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あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

タグ:地上絵

2019ねん 7がつ 16にち(かよーび、曇り)

「精神と時の部屋」が欲しい。

ネットが使えて、書籍も持ち込めて、ネット購入した本も届くのならば……

「時間は作るもの!」

まだ幼き自分が抱いたモットーはとても大事だのものだったと、老いた私は今更ながらに再確認したのであったヽ(TдT)ノ


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↑オックスフォードシャーの位置(「Google Map」の画像を一部加工)


【目次】
  1. はじめに -基礎情報-
  2. 見つかった生贄の遺体の謎
  3. ヒルフィギュア(地上絵)って何?
  4. おわりに

1.はじめに -基礎情報-

今回の考古学・歴史ニュースは「イギリスで約3000年前、青銅器時代の生贄がたくさん見つかったよ!」というお話です(*・ω・)ノ

上に挙げた図にあるように、今回の発見の舞台はイングランド南東部のオックスフォードシャー州(Oxfordshire)です。

前回、ちょうどハリーポッターの晩餐会のシーンでお馴染みのオックスフォード大学について触れましたが、そのオックスフォード大学が所在するのがこの地域です。


↓【まだ食べられるよ?( ・Д・)シリーズ】『最後の晩餐』in ポンペイ、「保存状態が良い」というレベルではない件について!Σ(・ω・ノ)ノ【考古学】
 
↑オックスフォード大学付属博物館でのイベントです(。・ω・)ノ゙


今回の発見の契機は、後ほど紹介するヒルフィギュアと呼ばれる地上絵の比較的近くにて、水道管の敷設工事を行っていたところ、作業員が遺骨を発見した!ということです。

連絡を受けた考古学者チームによって発掘調査が実施され、この埋葬遺構群からは馬の頭蓋骨を含む様々な動物や鉄器時代、古代ローマ時代の道具類が多数出土したのです。


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↑伸展葬の遺体(「Ancient Origins」の記事内画像より転載;英文;credit: Thames Water



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↑足を切断され、後ろ手に縛られている遺体Σ( ̄ロ ̄|||)(「Smithsonian.com」の記事内画像より転載;英文;credit: Thames Water



2.見つかった生贄の遺体の謎


さて、先に述べた動物骨や道具関係の遺物の他に、26体もの人骨が確認されました。


一番上に挙げた写真の人物は普通の伸展葬(「気を付け」をしたような態勢での埋葬)です。


二番目の写真は、何と頭部を切断された上に、その頭蓋骨をわざわざ足元に置いた状態で埋葬されています。


呪術的な意味合いがあるのでしょうか?ヽ(TдT)ノ


そして最もショッキングなのが三番目の写真の遺体です。


分析結果からこの遺体は女性のもので、両手を頭の後ろで縛られ、両足首を切断され、開脚した状態で検出されました(/TДT)/


発見された26体全てが生贄というわけではありませんが、恐らく儀礼的に殺害された遺体の状況には一貫性がないのが謎です。


理論物理学でよく分からないことは「ダークなんちゃら(ex.ダークエネルギー)」なんて表現するように、考古学ではよく分からないことは「儀礼行為」としてしまいます( ・Д・)


恐らく3000年前のこの地では流行り病、飢饉、地震等の自然災害の被害を受けた結果、神の許しや先見の明を求めたり、あるいは、豊かな収穫や戦争での勝利を保証するためにこのような犠牲が払われたのでしょう( -д-)ノ



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↑「アフィントンの白馬」(「芭蕉blog」の記事内画像より転載)


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↑「サーンアバスの巨人」(「ゲー脳ニュース速報」の記事内画像より転載)



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↑「ウィルミントンのロングマン」(「FIND OUT WONDER」の記事内画像より転載;credit: Google)



3.ヒルフィギュア(地上絵)って何?


ヒルフィギュア(hill figure)とはイギリスの石灰岩の丘陵地帯に描かれた地上絵のことです。


その名の通り、丘(hill)の図形(figure)なわけですね(*・ω・)ノ


丘陵の急斜面の草と土壌を削って溝を掘り、母岩である石灰岩を露出させることで描いた地上絵であることから、"chalk figure"、"chalk carving" などとも呼ばれています。


学校の黒板で用いるチョークの語源になっているチョーク(chalk) は、未固結の石灰岩を指します。


石灰岩を露出させて描いているから「チョーク・フィギュア」なのですね(*・ω・)ノ


ヒルフィギュアの製作動機はよく分かっておらず、記念碑、宗教、政治、広告などが考えられています。


上に挙げた3者は特に有名なヒルフィギュアでそれぞれ、「アフィントンの白馬」、「サーンアバスの巨人」、「ウィルミントンのロングマン」です。


ヒルフィギュアの大部分がイングランドの南部の丘陵地帯に集中しており、その数は全部で101例も確認されています。


実はヒルフィギュアは定期的な保守作業を続けないと、風化・埋没して消滅してしまいます。


そのため「古いヒルフィギュア」は、地域のランドマークとして長年に渡って定期的な手入れをされ続けてきたものであることを意味します。


かつては101例以上にもっともっとあったのかも知れませんね(*^・ェ・)ノ


さて、写真から分かるように、緑と白のコントラストが鮮やかで遠方からでもはっきりと見ることができますが、ナスカの地上絵のように上空からではなく、向かいあった斜面や遠方など地上から見ることを意識して作られています。


