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歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

タグ:埋葬儀礼

2020ねん 10がつ 17にち(どよーび、晴れ)

片っ端から仕事片付けねば、年内に終わらんヽ(TдT)ノ


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↑浅い柱穴跡が多数見られる(「福島民友新聞」の記事内画像より転載)



今回の考古学・歴史ニュースは「色々大発見がありました!およそ4000年前の縄文人の人骨も多量に見つかったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


今回の発見があったのは福島県、川俣町小綱木地区に所在する前田遺跡です。



国道の改良工事に合わせ、2018年から発掘調査が行われていました。



これまでの調査で、縄文時代中期の火おこしの道具として使われていたとされる「火切り臼」を始めとしてレアな遺物が多数出土する重要な遺跡と考えられていました。




この前田遺跡では、縄文時代中期に相当する土層から、流木が積もった小川の跡が発見されており、その周辺から大量の木製品や漆製品も出土しました。


水分があると余計腐ってしまいそうなイメージがありますが、実際には酸素の供給が絶たれるため木製品等の通常は腐敗して失われてしまう遺物が残りやすい傾向にあります。



そんな当該遺跡では保存状態の良好な木製の弓も見つかっており、縄文時代の様子が良く分かる遺跡としてその重要性が増しているのです(*・ω・)ノ



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↑柱穴の傍に横たわる人骨(「福島民友新聞」の記事内画像より転載)



今回前田遺跡では新たに埋甕や土壙墓が多数確認され、被葬者は縄文時代に一般的な屈葬の形態を取っていました。


この墓域では縄文時代の後期(約4400~3700年前)に相当すると考えられている人骨が約40~50体も出土したのです!Σ(・ω・ノ)ノ

40~50体と数が不確定なのは、複数個体がまとめて埋葬されている場合に骨の部位をチェックし個体数の確認を行う作業が完了していないためです。





日本の特に内陸部の場合、酸性土壌の影響で人骨はなかなか残りません。


そのためこの前田遺跡のように縄文時代の遺跡で大量に人骨が出土する事例は全国的に希少なのです(*・ω・)ノ



先ほど述べたように、前田遺跡ではその昔、河川が流れていたと考えられていますから、河川の流れによって堆積した水分を含む砂質の土が人骨を覆ったことで空気を遮断し、腐敗の進行を遅らせたと推測されます。


こうした良好な埋蔵環境の結果、全体の骨格が分かるほどに保存状態が良好な人骨が5体検出されているため、これを対象にDNAの解析を実施する予定でいるそうです(・∀・)つ




更に前田遺跡では縄文時代晩期(約3500~3000前)の地層から、全国的にあまり類のない木柱を伴う柱穴が100基以上も検出されましたΣ(・ω・ノ)ノ


木柱は直径約30~40cmが多く、最大で直径約60cmのものも確認されています。


木柱が残っているなんてレアケースですが、そこはやはり旧河川のおかげなのでしょう(*^・ェ・)ノ




上の写真で確認できるように、柱穴の掘り込みは浅いものばかりのようです。


木柱の周りに石を詰めた状態が確認されており、かつて掘立柱建物やモニュメントがあったと推測されています。




更に、墓域からは縄文時代後期に相当する状態の良いハート形土偶が1点出土しました。


高さ約20cmセンチで右腕が欠損している状態の女性像です。

全国的にも珍しいことに、この土偶は土器を布団のようにかぶった状態で出土し、祭祀と関連して意図的にこのような配置を取ったと考えられています。




おわりに

大発見ばかりなのに調べても写真が全然出てきませんでした。


まだ新しい情報なので、未報告資料ということもあり、伏せられているのでしょう。


これだけの発見があれば現地説明会はもちろん、最寄りの博物館で遺物の展示会も開催されるでしょうから、その際に今回紹介したレアな発見物の写真が見られるかなと思います。


写真を含め、また続報があれば紹介しますので、お互い楽しみにしましょうね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


これは考古学史に残る勢いだね!
……道路工事はどうなるのかな?( ・Д・)


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2018ねん 5がつ 22にち(かよーび、晴れ)

暑い!めちゃくちゃ暑い!

日も長くなって、夏が来るなぁと実感する。

さて汗だくになって頑張って働きますかーい!( -д-)ノ

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今回はニューヨークタイムズの記事から紹介します。タイトルにあるように、「中世ヨーロッパの墓から赤ちゃんの骨が出土したけれど、何故か右手だけミイラ化してた!」という謎についてのお話です。良かったら、二番目の写真を確認したところまでで「何故右手だけ?」の理由を推理してみてくださいねヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ

さて、ハンガリーのセゲド大学の生物人類学科に所属するヤーノス・ボラージュ(János Balázs)らは、2005年にハンガリー南部の村、Nyárlőrinc(にゃるろりんく…読めません!ヽ(TдT)ノ)での古い墓地で発掘調査をしていました。

