棟

    興味深いのは、単なる炉群だけでなく観測所・管理施設と思われる砂岩建築が確認された点です。


    発掘チームは一部建物を「入り口の監視・遠望用」や「採掘隊を統括する拠点」として解釈しており、これは採掘・製錬が単なる民間活動ではなく、国家(王権)による管理下に置かれていた可能性を示唆します。こうした施設は採掘遠征の組織、労働者の宿営、物資の管理といった“運営”の痕跡です。




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    ↑これ復元じゃないっぽいよね。写真測量か3次元測量の図っぽいんだけど、こんな残り良いことある?( ・Д・)(「Ministry of Tourism and Antiquities 」の画像より転載)




    🌍 比較事例:他の類似遺跡との連続性

    中東域内には既に大規模な銅産業遺跡(イスラエルのTimna、ヨルダンのKhirbat en-Nahasなど)が知られており、これらは国家的あるいは王国的な鉱工業のモデルを示しています。


    そのため今回のワディ・アル・ナスブの発見は、同地域における“古代の鉱工業ネットワーク”を補強する一例であり、東地中海域の金属経済を再構築する手がかりになります。






    🛠️ 技術的な注目点:燃料と環境負荷の可能性

    古代の銅精錬は高温を得るため大量の木材・炭を消費します。ティムナ(Timna)の研究などは古代の製錬が植生や環境に与えた影響(燃料枯渇・土壌変化)を示唆してきました。


    ワディ・アル・ナスブでも大量の燃料痕跡(灰・炭)や焼成土器の集中が報告されており、地域的な資源管理や長期的な環境影響を考える上で重要なデータとなりそうです。






    🧾 当局の公式コメントと今後の展望

    エジプト観光・古代遺跡省は今回の発見を公表し、ワディ・アル・ナスブが銅とターコイズの古代採掘地としての重要性を再確認するものだと述べています。関係者は発掘を継続し、出土物の分析(鉱石の同位体分析、精錬工程の追跡、詳細な年代測定)を進めるとしています。これにより、作品に使われた銅がどこで採られどのように運ばれたか、より精密に復元できる見込みです。




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    ↑これもスキャ二バースとかで作ったものに見えるんだけれど、やぱ『復元ぽい』な。さっきの図もそうだけど出土した状態としてはおかしいもんね!( ・Д・)(「Ministry of Tourism and Antiquities 」の画像より転載)


    ✍️ あるけまや的まとめ

    想像してみてください――朝霧の立ち込めるワディで、老人が鉄の棒を振るい、若者が吹管に息を入れる。噴き上がる火花と、技術者の血となり肉となる金属の匂い。古代国家は単に兵器や器具を欲したのではなく、国家運営のための“供給線”を地の果てまで張り巡らせていた。その痕跡が今、砂と岩を割って姿を現した。読者の想像力を掻き立てる──それが、考古学ニュースの最大の魅力でしょう。





    さてさて、

    ・・・古代エジプトの勉強はまだ始めていないけれど、ほんとにこの時期・地域は考古学的証拠も文字資料も豊富だよね。

    古代マヤとは比較にならないほどに豊富。

    世界広しと言えど、たぶん世界ナンバーワンだね。



    で、結果として、古代エジプトってどれだけ分かってるんだろうね。

    予測ではむちゃくちゃ具体的に良く分かっていそう。

    でも考古学理論も歴史理論も成立していないよね。



    まぁ古代ローマもデータ膨大そう!(文献史データに偏ってそうだが)

    結局、考古学理論も歴史理論も成立していないよね。

    ・・・やぱデータ多過ぎると複雑過ぎて規則性を見出そうなんて気にならないのかもね




    ってことは、

    やぱティカルがNo.1!( ・Д・)



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    2025ねん 8がつ 28にち(もくよーび、晴れ)

    何連勤なんだ、、、が、あと3日で休み!(・∀・)つ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースは「4000年前の手形が残ってたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    🍞4000年前の“手形”が呼び覚ます、素焼きの記憶──古代エジプトの墓から見つかった陶工のタッチ

    「誰が、どうやって、なにを想って作ったの?」——展示準備の手のひらが、4000年前の手のひらと重なった瞬間がありました。英ケンブリッジ大学・フィッツウィリアム博物館の所蔵品「ソウルハウス(魂の家)」の底面から、くっきりと“手形”が見つかったのです。展示のために持ち上げたその裏に、指の節や手の付け根の圧がそのまま残っていた。見つけた学芸員の言葉どおり、「作られた瞬間」にワープするような発見でした。




    🧱「ソウルハウス」ってなに?

