あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    史上初

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    2022ねん 6がつ 18にち(どよーび、晴れ)

    何度でも言おう、スマホ割れた。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン

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    今回の考古学・歴史ニュースは「こんなもん残る!?糸玉が見つかったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    さて、今回の舞台は徳島県、徳島市、南蔵本遺跡です。


    サムネ画として上に挙げた写真があまりにインパクトつよつよですよね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!



    時期は弥生時代前期!

    長軸6.2cm、短軸4.5cmの大きさです。

    見た目通り、保存状態は非常に良好です。

    糸を巻き巻きしてまとめている感じがそのまま残っています。




    これまでにも「まだ食べれるよ!シリーズ」とかやってきましたけど、これはまだ編み編みできるよ!って遺物です。

    実際には用途は分かっていません。

    現代的なイメージで、セーターを編むための糸玉ではなかったようです。

    というのも、この糸玉は漆で固められているので、装飾品として機能した可能性が指摘されています。
     


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    上に挙げたように、実際には小片もいくつか見つかっています。

    問題は出土地点なのですが、「畑」です。




    日本では「古代人の脳みそ」や「クワガタ」とかレアな発見も結構見られるわけですが、こうしたレアな発見を支えているのは「水分」です。

    水場付近は絶え間なく水分が供給されるので無酸素状態が維持されて分解が進まないことがあります。

    最近流行りの水中考古学で古い船舶が海底に残っているのはこのためです。




    弥生時代は水耕や水の儀礼も盛んなためにこうしたレアな発見が多々見られるのですが、今回は畑(通常比較的乾燥している)なので様相が少し異なります。



    1点目は湿度!

    この南蔵本遺跡の出土地点は湿度が高く、乾燥するタイミングがなかったのです。

    湿潤・乾燥の繰り返しでモノは分解されていくのです(*^・ェ・)ノ




    2点目に漆!

    縄文時代や古墳時代、それ以降も含めてですが、漆が塗られていると有機質の遺物も残り易いのですヾ(´ω`=´ω`)ノ



    このような条件が整って始めて残存した超レアな今回のケース、弥生時代の糸玉は史上初の発見となったわけです!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!



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    ↑縄文時代の糸玉①(「東北歴史博物館」のHP画像より転載)



    さて、史上初の発見と書きましたが、これはあくまで「弥生時代の糸玉として」です!

    より古い時期である縄文時代ではなんと、すでに12例も見つかっているのです。





    上に挙げたのは新潟県、青田遺跡の出土資料です。

    この遺跡はレアな発見が多い所謂「低湿地遺跡」で水場遺構も見つかっているのです。


    そんなタイムカプセルような素晴らしい埋没環境で、かつ漆でコーティングされているため、しっかりと残存しています。




    下の写真の出土情報は不明ですが、どうやら縄文時代の糸玉の出土事例は全て漆コーティングによるもののようです。

    つまり「水分+漆」の組み合わせが考古学における奇跡的な発見を生み出しているといっても良いでしょう、知らんけど( -д-)ノ



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    ↑縄文時代の糸玉②(「日本古来の「麻」手しごと暮らし日記」)







    おわりに

    色んな記事見てると、特に新聞会社の記事って考古学・歴史担当の記者がいるようですね。

    みんな思い思いに写真を撮るのですが、見栄えをよくするためか「斜めから撮影する」ことがほとんどです。

    私は記事を眺めながら、この写真はダメ、この写真はまぁヨシ、とか勝手に評価して遊んでるんですけど、今回最も良かった写真は上に挙げた徳島新聞の写真です。





    おめでとうございます(!?( ・Д・))




    ガッツリ斜めから撮ってる感じがアウトなのですが、唯一スケール入ってるところが評価点です(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?



    多分考古学やってない人ばかりなのでしょうが、接写に慣れてないのかピンボケばかりなんですよね。

    何様ですが、プロなのだから被写体深度くらい上げて撮って欲しいものですねとか思ったり(´・ω・`)




    何はともあれ、レアな発見はテンション上がるね!

