あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    新説

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    2022ねん 9がつ 13にち(かよーび、晴れ)

    今週1週間何もしないで精神疲労を何とかしようと思ってたが、結局めちゃ仕事してるのは何故?( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




    今回の考古学・歴史ニュースは「古代マヤ人、遺灰を混ぜたボールでサッカーしてたぜ!( ・Д・)」ってお話です(*・ω・)ノ


    さて、今回の舞台はメキシコ南部、チアパス州にあるトニナ遺跡です。




    当サイトの読者には釈迦に説法だとは思いますが、、、

    所謂、古代マヤ文明って統一国家がないのです。

    数多の都市国家が林立してバチバチやってるさながら戦国時代のような状況だったのです。




    私、前にGIS(地理情報システム)をかじってた時に座標が分かっているマヤ遺跡全部プロットしてカーネル密度分布推定で地図作ってみたことあるんですけども、

    その時に使ったデータ数がおよそ1300でした。

    「時間と空間が考古学の基礎」といつも謳っている当サイトですが、「時期」って案外難しいのです。

    何故なら掘らないと決定できないから( -д-)ノ




    マヤ地域は日本とは異なり、踏査と試掘で遺跡分布を決めているのではなくて、生い茂ったジャングルのせいで、衛星写真や流行のライダー(簡単に述べるなら航空レーザー測量技術)使ったものも多いので時期のデータがないこともままあるのです( ・Д・)

    だからおおよその予測だけども、まぁ古代マヤ文明の”メイン”である古典期には小規模遺跡含めてざっと800遺跡程度あったのかな(古典期にカスってるもの含むと)と思っています。








    少なく見積もっても500遺跡はあると思うのだけれど、それだけ多くの遺跡がある中で皆さんが知っているのは僅か10遺跡くらいでしょうか(言うて、私もさほど変わらない(´・ω・`))。

    今回紹介する『トニナ遺跡』はたぶん日本ではほとんど知られていないはずです。

    日本語の書籍にはほとんど出てこないからです(*^・ェ・)ノ




    ですが古典期マヤ文明(CE250-1000)の遺跡の中ではトニナ遺跡は非常に大きな遺跡なのです。

    マヤ文字を含む重要な遺物も本当にたくさん出てます。

    トニナ遺跡は、世界遺産としても古代マヤ文明史でも超有名&重要なパレンケ遺跡の70kmほど南に位置していて、パレンケとずっと戦争して最後に勝ってるくらい重要な遺跡なのです(・∀・)つ






    さて、本題に入りますと、、、

    このトニナ遺跡での最新の発掘調査速報として、神殿ピラミッドの基壇部分に出入り口のような石組み遺構が確認され、そこを掘り下げてみたところ、宝物庫のような空間を発見したということです。

    問題はその空間に納められていた遺物なのですが、およそ400個ものゴムボールが発見されました。




    古代マヤ文明を中心としてメソアメリカ地域全般において球戯場(ボールコート)の存在が知られています。

    現代でいうとことの『サッカー』ですね(*・ω・)ノ




    ただこれだけまとまってサッカーボール(?)が見つかる事例は類を見ません。

    そして調査責任者のメキシコ人考古学者、フアン・ヤデウンによると、これらのゴムボールは王族・貴族層(エリート層)の遺灰を植物と共に練り込んで作られたものだと言うのです。

    星への見立てなのでしょうか、一種の生まれ変わりの儀礼として偉大な人物の魂(?)が丸いボールとして260日後(ツォルキン歴/儀礼歴の1年後)に「復活」するのだそうです。




    彼によると、古典期のサッカーボールは巨大だったそうで、、、

    彼の述べる証拠というのは主に図像のようですが・・・・・・




    古代マヤ人って王族・貴族の遺灰を蹴り飛ばしてサッカーしてたのでしょうかね?

    であれば、コロッセウムより遥かに、一般層の心をスカッとさせる催しだったのかも知れません(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!




    そう言えば、国葬で盛り上がる現代日本。

    彼の英霊も遺灰をサッカーボールに入れて蹴り飛ばせば、我々一般的な国民の心も少しは晴れるかも知れませんね( ・Д・)








    おわりに ~真面目なお話~

    容量とかの問題なんですかね?