この調査成果として、主に12世紀から16世紀の間に作られた500基以上の墓を検出しました。しかし、それらの埋葬のどれもがミイラ化した緑の手のようなものではなかったのです。

最初に挙げた写真で示した、ミイラ化した緑色の赤ちゃんの手を発見した当初、ボラージュは、この小さな右手の骨だけが緑色でミイラ化していた理由を分かりませんでした。

この謎にボラージュらは10年以上もの時間をかけて挑み、今回そのユニークなミイラ化のプロセスが明らかになったとのことです(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

下の写真に見られるように、赤ちゃんの古人骨の内、いくつかの椎骨、股関節骨および脚骨を含むいくつかの部位が緑色に変色していました。どちらの前腕も緑色ですが、右側の手は依然として乾燥した肉で覆われていました。背中の近くの皮膚もミイラ化しており、5つの椎骨片が埋め込まれたままでいたそうです。肋骨のほとんどの部分や、肩の骨および上腕骨2つは変色していませんでした。

ボラージュらは、小さな骨格を調べることによって、故人が誕生直後に死亡した死産または未熟児の早産のいずれかであると判断しました。研究者らは子供の体重が11〜13インチで、重さは1〜2ポンドと推定しています。



・・・・・・はい!(。・ω・)ノ゙推理タイムはここまでです( -д-)ノ・・・・・・



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実は、考古学的に言えば、緑色の骨は中世ヨーロッパの墓地では珍しいことではありません。ブロンズ製や銅製のジュエリーによって骨格が劣化した際に変色することが多いのです。そのため研究者らは子供の体が何らかの金属と接触していると考えました。しかしどうしてその謎の金属物体はその小さな手の近くだけに影響を与えたのでしょうか?

研究者らは遺骨の化学分析を行い、その子どもが平均よりも数百倍も高い銅濃度を有することが分かりました。実際にこれまで彼らは分析したミイラの中でも最高レベルの濃度でした。

そしてボラージュは赤ちゃんが見つかったお墓内部に収納ボックスがあることを発見しました。彼が箱を調べると、中には小さい陶器と腐食した銅のコインが入っていたのです。これがヒントになりました。

研究者らは、小さな子供が土器の中に入れられて埋葬される前に、誰かが銅のコインをその小さな手に持たせたからと結論づけました。古代の多くの文化は、魂を後世に連れて行くために神話的な「渡し守」に支払う方法として、コインを死者に捧げて葬っています。

この場合、コインの銅の抗菌性が子供の手を腐敗から保護したと考えられます。埋葬土器内の状況に加えて、赤ん坊の手をミイラ化するのを助けたのです。研究者らは、この子供の埋葬が、銅がミイラ化を引き起こすことを示した最初の科学的事例かもしれないと考えているそうです。
恐らく埋葬土器内の子供は窮屈な姿勢にあった可能性が高く、そのためコインの銅の腐食が骨格の他の部分をも変色させたと考えています。

またこのボラージュらの研究チームは未熟児の埋葬が他にもう2例あることも突き止めました。今回の事例のように 1つの墓では緑色の骨を持ち、コインと埋葬土器がある類似の事例でしたが、もう一方の墓では骨は通常の色調でコインも埋葬土器もなかったたそうです。

何故埋葬方法が皆同じではないのか? ということで、手に添えられた銅貨幣は1つの謎を解決しましたたが、別の謎を提示したのです。

赤ちゃんと一緒に発見された特定の銅貨、すなわち「Kreuzer」または「krajcár」は、1858年から1862年の間に流通していました。つまり、この事例は発掘によって多数検出された他の周りの墓とは異なり、中世の埋葬事例ではなかったのです。この期間のクリスチャンは、伝統的に死者に硬貨をつける風習はありませんでした。

ボラージュらは、この子供が生まれる前または直後に死亡したため、バプテスマ(キリスト教の洗礼)を受けていない可能性が高いと推測しています。そのためコインと土器で子供を葬った者は、亡くなった子供を宗教的に安心して送るための方法を見つけたのだと考えています。

そしてある意味で、それは機能したと言えます。主に右手だけですけども。

研究者は「150年後にまだ赤ちゃんとその葬儀の状況について話しているので、この幼児の救済に成功しただろう」と述べているそうです。確かにね(*・ω・)ノ

ちなみに現在のこの赤ちゃんの古人骨は、ハンガリーのモラ・フェレンチク博物館で遺物が展示されているそうですよ!

やはり、こういう発見ものや、謎解き系は考古学の醍醐味ですし、記事にしても面白いですよね!(。・ω・)ノ゙ 今後もこのような記事を紹介していきますので、全部読み終えるまでに推理してみるのも楽しみ方のひとつですよ(・∀・)つ

↓ここをぽちっとするのも楽しみのひとつ…だったらいいのにヽ(TдT)ノ↓

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