    うるし最強!( ・Д・)



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    2019ねん 5がつ 11にち(どよーび、晴れ)

    なんだか最近、体調が悪いなと思っていた。

    ふと枕を変えてみたら、劇的に快復した気がする!

    気のせいだろうか!?( ・Д・)


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    今回の考古学・歴史ニュースは、以前の記事における『古典期後期(CE600-900)の土製人形の製作工房がマヤ考古学史上初めて見つかったよ!』って内容を確認したよって話です(*・ω・)ノ


    ↑ほとんど同内容ですけどね、混乱っぷりが分かる!( ・Д・)


    さて、前回の記事で、混乱がありましたが、原文に当たりまして原因が分かりました!

    やはり予想通り、最初に参考にした記事が間違っていたようです。

    グアテマラ南部の山岳地帯を「南部高地」と呼んでいますが、その中における『コバン市での土製人形製作工房の発見』の記事と、『グアテマラ市における大量の土器破片資料の廃棄』に関する記事を混同して書いていたようです。

    恐らく参考にした海外の記事の執筆者は、土製人形の製作工房と同定された遺構から大量の土器破片資料が確認されたことを強く意識したために、現代の考古学者による大量の土器破片資料の廃棄の写真を発掘調査で出土した資料と間違えたのでしょう。

    まぁ専門からすれば、前の記事の最後に書いたように、出土した資料と新しく廃棄した資料の違いは明確なのですが( ・Д・)


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    まとめると、私が参考にした記事は、本来2つの異なる記事を混ぜてしまっていました。


    【元の記事の種類】
    記事A:コバン市における土製人形の製作工房の発見
    記事B:グアテマラ市、カミナルフユ遺跡の紹介と現代の考古学者による土器資料の大量廃棄に関する記事

    【予想される混同の原因】
    ①両者とも大量の土器破片資料について書いている。
    ②両者ともマヤ文明、古典期に関する内容である。
    ③両者ともグアテマラ国内における話である。
    ④両者とも同時期のマヤ高地における話である。


    ということで、今回は記事毎に整理して簡単に紹介します(*^・ェ・)ノ


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    記事A:史上初!マヤ高地にて土製人形の製作工房が検出された!

    グアテマラ、アルタ・ベラパス県のコバン市に所在するアラゴン遺跡で土製人形の製作工房が検出されました。

    この遺跡は私有地にある遺跡であり、新たな建物を建設する工事によってマウンドを削ってる最中に見つかりました。

    マウンドとは昔の建造物が崩れて時間が経過したことで土を被った遺構で、マヤ地域の場合は多くの場合、丸みを帯びた長方形の「土饅頭」のような状態になっています。

    日本には文化財保護法がありますので、新たな建設工事の際は届け出が必要であり緊急調査がなされるわけですが、海外では多くの場合そのように保護されていません。

    大体の場合は近現代の工事によって遺跡や遺構は破壊され、出土した遺物は個人のコレクションになったり、売り飛ばされたり、そのまま破壊・廃棄されたりします。

    今回のケースでは工事の主体者がアメリカ人マヤ考古学者の友人だったようで、工事中に多量の土器破片資料が出土したことから連絡を取ったそうです。

    検出された土製人形の製作工房は工事によってかなりの部分が破壊された後でしたが、それでも数千点に及ぶ土器破片資料と、400点以上の土製人形や人形の「型」の資料が出土しました。



    出土した土器破片資料の分析から、帰属時期は750~900 CE、古典期後期後半と推定されています。

    古代マヤ文明にはマヤ文字を刻んだ石碑がありますが、経済に関する情報は含まれていません。

    そしてこれまでに古典期に属する明確な土器やその他の土製品に関する製作工房は検出されておらず、重要な発見と言えます。

    私も土器経済を明らかにし、そして碑文研究で示される都市国家間の政治的関係との相関性について明らかにしたいと考えていますが、今後マヤ文明における古代経済について少しずつ解明されていく予感がしますね(・∀・)つ