    ソウルハウスは、古代エジプト・中王国期(紀元前2055〜1650年)に流行した粘土の“家”の模型。墓の上や内部に置かれ、前庭にはパンやレタス、牛の頭などの供え物が盛られました。亡き人があの世へ向かうあいだ、ここで“食べ、憩う”ための簡易な家、あるいは供物台だったと解釈されています。今回の個体も二層構造で、柱と階段がちんまり再現されているのが愛おしい。





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    ↑底面に手形が……分かる?( ・Д・)(「LIVE SCIENCE」の記事内画像より転載)




    🏺見つかったのは“裏側”——手形の主は、工房のだれ?

    手形は、模型の粘土がまだ柔らかいとき、誰かが持ち上げて屋外へ乾かしに運んだ拍子に付いたらしい。サイズは比較的小さく、若い工人か見習いが動かした可能性も指摘されています。学芸員ヘレン・ストラドウィックは「完全な手形は見たことがない」と驚嘆。展示「Made in Ancient Egypt」に合わせた調査が“人の手”を露わにしました。





    🪵つくりかたの謎も、ほどけた

    X線等の観察で、木の棒で骨組み→粘土を塗り重ね→指でつまんで階段を成形→焼成で木が燃え抜け、空隙が残る——という手順が再現できました。指先で“ピンチ”してできた階段の面取り、たしかに人差し指の癖が見える。道具ではなく、指。つくり手のリズムが、そのまま造形に刻まれているのが面白い。







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    ↑手形部分を拡大するとこんな感じ( ・Д・)



    🗺️どこから来た“家”?

    このソウルハウスは上エジプトの名高い墓域・ディール・リファ(ルクソール北方)で出土した個体。同様の模型は大英博物館やメトロポリタン美術館などにも収蔵例があります。今回の発見は、コレクション・リサーチの地味で粘り強い仕事が、既知の資料から新しい人間味を掘り起こす好例に。






    🧩「名もなき手」をどう読む?

    王や神々の物語が先に語られがちな古代エジプトで、今回は“名もなき作り手”の手が主役。社会的なヒエラルキーの下位に置かれた陶工たちも、実は宗教的実践の最前線にいた——そんな視点を静かに差し出してくれます。裏面だからこそ残った“無意識のサイン”。私たち鑑賞者は、展示ケースの前で手をそっと重ねてみるだけで、4000年の距離が一瞬だけゼロになる。




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    ↑前庭に置かれた捧げもの、パン/レタス/牛頭だってさ( ・Д・)(「Universuty of Cambridge」の記事内画像より転載)




    🧭あるけまや式・ざっくりまとめ

    • 何が起きた? フィッツウィリアム博物館のソウルハウス底面から、完全な手形が見つかった。展示準備中の再点検で判明。

    • いつのもの? 中王国期(前2055–1650年)。供え物台/魂の簡易住居として墓に置かれた。

    • どう作った? 木枠+粘土+“指のピンチ”階段+焼成で木が燃え抜け。ものづくりの痕跡が明快。

    • どこから来た? ディール・リファ出土。似た作例は大英博物館やメトなどにも。

    • なぜ大事? 王名じゃなく作り手のタッチが史資料として立ち上がったから。技術史・労働史の補助線にも





    何はともあれ、

    やぱ模型っていいな、特に小さいやつ!( ・Д・)



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    2024ねん 9がつ 20にち(きんよーび、晴れ)

    急遽転勤することになりました、たぶん( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    今回の考古学・歴史ニュースは兵舎と兵士個人の遺物が出たよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    いや~相変わらず、エジプトはいいよな~って思う記事です( -д-)ノ