選ばれる題材は「馬」が最も一般的で、その他に人や動物、十字架や紋章などがあるそうです。

数多あるヒルフィギュアですが、適切に管理しないと消滅してしまうという性質から、実際にはほとんどのものが18世紀以降の作品なのだそうです。

例外として今回の発見にも関係する「アフィントンの白馬」は青銅器時代作とされています。

白馬は当時のこの一帯の部族の象徴であり、太陽が馬の上や馬車の中で空を横切って運ばれたという神話の信念を反映しているとのことです。

これは古代ヨーロッパでは「ソーラーホース」として知られるモチーフです。

そのため今回発見された人々は日々の日の出を保証するために犠牲にされたのかも知れません。

それにしてもこのお馬さん、3000年前から維持され続けているって凄いですよね!Σ(・ω・ノ)ノ

でも管理する地元住民の間では少なくともここ数世紀の間、「馬」ではなく「ドラゴン」だと思っていたそうですよ!( ・Д・)



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↑ホーマー・シンプソンのいたずら書き(「excite blog」の記事内画像より転載)



4.おわりに


上に挙げたのは2007年に起きた「いたずら事件」です。


「サーンアバスの巨人」の隣に白色の水性ペンキで「ホーマー・シンプソン」が描かれたのです。


文化財には直接手を出していないし、「水性」という点が優しさかも知れませんが、地元住民は怒り心頭だったようです。


というのも先に説明したように、現在でも地元住民らの信仰の対象ですし、彼らの先祖代々の努力で現存する文化遺産なのですから当然ですね!


(それにしてもシンプソンの絵が上手すぎる( ・Д・))


こういった地元住民らが先祖代々、努力して守り続けている文化遺産ってけっこう少ないんじゃないかなと思います。


その連綿と続いてきた行為自体が「重要な無形文化遺産」だと思います(。・ω・)ノ゙


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2019ねん 1がつ 21にち(げつよーび、晴れ)

批判的な文章はやはり書いてて楽しくない!

批判される方はもっと不快だろう( ・Д・)

なるべく楽しくワクワクするような浪漫溢れる話題を提供したい。

それが考古学や歴史の基本的な醍醐味だろう(。・ω・)ノ゙


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さて、今回紹介する考古学・歴史ニュースは「ナスカにはバンド・オブ・ホールズと呼ばれる変わった穴ぼこ群があるよ!」ってことです。


ナスカと言えば地上絵ですね!


下に挙げておきましたが、コンドル、サル、ハチドリ、クモ、ヒトみたいな図像とか有名ですね。

全部で700以上の地上絵があるそうで、近年も山形大学の調査団によって多くの新しい地上絵が発見されています。


地上絵の大きさも様々ですが、およそ50~200mあるそうです。絵にしてはやはり大きいですね!




というわけで、地上絵で有名なナスカですが、具体的な位置としては南米のペルーにあります。

乾燥した盆地状の高原において、地表面の岩石・土砂類を取り除いて下部の異なる色調の層を露出させることで地上絵を描いています。


こういった地上絵は、紀元前200年~西暦800年に栄えたナスカ文化によって製作されたと考えられています。


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今回紹介するバンド・オブ・ホールズもペルーのナスカ高原に見られる遺構です。


バンド・オブ・ホールズに関する報告は1933年、飛行士のロバート・シップピーがナショナルジオグラフィックで航空写真を発表したのが最初です。

1955年には初期の調査がなされ、現在まで数度の発掘調査が行われており、様々なことが分かっていますが、何故か日本ではあまり知られていません( -д-)ノ



最初に挙げた写真で分かるように、穴ぼこがたくさん列を成しているのが分かると思います。そのためスペイン語でMonte Sierpe(蛇の山)またはCerro Viruela(天然痘の丘)としても知られています。


穴がこれだけ密集してると気持ち悪いですからね、「天然痘の丘」という名称も納得できます(´・ω・`)



バンド・オブ・ホールズは正確にはナスカ高原のピスコ渓谷に見られます。穴は全部で約5,000〜6000程度あるそうで、それぞれの穴のサイズは人ひとりが入れるような規模です。

具体的にはそれぞれの穴には隆起した縁があり、直径約1メートル、深さ50〜100 cmです。この穴が幅が14〜21メートル(平均幅は約19メートル)で列を成しています。


このバンド・オブ・ホールズの列はピスコ渓谷の端から始まり、起伏のある地形上に南北方向に約1.5 kmも伸びているのです。







このバンド・オブ・ホールズの目的については「墓坑説」や「貯蔵穴説」があります。

上に挙げた写真だと浅く見えますけど、先ほど述べたように深さは最大で1m近くになります。


1953年のフォン・ハーゲン(Victor Wolfgang von Hagen )、1984年のハイスロップ(John Hyslop)らの記述では、それぞれの穴は石で囲われているとのことです。

写真で見ると一見、砂地を掘っただけに見えますけど、きちんとした石組みの構造を有しているんです。



最新の調査研究による仮説は、これらの穴がインカ帝国時代(西暦1438-1533年)に造られた貯蔵穴群であるというものです。

どうやらインカ帝国への貢ぎ物としての農作物を貯蔵したのではないかと考えられているようで、穴の内部から得たサンプルを基に、花粉や植物珪酸体(プラント・オパール)の検出によって証明しようと現在試みられています。



・・・・・・それにしても何故にこんなに密集体形なのでしょう?

何故にこんなに長いのでしょう? 大きな貯蔵穴をいくつか作るのではダメだったのでしょうか・・・( ・Д・)


詳しくは分かりませんが、乾燥気候ならではの独特の貯蔵方法なのかも知れませんね。

どのような目的で造られたのか?貯蔵穴なら、何故こんなに長く多いのか?皆さんも考えてみては如何でしょうか?(*・ω・)ノ

↓巨大なモグラ叩きゲームの痕跡である説に一票!( -д-)ノ↓

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