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    記事B:現代の考古学者によるカミナルフユ遺跡における多量の土器破片資料の廃棄


    この記事の舞台はグアテマラの首都、グアテマラ市にあるカミナルフユ遺跡です。

    グアテマラ市(以下、グアテマラシティで記述)は、コバン市よりも約89km、南側のより標高の高い地点に位置しています。

    この遺跡は元々は巨大な湖の周辺に栄えた大都市でしたが、近現代における首都の成長と共に大部分が消え去ってしまいました。

    上に挙げた2枚目の写真のように、一部が遺跡公園として保存されており、その周辺はすぐに住宅街となっています。

    遺跡公園にはJICAの協力で建設された小規模の博物館の他、上に挙げた写真に見られるような古代マヤ文明の建造物が見られる展示があります。

    またカミナルフユ遺跡の他の一部であるミラ・フローレス地区は、その名の通り「ミラ・フローレス」と呼ばれるショッピングモールに残っています。

    そこでも小規模の博物館の他、神殿マウンドが展示されています。

    両者とも規模は小さいですが、比較的新しい建物であることもあり綺麗です。

    そして展示されている遺物も展示方法も素敵です(・∀・)つ

    グアテマラでもお金のあるところにはあるんですけども、メキシコ等と比較すると文化遺産活用はまだまだですし、所謂「貴重な・美術的価値のある考古資料」以外は一般はもちろん行政面でも興味がないようです。

    つまるところ、素敵な資料の展示ケースを買うお金やそのための広いスペースを確保するお金はあるが、分析に使用する他の多量の出土資料を保管しておくスペースを確保するお金はないということです(/TДT)/

    で、問題の写真がこれ( -д-)ノ


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    実際には日本でも土器資料は廃棄されています。

    しっかりと何をどこにどれだけ捨てたかを記録した上でですが。

    特に日本では現代の建設工事に伴う緊急調査によって日々膨大な量の考古資料が出土していますから、保管する場所に困るわけですね。

    しかし土器の数量化に関する研究や、土器胎土分析等の定量分析に関する研究、そして熊本大学の研究では土器破片資料も重要です。

    特に熊本大学の小畑教授によるレプリカ法は土器資料から新たなデータを引き出す方法として非常に面白いなと思っています。


    ↓このような研究もあります(*・ω・)ノ
    ↑良かったら併せてどーぞー( -д-)ノ


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    確かに増加し続ける全ての資料を保管するのは物理的に無理かもしれませんが努力はしたいですよね。

    少なくとも廃棄の前に、現在可能な手法によるデータの採取を全て終えてから廃棄してもらいたいな~と思います。

    実際にこのカミナルフユ遺跡で出土した土器破片資料の内、博物館にて保管できないものが、上の写真のように廃棄され始めているようです。

    蛍光X線分析装置(中古で300万円、新品で800万円くらいする( ・Д・))をゲットできれば、廃棄前に全部のデータを集成するのにな~と思う今日この頃(´・ω・`)

    研究費取れなかったら、やっぱりクラウドファンディングかな。

    その時は皆さん、応援よろしくお願いします(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

    ちなみに元記事にあった1500万点という数字の出所は、50年ほど前の考古学者が推定したカミナルフユ遺跡全体から出土するであろう総土器破片資料数のようです。

    ↓捨てられる運命の土器資料からデータを引き出すための機材購入のために応援して下され!( ・Д・)↓

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    2019ねん 4がつ 25にち(もくよーび、晴れ)

    右足のふくらはぎがツリ続ける病になった(ノ◇≦。) ビェーン!!