    さて、今回の舞台はエジプト北西部、アレクサンドリアです。

    アレクサンドリアから南方約90km地点に今回見つかった遺跡があります。




    arukemaya_z049



    上に挙げた画像は今回出土した青銅の剣です。

    黄金の剣に見えますが、青銅って銅と錫(スズ)の合金なのですが、その比率によって光沢というか色調が異なります。

    日本の古墳時代で有名な三角縁神獣鏡も風化して緑青(ロクショウ)が発達するので緑色ですけど、本来は多くのものが銀色っぽく綺麗ですし、先に述べた合金の割合によっては本来金ぴか風であったと思われるものもあるのです。

    なので上の金ぴか剣も、青銅の剣です。



    この剣には「ラムセス2世」の名が刻まれている点で凄い発見です。

    ラムセス2世と言えばあのアブシンベル神殿を建造したファラオとして有名です。

    新王国時代のファラオで、治世は1279-1213 BCEと2番目に長く王座に君臨し、非常に安定した王国を統治していました。



    まぁ普通はこのラムセス2世の銘がある金ぴか剣に着目するのですが、、、







    私の場合はこっちですね( -д-)ノ

    上に挙げた画像が今回見つかった古代エジプト軍の兵舎址です。



    壁の基礎部が残ってるので間取りが分かります。

    これが凄いことですヾ(´ω`=´ω`)ノ




    マヤ文明研究で私が数理的なモデルを作ることが比較的容易な理由も建造物サイズが分かり易いからです。

    だからこうした事例が他の文明であるととても嬉しく感じます。









    そしてそれぞれの部屋からは様々な遺物が出土するわけです。

    魚や陸棲動物の骨が入った陶器や調理に使われた竈(カマド)といった兵士の暮らしぶりが分かる遺物も出ています。

    倉庫も見つかっていますが、外部からの補給だけではもたないでしょうから、自給自足のためか狩猟道具も見つかっています。



    他に兵舎らしく戦争で使われた武器も見つかっています。

    更には個人のアクセサリー、象牙製の化粧品塗布器具、古代エジプトで使われていた半貴石のネックレス、半分欠けた青銅の指輪も出土しています。

    また上に挙げた画像のようなエジプトの神々を表す様々なスカラベも出ています。

    兵士にとってのお守りだったのかも知れませんね。




    こうした建造物の情報と出土遺物の組み合わせが分かる事例はとても重要です。

    地道な分析を通して、古代の人々、今回の事例だと古代エジプト軍の兵士たちのリアルな生活が分かってくるわけなのです(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!






    おわりに

    アブシンベル神殿ってやっぱり有名で、テレビとかで一度は見たことがあるんじゃないでしょうか?

    今回上に挙げた画像を見つけて驚いたんですけど、砂漠の中にあるのかと思ってましたが、、、、


    海(?)に面してるんですね!

    調べてみたら「ナセル湖」っていう湖だそうです。

    知らなかった・・・( ・Д・)



    この北にアスワンがあるので、色々と良くも悪くも有名なアスワン・ハイ・ダムがあるんですね。



    個人的にはファミコンの「虹のシルクロード」ってゲームが想い出深くて、その中に「アスワンの都」って出てくるんですよね。

    まぁ知らないでしょうが!( ・Д・)




    何はともあれ、

    やぱ死ぬまでに一度はエジプト行きたい!( ・Д・)



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    2021ねん 4がつ 12にち(かよーび、くもり)

    最近、考古学ネタに尽きないなぁと思う、記事書く時間は限られているが(*^・ェ・)ノ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    今回の考古学・歴史ニュースは「パン屋も土器屋もガラス屋も残っている3400年前の都市が見つかったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    さて、今回の舞台はエジプト、ルクソールです。