    大手のメディア系会社のネット上の記事とかYouTube動画とかって何故か削除されてるような気がするのですが、、、

    埋もれて見つからないだけ?( ・Д・)



    そんな気もしますけど、とりあえずマヤ文明関連の記事は当サイトで取り上げて記録するとして、動画はひとまず収集します。

    余裕ある時に複数の動画を編集してニュース動画として記録できればと思うのですが、、、まぁ暫くはただ集めておくだけってことになりそうです( -д-)ノ




    さて、マヤ考古学を牽引しているのはアメリカ考古学だと思うのですが、、、

    まぁ距離的にも近いですし、調査に来やすいですよね。



    アメリカ考古学は1960~70年代の法則定立的研究を志向した時代から潮流が変わり、文化相対主義に基づく個別記述主義が現在も主流です。

    所謂発展途上国などへの進歩史観に基づく差別が根底にあって、「それ良くない!(゚Д゚)ゴルァ!!」って反発からこの『体制』が敷かれていると個人的には思ってます。




    というのも、そういう活動、、、怒られるだろうけど所謂欧米の白人集団はそういうのが大好きだなって思うし(歴史的に他者を一番差別してきたのはあなたがーたでは?とか思うのだけど)、

    はっきり言って、この文化相対主義って息が長すぎるんですよ。

    単純に『この上なく素晴らしい研究理論だから』というわけで存続しているのではなく、圧力がある気がするのです( -д-)ノ





    ・・・長い前置きですが、結局何が言いたいかと言いますと、、、




    個別記述主義の名の下、各マヤ遺跡で行われる調査や研究の結論は常に「ほにゃららだからこの遺跡(私の取り扱う遺跡)はユニーク!研究の価値あり!」ってなるんですよね。

    (面白いくらいそうなる、たぶんほぼ100%)

    まぁユニークというのはマヤ文化にバリエーションがあったことを示す上での表現の問題に過ぎないので、別にそれはそれで構わないという気持ちもあるのですが、、、




    一方で一般向けの概説書とかガイドブックとかになると特にですが、どうしてもマヤ文明に関して普遍化する必要があるのですよ。

    そこでは、ティカルではこう!コパンではこう!パレンケではこう!

    って記述しないんですよね。

    何故か一気に『古典期マヤはこう!』ってなるんですよヽ(TдT)ノ




    そうした時に、今回のような1遺跡で見つかった特殊な事例が普遍化されてしまうケースがあるのです。

    そして怖いことに、「高名な考古学者」は声が大きいので、気付けば定説化してたりするんですよね。



    発掘調査や遺物の保管には莫大なお金がかかる関係上、学閥とか権威主義とかの脅威は常にあると個人的には思っているので、是非皆さんも色々な記事やニュースを目にしたとしても、

    「自分の頭で考える」ということを忘れないで頂きたい。

    これ本当に大事です。

    種々雑多な情報が溢れる現代社会では特に、、、



    ちなみに、

    この記事も嘘かも知れんよ!( ・Д・)



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    2020ねん 5がつ 3にち(にちよーび、晴れ)

    首、寝違えた、まるっきり動かんヽ(TдT)ノ

    ……まるっきりカクカク( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    arukemaya840


    今回の考古学・歴史ニュースは「世界最古の職業ってまさかのみんな大好き焼き芋屋さんじゃないか説!!!」ってお話です(*・ω・)ノ


    世界最古の職業と言えば、普通はまぁ「売春婦」が有名でしょう。

    古代国家における「聖職者」は「性職者」だったみたいな話はよく聞くところです。

    現代国家では男性の幹部聖職者は……(゚д゚)、ペッ

    ……さて、話を戻しまして、この上記の最古の職業に関しては歴史学の立場から言われているものです。

    私がここで述べる歴史学というのは文献史学のことです。

    つまり最古の職業は当然、文字による記録のある歴史時代の、職業分化が進んだ文明社会を対象としていることになります。

    一方で考古学では先史時代も扱うわけですが、例えば縄文時代に関して記述する際に「職業」なんて言葉は使いません。

    通常は「生業(せいぎょう)」です。

    所謂、「なりわい」ってやつですね。

    これは生存に直結した活動なわけで、仮に狩猟採集活動の一環として漁労を行っていた縄文人がいたとして、彼は決して「私は漁師だ!」とか思ってなかったと思います。

    一般的には初期国家段階に到達した社会内で、とある集団(土器工人集団等;考古学で個人は基本的に扱わない)が専業でその職に従事しているかどうかが生業と職業の区別になるのかなと思います。

