2020ねん 11がつ 15にち(にちよーび、晴れ)

謎の頭痛は抜けたので、今週は思いっきり頑張る!(*^・ェ・)ノ


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今回の考古学・歴史ニュースは国宝級の大発見!福岡県の船原古墳から玉虫装飾の馬具が見つかったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


今回の舞台は福岡県、古賀市に所在する船原古墳です。

この船原古墳は7世紀初頭に帰属する古墳です。

ここから「玉虫の羽」で装飾された馬具が出土したのですヾ(´ω`=´ω`)ノ

この玉虫装飾の馬具が国宝級なわけですが、そもそも「玉虫」とは何でしょうか?




タマムシは「吉丁虫」とも書くそうです。

本記事では種として書く時は「タマムシ」とカタカナ表記で、遺物名等では「玉虫」と表記することにします。

(お気づきの方もいると思いますが、当サイトでは基本的に「種」の時は、ヒト、ウシ、ブタ、シカのようにカタカナ表記にしています(*^・ェ・)ノ 一般語として使っている時は漢字表記にしています( -д-)ノ)

このタマムシは日本国内に広く生息しており、「ヤマトタマムシ」として知られています。

見た目通り、カミキリムシの仲間(近縁種)だそうです。

このヤマトタマムシの上翅は構造色(色素由来ではなく、微細構造に対する光の干渉作用によって生じる発色効果)によって金属光沢を発しているため、死後も色褪せません。

そのため古来より装身具等に加工されて珍重されてきました。

たかだか虫なんだから珍重されるほどでもないのでは?と思うかもしれませんが、珍しさはタマムシの生態に由来しています。

タマムシの幼虫はエノキやリンゴの木の幹の中を食害するので、発見が困難です。

また成虫になると警戒心が強く人間が近づくとすぐに飛び去る上に、寿命が1か月しかありません。

古代において金属光沢自体レアなわけですが、野生のタマムシを見つけることもレアなので、その希少価値は非常に高いものだったのです。


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上に挙げた写真が古墳で見つかった玉虫装飾としてタマムシの羽が用いられてた馬具にななります。

2枚目の図で分かるように、この馬具は、馬の胸や尻などを飾る杏葉(ぎょうよう)と呼ばれる装飾品です。

短軸が約8cm、長軸が約10cmで、20枚の玉虫の羽を金属の板の全面に敷き詰めていたと考えられています。

死後も色あせない構造色と書きましたが、長期間の埋没過程の中でその微細な構造が失われているため、かつての金属光沢はありません( -д-)ノ

こうした玉虫で装飾された品は、国内ではこれまで法隆寺の国宝「玉虫厨子」や福岡県沖ノ島の金銅製帯金具を代表として僅か4例しか確認されていないのです。

ちなみに馬具として初の事例になります!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!





この日本では初の出土となる「玉虫装飾の馬具」ですが、朝鮮半島では5世紀の王陵級の古墳で見つかっており、最高級とされる遺物になります。

タマムシは日本で広く生息していると紹介しましたが、北海道には生息していません。

理由は寒いからです!

今からおよそ1500年前の朝鮮半島は今よりもやや寒冷な気候であったため、ヤマトタマムシはほとんど生息していなかったのです。

そのため当時の日本と朝鮮半島との外交関係の中で重要な役割を担ったのがこの玉虫装飾の品々だと考えられています。

先に述べたように朝鮮半島では5世紀の王陵で出土しており、一方でこの船原古墳の事例では7世紀初頭なのですが、古墳そのものではなく周囲にある墓壙から出土しています。

時代の移り変わりもあるのでしょうが、今回の遺物は朝鮮半島等との外交や交易に重要な役割を果たしていた人物に贈らたと考えられるのです


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↑最後に紹介したい写真、(「朝日新聞デジタル」の記事内画像より転載;credit: 金子 淳)

福岡県古賀市教委は13日、同市の国史跡・船原(ふなばる)古墳(6世紀末~7世紀初頭)の1号土坑で出土した馬具から、玉虫の羽を使った装飾品を確認したと発表した。古代の玉虫装飾品が国内に現存するのは法隆寺(奈良県)の玉虫厨子(ずし)(国宝)、沖ノ島(福岡県)の帯金具や正倉院中倉(ちゅうそう)(奈良県)の刀子(とうす)の3カ所で、馬具で確認されたのは初。朝鮮半島では5世紀代の王陵級の古墳などから玉虫装飾の馬具が見つかっており、朝鮮半島との交流を研究する上でも貴重で「国宝級の発見」との声も上がっている。

 船原古墳の石室入り口付近の土坑からは、2013年に6~7世紀の金銅製馬具一式や武具などが大量に出土し、市教委と九州歴史資料館(福岡県小郡市)が調査を進めてきた。

船原古墳

 今回はその中の金銅製馬具の一つで、馬の飾りに使われる「二連三葉文心葉形杏葉(にれんさんようもんしんようけいぎょうよう)」(長さ約8センチ、幅約10センチ、厚さ0・7センチ)。羽は、金銅製の板と鉄板で挟まれ、文様の隙間(すきま)から見えるようになっていた。CTスキャンで確認したところ、羽は約20枚使われ、一部には羽の先端を切断するなど加工した跡も見られるという。国産か朝鮮半島製かは不明で、玉虫の種類などから解明を進めていく。

 玉虫装飾を使った馬具は、5~6世紀代の朝鮮半島・新羅(しらぎ)の首都だった慶州の古墳5カ所などで発見されている。なかでも5世紀中ごろの玉虫装飾馬具は王陵級の古墳で見つかっており最上位階級者用の馬具とされる。

 桃崎祐輔・福岡大教授(考古学)は「新羅と、7世紀の重要な仏教工芸品である法隆寺の玉虫厨子の間をつなぐもので、その文化的意義は国際的なものに及ぶ。国宝級の発見といっていい」と話している。





おわりに

最後に再度、玉虫装飾の馬具を紹介しました。

日常的に良く目にする女性モデルの写真などは、女性だけにピントを合わせて他をボカすものがほとんどのように感じます(素人目線だと( -д-)ノ)。

一方で考古学ではモノあるいは遺構を撮るわけですが、特にモノに関しては被写体深度を限界まで深くしてどこもかしこもピントが合うようにします。

特に日本考古学では未だに写真は補助的な役割を果たし、実測図が中心なわけですが、色彩豊かなマヤ考古学では写真が中心です。

というかアメリカ人考古学者は実測図描けないので、プロの絵描きに任せちゃいます( -д-)ノ

そうした写真記録が重要なマヤ考古学で生きていると、写真と言えど実測図を描く時のようなモノの見方や、「これを映したいんだ!」という気迫が重要になってくると思います。

そういう意味で、上に挙げた写真は見事だなと思います。

国宝級の発見ということで、様々な写真が挙がっていましたが、他の記事の写真はただ全体を映しているだけのように感じます。

この写真だけは全体を捉えながら、しっかりと全体に敷き詰められたタマムシの羽の筋が分かるように撮られているんですよね。

光の当て方も実測図そのものだし、考古学関係者なのでしょうか……失礼ながら、、、

プロだな、と感じました( ・Д・)

こんな写真を撮りたいものです( -д-)ノ

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いや~、それにしても「国宝級の発見!」ってスゴイですよね。

私もいずれ、ティカルで国宝級の発見しますから期待していてくださいね!

国宝級見つけても金にはならん!( ・Д・)



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