    ルクソールはエジプト南部に位置していて、古代エジプトの都であるテーベがあった場所です。

    なのでルクソールには観光スポットとしても名高い多くの遺跡が残っています。

    例えばツタンカーメンの墓で知られる王家の谷とか、カルナック神殿、ルクソール神殿などです(*・ω・)ノ

    そんなルクソールで、またもや大発見がありました。

    約3400年前の都市の跡が新たに見つかったのですΣ(・ω・ノ)ノ


    arukemaya1456


    上に挙げた写真が今回、新たに見つかった都市遺構です。

    砂によって綺麗に埋もれていたようで、保存状態が非常に良好です。

    住居等の建造物の壁面がしっかり残っていますし、右手に蛇行する壁が特に綺麗に残っていますね(*・ω・)ノ

    この写真ではあまり広く見えないかもしれませんが、発掘調査自体がまだまだ始まったばかりなので、試掘の段階で都市遺構の広がりがこれまでの古代エジプトの都市遺構の中で最大級であると予測されています。

    調査が済めば古代エジプトにおける「最大規模」の都市遺構としてまたニュースになりそうな予感です(*・ω・)ノ


    arukemaya1455


    先ほどの上方から撮った写真だと遺跡の広がりは分かるものの、壁の残り具合が判然としません。

    一方でこのアングルの写真だと、建造物の壁がしっかりと残っていることが確認できます。

    一部、3mにも及ぶ高い壁が残っているそうですΣ(・ω・ノ)ノ

    これだけしっかり残っていると、レンガの組み方も分かりますし、接着に使っている材料も特定できてしまいますね(*^・ェ・)ノ

    このレンガは泥煉瓦と記述されていて、恐らくは日干し煉瓦のようで、私たちのよく知っている焼成煉瓦ではないようです(ちなみに現代の焼成煉瓦は粘土に30%の砂を混和した後に高温焼成して作っています)。

    砂に埋もれている間はそのまま保存されますが、このように露出してしまうと、砂嵐でなくとも日常の風と砂埃で十分に風化してしまいます。

    なのでいかに保存するかが重要になります。

    また観光客のいたずら書き、といっても『壁面を削って書く行為』は残念ながら世界的によく見られます( ・Д・)

    そういった問題もカバーできるならば、近い将来、この都市遺構は新たな一大観光スポットとなるでしょう!(*^・ェ・)ノ


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    上に挙げた写真に見られるようなヒエログリフ(神聖文字;古代エジプトの象形文字)の解読結果によって時期が特定されています。

    今から約3400年前なので、古代エジプト新王国の最盛期頃、有名なアメンホテプ3世やツタンカーメンが統治していた頃の都市遺構なのです。

    この都市遺構からは、パン作りの工房や、ガラス製品の工房、陶器作りの工房が発見されています。

    それらの写真は残念ながらありませんが、恐らく上に挙げた写真のような良好な保存状態の遺物と遺構によって特定できたのでしょう。

    あるいはヒエログリフが決め手かも知れませんね。

    これについては続報を待ちたいところです( -д-)ノ




    おわりに ~日本の文化財活用の課題~

    やはりエジプトはモノが残っていいな~って思いますね。

    古代マヤ文明も何でもかんでも無くなってしまいがちですが、少なくとも石造建築文化なので、ピラミッドとか目を見張るモノが残っています。

    一方で日本は酸性土壌なので、やはり骨やらなにやら無くなりがちですし、木造建築文化なので現存しているものを除けば、考古学的発見として目立つものが少ないな~と感じてしまいます。

    しかしながら日本は河川が多いので、木製品などのレアな貴重な遺物もけっこうあるのです。

    古代人の脳みそとか、古代のクワガタとか色々と当サイトの記事でも紹介しましたよね(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

    なので、日本における文化財保護と活用は、エジプトのそれとは全く違う方向で考えていかねばなりません。

    ・・・かと言って具体案があるわけではないのですが、、、

    例えば、普段は厳重な補完体制にある日本の各所のレアな遺物を一堂に会した特別展なんてどうですか?ヾ(´ω`=´ω`)ノ

    日本の科学力のひとつとして、保存科学の到達点を広く知らしめる機会にもなりますし、話題性も強い!