    と言うわけで、真面目なフリしてたら無駄に話が長くなりましたが、、、

    そんな長い前振りを一切無視して、、、

    今回紹介する新説は、「17万年前に開業した焼き芋屋さんが世界最古である!」です( -д-)ノ







    17万年前!? 世界最古の焼き芋が見つかる!

    発見があったのは、南アフリカにあるボーダー洞窟です。

    上に挙げた地図に見られるように、南アフリカの中でも東海岸側、マダガスカル側に位置しています。

    この辺りは『スタルクフォンテイン、スワルトクランス、クロムドライおよび周辺地域の人類化石遺跡群』として2013年に世界遺産登録されています。
    焼け焦げた植物の根茎が、南アフリカのボーダー洞窟から見つかった。17万年前のものとみられ、当時の人類が地中の根茎を集めて焼いた「焼き芋」の残りらしい。実際に植物が調理された証拠としては最古のものという。

    高校の世界史の教科書等でも有名な、あのアウストラロピテクスなどの人類の化石が多数発見されている地域のため、「人類発祥の地」、「人類のゆりかご」とも呼ばれています。

    この世界遺産の周辺地域の人類化石遺跡群に含まれるボーダー洞窟では、17万年前の化石人骨と共に焼き芋の化石が見つかったのです!Σ(・ω・ノ)ノ






    見つかったのは上に挙げた焼き芋なのですが、その大きさはわずか直径1cmです。

    アフリカに広く分布するヒポキシス属の根茎植物の一種であると推定されています。

    私たちが普段食べるお芋と同様に炭水化物の塊で、生食も可能なほど柔らかいものだそうです。
    直径は1センチ余りで、大きさや組織の形状などから、今もアフリカに広く分布するヒポキシス属植物の一種「Hypoxis angustifolia」とみられる。炭水化物が豊富で生で食べられ、

    でも今回の発見で凄いのは、めちゃ古いお芋が残存したってことだけではなく、調理した痕跡があるってことです。

    (この小さいのを見つけたことが最も凄いがΣ(・ω・ノ)ノ)

    普通は食べ物なんて残るわけありませんので、『焼き芋』って何度も述べているように、焼いたことによって炭化した一部が残存したのです。

    ともかく今回の発見は17万年前、最古の調理の事例なのです。

    最古の焼き芋なのです(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

    しかも故意なのかは不明ですが、埋めておいて家族等に分配していた可能性があるようですね。

    土中の蒸し焼きの可能性も否定できないと思いますが……

    まぁ私的には最古の焼き芋屋さんですよ!

    たくさん焼いて、保存して、みんなに分け与えて、物々交換的に代わりに何かもらったんでしょう!( ・Д・)




    終わりに

    「あ、まだ食べれるよ?シリーズ」にも使いたかったのですが、さすがに小さすぎるし、食べれる感じがしなかったので、普通の記事にしました。



    ↑併せてどーぞ(*・ω・)ノ


    考古学調査でも、近年、篩掛けやフローテーションといった手法が用いられることがかなり普及してきたかなと思います。

    それによって炭化種子等の、これまでデータとして極めて少なかった植物種子や動物骨片の資料化が進んでいます。

    しかしながら元来、考古学において食べ物の研究はなかなか難しいですからね。

    なんてったって通常残りませんから!

    ってか、みんな食べちゃいますから!!!( ・Д・)


    ということで、焼き芋屋さんが最古の職業であったかどうかはさておき、人類最古の調理の事例として今回の発見は非常に重要な発見だと思います……

    あ、なんか焼き芋食べたいね!( ・Д・)

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