    今日、明日はめちゃ働く。

    そしてGWは酒を断って、のんびり養生することにするヽ(TдT)ノ


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    今回の考古学・歴史ニュースは『古典期後期(CE600-900)の土製人形の製作工房がマヤ考古学史上初めて見つかったよ!』って内容です(*・ω・)ノ

    本当に久しぶりのマヤ文明ネタです。

    専門だからこそ、変なこと書けないなと自然と避けてしまっていたかも知れません( -д-)ノ

    ところで実は私は「土器製作址」を探していて、「マヤ史上初の古典期の土器焼成址を発見したよ!」って発表してるんですけどね。

    論文として公表になるのは今年(2019年)の7月です。

    あと数ヶ月でブログでも記事にして紹介しようかと思ってます。

    ……さて、今回の発見は個人的に非常に興味深いな~と、ちょっとテーマの方向性は違えど、やられたな~って感じがしています。

    もし私の対象遺跡と同じ遺跡で、先にこれだけの発見されたら、正直泣いてますね。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン


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    今回の発見の舞台は、グアテマラの首都、グアテマラシティにあるカミナルフユ遺跡です。

    元々は巨大な湖の周辺に栄えた大都市でしたが、近現代における首都の成長と共に大部分が消え去ってしまいました。

    上に挙げた2枚目の写真のように、一部が遺跡公園として保存されており、その周辺はすぐに住宅街となっています。

    遺跡公園にはJICAの協力で建設された小規模の博物館の他、上に挙げた写真に見られるような古代マヤ文明の建造物が見られる展示があります。

    またカミナルフユ遺跡の他の一部であるミラ・フローレス地区は、その名の通り「ミラ・フローレス」と呼ばれるショッピングモールに残っています。

    そこでも小規模の博物館の他、神殿マウンドが展示されています。

    両者とも規模は小さいですが、比較的新しい建物であることもあり綺麗です。

    そして展示されている遺物も展示方法も素敵です(・∀・)つ


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    さて、今回のニュースで発見されたのは「土製人形」です。

    人物や動物を造形したものを「Figurines」と呼んでおり、日本語に直訳すると「小像」でしょうか。

    実際にめちゃくちゃ大きいサイズの土製像が後古典期(CE900~1521)のメソアメリカ美術様式には見られますが、古代マヤ文明では小サイズのものばかりですので個人的には「小像」で良いかと思います。

    日本では土製の偶像ということで「土偶」という名称が聞き慣れていると思いますが、イメージが大きく異なるので本記事では「土製人形」と表現することにします。

    上に挙げた写真のように古代マヤ文明の土製人形は丸みを帯びた造形のものが多いです。

    この写真の資料は丁寧に磨かれていますが、粗雑に作られた資料も数多く見つかっています。

    一方で2枚目の写真に見られるように、古典期後期にハイナ島で生産された土製人形は非常に精巧な作りであることが特徴的です。


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    上に挙げた写真の内、2枚目は明らかに「型」ですね。

    1枚目は実見として押してみたものなのでしょうか。

    これだと型取りにならないですよね( ・Д・)

    でも焼成しているように見えるんだよな(`・ω・´)

    ・・・さて、参考にしている元記事がコバン市における土製人形の「型」を含む大量の土器破片資料の出土について書いているのですが、すぐにカミナルフユ遺跡の話になるのです。

    両方ともマヤ高地だし、距離的にまぁまぁ近いとは言え、けっこう離れています。

    遺跡としては別物です。

    これは元記事書いた人が間違えているのか、私の訳がおかしいのか(斜め読みしてます(´・ω・`))・・・

    なんだか、やな予感がします。


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    原文はサイエンス誌に掲載されたようで、膨大な量の土器資料は1つのマウンドから1立方フィートの土壌あたり7000点の破片が発見されたそうです。

    さらにマウンド全体では500000点の未使用の土器の残骸を含む合計1500万点の破片が含まれているそうです。

    サイエンス誌に載ったとは言え、「未使用の土器」ってどういうこと?

    てかこの写真何!?

    完全に新しく捨ててるよね!?( ・Д・)

    ちょっとサイエンス誌の原文読んで、事実確認し、次回報告します( -д-)ノ

    ↓こんな終わり方ですみまてん( ・Д・)↓

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