    少なくとも私は観に行きたい!( ・Д・)



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    2020ねん 10がつ 27にち(かよーび、晴れ)

    「昨日」って打ったら「帰納」と出てきた、、、働き過ぎか( ・Д・)


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    arukemaya1093



    今回の考古学・歴史ニュースは「またエジプトか!?最古のチーズと最古の感染症が発見されたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    さて、舞台はエジプト、古代都市メンフィスです。

    ここで紀元前13世紀のお墓が見つかりました。

    被葬者はプタメス(Ptahmes)という名の高官です。


    彼の墓は最初1885年に見つかっていたのですが、その後、砂嵐によって砂に埋もれて行方が分からなくなってしまい、2010年に再発見されたのだそうですΣ(・ω・ノ)ノ

    砂に埋まるなんて映画「ハムナプトラ」みたいな話ですね( ・Д・)




    さて、彼は高官ですから墓には副葬品があったわけですが、その内の一つに上に挙げたような土器が見つかりました。

    中には何やら「白っぽい塊」が詰まっています。

    副葬品であること、そしてその配置から、考古学者らによって発見当初より「食べ物」の可能性があると指摘されていました。

    この謎の白い物体を理化学分析によって成分を判定したところ、チーズであることが分かったのです。

    しかもどうやら現代の「シェーブルチーズ」に似ているそうです(*・ω・)ノ



    シェーブルとはフランス語で「山羊(ヤギ)」を意味します。

    こうした山羊乳を用いたチーズ作りは、私たちにとってより一般的な牛乳を用いたチーズより古いものです。

    どうやら山羊乳特有の癖のある風味を有しているようです( ・Д・)



    古代のチーズは地位の高い裕福な人物が食していたようです。

    シェーブルチーズは水分を多く含んでいるために、日持ちせずすぐ腐ってしまうそうですが、これまでにも貴人の墓の副葬品として何例か確認されているそうです。

    今回のこの事例では約3200年前の事例なので最古級のチーズの事例となります。






    実は複数ある古代のチーズっぽい事例で、紀元前7000年、つまり今から9000年も前のものが確認されているそうです。

    紀元前7000年というと古代エジプトで定住が開始された頃でしょうか……

    ただしこの事例では土器内面の残滓から脂質残滓、脂肪残滓を抽出できたことに由来する発見であり、チーズなのかヨーグルトなのかよく分からないそうです。

    また実際にその二つの区別はかなり難しいようですね( -д-)ノ


    他にも紀元前3200年、今から5200年も遡る、古代のチーズではないかと疑われる物質が古代エジプトの瓶から発見された事例もあるそうです。

    こちらも本当にチーズかどうかは不明ですが(*^・ェ・)ノ



    さて、今回紹介している3200年前の古代チーズは、これまでに発見された中で最も古いものではない可能性もあるのですが、実は別の理由で際立っています。

    成分分析の中で、何百ものペプチド、つまりアミノ酸の鎖が発見されたのです。

    そのほとんどは人間の皮膚や唾液に由来する一種の汚染であしたが、少なくとも9つのペプチドは牛や卵の乳に関連していることが分かりました。

    その分析の結果、ブルセラ症の原因となる細菌の証拠を発見したのです。



    これは現在でも存在する発熱、頭痛、筋肉痛などの症状が再発したり、その症状が全く治まらなかったりする人獣共通感染症です。

    別名は「マルタ熱」で、1887年のクリミア戦争時にイギリス軍の軍医・デイビッド・ブルース (Sir David Bruce) に発見されました。


    このブルセラ属菌は敵国の兵士や住民に罹患させて能力を低下させる生物兵器としても研究・培養された歴史を有しており、アメリカは1942年、ソ連は1978年に兵器化を実現したのです。

    ちなみに日本では1970年代までにほぼ撲滅されました。


    unnamed
    ↑エジプトっぽい画像を貼ってみた、特に意味はない(・∀・)つ


    おわりに

    コロナウィルスの登場により、感染症と聞くと思わず反応してしまいますよね。

    コロナウィルスも中国が手を加えた生物兵器ではないか、なんて噂もチラホラと聞きましたが、どうなんでしょうね( -д-)ノ


    生物兵器の開発・使用は国際法で禁止されています。

    でもそれくらい非人道的であり、大量の死を招くものなのです。

    コロナウィルスやインフルエンザですら多数亡くなってますからねヽ(TдT)ノ


    核兵器より恐ろしいかもね!( ・Д・)


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